日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
園芸スイレン
(C)半夏堂
Invader Nymphaea cv.

スイレン科スイレン属 園芸スイレン 学名 Nymphaea cv.
被子植物APGV分類:同分類
  国内 生態系被害防止外来種

開花する「スイレン」 2015年6月 東京都葛飾区
誤解

 植物分類にはスイレン科(Nymphaeaeceae)というものがあって、オニバスやコウホネの仲間も含まれる。そしてスイレン科の下には在来種であるヒツジグサが属するスイレン属(Nymphaea)という属もあるわけだが、不思議なことに「スイレン」という科名植物はない。
 「ない」というと誤解を受けるが、正確には「スイレン」という正式和名を持つ植物は無いという意味だ。スイレンの「睡蓮」はヒツジグサの漢名(つまり中国語)だが、ヒツジグサは未(ひつじ)の刻に開花する「未草」であって、我が国では睡蓮ではない。一般にスイレン属の水生植物の総称として用いられる、という説明もあるが、そのスイレン属に属する在来種はヒツジグサのみなのである。

 例えば同じスイレン科(コウホネ属)のオゼコウホネやオグラコウホネが咲いているのを見て「コウホネが咲いている」というのは有りだと思うし全く違和感はない。これらはコウホネ属に属する多くの植物の一部であるし、そもそも植物名にコウホネという名称がすべからく付与されているからだ。何よりコウホネ属にはコウホネという属名植物があって、これらはコウホネの近似種である。

 園芸植物には(アクアリウムにも)スイレンの例の如き話が多く、花壇に植栽するパンジーやビオラはViola X wittrockianaという学名の同種(交配種)である。(そもそも両種は花の大きさで区別しているだけ)そしてViolaはスミレ属の学名であり、交配種である「ビオラ」をあらためてViolaと呼ぶことは「スミレの交配種で名前がスミレです」と言っているに等しい。
 話がややこしいが、名称にこだわっているわけではなく、花壇に植栽されたパンジーやビオラを見て「自然豊か」と表現する人はいないということを言いたいだけだ。これらは改良されて作出された「商品」であって自生のスミレ属植物とは自ずと異なるはず。ノジスミレやアリアケスミレが群生していれば「自然豊か」で心が和む。ところが同じような来歴のはずのスイレンは異なる。それどころか自治体が管理する水域などに積極的に植栽して「自然豊かな憩いの空間」などのキャッチコピーを付けている場合が多々ある。それは花壇に草花を植えているのと大差がない、ということ。

 それの何がいかんのか?花壇と言う人工の空間ならいざ知らず、野池やため池には生態系が出来ており、本来そこにあるべき生物の居住区間があるはず。スイレンは雑種強勢(*1)の故か繁殖力が異常に強く、こうした水域ではびっちり水面を覆ってしまう。私が野歩きを始めた頃からこの状態は続いており、排他性を伴う危険性は折にふれ書いてきたつもり。今回めでたく「スイレン」が生態系被害防止外来種に指定されたのはこうした状況を環境省でもやっと認識したからだろう。
 交配種や外来種ではないが、ハス科の植物の国内移入にも同じ問題がつきまとう。水質浄化目的か花の鑑賞目的(町おこし?)か知らないが、近隣の手賀沼や牛久沼ではハスが大群落を形成し水面のけっこうな面積を占有するにいたっている。また、これも客寄せパンダ的なものなのか、大賀ハス(*2)を植栽している水域も多い。こちらも結果は同じである。園芸種スイレンの選定理由が生態系を脅かす水域の占拠にあるならば、ハスは在来種ながら同じポジションにあると言うことが出来るだろう。


(P)2014年7月 千葉県成田市

狭間

 地球温暖化の影響か、東京でも年平均気温は上昇傾向(*3)にある。このためかどうか、従来我が国には帰化定着するはずがないと考えられていた植物がはびこり、中には外来生物法の指定を受けるものまで出ている。たとえばボタンウキクサ(アフリカ原産、特定外来生物)、ホテイアオイ(南米原産、生態系被害防止外来種)、バコパ・モンニエリ(オトメアゼナ、熱帯〜亜熱帯域原産、生態系被害防止外来種)などである。
 これらは草体や種子が越冬できないため世代交代はしない、と考えられていたが、寒さで痛み腐敗する草体の一部でも残存すれば翌年そこから復活する、という想定外の「越冬法」で生き残った。さらに夏季には栄養増殖によって大繁茂し、他の水生植物に優先する。持ち込んだ時点の人間の判断は見事に覆された形であるが、今となってはそもそもその「判断」に根拠があったのか疑わしい。
 他にも現時点では被害実態がさほどでもなく、あまり話題にならない熱帯、亜熱帯産の植物が多く帰化している。近年地元でも大規模な増殖が見られるアメリカキカシグサなどは好例だろう。これらの事例を鑑みれば原産地の気候は帰化の可否に関係がない、と言えるだろう。

 という状況を踏まえてだが、園芸スイレンには熱帯性スイレンと温帯性スイレンがあり、一般に前者の方が花の色や形が華やかで開花数も多い。熱帯性スイレンは日本の冬に耐えられず冬季に枯死する、というのが「常識」だが上記事例を見ると、近未来に覆りそうな気配も感じる。スイレンの販売者として有名な宮川花園のWebサイトには(以下引用)「基本的に熱帯スイレンは休眠をさせると意外と寒さにも強く、加温の必要はほとんどありません。当園でも寒さに弱い夜咲き種を、屋外にて無事越冬させた経験があります。当地は内陸部のため、まれに−10℃近い日もあり、水面には氷が張ることも珍しくありません。」とある。関東の平野部では真冬でもまず−10℃にはならいので越冬の可能性はより高くなるはず。
 私はヒツジグサは別として温帯性・熱帯性を問わずスイレンの育成経験がないので断定的なことは言えないが、プロ(宮川花園)の文章を読む限り熱帯性スイレンもわりと容易に越冬するようだ。そうであれば危険性は温帯スイレンと同じではないか。年平均気温が上昇しつつある現在、そのリスクは高まっていると考えられる。

 とは言え、確実に定着し危険性が大きいのは現在のところ温帯性スイレンである。別名「耐寒性スイレン」とも呼ばれるほどなので、日本の四季にはすんなり順応している。また水域の占有率も高い。
 こうした事が分かっていて尚、外来生物法で取り上げねばならない状況となったのはなぜだろう。これは他の問題となっている外来植物、ハゴロモモやオオカナダモ、オオフサモなどに見られる人為的な放棄とは異なるように思われる。もちろん全くない、という事ではなく、増えすぎて手に負えなくなったものを放棄する不届者もいるはず。しかし主たる要因は植栽であると考えられる。それも個人ではなく団体や行政といった、その環境に責任と権限を持っている者達。もちろん悪意はなく、水辺環境の整備や水質浄化といった前向きの発想だと思う。
 しかしスイレン植栽による「水辺環境の整備」は豊かな自然という表現に誤訳され、期待される水質浄化も効果がない、という実態では救いがない。別記事でも触れたが、植生浄化という概念は意外にタイトで限定的なことは幾多の事例が証明しているのである。渡良瀬遊水地谷中湖の水質悪化と金町浄水場の上水異臭騒ぎによって設置されたヨシ原浄化施設の効果が出ていない点は調査結果に基づいた文献によって指摘(*4)されている通り。また霞ケ浦のアサザも水質浄化に対する効果が疑問視(*5)されている。それでも植栽を続けるのは手軽に成果が出る(綺麗な花が咲いてアピールできる)からだろうか。


(P)植栽された熱帯性スイレン 2009年7月 神奈川県鎌倉市

水域の占有 園芸スイレン 2015年7月 茨城県小美玉市 水域の占有 ハス(大賀ハス) 2015年6月 茨城県利根町

見識

 地方の町には懇切丁寧に域内の観光資源を紹介している場合があり、小さな野池も「ヒツジグサが咲き乱れる云々」というキャッチコピーでアピールしているものがある。居住地周辺にもこうした例があり、今や自生のヒツジグサを見る機会がほとんど無くなったこともあり、情報を見て何度か見に行ったが、結果は残念ながらことごとく園芸スイレンであった。
 紹介者がヒツジグサとスイレンの区別が付いていないのは明らかだが、もともと区別する発想もないのではないだろうか。それこそ「ビオラが咲き乱れる」のが園芸種ビオラなのか自生スミレなのか、と考えるようなもの。笑い話のようだが、公園の片隅で咲いているノジスミレを見たご婦人が「地味なビオラだこと」と仰る姿も見たことがある。もちろん自生種の地味な「ビオラ」( Viola yedoensis Makino)です。その意味では間違いではない。このレベルで行けば私が見に行ったのは「花が派手なヒツジグサ」であって何ら問題はない。ヒツジグサが地味なスイレンであっても文脈、意味とも問題がない。世の中には「スイレン(ヒツジグサ)」という表現もあるほど。

 そうなると「種」とは何か、的な小難しい話をする気はないが何か寂しくないだろうか。自分の趣味が世間一般より水辺に寄っているせいだろうか。例えが不適切かも知れないが「梅田駅前で社長、と大きな声で叫ぶと7割の人が振り返る。小銭を落とすと全員が振り返る」という笑い話がある。(大阪の方、失礼。笑い話なので)だから大阪の7割は社長で、全員が小銭に注目している、ということはない。
 植物の世界では大勢に従うことも大雑把にくくることもない。種ごとに独立しておりポジションも異なる。近似種であってもハッカは水田雑草、ヒメハッカは絶滅危惧種、マルバハッカは外来種である。それは植物マニアだけの話ではなく、ことスイレンに関しては生態系被害防止外来種に指定された以上、厳密に定義すべきであると思う。

 今回指定されたのは「園芸スイレン」、Nymphaea cv.である。この指定は厳密な種小名ではなく、温帯性スイレン全般を示すものとして理解しても良いだろう。被害実態や危険性に差異がない以上、この指定はある意味、見識である。ちまちま種(とは本来言えない「品種」)ごとに指定する意味がまったくないからだ。本音を言えば特定外来生物でも良いように思われる。それだけ少し歩けば危機感を覚えるほどの実態が感じられる。
 またNymphaea cv.は温帯性スイレンの学名だが、熱帯性スイレンは個別(品種毎)に学名が付与されており、今回の指定の対象外であるようだ。しかし前述したように危険性が視野に入っている以上、何らかの指定は必要ではないだろうか。同じように熱帯性で越冬できないと考えられていたボタンウキクサの事例もある。

 環境省では従来の特定外来生物、生態系被害防止外来種というカテゴリーの他に、新たに行動規範を組み込んだカテゴリーを制定(*6)している。このカテゴリーで言えば園芸スイレンは総合対策外来種、小カテゴリーの重点対策外来種だ。解説には「国内に定着が確認されているもの。どんな行動が必要?→各主体における防除や、遺棄・導入・逸出防止のための普及啓発など、総合的に行うことが必要です」とある。一方、同じ小カテゴリーには緊急対策外来種というものがあり、こちらは「様々な主体による積極的な防除が急がれるものです」とあって明確に防除を行動規範に表現している。
 実態に鑑みれば後者、緊急対策外来種が温帯スイレンには相応しいし具体的な行動が必要な段階だが、どちらにしてもこれまで野放しであったinvaderのスイレンが俎上に上がったのは見識であり喜ばしいことだと思う。


(P)公園の池で咲くスイレン 2005年5月 茨城県つくば市

脚注

(*1) heterosis 交配によって出来た雑種は両親よりも優れた形質・性質を持つ事が多いこと。農作物ではこの性質を利用して収量の多い品種が作出されている。よく例示されるのはトウモロコシで、現在の品種が出来る以前は一つの穂に8列程度しか実が付かないものが多かったらしい。対義語は近交弱勢で、遺伝的に近いもの同士の交配によって生まれた種は両親より劣った形質・性質を持つ事が多い。

(*2) いわゆる古代ハス。1951年に千葉県千葉市の検見川、東大検見川厚生農場の落合遺跡で発掘された2000年以上前のハスの実が発芽・開花し、現在様々な場所でその末裔が植栽されている。名称は発掘を指揮し、発芽させた大賀一郎氏(植物学者)にちなむ。そんな奇跡的な出自を持つハスだが、植栽された場所では一様に大繁茂している。有名な移植地はその名も古代蓮の里(埼玉県行田市)など。

(*3) 年度単位で見ていくと冷夏の年などもあり、夏季の平均気温は一定しないが、年平均で見ていくとたしかに上昇傾向にあることが分かる。参考にしたのは気象庁の東京 日平均気温の月平均値データ。年平均値が算出できる1876年には13.6℃、直近の2015年は16.4℃である。ちなみに定義上、熱帯は12ヶ月の月間平均気温が18℃以上である。東京のデータはまだ余裕があると見るべきか、熱帯が近づいていると見るべきか。

(*4) 「新 渡良瀬遊水地」(大和田真澄他著、随想社)の記述を参考にした。もちろん自分でも何度もヨシ原浄化施設、谷中湖周辺は見ている。

(*5) 毎度登場で申し訳ないが、研究者対NPOの「異種格闘技」とも言うべき論争があって、個人的には植生浄化を真面目に考え、調べるきっかけになった。自分自身は完全な第三者なのでどちらがどうの、と言うつもりはない。ただリンク先の文章をすべて読むと「なるほど」と思うことも少なくないが、著者ご自身(山室先生)がご自身でプロフィールに書かれている通り「ブログに書かれていることは、管理人の公式見解や職務に関わる見解ではありません」なので、研究者だから正しいだろ的な安易な盲従はしていない。アサザ基金のWebサイトはこちら

(*6) 大別すれば3つのカテゴリーがあり、総合対策外来種、産業管理外来種、定着予防外来種、である。それぞれサブカテゴリーがあって、お役所通例の独特の分かり難さがあり、各々の意味は私が解説するよりも環境省の公開資料でご確認願いたい。



Photo :  SONY DSC-WX300 α6000/SIGMA60mmF2.8art RICOH CX5
 Canon PowerShotS120・PoweShotG10・EOS KissDigital/SIGMA50mmF2.8Macro

Invader Nymphaea cv.
日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
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