日本の水生植物 探査記録

Vol.189 秋の遠足 釣舟草編



Location 栃木県栃木市・小山市
Date 2019.09.27(FRI)
Photograph
Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM

Weather Fine

Temperature 29℃

(C)2019 半夏堂


■渡良瀬釣舟草満開


(P)ワタラセツリフネソウが満開のタイミングは初めてかも
Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM


検問迂回

■忘れていた「騒ぎ」

 人並みに有給休暇を頂いたので、どこかに撮影に行く予定で先週カメラを充電しておいたのだが、如何せん体調が悪い。歳とともに季節の変わり目、って奴がこたえるようになってしまい、低水準の風邪のような症状と血圧高めが続く。人生で初めて毎日薬を飲む日々を送っているほど。秘密だが医療費が無料(職員特典)なのは助かる。
 3日程寝込むつもりの初日だったが、明け方の夢に「小さいオジサン」が出てきてツリフネソウの上で釣りをしている。しきりに「おいでおいで」をするので夢と現実の狭間あたりでワタラセツリフネソウを見に行くことを決めてしまったのだ。目が覚めた瞬間にはバックパックとカメラバックの準備、いつものルーティンワークに入っていた。
 自分で書いておいて何だか良くワカランが、要は夢のお告げには素直に従う、ということである。小さいオジサンはたぶん神様だったのだろう。お告げに従えばたぶん悪いことは起きない・・・しかし頭重いなぁ。


(P)じっくり見るのは何年ぶりかのサクラタデ Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM


 我が家から渡良瀬遊水地に向かうには途中で国道354号線に乗る必要がある。渡良瀬遊水地の入口、三国橋(茨城県古河市〜埼玉県加須市)がこの国道の橋だからである。いつものように常総市で354号に入り順調に車を走らせて行く。平日の午前中、通勤通学時間が終わった時間帯なので渋滞もなく(というか通勤通学時間でもあまり渋滞は見たことがない注1))坂東市に入った。
 すると前方にパトライトを点滅させた警察車両が片側一車線の道路の中央に停車しているではないか。どこかのアホが(これだけ交通量が少なく見通しが良い環境なので事故を起こすのはアホである)事故ったのかと思ったが、現場に接近すると道路を封鎖しているのは警察車両が2台だけだった。速度を落とした一般車を目検で確かめ、傍らのコンビニ駐車場を迂回させて進ませている。そう言えば9月23日に坂東市の隣町、猿島郡注2)境町で発生した殺人事件が未解決だ。そのための検問だろう。しかし検問なら他にやりようがあると思うのだが、相変わらず何も考えていない。
 だってそりゃそうだ、免許証やドライバーをチェックすることもなく道路を塞いで横のコンビニの駐車場を通らせるとは何というやり方だろう。しかも方向的には他の地域から事件現場に向かう方向だ。犯人が白昼堂々国道を車で現場に帰ってくるとでも考えているのか。自分は江戸川コナンではないがその程度の推理(とも言えないが)はできる。坂東市から境町に入ると今度は完全封鎖で脇道に入れという。通った事もない脇道で時間を喰い、気持ちの余裕までなくなってしまった。こんなやり方は「仕事のための仕事」だ。

■秋の花

 検問の影響で予想到着時間が大幅に遅れたが、長時間運転の休憩を兼ねて湿地資料館の植栽エリアに入ると遊水地の秋の花がいろいろ咲いていて少し気持ちも収まった。
 しかしこの植栽エリア(もはや植物園とは呼べない)年々雑草が凄くなり、見せたい植物なのか勝手に生えてきた植物なのか分からないエリアが増えている。おまけにヤブ蚊の巣窟となっており、カメラを取り出す間に何箇所もやられてしまった。雑草密度が増えるとヤブ蚊が増える。この事実は我が家の庭で証明済みだ。メダカに餌をやるのも命懸けになっており、この前はうっかり半ズボンで庭に出てしまい、1〜2秒の間にスネに8匹もとまられていた。なぜ8匹と分かったかというと、手のひらでぶったたいて潰した蚊の跡が8匹分残っていたからである。
 手を動かす気配で何匹か逃げそうなものだが、秋の蚊は必死注3)なのである。ストレートに飛来して迷いなく吸血する。高血圧人間なので血は吸われてもよいが痒いのはたまらん。


(P)季節感の薄い最近でもきっちり彼岸に咲く Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM


 以前は暑さ寒さも彼岸まで、と言ったものだが近年は気候変動で死語になりつつあるようだ。この日も気温は29度。最近は30度を切ると涼しいかも、と思うようになってしまったが、冷静に考えてみると完全に感覚が麻痺している。僅か半世紀前、簡単に言うと私の小学生時代は夏休みに30度を超える日は数日しかなかった。30度以上は完全にレッドゾーン、まして35度以上(ってのは当時はなかったが)の世界はクレイジーゾーンである。しかしそのクレイジーな世界でもカレンダー上の季節が到来すれば植物は開花する。

【季節通りに見られた秋の花達】
ミズアオイ(湿地植物園)
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM
フジバカマ(第一調節池)
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM
ミズトラノオ(湿地植物園)
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM
タコノアシ(湿地植物園)
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM
自然の宝庫の不自然

■ラムサール登録湿地の影

 旧谷中村注4)に向かう途中の水路にかかる橋で自然界にあまりない配色を目撃した。臙脂に緑の水面に白がポツポツ。とりあえず近場の駐車場に車をおき、水路に向かった。
 緑色はおなじみのホテイアオイ。この水路は遊水地内の排水路で、上流部分では渡瀬川、思川、巴波川と繋がっていない。遊水地内なので越流注5)などで水の行き来があるのは当然だが、そうであれば遊水地内の多くの河川水路湖沼でも同じ光景が見られるはず。しかし私の観察眼が至らないためか、他の場所ではこの光景は見ていない。
 この光景の上流、橋の下では強い直射日光を避けるためか、平日午前中のこの日も多くの暇人、いや釣り人が集まっていた。(他人の事を言えた義理ではないが)あまり考えたくはないが、この中の不心得者が放棄した可能性もあるだろう。経験上、釣り愛好家は金魚を飼育する確率は高い。そして金魚用の水草にホテイアオイを用いる確率も同様。


(P)自然界にあまり見られない配色の水路水面 Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM


■縮図

 臙脂は考えるまでもなくアゾラ注6)だが、これを見て種類来歴が分かるほどの達人ではない。このグループは外来種と交雑種が入り乱れ、研究者が持ち帰って精密に観察しないと迂闊に種の特定ができないのだ。うっかりすると絶滅危惧種か特定外来生物か注7)という極端な結果となってしまう。状況を考えれば後者のような気もするが、もちろん私は研究者でもなければ精査するスキルもないので「気がする」だけである。ただ配色はグレゴリー注8)がよくやる「やっちまった」感じのバッグの配色のようだ。


(P)外来種やヒシの間にペットボトル
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM

 そして最も大きな問題だと思ったのが白い点々。遠目にも分かるペットボトルである。疑いたくはないが、こんな場所に常時出入りしているのは監視員と釣り人。監視員はさすがにポイ捨てはしないと思うので、状況証拠は釣り人を指している。これは考えられる限り最悪の状況だ。これだけ全世界的にプラスティックごみの海洋汚染が問題になっているのに、これをポイ捨てする奴らはニュースを見ないのか?新聞も読まないのだろうか?
 この水路だって谷中湖の南で渡良瀬川に合流し、渡良瀬川は利根川に、そして海に至るのである。この状況は海洋汚染に手を貸しているということを認識すべきだろう。それ以前にラムサール条約の登録湿地たる渡良瀬遊水地のど真ん中でこの様は如何なものか。ペットボトルのような「大物」を捨てられるメンタルの奴等はテグスでもルアーでも何でも捨てられるはず。(これは利根川の釣り場流域を歩けばよく分かる)テグスに絡まった水鳥がどれだけ命を落としているか。
 ラムサール条約はその正式名称に「特に水鳥の注9)」と前置詞が付いていたはず。水鳥のためにならない状況であれば登録湿地を返納すれば良いのではないか。それが出来ないのであれば対策、例えば釣り目的の立入禁止、清掃などを行うべきだ。人手が足りない、とは言わせない。なぜならこの写真を撮った当日、現場で監視員が釣り人と世間話をしていたからだ。申し訳ないが問題意識のない監視員にまともな監視ができるとは思えない。

 この記事は「探査記録」であって、綺麗な場所だけ探査するわけではない。不都合な真実を見るのも探査のうちであるのであえて書かせて頂いた。私の事実誤認や反論があれば是非トップページのメールアドレスからお願いしたい。ただし公平性を期する観点から、個人情報を除くメール全文と私の再反論をこの場に掲載させて頂くことをあらかじめご了承頂きたい。

ツリフネソウの秋

■ワタラセツリフネソウ

 あんまり不愉快になっているとさらに血圧が上昇してしまうので今回の目的でもあるワタラセツリフネソウを見て心を和ませようと旧谷中村ゾーンへ。この植物はあまり人が立ち入らない第二、第三調節池よりも第一調節池の旧谷中村ゾーン、つまり設備やら何やらがある場所の近辺に多いような気がする。
 撮影目的としてはこの方が助かるわけで、アシをかき分け足元がズブズブ沈みながらだと行きも帰りも、おまけに帰った後の靴の手入れも大変になってしまう。そんな事を気にする「探検」はないが、あくまで「探査」なのでここは重要だ。
 旧谷中村には「何の某屋敷跡」という場所が多数あり、四阿が設けられている所もあるが、ワタラセツリフネソウはその近辺や遊歩道沿いに数多く見られた。場所によっては4〜5m四方ぐらいの群落になっており、季節もドンピシャ、思う存分に撮影することができた。


(P)盛期のワタラセツリフネソウ タイプ3 Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM(トリミング)


■タイプ

 渡良瀬遊水地に通い始めてすでに何十回か来ているが、この植物をメインの目的とした来訪は初めてである。この湿地ではあまりにも普通過ぎて単なる風景の一つになっていたかも知れない。その意味では希少植物扱いされているホソバイヌタデやミゾコウジュも同様である。この奥行の深い湿地で、もっと珍しいもの、見たこともないもの、が原動力となっている状況では駐車場の傍らにある上記のような植物はスルーしてしまいがちだ。
 しかしここでは珍しくもないワタラセツリフネソウは実はタイプが4タイプあって、これがそれぞれ遊水地のどこに分布するか、というテーマだけでも非常な労力を要する興味深い研究だと思う。(自分にはとうてい出来そうもないが)その4タイプとは花弁の内部の色と斑点の有無の組み合わせで

(1)黄色・斑点型 (2)黄色・無斑型 (3)白・斑点型 (4)白・無斑型

に分けられる。上画像の花は花弁の内部が白く斑点が見られるので(3)白・斑点型である。今回、上記のように第一調節池の谷中村ゾーンを中心に観察したが、見た花はすべてこのタイプであった。ただ画像のように斑点型と言っても斑点が少なく無班型に近いような花も数多くあったので、相互に何らかの影響を与えている可能性もあると思う。
 タイプに関わらずこれらはすべて種としては「ワタラセツリフネソウ」。つまりタイプの違いは種内変異であるが、変異の原因は何か、遊水地内のタイプ毎の分布はどうか、交雑はするのか、色々と分からないことも多い。それもそのはず、ワタラセツリフネソウは新種記載されたのが2005年である。時間はあまり経っていない。発見者である大和田真澄氏のWebサイトに鮮明な花のタイプ別画像があるのでご参照願いたい。

【ワタラセツリフネソウ全盛】
Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM

■権威主義?

 話は変わるが、上記リンク大和田真澄氏の記事の記載には冒頭に「ワタラセツリフネソウは、2005年9/21の日本植物学会において新種として発表されました。発表者は愛知教育大渡邊幹男助教授、芹沢俊介教授、大和田真澄(当サイト作者)で、渡邊助教授(現教授)が口頭発表しました。」とある。この芹沢俊介教授という人には聞き覚えがあって、以前エドガワヌカボタデを記載した人である。遠く離れた愛知の人が何故流山の江戸川に?と思っていたが、それは素朴でシンプルな田舎者の疑問のような気がしてきた。
 我ら(水草趣味のグループとしての総称)の総本山、神戸大学の角野康朗教授はその著作や自身で撮影された写真から見るに、現地に案内者はいるとしても徹底的な現場主義を貫いておられるようだ。シモツケコウホネにしても記載の主体となったのは新潟大の志賀隆氏であるが、氏は神戸大、角野研究室の卒業生でありいわば角野教授の弟子である。記載にあたっては相談もしているだろうし、角野教授も現場を見ているはずだ。このあたりの連携プレーはシモツケコウホネの学名Nuphar submersa Shiga & Kadonoにも示されている。

 一方、ワタラセツリフネソウの場合はどうだろうか。学名には上記関係者3名が献名されている。(Impatiens ohwadae M.Watanabe et Seriz.)しかし現実に渡良瀬遊水地を歩いている大和田氏はともかく、渡邊幹男助教授、芹沢俊介教授の足跡は見つからないのだ。アマチュア(エドガワヌカボタデにおける長島氏やワタラセツリフネソウにおける大和田氏)が新種の植物を発見しても、こういう専門家に精査して頂いて論文を書いて頂き、学会発表を経なければ記載されないのだろうか。そうであればこういう方々が関わっていても不思議はない。だから「なぜ縁もゆかりもない人が?」というのが「素朴でシンプルな田舎者の疑問」なのである。

 学会のシキタリやルールは知らないが、こういう話であれば何となく権威主義の香りがする。論文が評価の指標であれば大学病院の医者の評価と変わらない。実際に臨床で働きアイディアやデータ、つまり論文の中核材料を見出す若手の名前は表紙に文字ポイントを落として書かれるだけ。(それでも書かれるだけマシ)
 こういう「図式」が、過酷な環境の夏の湿地で動き回り地道に植物の調査を行うアマチュアと、その成果を論文にして学会発表する「専門家」に重なって見える。そうは言わないと思うが「がんばったから学名に名前を入れてやる」的な上から目線を感じてしまうのだ。被害妄想かも知れないが、こうした構図であれば第二第三の大和田真澄氏や廣瀬誠氏注10)が現れにくくなってしまうような気がする。

初、小山市側アプローチ

■迂回ルートで反対側へ

 今に至るまで私は「植物愛好家」であって「湿地愛好家」あるいは「探検家」であったことはない。従って渡良瀬遊水地でも目的とする植物を見る、という行動様式であったので第一調節池の湿地植物園周辺や旧谷中村ゾーン周辺で用が足りてしまっていた。このエリアはアクセスも良い。目的も明確ではない中であえて行くのに苦労する第二、第三調節池は避けていた。
 この日、また帰り道が検問封鎖されているのが分かっていたという事情もあり、小山市側から帰ることにした。いつもとは逆に栃木市中心部方向に北に向かい、渡良瀬川にかかる藤岡大橋を渡る。間々田方面に車を走らせてしばらく行くと水田地帯の交差点右折方向に「渡良瀬遊水地」の指標があった。おなじみの遊水地の西側ではなく東側へのアプローチだ。ほどなく遊水地の堤防が見えてきた。地図で確認すると第二調節池である。第二調節池は上記の事情でまともに見たことがない。第一調整池から遊水地内を貫く渡良瀬川までしか車道のアクセスがないからだ。第一調節池の堰堤から遠望する第二調節池もたいして変わらないように見える。


(P)小山市側からの第二調節池のビュー Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM


 このあたり、遊水地がかかる野木町(栃木県下都賀郡)かと思ったが、行政区分では小山市のようだ。カーナビがない時代から二次元の記憶を三次元に変換して運転していた記憶では、小山市は遊水地のはるか北方、というイメージがあったが、さすがに広大な遊水地、4県(群馬、栃木、埼玉、茨城)4市(栃木市、古河市、加須市、小山市)2町(板倉町、野木町)にまたがるだけのことはある。
 話は前後するが、藤岡大橋北の交差点を右に走ってすぐに堰堤が見えるが、これは渡良瀬遊水地で最も自然度が高いと言われている第三調節池である。アクセスが良く分からなかったので立ち寄らなかったが、ここも見てみればまた別の世界が見られたに違いない。散々通い詰め、道なき道も踏破して詳しくなったつもりの渡良瀬遊水地だが、何のことはない、まだ30%しか見ていなかったわけだ。ただ繰り返すが、私の目的はあくまで植物であって湿地全体を制覇することではない。暇があってどうしようもない時(まさにこの日がそうなんだが)にまた来よう。

■別世界の第二調節池

 第二調節池の堰堤上は自動車用の道路注11)になっていて駐車スペースも十分にある。見物地形は池のそばが良かったので、このカタディンロゴ注12)のような景色の近くに駐車して遊水地に降りた。ちょうど階段も設置されており至れり尽くせりである。
 階段手前には情報やら注意書きやらが貼ってある掲示板が設置されており、ざっと目を通すと「コウノトリ観察の注意点」があった。そんな鳥がここに居ることはもちろん知らなかったが、鳥を驚かさないように堰堤上から見学しろ、とある。遠目にはそれらしき鳥は見えず、こちとら池の近くまで行かなければ何しに来たか分からんので階段を下り、第二調節池内に踏み込んだ。

 階段から近場の大小2つの池の周囲には茶色い穂を持つ大型の植物の群落があり、予想通りマツカサススキであった。今まで不思議なことに渡良瀬遊水地内では見たことがなかったが、所変われば品変わる、ってやつか。池の浅水域には小型の褐色の茎を持つ植物が抽水していたが、見ればチョウジタデのようだ。どちらも特に珍しい植物というわけではなく今までこの地で見なかったのが不思議なぐらいだが、植物構成はアシを除けば第一調節池とは微妙に異なっているようだ。

【第二調節池内風景】
池の水質は段違いに良かった
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM
なぜかマツカサススキが目立つ
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM

■掘削実験

 第二調整池では湿原を掘り返して「何が出るか」実験を行っている。「何が出るか」はどんな植物が発芽するか、ということで宝物や埋蔵金が出るわけではない。この実験は園芸レベルの規模ではなく重機を使った大規模なものだが、この浮世離れした壮大な実験に、しかもこのご時世にどこから金が出ているのだろうか。(本当は知っているが)
 この日も重機を含む複数台の車両と作業員の姿があり、近場で見たかったが追い払われそうな雰囲気だったのでやめておいた。空気は完全に工事現場で、おそらく作業している人達もガテン系の荒くれ達だろう。君子危うきに近寄らず。別に差別しているわけではないが、似たような業種で働いた経験があり、こういう業種の従事者の一般的なメンタルは良く知っているのだ。

 どんな植物が発芽しているか、という個人的な興味は湿地資料館のパネル展示を見れば満たされるので現場を見る必要はないが、いったいこれだけの金をかけて「掘るだけ」の工事を行なう価値があるのだろうか?


(P)掘削実験場遠望 Canon EOS KissX7 + EF-S24mm 1:2.8 STM


 その結果、ウスゲチョウジタデが発芽しました、ミズアオイが復活しました、という程度の成果が費用対効果として釣り合うのか。もちろん生態的ポテンシャルは興味の対象であるし、どちらかと言えば自分もそちら側の人間だが、ここまで規模を大きくやる必要が?と思ってしまった。有志がバケツに土を入れて持ち帰り、発芽実験を行う程度ではダメなんだろうか?結果はたいして変わらないような気もするのだが。
 渡良瀬遊水地はたしかに植生の宝庫であるし、次々に新しい自生植物が確認注13)される興味の尽きない湿地でもある。ただしこれ(掘削実験)に金をつぎ込むのであれば、先にやらなければならない事があるのは前出「自然の宝庫の不自然」で触れた通り。繰り返すが、ラムサール条約登録湿地を前面に出すのであれば、次々と新しい植物が発見されることが要件ではなく、水鳥達が快適に過ごせる環境であることが一義である。現状はどうも本末転倒になっているような気がする。
 掘削実験に対して反対意見を述べているように思われるかも知れないが、個人的には「何が出るか」の実験は大好きである。それをこれだけの規模で行なっているのは渡良瀬遊水地だけである。それはそれで意義あることで、結果も出ている。環境さえあれば個人でも(規模はごく小さいが)やってみたいほどだ。しかしこうしたポジティブな取組とは裏腹に「自然の宝庫の不自然」が存在することも事実。このネガティブ要素を早めに対策する方が先決だと思うだけだ。

番外

■迂回ルートのおまけ

 渡良瀬を後にし、茨城県方面に適当に走っているといつの間にか下妻の近くに出た。下妻は国道294号線沿いの町であり、294号は取手に至る。下妻市内に入り、交差点の標記に「砂沼サンビーチ」を見つけた。砂沼サンビーチは単なるプールだが、隣接して砂沼があり、現状筑波実験植物園や越谷市の市役所付近で育成しているコシガヤホシクサの「出身地」である。現在生きているコシガヤホシクサは言わば砂沼系統なのである。このまま帰るのも芸がないなと思い、久しぶりに砂沼をチラ見して帰ることにした。

 コシガヤホシクサの植栽地はアシ帯の沖なので見られるとは思っていなかったが(筑波実験植物園に行けば0cmの距離でいくらでも見られる)それよりも面白いものが見られた。面白いと言うと叱られそうだが、砂沼の湖面の画像。まるでアマゾン川、マナウス付近で見られるネゴロ川とソリモンエス川の合流部分注14)のようではないか。(残念ながら実物を見たことはないけど)


(P)砂沼で見られた怪現象
Canon EOS KissX9 + EF-S60mm 1:2.8 USM


■アオコの猛威

 この色分けの緑色部分の正体はアオコで、アオコによって色分けされている側は西岸方向である。そして砂沼の西岸には溶けきれないバスクリンのようにアオコが打ち上げられていた。残念なことにコシガヤホシクサの育成地は西岸なのである。砂沼には中央部分に3分岐する橋が架かっており、東岸に向かうとこちらはやや水質が良いようだった。この有様では沈水植物の存続は相当キツいだろうなと思う。
 水質悪化は市街地にある湖沼の宿命と思われるが、実は砂沼のBOD注15)値はそんなに悪くない。下妻市の公表データによれば、少しデータは古いが砂沼大橋付近で2.3程度。一方、アオコは一般的に富栄養化が進んだ水域で浮遊性の藍藻が大発生することで見られる現象とされている。BODやCODは富栄養化の指標ではないか、と思うが現実と理屈が乖離していてよく分からん。実はアオコではないのかも、とも考えたが「砂沼 アオコ」で検索すると釣り人のブログを中心に数多くヒットするのでたぶんアオコだろう。

 正直な所、余計な場所に寄らなければ良かったと思ってしまった。人口密度が希薄な地方都市近郊の湖沼、さぞかし湿地・水生植物の多様性が堪能できるだろう、という期待値はことごとく裏切られている。上野沼(桜川市)、牛久沼(竜ヶ崎市、つくば市他)、そしてここ砂沼。専門的に言えば犯人はノンポイント汚染源注16)だろうが、最近は行かなくても分かるこれが茨城県の悲しい現実。

脚注

(*1) 以前車通勤していた際のルートがこの道筋である。渋滞を経験したのは数回で、鬼怒川の滝下橋に大型車両が激突して通行禁止になった時とか、大雪でノロノロ運転の時とか、突発的な状況がなければ基本的には自然渋滞はない。その分皆飛ばすので事故が多かったりするが、この一帯は抜け道も多くニッチもサッチも行かなくなる、ということはない。唯一の例外は通勤通学ではないが、元日の初詣渋滞。田舎の小規模な神社ながら霊験あらたかと近隣に名前が轟き渡っている一言主神社に詣でるために凄まじい渋滞となる。近隣の農家はここぞとばかり畑や空き地に車を誘導し駐車料金を1000円徴収する。こんな片田舎でもこういうことが年に1回はあるのだ。

(*2) 町村合併が進み、今や猿島郡には境町と五霞町しかない。もっとも茨城県には利根町しか残っていない北相馬郡もある。五霞町は猿島郡どころか茨城県から離脱したがっており、埼玉県にラブコールを送っている。大半の茨城県民は関係ないので「勝手にしろ」と思っているだろうが、五霞町はともかく原則論としてこういうのを認めてしまうと地方自治が収拾が付かなくなる可能性もあるだろう。地元取手市だって就業者の多くは都内で働いて収入を得ているわけで、経済的には東京都である。だったら東京の飛び地にしてくれ、と言い出すトンマが居ないとも限らない。

(*3) 蚊は夏の虫かと思っていたが実は暑さに弱く、一方秋には子孫を残すために栄養価の高い餌(血液)を摂らなければならず、必死である。本文にも書いた通り人の気配を察知すれば一直線に飛来し潰される危険をものともせず吸血する。我が家の庭には水場(睡蓮鉢やプランターやタフブネ)が9カ所もあって繁殖場所には事欠かないが、それぞれボウフラ対策にメダカを必要以上に投入してある。しかし相変わらず庭に出ると編隊で襲ってくる所を見るとメダカ達がダイソーの「メダカの餌」に味をしめて仕事をしていないか、格好の産卵場所とばかりに近隣から集まってくるのかどちらかだろう。

(*4) 現在の渡良瀬遊水地第一調節池にあった村。1906年に消滅。それまでの行政区分は栃木県下都賀郡。現在の地番は栃木県栃木市藤岡町内野である。渡良瀬遊水地内であるので当然住民はいない。現在の渡良瀬遊水地では最も整備された区域になっており、大規模かつ複数の駐車場と広場、四阿、レンタサイクル、売店などがある。駐車場には土日に1日3本路線バスも来る。自然湿地の遊水地には珍しく、四季折々に開花する植物の案内板などもあり、遊水地ビギナーにはお勧めのエリアである。

(*5) 堰堤を水が超えることだが、渡良瀬ではこれが起きるとえらいことで、17,068万立方メートルという途方もない貯水量が満杯になることである。利根川水系で最も貯水量が多い矢木沢ダムの貯水量が11,550万立方メートルなのでどれだけ大きな貯水量かが分かる。分かると言っても東京ドーム何個分とかその辺のイメージがわかない所が弱い。ちなみに東京ドーム何個分と言われても東京ドーム自体2〜3回しか行ったことがなく、ピンと来ないが。

(*6) Azolla、アカウキクサ属。葉状体が三角形になるアカウキクサは別としてオオアカウキクサは在来種、外来種、交雑種入り乱れ、よほど各種の微小な特徴を頭に入れて整理しておかないと現場で判別する事は到底不可能である。こうなってしまった原因はアゾラ農法(アゾラが大気中の窒素を固定する性質を利用した肥料の補給)で種を意識することなく導入し、彼等が予想以上の生命力を発揮してしまったため。化学肥料を使用しない自然の力を利用した優れた農法であると思うが、現実が理屈を上回ってしまった好例である。

(*7) 姿形は似ているが、オオアカウキクサ(Azolla japonica)は絶滅危惧IB類(EN)、外来種のアゾラ・クリスタータ(Azolla cristata)は特定外来生物である。扱いが180度変わるとはまさにこのこと。実際問題、水面が真っ赤に染まるほどあちこちにアゾラがあるが、どちらか分からない状態だ。状況証拠、アゾラ農法の実績や元々のオオアカウキクサの分布などからほぼアゾラ・クリスタータ、ないし近似の外来種か交雑種であると思われるが確証はない。

(*8) グレゴリー(GREGORY)は半期に一回新色や新モデルをリリースする、半アウトドアブランドのバッグメーカーだが、例えば2019年下半期のアニマル柄など「誰が使うんだ?」的な配色をよく出す。それでも売れるわけで、多様性の時代で良かったなぁと思う。私も通勤用バックパック、ショルダーバッグ、遠征用バックパックやお散歩バッグなど色々持っているが、基本は黒(HD、ブラック、オールブラック)である。時折安い価格につられてリサイクルショップで使いもしないものを買ってしまうが、これなんかまさに「やっちまった」感全開。せっかく落ち着いたブラウンのベースを緑色のファスナーラインが台無しにしている。これが黒だったらすげぇカッチョイイと思うのだが。(個人の感想です)

(*9) ラムサール条約というのは通称で、正式には「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(Convention on Wetlands of International Importance Especially as Waterfowl Habitat)という。この名称から条約の主眼は水鳥の生息地としての保全であることが分かる。水鳥が生息するためには餌となる昆虫や植物の多様性も重要であり、生息地の一部であることは間違いないが、往々にして副次的な要素が目的になってしまうことは注意しなければならない。自分が言っているのは湿地部分の植生も重要だが、条約を前面にアピールするのであればこの水面部分の惨状は如何なものか、ということ。

(*10) 小菅次男氏とともに「最後の新種」とも言われるヒヌマイトトンボを発見した茨城県の偉人。同種の種小名には氏のご尊名が付与されている。(Mortonagrion hirosei Asahina)氏は研究職ではなく、引退した教職者、つまりアマチュアである。一度ある里山見学会で御意を得たが、偉ぶらない謙虚な昆虫好きの方であった。渡良瀬の大和田氏もそうだが、仕事でやっている人間よりも「好き」の度合いは強い。誰に頼まれたわけでもなく、金にもならないのに好きでやっているわけだから。「好きこそものの上手」とはこのことだ。氏のお人柄を知っているだけに、論文だの学会発表だの権威付けを当然のように行なう連中には違和感がある。

(*11) 第一調節池側の堰堤上は歩行者用、自転車用となっており自動車の侵入はできない。遊水地内への車でのアプローチは堰堤上で交差点となるが、左右をよく確認しないと自転車が結構なスピードで飛ばしてきたりするので注意が必要。また堰堤下の進入路には左右に鉄のポールが立っており、こすられた跡が生々しく最初はビビっていたが、遊水地内の道路にあるポールはさらに幅が狭く、運転技術を問われるところ。普通自動車(3ナンバー以下)であれば問題ないが、それ以外の車の進入を阻むかのようなポールの存在は理由が分からない。

(*12) リンク先の画像のロゴ。アウトドアブランドL.L.Beanのロゴだが、ここ何年かのプロダクツには使用しておらず、懐かしい思いもしていたが最近復活したようだ。以前、と言ってもかなり前だが、このブランドはカタログ通販でしか手に入らず、アメリカにオーダーしたものが忘れた頃に届く、というパターン。しかもカタログと微妙に色味が違ったりして残念な経験もしているが、今や国内にショップがあり実物を確認して購入できるようになった。ただ、トレッキングシューズやマウンテンバックパックなど本格的なアウトドア用品とタウンユースのクオリティの差があるような気がする。

(*13) 近年発見された植物としてはキタミソウ、アズマツメクサなどがある。キタミソウは他の自生地と同様、渡り鳥による種子の運搬だろうが、アズマツメクサは埋土種子であろうか。掘削が行われている第二調節池の堰堤外側は一面の水田が広がっており、基本的には土壌に埋土する種子は水田雑草系のものが多いと思われる。過去にはミズアオイ、マルバノサワトウガラシなどの発芽も確認されている。(どちらも湿地植物園で系統保存されている)

(*14) ネグロ川はスペイン語でRio Negro、黒い川という意味だが、その名の通り水が黒く、マナウス付近で茶褐色のソリモンエス川と合流するが、黒と茶褐色の水が混じり合うことなく70km以上流れる。混じり合わないのは流速と水温が異なるためとされている。砂沼で見られたのは全く異なる原因だが、不気味で不思議な感覚であった。「本場」のアマゾンも一度は見てみたいものだ。

(*15) 環境基準上、CODは湖沼・海域など、BODは河川に用いる。砂沼は湖沼だと思うが、手賀沼のように河川扱いなのだろうか。それにしても手賀沼はCODを用いているので、このへんは環境省と国土交通省の「あるある」か。要するによく分からない。ちなみに砂沼のBOD値は行政区域を流れる小貝川や鬼怒川とともに下妻市が公開しているが、探しても古いデータしか見つからなかった。

(*16) 「ノンポイント汚染源とは、汚染物質の排出源が面的に散在し、特定することが困難な汚染源のことを指す。一般の工場・事務所、家庭など、汚濁物質の発生源を点(ポイント)で特定できる特定汚染源に対して、面源、非特定汚染源とも呼ばれる。」(日本水環境学会ホームページより)特定できないので対策もできず、この砂沼のようになってしまう場合が多い。それだけ周辺の窒素やリンの総量が多いということだが、農業地帯だけに仕方がない面もある。これが原因で我が茨城県の湖沼は「こんなに田舎なのになぜ汚いのか」という場所が多い。


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