日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ナガバノウナギツカミ
(C)半夏堂
Feature Persicaria hastatosagittatum (Makino) Nakai

タデ科イヌタデ属 ナガバノウナギツカミ 学名 Persicaria hastatosagittatum (Makino) Nakai
被子植物APGV分類 : タデ科 Polygonaceae イヌタデ属 Persicaria
Persicaria hastatosagittatum (Makino) Nakai
環境省レッドリスト2012 準絶滅危惧(NT)

撮影 2015年10月 千葉県山武市 成東・東金食虫植物群落
個人的謎植物
 長年愛用し、湿地にも携行する機会が多い山と渓谷社の「野に咲く花(*1)」には、市販の植物図鑑には珍しくナガバノウナギツカミが収録され、写真とともに細部の解説が成されている。(P373)また当然ながら自生地の一つ、成東・東金食虫植物群落で発行する「成東・東金食虫植物群落ガイド」にも掲載されているが、(P42)正直なところどちらもこの植物の特徴を100%伝えられているとは思えない。
 ネット上はもっと酷く、特に通販でナガバノウナギツカミとして販売している植物はほぼ別種である。彼らの同定ソースは何なのだろうか。皮肉ではなく聞いてみたい気がする。

 図鑑の前者には葉の特徴として「基部はほこ形にはりだす」と解説があるが、托葉鞘の拡大写真に見える葉の基部は浅い心形(*2)である。後者には葉の形状に付いての解説や写真はない。掲載された画像は右画像のような花穂の写真であり、他種より花柄が長い本種を写真に撮るとどうしてもこのような角度になってしまう。つまり画像を1枚で済ませようと思うと葉の形状が表現できない。逆に言えばこれが他種イヌタデ属に比して突出した特徴であると言えるだろう。

 本種の形状に関して最も信頼性が高いビジュアルな情報と思われる牧野標本館タイプ標本データベース標本画像(*3)を見ると、たしかに「 ほこ形」の基部を持つ葉が少数確認できるが、他にもヤノネグサの葉のような形状、基部の張り出しがほとんど確認できない 「野に咲く花」の画像タイプの葉など様々な形状のものが確認できる。同一の株でこの状態なのでソースによって「紛れ」が入り込むことは排除できない。木を見て森を見ず、と言うが本種に関しては木を一本一本見た上で森を見なければならないのだ。どうもこれまでに上げた牧野標本以外のソースは群盲象を評す(今は使わないのかな?まずかったら陳謝)状態のような気がする。
 葉形より重要な識別点と思われる葉柄に付いては、長いもの、短いもの、ほとんど確認できないものが混在しているのである。托葉鞘は標本写真では確認できないが、「野に咲く花」にはアキノウナギツカミ、ヤノネグサと同タイプ(筒型)とあり、ユニークな同定ポイントには使えないようだ。ただし托葉鞘の形状は変異が少なく安定しているので開花期以外の同定時に絞り込みの材料には使えると思われる。
 と書いて行くとナガバノウナギツカミは正体不明のよく分からないイヌタデ属植物という印象を受けるが、花が咲けば小花柄に赤い毛があるので(他種には見られない)有力な同定ポイントになる。また株を実際に見れば印象が強いので細部の精査なしに本種であると直感できるが文章で表現すると難しい。一つ言えるのは葉形や葉柄、托葉鞘など他種イヌタデ属植物の同定ポイントに拘ってしまうと私のように「個人的謎植物」となってしまうということだ。今回はこの状況を踏まえて、多くの株を見ることができた成東・東金食虫植物群落での観察結果を軸に本種をご紹介する。

 尚、本種の同定に関する情報はタデのなかま(イヌタデ属)の見分け方(小川誠のページ、似たものくらべ内記事)を参考にさせて頂いた。


(P)2015年10月 千葉県山武市 成東・東金食虫植物群落

葉形バリエーション
 上記リンク、タデのなかま(イヌタデ属)の見分け方は、細部の同定ポイントがよく分かる良記事だが、一つ、葉の形状に関してはこのような形状の葉を現実に確認できなかった(*4)。これは自宅で育成している本種(茨城県つくば市産)、成東・東金食虫植物群落で精査した多くの株も同様である。
 図鑑で示された「ほこ型」だが、そもそもこの言葉に紛れがあるのではないだろうか。矛、ほこ、鉾、色々な表現があるが受ける印象は人によって異なるはず。私には「ほこ型」はこういうイメージ。これを念頭に「ほこ型の葉」となるとシロバナサクラタデもイヌタデも葉はほこ型であり、形状を比喩する表現として意味を成さなくなってしまう。
 右画像の如き基部に鋭角の張り出しがある形状を「ほこ型」とした場合、リンク先の葉も「野に咲く花」の掲載画像に見える葉も「ほこ型」ではなくなってしまう。なかなか厄介な形状表現である。

 下画像は同一群落、と言っても2m四方程度に群生していた群落なので同一の遺伝子を持った株だと考えられるが、その限られたエリアで見られた葉形のバリエーションである。(もっとも絡み合うように折り重なっており、同一株かどうかまでは調べていない)
 「ほこ型」がどのような形状を示すのか、という問題は別として同定ポイントとして重要な葉の基部の形状と葉柄の有無長さは、本種の場合あまり意味がない。同一場所の同一群落、ひょっとすると同一株でもこれだけの表現型を持っている以上、地域性や環境要因といったありがちな落としどころも通用しない。ウナギを掴めそうな植物が最も掴みどころがない、という皮肉な話だ。
 葉形のバリエーションと言えばナガバノウナギツカミの仲間、ホソバノウナギツカミにもある。しかしホソバの方は成長初期や越冬の際(*5)など決まったタイミングで決まった葉形(小型で丸い葉)を出すので、他の植物と誤認することもないし、いわば「予測の範囲」のバリエーションであって、ナガバとはまったく挙動が違う。こうして考えてみると全くランダムに(としか考えられない)様々な葉形を出すナガバノウナギツカミは交雑種由来なのだろうか?

 少し脱線するが、本種よりはるかに身近なイヌタデ属植物のミゾソバ。あまりに普遍的過ぎてロクに調べることもないが、個人的に2タイプあるのではないか、と考えている。それは水生植物図譜でご紹介したような白系、赤系という花色のことではなく(それは他種でも地質や土壌含有物質の多寡により見られる)、葉と葉柄の形質が異なる群落が各地に存在するのである。具体的には葉柄に緑色の翼が付くタイプがあり、このグループは葉が一際大きくなる比率が高い。またミゾソバにはあまりサデクサのような托葉は見られないが、緑色の翼が付くタイプにはよく見られる。
 これはこれで調べているが、よく見られ何の疑問も湧かないと考えていたイヌタデ属植物でもこういうのが出てくる。ましてあまり目にする機会のない本種、よほど慎重に情報発信しないと前述のような誤情報(特に「水草」としてのネット通販)が出てくる余地がある。影響力極小とは言え同じ立場の自分、まさに他山の石。


(P)2015年10月 千葉県山武市 成東・東金食虫植物群落


【ナガバノウナギツカミの葉のバリエーション】*すべて2015年10月 千葉県山武市 成東・東金食虫植物群落
やや鋭角に張り出すが小さい。葉柄は長い 張り出しがアキノウナギツカミに似る
張り出しも葉柄も見られない 張り出しは見られないが葉柄が長い

同定と紛れ


花柄と花 2015年10月 千葉県山武市 成東・東金食虫植物群落
この程度の距離でも花柄、小花柄の腺点が目立つ




 10年ほど前に茨城県南部の湿地で採集したイヌタデ属植物はヤノネグサの雰囲気とサイコクヌカボのような葉を持つ何とも不可解な植物だったが、開花するにいたって小花柄の赤い腺点が確認でき、ナガバノウナギツカミであると確信できた。(ここまで3年かかった)
 現在水生植物図譜に掲載している本種はこの株の子孫だが、今になって当時の画像(右画像及び水生植物図譜の画像)を見ると、葉の基部に浅い心形や鋭角ではない張り出しが見られる。葉柄に付いてもまちまちである。10年前の自分の知識や認識は、前項「葉形バリエーション」の最初にある画像のような葉形と葉柄に引っ張られてしまい、回り道を余儀なくされたレベルにあったのだと思う。

 今回ちょっとした群落を精査(と言っても保護地域(*6)で見学可能な外周からだけだが)し、また以前の画像などを見て、ナガバノウナギツカミを葉形や葉柄でプロファイリングすることは、どのような形であれ情報発信する側としては大きな誤謬を伴うリスクがあることだと思った。また葉形を伝える必要があるとしても「ほこ型」などイメージにバラツキがある表現は避けるべきだろう。

 ナガバノウナギツカミのユニークな特徴は小花柄の赤い腺点である。これはイヌタデ属のうち同様の形状の花(金平糖状の花)を付けるヤノネグサ、ミゾソバ、ホソバノウナギツカミ、ウナギツカミ、アキノウナギツカミなどには見られない特徴である。またこの点はけっして微小な特徴ではなく、上画像のように目視でも確認できるものである。葉形や葉柄に関しても前記したイヌタデ属植物は花期以外もほぼ安定した形状であって「紛れ」の要素は少ない。
 こうした状況を勘案すれば、イヌタデ属の植物であり、判断が付かない葉形のバリエーションが見られた場合ナガバノウナギツカミと判断してもよいのではないだろうか。

 さて、環境省レッドリスト2012で準絶滅危惧(NT)程度(*7)の植物がなぜここまで分かりにくいのか。理由は簡単、滅多に見ることができないからである。その意味ではレッドリストのランク通りの植物ではない。これは私の行動範囲である北関東一帯のみの話ではなく、友人から仕入れた情報も総合すれば全国的な傾向のようだ。つまりレッドリストのランクが実態と乖離している。これは本種のみに見られる現象ではないのでここでツベコベ言っても始まらない。しかしこれが「分かり難さ」の主因にはなっていると思う。この植物の形質を表現するのに、ある一部分、一時期の葉形を語っても仕方がないのだ。


(P)2008年7月 自宅育成株

脚注

(*1) 本図鑑に関する記述、写真への言及は2003年の16刷を対象としている。(改訂の履歴がないので第一版と考えられる)現在入手できる同書は改訂増補版であるので、記載ページや解説、写真が変更されている可能性もあり、ご留意願いたい。特に改訂増補版は植物分類が従来分類からAPGに変更となっており、科属レベルで移動している植物群もあり、この可能性が強い。本来現在入手できる文献から記述引用したいが、個人的に高い買い物なので(改訂増補版は税抜4,200円)買い直す意欲がわかず旧版に関する言及である点ご承知頂きたい。

(*2) 解説と画像に矛盾がある、と言って責めている訳ではない。本文にもあるようにナガバノウナギツカミは同一株で様々な表現型があるし、成長に従って葉形が変わる経時変化もある程度確認しているので問題はない。逆に言えばこれが同定の紛れに繋がっている現象である。

(*3) 牧野博士が集めた植物標本を、画像とは言え現在見ることが出来るのは凄いことだ。このデータベースの収録数は少ないが無料で公開しているわけで無理は言えないところ。総額数万円の牧野植物図鑑を購入することを考えればありがたい。ちなみにindexはこちらから。不思議なことにURLは法政大学のものと思われるがタイトルは東京都立大学(現首都大学東京)牧野標本館所蔵となっている。
 標本写真とは言え当然著作権が存在し、同Webサイトでは「利用に際しては、学術研究または教育普及など非営利目的で利用する場合は、無償で利用することができます。ただし、データベースにある画像を論文・学会発表や公共の出版物、インターネットなどで使用した場合、当データベースの画像であることを必ず付記してください。」と注記がある。本Webサイトは「学術研究または教育」ではないが、湿地植物の知識の「普及」に少しだけ貢献しているような気もするし、非営利目的は間違いないので画像を引っ張って貼り付けても良いような気もするが、製作者(私)が奥ゆかしい人格なのでリンクに留めている。

(*4) こういう形状(リンク先画像の)、いわば槍先のような形状の葉があっても不思議ではない。ちょうど張り出しのない形状と張り出しが目いっぱいの葉の形状の中間のような形質だ。これだけバリエーションのある植物なので、自分が見たことがないという理由で存在や同定結果を否定しているわけではない。

(*5) ホソバノウナギツカミは本来一年草とされるが、自宅育成株は越冬する。ソースによっては「一年草または多年草」と表現されるが、本来植物生理として一年草と多年草は相反する概念であって並列してしまうと「何でもあり」と変わらない。なかなか近場に自生地がなく、自然下での挙動が確認できていなかったが昨年自生地を発見し、確認したところ自然下でも多年草であるようだ。

(*6) 成東・東金食虫植物群落は群落全体が国指定天然記念物なのであって、食虫植物そのものだけが対象になっているわけではない。前々回に訪問した際にボランティアの方が水生蘭の盗掘を話題にされていたが、ランだろうとタデだろうと、また普通種でもRDBレベルの希少種だろうと扱いに変わりはない。もし「食虫植物群落は食虫植物だけが保護対象だ」という認識の方がいたらそれは誤り。

(*7) 準絶滅危惧(NT)のカテゴリーで言えば身近なところでチョウジソウ(キョウチクトウ科)やカワヂシャ(オオバコ科)の方がはるかに発見難易度が低く、また同じタデ科イヌタデ属で言えば絶滅危惧U類(VU)のヌカボタデの方が見つけやすい。もちろん一地域の傾向で全体を語れないことは重々承知だが、本種に関しては大きな疑義がある。また水草通販で「ナガバノウナギツカミ」の販売を行っている場合も目に付くが、ほとんどの場合ホソバノウナギツカミや別種である場合が多い。要するに知名度も分布もマイナーな植物なのだ。



Photo :  OLYMPUS OMD E-M10/70-140mm  Canon PowerShot S120 EOS30D/EF-S60mmF2.8MACRO

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