日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
クサネム
(C)半夏堂
Weed Aeschynomene indica Linn.

マメ科クサネム属 クサネム 学名 Aeschynomene indica Linn.
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2017年8月 茨城県牛久市 休耕田
収斂進化

似たもの比較

 本種クサネムは水田地帯ではごく一般的な植物だが、よく見ると羽状複葉(*1)が美しく、水田雑草とは思えない気品ある草姿だ。(誤解のないように書いておくが、私自身は水田雑草でもキカシグサやミズマツバ、帰化種ながらアメリカキカシグサなどは植物として美しいと思っている。)クサネムは花後にマメ科植物らしい豆果(*2)を付けた姿も好ましい。
 しかし雑草である以上、水田の養分収奪や意外に大きくなり農作業の邪魔になることで農家に嫌われるのは仕方がない所。種子生産性、発芽率ともに高く、場所によってはほぼ純群落を形成しているほど。虫にも好まれるのか、写真を撮ろうと思ってもボロボロに食われた株が多いのも残念なところ。

 クサネムが毎年除草され虫に食われつつも絶えることがないのは、世代交代のシステム(種子生産性、種子防御力、発芽率など)とともに、多少食われても光合成に支障をきたさない多くの葉(羽状複葉)を持つ草姿が役立っているのだろう。
 クサネムと同じ「思想」を持った別属の植物があり、それは同じマメ科のカワラケツメイ(ジャケツイバラ亜科、旧分類ではジャケツイバラ科 Chamaecrista nomame  (Siebold) H.Ohashi)という植物である。
 以前は科も別であったが、同じような草姿でありながら別系統と考えられていたことが興味深い。旧分類(*3)は主たる分類基準が花の形状なのでそうしたのだろうが、花期以外の草姿がそっくりな点はどう考えたのか。もちろん今ではゲノム解析によるAPG分類で同じマメ科となっているが、それでも別属であり小規模、かつ狭いレンジであるが収斂進化と言っても良いと思う。

 収斂進化は大きなテーマだが、定義としては「異なるグループの生物が、同様の生態的地位(ニッチ)に付いた際に系統に関わらず外見的特徴が似通った姿に進化する現象」である。身近な例では最近ペットとして人気の高いフクロモモンガ(有袋類)とモモンガ(げっ歯類)が上げられるだろう。まったく別の系統でありながら空を滑空するために前足と後足の間に被膜を持つ。自然物でありながら偶然がここまで一致するのも不思議だ。想像ながら外敵から逃げる小動物の「必然」と広範な森林地帯で餌を探すのに有利という「必然」が収斂したものなのだろう。こういう部分は科学的に生物進化の収斂なのかも知れないが、個人的にはそこに神の存在を感じてしまう。
 湿地植物でもイグサ(イグサ科)とカンガレイ(カヤツリグサ科)は細部は別として似通った草姿である。素人目には光合成に不利に見える茎(イグサは花茎とされる)が林立する草姿だが、イグサとカンガレイには収斂すべき「理由」があったのだろう。(モモンガもそうだが、理由は遺伝子に書かれていないので推察するしかない)あの形状ではなかなか虫に食われないとか、病害の元になる泥が付着しても滑り落ちるとか、彼等なりの理由がそこにはあるはず。

 クサネムとカワラケツメイ、草姿は似ているが前者の花は他のマメ科の花に似てスイートピーのような形状(蝶形花)、カワラケツメイは5弁花である。また前者の豆果は垂れ下がるのに対し、後者のものは上を向く。花、果実によって同定は容易である。他にも茎が中空(クサネム)、中実(カワラケツメイ)などの差異がある。花期や結実期以外は見ただけで両種を判別することが難しい草姿、別属の植物なので立派な収斂進化だと思う。


(P)2017年8月 茨城県牛久市 休耕田

マメ科植物の戦略

空中から養分調達

 帰化植物が大繁茂する理由によくあげられるものが、我が国の環境が外来植物にとって「裸地」と捉えられるから、というものがある。本物の裸地、造成地や新規に開通した道路の法面などにも進出するが、見てみると意外にマメ科植物が多い。具体的にはシナガワハギ(シナガワハギ属、原産地中央アジア・ヨーロッパ)、ナヨクサフジ(ソラマメ属、原産地ヨーロッパ)、アメリカツノクサネム(ツノクサネム属、アメリカ原産*異説あり)などだ。

 マメ科植物が他の植物が進出不可能にも考えられる裸地荒地に進出できるのは根粒菌の存在故、とされる。植物の三大栄養素は言うまでもなくチッソ(N)、リン(P)、カリ(K)であるが、最も大量に必要なのがチッソである。アクアリウムでは敵役(*4)とされる事が多いチッソだが、実は植物にとって最も重要な物質だと言っても過言ではない。
 マメ科植物はこのチッソを大気中から調達する機能を持っている。特に有名なのはゲンゲ(*5)で、今どきは減ったが春、田植え前の水田の風景となっていた。
 これは花を愛で春を楽しむためではなく、ゲンゲの持つ気体窒素固定を利用し、荒起こしとともに肥料として鋤き込むためのものである。(現在ではそのまま鋤き込むことによる弊害も指摘されている)
 根粒菌はその名の通り土壌微生物だが、マメ科植物の根に根粒を形成し、その中で大気中に含まれる気体窒素を固体窒素として固定する。マメ科植物は根粒内の土壌微生物に光合成産物を供給することで共生関係が成立している。植物と土壌微生物という「氏も素性も」異なる同士の共生関係、これも自然の摂理というよりも神の存在を感じる部分だ。
 クサネムにも根粒菌が共生する。ある研究(*6)によれば窒素肥料を散布しない水田の維持方法として イネに共生窒素固定根粒を着生させる方法が発表されている。その根粒菌はクサネム根粒菌が最も稲と相性が良いという。コスト高製品(米)安でランニングコストを削減せざるを得ない水田、除草剤の削減がクサネムの発生量に繋がったとすれば、クサネム(根粒菌)によって肥料代を削減できる。何だか判じ物のような循環だが、日本農業のみならず、痩せた土地で食料自給もままならない国々にとっては注目度の高い方法論だと思う。ありふれた雑草ながら、利用方法によっては最も可能性が広がる植物だと言える。
 ちなみに農業に用いられることで有名なアゾラ(アゾラ農法(*7))の主役も窒素固定菌で、肥料として手軽であることから各地で採用されたが、外国産のアゾラ(アカウキクサ科)を用いたために、結果的に逸出帰化や遺伝子攪乱の問題を引き起こしてしまった。アカウキクサ科の在来種、アカウキクサ、オオアカウキクサとも絶滅危惧種であり入手難なので仕方がない面もあるが、将来まで禍根を残してしまった点は失敗だろう。また同じく窒素固定を行う珪藻は昔から建築材料に用いられてきたが、食料としての研究も進んでいるという。世界の人口増加と食料不足の予測を見ていると、根粒菌をはじめとする窒素固定菌が救世主になるかも知れない。

 念のため蛇足。前項で「クサネムが水田の養分収奪につながる」的文章を書きつつ、根粒菌によって大気中窒素を固定、という話を書いている。読み方によっては矛盾とも捉えられかねない話になっているが、稲も植物である以上、養分はチッソだけではない。多量成分のリン、カリも必要だし中量成分で重要なマグネシウムも必要。この意味での養分収奪なので誤解のないよう、付記させて頂く。


(P)2017年8月 茨城県牛久市 休耕田

就眠運動

眠る草

 現在のように野外が危険(*8)ではなく、遊びの種類も豊富ではなかった頃、ちょっとした手慰みでネムノキ(合歓木)の葉に触れて閉じさせるという遊びがあった。触らなくても日暮れになると閉じてしまうが、この現象を「就眠運動」という。読み飛ばしてしまうと気が付かないが、「就眠」と「運動」という相反する概念を繋げてしまったこの用語はある意味すごい。一時、睡眠学習なんてのもあったが今は忘れられてしまったのだろうか。

 それはともかく「就眠運動」とは「植物の葉や花が昼夜の明暗に合わせて行う周期的な運動」であり、ネムノキに限らず様々な種類の植物で見られる。身近な所では繁殖力の強い庭の雑草カタバミなども夜になると葉を閉じる。本種クサネムもまたしかり、だ。
 ネムノキの場合、光の強さが刺激となり膨圧運動が発生することで葉の開閉を行っているようだ。一説によれば光の強さを含めて外界の動きを察知する感覚器官が、手で触られた刺激も明暗による光の刺激と同じもの、と誤解してしまうらしい。長い進化の歴史を持ちながらなぜそんな不完全なセンサーなのか、という疑問はあるが。

 就眠運動のメカニズムの方は様々な研究があって概ね解明されているようだが、「なぜ葉を開閉するのか」という理由はよくわかっていない。動物は寝るので植物だって寝たって良いじゃないか、という自然科学と対極のアバウトかつ心情的な理由が最も納得できたりもする。一再だが「理由」までは遺伝子に書いていないので、ゲノム解析が進んでも謎のまま、だろう。葉を閉じない植物の方が圧倒的に多く、植物も絶対寝なければならん、という理屈はない。

 クサネムのように「眠る」草は眠る理由がある。諸説あるうち最も納得できたのが「夜間葉の表面積を減じて放熱を避ける」というものと「昼夜を経験しないと花を付けられないシステムになっている」というものだ。前者は何となく熱帯植物の雰囲気が感じられる理由だ。熱帯は意外と昼夜の気温差が大きい。今や日本の夏の方が夜は暑いぐらいだ。だいぶ前だがマレーシアに家族旅行に行き、夜の便で帰ってきたら日本の方が暑かった、という嘘のような本当の経験をしている。夜間放熱し過ぎて草体を冷やしてしまい生存に必要な機能が損なわれる、という事態は十分考えられる。
 後者は様々な植物が開花時期を長日・短日(*9)によって決定しているので妥当性があると思う。しかしクサネムやカワラケツメイが主な住処とする水田地帯が体内時計を狂わせるほど夜も明るい、ということはまずない。葉面に明暗のセンサーがあったとしても葉をたたまなければ誤作動してしまう、というのなら随分とお粗末な作りだ。また明暗感知センサー説では「触れるとなぜ葉が就眠するのか」という疑問に対する解にはならない。

 あくまで動きから察する(*9)にクサネムの葉は明暗センサーと物理的刺激によって葉を開閉する2つのシステムを持っている。上記の通り合理的な理由は伺い知れないが、一つだけ考えられる推測がある。それは本稿「収斂進化」で述べたように、自然下では食害が激しい点が根拠となっている。昼間は光合成のために葉を広げる必要があり、せめて夜間は夜行性昆虫からの食害を軽減する、昼は昆虫の接触(物理的刺激)によって葉を閉じ、少しでも被害を軽減するという「推測」だ。


 いかなる理由かこれも不明だが、ここ数年近隣の水田地帯ではクサネムの発生量が増えているように見える。特に大繁茂する外来種であるヒレタゴボウやアメリカキカシグサの侵入がない管理休耕田ではクサネムが大規模な群落になっている姿をよく見かけるようになった。雑草とは言えそれなりに栄枯盛衰があり、近年では絶滅危惧種クラスの希少植物の喪失が甚だしいが、数年間の変化をあげるとすれば、夏が暑くなったこと、休耕田が増加したこと、相対的に除草剤の使用量が減少していること、などである。気候変動のみならず、人間の経済活動の変化が複合して様々な影響を及ぼしていると思うが、こうした、あまり人が目を向けないミクロの世界でも影響が形となって表れている。クサネムはその顕著な例の一つであると思われる。


(P)2017年8月 茨城県取手市 耕作水田

脚注

(*1) 中央の葉軸の左右に小葉が並んで付く葉の形状。葉軸の先端にも小葉(頂子葉)が付く奇数羽状複葉と先端に付かない偶数羽状複葉がある。クサネムはマメ科植物に多い偶数羽状複葉であり、小葉は20〜30対ある。

(*2) 専門的に言えば心皮子房が成熟した果実。成熟し乾燥すると二列に開裂し、種子を散布する。簡単に言えばマメの「鞘」状の果実であり、エンドウマメ、エダマメ(大豆)、絹サヤの形状を想像すればよい。クサネムの豆果には4〜8個の果実が入っており、少なくても数10の果実を生じることから、発芽不良や発芽後の成長不良などを差し引いても翌年には膨大な株が育つ計算となる。種子の散布エリアは親株の周囲が中心であり、兄弟間競合や前出理由によって計算通りにはいかないが、現実を見れば相当数の子孫が発生することは事実。

(*3) ゲノム解析による被子植物系統グループ(APG、Angiosperm Phylogeny Group)分類以前の植物分類であるクロンキスト体系や新エングラー体系を「旧分類」と呼ぶようになった。とはいえ現在販売されている植物図鑑にも旧分類基準のものは相当数残っており、個人的にも旧分類が身にしみついている。APG分類はピンと来ないが、それは自分自身が旧人類になってしまった、ということなのだろう。

(*4) アクアリウムでは水槽内に発生する藻類の原因が窒素であるという定説がある。たしかに窒素は植物の重要な養分だが、それは同居している水草(高等植物)にも同様の条件だ。一方、藻類の増殖要因は鉄分(Fe)であるという有力な研究もあり、鉄が表層に存在できない外洋に鉄を散布して藻類を発生させ、二酸化炭素を固定する地球温暖化防止実験などが行われ、良好な実験結果を得ている。

(*5) 世間一般ではレンゲ、レンゲソウだが標準和名はゲンゲという濁音の多い美しくないものになっている。どう考えてもレンゲの方が美しいが、草本植物のなかにはヘクソカヅラ、ママコノシリヌグイなどのディスり系和名もあるので、それらに比べればまだましか。

(*6) 「イネ根皮層細胞に効率よく侵入するクサネム根粒菌の探索」龍谷大学農学部資源生物科学科 畑教授

(*7) 本文にあるようにアゾラ(Azolla アカウキクサ属)の窒素固定能力を利用した肥料効果と、水面を覆う事での他の雑草の発生抑止効果を目的にした農法。アイガモ農法とセットで用いられることもある。当初はオオアカウキクサなど在来のアゾラが用いられていたようだが、高気温では増殖が止まるオオアカウキクサの特性等もあって、外来種が用いられるようになった経緯がある。結果的に外来種の逸出繁茂(アゾラ・クリスタータは特定外来生物に指定されている)が弊害として現れている。

(*8) 自分の少年時代は子供の誘拐事件や不審者・変質者の出没は今ほど頻繁ではなく、安心して遊べる場所が多かった。マムシやスズメバチが多い場所にも昆虫採集や魚獲りに行っていたが、ついぞ噛まれた、刺されたという話は聞かなかった。アウトドアで活動する際の危険物の察知や逃げ方など今の子供達より知識が豊富だったのかも知れない。

(*9) まとめて言えば光周性。北半球では昼の長さは夏至で最長、冬至で最短となるが、それぞれ夏至、冬至に向かって日長が変化する。長くなって行く時期(春、初夏)、短くなって行く時期(秋、初冬)を長日、短日と表現するが、この日長変化を感知し、開花時期を決めているのが春咲、秋咲である。季節には気温という要素もあるが、年によって不安定なためか植物の判断基準からは外れているようだ。光周性による開花は案箱を使った実験で容易に目視できる。

(*10) 理由はともかくとして、就眠運動のメカニズム自体は解明されており、概日性リズムに従った運動は葉を開かせる覚醒物質と葉を閉じさせる就眠物質を分泌してコントロールされている。物理的刺激によるものは、刺激によって塩化物イオンの動きが発生し、その電位差により内部の水分量が変化し葉の開閉が起きるらしい。


Photo : OLYMPUS STYLUS SH-3 SONY DSC-WX500

Weed Aeschynomene indica Linn.
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