日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
ガマ
(C)半夏堂
Weed Typha latifolia Linn.

ガマ科ガマ属 ガマ 学名 Typha latifolia Linn.
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2015年7月 茨城県守谷市 耕作放棄水田
誤解

筑波のガマ

 ご当地の人間にはなじみ深い「筑波のガマ」。筑波山ではつくば市認定地域無形民俗文化財に指定されている「筑波山ガマの油売り口上」というものがあり、現在でも独特の節回しによる口上を楽しめる。しかし筑波のガマはガマガエル(ニホンヒキガエル)であって、植物のガマではない。
 現在ガマの油として実際に販売されている商品は江戸時代のモノと商品内容は異なっているはず(*1)、これが自分の幼少期の素朴な疑問の要因となっていた。それは「因幡の白兎」の話で、サメを騙して皮をはがれた兎が大国主の助言によって「ガマの穂」によって傷を癒すくだり。茨城県民にとって「ガマ」は四六のガマであり、両生類なので「穂」はない。もともと神話(古事記(*2))だけに蝦蟇と蒲をかけた寓話ではないか、と思っていた。(その時代からオヤジギャグが存在したかどうか定かではない)

 実際は本稿主題、ガマの穂(花粉)に薬効成分があることは紛れもなく事実であるが、当時あまり見ることがなかったガマ(植物)に思いがいたらなかったのは事実。あまり見ることがなかったのは水田水路を見なかったということではない。自分の祖父母は稲作農家であり、見る機会はいくらでもあった。しかし当時は水田も水路も「ピカピカ」で手作業によって雑草が排除され、きちんと管理されていたために見る機会が少なかったのだろう。
 現在ガマ(広義)が休耕田や水路で大繁茂している姿を見るに、休耕田・耕作放棄水田の増加もさることながら稲作の様々な背景自体が変貌したシンボリックな姿に見えて仕方がない。現状、つくば市の水田・休耕田を見るに、筑波のガマは両生類ではなく植物のようだ。


(P)2005年7月 茨城県龍ケ崎市 耕作放棄水田

探知

 見た方もいると思うが、ガマの種子は風によって飛散し広範なエリアに散らばる。動画で撮影できたものは水生植物図譜ガマ科にYouTubeにリンクして上げてあるのでご覧になったことがない方は見て頂きたい。
 こうして大量に広範に散布される種子だが、休耕田、耕作放棄水田、手入れがなされない素掘り水路などはそのまま発芽し繁茂する。耕作水田の方はあまり繁茂している姿を見かけないが、単純に除草しているから、という理由ではないような気がする。

 このコンテンツでも度々触れているが、タイヌビエ(ケイヌビエ)やクサネムが入り込んで、素人目にも収穫に影響がありそうな水田でもガマが大規模に入り込んでいる姿を見かけないのだ。長年の経験から水田に入り込んで発芽すると除草されてしまうことが分かっているかのような挙動にも見える。
 環境適応という植物の能力に無理やり話を持って行くと、種子が田植え前に耕起され、土壌の状態が変化したことを感知し「ヤバい」と思う能力があっても不思議ではないと思う。また田植え時期に導水される水を危険のシグナルとしているのかも知れない。ガマは抽水もするので、単に水位を検知するというものではないはず。そこに何らかの判断が入っている可能性は否定できない。
 一方、休耕田・耕作放棄水田には基本的に遠慮会釈なしに大繁茂する。それこそ全面ガマ(広義)に埋め尽くされた場所は多い。ただ、同じ休耕田・耕作放棄水田であってもガマが入り込まず、コナギやヒレタゴボウ、イネ科植物が優占種となっている場所もあるのだ。ガマの種子の飛散の「凄さ」を見ていると、単に種子がなかったのではないか、という仮説は成立しないと思う。同じように一帯にばらまかれた種子が何らかの事情で発芽可否を決めているかのような印象を受けるのである。


(P)2013年12月 茨城県取手市 種子、飛翔用の綿毛が多い

仲間

形状

 帰化種や園芸種を除けば、一般に見ることができるガマ属の植物はガマ、コガマ、ヒメガマの3種である。これら3種の見分けは比較的容易で穂の印象で概ね判別できる。太くて長いのがガマ、短いのがコガマ、細長いのがヒメガマ、である。ただし変異もあるので更に詳細な判別点を抑えておけば完璧(*3)だ。ガマは雄花穂(上位)と雌花穂(下位)が連続する。この点はコガマも同様だが、上記のようにコガマは穂が概して短く葉幅もガマより狭い。ヒメガマは雄花穂(上位)と雌花穂(下位)が離れ、間に軸が見える。さらに疑わしいものに関しては開花期に花粉の形状によって判別可能だが、時期が限られる上にミクロの世界かつ専門的なのでここでは触れない。
 生態的地位は同じようなものでよく見られる3種間に優劣は感じられないが、自生場所ではなぜか(地下茎による無性生殖と推測できるが)単一群落となりがちだ。これが偶然なのか必然なのかははっきり分からない。場所によっては隣接した休耕田にそれぞれ別種、たとえばガマとヒメガマが棲み分けしている状況も見られる。お互いが排他性を発揮しているフシも見られないだけに不思議な現象だ。
 ガマが排他性を持つとすれば他種湿地植物、特に中小型の種に対してだろう。それもアレロパシー(*4)などによるものではなく、群落の形成による物理的な圧迫、場所の占有などによるものと思われる。絶滅危惧種を含む希少種が多様に繁茂していた休耕田にガマが侵入し、翌年には一部植物を除いてほぼガマの単一群落になってしまった例を何度も見ている。

 ガマ属植物は多年草で、水分のある環境であれば絶えることはない。また、地下茎によって増殖もするので実生によらず群生することができる。モノの本によれば根茎からデンプンを抽出し食用になるという。見渡す限りのガマの群生を見ているといざという時に宝の山になるのではないか、と思った。最近のテレビ番組を見ているとクズを原料とした和菓子が外国人に人気のようだが、同じプロセスで作られるデンプンで町おこしを兼ねた菓子が作れないものだろうか。それこそ原料は無尽蔵にある。片栗粉(*5)などに比べて調達は楽なはず。
 すでに手掛けている人が居ないものかと調べてみたが、何も見当たらなかった。唯一地元近くで「筑波銘菓がま饅頭」というモノが見つかったが、形が蝦蟇の普通の饅頭、要するにもみじ饅頭の変型で日本全国様々な形状の亜流があるタイプ。これは人によっては食べるのにやや決意が必要なぐらいのビジュアルだった。(商品をディスっているわけではなく、味は普通の饅頭だと思う、念のため)


(P)2005年1月 茨城県土浦市

【コガマとヒメガマの穂の形状】
2017年9月 東京都葛飾区 コガマ 2015年6月 東京都葛飾区 ヒメガマ
外来種その他

蒙古

 ガマ科(旧分類(*6))には外来植物が少ない。もともと世界中に広範に分布する植物であり、前述のように「強さ」も持っている植物なので安泰だろう。その数少ない外来種にモウコガマ(Typha laxmannii Lepech.)という種がある。その名の通り中国東北部(内蒙古)原産であるが、自然帰化はしていない。(と思われる)鑑賞のために人為的に持ち込まれたものが定着していると考えられるが、実はそうでもないらしいという事が最近分かった。
 2012年に発表された神戸大学の倉園知広氏、角野康郎氏の論文「日本のモウコガマ : 兵庫県産「モウコガマ」の再検討」によれば、秋田県産のモウコガマは在来種であり雑滅危惧種として検討すべき、と指摘している。さらに前提として、モウコガマは日本にも分布する、としている。
 これが本当であれば自分もWebサイトの記述を変更したり、近場のモウコガマの形質を調べたりしなければならない。論文では兵庫県産モウコガマをヒメガマの変異種と断定しており、こうした事が普遍的に起きるのであればその前提も考慮しなければならないだろう。意外に知られていない種なので適当(と言っては語弊があるが)に括られている可能性も排除できない。

 本邦産が存在し、絶滅に瀕している、一方中国にはやや潤沢にあって日本に入ってくる。この図式をどこかで見たな、と思ったがまさにトキ(鳥類)がそうではないか。トキはご存知のように日本産は絶滅し、現在新潟県で増殖されたり放鳥されたりしているものは中国産である。モウコガマに関し、中国東北部産と日本に分布するとされる種の間に遺伝的にどのような相違があるのか不明ながら、放置すればトキのような状況になってしまう。

園芸

 ガマは植物として姿形が美しいと思う。田園地帯を歩いている時など必要もないのに思わず何枚も写真を撮ってしまったりする。そんなガマを美しいと思うのは私だけではないようで、観賞用として園芸改良されたものが流通している。そのうち何種類かは水生植物図譜でご紹介しているが、代表的なものはゴクヒメガマやフイリヒメガマなどだ。
 個人的にはせっかく水辺園芸をするのに改良された園芸種を育てたくはないが、そもそも園芸は「園芸」であって園芸種を育成するのに何ら問題はない。自分自身も庭の園芸ではバラもクレマティスもすべて園芸改良品種を育てている。これも否定してしまうと好きなジャンルの植物が極めて限られた選択肢しかなくなってしまう。原種のノイバラとカザグルマ(*7)は単独でも美しい植物だが、それだけでは庭の園芸は成立しない。

 園芸品種のうちゴクヒメガマに付いては通販系のサイトの説明文を読んでいると「ヨーロッパから西アジア原産」という記述が多い。しかし在来種ガマの版図拡大の実態を見るに付け、ゴクヒメガマが同じ方法、風で種子を飛ばして周辺の水湿地に定着する、という姿が見られない点を鑑みると何らかの人の手が入っている形跡を感じる。
 ゴクヒメガマはたしかに穂を出させるのがやや困難な点もあるが、毎年開花する公園も見ているし、周辺の状況も知っている。可能性の論議はしたくないが、外来種の版図拡大という問題を考えたとき、ナガエツルノゲイトウやオオフサモの分化全能性による拡大よりも、広義ガマの種子散布の方がより大きな破壊力を持っている。同じ方式のセイヨウタンポポ(*8)があっという間に全国に広がった経緯を見ればそれは明らかだ。外来種にしても園芸品種にしてもこの手の(爆発的な繁殖力を内包する)植物に付いては「慎重な取り扱い」ではなく「最初から取り扱わない」ことが望ましいと考える。


(P)2010年9月 茨城県湖岸湿地 モウコガマ

脚注

(*1) ガマ(ニホンヒキガエル)の耳後腺と皮膚腺から分泌される蟾酥(せんそ)の薬効成分として強心作用、鎮痛作用、麻酔作用、止血作用があることは事実らしいが、実際に業として販売されていた当時から「ガマの油」の主成分は「蒲黄」(植物の蒲の花粉)や馬油だったのではないか、とする説も有力。現実問題ガマガエルは大型の蛙とは言え、販売するに足る分泌物を集めるのは至難だろう。現在の商品は主成分が「動物成分・山野草成分・植物質母材」と表示されており、少なくても江戸時代に販売されていた傷薬とは原料成分が異なるはず。

(*2) 古事記は最古の「歴史書」とされるが、正確には歴史書ではない。と言っても皇国史観に反対する左寄りの話ではなく、あくまで自然科学寄りの話として。(ウサギがサメを並べて渡るかいっ、というレベル)注目すべきは西暦712年に編纂された書に、すでにガマの穂に薬効があることを認識しているかのような記述があることで、薬草の歴史の奥底が知れない事実をうかがわせるものだと思う。

(*3) 加えてガマとコガマの種間雑種アイノコガマ(Typha × suwensis)という種、本邦産と紛れが発生しやすいモウコガマ(Typha laxmannii Lepech.)を抑えておけばさらに完璧。しかしアイノコガマに関しては情報が極端に少なく、どのようなものか私も知らない。もし両種の中間的な形質を持っていた場合、小さめのガマ、大きめのガマで見過ごしてしまうと思う。

(*4) Allelopathy、他感作用と訳される。ある種の植物から分泌される物質により他の植物を排除したり発芽を抑制したりとネガティブに作用する。クルミの木の周囲に雑草が生えない、セイタカアワダチソウが純群落を形成する(他種植物が入り込めない)などの現象として見ることができる。農地の連作障害という現象も従来は必要な栄養素の欠乏が原因と考えられてきたが、最近の研究ではアレロパシーの関与の可能性が強く指摘されている。

(*5) 本来はユリ科のカタクリの根茎から製造されるデンプン。近年カタクリが都道府県版RDBに記載されるほど減少してしまい、需要を満たすレベルではなくなってしまったのか「片栗粉」はほぼジャガイモから製造されている。

(*6) APG以前の植物分類。具体的にはクロンキスト体系と新エングラー体系。ガマ科はAPGとなりミクリ科を吸収したり、わりと大きな変更があった科。ちなみに従来のガマ属のポジションは変更されていない。たしかにガマとミクリは開花期以外は見分けが付きにくく(慣れれば容易)、自生地も自生形態も似ている。APGによる水生植物の変更で最も意外性がないものかも。

(*7) ノイバラ(Rosa multiflora)は現在の多種多様なバラの品種の原種とされる8種のバラの一つ。日本全国に自生するが、近年急速に見かける機会が減少している。地元周辺でも利根川河川敷など限られた場所でしか見られない。カザグルマ(Clematis patens C.Morren et Decne.)は日本の山野に自生するキンポウゲ科の植物で、中国原産のテッセンとともに多種多様のクレマティスの原種である。原種ながら花が大きく観賞価値があって乱獲されたこと、山野など自生地の開発が進んだことにより減少、環境省レッドリストで準絶滅危惧(NT)にカテゴリーされている。

(*8) 外見的特徴としては総苞片の色が淡く反り返りが見られる点で在来タンポポと区別できる。また舌状花の数が多く見た目で印象が異なるので判別はやや容易。しかし最近になってセイヨウタンポポを含む外来タンポポと在来タンポポの雑種が発見され遺伝的な攪乱が発生していることが判明した。また、セイヨウタンポポの有力な同定ポイントである総苞片の反り返りが見られない「ニセカントウタンポポ」なるものも発見されている。在来タンポポが残存していると考えていた群落もこのような種に置き換わっている可能性は強いと思う。


Photo : RICOH CX5 Canon EOS KissDigital+SIGMA 50mmF2.8 Macro/EF-S18-55mm PowerShotS120
 PENTAX WG-3/OptioW90 OLYMPUS STYLUS SH-3

Weed Typha latifolia Linn.
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