日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
キクモ
(C)半夏堂
Weed Limnophila sessiliflora Blume.

ゴマノハグサ科シソクサ属 キクモ 学名 Limnophila sessiliflora Blume.
被子植物APGW分類 : オオバコ科シソクサ属

撮影 2002年8月 茨城県土浦市 休耕田 キカシグサの「海」に浮かぶキクモ

【キクモ】
*藻と名乗りつつ沈水状態よりは湿生状態の方が圧倒的に多い。一般的な水田雑草であるが除草剤に弱い面もあり見られない水田もある。近所では同属のシソクサよりは分布も株数もやや多い程度だろう。基本的に水中生活も可能で繊細な沈水葉を展開するが、自宅育成下ではわりと短期間に消えてしまう。エビやメダカの餌にでもなっているのだろうか。

 群生して花を咲かせると意外に綺麗で、まるで園芸植物のようだ。野趣あふれる水田雑草を育成してみたいのであれば、ある程度の強靭性と入手の容易さから有力な候補になると思う。水草ショップでも売っているが、東京都心から最短30分も電車に乗れば採集できる場所は数多くあるのでハイキングを兼ねて気軽に探しに行ってみたらどうだろうか。自分で採集した植物は買ったものと満足感が違う。(何が違うのかは自分でもよく分かっていないが)

親水性No.1
■双方向性

 2017年の秋、東京農業大学から何種類かの水生植物のオファーがあって、条件は水陸双方向性がある植物、簡単に言えば気中葉と沈水葉を形成する植物、もっと簡単に言うと「水草になる雑草」で、ミズネコノオやシソクサをお勧めした所、是非に、というお話になった。

 ところが水田で採集しようと考えていた所に週末2週連続で台風の直撃注1)があり、水田歩きを自粛(当然と言えば当然)、しかし雨が降ろうが槍が降ろうが季節は進み、10月末の段階でミズネコノオは残存していたがシソクサはすべて姿を消してしまったのだ。お勧めしながら送付できない、という不名誉な事態となったが、よく考えてみるとシソクサよりもキクモの方が双方向性という点では容易に見られる。同じシソクサ属だしと勝手な理由を付けて水田にへばりついていた残存株をご送付させて頂いた。
 最初からキクモの存在に留意すれば良かったのだが、あまりに当たり前の雑草すぎて脳裏に浮かばなかったのだ。当地ではキクモはほぼすべての水田で見られる当たり前の雑草で、まさにこのコンテンツに登場すべき植物なのである。


2017年9月 茨城県取手市 刈取後水田 ミズネコノオとともに(fig2)


■自然度の考え方

 同じシソクサ属の属名植物シソクサはキクモに比べればやや分布が薄い印象もあるが、この相違は一年草(シソクサ)と多年草(キクモ)の違いによる所も大きいと思う。それは種子の発芽が深く関係する。シソクサが生える水田には「自然度」という曖昧模糊とした尺度があり、ミズネコノオやサワトウガラシなどが同所的に自生している場合が多い。しかしそれは結果であって原因ではない。
 意外なことだが一年生水田雑草は冬季の耕起非湛水注2)によって発芽率が上がる。上記のようなやや希少な水田雑草が多いのは耕起、冬季非湛水の管理された乾田なのだ。対極の方法論である非耕起冬季湛水は大きな目的の一つとして水田雑草の発芽抑制があげられている。また耕起非湛水という「管理」は様々な要因によって近年減少傾向にある。
 様々な要因とは耕起するための燃料代(農機の)節約や兼業比率の増加、就労人口の高齢化などであるが、「この田んぼ、来年使うのかよ?」と思うような水田でも耕作したりする。要は「手抜き」だが、手抜きせざるを得ない複層的な理由がある。結果的に水田ではこうした動きによってイネ以外の植物相がダイナミックに変化するのだ。

 蛇足ながら「自然度という曖昧模糊とした尺度」という表現は誰かを批判したり何かを否定しているわけではない。自然度という概念がそこに生える植物種によって決まるのであれば、何ら明確な基準がないことになる。例えばホシクサやマルバノサワトウガラシが生えている、しかしミズマツバとミズネコノオはない、こういう水田の「自然度」は何とも表現できないのではないか。この意味で「結果であって原因ではない」のである。また「度」というのは本来数値的概念であるはずだが、もちろんそんな数値はない。自然度5度以上ならキクモが生える、7以上ならホシクサが、なんて話は聞いたことがない。
 植物の存在は元々の分布や競合による遷移などダイナミックな部分が本質であり、スタティック、つまり現状のみでは評価できない面が多々あって一概に「自然度」の指標としては使えないと思うのだ。他の方の文章を読んでいるとしばしば出てくる用語であるが、たった漢字で3文字、読み飛ばして分かった気になるがよく考えてみると結果論を言っているに過ぎないことが分かる。従って何が自生しようがしまいがそんな概念は忘れた方が良い、というのが私の考え方である。誤解のないように追記しておくことにする。

■親水性

 キクモには外国産の同種または近似種も含まれるが、アクアリウムでは属名をそのまま読んだ「リムノフィラ」または「アンブリア」という水草である。真夏の盛期には水の流れる用水路や、やや水深のある水田で沈水葉となっている姿も見られる。ため池など安定した水位のある場所では沈水葉、つまり水草として生育する姿も見られる。一方、水田で生活するものは秋口に綺麗な花を咲かせ、やがて地上部を枯らせて休眠に入る。湖沼と水田ではまるで別種のような生活環だが、概して親水性が高い植物だと言えるだろう。
 しかし、現代の水田、つまり乾田化の進展した水田では湛水期間が短く、また都度落水するためになかなか沈水葉の姿を見ることができない。それでも生き延びて、と言うかやや普遍的に見られるほど繁茂している。生命力や環境適応能力に優れた植物なのだろう。さらに、すぐ水草になるわりにはそれほど水中生活にもこだわりがない。

 秋の水田、上記のようにミズネコノオやシソクサを始めキカシグサ、ヒメミソハギ、サワトウガラシ、ホシクサ、アブノメ、様々な植物達が稲によって阻害されていた日光を浴び、急いで開花結実しようと時ならぬ百花繚乱を迎える。キクモもその一つだが、並み居る植物のうちたった一種、「藻」を名乗っている。藻のような挙動が古くから知られていた証左であると考えられる。
 水田の「藻」にはシャジクモ、ホッスモ、イトトリゲモなどもあるが、すべて沈水植物である。いざ水が抜けた際にはどうしようもない。(藻を名乗らなくてもスブタやミズオオバコも同じだ)乾田化の進展とともにこれらの沈水植物が見られなくなりつつあることは事実だが、同じ「藻」であるキクモだけは柔軟に対応できるために、彼等が去った乾田でもありふれた雑草として普通に見ることができるのだ。

曖昧性
■種のカオス

 個人的に水田や湿地にありふれたキクモの中には少なからずキクモ(狭義)ではないものが混じっているような「気がする」。あえて括弧付きにしたのは何ら確証がないからで、違和感があるキクモ(どこがどう、という訳ではないが)を度々見かけることは事実である。

 キクモの近似種は外国産を含めて「アンブリア」として広く販売されている。有名通販をのぞいて見てもこれだけ種類があって、当然の事ながらそれぞれ何となく似ている。商品名として「キクモ」「アンブリア」と並べられると画像だけでは区別が難しい状態だ。同通販ページにはキクモではないが、同じシソクサ属の植物として「リムノフィラ・アロマティカ」というものが載っているが、シソクサ(Limnophila aromatica」とどう違うのか聞いてみたい気もする。シソクサは日本産でリムノフィラ・アロマティカはベトナム産とか意味不明の説明が成されるだろうが、学名が同一であっても日本のものは一年草、東南アジアのものは多年草、など違いもあるはず。けっして素人が(販売者も含めて)気軽に同一視して良いものではないはず。


(P)2017年9月 茨城県取手市 刈取後水田(fig3)


■帰化定着

 これまでの外来種アクアリウム・プランツの帰化定着の経緯を考えた時、熱帯産や亜熱帯産の植物なので日本には帰化定着のおそれがない、という理屈は通用しないことが事実として証明されている。地球温暖化の影響ということもあるだろうが、問題になっている植物は様々な方法注3)によって冬を乗り越えている。もっともキクモを含めた水田雑草の多くが稲作とともに渡来した史前帰化種注4)であるとすれば、短期的に環境適応できる能力がなければ現在の水田の植物相は全く異なったものになっているはずである。
 史前帰化種であったとしても、渡来したその年の冬を越せなければ翌年の復活はない。渡来したのが何千年前か分からないが、変動要因を考慮したとしても日本の冬の寒さは本質的に変わっていない。飛び石作戦のように南から徐々に北上したわけではないはずで、稲作とともに北上したにしても、その時間軸は植物が環境適応する時間よりはるかに短かったはずだ。またこの方法であっても、純粋な熱帯・亜熱帯種が耐寒性を身に付けるのは相当時間がかかるはずで、南方由来であれば冬は相当寒い当地(茨城県)に来るだけでも数千年かかりそうだ。

 このように考えるとキクモを含む水田雑草を史前帰化種と一言で片づけるのも問題がありそうで、冷涼な気候に馴化するメカニズムも明らかではなく、元々南方型で稲と一緒に渡来したという史前帰化説は100%の信憑性はなさそうだ。それ以前に稲作渡来以前になかった、という証明はできないし(それこそ「悪魔の証明」だ)あった、という証明も現状ではできない。少なくても我が国で数千年の世代交代の歴史を持っている植物と、冬季に草体の一部を残存させて定着を行なっているトリッキーな越冬方法のホテイアオイとは全く状況が異なるはず。史前帰化種というワードも自然度と並んでしばしば登場するが、これも分かったようで分からない概念だ。

 キクモは少なからず分化全能性注5)を持っている。アクアリウムのトリミング手法である「切り戻し」は伸長した植物体の地下茎部分を切り捨て、茎を用土に差す方法である。これでも茎から発根し、短期間に完全な植物体として再生する。切った地下茎部分をそのままにすればそこから発芽し、これまた短期間に再生する。水草が倍になるお得なトリミングだが、問題は増え過ぎて不要となった植物体の行方。もっとも簡易なソリューションは廃棄である。
 ありがちなのは屋外排水路などに放棄したものが、河川や湖沼に流れ込んでそこで繁茂するパターン。特定外来生物のオオフサモや生態系被害防止外来種注6)のオオカナダモ、コカナダモなどはこのパターンで各地に広がって行ったと推測される。きちんとした草体でなくてもキクモ同様分化全能性を持つ植物なので、カケラでも同様の事態となる。流した本人は「捨てていない」という意識しかないはずなので、これらの外来種が野外環境に繁茂している姿と自分の「未必の故意」は紐付できないだろう。帰化植物の定着に問題意識を持っている人間が真犯人という可能性もあって、ある意味闇が深い。

 在来種のキクモに関しては「たかが雑草」範疇の植物であって、精密な研究成果は見たことがないが、遺伝的に地域性があるのかどうかは分からない。クロメダカのように近年になって地域性注7)が明らかになった例もあるので可能性はないわけではないだろう。要するに在来種だからと言って余った植物体を放棄して良い、ということにはならないはずだ。
 そんな事を考えながら水田地帯を歩いていると、微妙に草体(気中葉)の雰囲気が異なるキクモが目に付く。それが外国産の近似種なのか、在来種の地域性なのか、はたまた交雑によるものなのか、雰囲気以外に見かけ上の明らかな差異がない以上、ゲノム解析が不可能な素人には懸念以上の具体的なモノは出てこない。圧倒的な存在感を示す分かりやすい外来種より、この手の忍者タイプの方が始末におえないことは事実だ。

水草生活
■いやいや水草

 前述したようにキクモは親水性が非常に高い。陸上と水中、双方向性を容易に観察できる植物としては最適だろう。しかしキクモに付いて詳細に研究した数少ない成果を読むと、必ずしも好きで沈水生活をするようではないようだ。
 この資料には今まで自分が認識していた水田地帯の「水草」の生活史の盲点とも言うべき重要なポイントが書いてある。それは(「」内リンク資料より引用)「深水区では、藻類の繁茂により、水の透明度が低下した。キクモの草丈は、水の透明度が低いほど抑制され、甚だしい場合には枯死した」という部分である。

 何が盲点なのか分かるだろうか。それはキクモが「水草」になった際、完全な沈水植物と同様の生育条件に支配される、ということだ。これだけ双方向性がある植物なので、水質に問題があればさっさと気中葉になって水面に出る生命力を持っていると思っていた。透明度の低下はすなわち導電率の向上、光合成に必要な光量が不足する事態だが、キクモが気中に出る以前にこれらの要因で枯死してしまうイメージはなかった。この意味でもキクモは「藻」なのだろう。


2011年7月 茨城県取手市 耕作水田で沈水葉となったキクモ(fig4)


■リスクヘッジ

 キクモは多年草である。この点、何が何でも種子を生産し世代交代を行う必要のある一年草とは条件が異なる。上記リンクのレポートの観察場所の最大深度は60cmとあり、水田地帯ではため池や湖沼を除けばかなり深い。しかしこの環境に長年定着していた株であれば水深も透明度の低下も近年の天候不順による環境変化、当年度に種子から発芽した株であれば自然淘汰、どちらにしても減少は自然現象であると考えられる。
 種子の定着場所は水流や風などの影響もありキクモ自身には選ぶことができないが、こうした想定外の環境に身を置かざるを得ない状況となった場合、最大限生きる可能性を持つ、という意味がキクモの「沈水化」である。いわゆるリスクヘッジ的能力だ。事実キクモの分布密度が最も濃いのは水田である。水田と言っても自分の居住地付近はほぼ100%乾田であって、水が入る時期は年間3か月程度であり「本籍」というものを考えれば湿地植物、この意味では「藻」ではない。12分の9、つまり75%の時間は湿地か乾地かを問わず陸上で過ごすわけだ。

 アクアリウムで育成すれば生き生きとした水草になるが、それは光量や二酸化炭素の供給、肥料分など条件が良いからである。この場合も放置すれば水面を突き抜けて気中葉を形成する。これは外国産の「リムノフィラ何某」「アンブリア何某」も同様である。彼らはキクモと異なり多年草であるかも知れないが、多年草だから結実しなくて良い、というロジックは植物にはない。結実には種の存続以外にも遺伝的多様性の確保という目的もある。
 逆に草体が水中にあって浮葉を浮かべる水草、ヒルムシロやササバモは一時的に生育環境から水が引いてしまった場合にクチクラ質注8)を形成した気中葉を展開するが、誰がどうみてもヒルムシロやササバモは「水草」だろう。気中葉はおそらく緊急避難的なメソッドである。キクモの沈水葉もこのように考えると非常に環境に左右されやすい脆いものであると考えられる。


■ヘッジできないリスク

 くどいようだがキクモは基本的に「普遍的にある」という意味において雑草である。しかし日本のレッドデータ検索システムをみると、意外に多くの都道府県で絶滅危惧種となっている。水田そのものが絶滅危惧種のような東京都は理解できるが、東北地方の各県や長野県など、どちらかと言えば首都圏よりはるかに自然豊かなイメージの地域で絶滅危惧種となっている。

 考えられる要因は除草剤もあると思うが、東北地方や長野県など地理的な要因にあると推測できる。東北地方や長野県でも乾田化率は高く、冬季には種子や根茎が寒気にダイレクトに晒される。キクモが史前帰化種であり南方起源の植物であれば最も苦手な状況だ。根茎は凍結すれば生存できないはずであるし、種子もまた然り、だ。
 この推測は四国や九州の県で準絶滅危惧となっている事実がネガティブだが、絶滅危惧には減少という事象以外のパラメータとして元々の分布密度などの要因もある。もちろんこれも証明されたデータもなく実際に現地で調査を行ったわけでもないので推測の域は出ない。
 推測ではなく事実であるのはキクモが見られない水田も当地(もちろん地方版でもレッドデータには記載されていない)に少なからず存在することで、陸地化した休耕田は当然ながら湛水する耕作田でも見られない場所がある、ということ。これは他の水田雑草の動向も勘案すれば原因はほぼ確実に除草剤だろう。地球の自然環境にとってヘッジできない最大のリスクは人間である、と言えるだろう。

分類
■転属

 キクモは旧分類のゴマノハグサ科から、APG分類では属ごとオオバコ科に転属している。シソクサ属はもともと小さな所帯の属で、キクモとシソクサぐらいしか所属メンバーがいないのでは?と思っていたが、コキクモ(関東地方と中国地方に隔離分布、花柄があり萼片と同長、Limnophila indica subsp. trichophylla)やエナシシソクサ(沖縄県に分布、花柄がない、Limnophila fragrans)など相当マイナーなメンバーも属する。一般的にはほぼ知られることがない植物だろう。

 一般的とは言えない植物マニアの身でありながらお恥ずかしい話、沖縄県にしか自生しないエナシシソクサはともかく、長年キクモの花柄なんぞ気にしたこともなかったが、同好の方から教えて頂き関東地方にも分布する注9)ことが分かった。それもわりとよく行く群馬県南部の水田湿地に多いという。キクモが開花する時期にも行っていると思うので、今更ながら自分の知識不足と「ざっくり」した性格が悔やまれる。まさに後悔先に立たず。また、そのうち、と思っていると必ず忘れるな、こりゃ。


2017年9月 茨城県取手市 このアングルで見るとまさに「菊」


 コキクモの件はともかく、APGではゴマノハグサ科から他にアブノメ属、ウキアゼナ属、オオアブノメ属、クワガタソウ属、サワトウガラシ属、スズメハコベ属がオオバコ科に転属している。他にもゴマクサ属がハマウツボ科に、サギゴケ属がハエドクソウ科に転属しており、元のゴマノハグサ科は跡形もない有様である。そうすると、元々の分類の基準は何だったんだ?と思いたくもなる。どこかで書いたと思うが、巨大な科名植物のゴマノハグサと地を這うスズメハコベが同じ科に属するのに違和感があると感じていたことはたしか。
 と書くと「やはりな」と訳知り顔、ドヤ顔に見えるかも知れないが、そもそもシソクサとキクモの見た目の違いに「なんで同じ属なのか?」と思っていた程度のアバウトな感想なので、たいしたことはない。見た目勝負の判断である。だって「眼力」と言うじゃないの。しかし眼力も科学の力には及ばないってことだ。

■リムノフィラ

 「シソクサ属はもともと小さな所帯の属」と書いたが、これはあくまで日本国内の話であって、いわゆる「リムノフィラ」というアクアリウム呼称の植物は結構多い。リムノフィラは言うまでもなくシソクサ属Limnophilaのカタカナ読みで、要するにシソクサ属の植物ってことだ。なかにはリムノフィラsp.、リムノフィラsp.スリランカ、なんてのもあって種が特定されていないものも含まれる。見た目はシソクサだが見た目で判断できない事は前述の通り。
 もう一つ、アクアリウムの水草には「アンブリア」という括りもあってこちらも種類が多い。アンブリアは少なくても現在はシソクサ属Limnophilaに含まれるはずだが、キクモまたは外産の近似種はなぜかこう呼ばれる。アクアリウムではシソクサの近似種はリムノフィラ、キクモのように葉が細かく分裂するグループはアンブリアと呼ばれるようだ。もちろん「商品」としてのカテゴリーであって分類には関係がない。

■食用

 シソクサは食用になる。なると言っても小さな草であって主食はもちろん小腹をなだめることもできないが、味や香り付けといった範疇の「食用」である。近隣の水田のものは除草剤の影響下にあることも考えられるので迂闊に手を出せないが、水田雑草満開の棚田など明らかに農薬が使われていない場所注10)のものなら大丈夫だろう。(保証の限りではないが)シソクサは手に取って匂いをかいだだけで爽やかな香りが感じられ、思わず口に入れたくなるが、その名とは裏腹にシソの香りとは距離がある。
 具体的にはシソは冷奴や刺身など日本料理に合うが、シソクサは合わないと思う。もちろん趣味嗜好は個人の感覚であるが、このことは日本国内でシソクサが食用となっていない大きな理由ではないだろうか。どちらかと言えば東南アジアの香辛料バリバリのエスニック料理に合うテイストで、事実ベトナムやタイでは常食されている。タイではシソクサは「パック・カエーン」という野菜名が付いてスーパー等で普通に販売されている。日本では水田「雑草」分類であるが、東南アジアでは野菜分類の植物である、ってことだ。基準が変われば分類が変わる(旧分類→APG)、世界が変わればカテゴリーが変わる(アクアリウムのリムノフィラ、アンブリア)、国が変われば扱いが変わる(雑草→野菜)、地味な見かけによらず多くの顔を持った植物である。

脚注

(*1) 2017年、関東地方は10月21日、22日の土日の台風21号、翌週末の台風22号など週末ごとに天気が悪く、ほぼ自宅待機状態が続いた。植物採集はもちろん写真撮影もままならず、アウトドアに寄った趣味を持つ身にはつらい日々が続いた。思い起こせば8月も雨ばかり、気が付けば今シーズンは残っている写真が極端に少ない。この状態が気候変動で常態化しないことを祈るばかりである。しかし年を追う毎に台風は凶暴になっており、2019年は長期間の停電や同時多発的な河川の決壊など過去にあまり見られない被害の大きさがあった。
 こんな呑気な事を書いていられるのも周辺地域の被害が軽微だったからで、両台風では雨量の多かった地域で多大な被害が出ている。近場の利根川はゴルフ場や緑地公園に利用されている広大な河川敷が水没したが、堤防は無事であった。しかし今年無事だったから来年も安心とは考えていない。太古の大湿地帯、洪水銀座に住んでいることは十分認識している。認識はしているが、では何をどう対策すれば良いのかという最も重要な点が分からない。土嚢?非常食?利根川が決壊したら持ち出す暇もない。それこそボートに食料や水を積んで二階の屋根に載せておくのが最も確実かつ非現実的な解決方法だろう。

(*2) 自分の造語、耕起非湛水は乾田のごく普通の水田管理方法である。対になるのが不耕起・冬季湛水農法というもので、リンク先のWebサイトを見ると愛媛県の福岡正信氏が作った言葉で、これが一般化したようだ。メリットとして(以下同サイトより引用「・田んぼに従来から住んでいた生きものが増えたり、戻ってきたり、・土壌の構造が変化して田んぼの水持ちが変わったり、・田んぼが酸素をたくさん吐き出すしくみが生まれていたり、・水がきれいになる仕組みが隠れていたり、・メタンガスの発生が少なくて済んでいたり、・そしてなによりも嬉しいことに、お米の味がたいへんおいしくなったのです。」)といった所があげられている。

(*3) 帰化種の多くは植物体の大半を冬の寒さで溶かしながらも残存した部分から翌春再生したり、殖芽状の塊根となって水底で休眠したり、栄養増殖を主にした越冬を行っている。そもそもオオカナダモなどは雌雄異株であるが帰化しているのは全て雄株であり、有性生殖なしにこれだけの繁茂が成されている。有用植物でも、もともと外国産で日本にあるサトイモやヒガンバナは三倍体で結実しない。

(*4) 記録が残っていない太古の時代に帰化した植物。水田雑草の多くは稲作の伝来とともに渡ってきた史前帰化種であるとされているが、これは東南アジアや中国南部など稲作の伝来元と考えられる地域にある雑草との類似性が根拠となっている。しかしなにしろ「記録にない」ので証拠はない。事実かどうかも分からない。稲の伝来にしても確実なルートが特定されておらず、話はそう簡単ではないのだ。遺伝子解析を行って同じ種と証明されたとしても、帰化したものかどうかの証明にはならない。

(*5) 植物体の一部からすべてを再生する能力。もっとも身近で見られるのは「マジックリーフ」という葉。葉を一枚水に浮かべておくと、あちこちから発芽して植物体になる。元の植物体はアンブレラリーフやボルネオリーフなどと呼ばれる熱帯性の樹木。日本でも沖縄や小笠原で見られる植物で「ももたまな」という和名も持っている。熱帯性の植物なので関東地方近辺では立派な木にはならない。

(*6) 外来生物法上、要注意外来生物に分類されたが法的な規制がかからず、意味のないカテゴリーであったため、注意喚起のために「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト」が公開された。(生態系被害防止外来種)リストの中身も「侵入予防外来種」「緊急対策外来種」などに細分化されているが、「だからどうした」レベルは変わっていない。緊急と重要、どちらが重いのだろうか?相変わらず分類のタイトルはお役所的修辞が溢れている。
   当初の要注意外来生物から掲載種が大幅に増えたため、当Webサイト水生植物図譜ではすべてを対応しきれていない点、ご容赦願いたい。一度すべて見直しを行いたいが、諸般の事情、というか時間の問題で進んでいない。(意識はしている)

(*7) 地域性以前に「メダカ」と一言で済ませている小型魚類はミナミメダカ(Oryzias latipes、本州の太平洋側、中国地方、四国、九州、南西諸島に分布)と、キタノメダカ(Oryzias sakaizumii、本州の日本海側、東北・北陸地方に分布)2種が総称されたものである。さらに生息水域ごとに遺伝的な相違があり、大別すると北日本集団と南日本集団がある。南日本集団は生息水域により「東日本型」「東瀬戸内型」「西瀬戸内型」「山陰型」「北部九州型」「大隅型」「有明型」「薩摩型」「琉球型」に分類される。
 最近はやりの里山公園など、メダカが絶滅した水域に盛んに放流したりしているが、水域が繋がった周辺のメダカ生息域に生体が流れていけば交雑が発生し遺伝子の攪乱が起きる。放流されるメダカの出所に付いては見極めが必要。

(*8) 特定の物質名ではなく、植物体の表面に形成される膜状の表皮構造を指す。目的は水分蒸散の防止が主であって水中では必要なく発達しない。むしろ水流による圧力をなびいて分散するのにあると邪魔になる。個人的にはこの構造の有無が気中葉と沈水葉の分岐点ではないか、と思う。
 従ってイボクサやキカシグサ、ミゾカクシなどは水中でもやや長期間生育できるが、これをもって沈水葉とするのは早計で、これらの植物は見た目や手触りでは気中葉と同一のものである。生育できるかどうか、という点はアクアリウムでは重要だが、植物の生態を考える上ではさして重要ではないと思う。

(*9) コキクモは関東地方では群馬県南東部、館林エリアでの自生が確認されている。本文にも書いたが関東地方の他の場所にもありそうな気がする。しかしキクモの花柄の有無どころか一般にキクモの認識率自体が低いのか、目に付く自生状況は報告されていない。秋の水田を気長に見て回れば見つかる可能性もあると思うが、それだけの時間を捻出できる暇人かつ植物マニアがいるとも思えない。自分で「偶然の一発」に期待するしかないようだ。偶然の一発が必ずしも希望的観測ではないことはスズメハコベの発見で経験済。たぶん、植物が姿を現したい時には何をどうしても目前に現れるはず。逆に姿を現したくない時は熱望して広範囲を時間をかけて探し回っても見つからない。それがミズオオバコやスブタを探しまわった私の結論である。

(*10) 棚田であれば確実に農薬が使用されていない、という意味ではない。集約化が進まない水田ではコストが収益を上回る場合が多く、コストの除草剤や殺虫剤が使われる確率が低い、という程度の意味である。何にしても盲信は禁物だが、口に入れる食品は判断を誤った場合の被害が半端なものではない点に注意。アメリカのロックバンド、TOTOのドラマー、ジェフ・ポーカロは自宅の庭で殺虫剤を散布後にアレルギーで心臓発作を起こし死亡した、とされる。(コカイン中毒が原因の動脈硬化という説もある)どちらにしても農薬は怖さを再認識すべきである。植物にしても虫にしても命を奪うためのものなのだ。


【Photo Data】

・Nikon CoolPix5000 *2002.8.25(fig1) 茨城県取手市
・Canon PowerShotG11 *2017.9.10(fig2,fig3,fig5) 茨城県取手市
・RICOH CX4 *2011.7.27(fig4) 茨城県守谷市


Weed Limnophila sessiliflora Blume.
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