日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
コナギ
(C)半夏堂
Weed Monochoria vaginalis var. plantaginea

ミズアオイ科ミズアオイ属 コナギ 学名 Monochoria vaginalis var. plantaginea
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2014年10月 茨城県取手市 刈取後水田
嫌われもの

はじめに



 植物に造詣の深かった昭和天皇のお言葉に「雑草と言う名の植物はない」という至言がある。もちろん未知の新種(こんなに狭い国でもいまだに時々出てくる)を除き、我が国にある草本植物は遍く和名・学名が付与されており、その通り「雑草」という名の植物は存在しない。その「雑草」は曖昧さを文化的特質の一つとすると言われている日本特有の片付け方と思ったが、英語にも同様の表現があり、それは「weed」という単語だ。食用、薬用、観賞用でもなく、普通の人間であればとても覚えきれない程の種類がある植物を総称として表現するに文化的特質を超えてこうした表現方法はあるようだ。

 湿地や水田を観察するようになり、水生植物範疇の「雑草」にも栄枯盛衰があり、春秋があることが感じられた。例えばかつて水田の厄介な害草として忌み嫌われたヒルムシロは乾田化や除草剤によって水田からほぼ駆逐されている。水路や湖沼でも水質やその他の問題で減少している。このように何でもない「雑草」でも探すのに苦労する種類もある。一方、絶滅危惧種であり茨城県には記録もないスズメハコベだが、近所の休耕田にあきれるぐらいの大群落を形成しているのを見たこともある。

 本コンテンツでは絶滅危惧種や外来種を植物種毎に扱っているが、身近な「雑草」にも興味深い生態や文化的歴史があり、彼らと同列に扱っても違和感がないように思い、このシリーズを始めた。ただし水生植物範疇でも、絶滅危惧種でも外来種でもない植物は星の数ほどあり、何をどういう順番でどの程度の頻度で扱うのかはまったく未定である。第一弾にコナギを選んだのは水田を散歩している際に最も目に付くから、という極めて希薄な理由である。



 コナギは水田雑草の代表的な種の一つであり、大型種としてはオモダカ(オモダカ科)とともに最もよく見かける植物の一つだ。草体が大きな分、水田での養分収奪も多く、稲作農家には嫌われる雑草でもある。もっともコナギに限らず「雑草」である以上、どんな種であれ作物を育てる農家に好かれる理由はない。絶滅危惧種だろうが希少種だろうが、農家にしてみれば水田という生産現場に紛れ込む異物にしか過ぎない。

 嫌われるもう一つの理由が「夢の除草剤」として登場し、使い勝手も良いスルホニルウレア系除草剤(以下SU剤)に対して抵抗性を持ったコナギ(*1)が確認されていることが上げられる。本来は除草剤に過敏に反応する(弱い)雑草だったが、そうとは言えないコナギも出現しているという事実。要するに除草剤が効かない(まだ抵抗性を持つコナギの出現は一部地域に留まっているが)雑草なので、水田の養分収奪を防ぎ米の品質を保持するためには手作業で防除しなければならない。そもそも別記事で述べたように米作りの費用対効果のバランスが根本的に崩れている現在、抵抗性云々以前に除草剤はコストの問題で使用量が減少傾向にある。

 「相方」のオモダカのように抵抗性に加えて短時間での生長を行うスーパー雑草(*2)化したものが加われば水田の除草作業は想像以上の苦痛となるはず。真夏の炎天下で湿気の発生源のような環境で、労働人口の平均年齢が60歳を越えた方々が手作業で除草するのである。下手をすれば命の危険がある。その原因を作った雑草が嫌われものでないはずがない。どう見ても現役の水田、つまり出荷用の米を生産する水田で除草剤にしろ手作業にしろ除草の形跡がない水田が増えてきたが、こうした背景もあるのだろう。
 昔は農家は皆、手作業で除草していたって?それはそうだがそもそも状況が異なる。夏が殺人的な暑さになったのはつい最近の事で、40〜50年前(歳がバレるが)の夏休みには30度を超える日はそうそう無かった。「スーパー雑草」も「連続猛暑日」もつい最近のワードなのである。昔の除草作業と現在のそれとでは全く背景が異なるのだ。いまでは作業をしていなくても熱中症で救急搬送され命を落とす事例が多くなっている。炎天下の除草作業は本当に命に関わる作業になっている。

 閑話休題。コナギはミズオアイ科植物だけあって綺麗な青花を咲かせる。園芸植物並みの観賞価値があると思うが、開花は秋であり稲刈後の水田に多く見られる。一夏を経過し、稲刈作業で痛めつけられ葉はボロボロ。しかもいくら花が綺麗でも葉の下に咲かせるという謎の生態で、観賞用の水生植物としてもイマイチ。こちらの方でもあまり好かれていない印象を受ける。草体も花も似たようなミズアオイが雑滅危惧種の希少植物とは言え、水辺園芸用として通販で売買されることもある程度に人気があるのとは対照的だ。和名からして葱(ナギ、ミズアオイの古名)の小型のもの、小葱なのにこの差は大きい。
 歴史的には嫌われ者ではない時期が長く、万葉集にはコナギを歌ったものが3首あり、史前帰化種(*3)ではあるが古来より親しまれている証拠もある。さらに江戸期までは食用とされており、常食されていたのかミゾソバ(タデ科)のように救荒植物的に扱われていたのかは分からないが、美味しくて見栄えの良い野菜が簡単に入手できる昨今、こんなモノを好んで食う者もおるまい・・・と考えていたら世の中広いもので居たのである。


(P)2002年10月 茨城県取手市 刈取後水田

コナギクッキング
 本題の前にお断りしておくが、実は私は実際にコナギを本格的に(*4)食べたことがない。もちろん入手難というわけではなく、理由は近辺で見かけるコナギがほぼ水田のもので、除草剤の影響が怖いからだ。と言っても必要以上にビビっているわけではない。自分は祖父母の代まで稲作農家だったが、当時の安全性に問題がある除草剤の影響で村落内で何人も命を落とした、という話を聞いている。広く知られた話でもベトナム戦争時に散布された枯葉剤の後年に至るまでの影響や、自分も好きなロックバンドの一つであるTOTOのジェフ・ポーカロは自宅で殺虫剤散布後(*5)に死亡しているという事実がある。除草剤や農薬をけっして甘く見てはいけない。

 というわけで多分に伝聞情報ながら、無農薬・無肥料の水田を実際に維持しつつ役立つ情報を発信している「稲と雑草と白鳥と人間と」というサイトの情報を参照しつつ食材としての情報を簡単にご紹介していきたいと思う。
 外来種も同様だが、コナギのような強い雑草も「食用」というカテゴリーになれば少しは減るだろう。何も根こそぎ除草して捨てるだけが能ではない。山野を歩き、食材として野草を食べるのが好きな私は強くそう思う。おっと、誤解のないように書いておくが、野草食のレベルはそんなに強くない。一般人<ワタクシ<<<岡本信人、程度である。

 同サイトによれば下処理さえ徹底すれば(と言っても基本は水洗いのみ)湯がくだけで何にでも使えるようだ。炒める、煮るなどの調理法も紹介されている。味は後に残らない独特の苦味があるが、刺激の強いパプリカやパクチーほどの強烈さはない。同じ水生植物のクレソン(オランダガラシ)程度かそれ以下の苦味。食材の性格としてはホウレンソウや小松菜に近いスタンスだろうか。従って他の食材と一緒に調理しても、料理の味全般を支配してしまう味の強さはない。
 個人的に気になっているのは2番目の「小葱(コナギ)とうすあげの煮びたし」で、ここに小女子などチョイ足しすると北関東風濃い味あかずとなり、良いご飯の友になると思う。とはいえ、このサイトの制作者居住地(宮城県)と私の現居住地では「味の濃さ」に対する嗜好がほぼ同様であるので、関西を中心とする薄味文化圏の方々はレシピ通り作ると「何じゃこりゃ」になる可能性も高い。
 私がいたずらレベルで試したのは数年間休耕となっており、除草剤の影響がほぼ無いと思われる水田にあったコナギの葉を刻んで納豆に混ぜ込んだもの。レシピにあるひきわり納豆ではなく、ごく普通の納豆だが、味は悪くなかった。もともと納豆は「混ぜ込み要員」として小葱(コナギ)ならぬ小葱(コネギ)(*6)がベストマッチングの食品なので当然と言えば当然の結果。しかしとても「コナギクッキング」と呼べるレベルではなく、本質的には湿地や休耕田でヤナギタデやシソクサをつまんで食べるのと変わりはない。

 繰り返すが、このリンクサイトで扱っているコナギは「農薬と肥料を使用しない田んぼ」のものなので安全だが、上記のようにどの水田のものでも食べられるというわけではない点に注意が必要。前述のように本来コナギは除草剤に反応する植物であるが、その反応の分岐点が明示されているわけではない。簡単に言えば「除草剤がかかったコナギは枯れていて、生きているコナギには除草剤がかかっていない」というものではない。さらにその「分岐点」は人間の基準とも異なるはず。君子危うきに近寄らず、ってやつだ。


(P)2014年6月 茨城県取手市休耕田 この頃が「食べ頃」か

ミズアオイとの見極め

 自分の植物趣味の友人のなかにも生育期(開花前)のミズアオイ科植物に付いて「これはミズアオイだと思うけど・・」的な自信なさげな判断をする方も多い。もちろん私自身も区別が付かない。いや、近所にあるものなら100%コナギであると断言できるが、過去10年以上近所でミズアオイを見たことがない、という自然科学と対極の「経験値」によるものなのでそれは反則。コナギは生育環境によって表現型がマチマチで、場所によっては異常にでかい草体となることがある。「ミズアオイはコナギより大きい」という情報がインプットされていれば紛れも出るはず。開花期以外の両種の同定に付いて、草体の大きさを上げる文献も多いが、それは「概して」と断りを入れるべきだろう。

 開花すれば両種の同定は比較的容易で、花の付く位置も形状も異なる。(下画像参照)また、両種、発生期には線型の葉を持つがミズアオイの方が「概して」細い。しかし工業製品でもあるまいし、明確な寸法があるわけではない。葉幅も変異のうち、標準的なモノを両方並べてはじめて「なるほど」という程度だ。開花前、成長期の草姿での判断は禁物だ。ミズオアイ科、数が少ないわりには同定にあたってこうした難しさもある。

 特徴的な外来種のアメリカコナギ(*7)を除き、コナギとミズアオイの具体的な同定ポイントは以下の通りである。(既出情報重複)
(1)草丈が10〜40cmと概して小型(コナギ)、20〜50cmと概して大きい(ミズアオイ)
(2)発芽後、成長期の線形の葉が細い(ミズアオイ)、太い(コナギ)
(3)花序が短く葉の下の位置で開花する(コナギ)、花序が長く葉の上で開花する(ミズアオイ)
(4)花は青紫色(コナギ)、明るい青紫色(ミズアオイ)
 早い話、少なくても花序が伸びる以降の時期でなければ断定できない、ということだ。前述の通り(2)は変異幅のうち、(1)にいたっては最小値と最大値にそれぞれ10cmのマージンしかない。重複する20〜40cmの草丈のミズアオイ科植物を確実に同定できる手段がない。(ゲノム解析等、専門的手段を除き)


 農家に嫌われるほどはびこるコナギに対し、ミズアオイは絶滅危惧種に指定されているほど少ない。生活史にさほどの相違が感じられない両種でこの差は何なのだろうか。ミズアオイの写真を撮ろうと思い、いつも苦労させられる度に考えてしまう。単に「生命力」という曖昧模糊とした言葉では理解できない気がする。かくしてコナギは今年も広範に各地の水田ではびこっている。まさに「ウィード(雑草)」。


(P)2014年9月 茨城県取手市 刈取後水田 比較的草体が大きな株


【コナギとミズアオイの花】
やや紫の強いコナギ 青が強いミズアオイ

脚注

(*1) SU剤はアメリカのデュポン社が1987年に販売開始した「稲に対しては安全性が高くヒエを除く一年生、多年生雑草に有効」という画期的な除草剤だったが、早くも2000年にはSU剤に対する抵抗性を持ったコナギが確認されている。別記事にも書いたが抵抗性を持ったのはコナギだけではなく、多くの水田雑草が確認されている。なかにはミズマツバやミズアオイなど絶滅危惧種の植物も含まれている。

(*2) (英)superweed 除草剤が効かない雑草のことを示す。こんなものが出現した原因は遺伝子組み換え作物である。除草剤に耐性を持った作物の花粉を雑草が受粉して形質を受け継いだためである。農地周辺の雑草、オオブタクサ、ヒメムカシヨモギなどがスーパー雑草化したのはこうした経緯。水田ではNHKの特集でも取り上げられたオモダカがスーパー雑草化しており、草体が大きくなる上に成長スピードが早い、つまり水田からの養分収奪が更に激しい、という困りもの雑草になっている。(オモダカのすべて、ではない)もちろん除草剤は効かないので防除は手作業となるが、大型になったオモダカを手作業で駆除するのは想像以上に困難なようだ。

(*3) 稲作の伝来(弥生期、東南アジアもしくは中国南部から伝来された、とされる)とともに渡来した植物。今日見られる水田雑草の多くは史前帰化種であるとされている。しかし明確な証拠があるわけではなく、断定はされていない。弥生期、というのも従来の学説の稲作開始時期から推測されたもので、最近の研究では縄文後期から稲作が始まっていた、という話もあり、数千年単位で誤差がある。その意味で「史前」というワードは時期不明と読み替えた方が良さそうだ。

(*4) 葉の一部をいたずらで食べた程度。本文の通り刻んで納豆に混ぜる、という食べ方もあるので「食べたうち」に入るのかも知れないが、オランダガラシ(クレソン)やヤナギタデ、ジュンサイなど、いままで食べた水生植物の範疇では量が最も少ないと思う。ただコナギに限らず除草剤や殺虫剤の影響下にあると思われる生物は避けた方が賢明。水田に生息するイナゴやタニシも同様だと思う。

(*5) TOTOはアメリカのロックバンドで、初期のドラマーがジェフ・ポーカロ。死因には諸説あって、ロックミュージシャンにありがちなコカイン中毒だった、という話もある。当時の第一報は本文の通り「自宅で農薬を散布中に吸い込んだために死去」というものだった。以前の農家の事故の話を聞いていたため、なるほど、と思った記憶がある。ちなみに「TOTO」はメンバーが来日時にどこのトイレでも「TOTO」のロゴを見るので日本では有名な言葉だと思い、バンド名にそのまま付与したらしい。

(*6) コナギの漢字表記は「小葱」で、ネギ(葱)という文字が入っている。コナギもネギも通常はカタカナ表記なので何ら違和感がないが、葱はそもそもミズアオイのことでネギではない。漢字で見てみるとこんがらがっているが、当て字なのか後付けなのか、はたまたどこかで混線したのか分からない。

(*7) heteranthera limosa 1970年に岡山県で発見された南北アメリカ大陸原産のミズアオイ科植物。特徴的なのはコナギやミズアオイのように葉の基部が心型にならず楔型、葉や花弁も両種より細く草体も小型である点。現在の所西日本の一部に分布し、関東地方には見られない。というわけで偉そうに書いているが自分は実物を見たことがない。

 
Photo : RICOH CX5 Nikon E5000/P330 Canon EOS KissDigital/SIGMA50mmMACRO EOS40D+EF-S60mmF2.8MACRO

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