日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
メリケンガヤツリ
(C)半夏堂
Invader Cyperus eragrostis Lam.

カヤツリグサ科カヤツリグサ属 メリケンガヤツリ 学名 Cyperus eragrostis Lam.
被子植物APGV分類:同分類
  国内 生態系被害防止外来種

湧水の清流際に繁茂するメリケンガヤツリ 2015年6月 東京都東久留米市
安直ネーミング


ミゾソバと絡み合うように自生 2015年6月 東京都東久留米市


 原産地は南アメリカ〜北アメリカの一部、我が国では1959年に三重県で初めて帰化が確認されたが、本格的に全国に拡大したのは1990年代であるとされている。このタイムラグが何ゆえか知る由もないが、もし日本の気候に順応するための準備期間であるとすれば恐るべき対応力を持った植物であると言えるだろう。植物が新しい環境になじむのに必要な期間が高々30年・・・

 この植物、和名はメリケンガヤツリである。メリケンはすなわちAmericanのカタカナ表記だが、出自を物語るネーミングであるという部分はともかくとして、文語(ローマ字読み)ではなく口語(発音寄り)なのである。帰化植物でこうした例は珍しく、アメリカキカシグサ、アメリカアサザ、アメリカハンゲショウ、アメリカツノクサネム・・・水生植物はほぼ「アメリカ」表記、「メリケン」表記は本種の他にメリケンムグラぐらいか。
 余談ながら発音的には「メリケン」が正解に近い。アメリカの田舎の空港でAmerican Airlines(*1)に乗り換える際に日本人が「アメリカンエアラインズ」と言うより「メリケンエアラインズ」と言う方が通る。それはともかく、和名付与の際に確たる法則性はないようだ。まぁ「メリケン粉」ならなじみがあるが「アメリカ粉」は誰も使わないし違和感がある程度の話かも知れない。

 本種が南方型だと思われるのは国内の分布が南に偏っていることを見ても分かる。(分布情報は国立環境研究所の侵入生物データベースを参照) ちょうど関東地方を北限として東西に線を引いた南側すべての都府県に分布している。 しかし1959年に入り込み、30年ほどで拡大できる能力を身に付けたとすればこれも安定的なものではないだろう。熱帯産観賞植物の帰化実態から鑑みて、人間の予測は往々にして外れる、と見た方がよい。
 本種は他の水陸両用、自生地を選ばない他の強靭な帰化植物と異なり今の所水湿地に限定帰化している。それも画像のように水源近くの清流のような、どうやって入り込んだのか、という場所にも定着している。かと言って他の水生植物を押しのけて占有するほどの勢いは感じられない。次項で検証しようと思うが、どちらかと言えばカヤツリグサ属の他の帰化植物、キンガヤツリやショクヨウガヤツリ(別名キハマスゲ、ヨーロッパ原産 生態系被害防止外来種)のように他種在来植物に混じり何気なく生きているように見える。
 あくまでも現時点の話ではあるが、生態系に深刻な影響を与える帰化植物、という印象は無い。ただし他のカヤツリグサ属の帰化植物に比べて草体が大きいので「このまま版図を拡げて占有してしまうのでは」と思わせる迫力はある。ちなみに上記リンク、侵入生物データベースの「影響」には「在来の湿性植物との競合。海外では、イネ・ダイズの農耕地雑草、水路の通水障害など」とあり、国内での具体的な影響に付いては記述が無い。生態系被害防止外来種には選定されているが、まだ具体的な評価が定まっていない印象も受ける。

同居型帰化パターン

 前項に記したように、草体が大きく不気味な印象を受ける植物であることは間違いない。しかし侵入している湿地でもメリケンガヤツリの純群落が形成され、明らかに他種を圧迫している姿を確認していない。もちろんこの植物がなければその場所に別の在来種か帰化種か、何らかの植物が生えているだろう。しかしその程度の侵入定着は予定調和(*2)の範疇であるような気もする。

 そもそも(植物の世界における)「競合」というものがかなり抽象的な概念であって、競合とは本来競い合い、せりあう意味だが、植生では何と何が競合するのか、隙を見てどんな植物が入り込むのか、競合対象は日照なのか肥料分なのか水分なのか、自分で見た限りでは法則性は無きに等しい。湿地を見れば様々な植物が混然一体、折り重なるように生えている。唯一強力だと思うのは時間の経過とともに入り込んで占有するアシである。しかしアシ帯でも切れ目付近には様々な植物が見られるし、アシ焼きが行われる場所では時間をシェアしてスプリング・エフェメラル(*3)が生えていたりする。競合の最終目的である「相手を滅亡させる」ということはない。

 実験的な試みだが、余ったプランターに土と水を入れ、数年間でどんな植物が発生し遷移するのかを自宅で見ている。当初はイヌホタルイやミズトラノオ(これは再利用の土に混入した種子か)、ホシクサ、サジオモダカなどが発生したが、3年後の現在優勢なのはヤマイ、ヌメリグサ、マツバイなどである。これらの植物は過去にも自宅で植栽したことはなく、元々の用土(荒木田土)に紛れ込んだものか、周辺から飛来したものと推測される。
 この経緯を見ていると、湿地の植物の競合はたしかにあるし、周辺の環境や土壌のシードバンク(*4)に支配される部分も大きいと思う。そうした意味では在来種にも競合はあるが、それは優勢か安定か程度の競合であって、必ずしも特定の植物が駆逐されるようなものではないように考えられる。自宅プランターではなく、周辺の水田畦際でも同様の状況が見られ、また野外ではセイタカタウコギやキンガヤツリ、キシュウズズメノヒエといった外来種も群落を構成するがあまり排他性は感じられない。言ってみればナガエツルノゲイトウやオオフサモなど占有性や排他性が強い帰化種ではなく「同居型帰化パターン」なのではないか、と思う。

 環境省が何を根拠に生態系被害防止外来種に選定したのか分からないが、現実的な理由は見えない。(メリケンガヤツリの選定自体に異を唱えるつもりはない)外来生物が同様の生態的地位(*5)を持つ在来種の脅威となる、という論拠は理屈では理解できる。しかし現実には本種にキンガヤツリを加えた帰化カヤツリグサ属植物がアゼガヤツリやカワラスガナと混生しているのである。しかもこの状態は少なくても10年以上変化していない。何か見落としがあるのだろうか、それとも在来種カヤツリグサ属植物とは生態的地位が異なるのだろうか、と考えてしまう。

 最近「お上」に文句ばかり付けているような気がするが、文句ではなく、万人が見て納得できる情報発信をして欲しいと思っているだけである。目に付いた外来種を片っ端から特定外来生物生態系被害防止外来種に指定するだけでは外来生物法の本来の意味が失われてしまう。これだけ外来植物が増加している昨今、本当に危険な種、ヤバい種を具体的な防除策込みで指定して欲しい。それが実効性というものだ。


(P)競合実験プランター ヤマイが優勢だがミズトラノオやイヌホタルイもがんばっている 2016年10月 自宅

帰化パターン追記

 メリケンガヤツリは既存の安定した湿地に入り込んで在来植物と同居するパターンを多く見ているが、実は裸地にいち早く定着して繁茂する、という典型的な帰化植物のパターンも持っている。画像は千葉県北部の造成地のものだが、元々地下水位の高い造成地が短期間に湿地状となった(*6)地形。同所的にフトイやサンカクイなど湿地植物も見られた。前項では「同居型帰化パターン」としてご紹介させて頂いたが、こうした事例も確認しているので誤解を避けるために追記させて頂く。しかし裸地に入り込むとは言え、

(1)在来種が入り込む速度とさして変わらないこと
(2)強力な排他性は見られないこと

の二点から、メリケンガヤツリの帰化が「同居型帰化パターン」でも間違いではないと思われる。一方、既存の湿地に入り込んだ場合の生態だが、それなりの存在感は主張しつつ、他種を駆逐して純群落を形成するほどの排他性は現時点では見られない。(当Webサイト、探査記録Vol.142 湧水河川参照)
 むしろこの環境(リンク、探査記録記事)ではオオカワヂシャの方が水中、湿地状地形と繁茂エリアが広く、現実に個体数も圧倒的に多かったので、環境の占有、在来種の駆逐という点では一層の危険が感じられた。だからこその特定外来生物なのだろう。

 前述のように本種は1959年に三重県で確認され、1990年代に全国に広がっている。この30年間のタイムラグが「日本の気候に順応するための準備期間」というのはあくまで個人的な仮説、可能性の一つである。1960年代以降の高度成長期、物流量(特に輸入産品)の増大とともに、日本各地の複数地点に上陸がなされた、と見ることもできる。その結果、広く認知されるようになったのが1990年代、とも考えられる。
 本種はもちろん園芸や農業、アクアリウムからの逸出帰化ではない。何らかの輸入産品(可能性としては農産物が最もあやしい)に種子が付着・混入、そのまま運搬されて定着したという所だろう。このような「出所不明」の帰化種は意外に多く、同じカヤツリグサ属のキンガヤツリ、ショクヨウガヤツリ、キク科センダングサ属の多種の植物(*7)など多岐に渡る。このパターンは始末が悪く、水際での対策が現実的に不可能(*8)であり今後も増加するだろう。こうした外来種に対し、定着拡大の度合いのみを判断材料として外来生物法の指定を行うのみでは鼬ごっこ、実効性がない書類仕事だと思うが、指定して広く社会に注意喚起、認識してもらう程度の効果はあるかも知れない。

 存在感、草体のゴツさから受ける印象かも知れないが、メリケンガヤツリの姿は「生態系被害防止外来種に指定?それがどうした?」と言わんばかりの姿に見える。もちろん「どうしようもない」のが現実である。一再であるが、旧カテゴリーの要注意外来生物は何に「要注意」なのか具体性が見えなかった。今回の生態系被害防止外来種はさらに構造が複雑で理解が難しい。環境省は「対策の方向性を示すカテゴリ」としているが、どれが緊急対策でどれが重点対策?そもそも緊急と重点は何が違うのか?会議室で作られた「作った人だけ分かる」資料という印象だ。少なくても私が読んだ限りでは「?」がたくさん付いてしまう。しかしそのあたりは考え方を押し付けるつもりはないのでご自分で判断を。(生態系被害防止外来種リスト


(P)造成地に出現 2011年10月 千葉県野田市

脚注

(*1) 総旅客運送数では世界一のアメリカの航空会社だったが2011年に破産を申請。現在はUSエアウェイズと合併して復活している。搭乗した経験から言えばサービスは最低クラス。(LLCを除けば)最高はタイ航空、特にCAが美人で・・・個人的感想です。

(*2) もともとはライプニッツ(17〜18世紀のドイツの哲学・数学者)が提唱した概念で、「宇宙は独立したモナドからなり、統一的な秩序状態にあるのは神によってモナド間に調和関係が生じるようにあらかじめ定められているから」(モナド論)というもの。植物の世界で見ても、邪悪な外来植物のセイタカアワダチソウがはびこり、地下茎から忌避物質を出して他種の発芽を邪魔するなど、これだけ見れば日本の植物はセイタカアワダチソウだけになってしまう程の勢いだが現実はそうなっていない(予定調和)例がある。セイタカアワダチソウは自分で出す忌避物質に負けてススキの侵入に負けたりと意外に間抜けな面がある。また現時点ではセイタカアワダチソウのために甚だしく減少した植物、滅びた植物は無い。
 蛇足ながら、だからと言って外来植物を擁護・許容しているわけではない。ある程度は落ち着く所に落ち着くはず、ということ。経済で言えば「見えざる神の手」ってやつ。

(*3) 早春に開花し、初夏までに葉を展開、残りの季節を地下茎や種子で過ごす草花の総称。春植物である。様々な種類があるが、自分がよく観察する渡良瀬遊水地の湿地植物は、アシを野焼きした跡、再び繁茂するまでの期間を利用して世代交代や栄養充実を行うカテゴリーのものが多種見られる。まさに環境のタイムシェアリングであるが、理由としては競合(日照獲得)やら何やらあり、確たるものはないようだ。

(*4) 土壌に含まれる埋土種子。発芽する能力を保持しつつ休眠している状態を「貯留」、バンクと表現している。発芽条件が適さないので種子が休眠する、というわけではなく一部の種子は正常に発芽することから種の存続における植物のリスクヘッジではないか、と考えられている。水田でも休耕後陸地化し、水生植物の生育に適さなくなった土地となって長年経過しても復田すると絶滅危惧種を含む多くの種類の水生植物がシードバンクから発芽する。一般にシードバンクに眠る種子の寿命は50〜60年と言われているが、数千年後に発芽した大賀ハスのような例もある。

(*5) ニッチ(niche)。生息環境と食物連鎖、エネルギー動態などにより決定される種毎の生息空間の意。簡単に言えば「棲み分け」である。外来種が侵入した場合、往々にして在来種より生命力が強く、同じ生態的地位を持つ在来種を駆逐してしまう現象が見られる。これは競争排除という現象で、競争排除則(ガウゼの法則)という。本稿はこの部分に着目し、メリケンガヤツリの侵入に際しても在来種カヤツリグサ属植物と共存していることから「同居型帰化パターン」と称した。造語ならびに個人的仮説である。確定するのは10年単位の経過観察と遷移の分析が必要であることは百も承知。

(*6) 恐い話だが、綺麗に整備された団地の一戸建て住宅を購入して安心、と思ったら実は元湿地で地盤が軟弱、大地震で液状化という話もある。先の東日本大震災では浦安市の一部でこのような状況が発生した。元の地形を知るのは難しいが、古くから近所に住んでいる農家などに聞くのも一つの手。ちなみに本文の造成地は大規模店舗になったようだ。いざという時にはこちらの方が危ない気もする。

(*7) キク科センダングサ属には近年帰化が確認された新顔を含めて多くの種類が定着している。すなわちアメリカセンダングサ(セイタカタウコギ)、コセンダングサ、コシロノセンダングサ、コバノセンダングサなどで、なかにはアイノコセンダングサ(交雑種、コセンダングサ×コシロノセンダングサ)というカオスな種類もある。

(*8) 輸入コンテナを一つ一つ、入国者・帰国者を一人一人調べれば可能かも知れないが、植物の帰化防止のためにそこまですることは基本的にない。植物や病気の持ち込みに神経質なオーストラリアでもそこまでしていない。(正体不明の食べ物を所持していると税関でかなり厄介なことにはなる)渡り鳥による伝播も可能性があり、物流や人的な移動のスピードを極端に遅くするこの手の水際対策は現実的に意味が無い、という意味である。

 

Photo :  SONY DSC-WX300 OLYMPUS STYLUS SH-3 Canon EOS KissX3/SIGMA17-70mm

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