日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
マコモ
(C)半夏堂
Weed Zizania latifolia Turcz.

イネ科マコモ属 マコモ 学名 Zizania latifolia Turcz.
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2017年9月 東京都葛飾区 水路
利用

食材

 水田地帯や河川に一般的なマコモだが、意外な用途があってそれは「食用」である。実はマコモが食べられることは私も最近知ったことで、こんなゴツい雑草が食材になるとはかなり意外な事実であった。
 食用部位の第一は根茎で、マコモに寄生する黒穂菌(*1)によって肥大した部分が食用となる。この部分は「マコモタケ」という名称で一部流通しているらしいが、名前の印象とは異なり、もちろんキノコの仲間ではない。収穫する時期も微妙で、この黒穂菌の増殖が進み過ぎると黒斑が出て見た目と同時に食味も落ちて使い物にならなくなってしまう。
 また、ごく一部の流通ながらマコモの種子(主に流通するのは北米産のマコモ「属」のもの)をワイルドライスとして食用にする場合もある。こちらはアルカリ性食品で、セレブの間で流行しているアルカリ性ダイエットの主力食品、かつ味も良いという。調べてみるとマコモの栽培を業として行っている農家もごく少数ながらあるので一定の需要があるのだろう。機会があればぜひ食べてみたいものだ。

 地元茨城県の潮来市(*2)では「マコモアイス」なるものを発売しているが、アイスのみならず中華料理の材料としても使える、色々な用途があるものらしい。またマコモタケは高血圧や糖尿病に薬効があるとされ、医食同源を地で行く健康食品でもある。マコモはその辺に大量に生えているが、問題は都合よく「マコモタケ」が形成されるかどうか、という点。これは黒穂菌が真っ先に取り付くのがマコモらしいのでやや普遍的に入手可能ということで解決。
 現在も植物の写真を撮るためにマコモが生えている場所は度々歩くが、まずマコモの撮影を目的とはせず、まして根元にマコモタケが形成されているかどうか気にした事はないので確証はないが、産地にだけ黒穂菌がいてその辺の田んぼにはいない、ということはないと思う。イネに対してはこの菌が原因で起きる黒穂病を予防するために消毒を行うが、水田周辺のマコモが生えているため池や水路にまで消毒は行わないだろう。


(P)2015年6月 東京都江戸川区 湖沼

粉末

 雑草マコモの意外な側面その2。粉末を飲んだり風呂に入れて薬用風呂的に使用する。これはアマゾンでも売っている商品だが、非常に高価である。しかしその効能はイマイチよく分からない。要するに何がしかのデトックス効果があると読み取れるが、それにしては費用対効果はいかに。(けっしてリンク先の商品をディスっているわけではない)
 風呂に入れる入浴剤、価格で言えば十分の一以下で買えるバスクリンなども「効能いろいろ」なので、コスパという点でマコモの粉末に立ち位置があるのか?口の悪いネットの声では「疑似科学(*3)」の典型的な例だ、という指摘もあるようだ。飲料としても普通のお茶にもカテキンやら何やら色々効能はあるが、価格的にはリーズナブルだ。(比較してはいけないのかも知れないが)マコモ粉末が疑似科学、似非科学かどうかよく分からないので興味のある方は「疑似科学 マコモ粉末」で検索してご覧になって欲しい。

 一方、以前(といってもかなり昔)上記「黒穂菌の増殖が進み過ぎ」たものをすり潰し「マコモズミ」という顔料にして利用されてようだ。用途はお歯黒などなのでさすがに今は使われていないかも知れないが、色々と利用できる植物であることは確かだ。この利用価値の高い植物に対する敬意かどうか分からないが、出雲大社では毎年6月に「マコモの神事」というものを行っている。

日用品材料

 マコモは漢字表記すれば「真菰」で、菰はすなわちマコモの古名、転じて「マコモを粗く編んだむしろ」である。地方によって乞食のことを「オコモさん」と呼ぶ場合があるのは、この菰を被っているから、という話もある。マコモはこのように歴史的に「むしろ」の原料とされてきた。現代では材料は藁になりマコモはあまり用いられていないようだが、何ら利用もされないまま冬に立ち枯れているのを見るともったいない気分になる。
 ちなみにムシロは意外に高い。霜よけや未舗装道路の凍結時のぬかるみによる滑り止めなど、いわゆる「使い捨て」レベルのものでも一枚500円程度する。耐久性のある高級なやつは一枚3000円近くするものもあって(以上、モノタロウ販売価格参照)大量に使う方はなかなか馬鹿にできないコストになる。簡単に編める道具でもあれば自分も作りたいぐらいだが・・・。

 今でも使われているヨシズ(葦簀)の葦はアシのことで、これは名実共にアシが原料である。(一部プラスティック製のものもある)真菰にしても葦簀にしても画数は多いが優雅な漢字で、文化とともに失われるのは非常に惜しい。材料費原価は安くても加工費や調達費が嵩み、原価トータルでは石油製品の方が安い、といった所だと思うが資源の無い国で自給できる数少ない資源として有効活用の道がないものか、と強く思う。

自生

水質

 前述の通り、マコモはアシとともに水辺であれば広範に見られる。混在する水辺では、どちらかと言えばマコモがやや沖合に抽水し、アシは浅い水域での抽水〜湿生するイメージがある。抽水であれば水質に間接的に影響(*4)されそうなものだが、それはあまり感じられない。なぜなら日本一汚い(*5)手賀沼でさえマコモが少なからず繁茂しているからである。
 手賀沼ではそれもあってか、人工的にマコモ帯のようなモノを建設している。目的はおそらく水質浄化だと思われるが、効果の点では疑問が残る。面積的にどうか、という部分と、国土交通省が渡良瀬遊水地で失敗(*6)したアシ原浄化施設の例に見られるように、よほど設計を入念に行わないと植生浄化が機能しないことが明らかだからだ。事業主体がどこか知らないが、植生浄化という概念は科学的に思えて実はそうでもない、という事実に気が付いているのだろうか。

 国土交通省には申し訳ないが、渡良瀬のアシ原浄化施設のデータ(脚注6に出典)を見ていると、マコモ粉の項で触れた疑似科学という言葉が脳裏に浮かんでくる。もちろん設計時はそれなりの科学的根拠があっただろうが、根拠の検討が不完全であるために、期待される結果が出なければ同じこと。

 植生浄化に関してもう一点、理屈としては窒素やリンが堆積して汚れた土壌からそれらの物質を成長のために吸収するわけだが、放置すれば冬に枯死した植物体から溶け出して環境に帰って行く。ゼロサム(*7)であり、意味がなくなってしまう。植生浄化に刈り取りのスキームは不可欠だが、この意味でも草体の有効利用は重要だと思う。


(P)2015年6月 東京都葛飾区 水元公園

乾燥

 抽水する姿をよく見かけるマコモだが、乾田地帯の素掘水路、つまり夏の終わりから翌年春まで水が無くなる環境でも元気に生育している。乾田は春季〜夏季にも数次落水するが、こうした人為的なオペレーションにも影響を受けていないようだ。陸上植物には嫌気耐性を持ち、湿地にも進出するものがあるが、逆に完全な湿地植物と思われている種も陸上でも平気なものがある。家の近所には水辺から遠く離れた道端にシロバナサクラタデが自生している一角があるが、何らかの機能として乾燥に対する耐性を持っていることが考えられる。タデ科の植物の一定部分は湿地に自生するが、こうした挙動を考えると陸上乾地と湿潤な地形を移動する途中の植物群なのかも知れない。

 マコモが属するイネ科に付いても同様の事が言えるだろう。陸上の雑草の大きな比率を占めるのもイネ科であるし、湿地でも然りである。科学的裏付けがあるわけではないが、ため池や湖沼で見られるアシとの住み分け、アシが岸近くにあり、マコモがやや沖合いにあるのは単なるアシとマコモの力関係のような気がする。
 アシ自体も抽水を好むかと言うと必ずしもそうではなく、多少の地下水位があれば表面が乾いた地形に進出する。両方の地形がある渡良瀬遊水地などを見てみると、常に水位がある調整池内部にも自生するし乾いた通路際にも進出する。乾いた通路際には完全な陸上植物も混生しており、土壌の状態にどう適応しているのか非常に興味深い。

異名

万葉

 マコモの別名は「ハナカツミ」という。漢字表記は「花勝見」だが、実はこの名前はマコモの他にアシ、カタバミ、デンジソウ、アヤメの別名とする説もあって一定しない。デンジソウはシダ植物なので隠花植物であり「花」の文字が入る別名があるのが不思議だが、考えてみればアシもマコモも花は咲きつつも、世間一般の花のイメージからは相当乖離している。とても花とは思えない地味なイネ科の花である。カタバミやアヤメのような綺麗な花なら理解できる別名だ。

 実はハナカツミという名前は歴史があり、万葉集にも見える名前だそうだ。しかし高名なわりにその正体は不明で、江戸時代には何人かの歌人が歌が詠まれたと推測される安積沼(*8)に訪れて探したところ、マコモが繁茂していたのでマコモをハナカツミとしたらしい。これが現在まで残るマコモ別名ハナカツミ説の根拠となっている。当時は植生遷移という概念も無かっただろうし、これはこれで仕方がない。むしろ万葉集にある植物の正体を突き詰めようという探求心を生む文化的成熟がこの時代にあったという事実がすばらしい。

 一方、前田利益(*9)は安積沼のカキツバタのこととし(アヤメ説の根拠)、松尾芭蕉は散々捜し歩いて人にも聞き、日没を迎えて「更に知る人なし」(奥の細道)と書き残している。この情景は目指す植物を散々探し歩き空振りするという私の日常行動に通じるものがあってシンパシーを感じる。(笑)
 その「地元」である福島県郡山市は1974年にヒメシャガをハナカツミとし、同時に市の花に指定した。根拠はよく分からない。以上のように諸説入り乱れ、どれも決定的根拠を欠く、という状況だ。かくして1200年以上前に文字に現れた植物は未だに「何のこっちゃ」状態が継続している。その原因となった歌は以下。

をみなへし佐紀沢さきさはに生ふる花はなかつみかつても知らぬ恋もするかも 中臣女郎

 「をみなへし」がオミナエシであればスッキリだが、残念ながら植物名ではなく単なる枕詞であり関係がない。規模はかなり小さいが、日本版ダヴィンチ・コードのような謎に、どこにでもある雑草マコモが絡んでいるという事実が興味深い。


(P)2009年9月 千葉県我孫子市 手賀沼

脚注

(*1) くろぼきん、と読む。病原性の糸状菌で、イネ科の農作物にダメージを与える。無病圃場から採種した購入種子を使用するか、播種前の種子消毒を徹底することで病気を予防できる。罹病株は健全株よりやや早く出穂し、胞子を飛ばして病気を拡大するという。

(*2) 2001年に行方郡潮来町が牛堀町を編入し潮来市となった。人口は2万9千前後。霞ヶ浦、北浦、外浪逆浦、常陸利根川などに面し水郷として有名。水郷潮来あやめ園がある。市は十二橋巡りなどと共に観光をアピールしているが、立地が不便でアヤメのシーズン以外はブラックバス釣りの客が目立つ程度。主産業は農業で、風景を別にすれば典型的な地方都市。

(*3) 一見いかにも科学的であるように思えるが、実は科学的根拠がなく、実証も反証もできない事柄のこと。血液型と性格の関係がよく例示されるが、これは「性格」というパラメータがもともと画一化(数値化)できないという事情もあると思う。ありがちなのが健康食品でいかにも効果があるように謳った商品。時々分析されてデータを暴かれ「効果がない」と槍玉にあがったりする。厄介なのが嘘は6割の真実を混ぜるともっともらしく思える、という原則で、金儲けのために悪意でこれをやられると相当数の人が騙される。

(*4) 霞ヶ浦で実際にあった現象だが、2011年の東日本大震災時に、堆積した湖底のヘドロが攪拌され水質が悪化、赤潮が発生している。水質が悪くなると水中の汚染成分(窒素やリン)は湖底に堆積し腐敗する。水だけ考えても水質改善が進まないのはこのためで、霞ヶ浦では底泥の浚渫なども行われている。しかし現状の浚渫量では「蟷螂之斧」であることも事実。ざっと見ても浚渫量より流入量の方が多いような気がする。

(*5) 手賀沼の水質汚染は北千葉導水路の稼働によって多少の改善が見られるが、1974年から2001年まで27年間連続全国ワースト、つまり日本一汚染された湖であった。現在水質汚染とは別に、2011年の福島第一原子力発電所事故後、放射性物質の流入があり、湖底に放射性泥土が残留している。千葉県では2013年に一部魚種の食用や放流に付いて警告を出している。

(*6) 自分は渡良瀬遊水地のアシ原浄化施設が成功か失敗か断じる立場にはないが、「新渡良瀬遊水地」( 大和田真澄他 随想社)には水質データとともに失敗要因が分析され記述されている。正直、現地を何度か見ても調整池(渡良瀬遊水地本体のより広いアシ原)と何が違うのか、あえて建設する必要があったのかどうか分からない。こういうのを見ていると(現地、文献とも)植生浄化の効果そのものが疑問に思えてくる。植生浄化は100年200年単位で考えるべきで、短期間の水質改善効果には繋がらないのではないだろうか。

(*7) zero-sum、合計(sum)するとゼロ(zero)になること。簡単に言えばプラマイゼロ、ってやつ。植物は栄養分を吸収するが、枯死して溶けだせば結局は同じことになる。栄養吸収だけ焦点を当てて効果を主張するのはまさに脚注3にある疑似科学の手法で、俗な言葉で言えば詐欺だ。これを中央官庁がやるのは(意識はしていないと思うが)如何なものか、と思う。

(*8) 現在の福島県郡山市にあった沼。14世紀頃までは巨大な沼であり、また古代湖の郡山湖の残存ではないかとも考えられているが、現在は消滅している。元々水深が浅く遷移が急速であったのか、また容易に干拓や埋め立てが可能で農地に転換されたのか、どちらにしても現在は痕跡もないようだ。

(*9) 「前田慶次道中日記」に安積沼に付いての記述が出てくる。前田慶次道利益は傾奇者の「花の慶次」で、関ヶ原後に上杉景勝に仕えるべく京都から米沢へ旅しており、この際に安積沼に立ち寄っており、カキツバタをハナカツミとしている。しかしこれにも明確な根拠はなかったようだ。派手好きの傾奇者からしてみれば、地味なマコモより派手なカキツバタに注目するのは仕方がない。


Photo : OLYMPUS STYLUS SH-3 Canon PowerShot S120 CASIO EX-Z400

Weed Limnophila aromatica (Lam.) Merrill
日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
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