日本の水生植物 探査記録
Vol.137 水猫の田 〜2014水田探査総括〜

Location 茨城県取手市
Date Few days in September&October 2014
Photograph Canon PowerShotS120、RICOH CX5 SONY Cybershot WX300
Weather
Fine
Temperature
25〜27℃
RDB


(P)自生場所が限られているミズネコノオ 10月上旬


 ミズネコノオの自生確認で始まった2015年の水田探査だが、前記事、前々記事のように結果的に大半の時間が外来種の確認で費やされてしまった。なにしろ新顔の登場やら正体不明種やらもあり、そちらの方向に一人で盛り上がってしまったのだ。特にアメリカキカシグサの市内への侵入とアブラナ科新顔は本来の目的を忘れさせる程興味深かった。外来種の帰化定着はもちろん好ましい状況ではないのだろうが、どちらも植物として美しいのである。草馬鹿としては「美しい植物」を目前にすると心の高揚を禁じえないわけ。
 この心の動きは水草系アクアリストそのもので、水中草姿が美しければ多少高価でも衝動的に買ってしまう。買い物のうち、水草は嫁さんに値段を言えないモノの一つだ。今は水槽を撤収してしまったので買わないが、考えてみれば一株数千円、それもニューフェイスかつ正体不明で上手く育つかどうかも不明、カメラやレンズはとりあえず写真が撮れるが(自己弁護)、草は枯れれば終わり、我ながらよくも長年消耗戦のような趣味を続けたものだと思う。要するに姿形が草馬鹿基準で美しければ本来の目的を忘れるほど強い興味を持ってしまうのだ。この「傾向」は家を買った際の園芸に始まり、アクアリウム、多肉植物と断続的に続いている。自覚症状はあるが止められない点では煙草の如きもの。

 それはともかく、急速に外来帰化種が幅をきかせるこの状態では、近未来的に近隣で希少な水生植物が見られなくなる危惧もあり、今のうちに見て写真を撮っておこうと心当たりの「自然度の高い」最後の水田を調べてみることにした。ここには以前諸々希少種があったが、ここ数年水田自体を見ていない。見ていない理由はヘラオモダカやゴウソにただでさえ少ない探査時間を取られたからである。両種ともこの一帯には自生しておらず、ある程度の遠征が必要になるわけで、少ない時間を遠征に費やせば足元が疎かになるのは自然の流れ。そんなわけで久しぶりにこの水田に向かう途中、諸々の希少種が消滅している嫌な予感もしていたが結果は冒頭画像の通りで一安心。

 さて目的のミズネコノオ、この自生水田では極端に草丈が低い。畦からざっと見て存在確認できる程探しやすくないが、この画像の角度(写っている3株はどれも草丈10cm未満)で見るとあちこちに薄紫の花穂が確認できる。・・・と書くと簡単だが近年重荷となりつつある腹回りの脂肪を抱えた身にはチトきつい角度だ。余談ながら35mmサイズのデジタル一眼レフや手振れ補正の効くマクロレンズなど高価な機材を所有しつつ使用する機会が減少した原因はこれ、すなわち腹である。コンデジなら手を伸ばせば容易に撮影可能。一眼レフは同角度でファインダーを覗いて焦点を合せる姿勢を取ると腹が苦しく呼吸困難になってしまうのだ。まさに身から出た錆、宝の持ち腐れを地で行く情けなさだ。
 ミズネコノオは似たような背格好のヌメリグサ(*1)があると同じように見えてしまうが、幸いこの水田には生えていない。めでたく数年前の確認時と同程度の株数を確認することができた。というわけで、とりあえず今年もミズネコノオを見ることができた。



 ミズネコノオは環境省レッドリストで準絶滅危惧(NT)であるが、環境省RDBでは絶滅危惧U類(VU)となっている。前者が、

専門家で構成される検討会が、生物学的観点から個々の種の絶滅の危険度を科学的・客観的に評価し、その結果をリストにまとめたものです。おおむね5年ごとに公表

とされているのに対し、後者は、

レッドデータブック:レッドリストに掲載された種について、それらの生息状況や存続を脅かしている原因等を解説した書籍です。おおむね10年ごとに刊行しています。現在のレッドデータブックは平成12〜18年刊行(第2次レッドリストに対応)

とある。(「」内生物多様性情報システム(*2)より引用)いささか乱暴にまとめると、レッドリストは季刊、RDBは年鑑といったところか。もちろん両者環境省が主管し情報に軽重はない。

 この流れで行けば次回RDBではミズネコノオは準絶滅危惧(NT)となるはずだが、果たしてそれが実態に即しているか、甚だ疑問だ。もちろん地域性によって分布の濃淡があり、一地域の状況で語れないのは重々承知ながら、数年前に比べても見られる場所は激減し、同じカテゴリー、準絶滅危惧(NT)のミゾコウジュやホソバイヌタデに比べれば発見の難易度ははるかに上である。脚注(*1)にも書いたが、生物多様性センターの調査はどうもよく分からない。おそらくボランティアや自治体も協力しているのだろうが、誰が見ても間違いの無いクマガイソウやエビネと異なり、そこは地味な水田雑草、水田の持ち主さえ名前を知らない小さな草たちの調査が正確に行われているとは到底思えない。
 だって考えてもご覧なさい。盛夏、温度湿度MAXな水田地帯で雑草だけを調べる人を見たことがありますか?(もちろん私は除く)他人よりはるかに同時期に関東一円、時に東北南部の水田を見ている私もそんな奇特な人は一度も見たことがない。もちろん自分が見たことがないだけかも知れないが、集積したデータからランキングを行っているのであれば、そのデータを集積するために調査している人とどこかですれ違っても良いはず。判断基準が綿密なのか雑なのか、現実のデータからなのか限られた地域の傾向からの全体像の想像なのか、調査内容基準が明示されない現状に強い疑問があるのだ。

 これはミズネコノオに限らず、水田の希少種ミズマツバや私自身も同定に自信のないホシクサ科の一部なども同様だろう。水田は稲の栽培場所であって、その他の植物は邪魔な雑草、価値を見出しているのはごく一部の草馬鹿を除けば少数の研究者ぐらいのもの。そのごく少数の人間が調べているのはこれまた国内の膨大な水田のうちごく僅かな部分、実態はほぼ分からないと言っていいだろう。
 もちろん僅かな根拠であっても「根拠レス」や「野生の勘」で決められるよりは、はるかに良い。問題は上記したように私が「一地域の傾向」をもって問題提起しているのと同じようなレベルでレッドデータのランクが決定されているのではないか、ということ。生物多様性の担保には認識の普遍化、危機感の共有が重要だと思うが、それには結果のみならずプロセスの公開が必要なのではないだろうか。


(P)開花するミズネコノオ 9月下旬


Style

 この水田に隣接する休耕田には以前希少なスズメハコベが大繁茂していたが、休耕遷移によって陸地化し消滅した。もともとこの一帯、茨城県南部の水田の多くは基盤整備(*3)された乾田であって、湛水を行わなければ数年以内に陸生植物に被覆されるのは自然な流れ、問題は休耕するかどうかが希少植物の存続に直結しているところだ。後に述べる理由で現在の休耕は復田の可能性が極めて小さい。従って水生植物が存続するような手入れ(*4)も行われない。休耕となれば現状ではすなわちアウトなのである。
 一般的に希少な水田雑草はこうした平野部の水田地帯よりも山間部の棚田、湧水によって涵養される湿田などに多く自生するが、当県ではこうした山間部の棚田の休耕問題はより深刻で、ここ数年間の観察でも多くの場所で耕作放棄されている。水がある分遷移は緩やかだが、植物の枯死体等によって早晩陸地化するので事情はほぼ同じ。元々生産性が低い水田なので復田の可能性も極めて低い。ちなみに以前ミズオオバコを発見した棚田も翌年には休耕となり、ミズオオバコが存続可能な水位が失われ絶えている。また当サイト水草雑記帳ヘラオモダカ変異種Final Report Part1で触れたヘラオモダカ「日立型」の産地もここであり、休耕とともに株数が激減している。

 再三ながら、国による米の生産調整が無くなった今現在、なぜ休耕田が以前にも増して増加するのか、主な論点は当シリーズVol.131 乱舞の種に記した通りなのでご参照願いたいが、要するに理由は米の価格競争力の低下と就業者の高齢化である。結果的に自然豊かな「古のスタイル」の水田が失われるのは残念だが、誰かの力で止められるものでもない。これもある意味時代の流れというやつか。TPP交渉に於ける政府の国内農業に対する施策は大規模集約化を図るというもの。山間の棚田を耕す高齢者には無縁、平野部にしても大規模化した際の労働力や機械代金の目途が立つわけではない。大規模化の資金があり、事業拡大の意欲がある農業生産者がどれだけ存在するのか不透明である以上、政府自民党のこの政策は画餅だと思う。

 植物に話を戻す。この水猫の田ではシソクサ(画像)、キクモ、アゼトウガラシなどが見られ、帰化種の進入は現時点では見られなかった。古の植物構成は、帰化種の排他性(直接の影響は未確認)の影響を受けない、除草剤の影響が最小、元々自生がありシードバンクが存在するなど幾つかの条件によって存続しているのだろう。どちらにしても近所に残った最後の自生地。しかしここもいつまで存続するのか分からない状況なのだ。


(P) ミズネコノオと同所で開花するシソクサ 9月中旬


 キクモは比較的広範に見られる水田雑草だが、用水路などで沈水化している姿を稀に見かける。気中葉も美しいが、より繊細な沈水葉は自然下で見ると別な植物かと思われる程美しい。近年の整備で常時水がある水路や水田が無くなり沈水葉を見かける機会は無くなったが、自宅でも水槽や睡蓮鉢などで容易に沈水葉となるので楽しめる水生植物だ。かなり以前に偶然水路で沈水状態で自生していたものを発見したが、安定した水域である湖沼等に於いても稀に見ることができる。(キクモの沈水葉はこちら
 同じシソクサ属(*5)のシソクサは自然下で沈水葉を見かけたことは無いが、一年草であることも理由だろう。環境変化に応じていちいち草姿を変化させていては開花結実のチャンスを逃してしまう。しかし来歴が東南アジア多年生水田雑草(*6)なのは明らかで、人為的に加温水中環境、すなわちアクアリウムで育てると沈水葉を形成することがある。かなり以前の画像だが下右がシソクサの沈水葉である。

 こうした植物も徐々に減少している気がする。(気がするだけで統計を取ったわけではないけど)原因が除草剤なのか乾田化なのか、はたまた外来種の圧迫なのか定かではないが、ミズネコノオ、シソクサ、キクモが揃い、時にミズマツバやホシクサが混じる水田は確実に減少している。こういう「古」のスタイルの水田は私にとって楽しい場所だが、散々探し回る過程で「もうこれ以上は見つからないだろう」という思いもあり、足が遠のいた原因にもなったかも知れない。


キクモ(水田、気中葉) シソクサの沈水葉 自宅水槽 (P)Nikon E5000


Decrease

 水田環境の変化に伴って徐々に減少している植物にアゼトウガラシ(ゴマノハグサ科アゼトウガラシ属、画像)やキカシグサ(ミソハギ科キカシグサ属)がある。両種とも以前は普遍的な水田雑草だったが、最近は目にする機会が少なく、この水猫の田のような水田でのみ見ることが出来る。希少種と呼ぶほどではないが、自生域が狭まっているこの手の植物は多い。ホシクサやヒロハイヌノヒゲ、イチョウウキゴケ(は絶滅危惧種だが)などが該当する。

 私見ながらこうした植物群は非常に微妙な存続条件の下に自生していると思う。それが何か確たる要因は不明だが、除草剤の使用量や外来帰化種の繁茂状況もその一つだろう。しかしより強く感じるのは感覚的な表現ながら「水田の型」。乾田、湿田といった明確な区分ではなく、何となく「雑草がありそう」的な視覚的イメージ。具体的にはひこ生え(*7)の間に色々な色が見えること。色々な色はヤナギタデの緑(草体)や白や赤(花)だったりコナギの青(花)だったりする。また刈り取られた稲藁の薄茶の間から転々と顔を出すヒメミソハギのクリムゾンカラー(花)だったりもする。
 型としてあえて分類すれば多様性が担保される水田型とも言うべきものだが、個人的に多種多様な植物が醸し出す「色」がその本質だと思っている。

 こうした水田は探査的に楽しいが、これだけ広大な水田地帯でも数が少ない。またも感覚的な話で恐縮だが200〜300枚(*8)に1枚あるかどうか。そして農道が河川に突き当たるような行き止まりの、形がいびつな水田に多い。もちろん形は整っていなくとも平地の水田なので基盤整備もされており、機械も入れられる。自然度は他の水田と同様だ。こうした水田では妙に雑草の種類が多く、綿密に探せば画像のように思わぬ珍種(ミズマツバ)が紛れていたりする。これも画像に見えるミズマツバやヒメミソハギ、トキンソウなどの様々な「色」が一体となって独特のカラーリングとなった場所を探した成果だ。

 もう一点、この地域では稲刈り後の耕起が一般的だが、言うまでも無く雑草の多い水田は不耕起である。いわゆる不耕起栽培(*9)ではないことは春先に耕起を見ているので間違いない。秋の不耕起という変則的な、もっと言えば「抜ける所を手抜きせざるを得ない」水田維持がつかの間の豊穣をもたらしているのだろうか。


(P) ミズマツバ、市内3箇所目の自生確認だが、うち2箇所はすでに消滅している 10月下旬

【存続が黄昏となったミズネコノオ】


脚注

(*1) Sacciolepis indica var. oryzetorum イネ科ヌメリグサ属。遠目には花穂の形状やくすんだ色がミズネコノオに似ている。刈り取り後の水田で探す際に俯瞰しつつ花穂を捜すのでよく誤認する。もちろん接近してみれば全く違う植物なのですぐ分かる。

(*2) 環境省生物多様性センターが管理・運営を行っている総合データベース。略称J-IBIS(Japan Integrated Biodiversity Information System)。生物の調査から選定、レッドデータブック(RDB)、レッドリストの刊行まで行っている。ただし絶滅危惧種の分布データはやや正確さを欠くようだ。例えばスズメハコベを見てみると茨城県の自生はともかく、千葉県2箇所、成東(成東・東金食虫植物群落と推定)、多古(多古光湿原と推定)は筆者の調査では見つかっておらず、地元ボランティアの運営するWebサイトの記述にも見られない。

(*3) または圃場整備(ほじょうせいび)。簡単に言えば水田の区画整理のことだが、農道の拡幅、用水路と排水路の分離、素掘り水路のコンクリート水路化、パイプライン化などがセットに行われる。食糧管理法の廃止(1995)により農業経営の効率化を主導する必要から政府補助金により基盤整備の費用が捻出されている。

(*4) 復田を視野に入れた休耕の場合、耕作田と同タイミングで耕起を行い湛水する。耕作田に比べて背丈のある稲がない分水生植物の発生種、量とも増える傾向にある。しかし前々作記事で触れたように近年ほぼヒレタゴボウだけ、コナギだけなど多様性のない休耕田も目に付くようになってきた。

(*5) キクモやシソクサは従来(クロンキスト体系では)ゴマノハグサ科(Scrophulariaceae)シソクサ属(Limnophila)に分類されていたが、APG植物体系ではオオバコ科(Plantaginaceae.)シソクサ属(Limnophila)に含まれている。以前から生態の違い(多年草と一年草)、水中馴化の違い、形状の違いなどで違和感があったが、遺伝子レベルで分析しても同じグループに属するようだ。ちなみに従来分類のゴマノハグサ科における代表的な植物群、アゼトウガラシ属(Lindernia)はAPGV(2009年)でアゼナ科に転科している。

(*6) シソクサ(Limnophila aromatica (Lam.) Merrill)そのものかどうかは不明ながら同学名の植物は朝鮮半島、中国、インド、ブータン、インドネシア、ラオス、フィリピン、ベトナム、オーストラリア等に分布する。本種は稲作の伝来とともに帰化定着した史前帰化種と考えられており、わが国では一年草であるが、元々多年草の形質を備えている可能性が強い。

(*7) または「ヒコ生え」。一般的にシュート(植物用語)や不定芽の総称として用いられるが、水田の場合稲刈り後の切り株から若芽が生えてくる状態を指す。関東地方では温暖化の影響か、場合によっては結実を見ることがある。

(*8) 水田1枚(畦に囲われた単位)の広さは決まっていないが、1歩(ぶ、と読む=1坪)を最小単位とし、30倍を1畝(せ、と読む。99.174平米)、1畝の10倍を1反(たん、991.74平米)、1反の10倍を1町(ちょう、9917.4平米)と表現する。耳慣れた単位で言うと1アールが100平米なので≒1畝である。

(*9) 読んで字の如く、耕起しない作物の栽培方法である。メリット、デメリットがあり、次の通り。
【メリット】
(1)耕運作業が省力化できる
(2)根穴構造が残り、土中に根圏が酸化的に残存する
(3)前作の作物残渣を地表に放置できるので土壌マルチング効果がある,br>
また、冬季湛水を併用することで雑草の種子が含まれた泥をイトミミズ等土壌生物が押し上げることで発芽抑制効果が見込まれる。一方、デメリットは
【デメリット】
(1)耕起することで防止できる病気の発生を防げない
(2)残渣を地中に鋤きこまないことで土壌養分が表層に集中しやすい。すなわち根が表層に集中し倒れやすくなる
などがある。詳しい内容は日本不耕起栽培普及会Webサイトを参照。

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