日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
ホテイアオイ
(C)半夏堂
Invader Eichhornia crassipes Solms-Laub.

ミズアオイ科ホテイアオイ属ホテイアオイ 学名 Eichhornia crassipes Solms-Laub.
被子植物APGV分類 ミズアオイ科 Pontederiaceae ホテイアオイ属 Eichhornia
  国内 要注意外来生物(生態系被害防止外来種)/日本の侵略的外来種ワースト100(日本生態学会指定)
国外 世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000)

休耕田に広がる(栽培か?)ホテイアオイ 2014年7月 千葉県成田市
チャオプラヤーの厄介者

 この植物で個人的に最も印象的な光景は右画像である。場所はタイのバンコク、チャオプラヤー川(*1)だが、この付近は両岸にワット・ポーとワット・ワルン(*2)という観光名所があり、両岸には観光客の行き来のための船着き場がある。ここに上流から流れてくるホテイアオイが溜り、船の航行に支障が出るのだ。そのため画像のような「藻刈船」が出ている。
 観光客用の船からは両岸に二つの寺院のエキゾチックな威容が眺められるが、そちらに向いた観光客全員の視線とは真逆の小汚い作業船の写真を撮っている私を不思議そうに見ていたタイ人ガイドの姿を思い出す。

 しかし私にとっては「ホテイアオイの実害」というものを初めて見たことでもあり、興味の優先順位としては寺院より遥かに高いものだった。日本では「水流阻害の恐れがある」と言われつつも現実の害に付いては見たこともなく、この植物の恐ろしさがピンと来なかったのである。またチャオプラヤーでも大河をポツポツと流れてくるこの植物をなぜ船まで出して除去しなければならないのか分からなかった。
 聞いた所によれば(お互い母国語ではない英語のやりとり(*3)なので内容は少し怪しいかも)現実問題としてここでは船着き場が使用できない場合、両寺院を訪れる観光客の不便となるばかりではなく、業としている人々の職も失われてしまう。船のスクリューに巻き付いて動かせなくなったことが何度もあったらしい。しかしホテイアオイが「青い悪魔」と異名を持つのはこんなレベルの話ではなかった。

 アフリカ、白ナイル川の源流でケニア、ウガンダ、タンザニアにまたがるアフリカ最大(68,800km2)の湖、ビクトリア湖では1980年に漂着したホテイアオイが7年間で湖の約8割を覆うほど繁茂してしまった。水面が塞がれ船の通行が困難となり漁業ができなくなり一帯の貧困化が進んだ。ここまではチャオプラヤー川で懸念され藻刈船が出ている話と同じレベルである。しかしここからが凄い。ホテイアオイがあまりにも繁殖したために水流(対流)が阻害され、蚊が異常繁殖しマラリアが流行したのだ。
 財産のみならず生命にまで影響を及ぼす、まさに悪魔の所業そのもので「青い悪魔」と呼ばれるに相応しい。マラリアは熱帯病だから日本には関係ないだろうか。そうとも言い切れないのは2014年8月に発生した蚊の媒介によるデング熱(*4)の騒ぎだ。熱帯病であるはずのウィルスを代々木公園の蚊が持っていたのだ。もはや熱帯・亜熱帯の病気・植物は日本に定着するという前提でモノを考えた方が良い。
 現実問題として琵琶湖や霞ケ浦がホテイアオイで埋め尽くされる事態は、我が国の防除体制や冬の平均気温等を考慮すれば考えられないが、小河川等では流れの滞留や、それにより局地的に大量発生する蚊による思わぬ伝染病の発生等は十分考えられる。この植物は生態系への影響を飛び越えて人間の生命財産へ影響を与える存在となっている。だからこそ世界の侵略的外来種ワースト100に指定されているのだ。


(P)チャオプラヤー川に浮かぶホテイアオイと藻刈船 タイ、バンコク 2006年8月

浄化目的の利用は正しいのか

 ここまでの情報は新聞や雑誌、ネットにある。また外来生物法の要注意外来生物であることも広く認識されている(*5)と思うが、水質浄化という別な観点で現在も利用されている現実がある。いささか旧聞に属するが、2008年9月22日版の読売新聞地方版(茨城版)に掲載された記事。

ホテイアオイで水質浄化 養分吸収させ重機で間引き

 内容は霞ヶ浦への流入河川、新川で実施された土浦市による植生浄化のことであり、記事によれば同年6月11日に投入したホテイアオイ1,800株は約3ヶ月で21万1,900株に増殖し、窒素57kg、リン6.4kg分の除去に成功したという。乾燥重量換算なのか、流失分は考慮されていないのか、突っ込みどころは多々あるが、傾向値としても凄い効果である。
 しかし、数字にすると「凄い効果」と思われるが、見た目では新川も河口付近の霞ケ浦も何も変わっていない。それはこの程度の「数字」では絶え間なく流れ込む汚染物質と堆積された負の遺産に対し、何ら影響を与えるものではないという証明であり、厳しく言えば「やらないよりマシ」程度の対策、とてもこの記事タイトルで語れるような内容ではない、ということだろう。予算をかけるのであれば流入と堆積に対する施策が先であり、その効果も高いと思う。

 余計なことだが、重機で除去とは良く言えばダイナミック、悪く言えば荒っぽい。市役所で重機を持っているとは思えないので業者発注だろうが、流失させるなという指示を徹底し監視を付けたのだろうか。もっと言えば重機を出動させるぐらいなら新川の浚渫を行った方が効果が上がるのではないだろうか。この程度の指摘は新聞でして欲しい。市役所の発表をそのまま記事にするぐらいなら私でもできる。
 やらないよりマシ程度の施策がこのリスキーな植物を使用する裏付けとなるのか、誰がどう見ても違うと言うだろう。この方法論と記事の示す所、何らかの数字が結果として出れば仕事をしたことになる、という公務員的な発想も見える。この記事からここまで考えてしまう私がひねくれ者なのか、新聞(記者、読者双方)に問題意識がないのか分からないが半端な事実の羅列にしか思えない。

 それはともかく、2006年当時からあまり状況が変わっていないのは2015年のこの画像を見ても分かる。(これは霞ケ浦周辺ではなく東京都葛飾区水元公園の小合溜)小合溜は水元公園に沿った河跡湖状の水溜りだが、ホテイアオイはともかく、他の水域には朝霞市との境界エリアにコウホネ、スイレン(園芸種)、ハス、三郷市との境界エリアにはヒシやオオアカウキクサ(*6)が尋常ではなく繁茂している。植生浄化の効果を期待(*7)するのであれば彼らで十分ではないのか。これだけ水生植物が繁茂した水域で(下画像参照)水質が改善しないのは、植生浄化は効果がないのか、原因が対策を上回っているのか、どちらかだろう。
 するとこの状況を踏まえた上で、ホテイアオイ群落の存在は何だろう。まさに「やらないよりマシ」程度の存在価値しかなく、将来的なリスクととても相殺できるものではない。結論を言えば危険物(要注意外来生物)を効果定かならぬ目的に使用すべきではない。そこに宣伝効果や仕事の成果としてのアピールが入り込むと、申し訳ないがアホにしか見えない。


(P)水元公園の小合溜に広がるホテイアオイ群落 東京都葛飾区 2015年10月

同水域にあるコウホネ群落 同、ハスの群落

布袋様の毒


「青い悪魔」は花色から来た別名 千葉県成田市松崎 2014年7月



 国立研究開発法人国立環境研究所の侵入生物データベースではホテイアオイの影響に付いて(「」内同Webサイトより引用)「在来水生植物やイネとの競合.水流の阻害.船舶の運航や漁業の障害.アレロパシー作用.虫,ダニ,菌,ウイルスの寄主.影響を受ける生物:水生植物,イネなど」としている。

 これらの影響のうち前半部はすでに実例を交えて述べた。怖いのは後半部「アレロパシー作用.虫,ダニ,菌,ウイルスの寄主」である。こればかりは文科系素人のフィールド観察ではまったく分からない。またこの手の説明にありがちな「可能性」の話であれば更に分からない。ビクトリア湖の事例でもマラリアは蚊によって間接的に流行しているので、ホテイアオイに寄生して広まったわけではない。ただ分からないから安全とは言い切れないのが不気味なところであるが、これは今後の推移を見るしかない。
 直接的、間接的かは別にして、ホテイアオイがマラリア流行の原因となったことは事実、今後ホテイアオイから思いもよらない病気が出てきても不思議はないという不気味さはある。

 分からない中でもアレロパシー(*8)に付いてはある程度明らかになっている。ホテイアオイもセイタカアワダチソウ同様に他の植物に対する成長抑制効果を持っているそうだが(参考 香川大学大学院「ホテイアオイのシュートと根の含水メタノール抽出物の生長抑制活性」)、何と藻類の増殖を抑制する一定の効果も持つようだ。かと言って水槽の藻類対策にアクアリストが活用するような代物ではないが。
 しかしホテイアオイの最も凶悪な毒は、長年(現在も)何ら危険性を指摘されることもなく広範に販売、育成され、その後の行方に付いても誰も気にしない、という「毒」だと思う。画像は市内の小河川だが、間もなく群落が両岸に達し、水深もさほどではないことから言葉通り「水流を阻害」してしまう状態。見かねて市のHP経由で除去依頼を行ったが、翌年には群落が消えていたので対策してくれたようだ。

 水質浄化に用いる自治体がある一方、わりと早く防除のアクションを起こす自治体もある。本種の取扱が一定しない事実は近隣各地の逸出定着状況を見てもよく理解できる。それが要注意外来生物というカテゴリーの限界かも知れないが、現在の繁茂状況を見るに一度事が起こってからでは遅いような気がしてならない。


(P)小河川を占拠しつつあるホテイアオイ。湿地状の岸では陸生もする。市への依頼により現在は除去されている 茨城県取手市 2010年9月

脚注

(*1) 少し前までは地理の教科書でも新聞TVでも「メナム川」と呼んでいたが、タイでこの河川を「メナム・チャオプラヤー」と呼んでいたためである。しかし「メナム」はタイ語で川を意味するので、メナム川を訳せば「川川」になってしまう。(ということに誰かが気が付いたのだろう)いわゆる誤解の産物で、現在ではチャオプラヤー川と呼称が正されている。ちなみに観光ガイド等でたまに「ワット・アルン寺院」という表現を見かけるが、ワットは寺の意味なのでこれも重複。外国人に無用の誤解を与える点で「Sensouji Temple」てな表示がある点も如何なものか。jiはTempleと重複だぞ!Why Japanese people! ・・・こういう事を書いていると小うるさいオヤジになってしまうのでこのへんで。

(*2) バンコク市内の観光名所の寺院。ワット・ポーは涅槃寺と呼ばれ、巨大な黄金の寝釈迦がある。寝釈迦の周囲には無数の骨壺が安置されており、同じ仏教でも日本とは解釈の違いが(信仰度合い?)甚だしい。日本の死は「穢れ」であって、大仏やご本尊の周囲に骨壺が安置されることはない。ワット・アルンは暁の寺と呼ばれ、三島由紀夫の同名の小説の舞台として有名。寺院というよりも石の塔に見える。根元から先端まで凝った装飾が施されており観光客の人気が高い。
 この2つの寺院はチャオプラヤー川の両岸にあり、概ねセットで観光される。近くに橋がないことから移動は船となり、両岸にはツアー客を運ぶ船が並び、ひっきりなしに行き来している。この船着き場に上流から絶え間なく流れてくるホテイアオイが滞留すると観光客、船の業者双方にとって大迷惑、たしかに除去の必要がある。しかしいかにも南国的なのは「なぜ上流から流れてくるか」「元を絶った方が合理的ではないか」という話がどこにもなく、対処療法に終始している所。

(*3) とは言え、タイでの(マレーシアも同じ)英語通用率は高く、道を聞いてもほとんどの場合用が足りた。また英語を話す人のレベルが高く、難しいセンテンスもスムーズに使用していた。もともと「微笑みの国」、ホスピタリティも万全で、訪問したことのある海外の国では最も印象の良かった場所の一つ。この点中国は最悪で、空港で団体で食事をした際に金を払う中国人ガイドがどこかに行ってしまい、レストランに説明をする際に代表して会話をしたが、英語は片言たりとも通用しなかった。(もちろん日本語も)また話には聞いていたが、割り込み上等、油断ならぬ風体の物売りがうろうろし、印象は最悪だった。割り込み上等と言えば南シナ海の岩礁に割り込んで我が物にする国なのでそんなもんか。

(*4) デングウイルスによる感染症。従来は熱帯や亜熱帯地方の病気であり、日本には無い感染症であったが、平成26年に患者発生が報告されたことは記憶に新しい。蚊が媒介する病気であり、感染が確認された代々木公園や上野公園などでは殺虫剤噴霧を現在でも定期的に実施しているようだ。

(*5) 広く認識されている、と必ずしも思えないことも事実。夏になれば園芸店の店先やホームセンターで普通に販売しているし、それなりに需要もあるようだ。特定外来生物ではないために違法ではないが、その行先に付いて注意しなければならないことは「要注意」の言葉通りのはず。注意しなかった結果は関東地方の色々な場所で見られる。関東地方の住人が特に民度が低く法律に鈍感だとも思えないので、状況は全国同じだと思う。

(*6) 正確な同定はしていない。オオアカウキクサ状の植物は水元公園全域にあるが、一説には移入されたニシノオオアカウキクサ(旧オオアカウキクサ大和型)ではないかとされている。また特定外来生物のアメリカオオアカウキクサ(アゾラ・クリスタータ)との説もあり、近々自分で調べてみる。

(*7) 公園自身(都立公園なのですなわち東京都自身)が植生浄化を行っている。この場合ホテイアオイを含め上記したような現存する植物群ではなく、アシ(ヨシ)を使ったもので、きちんと浄化エリアを設定し刈取のスキームもあり、案内板等でその旨の説明もある。それでも現状が改善しないのは、大場川から流入する汚染物質が植生浄化を上回っているからに他ならない。



Photo :  SONY DSC-WX300 Canon PowerShotS120 PowerShotG10 EOS KissDigital N SIGMA 17-70mm

Invader Eichhornia crassipes Solms-Laub.
日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
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