日本の水生植物 探査記録
Vol.135 異形の宴 前編

Location 茨城県取手市
Date Few days in September&October 2014
Photograph Nikon CoolpixP330、RICOH CX5
Weather
Fine
Temperature
25〜27℃
タイムラグ


(P)休耕田で紅葉するアメリカキカシグサ 10月上旬


 数年前までヒレタゴボウ(アメリカミズキンバイ)という植物をまったく認識していなかった。近年千葉県北部の水田地帯、印西、我孫子、柏あたりで目に付くようになり、晩夏から初秋にかけて黄色に染まる畔が目立つようになった。それでもまだ利根川北岸、茨城県側ではあまり見られなかったのだ。
 これは利根川が防波堤(*1)となって陸上経由の侵攻を阻んでいたのだろうと考えている。種が飛び越えるには川幅は広く、何分人口希薄な場所同士なので橋も少ないのだ。それでも侵攻が時間の問題だったことは現在の利根川北岸の状況が証明している。水田地帯は晩夏から初秋にかけて千葉県北部とまったく同じ状況であり、いたるところに黄色い花が咲いている。

 さて画像のアメリカキカシグサ(Rotala ramosior (L.) Koehne)、当Webサイトでも外来帰化種コンテンツである「水草雑記帳Invader」で取り上げているが(Invader アメリカキカシグサ参照)、この記事を書く際の2011年の調査では茨城県側で見ることはなかった。今回発作的に「ミズネコノオを見たい」と思い立ち、本種が自生していた水田に赴いたところミズネコノオは全く見られず、思いがけずもアメリカキカシグサの侵入を確認したのだ。2011年、本稿より3年前の時点では千葉県八千代市や印西市で繁茂が甚だしく、上記推論によって2〜3年で茨城県に来るだろう、と考えていたがまさに予想通りの展開となった。
 さらに「嫌な予想」は的中する。上記リンク記事で、自分で「懸念されるのはアレロパシーなどの排他性で、本種が見られる水田では同じミソハギ科のヒメミソハギ、キカシグサ、ミズマツバなどが見られず、外来種であるホソバヒメミソハギも見られなかった」と書いているが、この水田ではミズネコノオはもちろん、あれほど繁茂していたアブノメも皆無、最も自宅から近いホシクサ科の自生地であったがヒロハイヌノヒゲは壊滅、ホシクサも以前の10%程度しか見ることが出来なかった。
 アメリカキカシグサの排他性は解明されていない(と思う)が、他に上記植物の衰退要因も見当たらず、他種に対する排他的繁殖力という点で何とも不気味な印象を受ける外来種なのだ。これがアクアリウム逸出種(*2)であるとすれば業が深い。こうして市内初確認のアメリカキカシグサは発見したが、目的であるミズネコノオ、準目的であるアブノメなどは見られず徒歩圏のミズネコノオ自生地2つのうち1つは消滅した。

侵攻の謎

 アメリカキカシグサの現況だが、市内どの水田でも見られるわけではない。また、千葉県経由で侵入した可能性が極めて強いと考えているが、市の南部、すなわち千葉県側の水田から始まっているわけでもないようだ。
 最も広範囲に定着しているのは市の東部、利根町との境付近、その他2箇所の確認地点は市北部、中央部でそれぞれ数km以上離れている。もちろんその間に幾多の水田や休耕田があるが、多くの場所では見ることが出来ず、不思議なことに市内は隔離分布(*3)状態となっている。
 推測ながらこの自生状況を考えれば、本種は自力で種子を拡散して分布を拡大するのではなく、鳥か動物か、あるいは人間か、何らかの他力を利用して版図を拡げているように思われる。
 最も可能性が強いのは人間で、肥料か苗床か、種子が紛れ込んで運搬され、それらが降ろされた水田で芽吹く、というパターンが考えられる。冒頭画像は休耕田のものであるが、余った苗が放棄されたのか、一部で稲が育っていたことからこの推論も見当外れでもないような気がする。これだけ「バラけて」しかもある所には集中していると、そう考えざるを得ない。

 市内で最も定着数が多い東部では畦際すべてアメリカキカシグサ、という水田が見られた。(下段画像参照)場所により紅葉も見られたが、水田地帯でよく見られるチョウジタデやイボクサの紅葉に比べてかなりどぎつい赤色となる。画像の色はほとんどレタッチしていないのでほぼ見た目の印象と同じ、かなり遠距離からでも分かる程だ。秋が深まればさらに目立つようになるだろう。分布調査には便利な植物だが、調査してもどうしようもないのも事実。農家にとっては帰化種だろうがコナギだろうが絶滅危惧種だろうが「雑草は雑草」。邪魔なら除草剤を撒く、時間があれば草刈する対象である。
 上記のようにここ何年かでヒレタゴボウ、メリケンガヤツリなど新顔雑草が増えているが耕作者にとっては「雑草の生えるエリアに雑草が生えている」だけ。構成まで気にしていられないのが農家の本音だろう。やれ帰化種だ防除だ絶滅危惧種だ、と騒いでいるのは私のような趣味者や学者、お役所など、大きな括りでは野次馬だけ。騒ごうが踊ろうが米の収穫量や価格には何ら関係がない。実はより大きな変化が水田に起きており、こちらの方が農家にとっては深刻なのだ。


(P)休耕田で横に這って進撃する

3年を経て川の北側に出現したアメリカキカシグサ 同左 存在感あり、ある意味綺麗な植物だ
畦際、稲の根元に並ぶ植物は・・ ほぼアメリカキカシグサ


(P)アメリカキカシグサに包囲され圧迫を受ける「本家」キカシグサ(中央)。もう来年は見られないかも知れない 10月上旬



ケイヌビエの脅威

 収穫間近の水田。近年、画像のような光景が見られるようになった。水田一面に広がるケイヌビエ、これではコンバインで収穫するのが難しいのではないか?元々イヌビエ属の植物はイネと紛らわしく、最終的には手で抜くしかない、と聞いたことがあるがこれが不可能な理由は就労者の高齢化である。
 農業就労者の平均年齢統計数字を持ち出すまでもなく、この水田の持ち主は近所の顔見知りの農家、70代のご夫妻である。今年の8月の気温を考えれば水田での手作業防除は文字通り命懸けになる。また最近、イネには影響が無くイネ科雑草を根絶する選択性除草剤(*4)が出回っているが、少量で高価、これだけの水田に散布するには相当の費用が必要になる。これも赤字覚悟になってしまう。命懸け赤字覚悟か究極の選択となるが、どちらも避けるという賢明な第三の判断の結果はこうなる、という見本だ。市内ではあちこちで見られる光景。

 除草剤も殺虫剤も使用しない原始の水田の風景、今までに見たこともないイナゴの大群、好餌を狙う野鳥群。自然の姿だが、期待する希少な小型水田雑草の姿は見られない。彼らは「ある程度」の人間の介入に頼って生存が成立しているからだ。


(P)ケイヌビエが入り込んで繁茂する水田



(P)休耕田の主役は、かつてのコナギやオモダカに代わりヒレタゴボウとなっている


 現在休耕田が増加しているのはかつての減反政策(*5)とは異なり、経済原則と労働人口の確保、簡単に言えば作っても儲からない、おまけにTPPやら何やらで先も見えない、ついでにやる人間もいない、という理由によるものだ。(もちろん全部が全部そうではなく、あくまで市内で見聞した範囲での判断)
 理由はともかく、このような谷津田最奥の休耕は雑草ハンターとしての立場では最もおいしいシチュエーションのはずだが、どうも最近は勝手が違う。かつてこういう光景にはコナギが蔓延り、隙間の多いコナギの根元にはゴマノハグサ科各種、ホシクサや運が良ければミズネコノオなども見られたが、今や主役はヒレタゴボウである。ヒレタゴボウの「いけない」点はアレロパシーだか何だか、とにかく単一群落を大規模に形成してしまうところだ。「多様性」と言うとアカデミックだが、要するに探査しての面白みが無くなってしまうのだ。

 ケイヌビエもこういう場所に繁茂すれば良いと思うが、耕作水田に入りがち、ヒレタゴボウやアメリカキカシグサとの競合を避けているようにも見える。彼らも人間から見れば邪魔な雑草ながら種の存続という使命を持っているので、負けるかも知れない戦いにはあえて参戦しないのが賢明と考えているのだろう。どちらにしても水田探査という点では最悪の段階を迎えているのかも知れない。かつての多様性に満ちた湿地はこのまま終わってしまうのだろうか。

おまけ ササバモの異形


(P)水中を避け島にへばりつくササバモ群落


 水田地帯の小河川で面白いものを発見した。ササバモである。もちろんありふれたササバモ自体が面白いわけではなく(個人的には面白く大好きな植物の一つだ)、その「生え方」が興味深い。この植物は通常沈水葉と浮葉で生育しているが、水が引くと気中葉を形成する。この群落は周囲すべて水であるが、気中葉となって島に逃げているように見える。この小河川では数箇所にササバモの群落があるが、すべて同じ状態であった。
 水草が生育できない水の汚染かと思われたが、水中にたなびく黒っぽい紐はホザキノフサモなので逃げる程の水にも思えない。しかし以前この場所には通年生育型のエビモとヤナギモもあったが、消えている所を見るとヒルムシロ科が嫌がる「何か」があるのかも知れない。こうなる理由はもちろん何かあるのだろうが、結果だけ見せられると違和感を禁じえない。ササバモは通常沈水、浮葉であって気中葉はまさに「異形葉(*6)」、おまけの異形を見つつ水田の異形の宴はさらに後半に。

脚注

(*1) 当Webサイトコンテンツ、水草雑記帳Invader ナガエツルノゲイトウ参照。東京湾方面から北上する外来種が千葉県北部に到達し、茨城県に侵入するまでのタイムラグは利根川が防波堤的役割を果たしているためではないか、と考えた筆者の仮説。東京湾上陸、北上という仮説の上に成り立った仮説であるが、侵攻のベクトルは合っており、利根川で一時侵攻が止まるのもヒレタゴボウとアメリカキカシグサで実際に見ている。また現在(2014年秋)ナガエツルノゲイトウは利根川北岸では確認していない。

(*2) 異論反論を想定してアップした記事「アメリカキカシグサ」に於いてアクアリウム逸出の可能性を書かせて頂いたが、高城邦之氏の見解「同種だがアクアリウム逸出ではない」説もスポット状に繁茂している姿を見ると一定の説得力があると思う。個人的にはアルアナの夕焼け逸出説と種子混入による農業資材犯人説を5分5分に考えている。尚「アルアナの夕焼け」の気中葉はこちらで見ることが出来るが、葉先の形状がやや鈍頭で、アメリカキカシグサではない。高城邦之氏の見解が間違っているのかリンク先画像が間違っている(別種)のか現時点では不明。

(*3) disjunct distribution、不連続分布とも呼ぶ。もちろん他の水田雑草、例えばホシクサやサワトウガラシも市内に自生があるが、どの水田にもあると言うわけではなく、知っている自生はそれぞれ数km離れている。しかしこの爆発的繁殖力を持った外来植物が非常に偏り、市内全域から見れば点在とも言うべき分布となっているのは解せない。アメリカキカシグサの進出条件は地形が地質か水分か、何らかのものがあると思われるが関東地方ではここ数年の間に入り込んだ「新顔」であり、データがない。おまけに除草剤耐性、アレロパシー(本文のように可能性は高い)、ほとんど何も分かっていない状況。

(*4) 例えばイネ科雑草には効果を発揮するが稲には無害といった「狙い撃ち」が出来る除草剤。ただし価格が高く近所の農家ではあまり使っていないようだ。何でも枯らすいわゆる「非選択性除草剤」は稲刈り後に秋季散布するのが一般的。もちろん土壌に残留するので翌年収穫されるコメにも残留すると思われるが、基準値は下回っているはずなので大丈夫。ちなみに周辺の公園は除染が必要な所だらけで2013年末には作業がほぼ終了しているが、農耕地はまったく除染されていない。しかし出荷される農産物の放射線量も基準値以下のはずなので大丈夫。

(*5) 1970年から始まった米の生産調整。調整の理由は食糧管理法によって国が生産された米を全量買い上げていたことから大幅な赤字となったことによる。1994年食糧管理法に替り食糧法施行。諸々のポイントのうち、最も農家に打撃となったのが「米の価格は原則市場取引により形成」というところ。度々書いてきたように真面目に作ると赤字になるので除草剤、殺虫剤、高価な肥料など気軽に使用することが出来なくなった。民主党政権下で個別補償制度が出来たがこれも廃止。最後のトドメがTPP、皮肉な事に現在最も休耕田の増加スピードが早く、離農という非可塑的な理由によるもの。これを農業の破壊と言わずして何と言うのだろうか。

(*6) 通常とは異なった形状の葉、と定義されるがササバモの「通常」は浮葉と沈水葉であって気中葉は異形葉であることに異論はないと思う。逆に一般に販売されるアクアリウム用の「水草」は通常が気中葉であって沈水葉は異形葉のものが多い。

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