日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ミズオオバコ
(C)半夏堂
Feature Ottelia japonica Miq.
公開:2011-09-03
改訂:2019-08-03


トチカガミ科ミズオオバコ属 ミズオオバコ 学名 Ottelia japonica Miq.
被子植物APGV分類 : 同分類同学名
環境省レッドリスト2015 絶滅危惧II類(VU)

撮影 2011年8月 茨城県日立市の棚田にて(fig1)

【ミズオオバコ】
*水田雑草の女王とも称される美しい沈水植物。花も良いが、繊細かつ形の良い沈水葉がロゼット状に広がる様は見ているだけで楽しい気分にさせてくれる。残念なことに現状それほど分布がなく(それが絶滅危惧II類(VU)の現実である)、自生状態を目にする機会が少ない。また本文で触れるが、独特の育成環境を必要とするために育成下でも維持にコツがいるためロストしやすい。かく言う自分も数回ロストして最近やっとコツらしきものを掴み何とか維持が可能になった。
 ミズオオバコは主に水田性の沈水植物であり、関東地方では8〜9月に開花する。この事実が絶滅危惧種たる裏付けであって、すなわち水田の主流たる乾田の中干しによる落水時期と稲刈り後の乾燥期間が開花・結実期間にモロにかぶるのである。これではどう考えても生き延びる余地がない。湖沼にも自生するらしいが、こちらの状況は水田以上に悪く、そもそも水質が沈水植物の存続に適さない。自生する「らしい」と言うのは関東近辺、自分の行動範囲で見たことがないからである。

休耕田にミズオオバコを求めて
■水田雑草の王者

 あくまで個人的な嗜好だが、庭に水辺を再現する際(要はビオトープ、ってやつ)に抽水ないし湿生植物として最も堂々とした草姿で「センタープラント」になるのはヘラオモダカだと思う。もちろん私も育成しているが、ちょっと捻ってトウゴクヘラオモダカを7号鉢に植栽し、種々雑多な水生植物たちの中央に置いてある。成長し多数の花を付けた姿はまさに水生植物の王者だ。

 一方、沈水植物でこの「センター」にあたるのは間違いなくミズオオバコだと思う。開花期以外にも「華」があり、成長を楽しめる植物はそんなに種類がない。ミズオオバコはその数少ないセンターの第一候補なのだ。フィールドで入手できるヒルムシロ科やトチカガミ科の他種沈水植物は言い方は悪いが水中に生える雑草に見える。(どちらも「雑草」には違いないが)しかし、北関東近辺ではヘラオモダカは容易に入手可能(トウゴクヘラオモダカは多大な努力と僥倖が必要)だが、困ったことにミズオオバコはいざ入手しようとすると絶望的な、かつ広範な探査を強いられる。また前年の自生情報があてにできないほど消滅スピードも速い。この点、残存が多い西日本注1)が羨ましいほどだ。


(P)2011年7月 千葉県佐倉市休耕田(fig2)


■休耕田巡り

 2〜3年前まで睡蓮鉢でミズオオバコを育成していたが、世代交代に失敗し2011年のシーズンになってまた育ててみようと思い立った。思い立ったが吉日で(歳とともにせっかちな性格は多少治まったが、水草は別である)、さっそく以前育成していた株を採集した栃木県の休耕田に向かった。ピンポイントでマーキングはしていなかったが、特定の水草がある場所は不思議に道を違えずにたどり着けるものだ。
 おっと、その前に使用していない睡蓮鉢に荒木田土を敷き、水を張ってメダカを20〜30、タニシを10ほど近所の用水路から拉致して来て受け入れ体制を整えた。後述するが、この脆弱な草体を、各種水生植物が覇を競う既存環境には植栽できないのだ。何年か経過している既存の環境(睡蓮鉢やプランター)ではどうしても強い種類が蔓延り、とてもこうした植物を受け入れる余地がない。ちなみに覇を競う「強い種類」はRDB上のランクには左右されず、その環境に最も合った種が勝利する。我が家の環境では意外なことにヒシモドキやガシャモクが強いのだ。

 さて、残念ながら栃木県の休耕田は遷移しており(数年前なのである程度は想定内)何ら得るものはなかったが、付近の休耕になった水田でホッスモ、サンショウモなどを採集した。しかし肝心のミズオオバコは見つからなかった。続いて記憶のあった茨城県つくば市の隠し里のような谷津田に向かったが、これまた遷移しており、近場の水田や池でもキクモやノタヌキモ程度しか入手できなかったのである。本末転倒ではあるが、これはこれで楽しい。しかし本命が見つからなければ単なる目的のない植物採集に終わってしまう。
 さて、困った。せっかく用意した睡蓮鉢であるが、暫定的に入っているのは上記のメンバー達である。ホッスモやキクモなどスカスカの草とサンショウモ、ノタヌキモ程度ではメダカ達も身を隠す術もなく右往左往している。気の毒なので他の睡蓮鉢からセンニンモやホソバミズヒキモなどを移植する始末。この時点でこの睡蓮鉢の来年の姿が予想できるほどである。ヒルムシロ科は色々な場所から顔を出し、ホッスモが発芽しまくる。そして間引きしなければサンショウモが水面に蓋をする。間引きの苦労の種を作ったようなもんだ。
 以前に自生を確認していた休耕田の底泥を持って帰る、という手もある。埋土種子を復活する手法だ。自然再生などでよく用いられるが、植物はともかく余計な生き物まで復活しそうで何となく気が進まない。ミズオオバコが復活する可能性は限られるが余計な生き物が復活する可能性は100%に近い。目的以外の様々な植物が復活する楽しみもあるが、不快生物の発生は観賞価値を著しくスポイルする。

■谷津田での出会い

 これはどうにかしないといかん、と向かったのは千葉県である。経験上ミズオオバコは「世間から半ば忘れられたような谷津田」の水路や休耕田にあることが多い。谷津田の場合、問題となるのは両側の山で、ある程度の規模がある場所が望ましい。なぜなら谷津田の湿田を成立させる要因は斜面林からの湧水にあり、湧水は形ばかり残された里山には湧出しないのである。
 このような地形を数字として表現するのは困難だが、谷津田(低地部分)と里山(丘陵部分)の境目に水たまりや細流があれば湧水がある可能性が高く、谷津田を維持する水量を涵養していると見ることができる。こうした地形は成東や横芝に電車で遊びに行った際、車窓から散々見て目星を付けていたのだ。

 また湧水で涵養される水田や水路は平野部のそれに比べて水温がやや低い。ミズオオバコの天敵注2)であるアメリカザリガニは低水温を嫌う傾向があり、こうした環境にはいないことが多いのだ。さらに言えば、こうした乾田化しにくい、機械が入りにくい谷津田で爺ちゃん婆ちゃんが道楽半分で米を作っているような場所が望ましい。休耕になってもそのまま、湧水で自動的に湛水され湿田が維持される。探せばまだまだあるはず。そしてドンピシャが上の画像。仮説から地形類推、実際に発見にいたると気分が非常に宜しい。俺って天才?と思ってしまう。(冷静に考えればたいした推理ではない)
 こうした環境では通常は他にもスブタやトリゲモの仲間が出てくるはずだがここには見当たらなかった。まあそれは多様性というよりも元々の植物構成の要素が強いので仕方がない。こうしてこの年はミズオオバコを入手するまで約500kmほど走ってしまった。ガソリン代を考えればどこかの通販で買った方が安上がりだが、こればかりはそんなモノと比較できない。探す過程も楽しみの一つだからだ。マニア度が低いためか産地にこだわる意識がないのでてっとり早く入手するのであれば通販で買う事も「あり」だと思う。しかし希少性がここまで行ってしまうと「採集圧」の問題も出てくるだろう。業者なら販売が目的であるので根こそぎ採ってしまうことにためらいはない。そんな連中の片棒をかついでミズオオバコの絶滅に手を貸すのは本意ではない。あくまでも群落の維持に支障が出ない少量を頂き、自分で増やすというのが基本的なスタンスだ。

 このように山野でミズオオバコを入手しようとした場合、今や市町村単位ではなく県単位の移動が必要になってしまうほどである。今回も茨城、栃木、千葉、3県の相当広範囲を探し回った。それも滅多やたらに動き回ったわけではなく、採集実績のある場所や、ある程度確証のある、そして経験に裏打ちされた仮説に基づく地域である。それでもやっと一カ所の自生確認。ミズオオバコはまさに「絶滅危惧II類(VU)」が実感できる植物だと言えるだろう。

脆弱な草体
■採集のしにくさ

 この植物を採集したことがある方なら分かると思うが、採集時非常に「採りにくい」草である。見つけるのが大変ということもあるが、それ以上に見つかった上での実際の採集「作業」の話。なにしろミズオオバコは草体が非常に脆いのである。冒頭のヘラオモダカのように根元を持って根の周りを掘る、なんてことをしようものなら葉はすべて折れて脱落してしまう。例えてみればレタスをさらに繊細にしたようなものだ。レタスは丸まっているので強度がある程度あるが、ミズオオバコは通常のロゼットなので脆さは尚更である。
 ミズオオバコがなぜこのように脆弱な草体なのか理由は定かではないが、少なくても存続条件の揃った休耕田注3)であってもアメリカザリガニが入り込めば存続できない。ザリガニは必要もないのにチョキチョキやってしまう。(奴等にとっては必要なのかも知れないが)そうなるとミズオオバコが自生する環境はさらに絞られてしまう。もっともこの状況はミズオオバコに限らず、アシやマコモなどザリガニのハサミでは歯が立たない植物を除く全水生植物に共通する話。結果論だがまったく迷惑な生物を持ち込んでくれたものだ。


(P)2011年8月 茨城県日立市棚田(fig3)


■採集方法

 さて、採集時には草体には極力触れず、根の周りの土を掘り、土を採集するようなつもりでそっと株を持ち上げるように行う。幸いなことに常時湛水水田(湿田)では土壌が軟質なのでさほど困難ではないだろう。常時湛水水田では表層はいわゆる「トロトロ層注4)」が形成されており、比較的容易に根の堀上が可能である。
 運搬の際も草体が他のものに触れないように、水を張った大きめのバケツにそのままそっと入れて運ぶようにする。これでも何枚か葉が脱落してしまうが、少なくてもその事で枯れてしまうことはない。「腫れ物に触るように」という比喩表現があるが、ミズオオバコの採集はまさに腫れ物そのものである。ミズオオバコにしてみれば採集されるために生えているわけではないので知ったことではない。
 より安全なのは画像のように食品トレーに採集した株を並べ、水量を減らしてジプロックに入れる方法。こうすると運搬中の水の動揺による葉の脱落や草体の傷みを軽減する事ができる。他に運搬手段がない時に偶然見つけた方法だが、最も結果が良かった。


(P)2016年8月 茨城県 耕作田(fig4)

 しかしミズオオバコはなぜここまで草体が脆弱なのだろうか?トチカガミ科の他種のあつかましいまでの強さを考えるとまったく不思議だ。外来種のオオカナダモなど「あつかましさ」を超越して見るのが嫌になるほど「蔓延っている」。だからこそ要注意外来生物なのだろうけど。しかし、逆説的に考えればこの「脆弱さ」がしぶとさなのではないか、と思う。トチカガミやクロモは栄養繁殖で繁茂するが、ミズオオバコは種子生産性や成長スピードをアドバンテージにしているのではないか、という意味だ。
 具体的に言えば、成長スピードを優先するために、葉や葉枝の密度を充実させるリソース(栄養分、日照)は成長のために優先使用する。その結果、脆弱となった葉が何枚脱落しようとも次々と新芽を出して補完する、という戦略だ。そして更に凄いのは種子生産性である。下画像は果実とその内部であるが、一つの果実にざっと見ても数百の種子が入っている。ミズオオバコは一日花であるが、一日咲くとこれだけの種子が出来る、というわけ。(もちろん毎日咲くわけではない)これが水面を漂い広範囲に散布される。何株枯れようとも種の存続は確保する、という戦略だろう。例えてみればイワシの稚魚戦略注5)である。
 この戦略が乾田化注6)や除草剤、アメリカザリガニといった、想定外の、人間が介在した異分子に対応できていない、進化時間で見ればごく一瞬の時間では対応できる植物はないという事実がミズオオバコに限らず多くの水生植物が絶滅の危機に瀕している大きな原因の一つであることは間違いない。


(P)2011年8月 茨城県日立市棚田(fig4)

形成された果実(fig5)
果実内部。種子がぎっしり詰まっている(fig6)
草体の変異
■オオミズオオバコ

 現在は「種」としては扱われていない場合が多いが、オオミズオオバコ注7)という「種」があり、湖沼など水深のある場所に生育するミズオオバコは別種のように大きくなるため、別扱いとなっていたようだ。(脚注にあるように別種とする立場もある)「いたようだ」というのは、実は私は湖沼で大型のミズオオバコを見たことがなく、あくまで伝聞の話であるからだ。
 私の行動範囲でも水田以外多くのため池や湖沼河川があるが、これらの環境では本種オオミズバコが見られず確認の仕様がない。前述のように近隣の河川湖沼では水質悪化のためにミズオオバコどころか普通種の沈水植物も見ることが稀なほど。しかし後述のように同じ水田でも若干の水位変化(だけではないと思うが)によって草体の変異も見ることができる。環境変化による草体変異であれば脚注にあるように「オオミズオオバコ」はエイリアスであるが、別名が付与されるほどに変異の幅が大きいということであろう。ミズオオバコの場合、主な変異は草体の大きさと葉形である。草体の大きさは上記のように生育環境が主因と考えられるが、葉形は同じ環境、同じ株でも卵形の葉と狭楕円形の葉を付ける場合がある。観察の結果では成長時期によるものではなく、開花期になっても一般的な卵形ではなく、狭楕円形の葉のみの株も見られた。


(P)2011年7月 千葉県佐倉市休耕田(fig7)


■草体変異

 2011年に発見した休耕田と耕作田のミズオオバコの形状の違いは顕著であった。千葉県佐倉市の休耕田ではコナギやホタルイ、イボクサなどがさほど密度のない自生をしており(右画像参照)、ミズオオバコも伸びやかに生育できるためなのか、葉幅が広くディンプルも深く立体的である。(上画像参照)またこの休耕田がある谷津田全体は湧水によって涵養されている湿田で、水位も乾田の湛水期間に比べるとかなり深い。草体の変異がこうした環境の差異によるものという可能性も高いだろう。
 稀にネットで、アクアリウムで育成しているミズオオバコの画像を見るが、概ねこのような草姿なので、あまり他植物がギチギチに迫ってこない場合の草姿なのかも知れない。誤解のないように書いておくと、アクアリウムでミズオオバコをセンタープラントとして育てるような方はスキルもセンスも十分であり、私のように何でもかんでも植栽する(元)貧乏性アクアリストとは異なり余裕のあるレイアウトが成された大型水槽で育てている。その意味で他植物の干渉が少ない、余裕のある環境という意味である。

 一方、右画像、茨城県の耕作田のものは葉幅がなく、やや色も薄く平面的である。これは稲の間に生育し日照の確保が十分ではない故なのだろうか?それとも周囲に蔓延るマツバイやオモダカなどの植生密度が高いためだろうか。どちらにしてもミズオオバコは生育する環境によって草体を著しく変化させる能力を持っているようだ。

 変化と言えば葉形自体も披針形のもの、広卵形のものがあり、それぞれ別種のような印象の株があるし、花色も白とピンクの株がある。これらは「オオミズオオバコ」のように生育環境に拠るというよりは個体群の遺伝子の相違に拠る可能性が高い。それはミズオオバコの染色体が2n=22(2倍体)から2n=132(12倍体)まで存在し、様々な表現型を内包することが理由であると考えられる。同一種でありながら遺伝子的にこれだけ多様な染色体を持っている植物も珍しい。もともと様々な近似したOtteliaが存在し、交雑を繰り返すことで固定された植物なのだろうか?
 植物の難しさは現在の姿や持っている能力は分かるとしても、歴史的な進化の姿を知ることができない、ということだ。こればかりはいかにゲノム解析が進歩したとしても分からないはず。ゲノム解析は「DNAに書いてないことは分からない」からだ。


(P)2011年8月 茨城県日立市棚田(fig8)


■水深センサー

 現在見ることができるミズオオバコの表現型としてはセタカミズオオバコ注8)というものがあるが、これは「オオミズオオバコ」のように生育環境に起因するものではなく、遺伝子による表現型の一つと思われる。これだけ多様性を内包した植物であれば、複数産地の草体形状比較など面白いテーマだと思うが、いかんせん前述の通り自生地を探すのも苦労する状態となっており、現状では厳しいものがある。

 確実に言えることは、ミズオオバコは発芽の時点もしくは成長過程のどこかのタイミングで自らが生育する環境の水深を探知しているはず、ということだ。水田で採集した未開花の株を(1)水田と同程度の水深(2)睡蓮鉢の水深程度(30cm前後)の2つの環境で育成してみると(1)は当然水面上に花茎を伸ばして開花するが、(2)の方は花茎が水面に到達しない。しかし花茎の長さが遺伝的に決まっているということはなく、野生では水深のある環境でも水面上で開花している。このことを考えると、発芽後に生育環境のアウトラインを察知し、どの程度水深があるのかを察知するセンサーを持っており、花茎の長さを決定していると考えるのが自然だ。
 オオミズオオバコのように草体の大きさの変化、葉の表面の凹凸の変化、また上記例の花茎の長さなどミズオオバコは変異幅の大きさ、表現型の多様性を持っており、事象を総合的に判断すれば、それらの表現型は環境要因によって左右される、と言えるだろう。そして重要なことは表現型はどのようなものであれ、遺伝子にないものは表現しない、ということだ。

消長
■消える水草

 私が知る関東地方のミズオオバコ自生地では消長も激しく(主に「消」の方だが)、確認した自生地でも翌年、翌々年には消滅してしまうことが多い。上画像の千葉県佐倉市の休耕田も翌年同時期に再訪した際には見られなかった。水田なので水質の変化ということはないと思うが、除草剤の流入(直接使用ではなくても)や水管理の変更など様々な要因が考えられる。自生地の水田に張り付いて定点観測しているわけではないので確たる原因は分からないが、全般的に減少傾向であることは間違いない。

 2016年に、長年行こうと思っていた埼玉県幸手市の「自生地」に行く機会があったが、現地に着いて水路の水質を見た瞬間に消滅を確信した。わりと水深があって透明度の無い白濁した水。洗剤を入れた洗濯機の水のようだ。これではミズオオバコに限らず沈水植物は存続が厳しい。この自生地は「ミズオオバコが復活した」ということでローカルニュースにもなった場所だが、何らかの要因、ちょっとした変化で「復活」したわけであって存続が保証されたわけではない。復活しても存続が難しい、こうした例は意外に多い。


(P)2016年9月 自宅育成(茨城県日立市産)(fig9)


 ミズオオバコはたしかに絶滅危惧II類(VU)であるが、農業地帯での保全は難しい。除草剤や農業排水の流入を制限しては排水路の本来の意味がなく、そんな「保全」は持ち主や周辺で業を営む人にしてみれば大きなお世話である。植物の保全と生活、どちらを優先するかとなれば答は明らかだ。これがいわゆる希少種でありながら水田雑草である植物の保全の難しさ。冒頭書いたように、いざ撮影または採集しようとした際に以前のデータが当てにならない原因にもなっている。仕方がないと言えば仕方がない。

■育成

 一方、自宅での維持も私には難しく上記2011年の採集株も2年程で消滅してしまった。もともと一年草の維持はどうしても苦手なのである。しかしミズオオバコは困ったことに個人的に大好きな水草で、時々見たくなる。しかも強烈に。自分で継続育成できればそんな欲求も満たされるわけだが、上記の通り長年の維持が出来ていない。2016年は少し育成維持の考え方を変えて、ミズオオバコ優先かつ専用の環境を造った。他の植物は環境の端にタタラカンガレイを植栽し、ヒンジモを浮かべてある程度。水深は草体がようやく水面下に隠れる程度にし、メダカはなし。(たぶん水量が少なくて生きていけない)採集地からミズオオバコに付いてきたモロモロの生物が住人である。用土も田土と荒木田の混合土であるので、土壌生物とも環境は出身地の棚田に近い。
 そのお陰か、2019年まで3年間は世代交代を行い、安定して育成できている。これが「コツ」になるかどうか不明だが他にいくつも睡蓮鉢や水を張ったプランターがあるにも関わらず、ミズオオバコのプランターのみに蛙が産卵する。またこの環境のみシャジクモの発生密度が高い。蛙やシャジクモが「自然度が高い」と評価してくれる程の環境ということか。「自然度が高い」という表現は曖昧模糊としており何だか良く分からないが、育成上、ミズオオバコが無理せず花茎を水面上に上げられる水深、他植物との過度の競合がない、という所があえて言えば「コツ」だろうか。

Ottelia japonica Photo Gallery


折り重なるように生える葉(fig10) 自宅育成環境


独特の葉脈とピンク色の新芽(fig11) 自宅育成環境

山間の棚田に自生する(fig12)
自宅育成環境で開花(fig13)
耕作田で稲の間に生える(fig14)
湧水に涵養された棚田にて(fig15)
脚注

(*1) 一般に水生植物の残存は東日本よりも西日本に多いとされる。人口規模が同程度の街でも顕著に異なる。これは東日本の自然破壊が甚だしいということではなく、他に何らかの要因があるとしか思えない。考えられるのは水生植物の多くが南方系で、東日本にはもともとさほどの分布がなかった、という程度か。しかし以前の霞ヶ浦や手賀沼の状況を想起するとそれも考えにくい。西日本の人の方が東日本の人より自然保護の意識が高いとか?

(*2) 人為的な要因(乾田化、除草剤)以外にミズオオバコの天敵があるとすればアメリカザリガニである。本文の通りミズオオバコの草体はかなり脆弱なので丸坊主になるまで被害を受ける。関東地方では水田水路、河川湖沼にいたるまで広範にアメリカザリガニが生息しており、見つかったミズオオバコの僅かな自生地には侵入が見られなかった。また育成時の注意点として小型の貝類(サカマキガイやモノアラガイ)、いわゆるスネールの食害が指摘されるが、これらの自生地では同様に見られなかった。しかし現実問題として小型の貝類はミズオオバコが枯死するまで食い尽くすことはないので、葉に穴があく程度で問題はない。

(*3) ミズオオバコは沈水植物なので水がある、すなわち湿田であるのが第一条件。また除草剤に弱い面があり、休耕田に除草剤を使う場合はないと思うが、他の水田や水路からの流入がないことも条件になっていると思う。その他は画像をご覧いただいてもイボクサやらマツバイやら通常の水田雑草が同居しているので特別な条件はないと考えられる。と書くと簡単だが、こうした環境そのものがなかなかないのが現状。水田以外では湖沼ため池小河川などに自生する場合もあるが、水質汚染、浮葉植物、特にハスやヒシの繁茂によって見られる場所は極端に少なくなっている。

(*4) 水田の表層数cmに形成される粒子の細かい泥の層のこと。冗談のような名前だが立派な用語である。有機物が水田の表層に蓄積しこれによって発酵が起こる。そこに微生物や線虫などが入り込んで土壌の粒子を微細化したもの。粒子状の土壌なので柔らかく、水田雑草の種子が層の下まで沈降することで発芽を抑制し、抑草効果があるとも言われている。従って極端にトロトロ層が進んでしまうとミズオオバコ自体も発芽が困難になる。様々な効果を持つ冬期湛水不耕起という栽培手法の一つの側面でもある。

(*5) イワシの生き残り戦略。イワシの稚魚は実に様々な魚類の餌になり、数を残さないと絶えてしまう。このため産卵数が多く、餌の状態にもよるが多い場所では10万粒を超えるという。(マイワシの場合)ミズオオバコの種子が何の餌になるのか確たる証左はないが、育成下で、水面に倒れた果実からこぼれた種子にメダカが群がっている姿を見たことがある。魚のいない環境でも結実数と発芽数には相当の乖離があるので多くが埋土種子となっていることが想像できる。

(*6) 水田の区分には湿田(場合により深田)と乾田があり、乾田は非灌漑時に田面が乾燥して畑作が可能な水田をいう(定義上)。実際は水田で二毛作を行う農家は少なく、乾田のメリットは水を自在にコントロールすることで米の収穫量を増やすことである。関東平野で湿田ないし深田の残存はおそらく数%以下、また乾田は休講になれば短期間に陸地になってしまう。近未来的には「湿田」「乾田」の区分が無意味になる事態も考えられる。

(*7) 平凡社の「日本の野生植物」では別種として独立させている。(Ottelia alismoides)一方、角野康郎先生は「日本水草図鑑」及び「セタカミズオオバコの正体」(論文、植物研究雑誌 1987)でこれらはミズオオバコと同種であるとの見解を示されている。

(*8) ミズオオバコは通常両性花を咲かせるが、稀に単性花があり1つの花柄に多数の単性花(雄花)を付けるものを「セタカミズオオバコ」とする立場があった。しかしその後このタイプには両性花、雄花、雌花が存在することが判明し、現在ではミズオオバコの種内変異とされるに至っている。ちなみに「セタカ」は形状を示す背高ではなく、福岡県山門郡瀬高町(現在は町村合併により「みやま市」)で確認されたことによる。本種を調べる過程で、セタカミズオオバコはミズオオバコの「シノニム」とする立場を複数見たが、正式記載されたものではないようなので、言ってみればエイリアス(別名)だろうと思う。

 

【参考文献】
・日本水草図鑑 角野康郎 文一総合出版 1994
・日本の水草 角野康郎 文一総合出版 2014
・日本の野生植物 佐竹義輔 平凡社 1985


【Photo Data】
・RICOH CX5 *2011.8.14(fig1,fig3,fig8) *2012.8.12(fig15) *2016.9.19(fig9)
・OLYMPUS OM-D E-M10 + M.ZUIKO 45mmF1.8 *2016.8.14(fig4)
・OLYMPUS OM-D E-M10 + M.ZUIKO 25mmF1.8 *2016.8.14(fig12)
・PENTAX OptioW90 *2011.7.29(fig2,fig5,fig6,fig7)
・PENTAX WG3 *2019.7.28(fig10,11)
・SONY CyberShot WX500 *2016.9.3(fig13)
・SONY CyberShot RX100 *2016.8.14(fig14)

Feature Ottelia japonica Miq.
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