日本の水生植物 水草事始
怪しい水草1
(C)半夏堂
怪しさ全開


アルアナの夕焼け?スラウェシの朝焼け?ところでアルアナとスラウェシってどこ?



■購入側のスキルとルール

 タイトルからして怪しいが、本稿は流通に乗る水生植物のうち「あまり手を出さない方がよい水生植物もしくは水生植物もどき」に付いて解説する。簡単に言えば買ってはいけない、買わない方が良い、という話だが、本当にそんなものがあるのか?と思われるかも知れない。しかし実は結構あるのだ。しかもごく普通に何気なくショップで販売しているのでうっかりすると買ってしまいそうで怖い。買っても無駄なモノ、買う必要がないモノとともに、購入することでリスクが発生するモノを列記するので理由とともに参考にして欲しい。

 そんな怪しいモノを買ってしまうアホがいるのか?と思うが実は私がそうだ。一応誰でも知っている有名私大は卒業しているが、購買行動は子供並み。ジャンルを問わず夢中になると歯止めが効かない。CO2のレギュレータは水槽の数以上に持っていたし、新着の水草は植栽スペースを考えずほぼ飛び付いていた。それで学んだ事も多いが失ったもの(主に時間と金)の方が多いような気がする。客観的に評価すれば完全なアホである。



 そもそも工業製品は諸元や性能を明らかにしたカタログがあって公表値と実力が分かる、あるいはその乖離が分かる。本来は乖離があっては困るがそれほど大きくなければ暗黙の了解。車の燃費と同じだ。車体の経年変化と消耗品(エンジンオイルやタイヤの溝など)、運転の方法によって変わってくる数値なのでまさか鵜呑みにする人はいないだろうが「目安」にはなる。しかし植物や水草には諸元やスペックどころか目安もない。怪しいな、と思っても自分の眼力(判別力)の不足や、うまく育成できなくてもスキルがいたらないのかも?という可能性があって販売側を追及するのに二の足を踏んでしまう。そして数百円〜数千円のものだからまぁ良いかと、そのうち追及することなく諦めてしまう。その繰り返しで販売する側にも「逃げ」の余地が出来てしまう。要するに「売り逃げ」ができるのだ。世間一般の商習慣からすれば本来あってはならない事だが、残念なことにこのようなことが今だにまかり通っている業界なのだ。

 あんまり書くと叱られてしまうが、水槽用のハードウェアにしたって今から考えれば構造の単純なガラスの部品に数千円の値段を付けて販売するメーカーもあり、さらに値崩れを起こさせないために流通コントールまで行った事例もある。これ自体は独禁法違反(第2条第9項第4号 再販売価格の拘束)だと思うが、ガラスの部品って単なる消耗品であって、メーカー名を印刷し捻った商品名を付けてもエミール・ガレのように有難がるシロモノでもないだろう。「何様だ?俺様だ!」的な思い上がりを感じる生産者、販売者が多い業界でもある。もちろん思い上がるに足る客観的な根拠はない。そしてこの図式から見えるのは利益至上主義、お世辞にも消費者寄りとは言えない。

 こういう状況は購入する側はたまったものではないが、このカラクリに気が付いていないのだから自業自得である。とは言え「カラクリ」だけあって非常に巧妙、ビギナーがとても理解できるような代物ではない。昔風に言えば「授業料」を払わなければ理解できない。いや、授業料を払っても理解できない人も多い。なるべくこんなアホな目にあわないに越したことはないが、ネットや文献どこを見てもこのような迂遠な営業妨害のような話は見つからない。業界側は生産、販売、書籍含めて一蓮托生かも。ないなら自分で書いてしまえ、ってことが自戒を込めた本稿の趣旨である。


【水草を購入する場合の基本ルール】

(1)正体が分からないものは購入しない方が良い(=正体が分からなければ育て方も分からないはず)
(2)価格に納得できないものはスルーすべし(費用対効果)
(3)疑問に思った事はすぐに店に聞く、説明が納得できない場合は買わない

(1)特定外来生物の購入(販売する側、購入する側、双方に罰則)
(2)種の保存法により指定された植物の売買(同上)
(3)衝動買い(経験上、ほぼ確実に後悔する)

植物流通総論Part3

■観葉植物

 今はさすがにないと思うが、自分がアクアリウム初心者であった25年程前は郊外のホームセンターでオリヅルランやポトスを水槽に沈めて販売していたものだった。幸いなことに自分は趣味として園芸が先だったので観葉植物にはある程度の知識があり、そのような観葉植物を「水草として」購入することはなかったが、事情を知らなければ喜んで買っていたかも知れない。しかし販売しているということは売れるということなので、一定の方々が購入して自分の水槽に植栽したことだろう。短期間の飾りになれば良い、という考え方もあると思うがこの図式はそんなものではない。
 こうした販売購買行為を一概に「アホ」とは言えないのは、たとえホームセンターであってもペットコーナーの店員なら自分より詳しいだろう、いくら何でも育てられないものを販売しないだろう、という思い込みを一般消費者であれば誰でも多かれ少なかれ持っているはずだからである。


以前水中に沈めて「水草」としての販売を目撃した。観葉植物オリヅルラン


■売り買いの駆け引き文化

 海外での買い物は価格にしても品質にしても一種の「騙し合い」の側面があり、その駆け引きも値段のうちという側面はある。社会主義中国、近代都市上海でも一歩裏道に入ると物売りのオジサンがわらわらと寄ってきて「ルイ・ヴィトン一つ千円!」と必要最低限の日本語で売り込んでくる。「それは偽物だろ」と突っ込むと「じゃ、こっちは本物」と扇子を出してくる。扇子に本物も偽物もあるかい!と思うが何となく憎めない。マレーシアの屋台でもナイキのTシャツを日本円で100円程度で売っているが、「これは本物?」と聞くと日本語で「なんちゃって!」と返ってくる。ここには販売側と購買側の信頼関係なんてものはないが、これらのやりとりを何年経っても覚えていて面白がれるわけで、それだけでも価格以上の価値があるような気もする。

 一方、我が国では法律やら商慣習やらがんじがらめでこんなことは到底許されないが、その分、販売側と購買側に一定かつ暗黙の信頼関係が成立している。どちらが良いのかは国民性や文化の違いもあって一概に判断できないが、少なくても「これは単なるガラスだろう、何でこんなに高いんだ」「じゃ安くします」、「これは水草じゃねえだろ」「なんちゃって!」というやりとりは絶対に成立しない。結果的に消費者側が騙されると暗い嫌な気持ちになるのはこういう文化がない、という理由も大きい。

■「何の」プロか、が重要

 信頼関係があるという先入観は、彼等(店員)はプロはプロだが販売のプロであってアクアリウムのプロではない、という区別が付けられないことによる。またあえて明確に区別を付けられない雰囲気を身に纏っている。お客に聞かれれば、あやふやな知識だろうとうろ覚えの話だろうと自信を持って断言する。そうしなければ売れないし、店員としては使えない奴ってことになる。しかし考えようによってはこれは詐欺寸前だ。この手の店員はホームセンターのみならずアクアリウムショップにもいる所が怖い。どのような職業でも共通するが、業界人と言ってもこの世界が好きで職業として選んだ人間だけではなく、自己研鑽を重ねる意欲がある人間だけでもないことに注意が必要だ。

 現在の自分であれば、相手がこのジャンルに詳しい人間かどうかすぐに判別できるテスターのような質問が出来るが(出来るといっても植物とカメラ関係だけのごく狭い世界に限られるが)、ビギナーはそもそも何を聞けば良いのかも分からないだろう。だからこそビギナーなわけだが、そういう層を相手に短期的に利益をあげれば良いというのはあまり感心できないビジネスモデルだ。ビギナーには分かりやすく説明し更に趣味に深入りして貰い、ヘビーユーザーに育って購入額を長期的に上げて頂くべきだ。店員の言う通り購入して試しても上手くいかない、これでは早晩趣味を諦めてしまうだろう。市場の拡大は製造者にも販売者にも中長期的にメリットがあるのだ。

 上記は極端な例だが、悪いことにオリヅルランやポトスは観葉植物だけあって草姿は綺麗だし、ある程度の期間は水中で耐えてしまうのだ。やがて耐えきれずに枯死した際にユーザー側が「自分の維持管理が未熟だった」と思ってしまう余地がある。そしてその思いは二酸化炭素添加装置や園芸用から見れば極端に高額な底床用の土、よりグレードの高い照明装置などの購入行動に繋がる。何だか思う壺のようなパターンである。それを狙って販売したとすれば立派な詐欺だが、この場合は販売側も知識が欠如していたのだろう。(と思いたい)
 拡大解釈かも知れないが、一時期流通していた「ラゲナンドラ」何某という植物も個人的には観葉植物かな?と思っている。いまだに「クリプトコリネの親戚」的に販売されているが、経験上完全な水草だと思ったことはない。もちろんクリプトコリネも水中で育成可能な種類は限られ、この場合も水質条件が厳しかったりするので本質は同じだ。これも「お前の技術が未熟だから水中育成できないのだ」と言われれば反論しようがない。しかもそこそこ高価である。この植物に関しては私も上記のようなビギナーとまったく同じ購買行動をとってしまった。綺麗だ→購入、水槽に投入→枯死→何が悪かったんだろう、そうだハードウェアだ・・・誰かの手のひらで踊っているような行動と思考パターンだ。

■誤解の構造

 様々な植物を育成し、ある程度経験による知恵が付いてきた人間も時として騙される。中級者と呼ばれる層が陥りがちなパターンだ。たとえばドクダミ科やタデ科の一部など、一般的には湿地性または陸上植物の印象が強く、沈水葉を形成するとは考えもしなかった植物が意外なことに水草として生育する、と言う事実を知った時。それらが水草になるのであれば似たような植物も水草になるのでは?という考えがわいてくる。そのこと自体は健全な趣味上の好奇心だと思うが、そういう層はわりと簡単に「沈水葉を金輪際形成しない植物」を期待を込めて購入してしまう。私自身もまったく身に覚えがない、とは言えない。何か他人の知らない宝を見つけたようなワクワク感。その感覚を持続している間は行動に歯止めは効かない。

 この場合も「沈水葉を形成する/しない」という植物生理の話から、育成設備や維持スキルといった個々の事情に生育しない理由が転嫁されてしまいがちだ。今回の記事では例示しないが、イボクサやミゾカクシなどわりと長期に水中で耐えられる植物を水草として販売している場合を見かける。彼らは水中に沈めて育成すれば時間の経過とともに間違いなく枯れる。瞬間芸を永続的なものと勘違いしてはいけない。それは彼らがどのように自生しているかのを見れば理解できるはずだ。イボクサにいたっては一年草である。暦年内に開花して結実しなければ絶えてしまう。またミゾカクシは多年草だが基本的に畔の植物だ。そんな彼らが「居心地が良いな」とばかり長年に渡り沈水生活をおくるはずもない。これらが枯死してしまった場合、ショップに理由を聞いたとする。二酸化炭素やら肥料やら照明やら諸々の相違とともに「水槽毎に環境はそれぞれ異なる」という結論になるだろう。聞くだけ無駄とはまさにこの事だ。

 例えば溜息がでるような素晴らしい水草レイアウトの写真集がある。写真なのでいつ見ても藻類は発生していないし水草も伸長しない。しかしその姿はけっして目標にはならないのだ。現実は全ての水槽オーナーが強いられているように絶え間ないメンテナンスが必要になる。それでも全く同一の姿は維持できない。数日や数週間なら可能かも知れないが、それこそ「瞬間芸」なのだ。イボクサやミゾカクシを水中で育成するという目標も、そもそも目標として有り得ないことなのだ。それを機材や環境に転嫁するのはごまかしの手口だろう。

■巧妙な手口

 アクアリウムの世界ではそうした「手口」、つまり人間の判断によって成否がグレーとなる植物を利用した手口がより巧妙になり、植物の正体を明らかにするのに、より専門的な知識や煩雑な手間が必要になるものが出現してきた。要するに嘘がバレにくい、というモノ。これは状況を鑑みるに明らかに販売者側、生産者側の悪意を感じる。以下に列記するのはその手の「水草」だが、一方的に販売者側を糾弾してもおそらく何も変わらないだろう。新たな怪しい草が出現するだけである。それよりユーザーたる我々が基本的知識を持ち、怪しいと思うモノを購入しなければよいのだ。その積み重ねで怪しい植物の跳梁を阻止するしかない。繰り返すが買う人間がいるから売るのである。

 しかし無駄な投資を避けるためにはユーザー側が理論武装(それも半端ではなく)しなければならない、というのはおかしな話。そもそもどのような環境で育ち、人為的に育成するにはどのような設備が必要で維持管理の方法は何なのか、という点をユーザーが判断しなければならないのが変な話だと思わないだろうか。植物を商品として販売する以上はそれがいわば「取説」である。取説の内容を曖昧にして買い手が判断しなければならない商品は他のジャンルでは考えられない。
 その「取説」の内容が一部のエキスパートだけの知識であり、情報が一般に広く公開されない状況はまさに職人芸の世界だ。アクアリウムという趣味を職人芸の世界にしていることが結果的に門戸を狭めている。そして新規に趣味を始める人間が減少し業界が衰退する。三段論法のようだが現実はその通りになっている。総括すれば短期的な利益が長期的な利益をスポイルした、と言えるだろう。

 ユーザー側の自衛策として、新たに登場する植物にはすぐに飛び付かず、ネット上で評価が出そろって情報が得られたら購入する、という手がある。しかし結局この場合も誰かが「人柱」になるわけで、自分の不利益を顔の見えない第三者に転化しているだけだ。分かりやすい例として上記で観葉植物を取り上げたが、他にも色々と「手口」があって今日も誰かが無意識に騙されている。たまたまこの記事を読んで頂いている方がそういうアホらしい目に合わないことを願ってやまない。

■記号と名称の狭間

 そもそも本来「商品」であるはずのアクアリウム・プランツでなぜこんな事が起きているのだろうか。一つの有力な原因として、輸入されるアクアリウム・プランツがインヴォイス・ネーム(Invoice Name)というものを持ち、それをそのまま使って流通させている事実がある。Invoiceとは本来、品物を輸出する際の送り状、そして送り状に書かれる「商品名」である。商品名であるので学術的に分類される学名である必要はなく、単なる商品名、言い方は悪いが記号の如きものである。しかも商品名に学術的分類を反映しなければならない義務はない。
 その「記号」がその植物の本質、つまり正体を示していれば問題はないが、現状はまったく似ても似つかぬ別種を連想させるものも多く、意図的かどうかは別として大きな誤解の原因となっている。つまり販売者がその「水草」の正体を調べて正しい名称で販売すれば問題は発生しないはず。それをしない、というのは能力がないのかやる気がないのか、あるいはその両方なのか、どれかだ。それが自浄作用がない業界の体質につながる。

 この問題は水草よりも園芸の世界の方が規模が大きい。輸入植物、国産(栽培種)を問わず、多少なりとも植物に詳しい自分が「何科の植物なんだろう」と疑問を持ったとしても商品名やポットに付いているラベルでは判断し難い場合が多い。もちろん見かけで判断できるほどのモノでもない。例えば花壇やポット植えに最適のニチニチソウという草花があるが、変な話草体がチョウジタデやヒレタゴボウに似ており、ずっとアカバナ科の植物だと思っていた。(本当はキョウチクトウ科)こんな植物は所属科がどうでも価格や育て方に差があるわけではなく何の影響もないかも知れないが、考えてみれば園芸草花はこういうのだらけだ。特に最近は遺伝子レベルの改良品種が増えており、草体から正体を伺い知れないものも多くなってきた。
 この結果、園芸植物のユーザーは購入する草花の価格、実態に付いては供給者側の言いなりである。嫌なら買わなければ良い、という選択肢はあるが、自宅の庭に新たな彩を添えたいと思った時に「新色だから1ポット1000円です」と言われてもその色が欲しければ買うしかない。そして健康に育てようと思って施肥や水やりを小まめに行った結果枯れてしまい、後から多肥や過湿に弱い、という事実を知る。園芸愛好家であれば、少なくてもその植物がどの系統、科なのかを知ればそんな管理はしないはずだが、その情報自体がないのだ。

■闇の中身

 この業界あるある、の話だがよく正体が分からない水草の名前の最後に付ける「sp.」。学名に付与された場合はspecies、つまり種小名であり属名+sp.、要約すれば「属名はたしかだが種小名は分からん」という意味である。しかしこれは学名付与のルールであって商品名のルールではない。正体が分からないのは販売者であって、学術的には分類されている可能性もある。そういう水草に勝手に「sp.」を付与することは当然ながら許されない。「○○sp.」、○○自体は育成が容易な水草だが、sp,なので結果は保証の限りではない、こういう理屈が通ってしまう。しかし蓋を開けてみれば○○とは全く別のカテゴリーの植物だった・・・この結末はお粗末そのもだが、こういうのは誰も責任を取らない。

 購入する側も新しい水草というだけで反射的に飛びつくような購買行動を取らなければ意図も悪意も入り込む余地がないはずだ。その意味では購買側も業界の衰退に手を貸しているわけで、業界全体が自ら窮地に追い込んでいると言えなくもない。繰り返すが、商品名と実質の一致は他のジャンルの「商品」であればごく当たり前の話なのである。ただこの状況はアクアリウムのみならず、自分の経験では園芸植物、観葉植物、サボテンや多肉植物でも起きている話で、より販売量を増やすためには市場の下の方にレベルを合わせざるを得ない、という事情もある。

 これまでは具体的な事例を語らず総論で述べているが、アクアリウムの経験がある方なら魚や水草でご経験(見聞を含めて)がある話だと思う。この記事を読まれている方はそれだけ書けばお分かり頂けると思うのでこの辺にしておこうと思う。この辺にしておけないのはあまり騒がれていない、しかも本サイトの趣旨に鑑み我が国に自生する水草(帰化種も含めた)の話である。

各論 怪しい水草達
§1 アマニア・ボンサイ Rotala indica (Willd.) Koehne var. uliginosa (Miq.) Koehne

■業界側から出た情報

 この話はややポピュラーなので見聞きした方も多いと思うが、「アマニア・ボンサイ」という水草はキカシグサそのものである。それこそある所には山ほどあり、商品価値として如何なものか、という話になる。そこいらにある雑草を有価物として販売しているのだから。もちろんありふれた雑草でも採集に行く時間や交通費を勘案すれば「買った方が早い」という判断もあり、かも知れない。それなら堂々と「キカシグサ」で販売すれば良いのに、と思っていたら(誰だって見りゃ分かるからネ)意外なことに販売者の方からも情報が出て来た。

 アクアフォレストという新宿のアクアショップのブログに掲載された記事を参照してみて欲しい。本音を言えば散々売ってきて今更なんだヨ、というレベルだが。記事が掲載されたのは2016年7月、手前味噌だが私は同じことを2008年5月(ロタラ・インディカに付いては2006年3月)にWebサイトに書いている。まっ、閲覧数のさほど多くないサイトなので何を書いても「ごまめの歯ぎしり」の類であることは否めないし自慢にもならないが。


休耕田に密生するRotala indica 水槽に沈めても販売している「ロタラ・インディカ」にはならない


 それはそれとして、この「事実」が業界サイドから発信されたことは画期的だ。業界自ら「これは田んぼに普通に生えているキカシグサですが有料で別な名前で販売しています、はい」と言っているのである。正直で宜しい、というか、ごく真っ当な話だ。購入者から見れば「ふざけんな」という類の話だが、そういう購入者は前述の「採集に行く時間や交通費」という要素が抜け落ちている。最近ではキカシグサだって探すのはそこそこ苦労する。都会人アクアリストはぜひ一度田んぼのある場所に行って探してみて欲しい。田んぼならどこでもキカシグサが生えていると思うのは大間違いだ。その経験があれば単なる雑草でも欲しければ納得して購入できるだろう。
 ただ誤解してはいけないのが、キカシグサには経験上「馴化」という概念はないということ。ショップの水槽で水中育成していたからと言って「水草」になっているわけではない。たぶん耐えているだけである。このあたりはやや不明瞭ながら沈水葉を形成するヒメミソハギなどとは一線を画す部分だ。ここを意識して意図的に「水草っぽく」アマニアという名称を冠するような高度なワザは使わないと思うが、自生種の販売には似たような話も多いので注意が必要だ。

 蛇足ながらキカシグサはもちろんアマニア(ミソハギ科ヒメミソハギ属、APGW分類も同じ)ではなくロタラ(ミソハギ科キカシグサ属、APGWも同じ)である。商品名ながら転属までさせてしまうのはかなり乱暴な話だと思うが、このレベルまで行くともはや「笑」しかない。しかも存在する属名+一般名詞である「盆栽」だ。これまた消費者を馬鹿にしているのか、と言いたくなる。
 繰り返すが、ありふれた雑草を商品として販売する是非に付いては上記の通りである。探しても自生が見つからないがどうしても欲しい、売価に納得できる、という方は買えば良いと思う。それはそれで商品としての存在価値があり、それ自体を否定するものではない。たしかに東京23区では見かけない植物であるし(そもそも水田自体あまり見かけない)、都心から交通費と時間をかけて千葉や埼玉の水田に探しに行くぐらいなら、という判断も許容範囲だろう。外国産の水草だって元はタダである。欲しければ自生地に行って採集すれば良い。そこに行くまでの交通費や時間や検疫の手間などを考えれば購入した方がよい、って話と本質的には同じである。

 植物を海外から持ち込む際には植物防疫が必要(植物防疫所参照)で、そこには「貨物、手荷物や郵便などで植物を海外から日本へ持ち込む場合、病害虫が植物に付着して日本に侵入することを防ぐために、量や用途を問わずすべての植物について、輸出国政府機関が発行する検査証明書(Phytosanitary Certificate)を添付して、輸入検査を受ける必要があります。」とある。最近はやりの「現地採集物!」はきちんと検疫を受けているのだろうか。海外旅行者の帰国時にはほぼスーツケースを開けないのでスルーしやすい環境であることは事実だが。厳密に言えばこのプロセスを経ていない植物は違法であり、違法であることを承知の上で売買することも違法である。

■言葉のマジック

 しかし念のため、だがキカシグサはそもそも湿生植物かつ一年草である。自ら好んで水中に自生する植物ではないし、自然下では暦年内に開花・結実して枯死する植物生理を持っている。これらを勘案すれば照明をどうしようと二酸化炭素の溶存量をどうしようと、とても水中で長持ちするような植物ではない。そこは上記リンク記事にも素直に「水中が好きじゃないんですね〜。育成難易度はかなり高め 」(上記リンク記事より引用)と書いてある。しかしこれは言葉のマジックだ。キカシグサは育成難易度はかなり高め、ではなく水中での育成が「無理」である。しかも早晩枯死するはずだが、購入者にはその原因が「育成難易度」が高く技術が及ばなかったのか最初から無理だったのか区別が付かない。この状況で「育成難易度はかなり高め」と言い切るのは虚偽に近い。虚偽が言い過ぎであれば「刷り込み」である。購入するのであれば変な期待感を持たず、そこを理解すべきだ。逆に言えばそこが理解できない人間向けのセールストークである。早い話「ごまかされるなヨ」ってことだ。

 このような状況、つまりAという状況が真か偽か、という時に「真」と言い切らずに真に誘導するような要素を並べる行為は巧妙な意図的作為である。株を売りつけるセールスが「絶対に値上がりする」と言い切れない状況で、「なかなか値下がりはしない」「下がる材料が見当たらない」と値下がりを否定する材料を並べる。これは聞く側からすれば「値上がりするから買え」と言っているのと同じだ。キカシグサの場合だって「育成難易度が高い」つまり育て難いという事を言っているが、これは「腕に覚えがあれば育つヨ」と言っているのと同じだ。植物生理や水槽での育成実績を客観的に考えれば「必ず育つ」と言い切れないからである。最初から水中育成は無理と言ってしまえば購入者がいなくなってしまう。つまり商品としての存在価値を失ってしまう。販売者としての立場は分かるが購入者としてはたまったものではない。アマニア・ボンサイはそこまで勉強しないとまがい物(水草、沈水植物としてという意味)を掴まされるという好例ではないだろうか。

 論理的に考えれば「難易度」という言葉の意味は物事の完遂を前提とし、その道筋が難か易か、ということである。難易度が高い=完遂ができない、という意味ではない。キカシグサは前述のように湿生植物かつ一年草であり、水槽内で長期間、沈水葉として育成できるようなものではない。つまり水草として育てることは「完遂できない」のだ。完遂できない事象に対して難易度という言葉は使用しない。
 私が知らない画期的な「難易度が高い」育成方法によってキカシグサが水草として長年育成できる可能性は否定しない。しかしそうであればその方法を明示すべきであるし、ぜひとも育成したい人間なら、追加の機材や資材が必要であれば喜んで購入するだろう。販売者もその方が売上も上がって良いはず。それを示さずに「育成難易度」と抽象的な表現を使っている時点でキカシグサが水草かどうか論理的に判断できるはずだ。

§2 アルアナの夕焼け Rotala ramosior (L.) Koehne ?

■地球半周分の誤差

 これも既出の植物であるが、当Webサイト記事「invadarアメリカキカシグサ」ではアルアナの夕焼け=アメリカキカシグサの可能性が強い、と書いた。どっちみち確証のない話なのでこれ以上の追記・訂正を行う予定はないが、最近では気中葉や花(特に萼)の形状を見ると「スラウェシの朝焼け」(これも名前が相当怪しい)の気中葉に近いような気がしている。
 そもそも「アルアナ」とは何だろうか?調べてみればブラジル中部のビーチリゾートに同名の町がある。アメリカキカシグサは北アメリカ〜熱帯アメリカ原産とされており、ブラジルの地名を冠しても何ら不思議はないが、おそらく当地で最初に採集したものではないだろう。(繰り返すがしょせん商品名なので個人的にはどうでも良い)
 一方、スラウェシとなると話がまったく異なる。「アルアナ」とは地球半周した東南アジア、インドネシアの島である。和名にこだわるわけではないが「アメリカ」キカシグサではなくなってしまう。その距離的懸隔は実に地球半周分、約2万km違う。植物名ないし植物を商品名として流通する場合は産地を付与しなければならない、という規定はないがこれではあまりに適当すぎる。本当はどっちやねん、というところだ。


正体不明ながら大爆発力を見せるアメリカキカシグサ。耕作水田にも入り込む


 要するに現在関東地方で急速に版図を広げつつあるアメリカキカシグサは、和名は商品名とはシンクロしないがアクアリウムプランツの「スラウェシの朝焼け」に似ている、という話。似ているだけでそのものかどうか裏が取れないヨタだが商品名付与の時点でも明らかに裏は取っていないだろう。アルアナ出身という確証はないがスラウェシ出身だった場合には産地に2万kmの誤差がある。もはや誤差とは言えない距離だ。どうでも良いが夕焼けと朝焼けでも半日違うな。地球半周の距離は半日なのでそこは一致しているが、自分で書いていて何だが厄介な話だ。商品名とは言え語呂や語感で決めないで欲しい。正体不明であればそこに意味を見出して調べなければならない場合もあるのだ。その意味では「二日酔いの胸焼け」の方が最初から悩まない。

■出所、屁は屁元から騒ぎ出す?

 さて、アメリカキカシグサに関し、アクアリウム関連ではリンク記事に書いた通り業界サイドではアクアリウム・プランツ逸出説を否定している。この植物の拡大傾向を見ていると自分もその意見に賛成できるが、どちらにしても確証はない。状況証拠となるが、アメリカキカシグサは水田から水田へ(休耕田含む)と広がっており、帰化植物のパターンとしてどちらかと言えばヒレタゴボウに似ている。ヒレタゴボウも明確な侵入経路が特定できないが、農業資材(種子や肥料など)の輸入品に混入して上陸した可能性が高いと思う。

 拡大パターンが同じであっても逸出源が同じとは言い切れず、100%そうだとは言えないが、私を含めたフィールドウォッチャーには独特のパターン認識があって、直感に近いが逸出ではないという感覚、そして水草を持て余した育成者が廃棄するにしても水田には捨てないだろう、という「読み」も希薄な根拠となっている。環境省的には帰化種の跳梁を趣味世界に押し付けたいのだろうが(帰結や責任の所在が簡単だからネ)、何でもかんでも押し付けるという姿勢(注4)はいただけない。根拠を明示できない事象を公権力を背景に延べることは民主主義社会では反則行為だ。

 アメリカキカシグサは今や自宅周辺の水田には相当数が繁茂しており、夕焼けか朝焼けか、見た目勝負の水中化実験の材料には事欠かない。しかし自分にはその「水中環境」が無くなってしまい、懇意にしていた市内のアクアリウム・ショップも廃店撤収してしまった今、手だてがなく実験にはいたっていない。もちろんこの手の「水草」の場合、育成環境によってマチマチな草姿を見せるので沈水葉を見ても正体を特定できる保証はない。ネット上の画像を見ても「アルアナの夕焼け」も「スラウェシの朝焼け」も似たように見える。しかも付記された学名もまちまちで、はっきり言えば信用できるレベルの情報ではない。となるとそもそも実験する価値がないのかも知れない。

 現時点で言えること。今や大規模な侵攻によって問題が表面化しそうな湿地植物が観賞用、不要不急の趣味から広がった、という事態は、いかに真実ではなくても過去の事例から一定の説得力があるのも事実。まさに李下に冠を正さず、どこかで正しく正体を明らかにしなければならない。そうしないと諸々の要因によって追い詰められたこの趣味世界への最後のとどめになりかねない。朝焼けだ夕焼けだ言っている場合ではない。しかし屁は屁元から騒ぎ出す場合だけではないと思う。

 誰かの不利益になる話、誰かを非難する話は本来確証がなければ書けないと思う。観賞用に栽培していた植物が帰化定着したとしても即逸出、と決めつけるのは短絡的だ。まして特定外来生物レベルとなれば刑事罰が伴うわけで、比喩ではなく明確な「証拠」が必要な話となるはず。従ってアクアリウム逸出説を否定したと言っても確実な証拠ないしエビデンス(たとえば栽培流通品と帰化定着種のゲノム解析など)がなければ否定の否定はできないと思う。アメリカキカシグサは現時点では外来生物法上未指定であり、扱いに付いては誰の責任も問われることはないが、この急速な版図拡大を見ていると近い将来何らかの指定が行われる可能性もあり、念のため以上を追記しておく。

■夕焼け朝焼け侵入仮説

 夕焼けか、朝焼けか、どちらにしても安価な水草ではない。新着からだいぶ時間が経過し価格が落ち着いてきたが、それでも300円/本程度の販売価格で流通している。夕焼け朝焼け=アメリカキカシグサであれば、近所の水田に生えているだけで数億円分の価値がありそうだが、それはともかく。夕焼け朝焼けどちらもそんなに育てやすく増やしやすい水草ではない。一方、アクアリウムという特殊な環境で育て難いものでも野外に出れば爆発的に増殖する種は存在する。しかしそれ以前に、高価な水草を不要になったからと言って簡単に放棄するだろうか?

 何も考えず不要になったので廃棄する、この行動様式で最も可能性が高い行先は可燃ごみで、最終的にはどの自治体でも焼却される可能性が高い。次に「一応生きているから」という理由で自然環境に「自由に生きていけ」とばかりに放出するパターン。しかしペットの動物ならともかく、言葉は悪いがたかが草にそこまで情が移ることも考えにくい。最後に、後日(というか何年にも渡り)採集する目的で確信犯的に自然環境に移植するパターン。ただ、高いとは言え数百円の水草のためにこんな回りくどい事をする人間が居るとも考えにくい。つまり諸々考えれば意図的に帰化定着させたことは可能性が薄いと考えられる。
 非意図的なパターンとしてはリシア(カヅノゴケ)やグロッソスティグマ(ハビコリハコベ)のように換水の排水に混じって下水→水路→湖沼や水田に、というルートがあるが、本種はもちろんそんなに小さくはない。種子が流れたとしても流出元で開花結実させなければ不可能、この植物の「用途」を考えればそれも可能性が低い。「論理的に」考えるとこれは趣味世界からの逸出の可能性は低く、輸入された農業資材に種子が混入していた、非意図的帰化と考えるのが妥当であるように思われる。

 生命は尊い、この命題は「真」だがその生命が参入することで生命を失う在来生物のことを考えれば「偽」となる。長年飼ったミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)が買いきれなくなって池や川に逃がす、その歪んだ博愛主義の末路が在来種が圧迫されて生息場所を失っている現状だ。情が移るのも殺すのが忍びない気持ちも理解できる。しかしその割を喰ってんでしまう在来種のことを考えればどちらにしても残虐な行為で、違いは自分が直視するかどうか、である。
 環境省の特定外来生物の解説中、ナガエツルノゲイトウの解説には(以下引用)「ツルノゲイトウ属の複数の種類が、観賞用の水草として、ペットショップやインターネット上で市販されていた」とある。ツルノゲイトウ属(ヒユ科)はアクアリウムでいう「アルテナンテラ」であり、この一説は事実である。しかし事実でないのはナガエツルノゲイトウがアクアリウムプランツとして用いられた、ということ。環境省はこうは言っていないが、引用文章のトーンとして「適当に色々なツルノゲイトウ属(アルテナンテラ)の植物を売っていたのだから、たぶんこれもそうだろう」的なニュアンスを感じる。特定外来生物の解説に、関係のない一面真実のセンテンスを入れ込み結論を誘導暗示する手口は、少なくても中央官庁の姿勢ではない。(ナガエツルノゲイトウに付いては別項で解説)

日本の水生植物 水草事始
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