日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ミズネコノオ
(C)半夏堂
Feature Eusteralis stellata (Lour.) Murata

シソ科ミズトラノオ属 ミズネコノオ 学名 Eusteralis stellata (Lour.) Murata
被子植物APGV分類 :シソ科オドリコソウ亜科 Lamioideae ミズトラノオ属 Pogostemon
Pogostemon stellata (Lour.) Murata
環境省レッドリスト2012 準絶滅危惧(NT)

撮影 2015年9月 東京都北東部
虎より豪華な猫
 今まで結構な数の産地でこの植物を見てきたが、場所はほぼ稲刈り終了後の水田であった。稲刈りで切り取られ、コンバインの下敷きになりながらも一年草の宿命で何とか開花結実しなければならない、という姿。従って草体は小さく花数も少ないものがほとんどであった。しかしこうした制約がなければここまで立派な草姿を持つ植物なのだ。
 不思議なことにミズネコノオは水田(休耕田含む)で見る機会が多い。似た仲間のミズトラノオが湿地でしか見られず水田には入り込まないのと対照的だ。これは水田の耕起湛水のサイクルに合わせた一年草(ミズネコノオ)と、安定した水辺環境である湿地で生きる多年草(ミズトラノオ)という性格の相違によるものだろうと思う。

 この性格の違いは育成下でも興味深い相違となって見ることが出来る。放置すると地下茎、殖芽、実生により際限なく増殖し環境を占拠するミズトラノオ、一方ミズネコノオは人間の目から見て生育に理想的な環境(*1)を用意し育成しても世代交代が難しい。水田との違いをシンプルに考えると、土壌は同じ(場合により水田の土そのままで育成)、水分も似たような感じ(開花期に抽水しないように管理)、違いは冬場の乾燥と耕起の有無である。育成下で乾燥はともかく、撹乱目的の耕起まではしていない。
 種子の乾燥と耕起、つまり攪乱は水田雑草特有の発芽条件(*2)で、ミズネコノオはミズトラノオと草姿は似つつも、生態的にはゴマノハグサ科の水田雑草に近い印象だ。この水田雑草の生態は、我が国で水田稲作が始まって高々3000年(異論はある)のなかで身に付けたものとは考えにくく、中国長江流域で約1万年前に始まった稲作の歴史の中で取得したもの、そしてその生態を保持しつつ渡来したものと考えるのが合理的だと思う。

 ミズネコノオは上にあげたような制約、刈取や踏みつぶしなどの要因がなければ分岐を多数行って、それぞれの分岐の先に花穂を付ける。とても野草とは思えない豪華な印象を受ける植物である。花単独ではミズトラノオの方が綺麗だと思うが、草全体としてはミズネコノオの方が品があるように思われる。ミズトラノオは日照条件等によって開花せず、地下茎や殖芽で越冬(*3)するが、このあたりも一年草と多年草の違いが見えて興味深い。


(P)2015年9月 東京都北東部 湿地

埋土種子
 ミズネコノオは環境省レッドリスト2012では準絶滅危惧(NT)にカテゴリーされている。環境省RDBでは絶滅危惧II類(VU)なのでギャップがあるが、実際に野外でこの植物を見かける頻度で言えばII類は過大で準絶滅危惧は過少な評価であると思う。と言っても現在この中間評価がない(*4)ので仕方がない。
 前年の自生地に行けば出会う確率は高いが、まったく情報なしにこの植物を探すとなると相当苦労すると思う。一方、南九州の水田(*5)など「ある所にはわんさかある」という場所もあって、全国平均的な考え方でVU寄りではなくNT寄りと判断されたのかも知れない。少なくても関東地方北部に於いてはVUそのもの。

 近隣(茨城県南部)では2005年ぐらいまで見かける機会がなく、まさにVUクラスの植物であったが、以降複数個所の水田で見られるようになった。理由は環境変化による埋土種子の発芽であると考えられる。
 水田の環境変化とは気候変動でも耕作放棄の増加でもない。農業政策の変化である。護送船団方式(*6)により親方日の丸、肥料も農薬もバンバン使えるのが当然という時代が終わったためだ。簡単に言えば除草剤はコストを圧迫するので使用量を減らしたり全く使わない稲作農家が増えて来たという状況である。
 時を同じくしてシソクサやサワトウガラシ、ヒロハイヌノヒゲなど従来見られなかった植物が同所的に復活しているので原因は除草剤以外に考えられない。除草剤はその名の通り水田雑草を除草する効果があったということだが、逆に言えば埋土種子まで浸透して根絶することがなかった、ということ。単に時系列で考えれば、除草剤の使用が減少した1995年頃から上記植物が復活してきた2005年頃まで10年、毒が抜けるまで10年かかったと見るべきか、たった10年で影響を脱したと見るべきか。
 長年使い続けた農薬、化学物質はまだ土壌中に残留しているはず。残留分は湛水や雨水による流出、稲や雑草による吸収などにより徐々に希釈されているはずだが、具体的なデータは見たためしがない。そこで育てられたコメを食って大丈夫なのか、今更手遅れで追及しても始まらないが、ミズネコノオの埋土種子の発芽を見れば少しは心安らぐというもの。

 さて、ここまでの3枚の写真は「東京都北東部」とクレジットを入れているが、東京新聞などで記事になったように(2015年9月22日)東京都のミズネコノオ自生地はたった1か所、葛飾区の水元公園である。撮影地も同地だ。ここであえてぼかさなくても種明かしがされているので付記しておく。水元公園はオープン型なので出入り自由、24時間施錠しない入口が無数にあって無防備状態だが公園なので採集は禁止・・・と思いきや釣り人や網を持った子供もおり、その辺は緩やかなのである。この点、保全に関し同記事には面白い事が書いてある。(以下引用、東京新聞2015年9月22日)


都は「公園内の希少植物は、指定管理者が適切に管理すべきだ」との姿勢。指定管理者の公益財団法人「東京都公園協会」は、「団体の解散後、職員が管理を引き継いでいるが、限界がある」と明かす。協会は後継となるボランティア(*7)を募集しているが、なかなか集まらないという。
 今月上旬、自生地を確認すると、他の雑草に紛れてほそぼそとミズネコノオが花穂をつけていた。女性は「絶滅危惧種がこんな状態で放置されていいのか」と憤っている。


 くどいようだが「興味深い」のではなく「面白い」のだ。ミズネオノオは基本的に水田の植物であって、水田雑草である。稲刈りで踏みつぶされ、主軸を切断されて脇芽からかろうじて開花している姿を見慣れている身には真面目な議論に思えない。都や役所、三セクの丸投げ体質はともかく、「絶滅危惧種がこんな状態で放置されていいのか」と憤っている方には、ぜひ28km北東の我が家近辺の水田を見て頂きたい。存続は管理が条件ではなく、除草剤ですヨということが分かると思う。絶滅危惧種というワードでトキやムニンツツジ(*8)と同列に考えられてはミズネコノオも面食らうだろう。


(P)2015年9月 東京都北東部 湿地

自生と存続


水田の小型草体。2014年9月 茨城県 水田




 この問題、水元公園における自生と存続の話を少し掘り下げる。「面白い」以外に「興味深い」部分である。ミズネコノオが見られるのは公園の北側、菖蒲園と水生植物園付近だが、この一帯は移入植物が多いように感じられる。探査記録にも書いたが、埼玉県境となっている大場川に繁茂するコウホネはベニコウホネであり、正確な正体は不明だが、選別によって固定された地域変種ないし園芸種であるとされている。大場川に元々自生していた可能性は限りなく低く、植栽された可能性が高い。同様にこの河川に繁茂してるスイレンは園芸種である。また菖蒲園はカキツバタとノハナショウブを除き園芸品種である。これらは業者から購入したり菖蒲園同士のトレードなどで水元公園に来たものであり、土も同時に付いて来ている。

 公園なので植物の移入植栽の是非を論じているわけではない。こうした環境なので、意図して移入した植物以外は自生であると断定できないということなのだ。たとえば個人でハナショウブのポットを買ったとする。ハナショウブはもちろん美しく開花するだろうが、同時にポットの土から実に様々な野草範疇の水生植物が芽吹いてくる。家の近所のホームセンターで販売していたスイレンの土からは何とナガエツルノゲイトウが出ているのを見たことがある。(実話)

 何を言わんとしているのかもう分かったと思うが、植物を移入植栽している環境では様々な植物が一緒に入ってくるという事実、それが絶滅危惧種だろうが特定外来生物だろうが不思議はないということ。従って「絶滅危惧種がこんな状態で放置されていいのか」という議論は厳しく言えば的外れである。的に当てるためには水元公園のミズネコノオが元々自生であって、東京都ただ一か所の自生地であるという証明、エビデンスが必要だと思う。もちろん上記発言は純粋な自然を愛する心から出ている感じられるので否定はしない。
 もっと分かりやすく言うと、例えば私が茨城県南部の水田でミズネコノオを採ってきて向島百花園(*9)あたりに植栽したら「東京都二か所目」の自生地になってしまう。そのミズネコノオを対象に「絶滅危惧種がこんな状態で放置されていいのか」という議論が発生するのと同じこと。それはまったく意味を成さないし議論として成立しないことはご理解頂けると思う。

 水元公園の植物が園芸種以外も移入である事実も確認している。北部の菖蒲園、水生植物園ではなく、東南の生態園の話だが、ボランティアの女性の方とお話しさせて頂く機会があり、生態園のヒメコウホネに付いて「コウホネを発注したのに業者が間違えた」と言っておられた。また特に自生種に拘らず、見せるために移植しているとも。事実狭い一角にはアサザ、ガガブタ、トチカガミ、ミクリ、オニバス、タコノアシ、ヌアトラノオ、デンジソウ、実に多彩な水生植物を見ることができる。くどいようだが公園なのでそれは否定されるべきものではないし、植物園的なアプローチと考えれば利用者の利益にもなる。
 上記記事、新聞なので見た、聞いた「事実」を伝えるのは第一義だが、見えない、聞いていない事実、つまり考察を含めないと情報が真逆に伝わってしまう典型的な例と考え、蛇足ながら追記した。


屋外育成中のミズネコノオ 2005年9月 育成下でも開花結実を行うが・・ 同左

脚注

(*1) 土壌、水分、日照などの意味。本来一年草は開花結実しないと世代交代、種の存続が出来ないため、多少の育成環境の問題には関係なく花を咲かせる。また翌年には種から発芽して維持ができるが、ミズネコノオは条件が宜しくないと採集してきた草姿のまま枯死してしまうことが良くある。また開花しても翌年発芽しないことが多く、理由は本文にあるようなことではないかと考えている。

(*2) 水田の管理法に不耕起栽培というものがあり、日本不耕起栽培普及会なる組織もあるようだ。冬期湛水と組み合わせると大幅に発芽率が下がる水田雑草が多く、このことから耕起によって地中に潜り、ある程度の乾燥によって発芽率を上げる種類、つまり水田のサイクルに合わせた生態を持つ水田雑草が多いのではないかと推測できる。

(*3) 図鑑やネット上にはあまり情報がないが、ミズトラノオは冬季、アスパラ状の根のような芽のような殖芽を多数形成する。(地下茎ではない)翌春にはここから葉や根が出て草体となり、地下茎からの発芽分、実生株と併せて凄い増え方をする。

(*4) 以前のIUCN(国際自然保護連合 International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)レッドリストには保全対策依存(LR/cd)というカテゴリーが存在した。意味する所は保全対策が為されない場合に絶滅危惧種となる、というカテゴリー。2001年のIUCNレッドリスト(Ver. 3.1)以降は廃止されている。

(*5) 私は探査した経験がないが、以前宮崎県に在住していたフィルードワーカーの方によれば、場所によってはミズネコノオ、スズメハコベ、ミズマツバなどの希少種が折り重なるように生えており、所々ミズキカシグサやクロホシクサなど超弩級の植物が顔を出している夢のような水田が広がっているらしい。実現の機会はないと思うが、移住するならここだ!と思った。

(*6) 農協の力=農業地帯を票田としていた自民党、すなわち政策反映された彼らの意思、政府による赤字を無視した米の買い上げなど稲作農家に篤い一連の構造。昭和には国の3大赤字、3Kのひとつが米であった。(残り2つは国鉄、健保)米の護送船団方式は食糧管理法(1995年まで存続)によって法的な権源を持ち、国は多大な借金(国債)を残したが、高度成長が永続するという幻想の下に容認されたアホな政策であって、自由競争の原則から外れたものであることは批判されても仕方がない。

(*7) 新聞記事にある通り、都立公園とは言え実際は都が管理しているわけではない。雑草の防除、樹木の剪定、遊歩道や石垣などの小補修は外注業者、希少植物の管理などはボランティアが行っている。水元公園では日常的に見られる光景だ。
 記事で問題としているのは業者に除草を発注した場合、現場には都の管理者がおらず雑草・希少植物まとめて除草されてしまうのではないかという点。(都の管理者がいてもレベルがそこまで至ってなければ同じだが)しかし丸投げではなく、除草エリアは精密に指示し立ち合いを行わなければ完全な保全はできないし(本文の通り個人的にはやる意味はないと思う)、結果を追求しても無駄である。予算が潤沢な黒字自治体の東京都がなぜ金をかけて管理しようとしないのか、貧乏県の在住者としてはかなり不思議である。

(*8) 日本固有種、小笠原父島に1株のみ残ってる絶滅危惧IA類(CR)の植物。小石川植物園(東京大学大学院理学系研究科附属植物園)で増殖の試みが成されている。

(*9) 東京都墨田区東向島にある庭園。もともとは江戸時代に佐原鞠塢という商人が旗本屋敷跡に草花鑑賞を目的として開園した古い植物園である。狭いながら四季折々に様々な花が楽しめる公園で、入場料は有料ながら一般150円と良心的。春の七草の展示を見た際に、ホトケノザがその辺のホトケノザ(シソ科オドリコソウ属)ではなく、コオニタビラコ(キク科ヤブタビラコ属)となっていて感心した。(当然の話か)



Photo :  SONY CybershotWX300  RICOH CX5  Canon EOS KissDigital  SIGMA MACRO 50mm F2.8 EX DG

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