日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
サワトラノオ
Photo :  Canon EOS KissX3,EF-S60mmF2.8Macro
Canon EOS7D,EF-100mmF2.8 L Macro IS USM RICOH CX5
(C)半夏堂
Feature Lysimachia leucantha Miq.

サクラソウ科オカトラノオ属サワトラノオ 学名 Lysimachia leucantha Miq.
被子植物APGV分類 ヤブコウジ科 Myrsinaceae オカトラノオ属 Lysimachia
環境省レッドリスト2012 絶滅危惧TB類(EN)
道路工事の問題
 道路を建設するために湿地を埋め立てる、世間にはよくある話だが、これが超希少なサワトラノオの自生地となれば「よくある話」では済まないと思う。本州では静岡県と埼玉県、2箇所の自生地があったが埼玉県のものは道路工事によって埋め立てられ絶滅が危惧されている(*1)のである。もちろんそれなりに反対運動も起きたようだが行政側に押し切られてしまったらしい。開発と自然の喪失は原則トレードオフだがトレードできるのも相手によるだろうと思う。なにしろレッドリスト2012では最高ランクに近い植物だ。

 自分も車は持っているし利用する。道路はもちろん必要だが、なにもここに、と思わざるを得ない。文化財や自然保護のために何kmか遠回りする程度は何でもないし、そんな忙しい生活もしていない。茨城県北部の山間では「ご神木」が道路中央に鎮座し、両車線は木を避けるよう左右に湾曲するような場所が何か所かある。不信心者ゆえ何も考えずに通過するが、こうした形而上の概念でもかくの如し。ましてサワトラノオはそこにある存在、形而下のものである。

 画像の株は埋め立てられた自生地の株を埼玉県が系統保存しているもの(埼玉県環境科学国際センター)である。これは当事者たる埼玉県の最低限の良心だろう。ここで系統保存されていると聞き、2010年に開花を待って見学に行った際の撮影である。
 ちなみにこの施設は極端にアクセスが悪い(*2)。駅のある市街地をはるかに外れ、バス便が少ない上に相当の料金と時間がかかる。道路のために自生地を追われたサワトラノオが、車で行かなければ見ることが困難なロケーションにあるとは何という皮肉だろうか。埼玉県は全国都道府県中、車両登録数は第4位である。(平成22年度データ)逆に面積を考えれば相当の車両密度、道路網の整備は喫緊の課題、と考えられなくもない。

 これほど希少になってしまったサワトラノオは休耕田にも生える普遍的なヌマトラノオと何が違うのか、育成してみると分かるが(詳しいいきさつは後述)実は何も変わらない。サワトラノオは春、ヌマトラノオは秋と開花時期こそ異なるが湿地状の環境を用意すれば何の問題もなく生育する。サワトラノオがこれだけ減少してしまったのは元々の自生が少なく、さらに少ない自生地を上記のように潰してきた結果だと思う。植物体としての強さは他の湿地系サクラソウ科とさほど変わらない。

 サクラソウ科の湿地植物は意外なことに絶滅危惧種が多い。科名植物サクラソウも絶滅危惧種であるが、ホームセンターでは1ポット100円で購入できるギャップもある。もちろん販売しているものは改良品種だったり他種だったりするが、一般になじみ深く目にする機会が多い植物なのにという違和感もある。
 絶滅危惧種ではなくても湿地でヤナギトラノオやクサレダマを目にする機会はそう多くなく、科まるごと自然下では滅びかけている印象がある。一方前述したように、やや乾燥した河川敷ではオカトラノオが大群落となり、休耕田ではヌマトラノオの繁茂、そして両者が混在した場所ではイヌヌマトラノオの出現と、元気な種もある。しかしオカトラノオが育つような山野や自然湿地の減少、休耕田の遷移や転用等で徐々に見られる場所が少なくなってきているのも事実だ 。

(P)2010年5月 埼玉県加須市 埼玉県環境科学国際センターにて

園芸家の視点

 希少な種、しかも一般に知られることが少ない種であるということは生態状態、ましてや育成情報は皆無に近い。もっとも通常は草体の入手もできないので情報があっても仕方がない。しかし2012年、増殖の情報と苗を突然頂いてしまい、育成に付いて手探りで方法論を見出す事態に直面した。その過程である程度分かったこともあるので記しておくことにする。
 可能かどうかは別として、種の存続を図るため、系統を保存するために出来る限り自分で増殖をさせたい。そして信頼できる方々に維持をお願いしたいと考えている。そのための情報開示であるとご理解願いたい。

 種の存続に付いて付記。危急度の高い水草湿地植物で最も育種されているのはガシャモクやムジナモだろう。これらの植物はそれぞれ絶滅危惧IA類(CR)という最も重いランクで、おそらく一般の方は目にする機会もないと思われる。しかし愛好家の水槽や睡蓮鉢ではわりと普遍的な種類の植物だ。探せばネット通販でもわりと容易に購入できる(*3)はず。
 このパラドックスは自然下での自生状況と愛好家の育成のギャップが原因となっている。昆虫で言えばオオクワガタの如き状況。しかし愛好家がいなければそれこそ一生お目にかかる機会もなくなるだろう。

 さて、育成に付いてのメモ。第一に本種は常緑越冬する(*4)ようだ。株を頂いたのは晩秋近く、とりあえずそのまま植え付けを行った。これが下画像右。当然ながら時期的に成長はせず、頂いた数株のうちこのままの姿で越冬できたのが2株、残りは寒さに耐えられなかったのか枯死してしまった。
 注目すべきは枯死云々ではなく、サクラソウ科の植物が挿し芽で増殖できることだ。時期を選べばこの希少種が容易に増殖できる道が拓かれたと言えるだろう。同科で等しく絶滅に瀕しているノジトラノオやトウサワトラノオにも適用できる可能性が高い。

 第二に、花数は株の充実度合いと比例するようだ。通常(というか、まともな株を見たのは上記、埼玉県環境科学国際センターで一度見ただけだが)は花穂が綺麗なドーム型になるが、自宅の株は花穂が伸長せず花株も少なかった。(下画像)施肥も考えたが野草範疇の植物は肥料過多で調子を崩すものも多いのでリスクが高い。成長・開花は日照と比例するようだ。自生地でもアシ刈等で日照が良くなった際に成長・開花が良好である旨の報告がある。また、他の水生植物に比べて、我が家ではアブラムシの被害が多いように見受けられた。隣接するサワゼリ、タタラカンガレイ(これは見るからに不味そうだが)などには目もくれず結構な数が飛来していた。

 第三に用土は黒土と荒木田の混合土、鉢を腰水状態にしている。これもヌマトラノオと何ら変わりはない。極め付きの希少種であっても環境は特別なものが必要ないようだ。このあたりはガシャモクやコバノヒルムシロも同様、絶滅危惧種だからと言って特別育てにくいということはない。

 絶滅する、著しく減少する植物には大きく2パターンあり、種の寿命が付きかけている場合、自生地が喪失する場合である。サワトラノオの場合、育成してみた感触では明確に後者である。容易に育つのである。増殖も可能だ。
 ついでに前者にも触れておきたい。小笠原に一株残存するムニンツツジは様々な角度から増殖の試みがなされているが、成功したという話は聞かない。これは特定の場所の土壌や気候条件に特化(*5)しているためらしい。特定の場所に特化するのは進化だが、度が過ぎれば種の寿命に直結する。これは人為的な自生地の喪失という意味ではなく、気候変動や遷移という地球環境レベルではやや頻繁に起こる現象のためである。


(P)2010年5月 埼玉県加須市 埼玉県環境科学国際センターにて


春になり伸長してきた越冬苗
2013年5月 自宅育成

10月末の状態 ロゼット
2012年10月 自宅育成

何とか開花したが、冒頭写真のように綺麗なドーム型の花穂にはならなかった 2013年6月 自宅育成
花数よりこの花を自宅で見ることができることに大きな価値があると思う 同左
追加情報
 本稿を書き終わる頃に何気なくサワトラノオの記事を検索していたら、興味深いブログが見つかった。

髭さんのケイタイでパチリ

 2013年5月21日のエントリー「サワトラノオが花盛り」は非常に興味深い記事で、サクラソウ科は挿し芽で発根するとある。それ以前に自宅でサワトラノオとトウサワトラノオを育てているとは只者ではないと思い(私は只者ですヨ、念のため)コメント欄まで念入りに読んでしまったが、どうも我が愛読書「レッドデータプランツ」(山と渓谷社)の執筆を担当された方らしい。私は普段「ケイタイでパチリ」なんて素人っぽいタイトルのブログは見ないし「サワトラノオ」のタイトルがあっても静岡か埼玉で写したのかな、と思う程度だが、世の中にはまだまだ達人がいるものだ。
 ご自分で「私の著書「レッドデータプランツ」」と仰っているし、公人だと思うがリンク先は個人ブログかつHNで運営されているので特にご尊名は紹介しない。興味のある方はレッドデータプランツP186(サワトラノオ)及びP187(トウサワトラノオ)及び表紙、巻末にご尊名が出ているのでご確認を。
脚注

(*1) この湿地の大部分を通る道路工事の計画は検索してみると(私のサイトの記事も上位に来るがそれは無視してください)随所でヒットする。公共性の高い記事では朝日新聞デジタルなど。(2007年06月25日配信)しかし計画があること、反対運動が起きていることは分かるが、その後どうなったのかまったく不明。私が見学記事を書いた時点では道路は出来たことは確認したが、絶滅したのか、上手く迂回ルートを模索できたのか、それとも細々と残存しているのか、まったく分からない。自分で見に行けば良いのだが、諸般の事情でいまだ果たしていない。中途半端な情報になってしまう事、お許し願いたい。
 Web記事のレベルであるが、最近埼玉県の自生地で撮影したとするサワトラノオの写真がポツポツと見つかるので、何とか存続はしているようだ。暇&金が出来たら(一番ハードルが高い条件だけど)ぜひ自分で確認してご報告するので今回はご容赦。

(*2) 施設の利用案内によれば、JR高崎線鴻巣もしくは東武伊勢崎線加須からバスで300円前後、私は後者で行ったがバスの本数はそう多くなく、ルート沿線の田園風景とあいまって、なかなか旅の気分にさせてくれる。周辺には目ぼしい施設もなく(「種足ふれあいの森」というビオトープが併設されている程度)行きにくい立地にある。周辺は水田地帯なので雑草撮影趣味の私としてはまったく問題ないのだが、家族連れには辛いかも。

(*3) ガシャモクやムジナモは通販で検索してみると複数ヒットするので、価格は高いが金さえあれば入手は容易。ある時掲示板で知り合った若いタヌキモマニアの方がノタヌキモを探されていて、通販で買えるよ、という話になったが「通販のものは同種であっても東南アジア産などの場合があり、産地が明確な国内産が欲しい」と回答があり、若いのになかなか慧眼と感心した覚えがある。ちなみに某大手通販Cの水草は「栃木県産」と表示があるものが多いが、聞いてみると栃木県にファームがあるだけの話だった、という落ちがある。希少種はロカリティが重要という価値観もある。
 以前奈良県の山中ため池(だったかな)でムジナモが発見されて騒ぎになったことがあったが、調べてみると近隣のマニアが放流したもの、と判明した「事件」があった。希少種の流通が種の存続に繋がっているという明側面に対し、こうした事象は、取り扱いに慎重を求められる植物が不特定多数の手に委ねられるという暗側面だろうと考えられる。

(*4) オカトラノオ属は草本であるので多年草でも冬には地上部を枯死させて地下茎で越冬する。今回の現象は挿し芽株であったため地下茎が未発達であり、地上部を枯死させると越冬できないため、緊急避難的なリスクヘッジではなかったか、と考えていたが、今回あらためて「レッドデータプランツ」の解説を読んでみると、サワトラノオ、トウサワトラノオともロゼットで冬を越す、と書いてあった。(恥)

(*5) ムニンツツジ自生株は世界で1株のみ小笠原諸島父島に残存する。もちろん絶滅危惧IA類(CR)である。1984年頃から東大小石川植物園を中心に増殖が試みられているが、失敗続きであった。近年、自生地の土壌中に含まれるラテライト(鉄、アルミニウムなどを含む土壌)がポイントであることが分かり、成功しつつあるらしい。この植物は特殊な環境に特化して進化してしまったため、種としての寿命が危うくなっている典型だと思う。

Feature Lysimachia leucantha Miq.
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