日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
ホシクサ
(C)半夏堂
Weed Eriocaulon cinereum R.Br.

ホシクサ科ホシクサ属 ホシクサ 学名 Eriocaulon cinereum R.Br.
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2013年8月 茨城県土浦市 湿地
多年草的挙動

イネの根性

 稲刈り後、しばらくするとイネの切株から葉が伸びて、気候次第だが晩秋初冬の頃、穂が実っているのを見ることがある。収穫できるようなモノではないと思うが、もしかしてきちんと肥料を与えて湛水すれば二期作(*1)も可能なのでは?と思うほど。
 この挙動は、根拠はまったくないが多年草のテイストを感じる。一年草であれば結実=米が実った時点で草体の役割は終了し枯死するはずである。イネのこの「根性」は刈られても生き残る多年草の「姿勢」を感じるのだ。

 イネはもともと熱帯アジアから渡来した植物であるとされている。同時に紛れ込んで渡来した植物群を史前帰化種(*2)と呼ぶが、便乗して来た植物のなかには日本の四季にあわせて一年草としての能力を身に付けたものも多い。ホシクサはその代表的な例ではないか、と思うのだ。
 何人もの趣味者から報告され、自分でも確認している「事実」だが、ホシクサは妙な無性生殖を行う。妙な、というのは本来種子を実らせる場所である頭花に実生ではない子株を生じるのである。この現象は育成下(水中、気中問わず)でも自然下でも見られる。また、園芸改良されていると思われるので自然の現象かどうか不明だが、ヒメシラタマホシクサ(*3)は株が充実して来ると分割してクローン的に増殖する。
 何が言いたいのかというとホシクサ(広義)は多年草の遺伝子を持っていて、何かの拍子にそれが発現し、我々はそれを見ているのではないか、ということ。イネもホシクサも一年草ではなく「一年草または多年草」とすべきなのではないか、ということだ。はじめてこの表現を知った際、相反する事象を「または」で繋ぐ言葉に違和感を覚えたが、ホシクサのみならず他の植物の事例も考慮するとこの表現しかないのかな、と納得するに至った。


(P)2013年8月 茨城県土浦市 湿地 大型草本の刈取が行われているため群落の密度が高い

生き残り戦略

 この生活史がどちらとも付かぬパターンは他の水生植物でも見ることができる。例えば「一年草の」マルバオモダカ。10年近く育成した経験上、実生は見られず世代交代はすべて殖芽によるものであった。実生によらず殖芽による世代交代を一年草と見るか多年草と見るか、多分に感覚的な判断が入っていると思われるのは、同様の世代交代を行うヒルムシロが「多年草」に分類されているからである。
 そもそも「草体の一部を残し(または変形させ)世代交代を行う」のは根に限ったことではなく、殖芽もその範疇に入るはず。実生の可能性(*4)という点ではヒルムシロもマルバオモダカも変わりはない。

 ついでに。生き残り戦略の前振りとして書いておくと、多年草の遺伝子が目を覚ます要因として、水の存在が大きいと思われる。個人の育成環境は水田のように冬〜春に乾燥するということはないが、真冬に凍った水鉢の底で「一年草の」アゼナやホソバノウナギツカミが毎年越冬している。もちろん温かくなればそこから成長する。屋外なので気温という要素は外しても良いはず。水田との相違は水の有無だけだ。
 アクアリウムで水草として用いられるホシクサ(狭義)が、水槽水中である程度の期間育成できるのはこの要素に拠るものではないだろうか。どちらにしてもこれらの挙動から導き出される結論はホシクサが多年草化する遺伝子を持っている、ということだ。論理的帰結でしかないが「持っていないものは出せない」。暦年内に開花結実して枯死する植物生理しかないのであれば冬にこれらの植物を見ることはないはず。

 画像は頭花付近に子株を生じたシラタマホシクサ。これが実生なのか偽胎生(*5)なのか判断が付かない部分もあるが(偽胎生には果実の中に胎生種子を作る、いわゆる「偽胎生種子」を形成する場合もある)、発見時には根や葉も備えた完全な株であり、その後まったく正常に成長している。
 今日的な解釈ではマルバオモダカや上記例のシラタマホシクサが一年草として扱われるのは本来花をつける部位から殖芽を生じる偽胎生として考えられているからだが、他の部位に形成される殖芽で越冬する植物は多年草として扱われることが通例で、このあたりが判断が分かれる所なのだろう。


(P)2009年4月 育成環境 前年の草体、頭花付近に子株を生じたシラタマホシクサ


水田型

自生の偏り

 ホシクサ(狭義)はごく普通の水田雑草であり、さほど希少なものではない。(少なくても私の居住地周辺では)ただ生える水田が限られるのも事実で、どんな水田にもあるものではない。ではどんな水田に生えるのかと言われると、表現が難しいが、あえて言えば「自然度」の高い水田、だろうか。
 比較的良く使われる「自然度」という言葉だが、自分で使っておいて何だが合点が行くようで行かない具体性に欠ける表現だ。そもそも水田は米の生産現場であって自然環境ではなく、そこに「自然度」を求めるのも変な話。除草剤を散布するのも殺虫剤を使用するのもすべて生産効率のため。生産者の立場では水田と自然度というワードは対立概念だと考えるはずだ。
 最近良く見られる放置状態の耕作水田(耕作放棄水田ではない)は見るからに「自然度」が高そうだが、大型草本に圧迫されホシクサなどの小型草本は生きる場所がない。すると除草が行き届き、小まめに手入れされた水田がそうかと言うと、小型草本も一緒に除草されてしまい、これまた違う。

 つまるところ、自然度の高い水田とは見た目で判断が付かず、ホシクサやミズネコノオ、ミズマツバなどが生えている水田、という所に落ち着く。しかしこれは結果であって答えにはなっていない。同じ乾田であっても両方、つまり希少な植物が生える水田と生えない水田があるのだ。少なくても水田そのもののディティール上の相違は感じられない。つまり見た目、ビジュアルでは同じものに見えるのである。

 自然度という曖昧模糊とした概念は何かに置き換えなければならないが、第一義的には除草剤の使用量であると思う。小型の水田雑草の中にもSU剤耐性(*6)を身に付けた種類、アゼナなどがあるがホシクサをはじめ上記したような植物は概して除草剤に弱い、と言うか本来は「除草剤が効く」というのが正しい表現か。減少傾向にあるとは言え、除草剤を散布する水田はまだまだ多く、こうした水田は「自然度が低い」と言うことが出来るだろう。
 第二義的には耕起ではないだろうか。小型の水田雑草が結実して種子を落とした直後、秋の刈取後に耕起する水田では種子が土中に鋤き込まれるために、台風等の雨による流出や厳冬期を乗り切れるので翌年の発芽に支障がない。農業技術には不耕起栽培(*7)というものもあって、目的の一つは雑草の発芽を抑制することにある。逆に言えば伝統的な管理手法、稲刈直後の耕起を行っている水田は雑草側から見て「自然度」の高い水田だと言えるだろう。

 ホシクサの自生に法則性のない偏りが見られるのは主にこうした原因があるからではないだろうか。そうした水田を探せ、というのは簡単だが、除草剤の散布は畦の状況などからある程度判断は付くものの、耕起は時期に来て見ていないと判断が付かない。以前、里山や湿地を探査するグループを引率することをやっていたが、参加者のお一人から「ホシクサの自生を見た事がない」という話が出た。上記事情なので初訪の水田でいきなり見られるのは僥倖以外の何物でもなく、私でも同じだと思う。手っ取り早いのは「地元を知っている人間に聞け」ということ。これが自然度の高い水田、という実態があるようでないモノを探す最も確実な方法だ。


(P)2013年8月 茨城県土浦市 水面上に花茎を伸長させて開花する


広義ホシクサ

可視種類

 狭義ホシクサ及びヒロハイヌノヒゲ(Eriocaulon robustius (Maxim.) Makino.)はホシクサ科の植物としては普通種で、平地の水田でもしばしば見ることができる。しかしその他ホシクサ科植物はある程度ポイントを絞って探さないと見つからない。しかしこの一帯、茨城県南部では「ポイントを絞って探」しても見られるのはシロイヌノヒゲ、イトイヌノヒゲ程度で(筑波実験植物園のコシガヤホシクサという例外はあるが、これはもちろん復活させて植栽したもの)、その他の数多いホシクサ科植物はなかなか見られないのが実態だ。

 見られない理由として考えられるのは自生が少ない(絶滅危惧種)、地域性による(ツクシクロイヌノヒゲなど西日本以西)、探し方が悪い(クロホシクサなどホシクサとの差異が開花期以外微妙)などの理由があると思うが、自分では毎年様々な場所の水田や湿地は数多く見ており、ホシクサ科植物があれば分かるはずなので、探し方が悪い傾向は自覚がありつつも、自生が少ないというのが最も大きな原因ではないだろうか。

 本Webサイトの水生植物図譜ホシクサ科には現在11種類の植物を掲載しているが、自分で自生を確認したのは上記4種のみ、園芸店購入が2種と植物園植栽が1種(コシガヤホシクサ)、残りは自生地近くの方から送って頂いたものだ。ホシクサ科全般、種子発芽率は非常に高いので標本状態で送って頂いた株から採種し、無事発芽成長を見ることができたが、イヌノヒゲやオオホシクサなど特徴的な草姿は自生状態にあればすぐに分かる。それほど植物として魅力的な姿だ。
 その魅力的な姿が仇となったのか、いつの頃からか、希少なホシクサ(広義)の草体や種子がネットオークションで高値で取引されるようになって来た。特にアマノホシクサ(Eriocaulon amanoanum)やゴマシオホシクサ(Eriocaulon senile)といった、希少で人気のある種は一株あたり数千円〜一万円の値が付くのが普通らしい。良い値が付くとなれば採集して販売しようという発想がわいてくるのも自然な流れ。なにしろ元手はタダである。もともと自生が少なく絶滅危惧種である両種は採集によってさらに少なくなり、老い先短いワタクシが残りの人生で見られるかどうか分からない有様だ。

 ホシクサ(広義)の何がそんなに魅力的(高値=魅力とは思わないが)なのだろうか。たしかに上記の通り草姿が魅力的な種も多い。しかし魅力的即コレクション対象、という単純な図式なのだろうか。数ある自生湿地植物のうちこれほどコレクション(または投機目的)の対象となっているのはホシクサ科ぐらいだろう。何年か前に出てきた南米産ホシクサ科のアクアリウムにおけるブームから連動している流れだと思われるが、思わぬ所から自生の減少に繋がったものだと思う。
 自分自身、園芸植物も湿地植物も購入するので人様をとやかく言うことは出来ないが、少なくてもホシクサの加熱した価格は異常だと思う。モノには適正な価格がある。買う人間がいるから売る人間がいる、という単純な市場原理だが、我々は野生ランで失敗(*8)を経験したはずだ。こんな事を続けていると倫理観の欠如した民族、と言われかねない。


(P)2014年9月 茨城県土浦市 ホシクサやヒロハイヌノヒゲに次いでよく見られるシロイヌノヒゲ


脚注

(*1) 同じ作物を年に2回収穫すること。米の二期作は国内では、高知、宮崎、鹿児島、沖縄など年間平均気温が16℃以上の地域で可能であり、実際に行われてきたが、供給過剰による減反、生産調整が進んでいる現在ではあまり見られなくなってきた。自分が学校教育を受けた1960年代〜70年代初頭には教科書にも載っていた農業技術である。

(*2) 植物学者の前川文夫氏(1908-1984、東京大学教授、カンアオイの専門家)が提唱した概念で、農耕文化の伝来とともに多くの雑草も帰化したはずで、これらは記録に残っているものではないために「史前帰化植物」と命名された。水田雑草ジャンルの湿地植物は稲作の伝来とともに渡ってきた帰化種と推定されるが、湿地植物のみならず畑作でも同様の事象が起きていると考えられ、多くの植物が該当すると考えられている。

(*3) 今はあまり見かけないが一時期園芸流通していた「謎の」ホシクサ。事情通の方に伺ったところ「キネレウム(ホシクサ)そのもの」と断言されておられた。これが真実であればホシクサの名前だけを変えて販売していることになり、何ら実態のない所に無理やり付加価値を付けたもの、と言えるだろう。しかし狭義ホシクサそのものも高値で買う方もいるので(都会の方なら採集に行く時間と費用を勘案すれば安いと思うか)高い安いはあまり意味のない議論かも知れない。

(*4) ヒルムシロは盛んに開花し種子を生産するが、実生は2%前後と言われている。その「理由」として考えられているのは、殖芽によって十分種の維持が図れる、しかも対環境能力が完成しており遺伝的多様性を担保する必要がない、大規模な環境変化(水が長期間に渡りなくなる)に備えてシードバンクを形成するため、などである。これらはもちろん推測であってヒルムシロが自ら白状したわけではないので的を射ていない可能性も高い。

(*5) Pseudovivipary 殖芽の一種として解釈されることもあるが、本来花をつける部位から殖芽を生じる現象。典型的な例としてはマルバオモダカがあげられる。マルバオモダカは花茎を伸ばすが、本来花を付けるべき位置に殖芽を形成する。この挙動もヒルムシロの実生同様に確たる理由は分からない。マルバオモダカを育成した経験上、花茎に花を咲かせる確率は殖芽を付ける確率を大幅に下回っていた。

(*6) SU剤はスルホニルウレア系除草剤の略称。SU剤は低薬量で広範囲の草に効くとされ環境への影響の少ないこともあって広く普及した。一方、この「夢の除草剤」が効かない植物が出てきており、アゼナ(外来種も含む)、ミゾハコベ、キクモ、ミゾカクシ、イヌホタルイ、キカシグサ、ミズアオイ、コナギ、オモダカなど多くのSU剤抵抗性を持つ雑草が出現している。

(*7) 農地を耕起せずに栽培する農業手法。水田に限らず畑地でも用いられる。水田でのメリットは本文の通りであるが、嫌気状態を通年維持するために特定の病虫害の発生も予想されるデメリットもある。この場合、所有者が入り組んだ場合が多い日本の水田では、発生した病虫害の蔓延で隣近所に迷惑をかけてしまう可能性があり、一部だけ不耕起栽培を行うことが難しい面がある。

(*8) 園芸でランが長期的なブームになり、山野に自生するランもあらかた採集されてしまった感がある。ランのなかではさほど美しいと思わないキンランやトンボソウまで採られてしまっているのが現状。水生ランは育成が難しい面があるが、転売目的なのか保護された自生地でも盗掘されている。ある高名な自生地でサギソウやトキソウの撮影をしていたところ、管理者の方から「盗掘の助けになるのでブログやホームページに写真を掲載しないで欲しい」と言われたこともある。本文では「コレクション(または投機目的)の対象となっているのはホシクサ科ぐらいだろう」と書いたが、陸生植物ではラン科が双璧を成す、と思う。


Photo : RICOH CX5 SONY NEX-6 + SEL50F18  Canon PowerShotG10/G11

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