日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
ハッカ
(C)半夏堂
Weed Typha latifolia Linn.

シソ科ハッカ属 ハッカ 学名 Mentha arvensis var. piperascens
被子植物APGW分類 : イヌハッカ亜科 Nepetoideae ハッカ連 Mentheae ハッカ属 Mentha

撮影 2017年9月 茨城県取手市 素掘水路
用途

戦略物質?

 初期のブラジル移民をテーマとした高橋幸春の作品「蒼氓の大地」に、第二次世界大戦中、移民した日本人がハッカを栽培するのは利敵行為だとする意見があったという記述が出てくる。利敵行為というのは詳細は不明ながら、ハッカの成分を爆弾に混ぜると爆発力が上がるという理由であり、これが当時のブラジルの主な貿易相手国であるアメリカに輸出されることで、ひいては当時の交戦国である日本に不利になるというもの。風が吹けば桶屋が式の論法であるが、真面目に論議されたようだ。
 いかに20世紀の話とは言え、ハッカを爆弾に混ぜるような原始的手法は当時すでに使われていないことは作品中にも書かれていたが、事の真偽よりも、水田脇でよく群生している香りの良い雑草にこんな意外な用途があったのか、とその点に驚いた。書かれた趣旨は移民しても日本人としての自意識が持続され、日本に対する愛を保持していた、というものである。その程度の読解力は自分にもあるので書かれた意図は曲解していないと思う。念のため。

 ハッカが嗜好品や医薬品、食料品に使われるメントールの原料であることは広く知られているが、意外なことに和名由来もその事に関連している。ハッカは漢字表記すれば薄荷で、出荷の際に絞った油で出すので嵩張らず荷姿が軽いことに由来する。北海道の北見が最大の産地であったが特に北方型、寒冷地型の植物というわけではない。
 現在では人為的に作られた合成ハッカが主流となり、業としてのハッカ栽培は消滅している。しかし元々農産物ではなく野草であって、水田や水路の脇で普通にみられる植物である。人に歴史あり、ではないが何気なく生えている野草にこういう背景があったことは意外に知られていない。ゴマクサ(*1)からはゴマが採れず、イヌガラシ(*1)は辛子にならない。その「乗り」でハッカの香りがするので「ハッカ」と命名した、程度の認識だろうか。言わば主客転倒という現象か。


(P)2017年9月 茨城県取手市 素掘水路

ポジション

 以上の状況であるので、ハッカは現在国内では農作物としては栽培されていない。野草として食べられているかというとそれもない。(そもそも植物体が食材として利用できるかどうか不明)かつて付加価値のあった植物がまったく無価値になってしまった状況だ。ハッカが有価物であった頃は植物体を絞って「ハッカ油」にして利用されていたもので、植物体を食べる文化は元々なかったようだ。
 現在でも虫よけなどに効果がある「ハッカ油」という商品を目にするが、原料は狭義ハッカではなく外国産のハッカ属植物で、僅かな量の隙間商品にも使われていない現実がある。まさにハッカの今のポジションはWeedそのもの。畔際の雑草として他の植物と一緒に除草剤をかけられ駆逐されてしまう。余談ながら、花が綺麗なので自宅に持ち帰り栽培しようとしたが、何度やっても枯れてしまった経験がある。今考えれば除草剤が散布された土壌の影響が残っていたのだろう。一応様々なジャンルの植物の育成経験はあるので、技量の未熟で枯らせたわけではないと思う。またそういう種類の植物でもないだろう。

 さて、ハッカは元々農産物ではなく野草、と前述したが、厳密に言えば野草ではなく農産物としては改良品種が用いられた(*2)ようだ。品種として名前が残っているのは「ほくしん」「まんよう」「わせなみ」「あかまる」 などで、これらは詳細は不明ながらヒメハッカか外国産ハッカの草体を大型化し収穫量を増やしたものとの事、品種改良を行ってまで収量を増加させるほどの需要があったわけで、往時の盛況が偲ばれる話だ。
 大産地の地名を冠した「北見ハッカ」という言葉は残っていて、北見ハッカ通商という会社も現存する。しかしこの企業のサイトには原種に関する記載が少なく、イラストや記述を見る限り、原料としているのは狭義ハッカではなく、頭頂部に花穂が付く別種のようである。


(P)2013年10月 茨城県取手市 休耕田

メントール

知っているようで知らない

 この手の(というと語弊があるが)香り系で諸々利用されている植物があるが、自分自身ハッカとミントの違いがいまいちよく理解できていない。曰く「ハッカはシソ科ハッカ属の中のハッカとペパーミントを指す」という表現があるが、これだけを考えると【ハッカ(広義)>ミント】、である。一方「ミントはシソ科のハッカ属やメンタ属、ミント属の植物の総称」もあって、【ハッカ(広義)<ミント】、になる。これだけ考えると概念が逆転する。どっちやねん状態。
 最も納得できる表現は「ハッカとミントの違い=ペパーミントとスペアミントの違い」というもので、同じ「ミント」でもペパーミントはハッカ、それ以外のミントはミント(ますます分からなくなるかも)という違いなのだろう。芳香性も狭義ハッカを含むペパーミントはメントールの含有量が多く、スペアミント系はカルボン(*3)という芳香成分が中心になる。香りを文章で表わすことの無意味さは常々思い知らされる所なので避けるとして、清涼菓子(FRISKみたいなやつ)で両方味が揃っているのを買って味わってみれば分かると思う。

 かなり脱線するが、ここまで書いて、そう言えば子供の頃、風邪をひいた時の楽しみだった浅田飴(*4)のバリエーションにあったニッキってのは何だっけと疑問がわいてきた。しかしここ何十年も味わっていないのですっかり忘れてしまっており、今風に言うとシナモンのことかな?とも思ったが、どうやらまた別物のようだ。調べてみればどちらもクスノキ科の木の樹皮だが別種であり、もちろん草本植物ではない。普段何気なく使っている言葉も正確に意味を突き詰めると分からないことだらけという事実。

 こうして調べてみてもおぼろげに理解できるぐらいなので、世間一般では原料レベルの話はまったく認識されていない可能性がある。そのうちの一つ「ハッカ」に付いても然りなのだろう。現実問題分からなくても何ら差し支えないわけだが、以前、多少水生植物に興味のある方々、つまり世間一般の平均よりも水生植物に造詣が深い方々をフィールドにご案内する機会があった際に「これがハッカ」と教えて差し上げてもピンと来ていない方が過半だった。ハッカという植物と食材のハッカ味が直結しなかったのだろう。

 考えてみれば我々が子供の頃の駄菓子の味付けはほぼ決まっていて今のように多様なものはなかった。その数少ない「決まっていた味」のうちハッカ味やニッキ味はなじみがあったが、今の子供は食べないんだろうなぁ、と思う。そう言えば自分の子供にも食べさせなかった。そういうのはハッカやニッキに留まらず、山野で採れるアケビ、キイチゴ(*5)、ヤマモモなど一切食わせていない。衛生面で問題があるのも事実だろうが、そんなことよりも他に旨いものがいくらでもあるという豊かさ。こういう環境で育った世代から見れば、野にある食材?何それ?ってところだろう。


(P)2006年11月 茨城県取手市素掘水路 開花

仲間

園芸逸出

 ハッカ属は在来種は別として、帰化定着している種類が多い。どのぐらい多いかというと実は正確に分からないのだ。近縁のヤマハッカ属も含めると日々新種の輸入販売や定着が増え続けている状況なので、誰も正確に把握できないというのが実態だ。
 水辺ではわりと古い時代からマルバハッカ(Mentha rotundifolia Huds.)というヨーロッパ原産の植物が帰化していたが、よくよく観察してみると葉や花のタイプが明らかに異なる群落も見られる。

 マルバハッカは別名アップルミントと呼ばれるが、厄介なのは栽培変種にパイナップルミントというものがあり、どうやらグレープフルーツミントという種との交雑種らしいのだ。この時点で似通った3種の名前が出てきたが、話はこれに留まらず、これらが絡んだ交雑種なのか、別系統で入って来た種なのか「似て非なる」植物が数多く定着している。これらの名称はおそらく流通名であって正確には何なのか、ということは分からない。

 こうした植物が入って来た理由は「おしゃれな料理」に使うちょっとした香草、というニーズが大きい。またどうせ雑草が生える場所なら少しでも綺麗で香りがする植物でも、という家庭菜園的、レンタル農園的発想も大きいのかも知れない。実際にどちらもそれなりに効能はあって、勝手にはびこって害がある帰化植物(*6)とは自ずとポジションは異なる。
 しかしこのまま放置すれば在来植物に対する影響が出るのは確実で、水辺環境に定着しているものが少なからぬ面積を占有している姿を何度も見ている。同じ食材系のオランダガラシは生態系被害防止外来種に指定されているが、場所によってはこの「名も知れぬハーブ」も同程度に生息環境を占有している。その場所にいた在来の水生植物にしてみれば迷惑度は同じ、特定外来生物だろうが無印だろうが、それは人間が勝手にカテゴリー分けしているだけだ。誰も何も言わないのだが本当にこのままで良いのだろうか。


(P)2014年8月 茨城県日立市 渓流際 マルバハッカの一種

在来種

 ハッカ属の水生植物は狭義ハッカと前出のヒメハッカしか知らないが、狭義ハッカは水生植物だが素掘水路の法面や畔など、直接水がかからない場所に多く、水路や水田面に侵入する水田雑草より乾いた土壌に生えている印象だ。前述のように除草剤には弱い面があり、散布する水田では見られないが、かと言って減少している印象はない。まだまだどこでも見られる雑草範疇の植物だと思う。
 ヒメハッカは居住地周辺の自生地が年々減少している印象があり、実態は環境省レッドデータ(準絶滅危惧(NT))以上である。もともと水田性ではなく、主な自生場所である湖岸湿地の護岸化、自然湿地の開発による喪失などが理由として考えられる。この植物は自宅で育成しているが、けっして脆弱なものではない。微妙な生育環境を要求するものではない。

 同じシソ科のヤマハッカ属、水辺と対極の「山」が付いている属だが、この属にカメバヒキオコシ(*7)Isodon umbrosus (Maxim.) H.Hara var. leucanthus (Murai) K.Asano f. kameba (Okuyama ex Ohwi) K.Asano)という変わった名前と呪文のように長い学名を持つ植物が、山間部ではあるが湧水によって湿地状になった地形に自生しているのを見たことがある。土壌は年間通して嫌気状態なはずであり、植物生理としては湿地植物に近い。山ではなく湿地に生えるヤマサギソウ(ラン科)やヤマラッキョウ(ユリ科)なんてのもあるので属名や和名で属性は判断できないが、自生する土壌を注意深く観察するとなかなか興味深い。
 ヤマハッカ属(Isodon)には他にヤマハッカ、セキヤノアキチョウジ、ヒキオコシ、アキチョウジ、ミヤマヒキオコシ、タカクマヒキオコシ、サンインヒキオコシ、クロバナヒキオコシ、イヌヤマハッカ、タイリンヤマハッカ、ハクサンカメバヒキオコシ、コウシンヤマハッカなどがある。他にもこれらの種間雑種が何種類かあり、ほぼ私は見たことがない。見たことがない、というか見ていても気が付いていない。
 今まであまり山に行かなかった、という行動パターンも原因だが、今後体力作りも兼ねて少し山間部も歩こうとしているのでこれらも何とか判別できるようになっておこうと思う。カメバヒキオコシのような例もあるので湿地系の山薄荷も探せる可能性もあるはず。

脚注

(*1) Centranthera chevalieri Bonati ゴマノハグサ科ゴマクサ属。果実がゴマに似ていることに由来する和名で、もちろんゴマとしての利用はできない。ありがちな名前の植物だが自生数は激減し、環境省レッドリストでは絶滅危惧U類(VU)に指定されている。

(*2) Rorippa indica (L.) Hiern アブラナ科イヌガラシ属。こちらも種子の形態がカラシに似ている理由による和名。同様にカラシとしては利用できない。ゴマクサと異なりこちらは普遍的な雑草で開花期間も長く、目にする機会は多い。イヌガラシを名乗る植物は他にナガミノイヌガラシ、アオイヌガラシ、コイヌガラシ、イヌガラシとスカシタゴボウの交雑種であるヒメイヌガラシなどがある

(*3) C10H14O、有機化合物。常温で無色、芳香のある揮発性の液体。本文にある通りスペアミント系の香りの主成分だが、合成が可能であるため工業用原料としては天然物はあまり用いられていない。

(*4) 株式会社浅田飴が発売している、カテゴリー「一般用医薬品」の喉飴。1926年に発売された超ロングランの商品である。以前は「クール」と「ニッキ」しかなかったが、現在は味のバリエーションが増えている。我々の世代(アラ還)は思い出として、風邪で学校を休む=特定の食品、という連想がある人間が多く、バナナだったりアイスクリームだったり人それぞれだが私の場合は浅田飴である。今考えても理由は不明だが、クールよりニッキの方が効き目があると思っていた。

(*5) キイチゴは属の総称で、ラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリーなど含まれる。今調べてみると私がガキの頃に食べていたのはコジキイチゴという、あまり美しくない名前のものだったようだ。まっ、どのみち金を払ってイチゴ狩りするような高級なものではなく、勝手に採って食べても文句が出るようなものでもないので名前に「コジキ」が付いても仕方がないが、今になって知ってもあまり気分が宜しくない。しかし今時の差別用語には該当しないのだろうか。

(*6) 爆発的繁殖力で在来植物を駆逐する外来種のうち、特に侵入経路不明の植物を想定した表現である。具体的にはナガエツルノゲイトウ、アメリカキカシグサなど。他にもオオカナダモ、コカナダモ、オオフサモなどもあるが、これらは「勝手にはびこった」わけではなくアクアリウム逸出であり、言わば人間の責任「人災」である。逸出源を別にして彼らに共通するのは、帰化定着が点ではなく面であることで、在来種に対する圧迫が大きなことである。

(*7) 漢字表記すれば「亀葉引起こし」。亀葉は葉の先端が3裂する様を亀の甲羅から手足が出ている様に例えた由来で、引起こしは空海が山行中に倒れていた修験者にヒキオコシの草汁を飲ませたところ、元気になって起き上がったことから来ているという。カタカナ表記するとまったく意味が通らず、珍名植物の代表的なものの一つだろう。


Photo : RICOH CX5 Canon PowerShotS120 EOS30D + EF-S60mmF2.8Macro OLYMPUS STYLUS SH-3

Weed Typha latifolia Linn.
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