日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
キショウブ
(C)半夏堂
Invader Iris pseudacorus Linn.

アヤメ科アヤメ属 キショウブ 学名 Iris pseudacorus Linn.
被子植物APGV分類:同分類
  国内 生態系被害防止外来種

日本的だが外来種、キショウブ 2003年5月 茨城県新治郡霞ヶ浦町(現かすみがうら市)
周知の問題

 最近都市近郊の公園が綺麗になり、カメラ片手の散歩でも色々な被写体を撮影できるようになった。なかでも池やちょっとした流れがある水辺公園には小規模な菖蒲園や野草園が設けられており、意外な植物が見つかることもある。菖蒲園の掘削によって埋土種子が目覚めたのか、公園でミズネコノオやアズマツメクサを見たこともある。こうなると絶滅危惧種の希少種を探してフィールドに出かける探査以上の成果だ。
 公園整備は重要な都市インフラ整備の一部で、人口が減少方向に転じた現在、環境面の優劣によって転入者の増減があったり(税収に関わる)、環境の良い場所の地価が安定上昇したり(固定資産税に関わる)、地方自治体としても影響が大きいのだろう。
 住む側にとっても公園整備は良い点しかないが、「トンチンカン」な公園整備は別。卑近な例ではせっかくの里山を潰して公園のための駐車場にしたり、自然の植生豊かな沼の周囲を遊歩道で固めて湖岸湿地を潰したり、「何だかなぁ」という話も多い。結果としてそこにあった希少な生物の住環境を失くしてしまうような方向性は逆効果のような気がする。

 一方、こうした公園には「水生アヤメ類」が多数植栽されており、多くの改良品種に混じって生態系被害防止外来種のキショウブがほぼすべての場所で見られる。別に特定外来生物ではないので扱いに制限がかかるわけでもなく、植栽する側にも外来生物という認識がないのではないだろうか。植物体の和名、見かけも和風テイストであって余計にそう思う。実際の造園や植物種の選択は外部の事業者に委託していると思うが、事業者はあくまで事業者であって、アヤメを植栽しろと指示があれば、入手可能な種類を検討し色や開花時期で選択するだろう。その際にキショウブはホームセンターで販売している名前の通り「アヤメ(黄)」でしかない。お花畑的配色を考えれば黄色は外せない。あいにく水生アヤメではキショウブ以外にこの色がない。

 生態系被害防止外来種の意味、扱いに付いては当コンテンツでも折に触れて解説して来たので、ここでは割愛するが、自治体や3セク(*1)が管理する公園がこれで良いのか、という疑問は残る。実は自治体の構造も公園整備と生物多様性に関わる部署が違っており、公園整備に関わる部署では外来生物の知見に欠けているのではないか、と思うことがある。池に園芸スイレンを植栽し、どこから持ってきたのか分からないメダカを放流するなど、生物多様性の観点からすれば暴挙としか考えられない行為も目に付く。
 言うまでもなく園芸スイレンの繁殖による多様性の喪失、地域毎にユニークな個体群を形成するメダカ(クロメダカ)の特性は生物多様性を少しでも理解する人間には常識だ。しかし「公園を整備」するミッションを持った人間には園芸スイレンは植物であるし、メダカはメダカである。公園を訪れる利用者が楽しめれば良い。楽しめない公園は存在意義に欠けるのも事実。(それはそれで一方的に否定すべき考え方ではない)

 しかし外来生物の問題がこれだけ大きくなり法整備も進んだ現在、こうした雑な考え方で良いのだろうか。公園の池、流れとは言っても水域である以上、何らかの形で外部に接続するはずで、周辺の自然に思わぬ外来種の定着、固有の個体群に対する遺伝子の攪乱などのリスクは想定して然るべきだろう。過去の外来種の定着、遺伝子撹乱などの問題は往々にしてこうした「可能性が薄い」と思われた場所から始まっている。けっして楽観や予断が許される話ではない。
 わが県には大規模なアヤメ園である水郷潮来あやめ園(*2)があるが、やはり少なからぬキショウブが植栽されている。上記のように様々な「色」のアヤメを見せる演出上、黄色は外すわけにはいかないと思うが、約80万人といわれる来場者のうち、何人がその事実に気が付いているのだろうか。美しい自然を楽しみに来た方々の目に入るのが本来あるはずのない外来種と園芸改良品種。これだけ多種多様なアヤメ属があれば比較的地味な在来種であるカキツバタやノハナショウブはもはや脇役でしかない。
 なお悪いことに周辺地域である霞ケ浦、北浦一帯は水質問題や塩害水害防止のための護岸設備などによって自然がかなり痛めつけられているのが現状だ。実質的に何ら影響を与えるものではないが、どうせ影響がないから良いのだろうか。そんなものでもないと思うのだが・・・。


(P)2015年5月 東京都(公園植栽)

系統の問題

 情報が少なく確たる話ではないが、キショウブには「品種(*3)」以外に系統が存在するような気がする。それは湿地性のものと耐乾燥性のタイプだ。キショウブは本来湿地性とされており、事実湿地地形で多く目にするが、陸上の花壇のような場所にも見られる。色形がキショウブそっくりな陸生のアヤメ(ジャーマンアイリスなど)の可能性もあるが、なにしろ見た目や特徴がキショウブである。

 雑草関連の文献を読んでいると、日本では湿地性が高い水田雑草の一定種類が、ヨーロッパでは畑地雑草として見られる、という記述をよく目にする。もちろん植物種としては同一のもので、少なくても外見や学名などスペック的な相違はない。キショウブもこうした環境に特化した系統が存在するのではないだろうか。ちなみに「ヨーロッパでは畑地雑草」とされる水田雑草を庭の花壇に植えればすぐ枯れるので系統以外にこの話を理解しようがない。

 またキショウブは園芸植物的アプローチで多くの品種が作出されており、画像の八重咲や白花(もはやキショウブとは言えないと思うが)葉に斑が入るものなど多くの品種がある。
 国立環境研究所の侵入生物データベースによればキショウブの染色体数は2n=24,30,32,34とあり複数のタイプが存在する事実を裏付けている。これだけあれば染色体数が近い他種との交雑は容易に想像できるが(リンク先侵入生物データベースもその危険性を指摘している)、交雑して中間的な形質の交雑種が出来たとしても、完全に把握できないほどの品種が存在する「水生アヤメ」に埋没すれば誰も気が付かないはず。まさに「木は森に隠せ」を地で行くような話である。かく言う私もそのような交雑種を見かけた記憶はないし(見ていたとしても判別ができなし)、危険性は指摘されつつも具体的に事例を挙げることは困難なのではないだろうか。

 キショウブはまた「日本の侵略的外来種ワースト100」の一つにも選定されているが、選定理由には上記した2つの理由、陸上耕地への侵入とカキツバタなど絶滅危惧種との交雑、駆逐が上げられている。特に陸上耕地への侵入は品種改良の過程で陸生アヤメの特性を引き継いだ可能性も考えられ、もしそうであればより危険度の高い植物になっている、ということ。ただ水辺を散歩して漫然と「アヤメ」を眺めていると気が付かないが、キショウブは優雅な見かけや和名に反し、こうしたリスクを内包した危険な外来種なのである。
 外来生物法は成立過程で「江戸期以前の帰化植物は検討対象から外す」という合意があったようだ。たしかにどこまでも遡及すると梅や沈丁花も元々は帰化種で、それこそ収拾が付かなくなってしまう。キショウブはぎりぎり明治時代に観賞用に持ち込まれたものだが、今日こうした危険性議論を行うのが正しいのか、移入以降約150年の安定度を評価すべきなのか、難しいと言えば難しい。上記のように理論的には「リスクを内包した危険な外来種」ではあるが、外来生物法の選定種には実態よりも「理論的に評価」する傾向もある。罰則の伴う法律である以上、心象風景による直観で決めてはいけないと理解はしつつ、スパッと時期によって割り切ることへの違和感も感じる。


(P)2015年5月 八重咲きの品種 東京都(公園植栽)

駆除の問題

 キショウブは水辺公園やビオトープ創出で植栽されるほどの植物であり、特定外来生物のナガエツルノゲイトウやオオフサモなどの「駆除」というイメージはない。むしろスタンスとしては園芸植物に近い印象だ。
 しかし前述したように環境に対する様々な影響もあることでもあり、自治体のなかには生態系被害防止外来種ながら駆除対象としてリストアップしている所もある。印西市(千葉県)のWebサイトには「外来生物(植物)の駆除にご協力ください」というタイトルでワルナスビやキクイモなどと共にキショウブが対象として掲載されている。市立、県立の公園にキショウブを植栽するような自治体に比べればすばらしい良識だと思う。
 印西市はこのWebサイトの探査記録等のコンテンツでご紹介しているように印旛沼、将監川、手賀川などナガエツルノゲイトウやオオフサモの大繁茂地帯も抱えているが、これらの植物の駆除に付いては触れられていない。それもそのはず、特定外来生物外来生物法の定める所(*4)により、移動も禁じられているからだ。市民が自主的にこれらの植物を駆除し、集積所などに運べば、それだけで法に触れる可能性が出てくるからだ。

 この文書の裏を読むと(Web記事なので裏は無い、比喩)本当に印西市にとって駆除が必要な植物に付いて広く市民の協力が得にくい事情が見えてくる。別記事でも指摘したようにこれは外来生物法の弱点でもあり矛盾点でもある。もちろん生態系被害防止外来種とは言っても「次の特定外来生物候補」でもあり、影響度合いはともかく生態系に何らかの影響を与えていることは事実なので駆除自体には意味がある。
 しかし生態系という大きな括りで俯瞰した時に、これだけ良識を持った自治体が市民の協力の下に手を出しにくい、手を出せない、しかもより悪影響がある植物群があるということは大きな問題であると思う。
 印西市は市のWebサイトによれば人口97,300人(平成29年2月現在)、私の居住地である茨城県取手市が人口108,383人(同)なので予算規模は似たり寄ったり(*5)だろう。人口10万前後の自治体で、こうした外来種駆除にどの程度予算を使用できるか、概ねの想像はできる。事業として駆除できる範囲はごく限られたもののはず、広く市民の協力を得ることはごく自然な流れだと思うが、ここで外来生物法が壁となってしまっている。我ながら「読みすぎ」だと思うが、この記事の裏にはこうしたことが書いてあると思う。

 さて、こうした駆除義務の発生しないカテゴリーの外来種駆除は、将来のリスク排除という点で優れた施策だと思うが、キショウブに関して言えば全国的には印西市のような事例はごく僅かな取り組みだろう。しかし、なかには佐賀県のように公園植栽されたものに付いても条例で栽培禁止とし、駆除を行う自治体もある。本来法的な枠組みの補完(*6)は自治体の仕事ではないような気もするが、条例(*6)という準法律を制定する機能はあるはずで、この分野(環境行政)に対する自治体の本気度が見える良い事例だと思う。


(P)2014年5月 千葉県柏市 農業用水路

脚注

(*1) 第三セクター。第一セクターは国や地方公共団体が経営する公企業で、第二セクターが一般の私企業。これらとは異なる第三の方式という意味でこう呼ばれる。実態はNPOや市民団体などによる非営利団体と国や地方公共団体と民間が合同で出資・経営する企業だが、我が国の場合、多くは後者の意味で使用される。従って少なからず「官」の意思が入り込んでいる場合が多い。

(*2) 茨城県潮来市にある大規模なアヤメ園。面積約1.3ヘクタール、昭和51年開園。植栽されている「アヤメ」は約100万株と言われている。残念ながらその多くは園芸種と外来種で、自生種も僅かに混じる。潮来市は霞ケ浦の流出河川である常陸利根川と、北浦からの鰐川に挟まれ、南には外浪逆浦(そとなさかうら)がある水郷地帯だが、霞ケ浦水系の水質問題もあって見るべき水生植物も少ないのが現状。アヤメ園の傍らの前川を行き来する「ろ漕ぎ舟遊覧」というアトラクションもあるが、川の水がどろりとマッディーで、まるでベニスのゴンドラのようなモノだった。(ベニスも想像していたより水が汚なかった)

(*3) 種以下の単位で、変種(var.)、栽培品種(cv.)と同列の概念である。(品種(f.))自然下で形態が明確に区別でき、同じ地域の同種個体群とは生殖的に隔離されていない個体群を指す。これは地域変種という概念もあるため。生物分類ではあるが、特に植物のみに使用される。

(*4) 法律の用語は日常用語と意味が異なる場合があるが、外来生物法では「飼養等」を飼育、栽培、保管及び運搬のことを示す。(環境省外来生物法の概要より)国や地方公共団体主体の防除以外に、市民レベルで許可なしに防除を行った際に引っ掛かるのが「運搬」。法が想定しているのは特定外来生物を業として取引しないように、ということだろうが、良い事(自主的な防除は公益目的に適う)をして罰せられる可能性があるのはやはり悪法と言わざるを得ない。

(*5) 取手市の平成28年度一般会計当初予算規模は365億5,000万円、同、印西市は351億2,000万円。人口10万前後で企業の事業所がいくつかある自治体は概ねこんなものだと思う。印西市は千葉ニュータウンの人口が当初想定通り増えていない、一方インフラは整備しなければなならない、という予算面のジレンマがあるはず。こうした構造のない取手市の環境行政を見ていると印西市はもっと厳しいのではないか、と考えられる。(部外者の勝手な想像)

(*6) 国法に不備があった際に、矛盾を埋め合わせるのは地方自治体の役割ではない。個人的見解ながら外来生物法の「生態系被害防止外来種」はまさにそれで、法的には義務が発生しない駆除は環境、生態系にとっては望ましいことだ。しかしいざ実施すれば費用も時間もかかる。財源に乏しい自治体にとっては大きな負担になるはず。下手をすれば「他に優先すべきことがあるはず」と住民や議会から突っ込まれる。
 「条例」は地方公共団体が国法とは別に定める自主法とされる。根拠は憲法第94条及び地方自治体法。基本的に条例は国法の範囲内で制定しなければならず、地方自治体法第2条16項には「地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならない。なお、市町村及び特別区は、当該都道府県の条例に違反してその事務を処理してはならない」とされている。
 建前はともかく、最近様々な自治体で流行なのが「禁煙条例」。道端で一服しただけで数千円の罰金を徴収されるような例もある。しかし過去の判例では喫煙は憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれる、という判決が存在し、これを正とすればこの条例は「法令に違反してその事務を処理してはならない」に反している、つまり憲法違反ではないかという立場もある。



Photo : Nikon E5000 RICOH CX5 SONY DSC-WX300

Invader Iris pseudacorus Linn.
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