日本の水生植物 水草事始
怪しい水草2
(C)半夏堂
植物流通総論Part2
■品種の標記

 水草を含む「園芸植物」には改良品種(園芸品種)と言うものがあり、国際植物命名規約に基づいた正確な学名表記が成されれば分かるが、妙な和名が付けられたり本来野生種の分類単位である「f.」などが付けられたりしているのが現状で、同じ植物が「商品名」と「植物名」、更には学名、学名もどきが入り混じってよく理解できない場合が多々ある。困ったことだが一般の園芸家はたぶん少しも困らない。気に入ったものを納得できる価格で購入し楽しめば良いからだ。
 困ってしまうのは私のようなマニアと一般愛好家の中間地点にいる人間で、例えば水草の「Blyxa(ブリクサ)」。野外活動でのテーマとしてBlyxa japonica(ヤナギスブタ)の自生発見があるが、発見の際に同定に困らないようにとりあえず購入したい、と希望がある。(あった)その際にある通販では商品名として「ブリクサ・ノボグイネエンシス、ヤナギスブタ(?)」とあり、学名も併記されている。(Blyxa novoguineensisBlyxa japonica)その上で学名に対する注記として「改良品種や学名が不明の種は流通名での記載の場合があります。」とある。


本物のヤナギスブタ(おそらく)


■大混乱

 上記の通販の標記で「ヤナギスブタ(?)」とあるが、実はその疑問(?)を最も強く持っているのは私である。販売者が(?)としているという事は私の疑問にもお答え頂けない、ということであり、私のニッチな要望には適わない、ということである。自生種、特に水生植物ジャンルにこだわりを持つ事自体が植物趣味では少数派であり、通販業者が相手にするような市場規模ではないことは分かっている。従って文句をたれるつもりはないが、こうして販売された株が回りまわって別の趣味者から「Blyxa japonica、ヤナギスブタ、殖えたので送りますヨ」と言われた時にそれが果たして本物かどうか判断する術がない、ということになる。趣味者同士のやりとりで「元が通販で購入したものならいらない」と上から言うわけにもいかない。この世界はお互いの好意と信頼関係で成立しているのだ。

 話が横道に逸れたが、ヤナギスブタも含まれるBlyxa、葉の長いタイプを「ロングリーフ」、同様に短いタイプを「ショートリーフ」と称し、学名と称する部分にはBlyxa longleafなどと書いてあり困ってしまう。(もう一度言うが困るのはごく少数の人間だ)水草あるある、似たような例で大型のものを「ジャイアント」、小型のものを「ドワーフ」、草体の色味から「レッド」「イエロー」などと呼ばれ、それが「学名」もどきとして標記される例はザラだ。本稿で扱う「インディアン・クラッスラ」に至ってはIndian crassulaと「学名標記」されてしまったりする。実在しない上に属名と種小名が逆転している。いったいIndian属って何だ?アパッチかナバホか。
 品種「f.」と園芸品種「cv.」も流通上は区別がやや曖昧な部分があり、判断が付かない場合もある。本来「f.」は野生種の分類単位であり、僅かな形質の変化を表現する。人為的に作出されたものではない。作出されたものは園芸品種「cv.」である。残念ながらこうした状況が現在の姿であるので前述のように「水生植物ジャンルにこだわりを持つ」私にとっては大混乱だ。自分が気に入った植物を手元に置いて育てればよい、というスタンスで楽しめれば良いが、その一歩先に踏み込んでしまった故の混乱。

 商品名としての植物名(学名もどきも含む)。代表的なのは輸入植物に見られるインヴォイス名と元々和名が確定していなかったために流通サイドで付与してしまう例がある。前者は輸入の際に必要な書類「カスタムズ・インボイス」に記す商品名である。 商品名であるので正確な学名である必要はなく、国際法国内法で禁止された植物以外であれば送り元(荷主)が記入したものが通る。それをそのまま使用して国内流通させる、というパターン だ。
 後者は最近になって輸入されるようになり、正式な和名が確定していないために主に取引の都合で「商品名」を付与して流通させるケース。近年ブームとなっている多肉植物に多く、「綾錦」「四海波」「パイナップルコーン」なんてのがある。これだけでは詳しくないと何のことか分からない。しかし「綾錦」はAloe aristataという交配種だがこのままの名前で流通させても覚えられない。苦肉の策、ってやつだろう。

■園芸植物の影響

 このような状況になってしまった元々の「責任」は家庭園芸にあることは明白だ。これまで述べてきたような状況、野生植物の流通、確定した和名以外の商品名流通などもれなく存在し、しかもアクアリウムや多肉植物よりも歴史が長く市場規模も大きい。最も典型的な例は誰でも知っている「パンジー」だ。パンジーには園芸品種が山のようにあって、それにも飽き足らず毎年のように新たな品種がリリースされている。しかしどんな形、色をしていようと学名はすべてViola × wittrockianaである。一方、商品名も山ほどあって、学名1:商品名無数というアンバランスな状態となっている。商品名はもちろん正式和名ではなく、さらに小型種の「ビオラ」も同様。ちなみにビオラはViola、スミレ属そのものをカタカナ読みしたものだが学名はやはりViola × wittrockiana、パンジーと全く同じだ。
 これらの「商品」を購入しプタンタや庭に植えて楽しむユーザーは私も含めて何とも思わない。単に色や形、そして売価を気にする程度であり、交配の元がどうとか稔性のある種子が採取できるかとか一切気にしない。かくして元々の野生スミレは過去の記憶となり、下手をすればパンジーやビオラの原種が何であるか知っている人間も少ない有様。アクアリウムも多肉植物も同じ「植物趣味」のジャンルであり、意識せずに同じ轍を踏んでいるとしか思えない。

 自分の現在位置は家庭園芸に例えてみれば、山野草とパンジーを代表とする花壇植物を両方楽しむ趣味人と同じようなもので、山野草に見えるが人工交配された種かも知れない、正体は何だろう(その答えによって購買可否を決めたい)と考えた時にホームセンターの園芸担当者はもちろん誰に聞いても分からない。ネットにも情報は落ちていない。そうしたこだわりを多少持っている人間にとってはモヤモヤが残る趣味ジャンルなのだ。

怪しい水草達(承前)
§3 ポリゴナム・レッド(またはピンク) Persicaria kawagoeanum Makino ?




■ある疑念

 アクアリウム・プランツで「ポリゴナム・レッド」や「ポリゴナム・ピンク」と称する水中で見事に赤い沈水葉になる植物が出現した際に、ある個人的な疑念が浮かんできた。それはかなり以前に宮崎県産のタデ科植物を正体不明種のイヌタデ属として頂き、長年水槽(もちろん水中)で育てていたモノにそっくりだったからである。長年育てているだけあって相当数増殖し、日本全国複数の方に分譲した経緯もある。そのうち誰かが業界に流したのではないか、というのが「疑念」である。

 この「ポリゴナム・レッド」や「ポリゴナム・ピンク」が仮に私がリリースしたものだとしても一度他人様に差し上げたモノの行方なので文句を言う筋合いではないし、産地近くの方が私とは無関係に水草として流通させた、あるいは本当に外国から入って来たタデ科植物がたまたま同じような沈水葉を形成した、など本件には様々な可能性があり、一概に断定するものではない。だからこその「疑念」なのである。従ってニュアンス的には「疑念」よりも「疑問」に近い。


宮崎県産、フトボノヌカボタデと推測されるタデ科植物の沈水葉


 この植物が本来の自生地ではない場所に帰化逸出し繁茂してしまったら大問題だが今の所その兆候は見られず、それが問題だと言っているわけではない。自分自身「本来の自生地以外」で育成していたし、水槽内で管理していれば逸出することはないはずだ。しかし以下囲みにあるように元々日本に自生していた植物であっても、その植物が自生しない地域に進出すれば立派な帰化(国内帰化)である。国内帰化の影響は外国の植物が帰化した場合より小さいかも知れないが問題の本質は同じはずだ。私が育成していたイヌタデ属植物は宮崎県産で、ある程度は正体が分かっている(フトボノヌカボタデと推測される)が、「ポリゴナム・レッド」や「ポリゴナム・ピンク」は産地や正体がよく分かっていない。従って帰化した場合の影響力もよく分かっていない。
 より大きな疑念は次項に具体例を示すが、アクアリウムのタデ科植物に関しては特に本邦産、外国産が区別されておらず、正体不明のモノがかなり出回っているのではないか、というものである。それは育成上の技術的な話ではなく逸出し帰化定着してしまった際の破壊力、環境に対する影響が計り知れない、ということだ。ある意味危険物が野放しになっている、ということである。考えてみれば恐ろしい話だ。

 国内帰化の問題は(おそらく)近年の気候変動と密接な関連があると推測されるが、多くの植物種の「南限」「北限」という概念が変化しつつある。一般論になるが我が国では越冬不可能と考えられていた外来種が定着したのも温暖化の影響が大きいと考えられる。在来種も温暖化によって北限は着々と北上している。これは家の近所でもここ数年見られるようになったナガサキアゲハ(江戸時代は九州以南に分布、茨城県南部では2007年に確認)やクマゼミ(南方系のセミだが2000年代には茨城県で確認)の存在がそれを証明している。

■ナガバノウナギツカミ

 以前、ある植物通販サイトで「ナガバノウナギツカミ」なる植物を販売していた。通販ページの写真を見るに、葉形からどう見てもナガバノウナギツカミではないことが感じられたが、購入したら何が送られてくるのか、という相当な悪趣味的、野次馬的興味もあったので購入してみた。(たいした値段ではなかったこともある)

 送られてきたのは葉の形状がサクラタデのような、突出した特長のないタデ科植物であったが、念のため屋外環境で開花させてみたところシロバナサクラタデのような雰囲気の花穂に小さな白花をまばらに咲かせた。花の付き方からして確実に本邦産のシロバナサクラタデではなく、逆刺や葉の形状からいわゆる「ウナギツカミ」の系統でもない。もちろん「味で分かる」ヤナギタデでもない。これこそ外国産で名称不詳のまま「ナガバノウナギツカミ」として流通させてしまったものなのではないかと考えられるシロモノだ。開花まで庭で見ていたが、正体不明のまま広がってしまっても困る(そう思わせるほど旺盛な生命力であった)と思い、すべて結実前に処分した。推測ながら、これはアクアリウムで多く出回っている「ポリゴナム何たら」の一種ではないだろうか。


通販サイトで購入した「ナガバノウナギツカミ」は似ても似つかぬシロモノだった


 「夕焼け」や「朝焼け」といった抽象的かつ誰がどう見ても「商品名」はともかく、こうした正体不明の植物に実在の植物名を付与して流通させるのは完全な禁じ手である。この話は李下に冠を正さず、どころではなく全くの黒、実在の植物名を付けた以上、ナガバノウナギツカミを知らなかったでは済まされない。知らない植物に知らない植物の名前を付与するはずがない、というのが極めて自然な論理的帰結だ。紛らわしい植物であればともかく、ここまで相違したものであり誤認では済まされない。ナガバノウナギツカミ(本物)の画像はネット検索でいくらでも見られるだろう。この程度の区別も付かないということであれば植物を通販で販売する資格はないと思う。
 私、何を隠そうやや穏健な性質なので「これはナガバノウナギツカミではない、本物を送れ!」とゴネることはしていないが、業者はそう言われても本物は送れまい。せいぜい謝罪して返金します、というのが関の山。しかし自分が購入したのは前述のようにそれを承知の上、「悪趣味的」な行動なのでそこまでしない。悪質なクレーマーであれば「騙された」と大騒ぎして金品を要求される所だ。しかしこういうことを販売者がやっているからアクアリウムの水草の扱いが信用できないのだ。多少まともな通販サイト
 ちなみに「本物の」ナガバノウナギツカミは容易に沈水化するホソバノウナギツカミと異なり、水中では葉は硬質のまま比較的短時間で枯死してしまう。草体や挙動がホソバノウナギツカミよりヤノネグサに近い印象がある。送られてきた購入品の「ナガバノウナギツカミ」も沈水化しない点だけは同じであった。


【本物のナガバノウナギツカミ】*葉形に注目
千葉県山武市 同左

■羊頭狗肉

 話は元に戻るが、この沈水下で赤くなるタデ科植物(冒頭画像)はフトボノヌカボタデ(Persicaria kawagoeanum Makino)という南日本にも自生する種である。まだ沈水化直後でさほどの赤味は出ていないが、落ち着くにつれクリムゾンカラーの沈水葉となり、まさに「レッド」と呼ぶに相応しい草姿となる。
 フトボノヌカボタデは本来南国の植物のようだが、前項囲みで書いた気候のボーダーレス、地球温暖化の影響なのか東日本、日本列島ではやや北に位置する我が家の庭でも越冬している。どちらにしてもポリゴナム(Polygonum、ミチヤナギ属)ではなく、ペルシカリア(Persicaria、イヌタデ属)の植物である。「ポリゴナム・レッド」も適当に名前を付けられているが、フトボノヌカボタデか何か、日本の植物の可能性が高いと思う。

 この事例は考えようによって「アマニア・ボンサイ」の例に近い。本音では「文句があれば九州に行って採って来い」と思っていても、九州産の雑草、というより「ポリゴナム・レッド」の方が値段を付けやすいし「フトボノヌカボタデ」よりは「ポリゴナム・レッド」の方が商品として販売するのに格好がいい。しかしそういう判断は俗に「羊頭狗肉」という。アマニア・ボンサイと異なるのはその種明かしをしていない点。多くの販売者、水草のプロを自称する連中は種明かしどころかその事実を認識すらしていないのではないだろうか。フトボノヌカボタデという植物を知らない可能性も高いと思う。それでも「水槽に飾るに出自は関係ない」という一般ユーザーの姿勢が事実を闇の中に留める後押しをしていると思う。

 ポリゴナム(Polygonum、ミチヤナギ属)とペルシカリア(Persicaria、イヌタデ属)は非常にややこしい関係であることは事実だ。そもそもタデ科の科名学名表記がPolygonaceaeであって、ミチヤナギ属名の科名化である。その上Polygonumは現在は「ミチヤナギ属」であるが、新エングラー体系においては「タデ属」であって現在のイヌタデ属も含まれていた。ただし「タデ属」の植物がすべてイヌタデ属に転属したわけではなく、PolygonumPersicariaがどちらも分類属として現存する以上、区別するべきだ。
 APGWから植物分類の細分化が本格的に行われているようだが、観葉植物の極めて限られた一形態(いわゆる多肉植物ってやつ)でマニアに人気のHaworthia属という植物群がある。伝統的にHaworthia属にまとめられていたものが、APGWからhaworthiopsis属とTulista属が分離されている。APGWは2016年制定なのでまだ日が浅く、専門店でも3属まとめて「ハオルシア」として販売している店が多い。しかし水草にしても多肉植物にしても趣味で植物を育成している身には重要なことで、コレクションの方向性や育成方法にも関わる(この点は趣味者は経験上知っている場合が多いが)ことなのだ。この意味では分類は研究者よりも趣味者にとって重要だ。

§4 クラッスラ別科疑惑 Microcarpaea ?
■砂漠と水草

 クラッスラ(Crassula)はベンケイソウ科の属名の一つである。水草にも「クラッスラ」と名乗るものがあるが、本来クラッスラ属は水草とは真逆、水の無い砂漠のような環境に生きる植物が多いのだ。クラッスラ属ではないが、ベンケイソウ科(クラッスラ属の上位分類)には例外的に水辺にもアズマツメクサ(Tillaea aquatica L.)のような植物も存在する。アズマツメクサもAPG分類に於いてはクラッスラ連(Craseae)アズマツメクサ属(Tillaea)なので広義のクラッスラと言えなくもない。

 しかしアズマツメクサはベンケイソウ科でも例外的な存在であり、しかも水中で水草として生活することはない。これまた勝手に、というか適当に名前(商品名)を付与した疑いが濃厚であるが、クラッスラ何某、何某クラッスラのようにアクアリウム・プランツにCrassulaが複数存在することは考えにくい。そもそもベンケイソウ科の植物はマンネングサ属(Sedum)以外、CAM型の光合成タイプである。CAMは砂漠など水分ストレスの大きな環境に適応した光合成タイプとされており、水辺、ましてや水中とは相反する方法論なのである。このあたりは文化系的な論理学アプローチのような話になってしまうが暫くお付き合い頂きたい。


アクアリウムの「クラッスラ」はこれ(スズメハコベ属)のことではないだろうか


■CAM型光合成

 水中でCAM型光合成、上記の通りまったく矛盾する現象であり、一般に「水分ストレスの大きな環境に生息する植物に見られる光合成の一形態」とされる。水辺や水中において水分ストレスは基本的にない。また日中に気孔を開くことで植物体に危険が及ぶほどの高温と乾燥もアズマツメクサやクラッスラ(水草と仮定した場合)が自生する水辺にはない。夜間にCO2を凝縮する必然性もないわけだ。
 必然性がない、例えが変だが、近所のコンビニに飲み物を買いに行くのに正装して100万円の札束を持って行くようなもので(そういう人もいるかも知れないが)、一言で表現すれば「まったく相応しくない」「ありえない」。このアクアリウム・プランツの「クラッスラ」は、手に取りつぶさに観察すればベンケイソウ科の植物ではなく、まず間違いなくスズメハコベ属(Microcarpaea、ゴマノハグサ科、APGではオオバコ科Plantaginaceae)の植物であることが分かるだろう。ぱっと見はアズマツメクサに似ていなくもないが、質感がまったく多肉植物的ではない。この点はビジュアルとしてもクラッスラではない。確認したわけではないが光合成型も他の多くのゴマノハグサ科の植物同様にC3だと思う。アクアリウムプランツのクラッスラがベンケイソウ科ではないことは疑惑、ではなく確実な事実である。

 スズメハコベは環境省レッドデータで絶滅危惧II類(VU)と危急度が高い植物である。スズメハコベ自体を「何やらクラッスラ」として販売することも商道徳上の倫理として懸念されるが、そんなことより大きな懸念材料はこうした外国産のMicrocarpaeaが逸出し、残り少ないスズメハコベの遺伝子を攪乱する可能性である。外産の「クラッスラ」は見かけからしてスズメハコベと同じ、こうした可能性は十分にあると考えられる。
 現実に起きているパターンとして、絶滅危惧種のカワヂシャは外来種のオオカワヂシャと交雑しホナガカワヂシャを生み出している。ホナガカワヂシャが出現した地域ではカワヂシャが全く見られないか、著しく減少してしまったという報告があり、これは雑種優勢という概念により理解できる。またそこまで行かなくても生息域が全面的に被るオオカワヂシャは生命力が桁違いであり、交雑種誕生以前に駆逐されてしまう可能性も高い。そこまで考慮に入れれば「適当なネーミング」で植物を広く販売する行為がいかにリスクが高い行為であるか分かるだろう。逸出は販売側の責任ではないが、製造物だって販売責任(PL法)というものがある。販売して利益を上げる以上、責任は同じではないか。
 購入側にいかにモラルが期待できないか、印旛沼周辺では小学生がびびりながら通学せざるを得ない「カミツキガメ」の跳梁、手賀沼でかのナガエツルノゲイトウを圧迫する勢いのオオバナミズキンバイを見れば分かる。それぞれ元々はペットであり栽培植物だ。一般消費者は(私も含めて、だが)信用できない前提で考えなければならない。そうであれば販売者が売らない、という責任を持つしかない。

 オオカワヂシャとカワヂシャは花色が異なるという決定的な違いがある。両種を見慣れれば草体の違いも何となく分かる。しかしスズメハコベと水草の「クラッスラ」は相違点が微小な上、スズメハコベ自体が特徴をよく知られていないために、一般には区別が付きにくい。場合によっては水田に自生しているものが絶滅危惧種or外来帰化種という極端な判断となってしまう。一再であるが、最も怖い外来種は在来種との区別が付きにくいものである。見て分かれば防除でも何でも可能だが、見かけがほぼ同じではどうしようもない。
 尚、上記理由によるものかどうか不明であるが、生態系被害防止外来種リストにはクラッスラ・ヘルムシーが定着予防外来種としてリストアップされている。カテゴリーからすると被害実態はなく(未定着)緊急度は低いが、いざ定着するとマズイということ。マズイ理由は在来種スズメハコベの遺伝子攪乱が最も大きなものと考えられる。

 アズマツメクサはベンケイソウ科ながら完全な湿地植物である。光合成型は分からないが、水中では生育しない。例外的な存在はもう一つあってマンネングサ属のコモチマンネングサ。この植物も水分を多く含んだ畔などに見られる。そもそもCAMはCrassulacean Acid Metabolism、ベンケイソウ型有機酸代謝の頭文字である。何事にも例外はあるが、ベンケイソウ科の自生地形や進化の過程を考えれば例外としても極端すぎる。
 アズマツメクサが水中生活をおくることがないのは一応レベルだが自分で実験し結果を得ての結論。実験した水槽は育成にかなり自信のあった環境であり結果にも少なからず自信があった。現実にアズマツメクサの自生はほぼ湿生であり抽水も見られない。まして水中での自生は見たこともなく、自生スタイルから見ても水草として生活する機能は持っていない(要するに水中では代謝の機能がない)と考えられる。

■ベンケイソウ科

 ついでに話の出たベンケイソウ科を俯瞰したい。ベンケイソウ科はざっと33属1400種を含む大きな植物分類単位だ。これだけ大きな分類群であるので、全体がクラッスラ亜科、カランコエ亜科、センペルビヴム亜科に分けられ、前述のアズマツメクサはその中のクラッスラ亜科(Crassuloideae)、更に細分化されたクラッスラ連(Craseae)、アズマツメクサ属(Tillaea)に属する。クラッスラ連のもう一方の属がクラッスラ属(Crassula)であるが、もちろんほとんど全てが多肉植物であり、水辺どころか過湿にも弱い植物である。この属の植物と水草は言わば180度傾向が異なり、たとえ商売上の名付けにしても結びつける発想がよく理解できない。
 市場規模としては全世界的に見ても多肉植物>アクアリウム・プランツであるので、アクアリウムの「クラッスラ」も「有名どころにあやかる」という判断が働いたのだろうか。しかし「有名どころ」であることは事実としても、下の画像のうち右上の植物を除いたものは100均で購入したものだ。なぜわざわざ廉価なものが多いクラッスラを?という気もする。

 クラッスラの名乗りはまったくのデタラメだろうが、クラッスラ属はともかくクラッスラ連の相棒のアズマツメクサ属に水生植物が存在することは事実。アズマツメクサがどのような道筋を経て水田や湿地に登場したのか知る術もなく、帰化種(近年確認されたナガエアズマツメクサ)を除き近似種が存在しないことで想像も許されない。僅かな可能性だがクラッスラにも水生植物があり、商品名の命名者の心象にそれがあったのかも知れない。


【本物のクラッスラ】*ごく一部
Crassula mesembrianthoides Crassula congesta N.E.BR. subsp.laticephala
Crassula ovata 'Gollum' Crassula perforata
§5 ドワーフアマニア希少植物説 Rotala elatinomorpha Makino.

■アマニア?

 近年流通するようになったドワーフアマニア(原産国、学名とも不詳という極め付きの怪しい植物)という水草は時に付加情報として「和名ヒメキカシグサ」とクレジットされることがある。この付加情報は自分としては非常に重大で、なぜなら長年正体も含めてヒメキカシグサを追い求めているからである。言わずもがな、だが「和名ヒメキカシグサ」であればアマニア(ヒメミソハギ属)ではなくロタラ(キカシグサ属)である。いつもながらのアクアリウム・プランツの適当なネーミングはさておき。

 10数年前に近隣の休耕田で見慣れない小型のロタラを発見した。似たような草姿で矮性型のヒメミソハギというものも存在するので当初はヒメミソハギかと思われたが、草丈3cmほどですでに開花しており花が葉一枚に対し一つであることを確認した。これはキカシグサ属(ロタラ)の有力な判別点で、ヒメミソハギ属の植物であれば葉一枚に対し付け根に複数の花を咲かせる。特にヒメミソハギは種小名が「名が体を表す」multiflora、マルチフローラ、多くの花である。


「消去法的」ヒメミソハギ、のロタラ(茨城県南部の休耕田)


 ヒメキカシグサは本来西日本以南に自生するとされ、また環境省レッドデータでは絶滅危惧TA類(CR)であり、滅多に見られない植物であることは事実。確認されている自生地も国内では1〜2ヶ所。こんな極め付きの希少な植物が茨城県の片田舎の休耕田にあることは考えにくいが、どうにも「捨てきれない」モヤモヤ感があるのだ。そのモヤモヤは「ではこのロタラは何なんだ」ということ。もう一つは既成の分布状況は100%信頼できるものではなく、前項のスズメハコベは分布情報のない茨城県で撮影した画像である。RDBや分布情報に束縛される必要はなく探せばあるのではないか、というのが私のスタイルだが、まぁその話は本稿には直接関係はない。

 捨てきれない部分は逆説的ながらドワーフアマニアのクレジット「和名ヒメキカシグサ」なのである。ドワーフアマニアなる水草の草姿(画像)が、私が休耕田で見た、葉一枚に対し一つの花を持つキカシグサ属の植物とイメージが被る。ヒメキカシグサの検索で僅かにヒットする画像は概ねキカシグサが矮小化したようなもので、「和名ヒメキカシグサ」の印象とはやや異なる。キカシグサも生育状況によって草姿に大きな差異が出るが、ヒメキカシグサとして情報がある微細な同定ポイントもその差異が呑み込んでしまいそうだ。

 今までのパターンとは真逆であるが、怪しい情報と適当なネーミングを捨てるのではなく、逆に引っ張られているわけだ。どちらにしても百害あって一利なし、おそらくヒメキカシグサは僅かに出回る情報、微小な差異はありつつも(葉先の透明部分の有無など)キカシグサに近いイメージの植物であろう。アクアリウム・プランツの「和名ヒメキカシグサ」はキカシグサ属の別の植物の可能性が強い。そうなると、この(画像の)田んぼのキカシグサ属は何者?という所にループする。撮影は2002〜3年頃、ドワーフアマニアどころかアメリカキカシグサの存在も知られていない時代だ。帰化にしても時代が合わないような気がする。またいかに自生環境による差異があったとしても葉形までは変わらないだろう。

 さて、ヒメキカシグサがドワーフアマニアであると仮定した場合、間違いなく「買ってはいけない」。なぜなのか、はこれまでの本稿の文章を読んでいれば理解できるはず。可能性は限りなく薄いが、産地の異なる同種であった場合、絶滅危惧TA類(CR)が短期間に特定外来生物になってしまうという事態も0%ではない。輸入植物はすべからくその可能性を検討しなければならない段階にあると言えるだろう。

 平凡社の「日本の野生植物」のミズキカシグサとヒメミソハギの誤認は有名な話だが、たしかに両者は草体全体のイメージが似ている。ミズキカシグサは滅多にない植物なので一般にあまり知られてもいないという事もあり、この誤記に気が付いて騒ぎ出したのは私と同じ人種、自生種の水生植物という極めて限られたジャンルに興味を持つ層だ。ミズキカシグサは関東地方の水田や休耕田にはない、という前提なので変異が多いヒメミソハギを見てもあまりドキドキしないのだ。というか、以前頂いた標本から採れた種子が発芽し、実物を見ているので紛れはない。花や果実があれば本文の通り、葉脇への付き方によって特定可能である。

§6 見かけで判断できないホザキノフサモ Myriophyllum spicatum L.

■困った事態

 荒廃した水辺環境が多い霞ヶ浦水系でもホザキノフサモはヒシやエビモなどと共に見かける確率が高い水生植物である。水域に沈水植物が存在すると、それがどのような種類であれ(外来種は別として)自然の豊穣を感じる。今流に言えば「ほっこり」できるわけだが、そのホザキノフサモが逸出定着した外来種であれば話は別だ。

 ここにあっても不思議ではないが、誰かが放棄したものが定着しても不思議ではない。この「どちらか判断が付かない」という外来種の問題中で最大かつ解決不可能な事態が起きていれば「ほっこり」するどころではなく、得体の知れない不気味さを感じてしまう。その原因はホザキノフサモが長年「キンギョモ」の一種として販売され続け、その中には産地不明のものも相当含まれていると思われるからである。そしてそれらには「made in china」や「made in korea」とは書いていない。最も痛いのは「made in japan」と区別が付かないことである。ある意味ナガエツルノゲイトウやホテイアオイなど「分かりやすい」外来種が素直に見えるほどである。


「たぶん」ホザキノフサモ、正確な判定はDNA解析が必要?


■アレロパシー

 一時期、水草(沈水植物)が藻類からどのように身を守っているのか個人的に研究した(と言う程大げさなものではないが)ことがあり、ホザキノフサモがある種の藻類に対して強力なアレロパシーを発揮することを知った。本種が元々自生しない北米大陸では侵略的な外来種として防除の対象になっているが、ひょっとすると他の維管束植物に対してもアレロパシーを発揮しているのかも知れない。
 上記の通り、霞ヶ浦周辺では他の沈水植物が極端に少なく同居する姿はなかなか見ないが、育成下では特にそうした現象、ホザキノフサモのアレロパシーが他種に対して影響する現象は感じられず、他種と仲良く共存しているので本邦産の水草はその強力なアレロパシーを避ける技を身に付けているのかも知れない。どちらにしても条件によっては藻類や他種維管束植物に強力な排他性を発揮する能力を持っていることは事実のようだ。そしてその「条件」だが気候変動が顕著な現代、従来の生態は担保されず北米での暴れっぷりが国内でも起きる可能性はある、と見るべきだろう。

 国立環境研究所が公表している温暖化の影響評価の自然生態系への影響では「在来種が適応できない地域では、より適応力のある植生に取ってかわられ、たとえば外来種の進入といった影響が予測され」とあり、確実に世界の植生分布が変化すると予測されている。植生分布は当然だと思うが、従来の大人しい植物、このホザキノフサモのように北米という新たな環境下に置かれた際の変化のような出来事が国内でも起きる可能性は非常に高いと考えられるのだ。

 ホザキノフサモのアレロパシーに付いてのエビデンスは多数あり、代表的なものだけでも大型水生植物のアレロパシーによる藍藻類の増殖抑制ホザキノフサモが放出した4種のアレロパシー物質(ポリフェノール)の藻類に対する増殖抑制効果(英文、抄録)沈水植物ホザキノフサモのアレロパシー効果がシアノバクテリウムMicrocystis aeruginosaと緑藻Scenedesmus obliquusの競合に与える影響などの論文がある。
 アクアリウムの金言で「調子のよい水槽にはコケが生えない」というものがあるが、調子の良い、つまり水草が順調に生育する水槽ではコケ(藻類)が発生しない現象を示した言葉である。ホザキノフサモ程ではなくても沈水植物は各々、藻類から身を守るアレロパシーを大なり小なり放出していることが推測される現象だ。

【参考資料】

日本の外来生物 自然環境研究センター著、多紀保彦監修 2008年 平凡社
外来種ハンドブック 日本生態学会編 村上興正・鷲谷いづみ監修 2002年 地人書館
外来水生生物事典 佐久間 功・宮本 拓海著 2005年 柏書房
帰化植物ガイドブック 2016年 東京都公園協会
増補改訂日本帰化植物写真図鑑 第2巻 植村修二他著 2015年 全国農村教育協会
アクアプランツ No.03 2006年 マリン企画

日本の水生植物 水草事始
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