日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
イタドリ
(C)半夏堂
Invader Fallopia japonica (Houtt.) Ronse Decr.

タデ科イタドリ属イタドリ 学名 Fallopia japonica (Houtt.) Ronse Decr.
被子植物APGV分類 タデ科タデ亜科 Polygonoideae イタドリ属 Fallopia
  世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000)
茨城県取手市 2010年9月
侵略種

 イタドリは在来種(*1)であり、ここに記事にするのは相応しくない。それは十分承知であるが、今や外来生物法という国内の問題を遥かに凌駕する世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000) (*2)に選定される程の凶悪な植物になってしまった。在来種ではあるが、グローバルな視点からこの「侵略的外来種」に付いて考えてみたい。

 本種は荒地から湿地まで広範に自生する植物でやや湿った地形を好み、河川敷などに多い。茎は中空、節があり竹のような構造となっている。三角状の葉を互生させ、草丈は最大2mほどになる大型種である。雌雄異株。地下茎が発達し、無性生殖によって群落を形成する。また、攪乱を受けた場所に出現する先駆植物でもある。
 プロフィールはこんなところだが、地方により食用や薬用(*3)にされる他、何ら特徴のないやや大型のタデ科植物がなぜこれほどの「凶悪犯リスト」に掲載されてしまったのか。これは生態系を乱すという側面よりも(それはあらゆる外来種が該当する)イギリスで発生した事象に拠るところが大きい。
 日本ではついぞ聞いたことがないが、イタドリがコンクリートの建物を突き破ったのだ。破損ならまだしも建物を倒壊させる恐れがあり、イタドリが自生する土地は構造物を建築するのに適さないとされ、建設計画や地価に大きな影響を与えるという、社会的な問題にまで発展してるのだ。またイタドリを防除するために使われた費用はイギリス全土で10億ポンド(約1800億円)とされ、経済的負担も問題となっている。今や日本もイギリスも低成長経済の仲間であり、日本で大きな問題となった東京オリンピックメインスタジアムの国立競技場の建設予算は2500億円(当初計画)で、この「問題となる」のと同じ桁数の費用がイタドリの防除に費やされていることを考えれば影響の大きさが理解できる。

 オリンピックとイタドリで思い出したが、イギリスの作家、ジェフリー・アーチャー(*4)の「A Prisoner of Birth」にはロンドンオリンピックの競技用施設の用地選定で候補となった土地に投資させ、イタドリを植えてご破算にして(イタドリがある土地は除草後1年間は建築許可が下りない)ペテンにかける復讐劇が出てくるが、それほど強力な破壊力を持ったインベーダーであるという認識が一般化している証左でもあるだろう。


(P)河川敷に生育するイタドリ 茨城県取手市 2010年9月

生物兵器登場

 日本ではここまでイタドリが狂ったように暴れまわることはないが、下手をすると絶滅危惧種になりかねないクロモが北米で拡大している事実で分かる通り、気候環境が異なり何らかのスイッチが入って爆発的に増えてしまうことは外来種の一般的な傾向である。
 ここで書きたい事の前振りとして言っておくと、上記が外来種が大繁茂する主な要因であると考えている。イタドリにとっては日本は長年住み着いた安定した土地、イギリスは裸地(*5)、つまり攪乱が発生した土地と見えたのだろう。それ以外に理由はないと思う。

 ここまで影響力を強烈に発揮したイタドリに対する対策として、イギリス政府はイタドリマダラキジラミだかイタドリハムシだかの移入を決定したようだ。しかしこの策は無意味であると断言できる。彼らは少なくてもイギリス人が期待する「天敵昆虫」ではない。日本でこうした昆虫のためにイタドリが絶滅した地域があるだろうか。絶滅しないまでも甚だしく減少した事例があるだろうか。

 答えはもちろんNoである。たとえば茨城県南部ではどうしたわけかここ数年タマムシが異常に多いが、彼らの食草である榎(エノキ)が枯れているだろうか?キアゲハによって露地栽培のニンジンやパセリが食い尽くされているだろうか?例をあげればきりがない。昆虫類は多少はイタドリを喰うだろう。しかし期待する効果(=絶滅か、それに近い状態にまで追い込む)には届かないはず。そもそも天敵昆虫がその食糧である対象植物を滅ぼしてしまえば彼ら自身も食べるものが無くなって絶滅してしまう。
 この発想で行けば、北米大陸で猛威を奮うクロモが日本で大人しい理由は天敵がいるからだろう。百歩譲ってその通りとしても、私が知る限りクロモの天敵は、池を生活排水で汚し、小河川を暗渠化する人間である。北米で爆発的に拡大している理由は「天敵がいないから」ではない。屁理屈の難癖ではなく、そもそもイタドリがイギリスで増えた理由を事実誤認している、ということを言いたいのだ。従って「天敵昆虫」を導入しても効果は薄い。

 ネット上か子供の本か忘れたが「終わりのない物語」という絵本があって、テーマは憎しみの連鎖なのだが「殺した者を殺して罰する、それを見た正義感の強い第三者が殺して罰する、さらにそれを見た・・」という話だった。(さすがに殺すのも殺されるのも動物に置き換えられている)イギリスの昆虫導入の話を聞いてこの物語を思い出した。首尾よくイタドリを食い尽くしてくれたら(それはない、と断言するが)その後イタドリ撲滅に功績のあった虫達はどうなるのだろうか。虫も生きて行くために何か他のモノを喰いだすのでは?さらに「別のモノ」が気に入って大繁殖する危険性もあるのでは?それを滅ぼすためにまた天敵を?

 記事上ではそうした危険性は専門家が分析して大丈夫と判断したとある。そうであればイタドリを観賞用として導入した際にそうした「専門家」は危険性を予知できなかったのだろうか。我が国でも「珍しい」とか「綺麗だ」という理由で、この側面を検証せずに日々様々な植物が入って来ている現状がある。とても他の国のやることを非難できないが、逆に言えば対岸の火事ではなく、いつ何時思いもよらぬ植物に生活を脅かされるか分からない、ということが言えると思う。まさに他山の石。


(P)小貝川氾濫原、9.15豪雨による冠水後も平気 茨城県取手市 2015年10月

種子もたくさん付いているが、 2015年10月 茨城県取手市 地下茎からもわんさか生える 同左

文化の背景

観賞用としての導入も頷ける草姿
茨城県取手市 2015年10月


 イギリス文化はある部分、日本の文化に通じる所があって特に園芸の考え方はそっくりである。日本でアサガオやアヤメを心血注いで改良し観賞用価値を高めていったのは江戸時代からである。かたやイングリッシュ・ガーデン用に欠かせないバラやクレマティスの改良にはイギリス人の力が深く関わっている。この点、私見ながらこの「観賞用としてのイタドリの導入」と背景が同じなのではないか、と思う。

 バラが好きな方は百も承知の事実だが、バラには大別して2系統ありオールド・ガーデン・ローズとモダン・ガーデン・ローズ(*6)に分けられる。モダン・ガーデン・ローズは両親とも自然界にない品種同士の交配によって作出されたバラであるが、交配の元となっているのが本邦産のノイバラ、テリハノイバラ、ハマナスの3種(ないし中国四川省原産のコウシンバラ)である。
 またクレマティスも現在様々な品種が見られるが、ルーツは日本のカザグルマ、中国原産のラヌギノーサとテッセン、南ヨーロッパのヴィチセラである。特に大輪系はカザグルマやテッセンが原種となっている場合が多く、品種は多くがイギリスで作出されている。こうした特定ジャンルの観賞用の植物の品種改良に心血を注ぐ、マニアックに美しさ、珍しさを追求するという国民性はまさに日英同盟である。またそうした改良品種を日本人は好んで購入する。何を隠そう、私は水生植物以上にバラとクレマティスのマニアだが、新作を買おうとして何度も売り切れに遭遇している。また「趣味の園芸(*7)」というニッチな雑誌でも両種の特集はかなり取り上げる比率が高い。この分野では私自身もイギリスにシンパシーを感じる。

 シーボルトのヨーロッパへの紹介以来、日本の植物はエキゾチックかつ品種改良、園芸種作出に有用で、日本と同じガーデニング民族のイギリス人の心に深く刻まれたのではないだろうか。こんな有用な植物の国にイタドリのような凶悪な植物がいると想像できなかったのは責められまい。園芸的にはバラやクレマティスの根元に葉も花も雰囲気のまったく異なるイタドリがあればたしかに見栄えがする。イタドリの暴れっぷりは、園芸という楽しみのための植物の移入の危険性、制御できるという驕りを戒める良い事例だと思う。これもまさに他山の石。



【付記】
 記事を書こうと思った際に、私の整理整頓の習慣が世の中の標準と乖離しているため(簡単に言えば怠惰)、イタドリの写真を過去の膨大な画像データから探し出すのが事実上困難であり、近場に自生もあるので新たに撮影しようと小貝川氾濫原に出向いた。この氾濫原も、常総市の中心部が洪水となった2015年9月15日の水害(鬼怒川堤防決壊)時には冠水し、濁流が数日間に渡って通り過ぎて行った。このため成長したイタドリは茎や葉に傷みが激しく、写真に撮っても何の植物か分からんような状態になっていた。
 しかし外堤防寄りの、冠水が少なかったエリアには画像のように(後半4枚)健全な草体が数多く残存しており存分に写真を撮ることができた。場所によっては地面を埋め尽くすほどの新芽が出ていたが、外堤防上のサイクリンクロードのアスファルトや氾濫原に降りるためのコンクリート階段などには一切被害を与えた形跡はなく、まして外堤防外側の公園施設や道路にはイタドリの姿は影も形もなかった。この付近は私の定点観測場所でもあり、状況は数年間変化していない。
 天敵昆虫を導入してもイタドリ駆除には繋がらないと感じたのはこの場所であり、日本ではイタドリが「分をわきまえて」生活しているし、その理由は天敵昆虫ではない、と感じたためだ。特にこの付近のイタドリは葉も綺麗で虫に食われた形跡もなかった。
 イギリスに定着してしまったイタドリのように、どこにでも進出する植物なら居心地関係なく外堤防を越えて(地下茎を伸ばせば堤防土中から簡単に越えられる、またその能力はイタドリは十分持っている)外側に出られるはず。それをしないのは氾濫原の環境が好みであり、どこにでも進出する不作法さは少なくても日本国内では目を覚ましていないからだ。

 もう一点、かなり悩みつつも水生植物にはイタドリを収録しているが、小貝川やその他自生地では地下水位が高い地形に集中して自生が見られる点、今回のように長期間冠水しても何ら問題なく生活できる点に於いて湿生植物にかなり近い生態を持っている植物であると再認識した。

脚注

(*1) イタドリは日本全国に分布するが、台湾、朝鮮半島、中国にも分布し日本固有種ではない。この問題を扱った文献やWebサイトに「固有種」という表現を使用している場合が散見されるが正しくない。ただしイギリスで猛威を奮うイタドリのルーツは日本であることは間違いないようだ。またイタドリの英名はJapanese knotweed(日本のタデ)という。

(*2) 意外なところでワカメやクズも世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000) 選定種の1つである。何にでも絡みついて覆い尽くすクズは分かるが、ワカメも繁殖力が強く、定着した海域の生態系を変えつつあるという。クズは嗜好性の高い家畜の餌としての意図的導入、ワカメは船舶のバラストなどに紛れての偶発的な定着である。どちらも日本では形として現れるほどの被害はない。やはり「新しい環境」でスイッチが入ってしまったのだろうか。

(*3) 食用としては若芽を茹でて酢味噌やゴマ和え、酢の物、汁の実、油いためなど。薬用としては鎮咳薬、鎮静薬、止血薬、膀胱炎、膀胱結石、便秘、黄疸、関節炎、リューマチなどの薬(ただし民間療法)として用いられる。

(*4) ジェフリー・ハワード・アーチャー(Jeffrey Howard Archer 1940-)イギリスの作家ながら爵位を持つ一代貴族の貴族院議員。代表作は「百万ドルをとり返せ」「ロシア皇帝の密約」「ケインとアベル」など多数。本文中の作品は「誇りと復讐」という邦題が付けられた作品で、自身の刑務所の服役経験や議員選出経験など実体験が遺憾なく盛り込まれている。そのなかで、殺人の罪をなすりつけられた主人公が別人になりすまし、なすりつけたグループに巧妙に復讐する小道具としてイタドリが使われている。イタドリに付いて作品中に記述された現状、規制などはほぼ事実通りのようだ。

(*5) イギリスが言葉通りの裸地という意味ではない。イタドリが日本と異なる環境に根を下した時に、今までの土地ではない=攪乱が発生した(裸地)と勘違いし、もともと攪乱環境を好む性質が爆発的繁殖をもたらしてしまったのではないか、という意味である。これは母国ではさほどでもないオオフサモやセイタカアワダチソウが日本では呆れる程の大繁茂を見せている理由と同じではないか、と考えられる。

(*6) 2説(1837年と1867年以前)あるが、それ以前に存在していた系統がオールド・ガーデン・ローズ、以降の系統がモダン・ガーデン・ローズである。これは個別の品種のことではなく、系統を示す。例えば2015年に作出された品種でも系統によってオールド・ガーデン・ローズとなる。

(*7) NHKが番組用テキストとして出版している月刊誌。番組を見なくても十分役に立つ内容で、本文にあるようにバラ、クレマティス、山野草などの人気ジャンルの特集号は近隣の書店では売り切れてしまう場合も多い。園芸は趣味として歴史もあり裾野も広いが、廃刊相次ぐ熱帯魚、アクアリウム系雑誌と比べて健闘していると言えるだろう。また別冊には単一テーマで非常に深く内容を掘り下げたものが多く、私も何冊か愛読している。



Photo :  OLYMPUS OMD E-M10/M Zuiko14-40mm SONY NEX6/SIGMA 60mmF2.8DN Art

Invader Fallopia japonica (Houtt.) Ronse Decr.
日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
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