日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ミズマツバ
(C)半夏堂
Feature Rotala pusilla Tulasne

ミソハギ科キカシグサ属 ミズマツバ 学名 Rotala pusilla Tulasne
被子植物APGV分類 : ミソハギ科 Lythraceae キカシグサ属 Rotala
Rotala pusilla Tulasne
環境省レッドリスト2012 絶滅危惧II類(VU)

撮影 2014年10月 茨城県取手市 水田で採集
消滅と復活
 私が水田の観察を始めた15年程前、ミズマツバは憧れの植物の一つだった。当時、畦際まで綺麗に除草された水田が多く(*1)本種やミズネコノオ、ホシクサやヒロハイヌノヒゲなど希少な水田雑草はなかなか見ることが出来なかったのだ。それどころかアゼナやアブノメなど普遍的な水田雑草も少なかった。しかしこの状況は2005年頃から変化し、年々こうした希少種が復活するようになった。
 この現象はシードバンクからの発芽(*2)であることは間違いないが、意外なことに眠っていた種子が発芽した理由は「人間の都合」なのである。それは諸般の事情(脚注1参照)で米作りにコストをかけられなくなり、除草剤など高価な資材を削減するしかなくなったからである。逆に言えば「強力な除草剤でもシードバンクの種子までは根絶できなかった」ということの証明だろう。

 この現象は、草一本ない綺麗な水田を前にして「希少な植物を見たい」と熱望していた人間(私)にとっては嬉しい出来事だが、長期的に見れば喜んでばかりもいられない。
 客観的かつ、過去10年程の農業政策や稲作の状況の変化を考えれば、希少植物のシードバンクからの発芽はあくまでも過渡的な現象であって、水田崩壊へのプロセスに過ぎないと考えられるからだ。
 コスト削減が限界を迎え、就労人口の減少、高齢化、そしてTPPが本格化すれば稲作をやめる農家が続出するはず。農業の大規模集約は現状を考えれば「絵に描いた餅」である。TPPに対する反対意見を封じ込めるための稚拙かつ実現不可能な政策とも言えない「言訳」であると思う。今でも収支ギリギリ、下手をすれば赤字になる稲作農家に大規模集約、つまり生き残りをかけた競争を強いるのだろうか。結果として水田自体が消滅してしまえば植物もへったくれもない。食糧自給率の低下は言うまでもなく、日本最大の湿地である水田が極端に減少すれば生態系の変化や気候変動にもつながってしまう。ここまで検討されての政策とは思えない。厳しい見方をすればレベルの低い人間の「思い付き」であってまともな議論ではない。(脱線)

 市内水田で長年見ることのなかったミズマツバが水田一面にびっしりと繁茂している姿を見た際には感動するよりも正直呆気にとられた。長年対面を熱望した植物が自宅から徒歩10分ほどの水田を埋め尽くしていたのである。しかしこの水田は客観的に見ても必要とは思われない道路の新規開通工事に伴って消滅した。至近距離に踏切があるにもかかわらず立体交差の立派な橋を作った際に橋脚の位置にこの水田があったためだ。従ってシードバンクはコンクリートの下敷となり将来的にも復活の可能性はない。
 人為的な消滅はともかく、その後何ヵ所かの水田で復活を目撃したが、どうもこの植物は復活すればある程度定着するミズネコノオなどに比べ、安定しないようだ。その代わり思いもよらない場所でまた復活が見られる。このように複数個所で消滅と復活を繰り返す姿を見ていると、全体として絶滅危惧II類(VU)という評価は妥当だと思う。見たい時に見られない、去年の自生情報が役に立たない、少なくても北関東のこの一帯ではミズマツバはさながらロプノール(*3)の如き存在である。


(P)茨城県取手市の水田 橋脚建設前年に撮影

上記同地点 同左 シードンバンクからの発芽は一斉のような印象

抵抗と進化


遊水地に出現した株 茨城県土浦市

 除草剤の減少によるミズマツバの復活、実はこの表現は正しくないのかも知れない。水田に用いられる代表的な除草剤、スルホニルウレア系除草剤(以下SU剤)に対して抵抗性を持ったミズマツバが発見されているのだ。(参考)SU剤はアメリカのデュポン社が開発した除草剤だが、稲に対しては安全性が高くヒエを除く一年生、多年生雑草に有効という画期的な除草剤だった。
 SU剤は植物の根から吸収されるが、薬効の層を水田土壌表面付近に形成するため、根の深い稲(残念ながらヒエも)には安全なのだ。当時(発売は1987年)は選択性のある除草剤として画期的なものだったのだ。

 しかしこの優れた除草剤に対し、早くも1995年にはミズアオイ、1997年にはイヌホタルイ、2000年にはコナギと、抵抗性を身に付けた水田雑草が次々と発見されたのである。現在では他にもアゼトウガラシ、アゼナ、アメリカアゼナ、タケトアゼナ、ミゾハコベ、キクモ、キカシグサ、タイワンヤマイ、オモダカ、スズメノテッポウなどが抵抗性雑草として確認されている。中には抵抗性を身に付けた影響か、異常に繁茂するようになった雑草もあって、特にオモダカは「スーパー雑草化(*4)」して問題となっている。これだけ抵抗性を持つ雑草が増えては、しかもペースを考えれば今後も新たな種類が増えることが予想されるはず、すでに「画期的」な除草剤ではない。故に過去形なのだ。

 ミズマツバも2008年に山口県で抵抗性を持ったものが確認されている。私が北関東で見ているミズマツバも「除草剤が減少したため出現」ではなく抵抗性を持って繁茂しているものかも知れない。(明らかにシードバンク由来のものは違うと思うが)一見弱々しく、また分布も薄いこの植物が、コナギやオモダカのような強い暴れん坊雑草と同じ能力を持っているとは感動混じりの驚きだ。しかもミズアオイとともに絶滅危惧種でもある。
 この現象はしかし「抵抗と進化」ではない。除草剤出現後わずか数年で耐性を能力として身に付けるような急速な進化はあり得ない。SU剤に対する耐性の遺伝子を元から持っていた個体のみが残ることで、世代交代した子孫もすべてSU剤に対する耐性の遺伝子を持ってしまう、というメカニズムだ。進化ではなく「選択」である。残したい形質を持ったもの同士を交配させる園芸の品種改良でも用いられる手法と同じ仕組みである。
 遺伝子である以上、SU剤の登場のはるか前から耐性を持っていたはずだが、一体そのような能力を何の必要があって、どこで身に付けたのだろうか。こればかりは「論理的に」考えても解の出ない生物の不思議、突然変異(*5)という奴か。すでに何千年も前からSU剤の登場を予想して耐性を身に付けていたとは考えられない。自慢ではないが私なんざ明日のことも分からない。


(P)茨城県取手市の水田 市内東部、前項写真とは別地点

沈水と生存
 ミズマツバはアクアリウムで水草、つまり沈水植物扱いされることがある。私も以前開花前の株を水槽で育てたところ、まったく外観が変化しないキカシグサとは異なり、異形葉の形成を確認した。(右画像)しかし長期的に成長することはなく、数か月で枯死してしまった。
 外国産では「アラグアイア(*6)・ミズマツバ」という種があり、こちらの方は南米原産の多くの水草同様にやや特殊な環境(*7)を必要とするがアクアリウム・プランツとして育成が可能である。アラグアイア・ミズマツバはミズマツバと系統が同じ(熱帯産ミズマツバが史前帰化しミズマツバとして日本に自生)なのだろうが、挙動は多年草である。どうもこの辺の情報はアクアリウムサイドに偏っているので確実ではない。アクアリウム発の情報がいい加減ということではなく(多分にその傾向はある)商品名の付与が産地と懸隔している場合が多々見られるのである。外産ミズマツバは「アラグアイア」(脚注6参照)と名乗っているが、それはあくまで商品名であって産地を示さず、東南アジア産のミズマツバの可能性も排除できない。
 確かなことは在来種のミズマツバは一年草であって、長期的に水没して生育するような植物ではないということだ。一年草である以上、定義通り「暦年内に開花・結実」して子孫を残さなければならない。水中にあっては受粉できないのである。
 しかし同属のキカシグサと異なるのは、上記の通り水中で異形葉を形成することで(沈水葉とは断定できない)、どこかに多年草の遺伝子を残している可能性があるのだ。見解は分かれる所だが、我が国の水田に生える雑草の多くは史前帰化種とされ、稲作の伝来と共に渡ってきた熱帯・亜熱帯出身の「元多年草」である。熱帯・亜熱帯であれば種子により越冬する必要はない。水の中でも長期間生きていれば良いのである。この事が水中での異形葉形成の理由であると思う。史前帰化種とされる水田雑草には次のような例もある。

 シソクサはミズマツバ同様に水田に自生する一年草だが、短期間であれば水中で育成できる。水中では多くの場合気中葉と同じ対生〜三輪生のやや細い鋸歯の残る異形葉を展開する。要するに見栄えのしない「水草」である。しかしある時、画像のように多輪生の見事な沈水葉となった株があった。この株は他の株と異なり、数年間水槽で育成することができた。

 当時はシソクサの水中馴化の方法論としてアクアリウム的アプローチ、つまりpHやら硬度やら肥料やら照明やらという育成環境に要因を求めたが、考えてみれば同じ環境でこの株だけ多輪生しているわけで、これはまったくの見当違いであったと思う。
 おそらくこの現象はミズマツバのSU剤耐性と同じレベルの話で、水中での長期生活、つまりこの株が多年草的な生態を可能にする遺伝子を持っていた可能性があるのだ。東南アジア、特にベトナムあたりでは食用にするほどシソクサがあるようだ。いくつかの変種もあって、我が国のシソクサと同種、またはご先祖様である確証はないが、もしシソクサがベトナム近辺を経由して帰化したものであれば多年草的な生態、水中での長期の生活を可能にする遺伝子を持った株があっても不思議ではない。この意味ではミズマツバも水中生活に適応できる株が見つかるかも知れない。

 というわけで通常はミズマツバは沈水生活が難しい。一年草である以上、草体は生育期間から開花・結実までの3〜4か月の耐用期間しかないのだ。「論理的に」考えれば水没した際に悠長に沈水葉を形成して水が引くのを待つ、という生態はない。この意味で開花・結実期である8〜9月に中干し(*8)や稲刈のために水が引く水田は彼らにとって最適の生育環境なのだ。小さな滅びかけた雑草だがこうして考えてみると奥深く謎めかしい。ミジンコの遺伝子数は人間より多い(*9)というが、小さな雑草のこと、複雑な生活をおくる我々人間がすべて分かると思うのは僭越なのだろう。


(P)ミズマツバ異形葉(上)、シソクサ異形葉(下)

脚注

(*1) こうして考えてみると、ここ10数年の水田の変化は凄い。休耕田が増えたこともさることながら、傍目にもイヌビエの侵攻が凄まじく、収穫が心配になるような水田が目に付くようになった。理由は米価自由化、米戸別所得補償モデル事業など意図がよく納得できない農業政策と農家自体の高齢化だと思う。今後TPPによって更に荒廃が進むだろう。あくまで自宅周辺の話だが、雑草一本残らず除草された、手がかけられた水田は絶滅危惧種になってしまった。雑草見に行く奴が何言ってるんだ、と言われそうだが。

(*2) 正確には土壌シードバンク(Soil seed bank)、埋土種子集団とも表現される。植物の種子は生産量の一定比率(種によって違うがヒルムシロは97〜98%と言われる)を発芽能力を保持しつつ休眠させる。何らかの理由で発芽、成長したグループが結実前に絶えてしまった場合、種(しゅ)を絶やさないためのリスクヘッジであると言われる。シードバンクからの発芽条件はよく分からないが、本文ミズマツバの場合、除草剤の使用量減少が要因になっていると推測した。

(*3) 中国・新疆ウイグル自治区にある湖。タリム川という河川の終端にあるが砂漠地帯であるため、冬の雪解け水の供給が無くなると蒸散と砂漠への浸透で消滅する。またタリム川が標高差の少ない地帯を流れるため、度々流路が変わりロプノール湖の位置が変わる。また年によっては出現しない。このためロプノール湖は「さまよえる湖」と言われるようになった。

(*4) 除草剤に耐性を持ち(要するに除草剤が効かない)、繁殖力も驚異的に強い雑草。種として出現したわけではなく、在来の種が性格が変わって強力になったもの。有名なところではオモダカ。もともとは冷水環境に自生する植物で、寒冷地に多い植物だったが、SU剤の影響を受けて、つまり性質が変貌して全国に広がったという説がある。(2009年9月7日放映、NHK総合「クローズアップ現代 スーパー雑草大発生」)

(*5) 生物が突然変異によって従来見られない形質を獲得すること。自然突然変異 (natural mutation)、または偶発突然変異(spontaneous mutation) という。東日本大震災による福島の原発事故以前から東海村の原発付近では巨大化した雑草が見られる、桜の花に形状の異変が見られる、などの話があり(特にJCOの臨界事故後)放射能による遺伝子への影響も指摘されている。証拠写真もあるのであながち都市伝説レベルのものでもなさそうだ。ただしこれは人為的突然変異の範疇だろう。

(*6) ブラジルの河川の名称。アラグアイア川(Rio Araguaia)。ブラジルのほぼ中央部を南から北に流れる河川でアマゾン水系ではない。アラグアイア・ミズマツバがこの水系の植物かどうか不明なのは「オランダプラント」や「アルアナの夕焼け」と同じ。それほど産地情報にこだわる必要もないが、逸出定着の問題は付いてまわるので、いざという時に現地の自生情報が重要となると思う。

(*7) 特殊な環境と言うほどでもないが、酸性に傾いた水質(個人的にはそれだけではない、と考えているが)を維持するためにソイル底土を使用し、イオン交換効果がなくなる度に底土を交換するという作業が必要になる。ちなみに南米産の多くの水草以外に東南アジア産クリプトコリネ(サトイモ科クリプトコリネ属の植物)の一部も同様の環境で育成できる。

(*8) 水田と言いつつ乾田は水が入っている時期は限られる。特に田植え以降、水を張りっぱなしで放置すると土壌に還元鉄(二価鉄)や有害ガス、酸など稲の生育に有害な物質が発生し収量が減少してしまう。このため随時水を抜く必要があり、この作業を「中干し」と呼ぶ。特に出穂前の1ヶ月前後は稲にとって最も水分が必要ない時期とされ、この時期に根に酸素を供給することは収量の増加にも繋がると言われている。理屈はともかく近隣の水田(100%乾田)では必ず行われているルーティンであり、ミズマツバもこうした環境で自生している。

(*9) ミジンコは約31000の遺伝子を持つという。(人間は約23000)ではミジンコの方が人間より伸びしろがあるかというと実はそうではなく、遺伝子のなかには「ジャンクDNA」という役たたずが相当含まれており、そう簡単な話ではないようだ。まっ何万年か後にミジンコが世界征服する手塚治虫的世界は想像しにくい。

 

Photo :  SONY CyberShot WX300 α6000/SEL30M35 Canon PowerShot S95 Nikon E5000

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