日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
オオカワヂシャ
(C)半夏堂
Invader Veronica anagallis-aquatica L.

ゴマノハグサ科クワガタソウ属オオカワヂシャ 学名 Veronica anagallis-aquatica L.
被子植物APGV分類 オオバコ科 Plantaginaceae クワガタソウ属 Veronica
  国内 特定外来生物

湧水河川で沈水状態の群落を形成する(長い葉はナガエミクリ沈水葉) 2015年6月 東京都東久留米市
毒の二次攻撃

 2015年6月にナガエミクリの写真撮影に東京都東久留米市の落合川に行ったが(記録はこちら)、実は一番印象に残った植物はナガエミクリではなくオオカワヂシャであった。落合川にはナガエミクリが相当数自生していたが、同程度にオオカワヂシャがあったのである。しかもナガエミクリ同様に沈水化し、抽水し、湿生し、河川周辺のあらゆる地形で繁茂していたのである。
 本来こうした環境での生態的地位(*1)はカワヂシャが担ってきたはずだが、残念ながらこの日はカワヂシャを見ることがなかった。事細かな記録があるわけではないので確かな事は分からないが、カワヂシャが駆逐されてしまったのか、もともと自生が無かったのかは不明である。前者だとすればオオカワヂシャの排他性を確認できるだけだが、話はそう簡単に済まないようだ。

 排他性を単純に発揮してくれればまだ良いが、交雑の危険性の方が高いのだ。オオカワヂシャとカワヂシャが交雑した場合、ホナガカワヂシャ(*2)という交雑種を生み出す。この交雑種が稔性(*3)を持ち、さらに交雑を繰り返すという。つまり一見オオカワヂシャ、カワヂシャだが実は純潔ではない、こんな植物だらけになる危険性が高い。
 オオカワヂシャは特定外来生物、カワヂシャは準絶滅危惧(NT)である。防除対象としても保護対象としても判断のしようがない。交雑を繰り返し形質が原型に偏ることは容易に想像できる。メンデルの法則を持ち出すまでもなく、交雑すれば花色(両者を判別する第一の同定ポイント)はオオカワヂシャの青、カワヂシャの白、遺伝子は両方持っているはずで、最近ではカワヂシャを見ても「ちょっと待てよ」という気になっている。

 凶悪に蔓延る外来種は多々あるが、そいつらは根こそぎ除去することで防除できる。ある意味すっきりしているが、オオカワヂシャないしオオカワヂシャ由来の交雑種はこうした厄介さを持っている。外来生物に於いてこうした不気味さを持っているのはタイリクモモンガ(*4)とオオカワヂシャぐらいか。タイリクモモンガの方は「危険性」「おそれ」と例の如く(*5)お役所的修辞的文言で選定理由が示されているが、オオカワヂシャは現実に被害実態が存在する。そして毒の二次攻撃とも言うべき再交雑も「おそらく」各所で発生しているはず。そこにあるのが本当にオオカワヂシャなのか、この記事の画像すべて、正直な所自信がない。
 このへんは他種に関しては分かったような分からんような解説が多い、国立環境研究所の侵入生物データベースにも明記してあり、形態として(「」内同リンクサイトより引用)「染色体数2n=36等。茎上部に腺毛のあるものをヒメカワヂシャV. a. f. anagalliformis という。」影響として「在来種との競合、遺伝的撹乱等 影響を受ける生物:在来種のカワヂシャ V. undulata と交雑。西日本では雑種ホナガカワヂシャ V. × myriantha に置き換わりつつある。」とある。染色体数を表現するのに2n=36「等」とはあまり聞かない話だが、この交雑しやすい性格を考えれば納得できる表現ではある。


(P)開花 2015年6月 東京都東久留米市

開国

2006年6月 東京都東久留米市


 オオカワヂシャの侵入経路、経緯は不明とされるが、時期は記録があり「1867年に神奈川県相模で採集された」とある。(環境省外来生物法解説)原産地はヨーロッパからアジア北部だが、江戸期の外来生物記録がないために、それ以前から侵入定着していたのか、記録された前後に侵入したのか確かなことは分からない。
 細かい「突っ込み」であるが、環境省の文章で「1867年に」とある。外来生物法施行前の対象植物種選定に於いて、江戸期以前と明治以降で対象非対象を区分(*6)していたはず。明治元年は1868年なので1867年に確認されたオオカワヂシャは江戸期最末期の外来植物であってガイドラインから考えれば対象外のはずである。この辺の1年2年のズレはどうでも良いし本種の特定外来生物指定に異を唱えるものではないのでそれ自体はどうでも良いが、気になるのはいつ定着したか、ということ。

 ゲノム解析はまだ趣味レベルで出来るほど簡単なことではないので確認できないのは仕方がないが、長い定着の歴史を持っている植物であれば遺伝的撹乱の可能性はそれだけ大きくなっているはず。
 在来種カワヂシャがちょっとした形態的変異を持っていた場合、それがカワヂシャの種内変異(*7)なのかオオカワヂシャBなのか、はたまたホナガカワヂシャCなのか、見た目では見当が付かない。それが前項で書いた「ちょっと待てよ」なのである。
 江戸期以前、奈良、平安、鎌倉それ以降、現在の中国との貿易は継続している。アジア北部にも分布する本種の種子が我が国に入り込む余地は十分にあったと考えられる。環境省のオオカワヂシャの記録が江戸明治の変わり目に重なっていたため、開国によってもたらされた植物かと考えがちだが、どうもそんな単純な話には思えない。
 自分自身でちょっとした形態的変異を持ったカワヂシャないしオオカワヂシャを見たことはないが、変種や未確認帰化種の情報として前述のヒメカワヂシャ(V. a. f. anagalliformis)に加えてオトメカワヂシャ(V. anagalloides)、カワヂシャモドキ(V. catanata)などがあり、こうした種がオオカワヂシャBやCではないという確証はない。

 オオカワヂシャの帰化定着が開国のためかどうか怪しい的な話を書いたが、開国はやはり外来種植物が入り込むハードルを大幅に下げ、我が国の植物構成の変動に繋がった大きな契機であったことは間違いない。代表的な例として今や全国どこにでもあるシロツメクサ(マメ科シャジクソウ属、Trifolium repens)。開国近代化とともに輸送手段が発達し、貨物が全国に流通するようになった際に荷物の詰め物として全国に拡がったようだ。ツメクサは爪ではなく詰、が語源となっている。また家畜の飼料用途、緑化資材(*8)としても ニーズがあり、当時の価値観には目新しさと利便性の比重が大きく、外来植物の危険性という概念がなかったことは容易に想像できる。 このような積極的な移入と利用によって広がった植物も多かったことだろう。


(P)河川の岸辺にて 2015年6月 千葉県松戸市

地形

2016年4月 東京都葛飾区白鳥
人工的に開削された曳舟川親水公園で確認。どこから来たのやら・・


 当地ではオオカワヂシャは河川付近で見かける場合が多い。水生植物であることは間違いなく、在来種を含めた他の水生植物が好む地形を好むことは何の不思議もないのだが、一方水田地帯ではあまり見ない。あまり見ないというだけで全くないわけではなく、市内や隣接する利根町(*9)ではごく限られたエリアで確認している。
 生態は湿生が多く、特に水温を気にする(沈水化は別として)植物ではないと思われるが、水田地帯にはあまり被害実態はない。これは乾田化と無縁な話ではないだろうと思う。(逆説的な話だが)乾田は秋冬には完全に干上がり、用水路・排水路とも同じ状況になる。水田雑草の多くはこの期間種子や根茎で休眠するが、想像するにオオカワヂシャはこうした乾燥耐性の能力が劣るのではないだろうか。本種は常緑越冬するが、沈水状態か水分のある休耕田、湿地などに限られる。関東地方の冬の乾田はまったく水分とは無縁となり陸上と同じなので、侵入しても冬を越せないのではないだろうか。これがやたら拡散しない理由となっているのであれば朗報だが、本種の種小名、アクアティカを見ているとそんな図式が脳裏に浮かんでくる。(以上は個人的な想像範疇の話でまったく根拠はない)

 これまで前述落合川や東京都国立市の矢川など湧水起源の河川で大群落を見ていたためか、オオカワヂシャは冷水を好むのではないか、と考えていた。平地の一般河川にも存在するが大群落を形成するほど蔓延った姿は見たことがない。この話の方向性、オオカワヂシャ北方起源説には現状で重大な瑕疵があり、国立環境研究所の侵入生物データベースの分布を見る限り、北海道に分布がないのである。(現時点では青森県が北限になっているようだ。しかし秋田・岩手・山形各県には分布が無い)
 北海道に侵入した場合、話が尚更複雑になってしまうと思われるのは、近以種のエゾノカワヂシャ(V. americana (Raf.) Schwein. ex Benth.)、帰化種のマルハカワヂシャ(V. beccabunga)の存在である。カワヂシャと交雑してホナガカワヂシャが生み出されたように、個人的に疑念を持っている更なる再交雑のように、両種を巻き込んでまさにカワヂシャカオスを引き起こしてしまうのではないか。こうした大規模な遺伝的撹乱をもたらす破壊力を持っている植物がまだ北海道に進出していないのは幸運なことだ。

 しかし逆の話、マルハカワヂシャ(V. beccabunga)が本州に侵入しているという話がある。以前閲覧していた生物系の個人サイトに 怪しいカワヂシャの目撃例が掲載されており、タイトルは Veronica sp.となっている。Webサイトの文面から私より遥かに知識見識のある方だと思われるが、オオカワヂシャと断定を避けている。私がこの写真のオオカワヂシャを見てもあまりのゴツさにショックを受けて色々可能性を調べたと思う。この草体は花がなければまるでミズヒマワリだ。
 この「オオカワヂシャ」はともかくとして、記事中に(「」内リンクサイトより引用)「この前新しく出た「1998年版 埼玉県植物誌」を入手して、この辺を見てみたところ、 V. anagalis-aquatica は12個所、V. beccabunga は1個所の区画から記録されていました(みんな荒川沿いのようです(以下省略)」という一文がある。これは個人サイトの情報精度云々という話ではなく、埼玉県植物誌に記載された情報であるという点が重要である。
 一定地域に於いて未知の帰化種がいつの間にか入り込んでいる例は多い。自分自身でも茨城県南部で知られていなかったアメリカキカシグサやキレハイヌガラシを見つけている。大きな花がバンと咲き、誰の目にもとまるような植物ならいざ知らず、湿地や水田と言う一般に顧みられない地形に、在来種との差異が微小な植物が入り込んでも気が付かれるのは後々だろう。マルバカワヂシャもすでに入り込み、広義カワヂシャの遺伝的撹乱を引き起こしている可能性がある。不気味な話だが、今後も注視が必要だろう。


(P)水田用水路に出現した株 2011年7月 茨城県取手市

脚注

(*1) 特に限定したわけではないが、同属他種への排他性という意味でカワヂシャを想定した。本来生態的地位の変遷は科属によらず発生するが、オオカワヂシャの繁茂前にそこに何があったのか知る由もなく、あくまで「想定」である。

(*2) カワヂシャとオオカワヂシャの種間雑種で両種の混生地に生じるが、カワヂシャはオオカワヂシャとホナガカワヂシャの圧迫によって消えてしまうことが多く、両種のみの群落も見られる。また本文にある通り結実もするので再交雑(戻し交配)の危険性もあり、遺伝的撹乱が懸念されている。植物体の特徴としては和名の通り花序が細長く、花はカワヂシャとオオカワヂシャの中間の大きさ、花色は青。

(*3) 定義としては「有性生殖の過程に異常が無く交配により子孫を作り得ること」で、植物の場合受粉して発芽力のある種子を形成することである。種間雑種の場合稔性を持つことはやや稀で、水生植物ではインバモ(ガシャモク×ササバモ)、タヌキモ(オオタヌキモ×イヌタヌキモ)は種子を形成しない。

(*4) 特定外来生物の第一次選定で指定。遺伝的に在来種のエゾモモンガに近く(見た目でも区別は付かない)種間交雑の「おそれ」「可能性」を理由として指定された。指定前はペットとして一定数が出回っており(私も飼育していた)逸出例もあったと推測されるが現実的な被害は報告されていない。

(*5) 植物に限らず、特定外来生物と要注意外来生物の選定理由を読んでいると脚注(*4)にもある通り、「おそれ」「可能性」というものが異様に多く、具体的被害実態の解説を上回る。生物学的には可能性を排除することは重要だと思うが、外来生物法という法律の範疇でそれを理由にすることには反対である。

(*6) 環境省の「特定外来生物等の選定の作業手順」に「概ね明治元年以降に我が国に導入されたと考えるのが妥当な生物を特定外来生物の選定の対象とする」と明記されている。オオカワヂシャの場合、誤差1年であるので「概ね明治元年以降に我が国に導入されたと考える」範疇だと思うし、揚げ足取りのような意味ではない。また本種の凶悪性は現場で実例を多く見ているので選定に対する反対意見ではない。

(*7) 同一生物種内で見られる形質の変異、相違のこと。オオカワヂシャの「染色体数2n=36」は種内倍数性で、ひょっとするとオオカワヂシャ自体が何らかの種間交雑種ではないか、という可能性もある。こうなると本当に訳分からん。

(*8) シロツメクサはゲンゲ等と同様、根粒菌の作用により窒素を固定する機能があり土壌改良にも効果がある。シロツメクサに限らずマメ科植物の根粒菌共生による窒素固定は、総生物窒素固定の半分近く(約46%)を占めると言われている。

(*8) 茨城県北相馬郡。県南部にあり、取手市、龍ヶ崎市、稲敷郡河内町に隣接し、また利根川の対岸は千葉県我孫子市、印西市。合併が進んだ現在、北相馬郡唯一の町である。一時民俗学者の柳田国男が居住しており小規模な記念館がある。全般的に水田を中心とする農村地帯だが団地もある。



Photo :  RICOH CX4/CX5 SONY CybershotWX300 Canon EOS30D/SIGMA17-70mm

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