日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
アメリカキカシグサ
Photo :  RICOH CX5 (C)半夏堂
Invader Rotala ramosior (L.) Koehne

ミソハギ科キカシグサ属アメリカキカシグサ 学名Rotala ramosior (L.) Koehne
外来生物法 現状指定なし
アルアナの夕焼け疑惑
 アクアリウムに南米ブラジル原産とされる「アルアナの夕焼け」という優雅な名を持つ(*1)「水草」がある。自分は水槽も持っていないし育てた経験もないので画像をご紹介できないが、 画像検索をかければいくらでも出てくるだろう。赤い沈水葉を持ったミソハギ科またはアカネ科とされる植物だ。
 調べてみるとgenusはRotalaRubiaceaeの2つがあり、きちんと同定されていない印象を受ける。アクアリウムでは「どう綺麗に育つか」「そのための方法論は何か」という点、さらには「どの程度希少で価格はいくらか」という点が主眼(*2)なので、この業界からきちんとした同定情報が出てくることは期待しない方が良いだろう。

 2004年頃に千葉県柏市の放棄水田で見たこともない湿地性の雑草を目にした。ヒメミソハギのようでもあり、妙に艶があってキカシグサのようでもあり、印象はどちらにしてもミソハギ科だが図鑑には載っていない正体不明の植物。こういうのは激しく興味を惹かれる性格なので手持ちの文献、図書館、ネットと調べまくり、意外なところで正解らしき情報を得た。
 意外、というのは上記したようにアバウトな業界、と考えているアクアリウムからの情報であるからだ。情報ソースはアクアライフ別冊、アクアプランツNo.03中の「2006ロタラ熱狂コレクション」という記事で、執筆者はフィッシュパークIFC(千葉県船橋市)の高城邦之氏(*3)である。
 高城氏は文中、アメリカキカシグサとアルアナの夕焼けを独立させて紹介しているが両者学名が同じRotala ramosiorとなっている。明記されていないが、両者を変種関係に想定したのかも知れない。注目すべきは帰化の認識で、アルアナの夕焼けに付いては(「」内引用同書P100)「「水草」が流出源ではないが、日本に帰化している種類」とし、アメリカキカシグサに付いては2004年に千葉県で見たことがあると認識を示している。奇しくも私が初めてこの植物を見た時期と同じだ。もちろん千葉県内の湿地を毎年綿密に見ているわけではないが、千葉県にはこの頃定着したのかも知れない。

 アメリカキカシグサとアルアナの夕焼け、両者を同一視するか別種として扱うのか意見は分かれる所だと思うが、これらの記述を読む限りどちらにせよ帰化している植物である。そして水槽育成の繊細で脆弱なイメージと異なり、気中では強靭で驚くべき繁殖力を持つ。こんなものがアクアリウム逸出であるとすれば罪深い話だが、それを意識したのか水草が流出源ではない、と記述している。しかしこれは客観的に考えても裏が取れない話だと思う。高城氏が逸出させていないという話なら理解できるが、日本に輸入された「アルアナの夕焼け」の行先をすべて把握しているわけではあるまい。水草が流出源ではない、と言い切るには根拠が希薄で、少し業界擁護の香りもする。しかしこれもそれがどうした?という範疇の話である。つまり「どうでもよい」。
 自己補足すると「どうでもよい」のは誰が逸出させたか、という点である。現実に帰化定着してしまった以上、関心があるのは分布と拡大傾向、防除の認識が省庁や自治体にあるのか、ということだ。アクアリウムに関してはミズヒマワリ(特定外来生物)やオオフサモ(同)、オオカナダモ(要注意外来生物)などの「前科」があるのは周知の事実。これ以上の逸出をしない手立てを尽くすべきで、それ以上の意見はない。

 2004年頃に私が目撃した植物はその後の調査でアメリカキカシグサと判明し、柏市以外にも八千代市、印西市、茨城県南部(幸か不幸か自分では未確認)に広範に帰化していることが分かった。そして情報ソースとしては問題もあると思うが、「アルアナの夕焼け」「水上葉」で検索し出てくる画像はアメリカキカシグサそのものなのだ。以上状況証拠だらけだが、アメリカキカシグサは「アルアナの夕焼け」であり、逸出源はアクアリウムの可能性が強いと言うことが出来るだろう。
 

(P)2011年9月 千葉県八千代市米本 耕作田(下2枚とも)


特徴と生態
 植物体としての特徴。草丈10〜40cm長、茎は四角柱状でやや紅色を帯びよく分岐する。葉は対生、線形〜広線形で1〜3cm長。ここまではヒメミソハギ属の植物のような印象だが、従来の分類基準(*4)上、ヒメミソハギ属(Ammannia)と決定的に異なるのは葉脇に付く花の数である。葉脇に多数の花を付けるヒメミソハギ属と違い、キカシグサ属(Rotala)は葉一枚に対し花が一輪である。画像に見えるピンクの離弁花が本種の花。キカシグサ属だ。

 水田では分岐が多いことで株も大きくなるが、数も多い。種子生産性、発芽率とも良好な印象を受ける。野外では「繊細で育成の難しい水草」ではなく蔓延る水田雑草というイメージだ。本種は比較的新しい帰化植物であり、1993年に横浜で初めて帰化が報告されたそうだが、現在ではここ千葉県(船橋、八千代、印西各市で確認)、茨城県南部、埼玉県からも報告(*5)があり、ほぼ関東全域に拡がっていると見て間違いないだろうと思う。データが少ないが関東以外からも帰化の報告があり、きちんと調査を行えば実はすでに全国に拡がっていた、という事態も考えられる。
 懸念されるのはアレロパシーなどの排他性で、本種が見られる水田では同じミソハギ科のヒメミソハギ、キカシグサ、ミズマツバなどが見られず、外来種であるホソバヒメミソハギも見られなかった。

 本種が「アルアナの夕焼け」であると仮定した場合、水槽内では育成が難しい水草であり、育成者は野外放棄しても容易に帰化するとは思わないだろう。場合によっては完全に枯死したと思われる草体も放棄されると思う。しかし育成環境下では繊細で脆弱に見えても野外では大繁茂する可能性もあるのが帰化種の特徴である。
 例をあげれば現在各地に帰化定着しているホテイアオイは夏に涼を求め、開花を楽しむために購入されたものが、秋に腐り始め放棄されたものの「末裔」が大半だろう。今ではホテイアオイは草体の一部を越冬させて翌年復活することが知られている。霞ヶ浦沿岸部の一部で猛威を奮っているボタンウキクサもしかり。常識的に考えれば熱帯産の「一年草」が寒さの厳しい日本の冬を乗り越えられるとは思わない。しかし現実は常識を超えた生命力が目前にある。
 こうして「難しい水草」は水田や湿地では容易に定着し、元の姿(沈水葉)とは似ても似つかぬ雑草としていつの間にか風景の一部となってしまう。放棄した人間にとっては想定外、というよりも想像もできない事象だろう。帰化は往々にしてこうした所から始まる。

 逸出源は別としても、一つ気になっていることがある。数年前に茨城県南部では見られなかったヒレタゴボウ(アカバナ科)やシマミソハギ(ミソハギ科)は当時この一帯(千葉県北部)でよく見られたが、現在では利根川を越えて茨城県にも入り込んでいる。おそらくアメリカキカシグサも同様の経緯を辿るはず。(県南牛久市では目撃例あり)偶然かも知れないが、このルートに何か帰化種が通りやすい特性(*6)があるのだろうか。この一帯は印旛沼と繋がった新川や神崎川といった河川があり、ナガエツルノゲイトウの猛威が凄まじいだけに気がかりだ。


(P)2011年9月 千葉県八千代市米本 耕作田

懸念〜ミソハギ科の異変

 従来新種や交雑が少なく、水田探査で見つかるミソハギ科植物は決まったものしかなかったが、最近ちょっとした異変が起きていることに気が付いた。本種やナンゴクヒメミソハギ、シマミソハギといった帰化種もさることながらどうにも分類ができない中間的な形質を持つミソハギ科の植物(*7)が出現しているのである。ストレートに考えれば交雑種だが、ホソバヒメミソハギを含めた従来の顔ぶれで長年安定していた事実を考えれば、新規の帰化種が母種になっていることは状況証拠ながら有力と考えられる。

 キカシグサ属においてはミズマツバ、ヒメキカシグサという環境省レッドデータに記載される植物があり、交雑による消失は最も懸念されるところだ。懸念ではなく現実に起きているのがカワヂシャの例。自宅近辺にはカワヂシャ、オオカワヂシャ(ヨーロッパ〜アジア北部原産の帰化種)ともに見られるが、両種の中間的性質を持つものも見られるようになってきた。調べてみるとこれはホナガカワヂシャという両種の交雑種のようだ。恐ろしいことにホナガカワヂシャは稔性を持つ。実性繁殖によってカワヂシャを圧迫する(雑種優勢)他、残ったカワヂシャとの再交雑によってわけの分からんカワヂシャだらけになってしまう危険性が高い。ちなみにカワジシャもレッドデータに記載されている希少種だ。

 帰化植物は意図的な逸出でない限り防除は難しく、ある意味不可抗力的な部分もあると思うが、懸念されるのは在来種との競合、駆逐である。今回アメリカキカシグサの調査を行った千葉県八千代市小池、米本の水田では必然か偶然か本種以外のミソハギ科雑草はホソバヒメミソハギ、シマミソハギしか見ることが出来なかった。もちろん因果関係はまったく分からないが、セイタカアワダチソウに見られる他種駆逐のアレロパシーの例もあり、何となく不気味な感じがした。水田雑草の世界でもこうした変動があって、小さな変動がやがて生態系の変動につながる。(はず)人が目を向けない小さな世界だがより注意深い観察が必要になるだろう。


(P)2011年9月 千葉県八千代市米本 耕作田 左手前にヒレタゴボウ(アメリカミズキンバイ)

脚注

(*1) 「アルアナの夕焼け」は和名ではない。アクアリウムの流通名称、いわゆる商品名である。では和名は何か、ということになると情報の行き着く先は「アメリカキカシグサ」になるのだ。「アルアナ」はブラジル中部のビーチリゾートだが、アメリカキカシグサも北アメリカ〜熱帯アメリカ原産なので「アルアナ」にあっても不思議ではない。

(*2) 特にアクアリウムをスポイルしているわけではない。趣味はすべからくこういうもの。しかしながら自然環境に負荷をかける趣味であることは認識する必要があるだろう。アメリカキカシグサはグレーとしても、この近辺にはオオフサモやミズヒマワリの群落もあり、これらは明瞭に「趣味からの廃棄物」である。

(*3) アクアリウム系雑誌、書籍の共著多数。フィッシュパークIFC(千葉県船橋市)は水草の水槽育成を行っていた頃にたまに通っていたショップ。採集植物の沈水葉も販売しており、スズメハコベやシロバナサクラタデが水中育成可能なことはこのショップで知った。

(*4) APG植物分類体系ではない、という意味。具体的には新エングラー体系やクロンキスト体系といった従来分類及びそこから派生した細分類のこと。本文にあるようにミソハギ科植物の場合、葉脇に花が多数付くのはミソハギ属かヒメミソハギ属、葉一枚に対し花が一輪付くのがキカシグサ属、と直感的に分類できる。古い人間のせいかAPG植物分類体系はピンと来なくて滅び行く知識を頼りに探査を続けている。

(*5) 個人ブログが多く情報の信憑性という点であえてご紹介はしないが、埼玉県の複数地点で撮影されたアメリカキカシグサの画像がネット上に多数存在する。自分が見るところ、たぶん本物=埼玉県にも帰化している、ということになる。富山や三重といった関東地方以外からの帰化報告もあり、その間の地域が空白といった状況も考えにくいので、表面に出ている定着地域以外に広範に帰化している事態が考えられる。

(*6) 自分の調査の範囲ではあるが、ここ10数年、本種アメリカキカシグサを含め、ショクヨウガヤツリ、ヒレタゴボウなど帰化種の千葉県から茨城県にかけての侵攻ルートが奇妙な程一致している。概ね千葉、船橋などの都市圏から八千代、印西の水田地帯を通り利根川を渡って茨城県に入る。初期の定着地点が東京湾沿岸部であることを示唆していると思われるが確証はない。確証があっても種子で入り込む帰化種植物には「水際防除」はほぼ不可能だ。

(*7) 正体不明のミソハギ科植物に付いては項をあらためたいと思う。ちなみに比較的新しい帰化種であるシマミソハギ、ナンゴクヒメミソハギに付いては同定できるので両種ではない。ヒメミソハギ、ホソバヒメミソハギを含め、交雑する組み合わせはどれか、ということが明確に分からないので現時点では正体不明だが、明らかに「変な」ヒメミソハギ属が結構ある。

【参考文献】
アクアプランツ No.03 2006年 マリン企画
Invader Rotala ramosior (L.) Koehne
日本の水生植物 水草雑記帳 Invader
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