日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
コゴメイ
(C)半夏堂
Invader Juncus sp.

イグサ科イグサ属 コゴメイ 学名 Juncus sp.
被子植物APGW分類:同分類
  国内 生態系被害防止外来種

2015年6月 千葉県松戸市 外見ではイグサと区別が付かないコゴメイ(fig1)

【コゴメイ】
*まさにinvaderに相応しい外来植物。言わば「地球人と見かけが同じ侵略者」で、外見的には在来種のイグサと見分けが難しく、茎内部が梯子状になるという顕微鏡的な相違がある。この手の「雑草」の茎をわざわざ割いて見るほどの暇人が非常に少ないという状況が、いつの間にか侵入していたという事情の本質であるような気がする。もちろんいつどこから、という侵入経緯は一切不明だ。
 イグサ(イ)に酷似することから畳表の原材料など工業用途がありそうに思われるが、茎内部が梯子状、要はスカスカという特質によって使い物にならないようだ。考えてみればすぐダメになる畳なんぞお呼びではない。加えて現代人の畳離れ、紙製や樹脂製の畳の登場もイグサに対する無関心を助長しているのだろう。

入れ替わり
■地味すぎる侵略

 この植物のプロフィールを表現するのによく使われる言葉に「いつの間にかイグサと入れ替わっていた」というものがある。侵入年代がよく分からず、おまけに原産地不明、ついでに学名も不詳。要するにこの植物が、いつどこからどのようにという5W1Hに加えて、正体にいたるまで全く分からない。まさに怪しさ全開、今となっては特定する材料も見つからず、騒いでも(騒ぐ人はいないが)どうしようもない。状況から見てかなり以前から侵入していたはずだが、記載は比較的近年で2001年に関口克己氏によって報告されている。

 栽培種注1)は別として、湿地に自生する地味な単子葉植物のイ(イグサ)に注目する人は少ないだろう。ましてコゴメイの存在が知られていない時代に、あえて茎を縦に裂いて梯子状構造を確認する人間はいないはず。それやこれやで発見が21世紀になったのだろう。
 私もこうした情報を得て初めてイグサ、コゴメイに注目したが、ほとんどの場所でイグサは見られず、コゴメイに入れ替わっていた。(正確には以前もイグサであったかどうか極めて疑わしい)


2015年6月 千葉県松戸市 乾地にもごく普通に自生するが抽水もするオールマイティ(fig2)


■忍者的侵入

 植物の帰化種ではこうしたパターンは珍しい。同じ単子葉植物でもカヤツリグサ科の帰化種などは穂の形状や色が独特のものが多く、例えばキンガヤツリやメリケンガヤツリなどは外見的にすぐに認識できる。どこから来たのか分からない、という点ではナガエツルノゲイトウやアメリカキカシグサも同様であるが、姿形が在来種と見分けが付かず、内部構造が異なる程度注2)の相違しかない、という種は珍しく、確実に在来種に紛れてしまう。まさに「木は森に隠せ」を地で行く状態である。思えば現在国内に入り込んでいる外来植物はそれなりに外見的特徴を備えており、見分けが困難な種は少ない。この点は分布の拡大や防除の実施にあたって重要な情報であるがコゴメイは外見的には「見分けが困難」どころか全く見分けが付かないのである。つまりどうしようもない。

 従って「いつの間にかイグサと入れ替わっていた」こと自体が本当かどうか、誰にも分からない。そもそもイグサに対する排他性も確認されておらず(コゴメイの侵入地域で減少している、という事実はある)、環境省の資料にもコゴメイの影響は「競合・駆逐」としか書かれていない。生態的地位がイグサと同じなので競合は理解できるが、駆逐がどのようなメカニズムなのか、イグサを駆逐する力があるのか、これまた不明という、まさにinvader植物。このように考えると、環境省も確証どころかエビデンスもないのに「競合・駆逐」と言い切らなければ良いのに、と思う。
 少し脱線するが、環境省の仕事にはこの手の「突っ込みどころ満載」のような説明が目に付く。扱いによっては重い刑事罰を伴う特定外来生物の選定理由に「おそれがある」「可能性がある」という文言を連発している。そんな希薄な理由で選定してしまうのは、酒類はアルコール中毒の「おそれがある」ので禁止、チョコレートは糖尿病の可能性があるので禁止、と言うようなもの。客観的事由が感じられない説明に誰が納得するだろうか。

 そもそもコゴメイは「定義上の」帰化植物なのだろうか、という根本的な疑問がある。人間が便宜上定めた外来生物選定のガイドライン注3)は別として、いつどこから入って来たのか分からない、ということは元々ひそかに自生していたという説があっても否定する根拠がないことにならないだろうか。例えば稲作の伝来とともに渡ってきた水田雑草、史前帰化種は定義上の「帰化種」ではない。法的な枠組みの「外来生物」から江戸期以前の侵入植物は除外されているが、コゴメイが明治以降に渡来したと証明する根拠もないではないか。(くどいようだが別にコゴメイを擁護しているわけではない)コゴメイは現時点では特定外来生物ではなく、扱いに付いての制限はない。しかし生態系被害防止外来種が何ら縛りがない、ということ(根拠が希薄で選定しているということはそういうこと)であれば、そもそも意味がないではないか。

 生態系被害防止外来種(総合対策外来種、重点対策外来種)に指定されたのは、想像だが万が一国内移入であったとしても、今後予想される被害程度が看過できないものと考えられたからだろう。上記のように確実に外来種だという確証が得られない中で外来生物法の枠に収めたのは、逆説的だがある意味英断であると思う。外来種として扱ったのはおそらく本種の急速な版図拡大が近年であった、イグサの栽培地に悪影響を及ぼす可能性も高いと判断した、という理由に拠るものと考えられる。在来種でも気候変動などにより急速に版図を拡大する例もないではないが、侵入から定着、拡大まで短期間に行われるのがいかにも外来種的、と考えられたためだろう、と思う。

 コゴメイを外来種とした場合、数少ない資料ながら2001年の記載までに10年ほどの記録が散見できる。もしどこからか侵入、定着したのであれば1990年頃始まり、2001年には一部の人間に認識できるレベルにまで拡がったことが「推測」できる。ちなみに自分の居住地付近では2002、3年頃にはごく普通に見られたので(ちょうど私が野生の水生植物に興味を持った頃なので記憶にある)、そうであれば伝播拡大の力は相当なものであることが分かる。ちなみに居住地近辺ではすでにイグサは見られず、すべてを調べたわけではないが、ほぼコゴメイとなっている。(もちろん全ての株を調べたわけではない。暇人だがそこまで暇ではない)

和室の香り


2016年10月 東京都葛飾区 湿地で大株となったコゴメイ(fig3)


■畳のライフサイクル

 今時の戸建住宅からは和室(畳部屋)がどんどん減っている、という話を聞くが、かく言う我が家(大層なものではないが一応戸建オーナー)でも、近頃滅多に使用しない和室を洋室に改装した。現代のライフスタイルでは和室は想像以上に使いにくく、また維持費も嵩む。洋室のフローリングなら張り替えるのは余程の事だし、不具合があってもカーペットで隠せる。一方、畳は10年を目安に表を替えなければならない。「ならない」ってことはないが、劣化するとささくれて相当みっともなく、貧乏くさくなる。少なくても来客には見せられない状態になってしまう。
 畳表のみ交換するとして、費用は概ね(一般家庭で使用している畳の場合)1畳あたり7,000円〜10,000円ほど。8畳の和室のランニングコストは年にMAX8,000円である。我が家は8畳和室が2部屋あったので16,000円/年のコストが発生していた。コストが発生するという事は反対側にそれで生計を立てる事業者(畳屋)がいるわけだが、需要の減少に臨んで、最近電話での売込みが激しくなってきた。それほど彼らの危機感も激しいのだろう。インターネットや不動産運用の売り込みに比べれば鬱陶しさは半分程度だが、どちらにしても興味のない営業電話は応対が煩わしい。しかし畳の部屋はない、と言えばすぐに諦めてくれるのが幸い。

 このように全国的に需要が減少している畳だが、畳表の原料はイグサ注4)である。正確に言うと畳表の原料イグサは栽培品種のコヒゲ(cv.Utilis)というもの。自生種より花序が小さい栽培品種である。日本国内の最大の産地は熊本県八代地方であるが、冒頭に書いたようにこうした栽培品種をわざわざ使用せずに、どこにでもあるコゴメイを使ったらどうか、と思ったが、茎内部の間隙が大きすぎて畳表の材料には適さないようだ。耐久性がまったくなく、ユーザー側としても少なからぬ費用を支払った畳表がすぐにボロボロになっても困る。

 まさに役に立たない「イ」、植物和名の法則注5)から言えば異論はありつつも犬を冠した「イヌイ」を名乗りたいところだが、残念ながらイヌイ(Juncus yokoscensis (Franch. et Savat.) Satake)という種類は別にあるのでこれは却下。役に立たない「イ」はすでに存在していたという落ち。コゴメイも茎を裂いてみると気のせいか僅かに畳の香りがしないでもないが、やはり畳はイの香り漂う本筋が宜しいようだ。
 そんな産業用に適さないコゴメイが八代地方に入り込んで「いつの間にか」イグサと入れ替わってしまったら、元々需要が減少して危機的状況にあるイグサ栽培に壊滅的な打撃を与えてしまうと思われるが、幸いなことにコゴメイの分布は現時点では本州内に留まっているようだ。しかしこれだけ侵入定着の経緯が不明かつ確証はないながら「イグサと入れ替わる」と言われている伝播力を持った植物、産地では鉄壁の防御が必要となるはず。そもそもイグサ科の植物は種子表面に粘着性があり、何にでも付着して版図を拡大する。九州は大局的には島とは言え源平時代の昔ではあるまいし、陸路や鉄道、空路で繋がっている上に、日々人や車の往来があるのだ。危険性はいくら拡大解釈しても、し過ぎるということはない。

 畳はよく見てみると職人の技術が凝縮した伝統的工芸品で、室内の湿度も適度にコントロール注6)する能力があるとされる。畳の部屋に寝っころがるとほのかな香りと相まってストレスが抜けていくような安堵感を覚える。ヒーリング効果もあると思う。こんな優れものを洋室にリフォームした私が言うのも何だが、コゴメイの分布拡大は伝統的産業にとって大きな危険になりかねない。オオフサモやナガエツルノゲイトウのように存在感が圧倒的で誰がどう見ても「あつかましい」外来植物も問題だが、地味に何気で正体不明、イグサのそっくりさんの本種の方が危険度が高いような気もする。

 本種は以前の要注意外来生物(ないし特定外来生物)ではノーマークであったが、新カテゴリーの生態系被害防止外来種には指定されている。環境省でも、伝統工芸の問題は別として、在来種イグサに対する深刻な脅威と認識したようだ。生態系被害防止外来種リストの本種解説欄には「湿地に生育する在来種のイグサが消失するなど、水辺に生育する在来種と競合し、駆逐するおそれがあること等から、こうした環境に侵入するおそれのある場所には、持ち込まない。」(下線部リンクサイトより引用)とある。もっとも今日見られる各所での定着は、その原因が誰かが「持ち込んだ」ものではないと思われるが、畳の文化を守るという目的も考慮し、一応お役所的修辞的な表現と受け取っておこう。

■和の水生植物

 イグサの利用はかくの如しだが、身の回りを見渡してみると畳以外にも水生植物の利用が見られる。自宅では夏の直射日光が屋内に入らないようにヨシズを使用するが、ヨシ=アシ注7)が原材料である。結果的に湿地の多様性を担保する「野焼き」も本来は良質のアシを得るために行っている。(近年では副次的な効果が主目的になっている場合もある)近年、紫外線が強くなったのか、ヨシズは2〜3年で劣化して分解してしまうが、放置してもそのまま土に還るエコな製品だ。年に数枚購入しているが、現時点ではホームセンターで容易に入手できる。我々の田舎町では景観やら街並みやらはうるさくないので使用している家が多いが、もっと全国的に使用すれば良いのに、と思う。
 と言うのは需要が高くなればアシの刈取り量が増加し、野焼きも拡がるだろうし湿地の多様性も確保されるからである。湿地の植物種が意外に人間の経済活動と結びついていることは、かの成東・東金食虫植物群落が土砂を採取する入会地から成立したことでも分かるし、渡良瀬遊水地の野焼き中止注8)の翌年に見た、春先の希少植物の少なさを見ても理解できる。希少植物のために野焼きを行うのは本末転倒の気もするが、生物多様性も今や人間にとって重要な概念である。経済的価値を喪失した里山の下草刈や枝打ち、堆肥のための落葉掻きが無くなったために見られなくなった甲虫(カブトムシやクワガタ)、野生蘭、キノコ(ホウキタケなど)などの事例もある。

 もう一つ、今では存在そのものが絶滅危惧種になりかけている茅葺屋根。カヤはイネ科やカヤツリグサ科の植物の屋根材量、アシやススキなど全般を指す言葉のようだ。現在残存する茅葺屋根でもカヤツリグサ科の植物を使用するという話は聞いたことがないが、以前はスゲ属の大型のものを使用していたのだろう。茅は萱とあまり区別されて使われないが、萱単独ではユリ科のワスレグサ注9)を示す。
 またこれは確実に絶滅危惧種だが、菅笠の菅(スゲ)。笠に使用するその名もカサスゲは湿地にありふれたスゲ属の植物だが(もちろんカサスゲは絶滅危惧種ではない)、素材としての利用はほぼ無くなっている。お土産の民芸品程度のニーズしかないのだろうが、由緒ある和名、カサスゲの意味が希薄になってしまうのは惜しい。今時の若者にカサと言ったら確実に透明のビニール傘を想起するだろう。まっ、若くはないが私もそうだ。

アドバンテージ
■侵入繁殖仮説

 イグサは一般的に湿地植物にカテゴリーされる。自生環境もその通りであるし、栽培品種であるコヒゲも水田で栽培されている。一方、コゴメイは水湿地にもあるが(前掲画像参照)、道端や荒地など乾地にもごく普通に定着している印象がある。現象面から見るに湿地でも乾地でも行けるわけで、版図を拡げる上では非常に有利だ。適地が広く、特定地形に束縛されないというアドバンテージを持っているのだ。湿地植物のうち多くの種類が「自生地の喪失」という事態に直面し絶滅危惧種になっているのとは対照的である。

 前述したようにコゴメイは正体不明、極論すれば外来種かどうかも確証がないが、これだけ急速に版図を拡げている様を見ると極めて外来種的な特徴を備えている。一つは河川敷や道路際草刈跡地など裸地注10)に多く見られる、というもの。裸地に迅速かつ急速に進出するのが外来種の大きな特徴の一つである。しかし近年茨城県に侵入した外来植物、ヒレタゴボウやアメリカキカシグサのように大規模な群落を形成して、いかにも「侵略」という形跡はない。


2016年10月 東京都江戸川区 日当たりの良い湿地では条件が合うのか密生する(fig4)


■定着要因分析仮説

 コゴメイの定着は表現するに「静かに確実に」という所。定着の形態から外来種かどうかを論じるのは意味がないかも知れないが、外来種が比較的容易に定着する要因を示した従来の二つの仮説に照らし合わせ、考察を進めてみたいと思う。尚、お断りするまでもなく以下は個人的な仮説である。

仮説1.天敵解放仮説(Enemy release hypothesis)

 読んで字の如く、母国では大繁殖を阻んでいた、あるいはある程度の抑止効果を持った天敵が、新たに侵入した国や地域に存在しないために爆発的な大発生が見られる、という仮説。本コンテンツでも取り上げた在来種イタドリはイギリスで大発生し被害をもたらしているが、イギリス政府はこの説に拠り、イタドリの天敵昆虫であるイタドリマダラキジラミだかイタドリハムシだかの移入を決定したようだ。しかし日本でイタドリマダラキジラミやイタドリハムシによってイタドリが大繁茂を抑止されている形跡は感じられない。単なる「食草注11)」なのではないだろうか。むしろ本来存在しない昆虫を導入することで予想できない影響が懸念されると思うが、イタドリの害はそれどころではないのかも知れない。
 また、本邦産クロモ(トチカガミ科)は北米大陸に帰化し、対策が必要であるほど繁茂しているという。しかし我が国に於いて、クロモの繁茂を阻むほどの天敵は寡聞にして知らない。植物の場合、こうした例の方が天敵のいる事例より多いので天敵解放仮説は植物よりも昆虫や動物に当てはまるのではないだろうか。
 このように、イグサ科のイグサにしてもコゴメイにしても繁茂を抑止するような天敵はおらず、むしろイグサには抗菌効果もあるほど。(コゴメイに付いては不明)どちらにしてもコゴメイが「外来種として」侵攻している原因は天敵解放仮説ではないような気がする。

仮説2.生物的抵抗仮説(Biotic resistance hypothesis)

 これは上記した「外来種が裸地に入り込む」現象を仮説化したもので、逆に攪乱の少ない自然生態系下では、外来種に対する何らかの抵抗性があるという考え方である。それが在来種のアレロパシー注12)の如きものか、草食性の昆虫類や動物類の好餌になるためか、どちらにしても「安定した生態系」の下では一定以上に増殖しない現象を表現している。素人考えでも植生には自ずと強弱があり、長年の間に「落ち着く所に落ち着く」わけで、その落ち着いた姿が安定した生態系と言えるだろう。この中で覇を競うようになるのは強い外来種と言えども難しいのではないか、という所。
 コゴメイが出所不明である以上、元々存在した地域の生態系がどのようなものか知る術もないが、理屈としては妥当性が感じられる。帰化植物は上記のように裸地に進出し版図を拡げる傾向があり、裸地はすなわち大規模な攪乱であるからだ。この場合、氾濫原河川敷や里山の攪乱とは異なり工事など生態系を破壊する攪乱であり、この意味では生物的抵抗仮説が納得できる。しかしコゴメイは既存の生態系に何気なく入り込む場合がほとんどで(だからこそ「イグサと入れ替わった」と言われる)実態を見る限り生物的抵抗仮説も該当しないように考えられる。

 コゴメイは出所正体、学名不詳に加え、上記のように定着要因に付いても従来の仮説が当てはまらない謎の植物と言えるだろう。地味で謎、しかし強靭というのが最も厄介で、近未来的に栽培種は除きイグサを駆逐してしまう勢いも感じる。イグサが絶滅危惧種になったら、その影響は別としてある意味衝撃である。そうならないことを願うばかりだ。

植物体
■見極め

 コゴメイは漢字表記すれば「小米藺」で、おそらく花穂(果実)の形状から名付けられた和名であると思われるが、実はイも花穂は同じ「小米」状であって、外見から両種を判別することは難しい。しかし皮肉なことに私の行動範囲では判別は難しくなく、ほぼ100%コゴメイである。今でも湿地に行くとランダムサンプリングで茎を縦に裂いてみるが、すべてコゴメイの特徴である格子状の構造が見える。画像はやや不鮮明だが要するに間隙があるタケノコの中身のような構造である。

 イグサの別名はトウシンソウというが、漢字で書けば灯芯草、または燈芯草で、由来は昔、茎の髓をロウソクや灯明の芯として使用したからである。コゴメイの茎では髓がスカスカで、あっという間に燃え尽きてしまいそうだ。もちろんこの構造の違いが畳表としての材料に使えるか否かの分岐点にもなっている。何にしてもコゴメイはイに比べると使い途のない野草のようだ。使い途が野草の価値を決めるものではないが、外来種の場合「オランダガラシは喰ってしまえ」とか「生態系被害防止外来種は売買をやめよう」とか、蟷螂の斧かも知れないが、思い付く防除手段がない。


2011年6月 茨城県取手市 コゴメイの特徴、格子状の茎断面(fig5)

■悪貨は良貨を駆逐する

 コゴメイはそもそも種小名がsp.であって、意味するところは「イグサ属の一種」だ。2001年の記載以来種が特定されていない「謎草」であることは変わっていない。原産地どころか世界のどこに分布しているのかも良く分からない。一説に ユーラシア大陸に分布するJuncus inflexusという種に近いとされているが、似ているだけでこの種とは茎の太さや雄しべの数が異なり、別種のようだ。由来も正体も排他性も不明、一つ言えるのは侵入した地域ではイが減少しているという事実のみだが、これとて因果関係が証明されたわけではなく状況証拠のみである。

 繰り返すが、こんな訳の分からん外来種は他にはなく、外見が在来種とほぼ同じ、さらには種子が粘着質というイグサ属の特徴は備えており、人でも動物でも車のタイヤでも何でも付着してどこにでも行ってしまう。どうにかしようとしても人為的に駆除するのが困難であることは他種の比ではない。イとは生態的地位が被っているが、ある日イが絶滅危惧種になってしまう、という怖さも感じられる不気味な侵入者であることは間違いない。

脚注

(*1) 畳表用を主な用途として栽培されるのはイグサ野生種ではなく栽培種(cv.Utilis)である。この栽培種には学名は同じだが系統選抜された「品種」が多数存在する。もちろん学名がcv.Utilisで同一である以上、正確には品種ではなく商品名もしくは一般的な意味での「系統」であるが、畳表の品質を表現する尺度としては妥当なところだと思う。あくまでも農産物としての位置付けなのだから。A5ランクだろうと牛丼用だろうと牛肉は牛肉、違うのは値段、というのと同じ。法事などで寺の本堂に上がると感覚的に「家のとは畳が違う」と思うので差異(値段も品質も)は当然あるはず。

(*2) イ(イグサ)は茎の内部構造がやや密度高く、コゴメイは格子状、というのが最も分かりやすい判別法だが、他にもイの外花被片は刮ハの2/3以上、コゴメイの花被片は外花被片が内花被片よりも少し長く、刮ハのおよそ1/2長といった特徴がある。また本文の通り自生場所もコゴメイの方が広く、乾地にあるものはほぼコゴメイと判断することができると思う。どちらにしても居住地近辺では今世紀に入ってから(と言うか私が興味を持って調べ出してから)イを見かけることはない。

(*3) 外来生物法施行時、第一次指定の外来種を選定する際に、明らかな外来種であっても江戸時代以前に帰化したものは選定対象から外す、という合意があったようだ。そもそも梅も沈丁花も古い時代に中国から渡来した「外来種」、水田雑草の多くも稲作の伝来とともに帰化した史前「帰化種」とされており、そんなものまで対象として議論すると永久に収拾が付かない。また彼らはすでに日本の生態系の一部となっており、現在の生態系を破壊する恐れがある新顔の帰化種とは自ずとポジションが異なるという判断である。
 そもそも現日本人も大陸渡来説が正しければ全員「帰化種」だ。記録に残っている範囲でも4〜7世紀に大陸や朝鮮半島から移住した渡来人は相当な数にのぼるが、彼らは日本人に同化してもはや痕跡もない。外来種を議論している我々からして由来が分からないのに細かい事言うなよ、ってところか。

(*4) 正式和名は「イ」だが科名属名、世間的一般名称とも「イグサ」。植物和名として一文字はたしかに言いにくいし、文章にしても埋没してしまいがちなので何となく理解はできる。ショッカー(仮面ライダーに出てくる悪役)の掛け声みたいだしね。だったら最初からイグサにしたらよかったのでは?と思う。ただ荻原浩氏の「二千七百の夏と冬」を最近読んで思ったが、縄文時代にも集団生活を行っていたわけで、コミュニケーション上モノの名前もある程度決まっていたはず。この時代の呼び名が受け継がれて現代の和名に反映されている場合も多々あるのではないか、と考えるようになった。植物にしてもすべてがすべて、牧野富太郎が決めたわけでもあるまい、と。

(*5) ある植物に雰囲気が似ているが、似ている植物の有用性(人間にとって)がない、こうした植物に「イヌ」を冠する和名が多い。(厳密な法則というわけではない)ゴマに似ているが食用にならない→イヌゴマ、センブリに似るが苦味も薬効もない→イヌセンブリ(花の観賞価値は有用だと思うが)、など。しかしイヌヌマトラノオ、イヌタヌキモなどこの「法則」から外れる場合も多々あり、イヌが付かないヌマトラノオやタヌキモの何が有用?というものもある。またそれ以前に犬は番犬、牧羊犬、警察犬、盲導犬など多岐に渡って有用だし愛玩犬としても人間の癒しに有用だ。こんな法則は愛犬家からクレームが付きそうだ。聞いた時には「なるほど」と思ったが、よく考えてみると変だネ。

(*6) 畳一枚で500mlの水分を吸収 (イグサ内部の間隙が吸湿性・放湿性を持つ)し、乾燥時には湿度を放出するという優れた能力があると言われている。しかし最近の住宅は密閉性が高く、夏の高温多湿時にはこの能力を超え畳自体が水分で飽和してカビてしまうということもある。正直な所、我が家でも和室は全体的にカビ臭があった。カビは様々な病気の原因になるが、もっとも恐ろしいのは認知症の誘発物質になっている点。癌や結核は治る病気になっているが、認知症は現在のところ有効な治療法がない不治の病である。よくよく調べてみると畳の部屋にいたのが認知症の原因、と言われたら救われない。

(*7) アシ(Phragmites australis)の標準和名は諸説あるが、一応「ヨシ」となっているようだ。属名もヨシ属(イネ科)である。当サイトでは標準和名をアシとしているし、サイト内の多くの記事でもそのように表現しているが全体的に見れば少数派の意見である。あえて少数派に属しているのは、アシが「悪し」と音が一緒で縁起が悪いためヨシ(良し)とした、という話が引っ掛かっているからである。単なる縁起担ぎに組しないぞ、という男らしさではなく、何だかこじつけのように思えるからだ。効果はともかくとして渡良瀬遊水地の国土交通省植生浄化施設の名称は「ヨシ原浄化施設」であるし、本文にも登場するスダレが「ヨシズ」であることは理解している。単なるヘソマガリかも知れない。

(*8) 2011年の東日本大震災に伴う東電原発事故の影響で翌年2012年の渡良瀬遊水地の野焼きは中止されている。理由は放射性物質を含んだ草木灰が周辺に飛散するという周辺住民の懸念である。ただしこれは杞憂であったようで、測定値は安全基準を下回るもので、データも公開されたことでこの翌年には再開されている。実は2012年の春に遊水地を訪れており、この時のトネハナヤスリやエキサイゼリの少なさに驚いた経験がある。身をもって野焼きと生物多様性の関係を学んだようなものだ。当時はこの生物多様性の確保のために、フィールド活動を行っている大和田真澄氏が中心となり、再開を目指してネットでの署名活動などを行なっていた。2012年の植生の有様は東日本大震災の人知れぬ被害であると言えるだろう。

(*9) ワスレグサ(ワスレナグサではない)はユリ科の属名で、単独で使用すると広義の植物属を示す。すなわちゼンテイカ、ヤブカンゾウ、ノカンゾウなど全体を指す。ワスレナグサ(ムラサキ科)との紛らわしさ、正式和名のゼンテイカよりも異名のキスゲ、ニッコウキスゲの方が有名な点、何でこんなに面倒な属なのだろうか。尚、APG分類ではススキノキ科キスゲ亜科に分離されている。

(*10) 立場により(ジャンルにより)微妙に意味が異なるが、共通しているのは「植物や建築物などに覆われておらず、土がむきだしになっている土地」のことで、新しく出来た道路の中央分離帯や法面、綺麗に除草された河川堤防などが該当するだろう。言われてみればこうした「裸地」には真っ先に帰化植物が進出する。気になるのは「湿地、沼地等で水草が点々と生えている地域」も含まれる立場があることで、帰化植物が定着しやすい地形に水辺が含まれていること。大繁茂するミズヒマワリやオオフサモ、ナガエツルノゲイトウは迷惑なことに僅かに生態系が残る水辺を「裸地」だと思っているのだろう。

(*11) 昆虫が主に幼虫時代に餌としている植物。キアゲハ→セリ、モンシロチョウ→キャベツなどアブラナ科、タテハモドキ→オギノツメなど。産卵の際によく間違えずに食草に生むものだ、と思っていたが、成虫(メス)は植物を識別する精密な仕組みを持っているそうだ。その意味ではよく誤認するアマチュア植物愛好家の私より遥かに優れている。しかし本稿の主題であるコゴメイの如き本家と見分けが付かない植物が出現したらどうなるのだろうか。

(*12) Allelopathy。植物の持つ他感作用。目的は他の植物の生長を抑える物質を放出して種の存続を図る、動物や微生物を防いで食害や病気を防止する、逆に誘引して受粉の確率を上げる、など多岐に渡る。物質の実態は種によって様々だが、化合物である。

 
【Photo Data】

・SONY DSC-WX300 *2015.6.2(fig1,fig2) 千葉県松戸市
・SONY DSC-WX500 *2016.10.24(fig3) 東京都葛飾区 *2016.10.24(fig4) 東京都江戸川区
・PENTAX OptioW90 *2011.6.12(fig5) 茨城県取手市


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