日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
ヒシ
(C)半夏堂
Weed Trapa japonica Flerov

ヒシ科ヒシ属 ヒシ 学名 Trapa japonica Flerov
被子植物APGW分類 : ミソハギ科ヒシ属

撮影 2002年7月 茨城県土浦市 農業用溜池(fig1)

【ヒシ】
*生命力に満ち、非常に厚かましい水生植物の代表的存在である。いつの間にかヒシだけになってしまった水域はこの地域に多い。あのしぶといトチカガミやイヌタヌキモ(今や絶滅危惧種だが)も追い出されてしまう程の破壊力。夏場、近所ではヒシの葉が重なり盛り上がり、水面が見えなくなっている光景をよく見かける。光の届かない水中の状態は想像するしかないが、嫌気化していることは容易に想像できる。まともな植物や魚類が住めない程だろう。この強さの根源はいわゆる「雑種強勢」によるものかと思われるが詳しくは本文で。
 外来種じゃあるまいし、こんな共存共栄の概念がない在来種があるとは驚きだが、霞ヶ浦水系のもう一方の雄、ナガエツルノゲイトウとは微妙な棲み分けがあって完全にはバッティングしない。どうせなら共倒れして欲しいぐらいだが残念ながらどちらも必要以上に元気だ。ヒシは漢字で書けば「菱」。古来から強くしぶといイメージがあったのか家紋や今で言うCIによく用いられている。戦国時代、存命中は周囲から恐れられた武田菱の信玄や、何だかんだありつつもそれなりの存在感で事業継続している三菱グループもこの強さにあやかっているのだろうか。


雑種強勢
■種間交雑

 フィールドノートにも書いたが、ヒシは科名植物(APGではミソハギ科となったが)でありながら交雑種由来の可能性が強い。参考論文注1)によればヒシ(狭義)の核形態は2n=96と、ヒシ属の中では突出している。ちなみにヒメビシとオニビシは2n=48である。 論理的に考えれば 色々な遺伝子が入っている、過去何らかの交雑が繰り返されたことが想像できるが、実際はシャノンの遺伝子多様度指数注2)など分析が必要であると思う。

 種間交雑種は不稔の場合が多く、例外として四倍体の種であれば減数分裂し稔性を持つことができる。しかしヒシ(狭義)は上記の通り二倍体であり、交雑種とすれば謎が残る。だから上記論文でも「ヒシは交雑種由来である」と言い切っていないのだろうか。このあたりが文化系人間の理解の限界で申し訳ないが、我こそはと思われる方は論文にしてぜひ見せて頂きたい。ちなみに状況証拠を積み上げるとヒシはオニビシとコオニビシが両親ではないか、と考えている。くどいようだがあくまで私の推論である。


2015年8月 東京都葛飾区 水元公園小合溜 水面を占有するヒシ群落(fig2)


■強さ

 冒頭書いたように交雑種には「雑種強勢」という概念があって、繁殖力や環境適応力において母種、父種よりも強靭性を発揮する。単純に考えれば両者の遺伝子を兼ね備えているわけで当然の話だ。この概念の発見者は意外なことに遺伝学で有名なメンデルではなく日本人の外山亀太郎氏である。(1904「蚕種類の改良」)発表後しばらく学会から無視されていたらしいが、現実に蚕を改良し生糸の品質向上に繋げた民間企業によって正しさが証明されたようだ。理屈を弄び、内容よりも権威に重点を置く学会や役所を相手にせずに、現業に活かすグッジョブだ。今や面影もないが半世紀前までは僅かに桑畑(=蚕の餌)が残存していた記憶がある。産業構造は変化してしまったが、日本の近代化の原資となった生糸産業にとってこうした改良は大きな後押しとなったはずだ。歴史は連続したものなので、今は見られないし復活の可能性のないものでも果たした役割は消えることはない。江戸幕府がなければ明治維新なく、外山亀太郎氏の功績も未来永劫残るはず。一方、同時に学会や役所のアホっぷりも残るのだ。

 ヒシは環境占有力が強く、浮葉植物であるために水質悪化にも強い、という考え方もある。しかし同様の生活を行うヒメビシは絶滅危惧II類(VU)であり、希少種となっている事実を考えれば強さの根源はこうした形質に拠るものではないだろう。近年は前述ナガエツルノゲイトウやヒレタゴボウ、アメリカキカシグサなど環境を占有する繁殖力を持つ植物が何種類も現れているが、彼らは外来種であり特有のロジック注3)により帰化定着直後の爆発力を得ている。彼らに比べれば在来種でありながら同様の強靭性を持っているヒシは特異な存在であると言えるだろう。
 食用にもなる種子の収穫を目的に以前栽培したことがあったが、50〜60Lクラスのプランターは一株で埋め尽くしてしまう。本格的に食用にするのであればかなり広い環境でも他の植物や生物の同居を諦める必要がある。そうした事もあって1シーズンでやめてしまったが、花が地味で観賞するようなモノでもなく、シーズン通じて虫に喰われやすい葉だけを眺めることになることも要因である。そして詳しくは後述するが育てて収穫しても味はさほどでもなく、環境占有に見合う対価は得られない。

■環境適応

 強さの理由の一つは環境適応能力にあることは間違いない。ヒシが繁茂する水域は富栄養、貧栄養を問わず水深がある環境(一説にヒシは水深2m以内であれば生存可能と言われている)でも水面まで浮葉を到達させる。ヒシには沈水葉というものはないので、発芽から浮葉を展開するまでに光合成と酸素呼吸以外の何らかの手段でエネルギーを調達しているはずだが、種子の形状や成長環境を考慮するとヒルムシロの殖芽のような発酵エネルギーかも知れない。ヒシの実の中身はデンプンであり、デンプンの糖化が発酵プロセスの最初の段階であることを考えればヒルムシロと同じアルコール発酵である可能性は強い。元々富栄養化した水域に多い植物であるが、富栄養化した湖底2mは光が届かず嫌気化している。この初期の成長の方法論は自生する環境にも合致している。

 生息する環境はため池や野池、流れの緩い河川などが多いが、こうした環境は概して水位変動が激しい。特に農業用水用に堰の運用をしている河川やため池などでは頻繁に発生する。しかしヒシは長く柔軟な茎を持っているので水位変動には容易に対応する。対応するどころかマイナス1m程度に対応している姿も見たことがあって、ここまで来ると他の浮葉植物は生存が困難だ。このあまりの強さは在来種にしては珍しく各地で対策が必要になっているほど。理由はもちろん多様性を担保するためである。
 繁茂が問題となっている福井県の三方湖での調査結果が東邦大学のレポートで公開されているが、ヒシは塩分濃度が0.2%を超えると成長できないという結果が出ている。三方湖は下流に汽水湖があり、逆流が発生しない水域でのみヒシの繁茂が見られるという。まさかヒシの防除に塩をぶん撒くわけにもいかないが、考えてみると常陸川水門の閉鎖と霞ヶ浦の淡水化の時期が周辺のヒシの大繁茂開始時期と重なっているような気もする。何らかの因果関係がある可能性はあるだろう。

 塩分濃度に対する弱さは防除という点からは何の福音にもならないが、リンクサイトによれば(以下引用)「本研究では、先ず人工衛星で撮影された画像を用いて2003年から2011年までの9年間における三方湖内のヒシの分布面積と分布範囲の変化を推定しました。その結果、2000年代前半にはせいぜい三方湖の面積の1割程度を占めているに過ぎなかった分布範囲が、2008年ごろから急増し、ピークを迎えた2010年には四分の三以上を占めるほどになったことが明らかになりました」とある。霞ヶ浦近辺でもそうした傾向が感じられる部分があり、この情報は興味深い。ヒシの占有比率を注意深く見ていたわけではないが、暴力的なまでの繁茂はここ10年ぐらいかな、という漠然とした印象があって、環境変化を考えてみれば特に夏場の平均気温が異常に上がり、水害も半端なものではなくなった時期と重なっている。環境変化、それも乱世とも呼ぶべき変化に対応しているということだろうか。

ミソハギ科
■転科

 ヒシを含む植物分類群は従来、伝統的植物分類注4)ではヒシ科として独立科であったが、APG植物分類ではミソハギ科に吸収されている。従来のミソハギ科はミソハギをはじめキカシグサ属、ヒメミソハギ属の多くの植物が湿地植物だが、同じ湿地植物(水生植物)とは言えヒシとは対極の草姿であり、ヒシ(広義)はむしろヒツジグサやジュンサイなどに近いものと考えていた。APG植物分類の様々な転科のなかで最も意外性があった例がこれである。

 また種子の形状や生活型が近いヒシモドキ(まさに名称からしてヒシに近い)はAPGでもゴマ科に留まっており、これを考えれば姿形や生活型が似ているだけでは分類を判断できないという判断になる。それが長い間(新エングラー体系の最終版から見れば90年近く)「アバウト」であったからこそAPG分類が出現しスタンダードになった、とも言える。ミソハギ科からの進化(ヒシ)とゴマ科からの進化(ヒシモドキ)が現在見られる姿形や生活型で近似となっている。これが収斂進化注5)というものか。


2015年8月 東京都葛飾区 水元公園小合溜 ヒシの花(fig3)


■科の構成

 このようにAPG植物分類ではヒシ科ヒシ属はミソハギに吸収されたが、その「新」ミソハギ科のツリーは大ファミリーとなり様々な植物が所属することになった。身近な所では木本植物のザクロ(旧ザクロ科)が合流し、マングローブの仲間であるハマザクロ(旧ハマザクロ科)も同様。その他にも従来のミソハギ属(Lythrum)、ヒメミソハギ属(Ammannia)、キカシグサ属(Rotala)、園芸で用いられるキナバミソハギ(キバナミソハギ属、Heimia)、海浜性のミズガンピ(ミズガンピ属、Pemphis)、庭木でおなじみのサルスベリ(サルスベリ属、Lagerstroemia)など非常にバラエティーに富んでいる。
 こうした科を構成する面子を考えるとヒシ属が含まれていても違和感はないが、ヒシはザクロとキカシグサ、どちらに近いのか考えてしまう所は私自身が古い人間で完全に頭が切り替わっていないためだろう。と言うよりもあまり植物に興味の無い人にサルスベリの木肌をなでなでしながらヒシの実を取り出して「実は植物科レベルで同じ仲間だ」と説明しても信じて貰えないだろう。APGはたしかに科学的根拠に基づく精密な分類だと思うが、分類という考え方自体が人間の都合であって植物には何も関係がない。競合すれば仲間だろうと何だろうと戦う。そしてヒシはその戦闘力が高い。

■ヒシ属

 以上のようにヒシ科はAPG植物分類においてミソハギ科ヒシ属として再分類されたが、当サイトの駄文、ヒシの分類小考察の分類概念図にあるように「ヒシ属」の中身がイマイチはっきりしない。種として成立しているのかしていないのか良く分からないモノがある。その代表格はメビシ(Trapa natans L. var. rubeola Maxim. f. viridis Sugimotro)で、学名も確定しており種であることは間違いなく、さらに学名を紐解けばオニビシの変種であるとする見方が一般的だ。しかし文献によってはオニビシの種内変異と位置付けるものもあって一定しない。
 オニビシの果実の形状は変異が多く、果実の形状から種の特定は難しいが、メビシは葉裏や茎の一部が赤褐色に色付くとされる。オニビシっぽくて赤褐色の変異があればメビシ、という話だが、見る限り印旛沼のオニビシ群落の中にも赤褐色に色付いたものが相当数混じっており、単なる変異なのか変種なのか、何を基準に判断すればよいのか分からない。

 ヒシ(狭義)に付いても果実の形状から追って行くとあまりの変異の多さに愕然とする。こちらは草体の色の変異はあまり見られないが、成長シーズンが終わり形成された果実を見ていくとヒシ属であることは分かるが何ビシ?と思う事がよくある。この形状ごとに名前を付ければ楽しいがそれはもう学術分類ではない。オニビシやヒシには相当な紛れが混じっていることは事実だ。

【ヒシの果実の形状変異】

 ヒシの果実の形状はバラエティに富んでおり、大きさ、棘の長さや角度に加え(fig4)、通常微小な突起がある部分に発達した棘が見られるもの(fig5)など多岐に渡る。交雑種由来であるとすれば様々な遺伝子が突発的に発現しているのだろう。見ていてコレクター的な楽しさがある。

すべて狭義ヒシの果実 茨城県竜ヶ崎市産(fig4) 大きな変異の果実 埼玉県羽生市産(fig5)

【ヒシの開花】

 4弁花、1日花。通常は白で稀に薄いピンクとなる。花径は約1cmで、萼、葯も4である。開花が終了すると2個ある胚珠のうち1つだけが発達し果実となる。果実には胚乳がなく子葉が成長してデンプンを蓄積する。

2015年8月 東京都葛飾区 水元公園小合溜(fig6) 同左(fig7)

食用
■メイン食材となり得るか

 ヒシの実の食感は一言で表現すれば「微妙」。何となくクリに似ているがそれほど甘さはない。というよりも食感以外は特に味が感じられない。見かけに騙される食材である。その分様々な料理の材料になるはずで、試しにクックパッドで調べてみると諸々出てくる。ただし画像を見るとほぼ流通に乗っているトウビシ注6)(中国原産、栽培物)かオニビシのように見える。狭義ヒシは果実がこれらに比べて小さく、中身を取り出す手間を考えると流通品になりにくいようだ。

 またジュンサイ畑ならぬヒシ畑というものは見た事がなく、狭義ヒシを食用にするには個人で採集するしかない。これがまた厄介で、岸辺に漂着するものは中身がない(当年度の発芽が終了した空のもの?)。池の中に入り込んで一つ一つ棘に注意しつつ拾うしかない。それもヒシが好む富栄養化し透明度の低い場所でだ。棘を踏み抜けば大怪我につながる。こんな手間をかけるぐらいなら比較的安価で料理もしやすい市販品のトウビシを買った方がマシ、ってことになる。


2011年8月 茨城県龍ヶ崎市産ヒシの種子(fig8)


■採集のススメ

 在来種でありながら近年スイッチが入ってしまい各地で大繁茂が問題になっているヒシ、上記のように採集に問題はあるが網を使うなど工夫すれば只で入手できる。実を一つ食べれば翌年は採集した水域で一株減るわけで、自然環境の維持改善にも多少の貢献になるはず。今後は自分でも積極的に食べようと思う。自生地の水質を見ると二の足を踏むが、除草剤の影響がなければGOである。実は現在オランダガラシを栽培して食しているが、元は手賀沼周辺の水田地帯の排水路のものだ。水田に使用した農薬は当然流れ込むし、その影響は多少あると考えた方が無難だ。強力な外来種のオランダガラシと言えども除草剤がかかれば枯れるとは思うが何があるか分からないし自己責任と言えるほど影響は小さくない。F1世代であれば影響はないはず、と栽培に踏み切った。(収穫は翌年から)
 慎重すぎると思われるかも知れないが、個人的お気に入りロックバンドのTOTO注7)のドラマー、ジェフ・ポーカロは死因に諸説はあるが、1992年に自宅庭で殺虫剤を散布後にアレルギーで死亡している。アメリカの殺虫剤の安全基準は知らないが、日本のホームセンターで入手できる殺虫剤でも「植物由来」とか安全性を大きく謳っているものはあまり効かないか効果が持続しない。本当に効くやつは見た目も匂いもヤバ気で、人間にも効きそうな佇まいである。随分長い間生きてきたがそれでも死ぬのは怖いし、それより「拾い食い」が原因で死ぬのはみっともない。

 ヒシも影響が心配であれば自分で栽培すれば良いようなものだが、前述のように費用対効果は望めない。通常の野菜用プランターであれば7〜8個の果実は収穫できると思うが、実が小さく食うとなっても「何にする」と悩んでしまうほど。プランターの数を増やせば良いが大邸宅の我が家では置き場が確保できず無理な相談なので諦めた。宝くじでも当ったら広大な池がある家を買って栽培する・・それでもしないかな。

■調理のススメ

 ヒシを常食していたのはアイヌ民族だが、調べた限りでは茹でて食べていただけである。ご飯に混ぜて食べていた、という記述も見つかったが、北海道で稲作が可能になったのは明治以降注8)のことなので伝統的にはシンプルに「茹で」一本で食べていたはず。ただこの方法では様々な調味料に飼い慣らされた現代人の舌には馴染まないだろう。茹でヒシは塩コショウが良いが塩はともかくアイヌ民族が胡椒を使っていたとは考えられないので塩だけでも良い。別に当時の食べ方にこだわる必要はないのだがロマンというか追体験とかそういうのが好きなのであくまで個人的な好みの話。

 様々な材料を使用した凝った料理はクックパッドをご参照頂くとして、何にしてもヒシの調理はアク抜きが必要である。アク抜きは殻を向いてからの方が効率は良いが、この場合沸騰させたお湯で15〜20分茹でればよい。(経験値)そのまま茹で続けると溶出したアクが影響するので水を替える。このタイミングで塩を投入するが量は目分量。私は血圧が高めなのでかなり控えている。小さじ1匙分程度。(茹で時間30分)どうしても味が足りなければ胡椒かオリーブオイルで。エゴマ油も風味、健康効果ともに良いが価格が高い。
 歳のせいか最近は健康寿命を意識するようになっており、前述のオランダガラシ(世界一の野菜、お墨付き)、水生植物ではないがパセリ(抗酸化作用)などを育てている。その意味ではヒシもこのように菱実という薬草になっている。成分はビタミンB1、B2、C、カロチン、カルシウム、リン、鉄など。何を隠そう半世紀以上「食い物で病気になるかい!」「好きなもの食ってた方が精神的に良いんだ」というライフスタイルであったが、最近懇意になった脳神経外科の医師が認知症になりにくい食材となりやすい食材に付いて科学的に教えてくれるのでその気になってしまった。人間である以上、霞を喰って生きられないが、どうせ食べることが必要なのだからロマンがあって健康にも良いものがよいのではないか、と思う近頃である。


2011年5月 茨城県龍ヶ崎市 放置すればこれだけ増える


■医薬への期待

 狭義ヒシではないが、近年トウビシの健康効果が明らかにされつつある。(脚注6参照)抗糖化作用という言葉は初めて聞いたが、糖化というプロセスがあって、体内でタンパク質と余分な糖が結びついてタンパク質が変性、劣化するという。こうしてAGEs(糖化最終生成物)という老化物質が生成されるらしい。この物質の蓄積によって肌や髪、骨等全身の老化を進行させる。また糖尿病、高血圧、癌の遠因にもなるという。こう聞くと最悪命に関わる恐ろしい「現象」である。
 糖化を防止するライフスタイルも検索すると色々出てくるが、どれもこれも継続するにはハードルが高いものばかり。炭水化物を抑え気味に、とか私のような貧乏人にとっては死活問題だ。ところがトウビシから抽出した「ヒシエキス」によって糖化が防止できるらしい。残念ながらこの段階(発表は2019年)では動物実験レベルだが、たぶん動物にも効果がなければ人間にも効果が無いと考えれば大きな希望はあるはずだ。また脚注6にあるようにルテインの混合摂取によって糖尿病由来の白内障も予防できるという。

 問題はこれがすべてトウビシの成分だということ。ヒシにも同様の効果はないのだろうか。トウビシに特有の成分なのかヒシが研究対象になっていないのか、はたまたヒシにも成分はあるが微量で抽出するのが難しいのか真相は不明だが、健康寿命注9)という概念が注目される現代、まったくの邪魔者になってしまったヒシが一躍人類の救世主(大げさか)になるではないか。これぞ生物多様性の本質、水辺環境の維持と有用生物資源の入手、一挙両得である。とは言えまだ何のエビデンスもない状況、先行きは見えない。エビデンスがあって効果も証明されているオランダガラシも水辺では相変わらず採集する人の姿も見かけず、文字通り宝の持ち腐れ状態となっている。食生活の一部に昔ながらの採集物を組み込むことは難しいかも知れないが、広い意味では里山の荒廃の一因ともなっている。
 少なくてもヒシの実は食べられる。デンプンである。日本に飛来する可能性は少ないとされているが、2020年にはサバクトビバッタ注10)が大発生し世界的な食糧不足の到来も懸念されている。海外に支援を行うにしても備蓄するにしてもデンプンになっていればいかようにも加工できる。採算ベースには乗りそうもないが、再生可能な資源が手付かず、しかも食糧自給率が低い国で、である。その上に医薬への期待(現時点ではあくまで「期待」)が持てるとすればそろそろヒシの再評価を行っても良いのではないだろうか。

脚注

(*1) 荻沼一男、高野温子、角野康郎「日本産ヒシ科数種の核形態」(1996)。ヒメビシ、オニビシは2n=48の染色体を持つが、ヒシ、コオニビシは2n=96の染色体を持ち、両者とも雑種起源の複2倍体あるいは複4倍体である可能性が「示唆された」とある。言うまでもなく2倍体、4倍体は減数分裂を正常に行い世代交代を行う。また倍数体ができる原因は種間交雑のみではない。「可能性が示唆された」という歯切れが悪い表現はこのためと推測される。

(*2) 解説を何度読んでも理解が難しいが、中国産と日本産のガシャモクの違いを調べている際に「異端の植物「水草」を科学する」(田中法生著 ベレ出版 2012年)で見つけた概念。要するに見かけは同じように見えても遺伝子レベルで多様性が異なる場合があり、ガシャモクは中国産と日本産で倍以上違う。(日本産、手賀沼復活株が最高の数値)それが病虫害や環境悪化に対する耐性の違いとなり、個体群の生き残りに影響する。ヒシが交雑種由来であるとすれば産地や交雑の過程によって「色々な」ヒシがあるのではないか、と果実の形状の変異を見て感じている。その違いが何を意味するのかは残念ながら分からない。

(*3) 外来植物種が侵入定着した初期は、その外来種にとって全く異なる環境=裸地と捉え、大繁茂しやすい。理由の一つには天敵となる害虫や母国で競合していた植物が存在せず「スイッチ」が入ってしまうからである。傍若無人にも見える繁殖力のロジックがこれ。近年の新顔外来植物を見ると、ヒレタゴボウ、ナガエツルノゲイトウ、アメリカキカシグサ、みな同じパターンで侵攻するが、種によって差異はありつつも定着後数年間で一定ラインに落ち着く傾向がある。ただその時点ではすでに一定の生態的地位を占めており割りを喰った在来種も出ている。

(*4) APG分類に拠らない植物分類は今も多くの植物図鑑に見られるが、それは1936年に最終形が完成した「新エングラー体系」(Heinrich Gustav Adolf Engler、Friedrich Ludwig Emil Diels)や、より新しいクロンキスト体系(Arthur Cronquist) によるもので、リンネ (Carl von Linne) が分類の基準に形態分類を用いたのに対し、系統的関係による分類をベースとしている。ヒシがミソハギ科(APG分類)と言うよりはヒシ科にオニビシもヒシも含まれる、という方が直感的に分かりやすいことは事実。個人の直感なんぞ何の役にも立たないが。

(*5) 進化の元となった生物は全くの別種でも生息する環境によって似たような姿形の生物に進化する現象。同じようにうまいし、同じように高価な(これは関係ないか)ズワイガニとタラバガニは姿も生活も非常に似ているが、それぞれカニの仲間とヤドカリの仲間である。例示したヒシとヒシモドキはよく見ればかなり違うが、浮葉の形や種子の戦略、特に棘の役割などが近似している。また浮葉植物という共通点はあってもヒツジグサ、ジュンサイ、ガガブタは全く別の系統の植物だ。これらの例のように環境にあわせて姿形や生活様式を進化させてきた結果、似たような姿形になることはある意味合理的、収斂進化はまさに神の手である。

(*6) Trapa bispinosa Roxb. 中国・東南アジア原産のヒシだが果実が大きく食味が良いことから日本国内でも栽培されている。食用以外にも高い抗糖化作用(皮膚の糖化を抑制す、皮膚の老化を防止)に着目したヒシエキスや、東海大学農学部と参天製薬の共同研究によりトウビシ果皮ポリフェノールとルテインの混合摂取が、糖尿病による白内障の抑制効果があることが発見されたり、医薬品用途としても着目されている。健康食品マニアとしては見逃せない情報だが、通常のヒシでも持て余すのにこんな巨大なモノはとても育てられない。また関東地方にはヒシの食文化がないのか、なかなかスーパーでも売っていないのが残念。

(*7) ジェフ・ポーカロ(1954-1992)、実弟のマイク・ポーカロ(ベース、2015、ALS筋委縮性側索硬化症により死去)、スティーブ・ポーカロ(キーボード)らが1978年に結成したアメリカのロックバンド。時期的にハードロック、プログレッシブロックのブームが一段落し、端境期にあったロック界に現れた優れた音楽性のバンド。ポーカロ三兄弟以外もスタジオミュージシャンが多く、演奏技術が卓越していたことと楽曲が優れていたことが成功要因だ。わりと日本人好みの音楽性を持っており、世界に先駆けて人気が先行した。このためバンド名は日本の陶器メーカーから取ったという説があるが定かではない。主要メンバーのスティーブ・ルカサーは「バンド名は気に入らない」と公言しているほど。結成から40年以上経過したが、1〜3作ぐらいまでは今でもたまに聴いている。

(*8) 農水省のFAQによれば、北海道で稲作が可能になったのは1873年で、中山久蔵という人が最初らしい。現代では冷涼な気候に強く味が良い「ななつぼし」や「ゆめぴりか」などブランド米の産地になっているほどで技術の進展はすばらしい。私の地元では伝統的に「こしひかり」や「ささにしき」が中心であったが、今はすっかり普通の米になってしまい価格は下落、休耕も相次ぎ稲作は大きな危機を迎えている。ほんの150年程前、「どうしても米が食いたい、作りたい」という人が心血を注いでいた重要な産業がこの有様で良いのだろうか。日本では数少ない自給できる食糧なのだが。

(*9) 生きていても健康でなければ意味がない、実感したのは父が認知症を発症し、亡くなるまでの5〜6年間は意思の疎通も出来なかったことによる。ADL(日常生活動作、Activitiesof Daily Living)も低下しほぼ寝たきりとなり、端的に言えば生きていただけであったが、生きている以上医療費や介護費用はかかるし回復の見込みはないと言われても一縷の希望を持ちつつ接しなければならない。本人は何も意識がなかったと思うが家族は結構大変で、こういう図式は日本の多くの家庭で起きている事だと思う。認知症や成人病の発症予防に効果がある食品や習慣は明らかにされつつあり、逆になりやすい食品もはっきりして来た。自分自身も効果があるモノを取り入れて健康寿命を伸ばすことを心掛けたいと思っている。

(*10) 2020年に東アフリカのエチオピア、ケニア、ソマリアなどで大発生し、中東からアジアに向かっている。見かけはトノサマバッタのようだが体が大きく飛翔力が強い。なぜ時々大発生するのかというと、食糧となる草地が降水量の影響で少なくなったりすると周辺に生きていた連中が残された草地に集まり、集合することで繁殖力や移動力のスイッチが入ることによるらしい。移動は世代交代を行いながらするので短期間には終息しない。移動ルートの農作物を壊滅させながら風に乗ってアジアに向かうのだ。感じでは蝗害と書くが、蝗はイナゴであり蝗害を起こすことはない。私も長い間誤解していたが、蝗害を発生させるのはイナゴではなくトノサマバッタである。
 昔々ファミコンでシミュレーションゲームの「三国志」をやっていた時、バッタの大発生が嫌で、民の忠誠度は下がるし食糧は激減するし、とんでもない災害だと中国が気の毒になったが実際はサバクトビバッタは標高2000m程度でも越えられず、8000m級のヒマラヤ山脈が壁になっている中国には入って来ないという。


【Photo Data】

・Nikon CoolPixE5000 *2002.7.21(fig1) 茨城県土浦市
・SONY DSC-WX300 *2015.8.12(fig2,fig3,fig6,fig7) 東京都葛飾区
・RICOH CX5 *2011.6.29(fig4,fig5,fig8) 自宅にて撮影
・RICOH CX4 *2011.5.20(fig9) 茨城県龍ヶ崎市


Weed Trapa japonica Flerov
日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
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