日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
アズマツメクサ
(C)半夏堂
Feature Tillaea aquatica L.
公開:2015-09-12
改訂:2019-08-31


ベンケイソウ科アズマツメクサ属 アズマツメクサ 学名 Tillaea aquatica L.
被子植物APGW分類 : 同分類
環境省レッドリスト2017 準絶滅危惧(NT)

撮影 2014年6月 茨城県南部(fig1)

【アズマツメクサ】
*よほど注意深く観察しないと見過ごしてしまうぐらいの小型草本。かく言う私も初めて見た際にはやや距離のある場所から「ミズマツバか」程度の認識であった。レッドデータ「あるある」だが、レッドリスト2017では絶滅危惧II類(VU)のミズマツバより準絶滅危惧(NT)の本種の方が見つけるのが難しい。本編で詳述するが、基本的に広範な水田や休耕田に自生するミズマツバに対し、偶然か必然かアズマツメクサは自生環境が限られる。様々な希少湿地植物が目白押しの環境でも不思議なことにアズマツメクサだけは見ない。
 こうした「自生地の好み」のようなものがあるのか、育成しようとしても極端に難しく、自生地の土を使用し他種の干渉を排除し日照を確保し、要するに考えられる限り優遇しても日ならずして消滅してしまうという経験を何度かしている。要するに自分にとっては「よう分からん」植物の筆頭である。自宅環境で育たないリュウノヒゲモ(ヒルムシロ科)などは育たない理由がある程度分かっているだけに諦めも付くが、こういう小型の一年草を長年維持できてこその「育成技術」と思わされる植物だ。

自生地の特異性
■性善説と性悪説を巡る自生地情報

 こういうWebサイトを主宰していると賛否両論叱咤激励意味不明、桃色勧誘俺俺詐欺にいたるまで実に様々なメールを頂くが、なかでも植物の自生地に関する問い合わせの内容が最も多い。自生地情報に付いて基本的に回答できないことは「このサイトについて」に書いてある通りだが、理由としては希少な植物の自生地を無防備に情報流通させないため、が主たるものだ。
 理由はあらためて書くまでもないが、少数とは言え趣味者や業者が場所を特定し採集して絶滅させてしまうのを防ぐためだ。自生地、希少種の保護という名目はあるが、実はそれよりも自分が好きな時に特定の場所で見ることができるようにするため、という利己的な理由の方が比重が高い。それは苦労して目指す植物を発見した人間の特権である。
 立場を逆にして考えても、私が根こそぎ採集して売り払うような人間ではないことは自分だけが確信を持てることであって、他人からしてみれば「信用できない不特定多数」の一人に過ぎない。


(P)2010年6月 東京都西部 休耕田に自生するアズマツメクサ(fig2)


 性善説と性悪説という人間の類型があるが、現実はそんな単純なモノではないと思う。立派にルールを守り他人に優しい模範的な社会生活を営む「性善」な人間でも、趣味に関する事になると他人を押しのけ多少のルール違反やグレーゾーンへの踏み込みをためらわない「性悪」な人間はいくらでもいる。逆に極悪非道なアウトローでも子供や小動物に優しさを持つ者もいる。同一の人間でも「性善」と「性悪」を併せ持っている。そんなことは当然の事だが、この「人間を類型化できない点」が無作為に情報をリリースできない理由である。左の自生地を潰されたら右の自生地を差し出すのは誰にとっても益がなく、まったくナンセンスだ。

■問い合わせチャンピオン

 とは言え、研究者や研究者の卵と称する方々に対しては、社会貢献の意味合いもあって丁寧にお応えさせて頂いた時期もあった。ある時、やや珍しい苔類を調べている自称「研究者の卵」さんに請われ、彼が研究テーマとしている、とある苔類の自生地を複数箇所教えて差し上げた。言訳がましいが「とある苔類」は研究者によって分類名称が異なり、本サイトに掲載されたものは、あくまでも見解の一つである。その「見解」は自生地にほど近い水族館のもので、県の自然博物館でも同様の立場をとっている。研究者ならともかく、一素人の私が異議を唱えるべくもなく、素直に従ったまで。
 ということをメールに書き添えたつもりだったが、実際にその自生地に行かれた「研究者の卵」さんの返信は「自分の見解では別種だった」「別の自生地では発見できなかった」というやや不機嫌なものだった。「見解の相違による別種」は想定内であるし事前情報として申し上げてもいる。また自生地に植物が見られなくなる(遷移)のはよくある話で誰の責任でもない。申し訳ない気持ちもあったが、私にしても毎日のように来るメールの対応を貴重な時間を費やしてさせて頂いたわけで、これではお互い不幸である。という「事件」もあって爾後自生地情報はいかなる相手でも、然るべき理由があっても回答していない。

 本文に関係のない前書きを長々と書いたのは自生地に関する問い合わせで最も多いのが今回テーマのアズマツメクサだからである。写真には撮影年月日と都道府県地域レベルのキャプションを付けているが、出せる情報はこれだけ、自分ではアズマツメクサと同定しているが(自信はあるが)万が一別種であっても知らんし、ましてや今現在その地に存在するかどうかまでは責任が持てない。幸いこの記事の画像はすべて旧型機種での撮影であって、exif注1)は消していないが、位置情報(緯度経度GPS情報)は最初から含まれていない。場所まで特定できる情報はないので、探したい方は自力でどうぞ、ってこと。

 いったいなぜアズマツメクサは発見しにくいのか?たしかに準絶滅危惧(NT)であり希少な植物である事は間違いないが、逆にNTであれば危急性は低く、すなわち普遍性が高いはず注2)。これほど次々と複数の方からお問い合わせ頂くほどでもないはずだ。実はアズマツメクサにはお好みの地形があって、条件に合致しないといかに自然度が高い湿地水田にも生えていない。これは経験上ほぼ間違いのない「事実」であると思っている。おそらくアズマツメクサとの対面を熱望し、困り果ててお問い合わせをして来る方々は探し方、探す場所を間違えていると思う。トップの画像、茨城県南部の自生地はその「確度の高い仮説」に従って発見したもの。自生地の固有名詞は無理としても、好みの地形と思われるパターンぐらいは公開しようと思う。

地形との因果関係
■RDBとの乖離

 これまでアズマツメクサを3箇所で発見している。これが多いのか少ないのか分からないが、自分の水田湿地を歩く頻度やエリア、そして本種の準絶滅危惧(NT)というランクを考えれば発見が極端に少ないと言える。なにしろこの趣味を始めてかれこれ20年だ。その間、濃淡はあれど湿地を歩いていない期間はない。状況を考えればもっと見つかってもよいはずだ。
 準絶滅危惧(NT)の植物、例えばカワヂシャやミズネコノオ等(どちらもレッドリスト注3)でのランク)の「発見難易度」を考えると、同ランクのアズマツメクサの自生地はいかにも少ない。レッドリストが間違っているのか(現実は想定以上に自生が少ない)、ランク通りなのだが発見しにくい植物なのか、どちらかとしか考えられない。
 私は諸般の状況から考えると、理由は後者ではないかと考えている。度々述べているが、RDBやレッドリストには調査の手法や精度に疑義があって、必ずしも額面通りには受け取れないと思っている。しかし自分の歩いた範囲であればアウトライン、傾向としての判断は付く。要するに「ある所にはわんさかある」が、一般的に多様な湿地植物が繁茂するような場所にはなかなか自生しない、ということだ。そしてその「ある所」は極端に限られる。


(P)2010年6月 東京都西部 休耕田(fig3)


■地形的特質

 余談ながら、似たような背格好、草姿のスズメハコベやミズマツバは絶滅危惧II類(VU)であり、アズマツメクサよりランクが上だ。ランク通りに危急度が高いとは必ずしも言えないが、発見するのは絶滅危惧II類(VU)の植物達の方が私にとっては容易だ、という現実もある。やはりアズマツメクサが一般的に発見しにくい植物であることは間違いない。
 さて、その「ある所」が問題になるわけだが、この手の植物(希少で発見しにくい、という意味で)は自生地のプロファイリングが意外と有効だ。要するに「どのような地形の湿地に生えるのか」という情報整理を行い、条件に合致する地形を探すのである。どちらにしても水田や湿地のローラー作戦は時間と体力が続かないし、それで実質的な成果が上がるとも思えない。発見した3か所の自生地の地形的特質を整理するといくつかの共通点が見えてくる。数少ない事例から共通化することの危険は承知ながらあえて整理してみると、

(1)山(里山)が迫る盆地地形
(2)一方もしくは二方が開けた地形
(3)泥質

の3点である。典型的なのは谷津田最奥の休耕田などで、東京都西部2か所の自生地はこれに近い。茨城県の自生地はやや開けた地形ながら保水力がある(湧水を確認した)里山が迫り、しかも大きな攪乱が発生し、盆地状の地形が作られていた。具体的に言えば湿地を掘り下げて菖蒲園が作られていた。その中での自生である。おそらくはシードバンク注4)からの発芽だろう。
 本種が写真入りで掲載された数少ない図鑑(山と渓谷社「野に咲く花」)には明らかに水田に抽水する姿が写っているが、経験上平地の水田では見つからないと思う。この図鑑写真の水田も谷津田かと思われる。要するにミズマツバやミズネコノオ、サワトウガラシやホシクサなど希少な湿地植物が繁茂する自然豊かな平地の水田でも発見することは難しい。個人的に本種の自生に湿地の「ポテンシャル」はあまり関係ないと考えている。逆に河川敷など、堤防が谷津田奥の里山の代わり、砂州が泥質なら(1)〜(3)の条件を満たすので自生する可能性は高いと考えている。そうした意味では見つかりにくさは探すべき場所を探していないことによるもの、と言えるだろう。


泥濘に湿性する 2008年6月 東京都西部(fig4) 群落となったアズマツメクサ 2008年6月 東京都西部(fig5)
本籍多肉植物



アズマツメクサ草体 この角度で見ると多肉植物的なフォルムだ。2010年6月 東京都産(fig6)



■多肉植物型草体と光合成

 アズマツメクサはベンケイソウ科注5)に属している。ベンケイソウ科は基本的に多肉植物であり、CAM型光合成(Crassulacean Acid Metabolism)注6)を行う。詳しい解説は本稿の主旨ではないので専門書注7)を読んで頂くとして、この光合成タイプは基本的に水分ストレスが高い環境の植物である。具体的には砂漠、砂礫地など水分確保が難しい地形に分布する。確保どころか日中に気孔を開けることで植物体内の水分も蒸散してしまうほどの過酷な環境下で、CO2の取り込みを気温リスクの少ない夜間に行い、昼に気孔を閉じて植物体内で還元することで生きている。
 ちなみに水草として販売される「クラッスラ、Crassula」は、ベンケイソウ科においてクラッスラ亜科に属し、クラッスラ亜科の別名はアズマツメクサ亜科である。クラッスラ属(Crassula)もアズマツメクサ属(Tillaea)もクラッスラ亜科の下位分類、クラッスラ連に属しており、同じグループの植物である。水草のクラッスラはどう見てもスズメハコベ属(Microcarpaea)にしか見えないが、あながち水辺に縁がない植物グループとは言い切れない理由はここにある。また確実に水辺の植物であるタコノアシも以前はベンケイソウ科に属していた。(APGVからタコノアシ科として独立)こうして考えればベンケイソウ科とは言え自生地の特質は固定されたものではない。

 アズマツメクサはこうしたグループに属しながら水分ストレスが基本的にない水辺に自生する。生態として矛盾しているように思われるが理由は正直分からない。推測が許されるなら、ストレスに特化したグループ(ベンケイソウ科)のうち、一部が無理にストレスに耐えるより水辺に進出しようと考えたのではないだろうか。その「一部」がコモチマンネングサ(ベンケイソウ科であるが、水田の畔など水気の多い場所に自生)であり、このアズマツメクサなのではないだろうか。推測ばかりで申し訳ないが、アズマツメクサには彼なりの事情があって外からは伺い知れない。
 自生地で距離のある場所から見るとアズマツメクサはスズメハコベやミズマツバのように見える。しかし接近すると上の画像のように多肉植物のフォルムである。現在の自生形態は「結果」であるが、このフォルムを見ればどこかの時点で水分ストレスの強い過酷な環境を経てきた、という推測が許されるだろう。進化論の原則の一つは「無駄な機能は淘汰される」のである。最初から水辺に生きてきた植物であれば多肉植物のフォルムはその目的からして無駄どころか生態と矛盾している。

 光合成タイプに付いてはアズマツメクサがCAM型なのかどうなのかは不明である。色々な文献をあたったが、この点に付いて言及されているものは見つからなかった。「ベンケイソウ科の多くがCAM型光合成を行う」という記述はあるが、その「多く」が何%なのか、アズマツメクサがその「多く」に含まれているのか、具体的なエビデンスは見つかっていない。また元々CAMであっても、すでに環境に合わせてC3型やC4型注8)に変化しているのかも知れないが、それも確認する術もない。もちろん自生環境には他の水辺植物も自生するので昼間気孔を開けられないほど過酷な環境でもない。

 アズマツメクサは少なくても草体から受ける印象は多肉植物そのもので、もちろん水辺の植物のそれではない。元アクアリストとして気になるのは、では水中耐性はどうか、沈水葉は形成するのかという点。可能であれば似たような草姿が多い「水草」のなかでひときわ異彩を放つ存在になることは間違いない。2010年当時、維持していた水草水槽に植栽し様子を見てみた。(下記実験結果)


抽水するアズマツメクサ 2010年6月 東京都西部(fig7) 直径2mmほどの花 2010年6月(fig8)

■水中育成

 採取した株を水槽で育成実験してみたのが右画像。結論を言えば明確な沈水葉を展開することはなく、多肉植物の印象そのままの草体で、水中でも多少の成長が見られた程度。しかし約1か月後には枯死して消えてしまった。

 ご覧の通り底床は礫(大磯砂、10年以上)であったが、自生地の泥質を考えるとソイルなど泥質底を使用すればまた別の結果が得られたかも知れない。しかし屋外でも完全に水没させた株は育つことがなかったので(もちろん土は泥質)、水草扱いは難しいのではないか、というのが結論だ。ちなみに屋外でも湿生、抽水させた株も短期間に消滅してしまったので環境を問わず育成が難しいのが現状だ。
 上記推測の通り、砂礫地や砂漠などから進出してきた植物であれば、水没による草体変化の遺伝子は持っているはずもなく、(今後の数千年か数万年かで取得する可能性はあるにしても)水中生活は基本的に無理だと思う。そのくせなぜ湿地にあるのか、という点は別として。


水槽育成 2010年6月(fig9)

小さな謎草



野焼き後の渡良瀬遊水地 2017年5月(fig10)



■名無しの歴史

 アズマツメクサは1888年に植物学者の池野成一郎氏によって東京都目黒区駒場の水田で発見され、牧野富太郎氏により記載されている。それまでにも存在したに違いないが、扱いは「その他大勢の雑草」に過ぎなかった、というわけだ。ちなみに池野成一郎(1866-1943)という人はソテツの精子注9)を発見したことで有名な植物学者だが、「植物系統学(1906)」という、日本初の体系的植物学書の著者でもあり、牧野富太郎や南方熊楠と並ぶ植物界の巨人である。意外なことにエキサイゼリの種小名、Apodicarpum ikenoi Makinoに名前が残っているが、池野氏が発見したわけではなく(発見は前田益斎だ)、記載者の牧野富太郎が池野氏の友誼に感謝した献名であるという。

 明治になって牧野富太郎が和名を付与し記載した植物は数多いが、要はそれまでの歴史において目立つわけでも綺麗な花が咲くわけでもなく、もちろん経済的価値もない、いわゆる「雑草」範疇の植物群を整理した事跡が大多数である。逆に言えば文化的に成熟していたと言われる江戸時代にも一部のもの好き(まさに前田益斎など)を除いて、小さな雑草などは誰も見向きもしなかった、という事実が浮かび上がってくる。イギリスの植物学者、Robert Fortuneが「世界一の園芸大国」と評した江戸時代の日本でも見向きもされなかった植物が多かった、ということだ。
 アズマツメクサなどはこの典型で、何の役にも立たない。草体は小型、花はルーペで見なければあるのかないのか分からない、然るべく無視されてきたわけで、まさに「名無しの歴史」と言えるだろう。おかげで現代、こうやってどこにあるのか、育てることが出来るのか、暇人の私が一生懸命考える上でも参考となる資料が一切残っていない。そりゃ同じ植物とはいってもアサガオやキクとは観賞価値が別次元である。一説に「アズマツメクサは昔は水田に多かったが、除草剤の影響で減少した」という話がある。しかしこの「説」も何ら証拠があるわけではなく、伝説範疇の話と言えるだろう。なぜなら「多かった」のであればシードバンクが存在しているはずで、近年諸般の事情から除草剤散布を中止した水田で復活している希少な植物のラインナップに名前が上がっても良いはずだからだ。現実はそうではない。名無しの歴史はイコール生態の謎となり、いまだに分からないことが多い植物となっている。

■伝播の形

 渡良瀬遊水地では次々と新顔が発見されるが、アズマツメクサも近年見つかっている。残念ながら最も見通しの良い4月下旬〜5月上旬に何度か探したが空振りに終わっている。そこそこの湿地なら隅から隅までローラー作戦も可能だが、ここまで規模が大きいとほぼ無理で、発見前に体力が尽きてしまう。この湿地ではその手の「ピンポイント」植物が多く、ハタベスゲ、キタミソウ、カザグルマなどあらかじめ自生ポイントが分かっていないと偶然には巡り会えない。どうしても見たければ素人のフリをして観察会注10)にでも潜り込むしかない。
 アズマツメクサに付いては他に自生地を知っており、何度も見ているので、ここでどうしても見たいという強い気持ちはなかったが、どういう生え方をしているのか興味はあった。同じように近年遊水地で発見されたキタミソウも同様にここでは見られていないが、「近年に伝播したのか」または「近年になって発見されたのか」という点には強い興味がある。もちろん自生している姿を見ても解は得られないが、そもそもアズマツメクサやキタミソウなどの小さな植物が伝播するのか、大きな疑問を持っている。

 キタミソウに付いては当Webサイトの「Featureキタミソウ」で伝播を多少考えて文章にしてみたが、こんなものが鳥の食料になるのか、種子が体内に留まってシベリアから日本に来られるのか、どう考えても合理的な「伝播の形」というものが見えない。この点はアズマツメクサも(国内伝播にしても)同様である。
 そもそも国内外を問わず、他に自生地があって別地点でも発見されたから伝播、という方が飛躍した発想なのではないだろうか。アズマツメクサに付いてそう考えるにいたったのは茨城県内の菖蒲園で発見したからである。状況証拠は攪乱(菖蒲園拡張のための地ならし)による埋土種子の発芽であることを強く示している。もともと湿地帯や水田地帯であった渡良瀬遊水地一帯に当時本種が自生していた可能性は十分にある。そう考える方が自然なのではないだろうか。
 渡良瀬遊水地はラムサール条約登録湿地注11)であり、水鳥は種類も数も多く飛来している。シベリアでキタミソウを食い、茨城県でアズマツメクサを食った白鳥が種子を運んでくる・・ストーリーとしては無理がないと思うが、決め付けるには根拠が薄いような気がしてならない。キタミソウに付いての疑義は本稿テーマではないが、アズマツメクサに付いては由来が気になっている。

 巷では人間用の遺伝子検査キット注12)(肥満や健康目的)が1〜2万円で販売される時代になった。これらの製品は精度やハンドリングに疑問はありつつも、本当に凄い時代になったもんだと思う。専門の技術者が何十万もの費用で請け負っていた仕事が自宅でできるのである。「本当の父親は・・」など、ありがちなドラマ設定が時代劇になってしまうほどのパラダイムシフトだ。遠からず昆虫や植物に付いても夏休みの宿題レベルで系統が特定できるようになるだろう。現時点では推論に推論を重ねるしか手立てはないが、この地のアズマツメクサがどこから来たのか正確に分かる時も来るはず。

脚注

(*1) 元々は富士フィルムが1994年に開発したデジタルカメラの画像ファイルの規格。一般的なデジカメのjpeg画像にはこのexifのファイルが付属しており、専用のソフトで読むとカメラの型式、レンズ焦点距離や絞り、AFの種類、測光方式や撮影日時などの情報がすべて閲覧可能。GPS機能があるカメラで撮影したデータのexifには位置情報(緯度経度情報)が含まれている。うっかり自宅で撮影した画像を無加工でネットにアップしてしまうと自宅住所まで公開してしまうハメになる。もちろん希少な植物の自生地写真を位置情報が付加されたまま公開してしまうのはご法度。水生植物の撮影という個人的な用途においては全くもって余計なお世話の機能である。

(*2) IUCNのレッドリストでは近危急種(Near Threatened, NT)と呼称される。環境省レッドリストにおいては「現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては、より危険度の高い絶滅危惧に移行する可能性のある種」と定義され、解釈によっては絶滅危惧種そのものではないようにも読み取れる。実態は本文で書いたようにピンキリで、レッドリスト上では準絶滅危惧でもRDBではより上のランクにあったり、地域によっては普通に存在するものもある。本種アズマツメクサは自分の経験(探査範囲と発見頻度)から非常に判断が悩ましい。

(*3) 環境省RDB(レッドデータブック、概ね10年毎に見直し)ではなく、概ね5年毎(近年は2年毎になっている)に見直される絶滅危惧種のリスト。表記はレッドリストに見直し年度が西暦で付く。(レッドリスト2017など)どちらもランク及び各ランクの意味は同等であるが、同一種であっても異なる評価となるものはザラである。しかし動向を見ると既存の掲載種のランク見直しは少なく、新規の記載が中心になっているように思われる。

(*4) 植物の形成された種子が発芽せず、休眠種子として土中に蓄積された状態を指す言葉。これらは不稔や未熟という性質ではなく、完全に発芽能力を持った種子である。種によって異なるが、一定比率で発芽しない理由は極端な冷害や日照不足など、また自然災害など突発的に開花・結実できなかった場合、種の存続のためのリスクヘッジであると考えられている。
 一般に発芽能力を保持したままシードバンクに存在できるのは50〜60年と言われているが、例外として2000年以上前の種子から発芽した古代ハスなどがある。またこれも例外として種子の発芽率が数%以内、9割以上の種子がシードバンクとなるヒルムシロがある。

(*5) Crassulaceae 湿地近辺では本稿アズマツメクサやコモチマンネングサ程度しか見られないが、本来は砂漠や砂礫地帯に自生する、水分ストレスに対応したグループ。多肉質が特徴で時に茎が木化し小灌木になる。「金のなる木」や園芸植物のカランコエなども含まれる。33属に分類され全世界に約1400種が存在する大きな科である。(旧分類基準で)

(*6) CAMは本文の通り、Crassulacean Acid Metabolismの頭文字を繋げたもの。ベンケイソウ科ではじめて見出された光合成タイプであるため、Crassulacean(ベンケイソウ科の)という語彙が含まれている。過酷な環境下(昼間の高温、夜間の低温)で自生する植物は、昼間CO2を取り込むために気孔を開けると水分が蒸散してしまい生命を維持できなくなる。このため夜間にCO2を取り込み、昼間に光合成を行う。

(*7) 専門書、という程ではないが、「光合成とはなにか」(園池公毅 講談社)が分かりやすく内容も充実している。光合成は自然科学分野ではポピュラーなジャンルなので、他にも良書は山ほどあると思う。

(*8) 脚注(*6)に同じく光合成のタイプ。内容は脚注(*7)の参考文献を参照。

(*9) 種子植物で精子を形成するのはイチョウとソテツだけだが、イチョウの精子の方は当時東大植物学教室の助手であった平瀬作五郎が1896年に発見している。この際、指導的役割を果たしたのが当時同教室の助教授であった池野成一郎氏である。2人が調べたはずのイチョウは現在も小石川植物園で見ることができる。

(*10) 渡良瀬遊水地のWebサイト(渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団)に開催案内があり、月に2〜3回開催されている。内容は野鳥観察もあるが、多くは植物観察会である。個人で訪問した際にたまたま植物観察会に出くわした事があり、それとなく接近して話を聴いたことがあるが、内容は専門的に過ぎず一般の参加者に分かりやすく興味を持ってもらえるものだった。この手の観察会に参加したことはあまりないが、どちらかと言えば人前で話をしたくて仕方がない性格の自分が大人しく説明を聞きながら引率されるという状況が想像しにくく、ついあれこれ質問したり突っ込んでしまったり、迷惑な参加者になってしまう気がして遠慮している。人間、逆の立場(相手の立場)になってモノを考えることが重要なのだ。

(*11) 渡良瀬遊水地は2012年7月にラムサール条約湿地に登録されている。もともと鉱毒、治水対策として造られた人工の湿地であるが、鳥や獣、植物が生息する空間としては人工も自然も関係ない。完成するまでの経緯は血みどろの歴史だが(栃木市Webサイトなどでは行政だけあって抑え目に書いてあるが)血みどろなのは人間だけであってこれまた関係ない。行ったことがある方なら分かると思うが、ここは半端な自然湿地よりも規模や生き物の種類が段違いであり、ラムサール条約登録湿地として最も相応しい湿地である。

(*12) 人間用の遺伝子検査キットは今やアマゾンで販売されている。多くは1〜2万円で、なかには数千円のものもある。肥満や体質など健康に関するものが多いが、中には「子どもの能力遺伝子」や「毛髪対策」、「スポーツ遺伝子」なんてのもあって、結果によっては夢も希望もなくなるものあって悩ましい。何かに秀でる人間は遺伝子も影響することは否定できないが、努力や根性というアナログの要素も大きいはず。実際に子供を育てた経験から言えば、早い段階でこんなもの(遺伝子検査キット)に将来を支配されて欲しくない、と思う。
 一方、植物の遺伝子検査が安価で簡単に可能になれば裾野の広いアマチュア愛好家が様々なデータを蓄積し、野生植物について多くの疑問が解決されると思う。「毛髪対策」で禿の心配をするよりも余程世のため人のためになるはず。


【Photo Data】
・RICOH CX5 *2014.6.4(fig1)
・Canon EOS40D + SIGMA17-70mm *2010.6.1(fig2) *2010.6.25(fig4,fig5)
・Canon PowerShotG11 *2010.6.1(fig3,fig7)
・Canon PowerShotG10 *2010.6.2(fig6)
・Canon PowerShotG10 with conversion lens *2010.6.2(fig8)
・Pentax OptioW90 *2010.6.15(fig9)
・Canon EOS KissX7 + EF-S24mmF2.8 *2017.5.4(fig10)

Feature Tillaea aquatica L.
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