日本の水生植物 探査記録
Vol.131 乱舞の種

Location 茨城県取手市
Date  December 14, 2013 (Sat.)
Photograph Canon EOS KissX7/EF-S10-22mm/Nikon CoolpixP330
Weather
Fine
Temperature
14℃
飛来


(P)休耕田に群生するガマ


 ここ何年か庭先の水場、プランターやら睡蓮鉢やらタフブネやらにガマが生えて困っている。こんな植物でも見る機会の少ない都会の住人ならいざ知らず水田地帯ではごく普通、いや普通以上の雑草で、あえてスペースの限られた自宅環境で育成する必要もない。正直邪魔で引き抜いて捨てているが、大型で根張りも強いので手間がかかる。どこから種子が飛んできたのか薄々分かってはいたが、自宅に飛来したのは単なる偶然だろうと考えていた。
 そう言えば水生植物を趣味とするわりにガマの種子が飛ぶ様を見たことがない。漠然とタンポポのように風に乗って数十m程度飛ぶのかな?と考えていた。最近は 気候変動のためか狂ったような大風が吹く日も増えており(*1)、そういう日にたまたま飛来したのだろう、的に。
 時間があったので飛来元と思われる休耕田に見に行くことにした。ちょうど冬の季節風(*2)も強く、時期的に綿帽子になったガマから種子が分離して飛び立つ様子が見られるかも知れない。しかしこの認識は別な意味で間違いだった。





 休耕田の周囲、数100mは花吹雪の如くガマの種子が飛び回っていた。動画ではイマイチだが肉眼で見るとさらに凄まじく、僅かな時間に衣服に付着した種子の数がさらに凄まじい。これを見れば猫の額の如き我が家の水場に着弾しても何ら不思議ではない。よく観察してみるとタンポポの種子よりも軽く飛翔能力が高いようだ。水田が休耕になるとあっという間に生えてくるガマはこうして知らないうちに版図を広げていたらしい。水田のものは多くが埋土種子となり、発芽チャンスを待つのだろう。これで長年の、ガマはどこから入り込むのかという謎が解けた。どうもあのゴツい草体とこの軽く飛び回る種子がリンクしなかったようだ。我が家に生えたものは偶然ではなく必然だったのだ。

種子飛翔のマクロ動画は本サイト内 水生植物図譜ガマ科ガマ属ガマ 参照

 そもそも我が国ガマ科に3種あり、ガマ(Typha latifolia Linn.)、コガマ(Typha orientaris Presl)、ヒメガマ(Typha angustifolia Linn.)だが、水田地帯には全部揃っている。3種濃淡はあるがモザイク状に自生、不思議なのは混生群落を形成しないことだ。飛んでいる種子にはこの3種が混じっていると思う。着地は均等のはずだが混生しないのはお互いに何らかの排他性を持っているのかも知れない。誰も研究しないテーマだと思うが考えてみれば面白い。ありふれた顧みることも少ない雑草だが分かっていない事も多い。
 しかしこのガマの数は異常だ・・・と感じたが、よく見れば昨年より休耕田が増えている。ガマは数年以内の休耕田に多く、比例的に増えているだけなのだ。しかしこれはちょっとおかしい。

死滅回廊の形成

 冒頭の画像は元々スズメハコベの大群生があった休耕田で、現状は放棄が2年ほど続いた(*3)ため本種をはじめ小型の水田雑草はまったく見られなくなっている。この地区では、このようなガマがはびこる放棄水田はちょうどロの字型に連結してしまい、どこから風が吹いても風下は動画のような有様になってしまう。
 ガマの種子が飛ぶのは視界が悪くなる、飛翔時期に洗濯物に付着する、といった程度の「害」だろうが、希少な水田雑草は確実に失われる。言ってみれば生態系の多様性にとっては大きな「害」だ。考えてみれば数年前に休耕になったのはヒロハイヌノヒゲやホシクサが多く発生した水田、次いでミズネコノオの密度が濃かった水田、そしてスズメハコベの大群生が見られた場所である。

 植物愛好家的視点で見れば希少な植物が生えている水田を選んで休耕にしているように見えるが、これも生産者の立場で考えればごく自然な話。雑草を放置するような「自然度の高い水田」は元々生産性の問題か何らかの理由(後述)によって休耕になりやすい。これまでの減反政策から考えれば休耕の割り当てをこの手の水田に割り振るのはごく当然の成り行きだろう。


 ちょっとおかしいのは、2009年以降「米戸別所得補償モデル事業(*4)」で、生産性を度外視しても現時点では耕作さえすれば水田10アールあたり15,000円の所得補償が出るのである。たしかな数字は不明だが、この一帯、休耕比率がここ数年異様に高く、減反割当を大きく上回っているような気がするのだ。金が出るのに耕作さえしない。コスト増の要因である農薬も使う必要がないのに。これはやはりおかしい。
 幸いなことに自宅近所に農家が多く、町内会の寄合の時にこの問題をヒアリングすることが出来た。農家の方々が異口同音に仰るには減反政策で休耕している水田は一部、多くは離農した農家の持ち物が放棄水田になっている、ということらしい。米の生産はすでに経済原則から外れたCPであることは度々書いてきたが、ついに立ち行かなくなった生産者が出てきたのだ。
 どうも綺麗に回廊状に休耕になるな、と思っていたが1件の農家がまったく耕作しなければこうした風景が出現するはずだ。(1件の農家が所有する水田は連続しておらず、意外なことに回廊状になっていたりする場合が多い)こうして多様性にあふれた水田地帯にはガマの大群生、経年変化で陸生、多くはセイタカアワダチソウが優先種となった土地が出現する。


休耕から日が浅い水田。まだ大型草本が進出していない 休耕数年後。すでに陸生大型草本に被覆されている
原因と結果

 2013年11月26日、林芳正農水相は26日の閣議後会見で、コメの消費量に合わせて生産量を調整する減反政策を2018年度に廃止する方針を表明した。1970年に開始した減反政策が48年で終了するわけだ。この決定に従って(上記及び注釈)民主党が始めた米戸別所得補償モデル事業は段階的に終了する。(2014年度から半額7500円に減額、18年度に廃止)

 そもそも減反政策は何のために行って来たのだろうか?原因は米を政府が全量一定価格で買い上げを行っていたため(食糧管理法)、政府が過剰在庫を抱え、買い上げ予算も不足したためである。将来の給付が困難になることを承知で無駄遣いを繰り返して来た年金に比べれば真面目で前向きな政策だ。1995年、食糧管理法が廃止、代わって食糧法が施行されると内容が大幅に変更された。骨子は3つ。

(1)政府の米買入れ数量が大幅に削減された
(2)米価は原則市場取引により形成
(3)生産数量は原則生産者(農協)が自主的に決定

(3)に関連し生産可能数量(生産目標数量)は各生産者に配分する方法に移行された。無闇な減反割当は原則発生していないのである。この有様(休耕田の急速な増加)は農業政策によるものではなく、別の事情が存在するのだ。一つは上記のように離農の問題がある。これは消費者米価の水準が低値安定のため、米作農業が構造的に利益が上げられない「業種」になっているためだ。もちろん高値では売れない。(有名ブランド米は別)以前にこの問題を考えた際に試算したのが以下である。


精米10kgのCP(限界利益率を生産者30%、卸小売(農協含む)業者30%として試算)端数処理:四捨五入

(a)生産者 原価16,497円+限界利益7,071円 = 生産者米価23,568
(b)流通価格 原価(a)23,568円+限界利益10,101円 = 流通価格33,669円 10kgあたり流通価格5,612


 この試算から読み取れる状況は2つある。
 一つは生産者米価が1万円の時代に、製造原価はその1.6倍、限界利益(*5)を含めた原価は2.4倍近くに膨らんでいること。これは一般の製造業ではありえない。この差額を埋めているのは税金と生産者の涙が半々なのである。社会的にも経済的にも面妖な話だと思う。
 二つ目は(b)の流通価格に注目すると10kgで5,612円となって然るべき米価は現在どうなっているか?ということだ。我が家ではブランド米ではない普通の「茨城県産コシヒカリ」を10kg単位で買っているが、平均価格は3,980円、特売で3,280円〜3,580円程度である。つまり市場原則から言えば生産者はありえない価格で出荷し、消費者はありえない価格で購入しているのが現状だと言えるだろう。要するに米価は市場から乖離している存在なのだ。簡潔に言えば農家にとっては「コメはアホらしくて作っていられない

 少し水田から離れるが、物価の優等生と言われる鶏卵も同様の傾向がある。売価はほぼ変動していないが原価は上がっている。主なものは飼料で、輸入の数字を見てみると、少し古い数年前のデータしかないが、アメリカでのトウモロコシ生産量は約2580万トン、日本はうち1300万トンを輸入している。内訳は飼料用が1100万トンである。バイオ燃料転用による高騰、円安による高騰、この原価増を売価は吸収できていない。牛乳も事情は同じである。
 たまたま自分の父方の祖父母が米作+牧場(乳牛)、母方の祖父母が米作+養鶏の農家で、現在は双方とも自家用の水田+野菜程度の兼業になってしまっているが、原因は上記の通り継続しても赤字が出るだけだから、だ。身近な話が現状を代表するとは思わないが、構造的に利益が上げられない農業の実情の一端を示していると思う。

 もう一点。政策や経済動向以外に外せない話がある。農業人口の減少と高齢化だ。農林水産省の農林水産基本データ集を見ると、総農家数:平成17年285万戸→平成22年253万戸(ピークは昭和25年618万戸)、農業就業人口:平成24年251万人→平成25年239万人(ピークは昭和35年1454万人)、平均年齢65.8歳となっている。これは想像だが、近所の田畑で働く農家の方々はすべて70歳を越え、このキツくて得るところのない労働に嫌気がさしているのではないだろうか。

 かくして「日本最大の湿地」は急速に減少し、希少な水田雑草も毎年次々と見られなくなっている。来るTPPが死滅回廊をますます増幅させるのだろうか。趣味者の視点で恐縮ながら、ここ数年、水田を歩くといつも同じ思いがわいてくる。

脚注

(*1) 近年周辺地域で竜巻が発生するようになった。近隣のつくば市(2012年5月6日)、埼玉県越谷市、松伏町及び野田市(2013年9月2日)で発生した竜巻は大きな被害をもたらしたが、長年関東地方に居住している私も初めて聞いた話である。原因は気候変動とも言われているが、ここ数年頻発するゲリラ豪雨や記録的猛暑とセットの話なのだろう。住宅ローン完済者としては自宅近辺に発生しないように祈るばかり。

(*2) 北関東の冬は日本海側から吹く季節風が本州中央の山地に当たって水分を落とし(日本海側は豪雪)、乾燥した強風が吹くことで有名。特に「上州の空っ風」は隣接する新潟県との県境山地から下降気流が降りてくるので半端ではない強風となる。この風が利根川沿いを渡ってくるので千葉県北部、茨城県南部も冬は概ね風&乾燥注意報の日が多い。

(*3) 同じ休耕田でも近い将来の復田を目指して湛水、耕起する「管理休耕田」と、まったく耕作を続ける意思のない「放棄水田」があり、前者の場合は稲を植栽しない、除草剤を使わないという水生植物にとっては耕作水田以上の好条件で希少な種類が見られる場合も多い。一方後者の場合は元々乾田であるので急速に陸地化し、陸地化する以前にガマなど大型草本がはびこって希少植物は見られなくなってしまう。

(*4) 民主党が提案、実施した農業政策。食料自給率目標を前提に国、都道府県及び市町村が策定した「生産数量目標」に即して生産を行った農業者に対して、生産に要する費用と販売価格の差額を基本とする交付金を交付する制度。前提からして「生産に要する費用と販売価格の差額」であり、農業、特に米作が経済原則から外れていることは明らか。銀行の不良債権に対する国の支援には多くの批判も出たが「税金で事業者を支援する」所は同じ本政策に対する疑義は聞いたことがない。

(*5) contribution margin、管理会計上の概念。固定費+利益である。ちなみに農業会計はよく知らないが固定費は農機具の減価償却費、変動費は苗の育種費用、農薬代、肥料代などだろうか。労働者は家族が基本というスタイルが多いので人件費をどう考えるかによって変わってくると思うが、どちらにしても原価が販売価格を上回っており、数字をどういじっても本質は変わらない。

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