日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
イヌホタルイ
(C)半夏堂
Weed Schoenoplectus juncoides Roxb.var.ohwianus. T.Koyama.

カヤツリグサ科フトイ属 イヌホタルイ 学名 Schoenoplectus juncoides Roxb.var.ohwianus. T.Koyama.
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2017年8月 茨城県取手市 休耕田
和名由来反定説異説

和名由来異説

 本種イヌホタルイや近似種のホタルイは、その和名の起源として「蛍の住むような場所の藺(い)」という意味を持つ、という説があり、多くの図鑑にも取り上げられている。ホタルは水生昆虫なので当然水生植物が生える場所に生息するが、それにしてもなぜこんな地味な単子葉植物にその名を冠したのか、長年不思議であった。

 夏の夕方、そろそろ撮影も厳しくなる刻限、その謎は解けた。イヌホタルイは草体が稲や他の水田雑草に溶け込み、小穂だけが白っぽく宙に浮いていたのだ。この小穂の状態を乱舞するホタルに見立てたのであれば腑に落ちる。と言うか、間違いない。
 こうしてこの刻限にイヌホタルイを見ると、嫌われる強力な雑草というイメージではなく水田際に打ち上がる小さな花火のようにも見える。ミズハナビ(*1)というカヤツリグサ科植物があるが、ネーミングの方向性としてはこれに近いと思う。「蛍の住むような場所」という曖昧模糊とした印象より余程こちらの方がスッキリする。
 個人が勝手に和名由来を変更してはいかんと思うが、和名そのものを変えるわけでもなく個人的に強く思っている程度ならよかろう。これに限らず和名も由来も納得できないモノが多いのだから。

交雑起源説


 もう一つ、本種に付いて「個人的に」感じること。これは植物分類に関わることなのでお叱りを頂いてしまうかも知れないが、イヌホタルイはどうも雑種起源のような気がするのである。次項で触れようと思うが、除草剤に対する強さと対応の速さに雑種特有のしぶとさを感じる、ということもあるが植物体の形状にある種の不安定さを感じるのだ。それは具体的に2点ある。

(1)柱頭
イヌホタルイの柱頭はほとんど2分岐するが、3分岐(うち1本はやや短い)するものが結構な頻度で混じることがある。3分岐するものが株全体であれば地域変種か、亜種か、別な扱いもできると思うが、厄介な事に同一株内で発生する現象である。
(2)稜の形状
イヌホタルイは稜の形状が一定しない。一般に断面は多角形であるがサンカクイやカンガレイのように決まったパターンというものがない。画像の株も左から3本はサンカクイのように3稜していたがその右は多角形、右はほぼ円柱状のような形状であった。

 様々な発現が見られるということは様々な形質を内包しているということであって、この点に交雑種の匂い(あくまで個人的感触、科学的裏付けはない)を感じるのである。こういうのはゲノム解析すれば分かる事だと思うが、残念ながらアマチュア趣味人では如何ともし難い。
 同じく「しぶとい」水生植物であるタネツケバナ(アブラナ科)は3倍体、4倍体の異質倍数体(*2)であるという。形質の発現のみならず、イヌホタルイにも共通する「しぶとさ」は専門的に言えば、より広範囲なニッチ(*3)に適応できる異質倍数体の特長を発揮している、と言うことができるだろう。しかしこうして状況証拠を積み上げても何にもならないことは承知の上、単に今まで気になっていた事を書いてみたに過ぎない。


(P)2017年8月 茨城県取手市 耕作水田

除草剤耐性短期獲得説

一発ではない一発剤

 水田用除草剤のカテゴリーには一発剤(*4)というものがあって、文字通り1回散布するだけで雑草を抑えるという夢のような(手間やコストを考えると)除草剤である。従来は体系処理剤というもので、代かき時に初期剤、田植え後2〜3週間で中期剤、というように複数回の散布が必要であり、しかも効果が絶対ではなかった。
 一発剤はこうした手間やコストを抑える「夢の除草剤」として登場したはず、だったが1980年代後半に使用開始されて間もなく、1995年には抵抗性の雑草(ミズアオイ)が見つかり、その後もアゼトウガラシ、アゼナ、アメリカアゼナ、タケトアゼナに耐性が確認され、1997年に本種イヌホタルイ、2000年にはコナギで確認されている。
 こうした除草剤散布後の残草は除草剤のローテーションで防止できるとされるが、結果的に複数種の除草剤を準備しなければならないことになってしまう。また一発剤散布後に「取りこぼし雑草」を除草する「レスキュー剤」というものも出回ってきた。どちらにしても別の除草剤に頼らなければならない時点で「一発剤」ではない。なぜ除草剤が効かない雑草が出現したのか、この理由は遺伝子組み換え作物(*5)にあるという。

 遺伝子組み換え作物は収量の増大、病虫害からの防御力増強などと共に除草剤耐性も「機能として」組み込まれているという。この作物の花粉を雑草が受粉することで除草剤耐性を身に付けてしまう、というロジックらしい。近似種の作物ならともかく、アゼナやイヌホタルイの仲間の作物というものが思い浮かばないが、全くの他種であっても花粉が付着した際に、除草剤耐性だけを遺伝的に組み込む、なんて器用な真似ができるのだろうか?しかし現実はかくの如し、なのでそうとしか考えられない。

 一発剤はアメリカのデュポン社が開発したスルホニルウレア(SU)系の除草剤が主力であるが、これを使用しても抵抗性を身に付けた雑草は生き残る。そのための「処理」が必要となるが、公益財団法人 日本植物調節剤研究協会によれば(「」内同Webサイトより引用)「SU抵抗性雑草の防除には、SU剤を含んでいない一発処理剤、初期剤と中期剤または後期剤による体系処理が有効です」とある。
 要するに一発剤が効く雑草には一発剤を使用、生き残った抵抗性雑草には初期剤、中期剤、後期剤を使用しろということだ。ただでさえコストの厳しい稲作でこれはキツい。コストのためにジェネリック農薬と呼ばれる無登録グリホサート除草剤などを使用されてしまうと安全性試験をされていないだけに怖い。(いつ自分の口に入るか分からない)
 一方、除草しないとどうなるのか。イヌホタルイも養分収奪が激しい雑草とされており、水田の養分をガンガン消費する。稲が使用する養分は不足となり、繁茂状況にもよるだろうが、収穫量が半分になるという予測もある。全量、正常に収穫できても赤字なのに、これでは最初から作らない方がマシ、という話になってしまう。イヌホタルイもそうだが、近所で最近よく目にするケイヌビエだらけの水田など、他人事ながら心配になってしまう。

 一発剤という手間もコストも「楽をする」除草剤がかえって抵抗性雑草やスーパー雑草を生み出し除草がかえって困難になってしまった。哲学的にまとめるつもりはないが、人生の様々な場面で遭遇する「マーフィーの法則(*6)」がこの場合も起きてしまった、ということだろうか。言ってみれば「楽して除草しようと考えると、より困難な除草が待っている」ということか。


【本稿参考】
スルホニルウレア(SU)抵抗性雑草発生のしくみ
公益財団法日本植物調節剤研究協会 植調

・「雑草と作物の制御」Vol.2, 2006, p2-14. 「日本の水田雑草におけるSU抵抗性研究の現状について」中央農業総合研究センター 内野彰


(P)2017年8月 茨城県取手市 耕作水田

生活史環境即応説

多年草か一年草か

 イヌホタルイは「一般的な認識として」多年草である。このWebサイト、水生植物図譜でもそのように扱っている。多年草といってもその貧弱な基部、地下茎が越冬するわけではなく、基部に形成される越冬芽により生き残るスタイルである。
 しかしその「一般的な認識」である越冬芽を見たことがない。晩秋に枯れたイヌホタルイを引っこ抜いてみてもそれらしき越冬芽が付いていないのだ。翌年は同じ水田の似たような場所から発生するので実生はしているようだ。であれば立派な一年草である。
 自分のWebサイトの記述も何度も変更しようと思ったが、並み居る先輩方、権威ある図鑑が押しなべて「多年草」としているのに若輩者が勝手にイヌホタルイの生活史を変更するわけにはいかん、と謙虚な思考ルーチンおよび、たった2〜3文字の変更でFTP(*7)を動かすのも何だな、という怠惰ルーチンによって現在まで放置している。
 晩秋の「引っこ抜き確認」は数年間(と言っても気が向いた時だけ)行っており結果は同じなので、少なくても家の近所のイヌホタルイは一年草と自信を持って言い切れる。広い世の中、すべて確認できない点は「すべてのイヌホタルイは」と言えない弱み。

 今や水田では見ることが無くなったが、かつての水田の強害草ヒルムシロも越冬芽を形成する。イヌホタルイと異なるのはほぼ実生が見られない点で、発芽率は1〜2%であるという。何らかの理由で越冬芽より実生の世代交代が有利、という状況になってもおいそれと切り替えはできないわけだ。強害草と言われつつ今やすっかり影をひそめ、主な生息域であるため池や湖沼でも水質悪化によって次々と消滅(*8)しているのが当地の現状。
 遺伝子組み換え作物の除草剤耐性能力まで取り込む(状況証拠だが)先進性と強靭性を兼ね備えたイヌホタルイとは自ずと生命力が違う。仮説ながら、その生命力に拠ってイヌホタルイは自生する環境にあわせて世代交代のスタイルを変更できるのではないか、と思う。ちなみにイヌホタルイの種子も一定比率で休眠するという。完全に排除した、と思っても翌年復活するわけで何とも始末が悪い。イヌホタルイの側からすれば立派なリスクヘッジなのだろうけど。

 最後に。色々調べて分かった事実がある。農業生産資材販売会社の連合組織であるグリーンジャパンによれば、SU剤抵抗性の雑草が発生している地域に本県、茨城県は含まれていない。しかし一発剤を散布したと思われる水田(他の雑草がない水田)にイヌホタルイが生えている姿を何度も見ている。また、抵抗性の判断は農業試験場が行う、との事だが、何人もの稲作農家の方に聞いてみたところ、たとえ疑わしいと思っても、わざわざ雑草を農業試験場に持ち込むようなことはしない、と断言されておられた。農業試験場は個人所有の水田を巡って疑わしい雑草のサンプリングはしないので、農家が持ち込まない以上、解析はしないはず。こうして考えると本県でもデータ上は存在しなくても、すでに複数種の抵抗性雑草が発生している可能性は高い、と思った。


(P)2017年8月 茨城県取手市 耕作水田

脚注

(*1) ヒメガヤツリ(Cyperus tenuispica Steud.)の別名。またコアゼガヤツリ(Cyperus haspan L. var. tuberiferus T.Koyama)の別名をオオミズハナビと呼んだり、両種まとめてミズハナビとすることもある。本稿冒頭で和名由来にいちゃもん付けているが、こういうビジュアルが想像できるような和名は秀逸であると思う。しかし花火にも色々あるので、カンガレイでもホタルイでもこの形状の植物の小穂も花火に見えなくもない。どちらにしても命名者のセンスと想像力が垣間見える和名は好きだ。

(*2) 複数種類のゲノムで構成される倍数体のこと。異なるゲノムを持つ植物間の雑種に由来すると考えられており、本文にあるように様々な耐性を持つためしぶとい。減数分裂は正常であり生殖能力を持つ。例示したタネツケバナは個人的に形状や開花時期の相違で混乱していたが、異質倍数体ということで納得した経緯がある。イヌホタルイが雑種起源かも知れない、と思ったのは異質倍数体が頭にあったから、である。

(*3) 生態的地位、と表現される。都度解説しているので省略。

(*4) 一度の散布で雑草を1か月以上同時に防除できる水田除草剤。一発処理剤または一発除草剤。対義語は体系処理剤で、初期剤、中期剤、後期剤と別れ、それぞれ発生時期に合わせた除草機能を持つ除草剤を段階的に散布する。一発と言いつつ耐性を持った雑草の出現等の理由により一度で済まない場合が出てきたため、一発剤を体系的に散布する、といった方法論も出てきた。

(*5) バイオテクノロジー、遺伝子組換え技術により遺伝的性質の改変が行われた作物のこと。トウモロコシ、大豆、菜種などが有名。除草剤耐性、病虫害への耐性強化など収穫量増大に繋がるメリットがある一方、発がん性、アレルギー疾患、肝機能障害など問題点を指摘するレポートもある。農産物や加工食品を注意深く見ると「遺伝子組み換えではない」と表示されるものがあるが、供給者側でもこうした問題点をある程度認識している、ということなのだろう。
 しかし「遺伝子組み換えではない」で安心するのは早い。法律上、油や醤油など加工されたものは表示義務がなく、また遺伝子組み換え作物が原料の5%未満であれば「遺伝子組み換えではない」と表示することできる。全世界的に見れば食糧不足であり、将来の病気より今日の食糧、なわけだが、何が真実なのか分からないうちに出回ってしまった不気味さが残る。ちなみに世界で一番遺伝子組み換え食品を食べているのは日本人だそうだ。

(*6) 「失敗する可能性があれば失敗する」「落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」「洗車し始めると雨が降る。雨が降って欲しくて洗車する場合を除いて」等々の味わい深い警句。日常、SUICAチャージしようと列に並ぶと必ず前の人がモタモタして遅くなるが、マーフィーの法則にも「切符を買う時、自分の並んだ列がいつも遅い」というのがあった。また、よく知らない土地でバスに乗ると行ってしまったばかり、同じく「20分ごとに来るバスに乗るための平均待ち時間は15分である」というのも。最大の「あるある」は日頃の通勤電車で「満員電車の時、自分の立っている前の席だけが空かない」。これ以上キリがないが「あるある」のはやはり核心を突いた警句だからなのだろう。

(*7) File Transfer Protocol。WebサーバーにHTMLファイルや画像、CSSファイルなどを転送するソフトウェア(FTPクライアント)。

(*8) 最近ではヒルムシロの消滅を2箇所で確認している。1箇所は小美玉市の池花池で、この池の場合は水質悪化ではなく園芸種スイレンに駆逐されてしまったと考えられる。盛期には岸から中央に向かってびっしりスイレンが埋め尽くし、中央部に残った水面にはフサジュンサイが花を林立させる、という有様。もう1箇所は桜川市の上野沼で、こちらは明らかに水質悪化のためと考えられる。こちらの沼も純農村地帯のど真ん中にあるが、典型的な面源負荷というやつだろう。


Photo : SONY DSC-WX500

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