日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
シソクサ
(C)半夏堂
Weed Limnophila aromatica (Lam.) Merrill

ゴマノハグサ科シソクサ属 シソクサ 学名 Limnophila aromatica (Lam.) Merrill
被子植物APGW分類 : オオバコ科 Plantaginaceae シソクサ属 Limnophila

撮影 2009年9月 茨城県取手市 刈取後水田
和名
 シソはもちろんシソ科(Labiatae)の陸上植物だ。和食の食文化にも深く浸透していて様々な用いられ方をしている。近年ゲノム解析によってエゴマの変種とされたが、どちらも健康に良い食材と言われており、これは何となく納得だ。納得が行かないのはシソクサ(ゴマノハグサ科、APG分類ではオオバコ科)がシソとは似ても似つかぬ植物で、草姿はもちろん花の形から自生地までことごとく異なる。唯一の類似点は全草、香りがするという点だけ。
 香りという感覚を文字にするのは、文章力のない私にとって一際難しい話だが、シソクサの香りはシソとは大幅に異なる。シソはもちろん食欲を刺激する香りだが、シソクサは食品より消臭剤に寄った香りに感じる。要するに最初は心地よく感じるが、時間とともにくどくなる。人によっては頭が痛くなる、という話を聞いたこともある。
 しかしシソクサを食用(*1)にする国もあって、トロピカルな味の食文化では美味しく感じるのだろう。私も休耕田のものをつまんで生食したことがあるが、食べられないことはない、と感じた。しかし香りは爽やか系だが後味は雑草そのもので常食したいとは思わなかった。このあたりのポジションは刺身の口直し、ホンタデ(ヤナギタデ)に近い。

 シソクサ、聞きなれた野草名なので今まで何ら不思議に感じなかったが、そもそもシソはクサである。シソの属性を念押ししたかのような和名は「やっつけ仕事」的なニュアンスも感じる。そうは言っても数多い水田雑草の一つなので命名者も熟考して優雅な和名を付与する、という思考パターンにはならなかったのだろう。
 水田雑草にはこの手の和名が多く、少しでも姿かたちが似ていれば「イヌ」+「元の植物名」で済まされたモノもある。イヌガラシ、イヌスギナ、イヌタデ、イヌビエ、イヌドクサ・・・。一説に植物に冠する「イヌ」は役に立たない象徴とされるが、愛犬家からはクレームが出そうなノリである。犬だって立派に役に立っている。盲導犬、聴導犬、災害救助犬、夜中にコンビニの前にたむろしている若いのより余程世の役に立っているではないか。普通の愛玩犬だって飼い主にとっては精神の平衡、ヒーリングの役に立っている。いまさらクレームを入れても植物和名が変更になる可能性は低いので無駄に吠えないが、「差別」というキーワードなら伝統ある標準和名でもすぐに変更するではないか。

 またありがちなパターンとして、「クサ」+「元の植物名」がある。これは植物体の見かけが似ているが、草のように弱々しい、というニュアンス。クサイ、クサネム、クサヨシ・・・。クサネム(ネムは合歓木)以外は元の植物もクサなのだが、という突っ込みを入れたくもなる。これも論理的重箱言葉になっている。また水湿地である水田に生えるために「ミズ」+「元の植物名」を冠した植物も結構ある。ミズアオイ、ミズオオバコ、ミズカンナ、ミズギク、ミズニラ等々。安易と言えば安易だが少なくても多少似ているか、植物によっては同属植物もあるのでこれは許容範囲か。

 こうしたやや厳格性を欠く和名付与パターンからすれば、シソクサは「この程度の意味」としてスルーしても良いのかも知れないが、誰がどういう心象風景で名付けたのか非常に興味をひかれる。味も香りも上記の通りシソには似ていない。もちろん感覚的な話なので個人的感想の域を出ないが、匂えば匂う草の名前を入れちまえ的な発想は近年いろいろと流通するようになった香草をひとまとめに「ハーブ」と呼んで事足れり、とするノリに近いような気もする。

 一方、シソクサの学名は二通り確認できて、一つは上にあるようにLimnophila aromatica (Lam.) Merrill、である。この学名の2名法(Limnophila aromatica)の方は現在流通している図鑑類やWebサイトで標準的に用いられている学名である。もう一つはLimnophila chinensis var. aromaticaというもので、事情を考慮するとおそらくシノニム(*2)と考えられる。後者の学名は外国産のシソクサ(東南アジア産)に用いられることが多いので別種の可能性もあるが、見る限りでは同じように感じられる。


(P)2006年9月 茨城県刈取後水田

水草
 水田雑草は乾期に入り込む陸上植物を除き、基本的に水生植物である。当Webサイトでは水生植物の範囲をこのように定義しているが、注意しなければならないのは、湿生から抽水と、水に近い生存域であるほど水草(沈水植物)に近いというわけではない、ということだ。

 水草は海の植物が一度上陸し、再び水(淡水)に入ったもの(*3)と言われているが、同じようなポジション、生態的地位(*4)にある植物達も、水に入り込む途中の種、水から再上陸を図ろうとしている種、沈水化するのにハードルが高く、湿生なり抽水なり現ポジションで満足している種など様々な性質を持っていると考えられるのだ。同じ場所にあって同じような草姿だから性質も同じ、と考えるのは早計だ。
 例えば自然下ではほぼ湿生し水中には入り込まないホソバノウナギツカミ(タデ科)は育成下(水槽水中)では自然ではなかなか見られない鮮やかな沈水葉を形成する。一方、抽水することが多く親水性が高いと思われるアギナシやオモダカ(どちらもオモダカ科)は育成技術の粋を尽くしても金輪際沈水化することはない。下手をすれば水没が続くと枯れてしまうほどだ。このように水生植物ならどんな種類でも沈水化する。というわけではないのだ。

 シソクサは他の小型水田雑草と比し、同族のキクモとともに、より水中生活への適応力を持っていると思われる。沈水葉を形成するということは水中生活に適応した遺伝子を持っているという何よりの証明であって、「進化上」の過去、どこかの時期に現在のように湿生または抽水ではなく水中生活を行っていたという証左になるだろう。今の進化論的な「常識」で考えれば獲得していない形質は発現しようがない。(薬品の影響や突然変異を除き)沈水化する水生植物はどこかの時点で水草であったはず。
 わりと容易に(それなりの設備とスキルは必要になるが)水草となるシソクサに対し、似たような自生環境と生活史を持っているアゼナやアゼトウガラシ(どちらもゴマノハグサ科)は非常な手間をかけても沈水化することが難しく、そのまま枯死してしまう場合が多い。しかしまったく無理かというとそうではなく、稀に水草として生き延びたりもする。このことは、彼ら、アゼナやアゼトウガラシも沈水生活を行っていた時期があり、能力としては持っているということだと思う。シソクサとの違いは水中から出て時間がどの程度経過しているか、ということだと思う。

 シソクサの「水草」としての性質でもう1点。水槽に沈めると大半の場合は気中葉と大差がない草姿(気中葉との微妙な形状の相違や葉ざわりから一応、沈水葉と考えられるが)で水中生活をおくるが、時として画像のように輪生する姿になることがある。この現象は同じ水槽、つまり条件が同じ場合でも両方見られるので、設備や育成スキル云々の問題ではないと考えられる。シンプルに考えれば、本来水中にある場合にはこうした草姿の方が受光や水流の抵抗という点で有利なはずで、いわばシソクサが水中で生育する際の「本来の姿」なのだと思う。それが好んでそうするのか、緊急避難でそうするのかはとりあえず置いて。
 これが抽水、湿生に適応する過程で封印され、何かの拍子に蘇った、と考えるのが最も腑に落ちる。アクアリウム用として市販されるリムノフィラ何某(Limnophila)の草姿は概ねこんな形をしている。Limnophilaであるシソクサがこうした姿を持っていても何ら不思議はない。
 我が国の水田は「水」田ではあるが、常に水があるわけではない。極端に言えばいちいち気中葉から沈水葉に変化させなくても乗り切れる場合がほとんどだ。前述シソクサの水中草姿が一時的に水中生活を乗り切るためのもの、長期間水中生活を乗り切るためのもの、と2段構えになっていても水田生活への順応と考えられなくはない。(ゲノム解析したわけではないので断言できないが)この水中草姿が見られた時に「自分の育成スキルが上がったのか」と思ったがどうやらそういう事ではないらしい。


(P)2001年11月 自宅水槽育成

地味に希少
 本種はこうしてWeedのコンテンツに取り上げているぐらいなのでまさに雑草、絶滅危惧種や希少種ではないが、どこの水田でも見られる、というものでもない。このあたりのポジションはホシクサやサワトウガラシに近いかも知れない。いざシソクサを見つけよう、と思うと意外に苦労したりする。近隣ではシソクサの出現する水田は大体分かっているので今はそんなことはないが、水田歩き初心者の頃、初めて自生を見つけた際には感動したぐらいだ。

 同属のキクモがわりと広範に見られるのに対し、決まった水田にしか出現しない点もホシクサ的。そのかわり「ある場所にはわんさかある」所もホシクサに似ている。この理由は推測ながらオーナーにより、または水田により濃淡のある除草剤の使用量にあるような気がする。21世紀に入る頃にはすでに稲作のC/P(*5)は崩れており、水田によっては減農薬、無農薬が広範に出現している。この現象は有機栽培でもブランド米作出のためでもなく、単にコストに合わないからである。農業機械の償却はもちろん、他に削るべきコストもない。
 過去の植生(シードバンクの組成)にも依るはずだが、こうした水田にはシソクサやミズネコノオ、ヒロハイヌノヒゲなどがセットで出現する場合が多いように感じる。そのなかの一定割合の水田では同時にホシクサやミズマツバなども見られる。水田雑草好きには「おいしい」田んぼになっていることが多い。

 こうした挙動を見るに、シソクサは意外に「地味に希少」なものとなっているのではないか、と思う。「地味に希少」とはほぼ誰も気にしていないが気が付くと減少している、という程度の意味だ。例えば帰化種センダングサ属(*6)に押されまくって今や目にする機会が激減したセンダングサやタウコギのようなポジション。彼らは本当に気が付かないうちにいなくなった。ただ従前の分布を考えれば、現在見られなくても後半に埋土種子が存在するはず。この意味では本来的な希少種とは異なり、環境が整った際に(除草剤の使用量が減ったり、休耕田が復田(*7)したり)復活する可能性は強いと思う。もちろん理由が同属の外来種の存在にあるのであればこの限りではない。ここまではびこった外来種が一夜にしていなくなる、という事態は考えられないからだ。
 どちらにしても現時点の水田では地味に希少な植物の一つであることは言えると思う。もっともまだまだ残る古いスタイルの水田、畦から田面まで盛大に除草剤を撒いている水田では稲以外のあらゆる雑草が希少種になっているのでシソクサだけの話ではない。それこそ種子まで死滅させるような強力な除草剤が使用されてしまえば本当の希少種になってしまうことは避けられない。逆に除草剤の影響が少ない、自然度の高い水田では強力かつ大型の雑草が大々的にはびこり、シソクサやキカシグサ、ミズマツバなどの小型種が短期的に見られなくなってしまう傾向もある。将来的にどうなるのか、答えがどの時点で出るのか、まったく分からない。


(P)2005年8月 茨城県 水田

脚注

(*1) ベトナム料理ではよく用いられる。香草としてコリアンダー、パクチー、ミントなど馴染みのあるものからシソクサやドクダミまで用いられている。ちなみに東南アジアで使用される魚醤のうち、個人的にはベトナムのニョクマムが最も苦手(概して発酵度が低く、魚くさい)で、タイのナンプラーなどは臭みもなく、むしろ好みだ。こう考えると数ある東南アジア料理のうちベトナム料理が最もエスニックな気がする。エスニックな料理であればこうした癖の強い香草もマッチするというもの。
 一方、わりと日本人の口に合うベトナム料理も多いが、考えてみればこれらは中華料理テイストのものが多い。地政学的に中国の影響は避けられないのでこうした背景もあるのだろう。

(*2) 同物異名。我が国のシソクサがLimnophila aromatica (Lam.) Merrillで、ベトナムを含む東南アジアのシソクサがLimnophila chinensis var. aromaticaであるという具体的な証拠は見つからなかった。両者は少なくても外見上の相違は見いだせず、一年草か多年草か、という問題もどちらの形質も身に付けており、環境に合わせて発現させている可能性も高いので決定打とはならない。同種であるとは言い切れないが別種であるとも断言できない。

(*3) これはあくまで従来の「定説」の話で、近年発見された最古の被子植物の化石は水生植物の可能性が高い、というレポートも存在する。(既出)これが事実であれば陸上植物の多くの祖先は淡水の水生植物ということになり、従来の定説は覆ることになる。素人の感想で恐縮ながら、意思を持って水から出てきた植物がなぜ再び水中に戻るのか、という所を考えるとこのレポートには頷かされるものがある。

(*4) 生物が生息できる環境には様々なものがあり、生息する生物種もそれぞれ異なっている。異なる理由は棲み分け、競争排除、食性の違いなどがあり、それぞれの環境に最適化された生物種が生き残り、その環境での地位を占めている。これが生態的地位で、近年この図式が崩れて来たのは環境破壊に加えて、より強力な生命力と適応力を持った外来生物の進出が理由である。

(*5) いわゆるコストパフォーマンス。費用対効果である。稲作で言えば苗や肥料の購入費用など初期費用に加え、除草剤や殺虫剤などのランニングコスト、農機の償却など一切合切の「費用」が稲作による収入を上回る状況が構造化してしまっている。これにとどめを刺すのがTPPと言われていたが、その主役と見られていたカリフォルニア米の産地、アメリカがトランプ政権誕生によって離脱表明したため一時的に危機が回避された。しかしアメリカ抜きでTPPが進められるのかEPAやFTAがどのように推移するのか不透明な部分があり、危機回避は一時的なものと思われる。

(*6) 帰化種センダングサ属にも興亡(滅んではいないが)があって、当所優勢を誇ったアメリカセンダングサに代わり、コセンダングサやコシロノセンダングサなどが優勢になってきている。センダングサやタウコギも似たような草姿、生活史を持っているのに一方的に追いやられている印象が強いが、外来種特有の適応力故か、何らかの排他性を持っているのか、理由はともかく、あまり話題にもなっていないのは遠目に見れば同じような雑草に見えるからだろう。

(*7) 理論的にはあるが、乾田が休耕した場合、比較的短時間で陸地化してしまい復田には相当の費用がかかるという。稲作による収益が望めない以上、そこまでして復田を行う意味があるのか、という現実的な問題がある。某NPOで収益のためではなく半ば実験のためにこうした休耕田を復田したところ、通常の水田では見られない希少な水生植物が複数種見られた。水生植物マニア的には興味深いが、業とする農家では現実的にはありえない話だろう。


Photo : RICOH CX5 Canon EOS KissDigital+SIGMA 50mmF2.8 Macro/EOS KissDigital N+EF-S60mmF2.8 Macro Nikon E5000

Weed Limnophila aromatica (Lam.) Merrill
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