日本の水生植物 水草事始
怪しい水草3
(C)半夏堂
ビザールプランツ
植物流通総論Part3


珍奇と言えば十分「珍奇」なムジナモ(自宅育成)



■ビザール・プランツ(珍奇植物)

 1と2で書いてきたような状況、より変わった、より珍しい植物が珍重される傾向は近年特に新規の外来種定着という問題になって表出しているが、この事態を更に後押しするような「ブーム」が2015年ぐらいから起きている。それはビザール・プランツのブームで、Bizarre Plants、すなわち珍奇植物を育成するムーブメントである。水草を趣味としていた頃から薄々感じてはいたが、園芸にしてもアクアリウムにしても、植物を趣味とするような人間は元々マニアックでコレクター的な性格が強いのだ。趣味の範疇でより変わったもの、より珍しいものを手にしたい、育成してみたいという気持ちは自然にわいてくる。
 現在のビザール・プランツのブームの中心は多肉植物、特にコーデックスと呼ばれる塊根植物で、右画像のようなイメージの植物群。(画像のものは日本で改良された品種で安価で小型のトウダイグサ科植物)これらは幸か不幸か、人間が手をかけても育成難易度は高く、すなわち自然環境に定着することはない。元々はアフリカなどの乾燥地帯の植物であり、日本が砂漠化するなど極端な気候変動がなければその点は心配ないだろう。


ビザールプランツ、トウダイグサ科改良品種「怪魔玉」、名前からして珍奇だ


 しかしビザール・プランツは「珍奇植物」であって、必ずしもこうしたコーデックスや多肉植物に限定されたものではない。ブームということもあり多数の書籍が販売されているが、その中には本邦のタヌキモなどがビザール・プランツとして掲載されている場合もある。考えてみればタヌキモ(広義)やムジナモの生態も十分に珍奇だ。そのタヌキモの中でも一際珍奇な性格を持つのはエフクレタヌキモ(Utricularia inflata Walter)だろう。花茎が風や波で倒れないようにするために根本にフロートを形成するが、その形状を「柄膨れ」と表現した極めてリーズナブルな和名である。しかし実際は立派な外来種であり、静岡県、兵庫県、大阪府などで帰化定着が確認されているという。珍しい(珍奇)、だから買う、育成する末路がこれだ。そこには「飽きたから捨てる」という行動パターンももれなく付いてくる。前記事に書いた通り販売者には責任はないが購入者はこういうもの、という認識の下に販売する責任はあると思う。

 しかしコーデックスや多肉植物は帰化の危険性がないから良い、水草は帰化の危険が大きいのでダメ、というものではない。現実に帰化して被害が発生すれば叩かれるので帰化定着という点では水生植物が目立つが、前者も本来は限られた環境で自生している植物でありながら国内に定着しているものもある。民家の庭先でよく見かけるアロエ(Aroe)は多肉植物の一ジャンルであるし、同様かつ園芸植物の仲間でもあるカランコエ(Kalanchoe)にも屋外で育つ種類が多い。けっして危険性皆無というわけではない。
 ビザール・プランツのなかには原産国で絶滅危惧種になっているもの、ワシントン条約で取引が禁止されているものもある。帰化して在来種を圧迫する、採集して絶滅の危機に追い込む、一見現象としては異なるように思われるが、実はどちらも多様性の危機という観点では同じことだ。何を育成しようと法律の枠内で趣味を楽しむ分にはお咎めはないが、それですっぱり割り切って良いものだろうか。趣味はあくまで不要不急のものであって環境に負荷をかけてまで行うような事ではないように思う。

 ワシントン条約(CITES)は動植物の絶滅を防ぐ、あるいは資源を保護する観点から危急度の高い生物の採集捕獲及び商業取引を制限する条約だが、種に付いて個別に制限を設けている。2017年にはサボテンの希少種Sclerocactus属の3種類が、最も規制の厳しい(原則取引不可)附属書Tに記載されている。Sclerocactus属に付いてはSclerocactus mesae-verdae(流通名「月想曲」)が記載されていたが、3種追加されたということは属全体の傾向が危機的状況にあるという事だ。また多肉植物関連ではBeaucarnea属(トックリランの仲間)全てが、条件付(厳しいが)取引可の付属書Uに記載されており徐々にこのジャンルも危機的状況に陥りつつあることが伺える。
 背景としては限られた国の限られた趣味であったサボテン・多肉植物が世界的なブームとなり、自生地での採集が増加しているという事情がある。言いたくはないが希少種の流通量減少や価格高騰は中国での取引の飛躍的増加が原因となっていることは間違いない。もちろん中国だけではなく欧米にもブームが拡大しており需要の増加に伴う原産国の採集増加は深刻だ。

■ビザール・プランツから出た特定外来生物

 コーデックスや多肉植物ではないが、少なからず愛好者が存在する食虫植物カテゴリーも十分に珍奇植物である。最近は園芸店でも外来種の食虫植物を普通に販売しているが、今現在帰化定着が確認されていないものにも危険性は大いにある。というのも、以前普通に園芸用途で流通していたナガエノモウセンゴケ(Drosera intermedia Hayne)が2016年10月に特定外来生物に指定されたのである。園芸店やホームセンターで販売される植物が特定外来生物に指定された、ということは他にも危険性が高い植物が含まれている可能性があるということだ。
 水生植物の場合はご存じの通りミズヒマワリ、オオフサモ、オオバナミズキンバイなど同じ流通ルートで販売されていた水辺園芸の「常連」が次々と特定外来生物に指定され、また次の特定外来生物の候補とも言うべき「生態系被害防止外来種」にオオカナダモ、園芸スイレン、ハゴロモモ、キショウブ、ウチワゼニグサなどが指定されている。生態系被害防止外来種は規制がなく、今日も水辺園芸用途として普通に販売されている。客観的に考えれば危険な状態であることは間違いない。


園芸逸出の可能性が濃厚なナガエノモウセンゴケ(植物園展示)


 ナガエノモウセンゴケは北アメリカ〜ヨーロッパ原産の温帯の植物なので帰化定着は当然予想されたことだと思うが、度々書いているように本種のように在来種と区別が付きにくいもの(葉柄が長い点ナガバノモウセンゴケに似る)、交雑の可能性があり在来種の遺伝子を攪乱する恐れがあるものは特にヤバい。岡山県等で湿地に帰化が確認されているが、例えばこんなものが食虫植物のメッカ、成東・東金食虫植物群落に侵入したら大惨事である。遺伝子の攪乱以前に強い競争力によって在来種に対する強烈な圧迫が起きるだろう。もともと分布が薄い在来種の食虫植物達は容易に駆逐されてしまうに違いない。同群落は湿地自体が国指定の天然記念物であり、国民の共有財産が損なわれてしまう可能性が強い。

 ナガエノモウセンゴケは在来種、特にナガバノモウセンゴケに雰囲気が似る。名前からして紛らわしい。その程度のものなら食虫植物の愛好者はナガバノモウセンゴケを育てれば良いのに、と思うが話はそう簡単ではない。ナガバノモウセンゴケは絶滅危惧II類(VU)である上に高層湿原、尾瀬にしか自生しないという希少種で滅多なことでは入手できない。入手できたとすればそれこそ怪しい。ナガエノモウセンゴケは、いわば雰囲気の似た「代替品」であるが、本家と異なり逸出帰化の可能性が伴う危険物である。そしてナガエノモウセンゴケは「危険物」を雑に扱えばこうなる、という見本である。こういう例は他にもあって、絶滅危惧種のミズキンバイよりも花が大きく観賞価値があるオオバナミズキンバイも販売、育成された結果、野外環境に逸出定着し特定外来生物として近年では手賀沼付近でも危険物ぶりを遺憾なく発揮している。(ミズキンバイの自生地が限られるためか、種間交雑は現時点で確認されていない)

 いつどうなるか分からない、という点では水生植物も園芸植物も何ら変わるところはなく、慎重の上にも慎重な取り扱いが求められる。環境省が予算をかけて外来生物対策を行なっても所詮は扱う人間の意識次第で結果が変わるわけであり、その意識が我が国では残念ながら極めて低レベルであることはこれまでの結果が示している。納税者の立場から言わせて貰うと「何を指定しようか」と日当の高い専門家を集めて会議を繰り返すよりも、その予算を啓蒙に使った方が効果があるはずだ。事ここに至りもはや「珍しいから、面白そうだから」という理由だけで動植物を扱う事はできないのだ。

§7 判別困難 Riccia fluitans L.

■逸出阻止も困難

 網などに固定して(この時点で本来の自生形態を否定しているが)水槽の底に固定用の網などを使って並べると草原風のたおやかな雰囲気を演出できるリシア。(Riccia fluitans L.)実はこの植物はそのへんの水田にも自生するカヅノゴケと同種、または極めて近似した種である。しかし場合によってその「極めて近い種」であることが大きな危険性を内包しているのだ。

 アクアリウムプランツの「リシア」には在来種に比べて草体が大きなものや分岐パターンが異なるものもあるようだが、これらはおそらく海外産のものであろう。しかし本邦産と海外産、相違点があまりに微小に過ぎるために一般的には区別がしにくい。要するに近所の水田で見ているリシアの出自が不明であるということだ。そう考える根拠はあって、家の水槽に入っているリシアは外に出やすいのである。

 上記のようにリシアは網などに固定してレイアウトする。根を張ることはないので細かな欠片が次々に浮き上がるが、これが排水の際に混入し行方知らずとなる。行方を知らないのはオーナーであって、排水経路に水域があればそこで定着する。いずれ河川や用水路を経由して水田にも入るだろう。そしてそれを見ても在来種なのか帰化種なのか見当が付かない、という寸法である。繰り返すがこの事態が最も恐ろしい。


これも「たぶん」付きのカヅノゴケ(リシア)水田にて撮影


■多様性の担保

 見分けが付かなければどっちでも同じじゃん、という意見にも一理ありつつ本当にこれで良いのか、とも思う。この問題の根幹、本質的な部分は「生物多様性」である。在来種のリシアだけにある(かも知れない)生物資源が人類の未来に関わる資源になる、という可能性は限りなくゼロに近いと思うが全くのゼロではない。その僅かな可能性こそ問題の本質だ。
 分かりやすい例で言えばイグサとコゴメイの関係。両種は見かけは似たようなものであり、余程植物に詳しくなければ区別できないが(この点がコゴメイの発見が遅れた理由)イグサは畳表の材料としての「資源」である。コゴメイは内部構造がスカスカで原料にならない。内部構造なので茎を裂いてみれば分かるが、その行為なしには判別が困難である。近年和室が減少し需要が減少したというが、それでもイグサは人間にとっての有用植物に違いない。将来的に絶滅危惧種である「和室」が絶滅し、他の用途も皆無にならない限りは有用である。イグサ畑にコゴメイが侵入しイグサが駆逐されてしまえばこの有用性も消滅する。顕在化した有用性と潜在的な有用性は時間軸を拡大すれば同じ事だ。

 実は生物多様性は生物のためではなく人類のため、なのである。コゴメイがはびこってイグサが可哀そう、ではなく人間にとってイグサが有用であるから問題なのだ。現時点でも創薬の一定部分は生物資源が元になっている。この「人間にとって」有益な生物資源を探すためのバイオプロスペクティングが今やビッグビジネスになっているほどだ。先般ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智先生の例を出すまでもなく、人跡未踏の熱帯雨林だけではなくどこにでもあるゴルフ場の土壌や水田の荒木田土の中に新型コロナウィルスを根絶する薬の元となる微生物が存在するかも知れない。それらの生物が死滅してしまえば発見の可能性もなくなってしまう。
 バイオプロスペクティングの是非はさておき、今や全世界で年間約4万種の生物が絶滅している状況で、将来的に有用かも知れない生物がこれ以上消え去ることは人類全体にとって損失以外の何物でもない。まさに「情けは人の為ならず」を地で行くような話だが、それとは別に徐々に生態系のミッシングピースが増えて行き、全面的な生態系崩壊の分岐点を超えるのがいつか、という存亡に関わる問題もあると思う。それが非現実的ではない事は生物の絶滅数が「恐竜時代は年間に0.001種、1万年前は0.01種、1000年前には0.1種、100年前には1種」という説があり、根拠はないがこの程度であれば許容範囲かなと思えるスピードであったものが、現在では1日に約100種という素人考えでも相当ヤバい状態となっている現実が証明していると思う。

 絶滅種の多くは原因が環境汚染や気候変動など個人の力でどうにかなるものではないが、近所の水田から在来種のリシアが消え外来種にとって代わる、という絶滅パターンは努力で何とかなるはずだ。できる範囲を確実に行うのが努力の基本であることを鑑みれば逸出阻止が困難なものは育成しない、という行動規範が求められるだろう。この手の植物は屋外だろうが屋内水槽だろうが、メンテナンスが伴う環境では逸出は阻止できないと考えた方が良い。この結果、リシアに付いては現時点でも 水田で採集したものが在来種か外来種か判断ができないのだ。水木しげるの漫画ではないが、人間の中に少なからず妖怪が混じっていても、見かけが人間と同じであれば区別ができない。

 バイオプロスペクティングは最近の造語で、Bio(生物)とProspecting(本来は鉱物資源の試掘を意味する)を組み合わせた言葉。その名の通り資源としての可能性を求めて人跡未踏のジャングルなどを歩き回り、様々な動植物のサンプルを採集し分析する。表には出ない情報だがこの活動の資金源としては製薬会社などの存在が噂されている。新手のトレジャーハンターだ。人跡未踏ということは大きな危険が伴うことは確実、やる方も大金を貰わなければやっていられない。有望なものであれば製薬会社が大規模に採集し、特許を申請し莫大な利益を得るのが狙い。生物多様性の概念とは懸隔しているが、誰が金を儲けようと結果的には人類のためにはなるはずで悩ましいが、短期的には自然破壊に繋がることは間違いない。

 Riccia fluitans L.は文献や図鑑により「カヅノゴケ」と「カズノゴケ」両方の和名標記があるが、前者は草体が盛んに枝分かれする様を鹿角の分岐に見立てた和名、角は「ツノ」、従って「カヅノゴケ」が本来の和名であると考えられる。一方、数多い分岐とその結果リシアが集団になる数の多さを示した「数の苔」であれば「カズノゴケ」が正解。しかし和名は慣習的なものも多く、発音も同じであるので厳密な区別を付けるのもナンセンスかも知れない。和名由来に少し興味のある人間の単なるちょっとしたこだわりである。

§8 ハビコリの恐怖 Glossostigma elatinoides

■逸出しないわけがない

 これまで書いた例のようにアクアリウム・プランツとして輸入された植物の何種類かは色々な意味で相当怪しい。もちろんここに書かれていない特定外来生物生態系被害防止外来種の植物の方がより大きな問題であることは言うまでもない。今後大きな問題となるであろうグロッソスティグマ(Glossostigma elatinoides生態系被害防止外来種)などは今後の展開を予想させるような「ハビコリハコベ」という結末を暗示するような強烈な和名を付与されている。(関係ないがこれは和名として秀逸だ)

 本種は草体の形状がカイワレを小さくしたようなものであり、これまた水槽にまとめ植えした所からどんどん抜ける。抜けた株は水替えの排水とともに行方知れず。ショップからも個人からも、扱う場所いたる所から逸出が阻止できない植物であり、しかも逸出させた方も意識は皆無だろう。その行方は容易に像像が付くが、排水路経由水域、である。水槽内では育成に技術がいる植物だが野外で抽水すれば強い。そしてある日、定着した場所で見慣れない「ハビコリハコベ」の群落を見ることになる。


はびこってしまうハビコリハコベ(グロッソスティグマ)


■防除対象となるのか

 逸出しやすく、その張本人もその意識が希薄、または皆無、この点ではグロッソスティグマはリシアと同様であるが、同じ環境に存在する在来種とはフォルムが異なることが救いと言えば救いだ。少なくても帰化種であるという認識はできるし防除の対象としての絞り込みもできる。その大きさからして実際に防除するか、可能かというと疑問であるし、相当な困難も予想される。その意味では「救い」にはなっていないかも知れない。そこは効果はともかく実際に防除が行われているミズヒマワリやナガエツルノゲイトウとは異なる所。
 しかし本種の帰化定着が高い確率で見られるのは郊外の熱帯魚店の傍らの水路だ。一般の通行人ならいざ知らず、ショップの人間であればグロッソスティグマの見分けは付くはずだし逸出源が自分の店であることも分かるはず。私もこのようなパターンを複数個所知っているが除去された形跡はない。自分の責任で帰化定着したという認識はあるはずなのに後始末はしない。自分が同じ立場でも相当面倒な作業なのでスルーしてしまうかな?と思うので非難しないが、現時点でグロッソスティグマが特定外来生物ではない以上、倫理的な問題しか残らない。それも「生物多様性」とか環境省の言う「適切な扱い」とか、一般人から見れば曖昧模糊とした概念下の倫理観だ。そんな形而上学的テーマで議論は誰だってしたくないはずだ。

 グロッソスティグマが園芸材料、有価物として注目されるのはリシアと同様に水草レイアウト水槽の中だけであって、野外で繁茂しても世間一般には「小さな雑草」程度の認識があるかどうか、普通は無意識的に無視(要するにスルー)されてしまう可能性が大きいだろう。この程度のモノが金網に固定されただけで安からぬ有価物に化けてしまうのも面妖な話だが、かくして「事実の認識」は大幅に遅れ、問題が顕在化した頃にはすでに手遅れというパターンが目に浮かぶ。現在逸出定着している帰化植物の多くは多かれ少なかれこうした経緯をたどっているはずだ。

■自分に帰ってくる結末

 前述のようにこのような「事実」が拡大解釈された場合、趣味世界の消滅に直結してしまう。残念ながら外来生物法に関して環境省は事実は事実、濡れ衣は濡れ衣を区別しないようだ。疑わしき、どころか客観的に疑わしくない場合も罰してしまう有様だ。(これは単なる言いがかりではなく、根拠及び論点は本Webサイトの記事外来生物法の問題点で明らかにさせて頂いている)時に「属まるごと」指定、などという「暴挙」を行う。可能性だけで特定外来生物の指定を行う。刑事罰が伴う重い決定を「道連れ」「かも知れない」レベルの判断基準で行うわけだ。これは完全に権力の濫用範疇の話だが、利害関係にある人間が全体から見ればごく少数であること、しかもその少数の人間が脛に傷持つ身であるためか問題が表面化することはほぼなくニュースソースにもなりにくい。ある意味マイノリティーが割を喰っていると言えるだろう。
 そしてより残念なことに濡れ衣を着せられた側(アクアリウム業界、趣味者)にはその意識がない。まさに「ボーっと生きてんじゃねぇよ!」ってところか。そして「ボーっと生きた」結果は自分に帰ってくる。ハビコリハコベ(グロッソスティグマ)の恐怖は帰化定着もさることながら、機械的に指定や防除を行う側、無意識に逸出させる側、そして双方に問題点の本質が見えていない、という点にある。この構図が典型として見える事例であることだ。この図式は先進国の知的レベルとして如何なものか、と思うが悲しき現状である。このことは次項ナガエツルノゲイトウで更に詳述する。

■人間の関与

 今や都市近郊の水辺では外来種を見ない場所が少ない程だが、問題の根っこは「人間の関与」だと言っても過言ではないだろう。テレビ東京で不定期に放映されている「池の水ぜんぶ抜く大作戦」では植物が取り上げられることはあまりないが、人間の趣味の残滓とも言うべき生物達が毎回多数捕獲されている。入り込んだ事情は様々だろうが、種子で何かに紛れて日本に入り込む可能性のある植物とは異なり、自力で海を渡って来る生物はいない。確実に人間が関与した結果である点が恐ろしい。何が恐ろしいのか、それは人間の身勝手な精神だ。
 植物に関して今回、趣味世界(アクアリウムと園芸植物)のものを採り上げたが、現実には「種で何かに紛れて入り込む」ものも多い。凶悪なはびこり方を見せる外来植物の中にも侵入経路不明のものも多い。外来種の対策に関しては環境省も実質的に「防除」という対処療法しか打ち出していないし具体的な成果という点では多分に疑わしい。しかし本来原因が整理できていないものに対策が出来るのだろうか、と考えればしょせんこの程度だろう。対処療法は本質的な解決には繋がらず、もちろん自動的に解決することもない。つまり現行の対策は問題の先延ばしに他ならない。特定外来生物はもちろん、生態系被害防止外来種の区分をどういじっても机上の空論であることは本来牧歌的な雰囲気のはずの田園地帯を歩くたびに外来種だらけの水辺の植物相を見れば理解できるはずだ。

 グロッソスティグマの原産地はオーストラリア、ニュージーランドだが温帯域である。気候が逆になるだけで日本と環境が同様、と考えてよいだろう。熱帯産の水生植物は当初「気候が異なるので帰化の可能性はない」と考えられていたが(結果的に思いもよらない方法で定着しているが)、この植物の場合、帰化定着しない方が不思議である。そして本文にあるように極めて簡単に野外環境に逸出する。原産地と草体を見ただけで分かりそうなものだが輸入販売する側には想像力が欠如していると言われても仕方がない。

§9 濡れ衣の余地 Alternanthera philoxeroides

■不正確な情報発信

 現在、関東地方の水域で最も猛威を奮う外来植物のナガエツルノゲイトウの侵入経路に関し、ウィキペディアでは「観賞用の水草として流通していた本種」と断言しており、また国立環境研究所の「侵入生物データベース」では本種の侵入ルートに付いて「アクアリウム等観賞用に意図的に導入後,野外逸出したと考えられる」と記述されている。いったい何を根拠にこんな事を断言または示唆しているのか不明だが、これには知りうる限り明確な根拠は見つからない。
 これらはネット情報と言えども、ある程度広く利用され、随時情報が更新されている情報サイトと国立の機関のサイト、いわば「公器」であって、個人ブログやツイッター程度の根拠の希薄な情報を掲載されても困る。推論なら論拠を書いて欲しいし、断言するなら明確な根拠を示すべきだ。この手の情報公開は他所で様々なミスリードが発生し、そのうち最も大きな影響があるのが特定外来生物や生態系被害防止外来種の指定だ。もちろんナガエツルノゲイトウは「黒」であることに相違ないが、黒にいたる説明には上記のように大いに問題がある。

 アクアリウム(水草)でありがちな学名のカタカナ表記の元となるAlternanthera philoxeroides、またはAlternanthera philoxeroides (Mart.) Grisebなる「水草」は知らないしナガエツルノゲイトウのような形状のものも見た記憶がない。そもそも野外でもナガエツルノゲイトウが沈水状態で生育している姿は見た事がない。アクアリウム逸出というからには沈水葉にならなければ利用価値はないはずだ。こうした状況から考えて「ナガエツルノゲイトウ、アクアリウム逸出説」は濡れ衣の可能性がかなり濃厚だと思う。


本物のナガエツルノゲイトウ、見たことがない方は手賀沼に行くべし


■濡れ衣説推し

 そもそもアクアリウムでヒユ科ツルノゲイトウ属(アルテナンテラ)の植物は種類が限られており、さほど育てやすくもないので次から次に新着が入ってくるようなジャンルでもない。全国で比較的入手が容易なのはアルテナンテラ・レインキー(学名不詳)、リラキナ(同)、カージナリス(同)などであるが、気中葉はたしかにそれぞれナガエツルノゲイトウに似ている。しかしそれを言えばツルノゲイトウにもホソバツルノゲイトウにも似ている。
 このように「区別が付きにくい」ってのがそもそものネックで、これら(上記した種)が入り混じって群落になっていた場合、私も何も参照資料なしには区別は付かない。平均よりは植物に詳しいと自負している人間からしてこの有様なので、たぶん環境省の選定委員も似たり寄ったりかも知れない。なぜなら彼等は植物には詳しいかも知れないが、アクアリウムでどのような水草が用いられているか、日々興味を持ってショップに通っているアクアリストでなければ分からないはずだからだ。仮にアクアリウム趣味を持つ選定委員がいたとしたら「これは違う」と声を上げられるはずだ。だからこそ前出のように侵入生物データベースでも「考えられる」と断定を避ける表現になっているのだ。

 さて、ナガエツルノゲイトウのアクアリウム逸出が濡れ衣説濃厚な理由は二つあって、学名から推測できる理由とアルテナンテラの利用比率から考えられる理由である。この学名、Alternanthera philoxeroides、カタカナで「アルテナンテラ・フィロクセロイデス」とでも読むのだろうか、どちらにしてもアクアリウム・プランツの名称として聞いたことはない。(私が知らないだけの可能性もあるが)そもそも前述のように沈水化するかどうかも分からない。
 二つ目はその「沈水化」に絡むアルテナンテラの利用比率であるが、アルテナンテラは陸上園芸の利用比率の方が圧倒的に高い。園芸用としてはアカバセンニチコウ、テランセラ、アキランサスなどカラフルな葉を持った植物が寄せ植えなどに用いられるが、緑色の葉のものも用いられている。(詳しくはこちら)逸出にしても母数の問題、そしてナガエツルノゲイトウが自然下では湿地陸上を好むことから園芸ルートの方がアクアリウムルートよりも可能性が高いと思う。どちらにしても確証がある話ではないが、確証がないのは環境省も同じはず。であればなぜ断言できるのか、意図的なモノも感じてしまう。
 基本的に何か怪しい空気がある事象に対しては100%の信頼を置くことはない。その「怪しい空気」に意図を感じる場合には尚更だ。従ってナガエツルノゲイトウのアクアリウム逸出説に対しては完全否定はしないが基本的にネガティブである。もちろん被害実態は数多くこの目で見ているので指定自体に反対はしない。こうした「濡れ衣」的疑いをかけられるのは、かけられる方にも問題がある。結果としてナガエツルノゲイトウ以外のアルテナンテラはすべて「怪しい水草」になってしまっている。次に来るのは前例のある「属まるごと」だ。

■非意図的逸出の可能性

 証拠がない以上、推測の域は出ないがナガエツルノゲイトウの帰化定着は非意図的な、アクシデントのようなものだと思う。例えば輸入した農業資材に混入していた、他の植物に紛れ込んでいた、など。幸か不幸か本種が最も跳梁跋扈している千葉県北部では圧迫され被害を受ける水生植物がほぼ存在しない。利根川水系の南部、汚染度の高い手賀沼や印旛沼が並んでいる地域なのである。その意味ではなぜ特定外来生物に指定されたのかピンと来ないが、水辺と言う水辺、至る所に群落がある現状は恐怖感を覚えるのに十分。何も無いから進出した、多様な植生の間では意外と落ち着くのではないか、という気もするがこの状況では指定も説得力がある。
 特定外来生物同士の事なので何の参考にもならないが、近年手賀沼にオオバナミズキンバイが侵入し版図を拡大している。この結果、最も密度の高いエリアでナガエツルノゲイトウの減少が見られるという。また同所で以前繁茂が見られたオオフサモ(これまた特定外来生物)が消滅していることは自分で確認している。その分同じ特定外来生物が入り込んでいるので結果的にゼロサムであるし何の救いにもなっていないが、ナガエツルノゲイトウが爆発的に繁茂したのは「他に何もないから」であった可能性の根拠にはなると思う。

■冤罪を生む思考パターン

 さて、前述したようにナガエツルノゲイトウの特定外来生物指定に関し、「適当に色々なツルノゲイトウ属(アルテナンテラ)の植物を売っていたのだから、たぶんこれもそうだろう」的な曖昧な理由をぶっ込んだニュアンスを強く感じる。それは個人的感想かも知れないが、日本語で書いてある文章を私の読解力で読んでそう思うわけで、少なからず同様に感じる人間はいるはずだ。刑事罰の伴う特定外来生物の解説に、関係のない「一面真実」のセンテンスを入れ込み結論を誘導暗示する方法はディベートならいざ知らず国が発信する情報として納得できるものではない。まさに冤罪を生み出すパターンである。何か事件が起きた際に同様の事件を起こした前科者を調べろ、ってやつだ。
 一度あることは二度ある、誰かが強く冤罪の可能性を糾弾しないと今後園芸やアクアリウムの趣味は色々な局面で痛い目を見そうな気がする。仮にだが、アメリカキカシグサが現在関東地方で猛威を奮いつつある。生態系被害防止外来種→特定外来生物指定となった際に「アルアナの夕焼け」とか「ロタラ」というワードが選定時に俎上に乗れば「外国産のロタラ(キカシグサ属)は全部禁止にしよう、という意見が出ても不思議ではない。元水草水槽愛好家として言わせてもらえばロタラの存在しないレイアウト水槽は有り得ない。

 毒は毒をもって制す、という格言があるが手賀沼のナガエツルノゲイトウとオオバナミズキンバイは「毒に毒をもったら倍になる」傾向を示している。同所的に競合すればオオバナミズキンバイが勝つようだが、まだ両種が繁茂していない沿岸部も僅かではあるが存在し、早晩どちらかが進出してしまうことは明らか。ごく近い将来、沿岸部全周が両種に覆われてしまうことは明らかだ。北千葉導水路の稼働でCOD値を抑えているのは結果的に両特定外来生物を利する結果となっているのが皮肉だ。本来地元や行政はマシジミやガシャモクの復活を目指していたはずだが、現状はそれらの希望を木端微塵に砕いてしまうものとなっている。歩いてみれば分かるが、両特定外来生物(+オオフサモ)を完全に駆逐するのは実質的に不可能ではないだろうか。

§10 カオスの水面 Azolla cristata Kaulf. X Azolla filiculoides Lam.

■判定

 リシアと同様に見かけで判断できないグループがアカウキクサ属の植物だ。在来種としてはアカウキクサ(Azolla imbricata)とオオアカウキクサ(Azolla japonica)があるがそれぞれ絶滅危惧TB類(EN)に指定されている希少種だ。ところが霞ヶ浦沿岸のハス田を歩いていると水面が真っ赤に染まる程のアカウキクサ属植物をよく見かける。これは心情的(自然破壊の甚だしい霞ヶ浦沿岸部にあるはずがない)には外来種であると思うが、独特の三角形となるアカウキクサはともかく、オオアカウキクサは素人の私では判別ができない。
 アカウキクサ属の外来種で我が国に侵入が確認されているものにはニシノオオアカウキクサ(Azolla filiculoides)、アメリカオオアカウキクサ(Azolla cristata 特定外来生物)、ミナミオオアカウキクサ(Azolla rubra)、そしてニシノオオアカウキクサとアメリカオオアカウキクサの種間交雑種であるアイオオアカウキクサ(A. cristata X A. filiculoides)がある。ところがアカウキクサを除く在来種も含めて同定、判別に壁があるのだ。


正確な判別は不可能だが水面は赤い


■正体特定の困難さ

 実はアカウキクサ属の植物の正確な同定にはDNA分析が必要とされているのだ。フィールドワーカーが現場で見て判定、という従来のスタイルが使えない。この点ではリシアと在来カヅノゴケのパターンに似ている。しかもオオアカウキクサかアメリカオオアカウキクサの二択であった場合、絶滅危惧種か特定外来生物かという極端な結果となる。そしてこれがどういう事か分かるだろうか。アカウキクサ属にこれだけ近似の外来種があり、外来種同士の種間交雑種も存在するのに特定外来生物の指定がアメリカオオアカウキクサのみ、という半端な状況となっているために突出した特徴を持つアカウキクサ以外は基本的にアンタッチャブルにせざるを得ない。育成していて万が一それがアメリカオオアカウキクサであった場合、外来生物法の重い罰則の対象となってしまう。
 もちろん調査員(居るのかどうか知らないが)が庭先に入って来て「これは違法!」と断罪する可能性は限りなく0に近いが、これまで述べてきたように生物多様性の担保は個人の意識の問題であり「見つからなければOK」というものではない。さらにそういう事態になっても正確な同定にはDNA分析が必要であってその場で出来る訳ではない。しかし約30%がファジーな結果となるザルのようなPCR検査と異なりDNA解析は正確だ。何もそんな可能性が皆無な事態にビビってアンタッチャブルだ、というわけではないが、ホームセンターで売っている水生植物の鉢によくアカウキクサ属の植物が紛れ込んでいるが処分した方が良いと思う。自分の趣味のために生物多様性をスポイルする結果は生みたくない。

■安易な利用のツケ

 アカウキクサ属(アゾラ)は空気中の窒素を固定する能力があり、わざわざ窒素肥料を買わなくても農閑期に水田に水をはって浮かべておけば緑肥として利用できる。いわゆる「アゾラ農法」というもので、一見化学肥料を使用せず生物資源を有効利用できるエコな、かつ肥料代のかからないコスト削減にも繋がる画期的な方法論だ。アゾラ農法の問題点、帰化定着の暗側面は早い段階から分かっており不稔の交配種も利用された経緯もあるがごく一部に留まっている。大部分はメリットのみに目を向けた安易な利用が成されてしまっている。
 育成してみると分かるが在来種かつ絶滅危惧種のアカウキクサもオオアカウキクサも扱いに困る程増殖する。それは育成環境という、除草剤も競合もない環境だからだろうが、逆に言えばスイッチが入ればとめどなく増殖する属であるということだ。アメリカオオアカウキクサもニシノオオアカウキクサもその性質を遺憾なく発揮しているということだろう。こんな性質を持つ植物を安易に使用してしまえばツケを払わなければならない、ってことだ。

【参考資料】

日本の外来生物 自然環境研究センター著、多紀保彦監修 2008年 平凡社
外来種ハンドブック 日本生態学会編 村上興正・鷲谷いづみ監修 2002年 地人書館
外来水生生物事典 佐久間 功・宮本 拓海著 2005年 柏書房
帰化植物ガイドブック 2016年 東京都公園協会
増補改訂日本帰化植物写真図鑑 第2巻 植村修二他著 2015年 全国農村教育協会
アクアプランツ No.03 2006年 マリン企画

日本の水生植物 水草事始
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