日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
ナガエツルノゲイトウ
Photo :  Canon PowerShot S120  RICOH CX5 Nikon CoolPix P330 (C)半夏堂
Invader Alternanthera philoxeroides (Mart.) Griseb

ヒユ科ツルノゲイトウ属ナガエツルノゲイトウ 学名Alternanthera philoxeroides (Mart.) Griseb
外来生物法 特定外来生物 千葉県我孫子市 2014年7月
利根川防波堤説
 2005年、外来生物法(*1)の施行と同時に本種が特定外来生物に指定された際、率直な感想として「なんじゃそら」という声が多かったのではないだろうか。自分にしても居住地周辺である茨城県南部では見たことがなく(これは現在も同じ)、「信じるか信じないかはあなた次第」のウィキペディアでは「観賞用の水草として流通していた本種」と断言しているが、当時アクアリウム、特に水草を趣味としていた自分を含む趣味の仲間達も「水草として」聞いたことが無かったのである。
 国立環境研究所の「侵入生物データベース」では本種の侵入ルートに付いて「アクアリウム等観賞用に意図的に導入後,野外逸出したと考えられる」とあり、「考えられる」が転載を繰り返すうちに確定情報となってしまったのだろう。

 しかし「アルテナンテラ(Alternanthera 本種の属名)何とやら」てな水草は現在も山程流通しており、そのうちのどれかという可能性もなくはない。なぜなら観賞用の水草の多くは学名のカタカナ読みで流通しているが、必ずしも正しいものばかりではない、という現実があるからだ。このあたりの「アバウトな業界」の性格が難癖付けられる遠因にもなっているのだろう。

 さらに言えば、ナガエツルノゲイトウがアクアリウム業界ではAlternanthera以外の分類が成されていた可能性も否定できない。このあたりもアバウトなのだ。こうなると「観賞用の水草として流通していた本種」も100%否定できない。濡れ衣を着せられても仕方がない趣味だが、警察の犯罪捜査の原則「類似の犯罪前科者を洗え」宜しく根拠もなしに言い切ってしまうのは問題だろう。(ミズヒマワリやオオフサモに付いては弁解の余地はないが)

 ナガエツルノゲイトウは前々から千葉県の印旛沼(*2)周辺で猛威を奮っていることは知っていたし、何度か見かけてもいた。しかし綿密に調査をしたわけでもなく、正直それ以前に興味も湧かなかった。最近諸々の用事で(仕事含む)千葉県北部に出かける機会が多くなり、各地で惨状をつぶさに見ることになった。千葉県北部で被害が甚だしいのは図の通り手賀沼・印旛沼周辺と両湖沼の流出入河川に集中している。

 @は手賀沼で、手賀沼親水広場に定着している。冒頭の写真もここで撮影したものだ。手賀沼親水広場付近ではオオフサモの群落もあり、数年間防除された形跡がない。Aは手賀沼からの流出河川、手賀川流域。支流と利根川への合流地点(手賀排水機場)付近の被害が凄い。(下画像参照)Bは印旛沼北岸、数年前に探査記録で報告した場所一帯。(下画像参照)Cは印西市神崎川、本シリーズ「アメリカキカシグサ」撮影地点に程近い。Dは印西市、印旛郡栄町の長門川、将監川一帯。これらは自分で目撃した主だった群落の位置を示したもので、もちろん小さな群落、未知の群落はこの何十倍もあると推測される。
 こうして見ると千葉県北西部の手賀沼・印旛沼の水系に被害が集中しているが、「観賞用の水草として流通していた本種」は論外(*3)として、東京湾の港に荷揚げされた貨物への植物体混入説が説得力を持っていると思う。前にも書いたが「犯人探し」には興味がなく、今後の推移と防除が気になっている。

 ナガエツルノゲイトウ以前、@〜Dのエリアに多く見られ、茨城県南部には見られなかった植物にヒレタゴボウがある。ヒレタゴボウは数年で利根川を越え、現在では茨城県南部でも普遍的な水田雑草になってしまっているが、この数年間のタイムラグは利根川が防波堤的役割を果たしたのではないか、と考えている。現時点では同地域に多く茨城県には少ないアメリカキカシグサも然り。
 ナガエツルノゲイトウに付いては千葉県北西部の分布から、草体の一部を水流に乗せて分布域を拡大している可能性が強いと思われる。分布のある水域、手賀沼、印旛沼、手賀川、長門川、将監川、神崎川などは最終的に利根川に連結するため、流量・流速によって茨城県側になかなか上陸できないのではないか、と思う。


手賀排水機場付近の調整池。本種は湿った湖岸を占拠した後に水面に進出する傾向があるようだ(D地点)
千葉県印西市 2014年5月
印旛沼北岸の湖岸湿地にて。現状はかなりの繁茂があるがヤマイやカサスゲなどと混生している(B地点)
千葉県印西市 2014年7月

特定外来生物

必ずしも陸地に接続しない例。手賀川中流域にて(A地点) 千葉県印西市 2014年7月

 本種は「本籍」は水生植物だと思われるが、モノの本には乾地でも生育可能、とある。では陸性が強いのかと思えば上画像のように水中から立ち上がり、自ら島を形成したりする。何とも掴みどころのない不気味な生態の草だ。
 右画像は上のやや上流地点で、手前の群落はメジャーなパターンで岸から水面に進出して群落を形成している。一方橋桁付近には橋桁を囲むような群落も見える。やはり何らかの「取っ掛り」を足場にする傾向があるようだ。共通して言えるのは、群落の拡大は大規模なものになり、色々な影響が出る可能性がある(*4)ということ。

 環境省の解説では生態系に関わる被害として、3つの懸念が示されている。(原文引用、外来生物法 特定外来生物の解説 ナガエツルノゲイトウより)
・千葉県印旛沼で群落を拡大しつつあり、今後の異常繁茂と抑制策の必要性が予想されている。
・海外では有害な水草とされ、在来植生と競合したり、水流を阻害して在来の水生生物の生活を阻害している。
・ニュージーランドのワイカト川では、水流を阻害したり、洪水を悪化させるとともに、重要な保護地域にまで拡大するおそれがあるとして、根絶を目指した管理計画が立てられている。

 注意深く読んでみると国内では印旛沼で群落を拡大し、異常繁茂と抑制策の必要性が予想されている。海外ではこんな被害がありますよ、ということ。法的には特定外来生物であって罰則付きの「危険物」であるが、生態系への具体的な被害は語られていないようだ。自分で見た限りでも爆発的に増殖し場所を塞ぐ以外は悪さはしていないように感じられる。(もちろん擁護するつもりは一切ない)
 外来生物法で釈然としない部分はまさにここ、起承転結がない点だ。○○という植物が帰化している→悪影響が出ている→放置すると更にこんな危険がある→特定外来生物として飼養売買移動禁止、すっきりと語られれば万人が納得すると思う。帰化ルートにしても前項で触れたウィキペディアの「観賞用の水草として流通していた本種」と同様(以下「」内、環境省Webサイトより引用)「ツルノゲイトウ属の複数の種類が、観賞用の水草として、ペットショップやインターネット上で市販されていた。」と書かれている。

 さらにしつこく。自分は写真と植物(植物以外の被写体は少ないので一体か)以外の趣味としてげっ歯類の飼育が生きがいであったが、最も面白いタイリクモモンガもこの論理で特定外来生物に指定されてしまった。輸入数飼育数が多い→逸出する可能性がある→在来種と交雑して生態系が乱れる可能性がある、というわけ。もちろん予防的措置も必要であると思うが、それにしては特定外来生物の飼養の罰則が重すぎバランスが取れていない。
 さらに2005年9月には感染症予防法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)に基づき生きたげっ歯目の輸入が禁止されてしまった。実質この趣味は終焉を迎えたのである。これも根拠は感染症の仲介をする可能性がある、というもの。何だか「貧乏人は貧しいので窃盗を行う可能性がある」と言われているようなもの。あまり愉快な論理ではない。・・・脱線失礼。

 特定外来生物に指定された植物の帰化ルートに付いて「ツルノゲイトウ属の複数の種類」とは何だろうか?前述のように「ペットショップやインターネット上で」水草を買っていた我々が知らないのである。もちろんアルテナンテラ某というナガエツルノゲイトウ以外の水草は多種類を知っている。しかしそれはナガエツルノゲイトウの特定外来生物指定に何ら関係はない。この玉虫色の表現は、帰化ルートに付いて確証を得ていないので、とりあえず前科のあるアクアリウムを犯人にしておけ的な香りが強く感じられる。これも釈然としない以上に不愉快な論理だ。

 ナガエツルノゲイトウに付いて、自分で調査した限りではあつかましく巨大な群落を形成してしまうが、それ以外の被害に付いては感じられなかった。特定外来生物に指定した側も来歴は把握しておらず被害に付いても可能性しか語られていないようだ。一部では水田への侵入が報告されている(*5)が、調査地域の大部分である手賀沼、印旛沼干拓地の水田ではナガエツルノゲイトウよりもエゾウキヤガラの侵入被害(*6)の方が強く感じられた。水田への雑草の侵入を理由とするのであればコナギやイボクサも被害は同程度だろう。


(P)2014年7月 千葉県印西市 手賀川(A地点)

防除の壁、分化全能性

開花するナガエツルノゲイトウ(B地点) 千葉県印西市印旛沼北岸 2014年7月



 論拠が希薄であっても特定外来生物である以上、外来生物法の定めるところ一切の飼養、売買、移動はできないのはもちろんであるが、外来生物法 特定外来生物の防除にあたってにある通り、国(環境省)、地方公共団体や民間団体等が防除を行う、とある。
 この「防除」に立ち塞がるのがナガエツルノゲイトウの持つ恐るべき分化全能性(*7)。簡単に言えば植物体の一部、葉の欠片からでも植物体が再生する能力である。従ってナガエツルノゲイトウを完全に排除するには方法はたった一つ。

手作業で、根を残さず葉茎を散らさないように丁寧に駆除する

これしかない。しかしこの方法が現実的ではない理由は主に防除主体と防除に関わる費用にある。自治体(実際は市町村が主体)が防除事業を行う場合、ほとんど入札になるが、落札する業者は選べない。(談合でもあれば別だがそれは違法)要するに「完全な防除」を担保できないのである。安く落札すれば少人数で機械(草刈機)でジャリッとやっつけるしかない。これは想像でも何でもなく、現実にミズヒマワリ(*8)の防除で見たことが複数回ある。意味がないとは言わないが、これでは根絶は無理である。
 環境省はこの事態に対し上記リンク文章中「 この際、「計画的かつ順応的」に、「関係者との連携」のもと、「科学的知見に基づき」行うこと、「費用対効果や実現可能性の観点からの優先順位を考慮して、効率的かつ効果的に実施すること」等とされています。」と述べている。解読するに・・・何だかよく分からない。お役所的装飾的な文章であって、受け取る方もどうにでも解釈できる。他の分野はともかく、現実に委託作業が発生するこの分野ではいい加減この手の表現は止めた方が良いのではないか。方法論と成果目標を具体的に設定すべきである。しかし「具体的に設定」した場合、低予算で落札して利益を出せる業者が存在しないことも十分承知しているのだろう。だからこその玉虫色。

 このように力技がなかなか通用しない難敵に搦手から攻める方法が一部で注目されている。天敵の昆虫を使って食わせるやり方だ。天敵の昆虫とはアザミウマ、ナガエツルノゲイトウノミハムシなどである。しかしこれら昆虫類によって日々増大する大群落の数々を消滅させることが可能か?というと甚だ疑問だ。イメージ的にジュンサイに対するジュンサイハムシ、その他浮葉水生植物に対するマダラミズメイガの位置かと思われるが、個人で育成する一株二株はともかく、自然下で水生植物が天敵によって絶えた例は聞かない。

 ヨーロッパ、特にイギリスに於いてナガエツルノゲイトウの如き猛威を奮う「外来植物」は意外なことに本邦産のイタドリであるという。元々は歴史的な話になるが、かのフィリップ・フォン・シーボルトが持ち帰った長崎産のものが観賞用として広まったらしい。これを何とかしようと天敵昆虫のイタドリマダラキジラミの導入が検討されているが、人間の「検討」がそのまま100%通用するとは思えない。それは寄主特異性やら生態的想定外やら理論的背景ではなく、単純に「虫とはいえ腹が減れば他のモノも喰う」という単純な真実。
 そもそもイタドリも観賞用としてコントロールできると誰かが「検討」したわけで、ブラックバスの拡大の経緯に似てなくもない。火に油を注ぐ生態系の乱れに繋がっては何もならないだろう。そもそも「異常繁茂と抑制策の必要性が予想」されているものに対し「新たな生態系の乱れに繋がるかも知れないモノ」を導入しようという発想が矛盾している。
 前述したように根絶には人手による丁寧かつ迅速な防除作業が必要だと思うが、それはすなわち予算そのものであって、昨今の地方自治体にはハードルが高い。適当にお茶を濁せば手賀沼・印旛沼水系の現状となる。なかなか人間様の事情によって蔓延る植物である。


(P)2014年7月 千葉県印西市 手賀川(A地点)

脚注

(*1) 「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」が法律の正式名称であり、外来生物法は略称。(2005年施行)水生植物では現在ナガエツルノゲイトウをはじめミズヒマワリ、オオカワヂシャ、ブラジルチドメグサ、オオフサモ、ルドウィギア・グランディフロラ(オオバナミズキンバイ等)、スパルティナ・アルテルニフロラ(スパルティナ属)、ボタンウキクサ、アゾラ・クリスタータが特定外来生物に指定されている。

(*2) 千葉県北西部の湖沼。もともとは大規模な湖沼であったが干拓により北部調節池(北印旛沼)と西部調節池(西印旛沼)に水域が分割されている。水域類型は湖沼A(水質汚濁に係わる環境基準)でCODは3mg/L以下と定められているが、季節変動はあれど概ね3〜4倍であって水質は全国ワーストクラス。ガシャモクとササバモの種間交雑種「インバモ」が生み出されるほど濃密であった水草の姿はほとんど見られずオニビシやナガエツルノゲイトウなど最近入り込んだ種が繁茂しているのは付近の湖沼と同様。

(*3) 本文にも書いたがアクアリウム起源説は限りなく白に近いグレーだと思う。自然下では見たことがないが、果たしてこの植物は沈水葉を形成するのか?ぜひ実験してみたいものだが特定外来生物に指定された現在となっては不可能な話。論外なのは、いやしくも自然科学の話で根拠も明瞭に示せないことを公にすること。

(*4) 帰化定着地点、複数箇所での観察結果から2つの事が言えると思う。一つは他の湿地性の植物と共存していること、もう一つは何も植物がない場所(裸地)に単一群落を形成していること。特に排他性は感じられないが、群落が巨大になれば水流の変化や治水上の問題も出てくるかも知れない。

(*5) 参照農業環境技術研究所 印旛沼に流入する師戸川の流域水田・用水路の調査結果報告。「現在の日本国内での分布は一部の湖沼や河川に限られ、農地への侵入はごくわずかですが」としつつも稲作への深刻な潜在脅威と位置付けている。

(*6) 従来から東北地方の水田での被害が報告されていたが、手賀沼、印旛沼周辺の干拓地では収穫が心配になるほどの被害が見られる。この一帯では水田に関して言えばナガエツルノゲイトウよりもエゾウキヤガラの被害が深刻だ。

(*7) 本来葉の欠片は「葉の細胞」であるはずだが、そこから根や芽が出て独立した植物体となる。この現象は植物体を形成するすべての細胞種へ分化可能だからで、この能力を分化全能性という。動物の場合、自然状態では受精卵しかこの能力を持っていない。が、STAP細胞の発見によって再生医療や新たな美容整形に道が拓かれた・・・と思ったら論文の取り下げやら自殺者やら大変な騒ぎになっているようだ。

(*8) ミズヒマワリ キク科ミズヒマワリ属、特定外来生物。ナガエツルノゲイトウとは逆に筆者の調査では利根川北岸、霞ヶ浦沿岸部に多く帰化定着している。本種もナガエツルノゲイトウ同様分化全能性を持ち、完全駆除が困難な厄介者。

Invader Alternanthera philoxeroides (Mart.) Griseb
日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
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