日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
トウゴクヘラオモダカ2
Photo :  RICOH CX5 PENTAX OptioW90
Canon
 EOS KissX7/EF-40mmF2.8STM
(C)半夏堂
Feature Alisma rariflorum Samuelsson Part2

オモダカ科サジオモダカ属トウゴクヘラオモダカ 学名 Alisma rariflorum Samuelsson
環境省レッドリスト2012 絶滅危惧II類(VU)
分岐の謎
 トウゴクヘラオモダカの特徴、同定ポイントとして(1)葯の色が褐色(2)小型の草体、という点に関しては前項で述べた通り決着したと考えている。しかし(3)花茎第一分岐が2、に付いては少ないながらも実地調査で見た株がどうにも玉虫色で、正直なところ、確定情報だとは考えていなかった。従って前項では「ヘラオモダカ(狭義)は通常数分岐するが、トウゴクヘラオモダカは二分岐と言われている。これには諸説あり、紛らわしいのがトウゴクヘラオモダカの花芽第一分岐は2または3というもの」と曖昧さを含む、半ば逃腰混じりの表現で書かせて頂いた。
 市販の図鑑には載っていない種、情報収集はネット中心にならざるを得ないが、その情報と実物に微妙な乖離があるのだ。その微妙な距離がトウゴクヘラオモダカかどうか、という同定に直結する問題であり慎重に考える必要があると思ったのだ。
 事情は前回書いた通りなので割愛するが、今回本種の大規模な自生地を発見(*1)し、多数の株を精査することができ、この謎を自分なりに納得、整理することができた。ここで得た結論はどこでも見たことがないので、おそらく本種に付いて初公開の情報だろう。

 発見したのは探査記録にも書いた茨城県水戸市の谷津田地形だが、数十株のヘラオモダカがあり、ざっと見たところ全てがトウゴクヘラオモダカであった(*2)。これらの株がすべて同じ分岐パターンであれば話は早いが、同じ遺伝傾向を持つと思われる個体群でもパターンが様々なのである。その様々なパターンは数種に類型化できるが、これまで確認したパターンに加え、新たな事実も分かった。

 パターンの話の前に。「トウゴクヘラオモダカ」の検索をかけると稀に右画像のような第一分岐の画像が出てくる。キャプションは「花茎第一分岐が2」である。この画像とキャプションは間違いではない。しかしこの情報だけでは不完全で、大きな誤解を招く危険がある。
 こうした状態の株、つまり花茎が1本だけ出ていて第一分岐が180度に綺麗に分岐している株は2本目、3本目の花茎が重要なのである。2本目、3本目の花茎が1本目と同じ形で分岐するのはかなり確率が低いと思う。これは単なる「思う」ではなく、今回多くの株を精査した上での確信に近い感想だ。
 後述するが同一株でも花茎分岐はまちまちなのである。この画像がインプットされてしまうと3分岐した花茎を持つ小型のヘラオモダカは「ヘラオモダカ」で終わってしまう。しょせん水田の雑草なのでそれで終わりでも仕方がないが、それでもこの植物は絶滅危惧II類(VU)なのだ。

 レッドデータで論じても仕方がないことは承知ながら、同じ水戸市内で無印のサギソウが自生地ごと手厚く保護されているのにも関わらず、VUのトウゴクヘラオモダカは雑草として無視されている。これはマニア目線の問題ではなく、環境行政の貧困だと思うが如何だろうか。


(P)2013年8月 トウゴクヘラオモダカ 茨城県水戸市
花芽第一分岐パターン

 見ることが出来たトウゴクヘラオモダカは数十株、花茎は200〜300、これに今まで見たり自分で育てたものを加味して考えれば自ずとパターンが見えてくる。重要なことは、分岐のパターンは株毎の特徴でないことだ。同一株でも花茎により第一分岐は2分岐もあれば3分岐も見られる。この時点で「トウゴクヘラオモダカの花茎第一分岐は2」という同定情報は誤りとなる。
 前項で花茎が綺麗に2分岐した画像とキャプションが「間違いではない」と書いたが、例えれば、月を知らない子供に満月の写真を見せて「これが月」と覚えさせるようなものだと思う。この子供が三日月を見たときに何だと思うだろうか。


【1型】
最も分かりやすいが、出現率は2〜30%程度。十字架型で分岐はほぼ180度である。前項の画像がこれ。
くどいようだが、これだけの画像を出して「トウゴクヘラオモダカ」とすると誤解の元となってしまう。


【2型】
V字型に2分岐する。角度は90度〜120度程度。ただしこの型は4型、5型への過渡期とも考えられる。自宅で育成している千葉県八千代市産のトウゴクヘラオモダカは当初V字分岐するが、時間の経過とともに弱い分岐が出る場合が多く、4型、5型へ移行する。
この群生地の前に発見した株のV字分岐。自宅育成株に近い分岐だ。この湿地では1型と同程度の比率で見られた。


【3型】
当初から3分岐、つまりどの分岐も同じ太さを持つパターン。この湿地では50〜60%がこれだった。2型の発展型ではない点に注意。
この分岐パターンから弱分岐が出ているものは確認できなかった。


【4型】
花茎が未成熟なうちは2型に見えるが、成熟に従って弱い分岐(細く、あまり再分岐もしない)が出る。
画像の株(自宅育成株、千葉県八千代市産)は当初2型(V字分岐)の2分岐を行い、開花前に弱い3本目の分岐が出た。3本目の分岐は再分岐せず、先端に一つ蕾を持っている。


【5型】
基本的には4型と同じだが、弱分岐も再分岐する。さらに根元近辺から4本目、5本目の分岐を行う勢いを見せる。画像が小さくて恐縮だが分岐付近に黒っぽく小さくあるのが新芽。しかしこの新芽は成長することはなく枯死してしまうようだ。ちなみにこの花茎は4型の株の2本目の花茎である。


 見たところこの4つないし5つの分岐パターン(4型、5型は最終的に同様の表現型になる可能性あり)があり、同一株での表現型に類型的なものは見られなかった。強いて言えば自宅育成株は4型と5型の花茎を出したが、なにしろ今シーズン出した花茎はこの2本だけである。この湿地で多く見られた組み合わせは1と3、2と5などである。もちろん3本以上の花茎を出している株も多く、組み合わせは千差万別であった。
 このことから厳密には「トウゴクヘラオモダカの花茎第一分岐は2または3」とは言えないのではないだろうか。あえて言えば「トウゴクヘラオモダカの花茎第一分岐は2または3であるが、その後弱い分岐が1〜2本出ることがある」程度の表現だろう。また前稿では「主軸が2なのではないか」と書いたが、3型は軸の太さに差異が見られず3本とも主軸と判断できる。従って「主軸が2」ではない。訂正させて頂きたい。


(P)2013年8月 トウゴクヘラオモダカ 茨城県水戸市
同一株分岐パターン検証

 以上のように花茎第一分岐の形態はいくつかあって、同一株でもまちまちな表現を持つ。同定ポイントとして考えると厄介な部分もあるが、経験上小型草体で葯が褐色のものはほとんどの場合トウゴクヘラオモダカであると言っても良いと思う。逆説的、というより消去法に近いが、小型で褐色の葯を持つ狭義ヘラオモダカは見つかっていない(*3)のである。

 もし「小型で葯が褐色」のヘラオモダカがあれば花茎第一分岐のパターンは非常に興味深い。仮に分岐が前項1型〜5型に含まれれば、それはトウゴクヘラオモダカと断定しても良い、と思う。なぜなら従来「概念的に」トウゴクヘラオモダカの特徴とされている1型分岐を持つ株は2型〜5型も出すのである。これは推測ではなく、この湿地の群落を含めて今まで調査した「事実」である。上の画像はまさに同一株で様々な分岐パターンを持つ例だが、このままでは分り難いと思うので一部拡大してみよう。
 比較は画像にある株、赤丸を付けた株。それぞれ複数の花茎を出しており比較がしやすい。当然のことながら葯の色はすべて褐色であることは確認している。まずは左の株を見てみよう。


 他の株が重なっている部分はあるが、左側の株からは花茎が5〜6本出ている。目視できる第一分岐を見ていくと、a1=1型、a2=1型、a3=2型、a4=4型、a5=4型となっている。第一分岐の高低は株の成熟度と関係があるのかも知れないが要因はよく分からない。いずれにしても同一株の花茎でも1型、2型、4型が混在している事が分かる。続いて右側の株。

 こちらの株はまだ花茎が3本しか出ていない。しかも1本は分岐前なので2本の花茎の違いが顕著である。b1=3型、b2=2型(弱い分岐が出始めている)である。経時変化によって最終的にどちらも3型になるかも知れないが、注目すべきは分岐の角度だ。b1は1型のような180度の分岐を持ちつつ3分岐し、b2は2型のV字分岐から弱分岐が出つつある。分岐の表現としては本数以前にまったく異なる印象を受ける。

 数十株、すべては精査していないが、概ね分岐のパターンはこの2株同様であった。従来の情報「トウゴクヘラオモダカの花茎第一分岐は2または3」という表現が、相当の注釈を入れないと誤解されることが分かると思う。
 最初の画像(褐色の葯)と次の画像(1型分岐)だけ公開して「トウゴクヘラオモダカ」と言ってしまっても問題はないが、褐色の葯を持つ狭義ヘラオモダカ、5型に近い分岐を行う狭義ヘラオモダカも存在(*4)することは確認しているので、大きな誤解の元となるだろう。まさに満月と三日月、どちらも月である。どちらかだけでは情報のミスリードになってしまう。


(P)2013年8月 トウゴクヘラオモダカ 茨城県水戸市
同定ポイントの整理

 最後に花茎第一分岐や微小な部分を含めた同定ポイントの整理を行っておきたい。もし疑わしい株が見つかったらぜひ次の5点を確認して頂きたい。自生地情報の積み重ねは、分布に関しても疑義のある本種に於いては有益な情報になると考えられる。

(1)葯の色
トウゴクヘラオモダカはいかなる場合にも褐色(*5)である。他の揺らぎの多い同定ポイントに比して確実と考えられる。上画像は狭義ヘラオモダカだが、本稿冒頭画像トウゴクヘラオモダカと比べれば一目瞭然だと思う。

(2)花弁の欠刻
狭義ヘラオモダカより大きく多い。どちらかと言えば狭義ヘラオモダカよりマルバオモダカに近い。

(3)花数
株あたりの花数が狭義ヘラオモダカより少ない。これは花茎の分岐が第一分岐のみならず全般に狭義ヘラオモダカより少ないために比例的に花数も少なくなるためだ。

(4)草体の大きさ
概して狭義ヘラオモダカの1/2〜1/3。葉長は20cmを超えることは稀。自宅育成の株は葉長約10cmで成熟、開花した。

(5)花茎第一分岐
本稿記述の通り。2または3を基本とするが確認できただけで5つの型があり、同一株でも様々な表現を行う。


(P)2012年8月 ヘラオモダカ 茨城県取手市
脚注

(*1) これまで多くて数株の自生地しか見ていなかったが、この湿地はヘラオモダカがすべてトウゴクヘラオモダカ、数十株が群生していた。(ありがちなウリカワやオモダカといった他種オモダカ科は見当たらず)

(*2) 本文でも触れているが、ヘラオモダカを見慣れているとトウゴクヘラオモダカを見た際に違和感を覚えると思う。それは葯の色や本稿テーマの花茎第一分岐といった細かい部分ではなく、草体が小さい、花茎の分岐が少ないために花が少ない、という部分だ。全体の印象がまったく違う。これだけでトウゴクヘラオモダカと分かるが、もちろん葯の色、分岐は見るようにしている。

(*3) 正確に言えばグレーゾーンのヘラオモダカは存在する。千葉県松戸市の公園にあったヘラオモダカは小型草体で分岐も少ないが、(4〜5本)葯の色が経時変化(当初は黄色、時間とともに褐色に変化)するという特徴がある。また兵庫県の鈴木様に見せて頂いた小型のヘラオモダカは葯が褐色であるが、トウゴクヘラオモダカの微小な同定ポイントである花弁の欠刻がない、という興味深い特徴がある。本種は「トウゴク」を名乗るがアズマツメクサ同様に東日本特産ではなく、諸般の情報から日本全国に分布する可能性が強いと考えている。

(*4) 千葉県八千代市産、褐色の葯を持つヘラオモダカ。(近辺にトウゴクヘラオモダカもあり、交雑種?)分岐も5型に近く、花茎によっては4型の分岐も行う。見方によってはトウゴクヘラオモダカだが、注釈(*2)で述べたように印象がまったく異なる。すなわち草体は通常のヘラオモダカであり、分岐の多い花茎も出す。イメージは狭義ヘラオモダカである。これと同様の株は2013年8月に筑波実験植物園(おそらく植栽ではなく自生)で発見した。

(*5) ただし前稿トウゴクヘラオモダカの冒頭画像のように、開花直後、花粉放出前、半葯が明瞭に分岐する直前は黒褐色、花粉を出し半葯が明瞭に分離した後は茶褐色である。また、千葉県松戸市千駄堀で確認された開花直後、黄色→経時変化で茶褐色という色が遷移するヘラオモダカの存在も確認されており(仮称松戸型)、西日本でも松戸型が確認されたとの情報もあるので、こちらのタイプに付いては保留としたい。

Feature Alisma rariflorum Samuelsson
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