日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
ウチワゼニグサ
(C)半夏堂
Invader Hydrocotyle verticillata  Thunb.var.triradiata Ferm.

セリ科チドメグサ属 ウチワゼニグサ 学名 Hydrocotyle verticillata  Thunb.var.triradiata Ferm.
被子植物APGV分類:同分類
国内 生態系被害防止外来種
 
2015年6月 千葉県市川市 希少植物イノカシラフラスコモの自生地付近に定着したウチワゼニグサ(fig1)

【ウチワゼニグサ】
*広義のアクアリウム由来帰化植物である。広義とは屋内水槽育成の「ウォーターマッシュルーム」からの逸出だけではないはずで、屋外の睡蓮鉢や池など様々な形での育成が成されていた事実があるからだ。どちらにしても「今更」議論で、責任の所在が明確になったとしてもどうしようもない。それどころか、逸出させた本人もその自覚がないだろう。今や広範に帰化定着しており、最も意外に思ったのはミシマバイカモがたなびく清流、静岡県三島市の源兵衛川でそこそこの群落を見たこと。湧水だろうと農業用水だろうと適応範囲は広いようだ。

 和名はわりと変わったパターンで、「団扇」と「銭」二つのモノを名乗っている。葉の形状からの連想だろうが、どちらかに統一できなかったのだろうか?和名決定も「やっつけ仕事」で、どちらでも良いからどっちも付けちまえ的なノリがあるのだろうか。まっ、どうでも良い話には違いないが。

誤解
■要注意と特定の「境目」

 様々な場所で定着しているウチワゼニグサだが、意外なことに以前の外来生物法上は「無印注1)」となっている。正確に言えば輸入の際に、特定外来生物のブラジルチドメグサではない、という趣旨で種類名証明書の添付が必要となるが、一般の小売店(アクアリウムプランツ販売店)や消費者にはあまり関係がない。と言うか、そもそもこうした手続きが主たる逸出源と思われる一般消費者と乖離している時点で、さらに種に付いての誤認や誤解、紛れが存在している背景も考慮すれば、特定外来生物のブラジルチドメグサも半ば野放しとの批判を免れまい。

 ウチワゼニグサはアクアリウムやビオトープでは古くからウォーターマッシュルームやウォーターコインという名称で用いられてきた水草であり、逸出源や経緯は他のアクアリウムプランツと同様のはず。自宅周辺地域をざっと見ても本種の定着場所は多く、またそれぞれの群落規模は大きい。あきれるばかりのナガエツルノゲイトウを除けば、最近見ているだけで腹立たしい「群落」はホテイアオイとこのウチワゼニグサである。


2011年6月 埼玉県 水中にも展開。考えてみればアクリウムプランツなので当然か。ここはムジナモの最後の自生地(fig2)


■実態

 無印のウチワゼニグサとは言え、生態系への影響という点ではもはや「輸入時の種類名証明書」というレベルではないように思われるが、現状では注意喚起も法的規制もない。輸入に緩い規制がかかったとしても国内に於いては実質野放しである。全面的に輸入を禁止したとしても版図を広げるための「ネタ」は国内に十分以上にあるのが現実だ。

 そもそも「種類名証明書」を添付する原因となったブラジルチドメグサとは何者だろうか。私の行動範囲には定着がなく実物も見たことがないが、国立環境研究所の侵入生物データベースによれば、1998年ごろに九州で確認とあり、現在の定着は福岡、大分、熊本と岡山県とされている。侵入経路もアクアリウム等観賞用と言い切っているが、ここで疑問が2点。
 一点はこの「ブラジルチドメグサ」なるアクアリウムプランツに記録がないこと。逸出源として特定しているのはなぜか、という疑問だが、これは本種やウチワゼニグサを含む複数種の植物を「ウォーターマッシュルーム」または「ウォーターコイン」という名称で一緒くたに扱っていたのではないか、という事で理解できなくもない。遺憾ながらアクアリウムではよくある話注2)だ。濡れ衣だとしても無実も証明できないドツボ。身から出た錆とはまさにこの事だ。
 二点目はなぜ定着が西日本に集中しているのか、という疑問。アクアリウムは今や廃れたとは言え全国区の趣味だ。アクアリウム逸出は通常同時多発的に全国に拡大する。これはオオフサモやオオカナダモ、フサジュンサイなどの経緯を見れば分かる通り。ブラジルチドメグサが南方型植物としても、今や日本の気候は西日本も東日本も大差がない。真夏には那覇より東京の方が暑い、なんてことがよくある。

 上記状況を鑑みれば、ブラジルチドメグサのみならずウチワゼニグサを含む、現状種類名証明書が必要なセリ科植物全般を特定外来生物に指定するのが極めてリーズナブルであるように思われる。実際問題ウチワゼニグサの定着の方が普遍的で被害実態も似たようなものだと考えられる。というか見る限りそう確信できる。冒頭画像はキャプションの通り日本唯一のイノカシラフラスコモ(シャジクモ科)の自生地付近に蔓延ったウチワゼニグサである。この光景を見た際に、やはり日本唯一のビャッコイ(カヤツリグサ科)の自生地に侵入したオランダガラシを思い出した。外来生物法の法的規制以前に「希少種を保全する」ことを優先すべきなのではないだろうか。

 ブラジルチドメグサの特定外来生物指定により、本種も同様ではないかという誤解があるという。自分としては上記の通りそれでも良いという立場だが、それは在来種を含めてこの属の判別が難しいという事実に起因すると思う。仮にブラジルチドメグサが関東地方に侵入定着したとしても、よほど綿密に調べない限りウチワゼニグサの群落と誤認すると思う。もしかすると現時点でも侵入生物データベースの分布データ以上に拡大している可能性も否定できない。外来生物に関しては「疑わしきは罰す注3)」もありなのではないか。

被害
■自然環境の相違

 近隣のウチワゼニグサ定着地では、この地に居を構えて20数年、自宅周辺には目ぼしい湿地植物も自生しておらず、正直な所「在来種に対する圧迫」というブラジルチドメグサ的な影響はまったく感じられない。そこにウチワゼニグサがなかったら、というタラレバ議論もピンと来ない。それこそこの地域はウチワゼニグサがなかったらナガエツルノゲイトウやオオフサモが進出するのではないか、という笑えない状況だ。現実にそうした場所も多数ある。

 そもそも平野部の真っ只中、かつ水田や畑が多いこの地域、ノンポイント汚染源によって水域は汚れているが、この地形、地勢は全国似たようなものだと思っていた。しかし茨城より都会のはずの埼玉にしても状況は全く異なっていて、ちょっとした大きな町の河川でも沈水植物が見られたりする。一般種にしても沈水植物が普通に見られる環境は正直羨ましい。何かにつけ茨城県にライバル心を持つ栃木県にいたっては別世界である。茨城県にはシモツケコウホネもトウサワトラノオもない。いったい何が違うのだろうか?


2011年6月 埼玉県 湿生する姿(fig3)


■自然のバランスシート

 このコンテンツ記事で他にも書いたと記憶しているが、その水域にウチワゼニグサが定着しなかったと仮定した場合、上記のように別の外来植物か、良くてもアシに被覆されるだけという状況が想定できる。一方、外来植物にしても多くは毒性があるわけではないので昆虫類や両生類などの生物にとっては隠れ家や繁殖場所として利用できる。一律に「生態系への被害」と言っても、下手をすれば除草剤の散布や草刈によって裸地となった水辺では、生態系全体として考えれば被害よりも利益の方が大きいと思う。それは植物以外の生態系のみならず、景観や住環境から影響を受ける「人間の」生態系も含めた話だ。
 そう思ってしまう原因は上記のように町が持っている自然環境に関する「地力」だろう。その「地力」には自治体の考え方も相当部分影響する。考え方は「水と緑の町」などのお題目ではなく実際に何をしたのか、しようとしたのか、ということだ。これがなければ居住者のうち、地縁や職場、持ち家など縛りがない層は長期的に町を離れていく。

 本題に戻り、自然環境でもこうした、いわば「貸借対照表的な」要素があって、外来種問題を考える前に自然破壊対植生(外来種でも)のメリットが議論されて然るべきであると思う。もちろん明らかな被害は別だが、環境は自然のみならず上記のように人間の住環境、景観など様々な要素があるはず。非常な暴論であるが、遠目に見て緑豊かな景観を形作るのが在来種だろうと外来種だろうと、特に植物にあまり興味のない大半の居住者にとっては関係ない。そこに緑があるという事実こそ重要だと思う。

 さらに極論、かつ誤解を恐れずに言わせて頂ければ、近所を歩いていてまったく植物がなかったり、あってもアシやマコモだけの水辺なら外来種でもあった方が変化があって楽しい。もちろん外来生物の定着を許容するものではないし、以前近所の小河川にホテイアオイが大繁茂していた際には行政に通報し駆除を依頼したりもしている。(実際に動いてくれた)ホテイアオイはアフリカのビクトリア湖の例注4)でも分かる通り生態系に甚大な被害をもたらす事は分かっているが、駆除後の何もないドブ川を見ていると果たしてこれで良かったのか、という気持ちもわいてくるのだ。

 擁護する点があるとすれば、植物体である以上、二酸化炭素の固定は行っており、まさに言葉通り微力ながら地球温暖化防止に寄与している。また現実に霞ケ浦に流入する河川で行われているホテイアオイによる水質浄化(ただし回収タイミングを間違えると無意味)の効果も「やや」あると思う。何でもかんでも「外来種はいけない」というステレオタイプの見方は往々にして環境という側面が抜け落ちることは否定できない。まさに「角を矯めて牛を殺す」ことに他ならないだろう。少なくてもストレートにドブ川の状況を見なくてよい、という景観上のメリットはある。水質や生物多様性も重要だが、見かけは住環境に直結する。地元は首都圏の端だが都心への通勤圏、不動産も安い、と条件が揃っていながら年々じりじりと人口減少にあるという面白い町だ。(参考:取手市人口の推移)自然環境という点ではすべからく同様であって、原因はこんな所にもあるのではないだろうか。

■ウチワゼニグサのバランスシート

 ウチワゼニグサに付いても育成した経験もないし何ら思い入れはないが、国立環境研究所が言うように(これはブラジルチドメグサに対する記述だが)「大繁茂し、在来種の生育を妨げる」ことがあるのかないのか以上のように懐疑的ではある。くどいようだが防除自体は賛成であるし存在を肯定しているわけでもない。問題の本質は防除後の生態系という点だ。一般的に外来種は最初に裸地に進出する注5)と言われているが、水辺の裸地はなぜ出来たのか、そしてその後の経緯がどうなるのか、という所を考えなければならない。

 外来種は同じ生態的地位注6)にある生物を駆逐するという。この法則で考えれば在来種の水辺植物、オオチドメやノチドメが対象になると考えられるが、これらの植物はもちろん希少植物でもないし駆逐された形跡も感じられない。普遍的に見ることができる。上記したような環境に於いて、在来種の生育を妨げるという対象が何なのか、否定するわけではなく純粋に知りたい。そこまで検討しなければ「大繁茂し、在来種の生育を妨げる」と言い切ることはできないだろう。言わば、ウチワゼニグサを含めた外来種は現状、負債として貸方に記載されている。しかしその結果を示す借方、自然環境という「資産」の発生原因なのである。

園芸
■園芸種の取り扱い

 外来生物法で指定がある明らかな外来生物(未判定外来生物を含む)は別として、日々種類が増える園芸植物の扱いがどうなっているのか全く分からない。それよりも実態が分からないのは、元々外来植物であってその後在来植物との交配によって「作出」された植物(いわゆる花卉園芸植物)の動向である。分からない、と言うよりも諸般の情報から野放しに近いのではないか、と思われる。

 また雑草範疇の植物でも世に知られないままこうした事態が発生しており、一つ身近な例を上げると、身近な雑草のタンポポはほとんど在来種タンポポとヨーロッパ原産のセイヨウタンポポとの交雑種であるという。それも単純な交雑種だけではなく、複雑な交雑を経て3倍体、4倍体注7)などのグループも多い。彼らの中には日本産のタンポポの環境適応力とセイヨウタンポポの繁殖力を兼ね備えたスーパー雑草注8)となり、母種であるセイヨウタンポポでさえ駆逐してしまう強力な連中も出現しているようだ。
(参考:富山大学理学部サイト


2019年7月 茨城県土浦市 湿地(fig4)


■最悪のストーリー

 客観的に考えてこうした事実は知る人間の方が少ないと思う。正直な話私も最近知ったことだし、山野でタンポポ(広義)があっても自慢じゃないが正確に同定できない。人知れず入れ替わってしまった、という表現が相応しいのかも知れない。同じパターンにイ(イグサ)とコゴメイの例もあるが、最も始末が悪いストーリーであると思う。

 こうしたリスクを人為的に作り出しているのが花卉園芸植物の作出である。リスクとは言っても現状ではいつどのような影響が出るのか誰も分からない、という所が恐い。特に見かけは同じようなモノでも実は違う、というパターンが最も怖い。水辺植物で言えばホナガカワヂシャ(在来種カワヂシャと外来種オオカワヂシャの交雑種)の如きモノ。交雑種でありながら稔性を持つのでカワヂシャやオオカワヂシャとの再交雑、雑種優勢注9)による駆逐によって、広義カワヂシャが上記のタンポポのようにワケの分からん植物だらけになる可能性は非常に強い。と言うか、私のように水湿地を歩く頻度の高い人間でもいちいちカワヂシャを調べたりはしていないので、カワヂシャすべてキメラが現実になっている可能性もある。
 さらに近年、花卉植物の作出にもバイオテクノロジーが導入されている。遺伝子組み換えの農産物経由でスーパー雑草が広がったように、これらに除草剤に対する抵抗性が組み込まれていれば花粉を経由して同系統(科、属)の野草に能力が伝播する可能性も強い。こうした事態は立派な環境汚染であると思う。除草剤が効かない雑草だらけになった時、より強力な除草剤が出現して「いたちごっこ」を行うのか、農地にはびこる強力な雑草の養分収奪を座視し収穫量減少に甘んじるのか、玄関先に植えられて綺麗な草花を楽しむ行為は意外と罪深い。

 ウチワゼニグサがホナガカワヂシャより恐ろしいのは「ウォーターマッシュルーム」にはすでに数種類の別植物が区別されずに流通していることに加え、流通名ミニマッシュルーム(Hydrocotyle.vulgaris)等も近縁の植物であり、自然下で交雑種が誕生したとしてもゲノム解析でもしない限り母種が何だか分からない、それ以前に交雑種なのか判別も付きにくいという点だ。要するに気が付かれるのが相当遅くなるし、気が付いた時点では手遅れ、根絶不可能といった事態に間違いなく至る。

 ウチワゼニグサのように現状無印の外来種に関してはこうした側面からの評価も必要だろう。場合によってはブラジルチドメグサ以上に強力なチドメグサ属植物が出現する可能性もある。これらが完全に防除できない程広がってから法的規制をかけても何の意味もない。すでに特定外来生物の植物の実態が示している通り、流通や移動を止めても分布の拡大を阻止できる効果は限定される。外来生物法は指定そのものが目的ではないはずだ。

■被害の再生産

 ウチワゼニグサが帰化定着した主なルートは前述のように広義のアクアリウムであると考えられるが、これはあくまで確度の高い状況証拠である。趣味にしても業にしても他にこの種を扱っている分野がないからである。被害実態というものに疑義はありつつも、生態系被害防止外来種に指定されるまでに定着してしまった責任は負わなければならない。

 一方、二次被害とも言うべき拡大の証拠を期せずして見てしまったのが右画像である。撮影場所は菖蒲園として建設が継続している湿地だが、植栽するために持ち込まれたハナショウブ注10)のポットにウチワゼニグサが生えている。この湿地にはすでに定着しているが、おそらく出所は同じだろう。推測するにハナショウブの生産地には大規模に定着しており、出荷するポットの用土には種子ないし株の一部が入り込んでいる。そして日本全国に旅立ち、そこでまた定着する。こういう悪夢のような連鎖が日々発生しているわけだ。


2019年7月 茨城県土浦市 ハナショウブとともに「出荷」されたウチワゼニグサ(fig5)


 被害が被害に留まらず、自ら拡大する、しかも移動手段は人間におまかせ。版図を拡大するのにこれほど楽な方法はないだろう。問題は出荷する側がこの事実を認識しているかどうか、と言うかこの有様(画像)を見れば認識していないだろう。意外な伝播ルートだが、これは倫理的には疑問が残るが法的にはセーフだ。似たような例で、完全に法的にアウトな例も見たことがある。ホームセンターに初夏になると設置される「水辺の植物コーナー」に、この世界(水辺植物の通販)では有名なT社から出荷された水辺の植物のポットに、特定外来生物のナガエツルノゲイトウが生えていたのである。この例は趣味者のみならず事業者にも、危険な外来種の情報が徹底されていない状況がネガティブに証明された事例と言えるだろう。

生態
■匍匐

 自生地に行くと根本が見えないぐらいに葉が密集しているが、この占有はこういう(画像)方式によるもののようだ。何かの冗談のような姿だが四方八方に匍匐枝を伸ばし、ほぼ等間隔に葉を立ち上げる。昔母親が縫い物をしていた時の「待ち針」を思い出す。この匍匐枝が幾重にも交差すると非常な強度が出て、ちょっとやそっとでは地表から剥離しないようになる。これは庭に生えた雑草チドメグサを手でむしるのと同じ。(やっとことがあれば分かるはず)
 匍匐枝は湿地地表でも水中へでも選り好みせずに進んでいく。かくして湿地も浅水面もこのコイン型の葉に覆われてしまう。覆われた土壌には日が差さず他の植物は生えにくい。極めて戦略的な陣取り方式だ。その状態は本稿前半の画像で見てとれると思うが、実物はさらに印象がゴツく、いざ防除しようとしても相当の困難さを想像させられる。特定外来生物のブラジルチドメグサが流れをせき止め大きな問題になっている、と聞いた際に「そんな大げさな」と思ったが、この有様を拡大して想像すると納得できる。


2019年6月 茨城県 水中に入って行く匍匐枝(fig6)


■受光

 ウチワゼニグサの根生葉は水中に入り水深が増すと浮葉になるが、浮葉を形成する頻度は少ない。帰化定着した野生下でも浮葉となっている姿はあまり見ない。これはある意味「不幸中の幸い」かも知れず、水深のある水域に生える沈水や抽水、浮葉の在来植物の脅威にはなりにくい、という事になる。能力がありながら使わないのは何故なのか分からないが、ブラジルチドメグサは容易に浮葉を形成することで多様性の脅威となっているのはもちろん、水流阻害など災害にも直結する害をもたらしている。

 ウチワゼニグサは別名でタテバチドメグサとも呼ばれるが、この異名はおそらくこのチャプターの画像の状態を模したものだろう。ただしこの状態は成長過程の一時的なものであり、成長した葉は地面と平行になり受光面積がMAXとなる。光合成生産においてもぬかりがない。この植物の様々な側面を考えてみると、まるで隙なく緻密に設計された工業製品のような印象も受ける。それだけ合理的に生き残るための「進化形」であるということか。

■適応

 本種の原産地は北米南部〜中央アメリカ原産とされている。温帯〜亜熱帯域の植物であり、日本国内でも実生が可能であるような気がするが、雑草研究Vol.62に掲載されたこちらの資料(外来水生植物チドメグサ属3草種の耐寒性及び種子繁殖特性の比較)によれば種子の形成はゼロ、すなわち実生はしない。かなり意外な結果であるが、そもそも結実しないため、ヒガンバナ型注11)の生き残り戦略、つまり淘汰の結果、寒さに強い三倍体のみ残存していることも考えられる。

 より問題が大きいブラジルチドメグサは同資料によれば実生も行ない、占有スピードも規模も大きいことが推測される。だからこその特定外来生物であるわけだが、これだけシステマティックに生き残るウチワゼニグサもいつ何時実生の能力を復活させるか分からないと思う。この20年ちょっとの間にもSU剤耐性注12)を身に付けた水田雑草や、遺伝子組み換え作物から花粉経由で強さをスチールしたスーパー雑草注12)など、これまでの常識では考えられない植物が出現している。


2012年8月 千葉県松戸市 湿生して河岸を占有している


 生き残りのためのギャップの種類が何であれ、生物である以上適応してしまう可能性は常在する。これまで述べたように除草剤を乗り越え日本の気候に対応し、それでも場合によって邪魔になるほど定着している植物は数多い。たとえば家の近所を散歩しただけでアゼナ(SU剤耐性)、オモダカ(ひょっとするとスーパー雑草)、ヒガンバナ、サトイモ(三倍体)、何気ない外見ながら力強い能力を内包する植物達を日常的に見ることが出来る。ウチワゼニグサが知らないうちに変質してしまう可能性は誰も否定できないと思う。

脚注

(*1) 特定外来生物ではなく単に法的な規制がかからないというだけの話であって生態系被害の実態がない、ということではない。同定ポイントが分かり難いチドメグサ属外来種は「本当にウチワゼニグサ?」という群落も相当数含まれているような気がするが、今まで詳細に調べることもなかった。環境省のデータではブラジルチドメグサはまだ関東地方には侵入していないが、希少種にしても外来種にしても、事実が環境省のデータを凌駕しているのは都度触れている通り。植物、特に外来種に付いてはスタティックなデータというものは存在しない。

(*2) アクアリウムプランツは名称が商品名であるため、別種の混入などが頻繁に発生する。甚だしい場合には別科別属として扱われる場合もあるほどだ。正確に同定しろ、とまでは言わないがロタラ・インディカのように趣味者に大混乱を起こす場合もあるので、販売者としての最低限のボーダーラインは必要だ。趣味者側(購入者側)は極めてマニアックな層だが流通側はわりと雑、非常に珍しい業界であると思う。需給のバランスが取れない業界は長続きしないが、まさに現状通りである。

(*3) 本来は「疑わしきは罰せず」で、この精神が刑法の原則となっている。要するに刑事罰には明確な証拠が必要であるということ。しかし外来生物は被告人ではない。将来的なリスクが見えれば外来生物法の規制対象となっても納得、という話。また現実に被害実態が確認されてから動いてもほとんどの場合手遅れであることはナガエツルノゲイトウ、オオフサモ、ミズヒマワリ等の例によって明らかだ。もちろんこれらを扱う人間が対象の場合には原則通りであるし、証拠があれば被告人になる。

(*4) ケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれたアフリカ最大の湖。ホテイアオイの増殖が甚だしく漁業に悪影響が出ている他、本来ビクトリア湖で繁殖しなかった蚊が大発生し、これらが媒介するマラリアが流行している。これは明確な確証はないが、ホテイアオイによって消波や水中の嫌気化が発生し、蚊の生育に適してしまったのが原因ではないか、という説が有力である。以上によりビクトリア湖のホテイアオイは世界最悪の外来種問題とも言われている。気候が原因なのか日本国内ではそこまでの被害はないが、これもいつ何時「変質」するか分からないという不気味さがある。

(*5) 当Webサイト、水辺の外来植物に詳述。裸地は何も競合相手がいない=進出しやすい、他の植物が進出できないほど環境が厳しい裸地=外来種の持つ強靭さによって進出可能、などいくつかの仮説がある。どちらにしても現実もその通りとなっている。

(*6) ニッチ(niche)とも言う。生物全般の概念であるが、植物で言えば光合成に不可欠な日照や成長に必要な栄養分を含んだ土壌など、植物間で競争の対象となる環境を巡った争いの結果、安定して得たもの。同様の傾向を持った(競争力を持った)より強力な外来種が入り込むと今まで生態的地位を保持していた在来種は駆逐されてしまう。身近な例を上げればイグサ(イ)だと思っていた植物がいつのまにか外来種のコゴメイに代わっていた、という事実が上げられるだろう。

(*7) 通常の生物は両親から受け継いだ二組の染色体を持つ。(二倍性 、diploidy)三倍体は四倍体と二倍体との交雑によって生じ、6/3=3となる。この結果減数分裂が出来ず不稔となることが多い。四倍体は自然下でも発生するが、園芸改良品種などで、コルヒチン処理を加えることにより生まれる。一般に大形となるので草体、花を愛でる目的の花卉園芸植物でよく用いられる。

(*8) superweed 除草剤が効かない雑草。近年になって問題となったが、発生原因は遺伝子組み換え作物の影響(受粉)により除草剤に対する抵抗性を身に付けたとされる。厄介なのは見かけは同じでも区別が付きにくい点で、水田雑草で言えばオモダカが一部でスーパー雑草化している。オモダカそのものが養分収奪が甚だしい大型の強害草なのに除草剤も効かないとなれば手で駆除するしかなく、高齢化の進む農業では実質的に放置するしかない。

(*9) または雑種強勢。交雑種の第1代(F1)が耐環境や種子生産性など多くの点で両親を上回る現象。農業ではトウモロコシなどの収量増加の手段として利用されてきた。逆に雑種弱勢という現象もあり、遺伝子相互の作用がマイナス方向に作用した場合、上記の点が両親より劣る傾向を示す。交雑種であるから強い、とは言い切れない。

(*10) ハナショウブは園芸用の改良品種で、ノハナショウブ(Iris ensata Thunb.var.spontanea (Makino) Nakai)が原種。一般にはまったく別物のキショウブ(外来種)や原種のノハナショウブ、カキツバタなどアヤメ属全般を「ハナショウブ」と呼び。「花菖蒲園」に植栽する傾向が強い。その「花菖蒲園」にはそれぞれの名称を示す名札が付いている場合もあるが、名称は園芸品種名であることが大半だ。また全く別科である「ショウブ」を使った菖蒲湯に用いるのがハナショウブの葉であると勘違いしている人も多く、最も誤解されることが多いカオスの植物であると言えるだろう。

(*11) ヒガンバナは三倍体(3n=33)であり不稔性、花は咲くが減数分裂しないため種子を形成しない。ウチワゼニグサも開花するが、実生が確認できないということは不稔である可能性が強い。本文リンクのテキストには(以下引用)「藤井・角野(2007)により、兵庫県神戸市住吉川に定着したウチワゼニグサ群落では、1年を通して実生が見出せず、雄蕊の花粉が極めて少なく(中略)ウチワゼニグサの分果が不稔であったことが示された」とある。
 温帯〜亜熱帯性の植物は日本の冬をどう乗り切るか、という点が定着の分岐点になるが、ヒガンバナのように寒さに強い三倍体のみ残った、という可能性もあるかも知れない。

(*12) 水田雑草に対する一発剤(1回の散布で1シーズン除草効果がある)であるSU剤(スルホニルウレア系除草剤)は夢の除草剤として1980年代中盤に登場、全国で盛んに使用されてきたが早くも1990年代には抵抗性を持ったものが登場し、現在ではアゼナ、アメリカアゼナ、タケトアゼナ、アゼトウガラシ、キクモ、ホタルイ、ミズアオイなどが知られている。ロジックとしてはこの薬剤に強い株が残り、それらが交配することで「選別」されてしまったこと。
 スーパー雑草は経緯が異なり、遺伝子組み換え作物に組み込んだ「除草剤耐性」「成長スピード」「株の大きさ」「収量」など植物に有利な遺伝子を、作物とまったく関係のない雑草が花粉経由で取り込んだもの、と言われている。水田雑草ではオモダカが問題になっている。


【Photo Data】

・RICOH CX5 *2015.6.30(fig1)  千葉県市川市
・PENTAX OptioW90 *2011.6.3(fig2,fig3) 埼玉県羽生市
・Olympus PEN-F + M.Zuiko30mm Macro *2019.7.13(fig4,fig5,fig6) 茨城県土浦市
・Canon PowerShotA2300 *2012.8.24(fig7) 千葉県松戸市


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