日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
サクラソウ
(C)半夏堂
Feature Primula sieboldii E.Morr.

サクラソウ科サクラソウ属 サクラソウ 学名 Primula sieboldii E.Morr.
被子植物APGV分類 : 同分類
環境省レッドリスト2015 準絶滅危惧(NT)

撮影 2016年4月 埼玉県さいたま市
一つの謎

 サクラソウは環境省レッドデータリストで準絶滅危惧(NT)にカテゴリーされている。しかし野生はともかく、春先には園芸店やホームセンターの店先に多くの鉢が並び、見る人や購入者はとてもサクラソウが絶滅危惧種だとは考えないだろう。
 販売されるサクラソウを注意深く見てみると、日本桜草、八重咲日本桜草、桜草(品種名)などの商品タグが付いている場合がある。日本桜草というのはおそらく原種だろうし、原種と明記(*1)している場合もある。たしかに自然下で見る機会は少なく、自生していたとしても園芸逸出の可能性は排除できないので何とも言えないが、これらを合わせれば全体数として相当の株が存在することになる。

 以前、埼玉県の有名な自生地、田島ヶ原(さいたま市)から譲渡された株を植栽した利根川河川敷(本サイト探査記録Vol.139 利根遊歩)を見たが、気になることがあって本拠地(田島ヶ原)にも行った。気になる事とは花色で、園芸種ならぬ原種でこれほどバリエーションがあるのかと思ったのだ。基本は白や暖色系であるが、暖色系は薄いピンク系から赤に近いものまで揃っている。さながら3月のホームセンター園芸売場である。
 同種植物で花色が異なる例は数多く、例えばアジサイは土壌のpHの影響で花色が変わる(*2)。しかしサクラソウの場合、田島ヶ原にしても密集して自生しており、群落の中でも花色が微妙に違う現象が認められた。まさか数十cmごとに土壌pHが異なるとは思えない。考えられるのはアサガオのように様々な系統が交配し、メンデルの法則(*3)的に花色が出現しているのではないだろうか。サクラソウとは言え、形状はともかく花色は桜そのものとは言えないようだ。

 私がいつもテーマとしているような地味な湿地植物とは異なり、人気の高いサクラソウにはさくらそう会という団体もあるほど。残念ながら私の好きなミズマツバやミズオオバコには会はない。それはともかくリンク先サクラソウ会のWebサイトによれば認定されたサクラソウの品種は306種(2017年2月時点)あると言う。植物学的分類はともかく、一般に「品種」とした場合、var.(variety、変種)、cv.(cultivar、栽培品種)、f.(form、品種)を含む概念である。上記306種もそうした意味で「品種」だと思われる。
 さて、以上を前提とした場合どう考えられるだろうか。栽培品種はともかく(人間による改良のエビデンスがあるはず)、サクラソウには変種や品種が数多く、原種でも様々な花色があるので、実際に山野にサクラソウがあった場合、自生なのか逸出なのか誰も判断が付かない、ということにならないだろうか。それこそサクラソウにさほど詳しくない私には利根川河川敷のものも田島ヶ原のものも自信を持って原種だ、と言い切ることができない。
 もちろん「種」としてはすべてサクラソウ、二名法上はPrimula sieboldiiであることに間違いはなく、植物分類上はOK。しかし野生植物趣味者のスタンスとしては単純に「キカシグサ」「アゼナルコ」と自信を持って同定できる野生植物と異なり及び腰というか居心地が宜しくない。なにしろ「新産地」と「家の花壇」が紙一重なのである。


(P)2015年4月 花色はやや薄くピンク寄り 茨城県取手市 利根川河畔

カオス

 サクラソウは前項のような多品種、原種の特定の難しさに加え、羊頭狗肉的販売もあって更に混乱している。よく販売されているのは西洋サクラソウという名の中国原産(P. polyanthus)の種。これはたしかに何となく「サクラソウ」で遠目には区別が付きにくい。ちょっと豪華なサクラソウに見える。トキワザクラ(P.obconica Hance)はよく「オブコニカ」という種小名のカタカナ読みで販売されているが、花弁が大きく豪華でやや印象が異なる。オトメザクラ(P. malacoides)という花芽を多数上げるサクラソウもあり、多種多様だ。

 これらが場合により一括して「サクラソウ」として流通していることに加え、多品種、原種が加わり良く言えば百花繚乱、特にオリジナルにこだわる方ではないが、元々のサクラソウってどれ?という所が分からない。前述のように山野に自生していても、である。もともと野生種も様々な先天的変異に富むとされる植物であって尚更よく分からない。
 園芸植物として見た場合、「サクラソウ」は「サクラソウ」で、変異はパンジーの色違いやビオラのように大きさが異なる程度(ビオラも「パンジー・ビオラ」という名称で販売されることが多い)にしか認識されていないはず。園芸植物の使途目的からして、これはこれで仕方がない。

 田島ヶ原(桜草公園)の株は国の特別天然記念物(*4)に指定されているほどなので自生している株はすべて原種であると考えられるが、他の場所のものは正直確信が持てない。これは立派なカオスだろう。例えば上記したように通常の状態であればサクラソウと何とか区別が付く園芸種も、野外に放置されると「先祖返り(*5)」することがある。春の花壇植物、パンジーやビオラは放置すると実生することがあるが、二代目、三代目と貧相になり、ほとんど原種のスミレと区別が付かなくなる。この現象の理由はよく分からないが、園芸「商品」としての成立要因には多肥やハウス栽培なども含まれているのだろう。しかしこの二代目、三代目の持っている稔性を考えれば道端にあるスミレも信用できない。

 このように考えるとアクアリウム逸出のオオフサモ(パロットフェザー)やミズヒマワリは特定外来生物とは言え、種の特定も可能であるし防除の対象も明確で、わりと問題は単純であるような気がする。原種の自生種があり、そこから改良品種が多種多様に生まれた園芸種にはこのような複雑な問題がある。
 サクラソウは絶滅危惧種であり、原種以外のものが大量に出回っている。やや状況は異なるがクレマティスも同じような話になっている。多品種の「クレマティス」は改良品種であり流通量も多い。原種は日本のカザグルマと中国のテッセンだが、サクラソウ同様に改良品種の百花繚乱とは裏腹にカザグルマは絶滅危惧種となっている。(環境省レッドデータ準絶滅危惧(NT)
 クレマティスはその生態から考えて、なかなか野外には逸出しない(*6)と思うが、園芸品種のなかにはカザグルマに似た白花のものもあり、100%逸出や誤認がないとは言い切れないと思う。これもサクラソウ同様に複雑な問題を内包していると思う。

 アクアリウム逸出にしても園芸の問題にしても、本質は人間の都合だ。と言ってもこれを書いている私も一応人間なので同罪だが(しかもクレマティスのマニアでもあるので罪深い)少なくても金目的で交配種を作出するようなことはしていない。こうした混乱は自然を何とかしようという人間の驕りに対するしっぺ返しなのではないだろうか。


(P)2016年4月 赤紫に近い花色 埼玉県さいたま市

乾燥化

 地元の利根川河川敷では以前自生があったようだが、前述の通り今では田島ヶ原から譲渡された株を植栽している。周辺では最初に発見されたトネハナヤスリ(*7)など多くの湿地植物が見られなくなっているが、大きな理由は河川敷の有効利用、つまり公園化やグラウンド整備、それに伴う立入増加などの要因による乾燥化であると思われる。

 ゴルフ場やグラウンドといった河川敷にありがちな施設は過潤地では話にならず、明渠を切ったり盛り土を行ったり乾燥化に拍車がかかっている。実はサウラソウの本拠地とも言える田島ヶ原でも同様の問題があったようだ。
 同自生地は荒川の河川敷に位置するが、荒川第一調節池(彩湖)の設置に伴い造成された強力な堤防により河川敷への出水がなくなり乾燥化が加速されたとされる。この結果最盛期には100万株以上あったサクラソウは激減し、私がトダスゲ(*8)見物に訪問した2016年には(盛期は過ぎていたが)目視で数えられる程度の株しか見ることができなかった。印象はサクラソウ公園ではなくノウルシ公園であった。(参考:探査記録Vol.153 サクラソウの出身地訪問Part2 トダスゲ編

 湿地植物にとって乾燥化はもちろん致命的であるが、他の湿地の遷移状況を見ているとギリギリ湿地植物が残存できるレベルの乾燥化の時点でアレチウリやセイタカワダチソウなど株数や被覆率の高い陸上植物が入り込んで湿地植物を駆逐するパターンがよく見られる。田島ヶ原でも一部陸上植物が多いエリアもあり、それ以前に自生地を貫く遊歩道はまったくぬかるんでいない道であったので見かけ以上に乾燥化が進んでいる状況が理解できた。
 荒川第一調節池全体は遊水機能を持つ治水設備であり、貯水池の彩湖は隣接する東京都や埼玉県の上水供給の機能を持っている。この点では必要不可欠のインフラである。
 公共性か自然保護か、という結論の出ない不毛な議論はしたくないが、事前に自生地に配慮したアセスメントが無かったのだろうか?Webサイト上で見られる過去の田島ヶ原の姿を見るにつけ、そう思う。

 サクラソウが想像以上に湿地植物の性格が強いと思うのは、庭植えでの育て方である。愛好家は知っていると思うが、夏の休眠期に同所的に乾燥のシグナルとしてトレニア(*9)のような水切れが分かりやすい植物を植栽する。トレニアは花数も多く株もわりとしっかりした植物だが水切れに弱く、乾燥するとすぐにしおれる。トレニアがしおれる状態が「陸地」であって、サクラソウの地下茎を維持するためには陸地ではいかん、ということだ。
 荒川第一調節池(彩湖)の堤防がサクラソウの減少と因果関係があるのかどうか分からないが、田島ヶ原は現状、やや乾燥に強いノウルシや多少の土壌水分があれば繁茂するアシが多い状況を考えれば原因は明らかだと思われる。サクラソウもさることながら、同所に自生し、より危急度の高いトダスゲ(環境省レッドリスト2015絶滅危惧TA類(CR))への影響も懸念される所である。
 天然記念物なので人の手を加えることはいかん、という話でもなさそうだ。同じ天然記念物の成東・東金食虫植物群落は大型植物の刈り取りや水分の涵養を行い、湿地植物群落を維持している。この自生地の以前の姿を写真で見るにつけ、こうした対策も必要ではないか、と思う。


(P)2016年4月 埼玉県さいたま市桜区 サクラソウは区の名称由来となっている

脚注

(*1) 原種と明記されていても100%信頼はできない。この状況は園芸やアクアリウムプランツに共通する状況で、サクラソウに関して言えば同じ「原種」のコーナーでも花色や形状、花弁の大きさなど微妙に違いがある株が並べられている。これらが改良品種または改良品種の血が入ったものなのか、地域変種の類なのか、選抜や交配で固定されたものなのか、知る術はない。

(*2) 有名な話だと思うが、アジサイの花色(花弁)は土壌のpHによって変化する。直接的には花色を決定するのはアントシアニン(色素)で、土壌中のアルミニウムと結合して発色する。土壌中のアルミニウムは酸性土壌によく溶け、アントシアニンと結合し青くなる。アルミニウムは塩基土壌(アルカリ)では溶解しないのでアントシアニンと結びつかずピンク系となる。
 我が家では毎年青系のアジサイが咲くので土壌はアルカリ性と考えられるが、不思議なのは酸性土壌を好むブルーベリーが毎年アジサイの横で大豊作なのである。ブルーベリー植栽時には大量のピートモス(土壌を酸性に調整)を埋設したが、それは約20年前の話。もともと建売住宅なので庭は適当に建設残土を使用していると思うが(時々金具やビニールの養生シートの欠片が出てくる)狭い範囲でpHが変わっているのだろうか。それも考えにくい話だが。

(*3) 遺伝に関する法則性をまとめたもの。優性の法則、分離の法則、独立の法則の3つの法則からなり、1865年にメンデルが発表した。もともとはメンデルがエンドウマメの遺伝パターンを観察して着想したものであり、人間など動物はエンドウマメより複雑なので当てはまらない、という批判もある。しかしサクラソウは同じ植物なので可能性として野生種の花色変異の原因としてあげさせて頂いた。

(*4) 自然物に対する指定。(人工物は文化記念物)天然記念物<特別天然記念物で、指定は文化財保護法が根拠となっている。田島ヶ原は湿地そのものが指定されているわけではなく、田島ヶ原サクラソウ自生地、として指定されている。多くの湿地性食虫植物が自生する成東・東金食虫植物群落は1ランク下の天然記念物であり、田島ヶ原サクラソウ自生地の重要性が理解できる。これらは国指定の天然記念物並びに特別天然記念物であるが、自治体が独自に指定するものもある。
 近年の傾向として重要な湿地はラムサール条約登録湿地となることが多いが、天然記念物・特別天然記念物は文化財保護法下の概念であって違反行為に対する法的制裁も付随する。それでも盗掘などが横行する現状はもはやモラル、民度の問題だろう。

(*5) 品種改良された植物が世代を交代していくうちに原種に近い表現型となる現象を指す。原因は「逆の」突然変異で原種の遺伝子がたまたま顔を出すことによる、とされている。ただし姿形が原種に近くても遺伝子的には改良されたもので原種ではない(獲得した遺伝情報は蓄積されているはず)。先祖返りは一代交配種(F1)で起こることが多いとされている。

(*6) クレマティス(園芸)は多肥、水を好み植物体はツル性という、わりと特殊な環境で育つので度々草刈が実施される原野や山林には定着が難しい。また経験上、最近出回っている原型がないまでの改良が成された種類の多くは、自宅で環境を万全に用意しても定着しないような難しい種類が多いので逸出して問題になるようなことはないと思う。

(*7) 環境省レッドリスト2015で絶滅危惧U類(VU)に指定されている希少種。ハナヤスリ科ハナヤスリ属のシダ植物。栃木県、千葉県、大阪府など非常に限られた地域の湿地に自生する。本文にあるように最初の発見地である茨城県取手市の利根川河川敷ではすでに絶滅している。関東地方では野焼きの行われる渡良瀬遊水地で大規模な群落が見られる。種に付いての詳細は当Webサイト水生植物図譜ハナヤスリ科を参照。

(*8) 埼玉県戸田市の戸田ヶ原付近に自生していた事で名付けられたカヤツリグサ科スゲ属の植物。現在でも同地付近や一部地域に残存する。花期以外は他のスゲ属植物、特にアゼスゲやカサスゲに酷似する。雄性の頂小穂と雌性の側小穂が同長程度であるのが特徴。また果胞が膨らむことから別名アワスゲとも呼ばれる。同上、詳細は当Webサイト水生植物図譜カヤツリグサ科2を参照。

(*9) ゴマノハグサ科の園芸植物。東南アジア原産のトレニア・フルニエリ(Torenia fournieri)及びその変種・園芸品種の総称。花付きが良く、紫、白、紫、ピンク、赤など色も豊富なので一定の人気がある。色ごとにまとめ植えすると見応えがある。乾燥に弱く水を好むが湿地植物ではない。園芸店で販売されるタグには一年草、多年草両方の表記があるが、多年草とされる株も経験上は越冬したことはない。こぼれ種による世代交代も見られたが、いつのまにかすべて紫色(原種?)になってしまう。


Photo : SONY DSC-WX300 Nikon CoolPixP330

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