日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ミズキカシグサ
(C)半夏堂
Feature Veronica undulata Wall.

ミソハギ科キカシグサ属 ミズキカシグサ 学名 Rotala littorea (Miq.) Nakai
被子植物APGW分類 : 同分類
環境省レッドリスト2017 絶滅危惧II類(VU)

撮影 2012年9月 自宅育成(fig1)

【ミズキカシグサ】
*小ぶりなヒメミソハギのような「ありがちな」ミソハギ科植物だが、いざ探してみると関東近辺では見かけない。「これは!」と思うとこれまでは100%成長不良のヒメミソハギだった。草体の雰囲気は似るが花の付き方が全く異なるので誤認することはないが、逆に可能性としては激しく低いが未開花時期にヒメミソハギだと思ってスルーしているかも知れない。
 自生の情報を総合すると本種は近畿以西に偏っているようにも思える。関東近辺では田んぼ巡りを20年続けているがいまだにお目にかかったことはなく、本稿の画像は頂いた標本、並びに標本から採取した種子が発芽した株のものである。自生写真は同好の方が滋賀県で撮影されたものである。ほとんどの水田雑草は自生を見たと思うが、いまだに未見であり、くたばるまでにはぜひ出会いたいと思っている種類の一つである。

■幻植物

 滅びかけた水生植物で幻レベルになっている種はいくつかあるが、カラフトグワイ(オモダカ科、絶滅危惧IA類(CR))やヒメイバラモ(イバラモ科、絶滅危惧IA類(CR))などはその代表だろう。ピンポイントで自生場所が分かれば見ることは適うだろうが、犬棒でそのあたりを力業で探してもおそらく一生お目にかかることはない。
 本種、ミズキカシグサはそこまで行かないまでも「ほぼ幻」。私にとってはカラフトグワイもミズキカシグサも関東地方で見られる可能性がない点では同じである。(ヒメイバラモは自生地を教えて頂いたので時間と金をかければ見られると思う)ミズキカシグサの場合、幻であることを強く認識させられるのは植物図鑑としては老舗の「日本の野生植物U」で誤認が発生注1)していること。
 最近になって個人ブログやWebサイトにも本物が数多く掲載されるようになったが、これまでいかに情報が少なかったか、というと私のショボいブログのタイトル「ミズキカシグサ」が検索でヒットして 訪問される方が多かったことでも分かる。ここ何年か更新もしていないが、ありがたいことだ。


(P)2011年8月 滋賀県 撮影・著作権 藻草様


■水田雑草

 上記のように自分では自生を見たことはないが、実際に見た方の情報を見ると主な自生地は水田(休耕田)であるようだ。近所の水田でもキカシグサ属植物を見ない事はない。残念ながら近年はアメリカキカシグサだらけ、たまにキカシグサ、稀にミズマツバってところ。ミズマツバも一応絶滅危惧II類(VU)なので同ランクのミズキカシグサならもしかして、と思いつつ20年。(分布情報に付いては後半で)
 同じキカシグサ属でも希少度の濃淡はあるので一概には言えないが、ミズキカシグサも本質は水田や休耕田に生えるキカシグサ属の植物である。ただしミズマツバは明らかにキカシグサよりも除草剤の影響を受けやすく、ミズキカシグサがさらに除草剤に敏感な種であれば、いわゆる「自然度の高い」水田限定の植物となるだろう。もともと米を生産するための人為的な環境である水田に「自然度」もへったくれもないと思うが、雑草側から見れば要はそういうこと。生産現場として「適切な」管理が成された水田では絶滅危惧種クラスの植物がなかなか見つからない事も事実だ。

 となると本種ミズキカシグサはもちろん、ホシクサ属の希少種やその他絶滅危惧種植物が当然のように同居する宮崎県の水田注2)などは「適切な管理」が成されていないのだろうか?宮崎県の農業統計を見ると米の生産量は83,700トン、全国都道府県32位である。順位としては下位クラスだが、これをもって「適切な管理」が成されていない、とは言えないだろう。脚注2で書いた通り、伝え聞く話では関東地方の水田と表面上は何ら変わらない。正体不明の「自然度」という概念に付いて除草剤をシンボル的に書いたが(宮崎県の水田が除草剤を使用していない、という意味ではない)、それ以外に何か未知の要素があるに違いない。それが分かれば苦労(趣味上の、だよ)はしない。

■水田の謎

 未知の要素は分からないまでも、不思議な現象は目前にある。当地周辺ではどこにでもある、とは言えないミズネコノオ、ホシクサ、ヒロハイヌノヒゲ、サワトウガラシ、アブノメ、ミズマツバ、スズメハコベ、これらが生える水田は概ね決まっている。しかし残念ながらそれは規則性もないし明確な判別点もない。ある一枚の水田で一面にミズネコノオが広がっているが、畔をひとつ越えた隣の水田では影も見えない。見た目には畔で区切られているだけで何の相違もない水田で、だ。オーナーも同じ、管理方法も同じ、何が違うのだろうか。
 この謎は10年以上考えても解けないのでたぶん解けることはないだろう。乾田と湿田のようにパターン化できれば今後の探査にも役立つのだが、依然として「しらみ潰し」のローラー作戦しか思い付かない。もちろんバリバリに管理されて雑草一本見えない水田でミズキカシグサが見つかることはないと思うが、今や米価と管理コスト、そして就農人口の高齢化によって「バリバリの管理水田」が絶滅危惧種になってしまっている。ますます区別が付かない状況となってしまっているのだ。

 自然界では分かっていることより分かっていないことの方が多い、という話があるが、日本人が2000年近く付き合ってきた身近な存在である水田がこれほど謎に満ちた場所であることは意外だ。この水田の植物相は非常に興味深いが、想像するだけで遠大なテーマで、膨大なフィールドワークの蓄積と分析になることが容易に想像できる。自分に残された時間では決着しそうもないので遺憾ながらこれ以上の踏み込みはしないことにする。

復活
■標本

 コレクター的傾向がある自分は、極力モノを集めないようにしているが、カメラやらアウトドアの道具やらはどうしても集まってしまう。最近は断捨離注3)を行なうようにし、これら集まったモノのうちあまり使わないものは売ってしまうようにしている。しかし集まっても売れないモノの代表選手である植物標本は手を出すと大変なことになるのが分かっており、意識して手を出さないようにしている。
 しかし世の中の正統派の植物マニアから見ればこういうのは異端であって、植物に関するWebサイトを主催するほどのマニアであれば当然植物標本を集めている、というのがディファクトスタンダードである。

 てなわけで西日本のある方から頂いたのが右画像の標本だ。集めてはいないがせっかくのご厚意であり、これは現在も大切に保管してある。


(P)2011年10月 ミズキカシグサ標本 滋賀県産(fig2)


■種子

 それはともかく、この完全に乾燥したミズキカシグサの標本から大量の種子が脱落していることに頂いた翌年気が付いた。シラミか何か虫でも発生したのかと思う程の小さな種子。しかしこの時点ではただでさえ情報の少ないミズキカシグサ、さらにその種子が乾燥に耐えて翌年発芽するか、なんていうピンポイントの、一般的に見ればどうでも良い情報が世の中にあるはずがない。しかし幸いなことに実験材料はあるので自分でやってみれば少なくてもこのニッチな疑問は解決する。
 マテメソ注4)って程のものではないが、ミズキカシグサが水田雑草であるとの仮定の下に用土は荒木田土、自生水田が耕起するのかしないのか不明であるので一部は覆土、一部は直蒔注5)にし、これまた水田雑草として冠水はさせずに鉢を腰水に。植物を趣味にして分かったことだが、人為的環境での発芽はそんなに簡単なことではない。特に水生植物は条件が厳しいと思う。従って考えられる限りの環境設定を行う必要がある。発芽条件が「考えられる限り」の範囲外にあれば発芽は失敗、技量不足ということである。
 結論を先に書けば見事に発芽したのである。この記事にある株の画像はをその際のものだ。これまで種子の状態で頂いたもののうち、ロッカクイやマルミスブタは発芽しなかったので人為的に採取した種子は保存状態や発芽環境次第で発芽率が低下するであろうことは認識していた。すんなり行ってしまったこれは新鮮な驚きであった。自分で考えてその通り物事が進んだ際に天狗になる人間と驚く人間がいるが、謙虚な私は後者なのである。

■休眠

 標本の元株のあった滋賀県の水田(休耕田)の画像は見ていたが、いわゆる乾田っぽかった。乾田であれば秋〜冬は水が無く完全な乾燥状態となる。標本として乾燥状態にあった種子だが、この中にも一定比率は埋土種子注6)として休眠する可能性もあるかと思い、翌年も播種したが(つまり2年もの)これは発芽する事がなかった。この挙動(あくまで今回の種子の、という意味。一般化するには材料が少なすぎる)から考えられることは、

(1)結実後の乾燥状態は問題がなく、翌年発芽環境(水分、光)が整えば発芽する
(2)休眠に入ったと考えられる種子は目覚めのスイッチが入りにくい
(3)それ以前にミズキカシグサが埋土種子を形成するかどうかは不明
(3)また人為的な保管環境注7)で休眠に入るかどうかは明らかではない

ということが言えるだろう。(3)と(4)を考慮に入れなければミズキカシグサが見られない理由が何となく分かるような気がする。くどいようだが「気がする」話であって事実であると確定したわけではない。ただ、発芽条件が微妙な植物は他にもあって、ヒルムシロなどはその最たるものである。発芽率が2〜3%、では何のために結実しているのかと言いたい。ヒルムシロは多年草であるし地下に形成する殖芽からの発芽はほぼ100%であるので種子は単なるリスクヘッジであるという見方もできる。これを生き残り戦略と見ればミズキカシグサは一年草ながら種子の大部分を埋土種子として残存させ、極めて幅の狭い条件下ではじめて発芽させる、という不連続の生き残り戦略、つまり将来どこかで復活するオプションを採用していると考えられなくもない。

 結論とも言えない結論であるが、(1)の事象はミズキカシグサが乾田で生きる植物であることを示唆している。もちろん水分の有無が種子の翌年の発芽に影響を与えていない可能性もあるだろう。従って「乾田でも」かも知れない。(2)は過去自生があった水田・休耕田では復活の可能性があることを示している。種子の形状を考慮すれば寿命は他の水田雑草並み、30〜60年程度だろうが、スイッチが入れば発芽するはずだ。

 自分が2012年に播種のために用意した環境と時期がたまたまストライクであったという可能性は高いと思うが(発芽のための薬品注8)などは使用していない)、ミズキカシグサが「発芽しても環境が宜しくない」と思えばそれはボール球、発芽しないか、ごく少数の種子が発芽する程度というストーリーはどうだろうか。それが自生地画像で見られる群落にならない姿を裏付けているような気がする。これも「気がする」だけであるし、単なる現象面の評価に過ぎない。一言で表現すれば「分からない事が分かった」程度で申し訳ない。

分布
■意外な情報

 冒頭で書いたように、関東地方では相当数の水田や休耕田を調べている自分もミズキカシグサは「幻」級の植物であると思っている。しかし意外なことに国立環境研究所の日本のレッドデータ検索システムでは群馬県、神奈川県では絶滅ながら、栃木県で絶滅危惧T類、茨城県が絶滅危惧U類になっているのだ。レッドデータに納得が行かないのは毎度の話であるが、これだけ県内を探し回ればU類程度の植物は見つかっているはず、どう考えても辻褄が合わない。
 さらに辻褄が合わないのはこれだけ目撃例も写真も残っている宮崎県が空欄になっていること。これは「普通にあるので絶滅危惧種になっていない」という意味ではない。リンク先を見て頂ければ分かるが、関東地方では千葉県、埼玉県、東京都も空欄である。意味はもちろん宮崎県と同じではない。
 とりあえずこの情報を信じるとすると、関東地方でミズキカシグサが見つかる確率が最も高いのは我が茨城県、次いで栃木県、その他は絶望という状況だ。ただ、これは正確な情報ではないと思われる。


(P)2012年9月 葉脇に一つ付く小さな花(fig3)


■分布情報

 このレッドデータの情報が全く信じられないかと言うとそうでもなく、多くの方がネット上に画像を上げている撮影地としている滋賀県は準絶滅危惧で、言わば妥当な所だと思う。どうも非現実的なランクの都道府県と妥当な評価の都道府県が混在している印象であるが、これにはそれなりの理由があると考えている。
 それは各都道府県の環境行政の温度差であると思う。前記した都道府県、特に関東各県の姿勢を示せば(他県の何がどう、とは言えないが)無視、適当、妥当、精密などに分かれると思う。これまでの手口、姿勢などを勘案すれば誠に遺憾ながら我が茨城県は「適当」である。日本語が難しいが、適当=適切ではなく「いい加減」てことだ。なにしろ私は県内で最も水田の雑草を見ている人間の一人だと自認しているが、その私が県北から県南部まで20年間かけて水田休耕田を見て来て見つかっていない植物が果たして絶滅危惧U類で良いのでしょうか?という意味。それとも私の探し方が悪い?他の同ランクの植物の発見頻度、さらにミズキカシグサが水田の植物であることを前提にすればそれないな。

 この個人的経験からのみ「いい加減」と指摘しているわけではない。このWebサイトでも記事を上げているが、大きなところではふじみ湖(ふじみ湖問題Revival)、霞ヶ浦導水路(霞ヶ浦導水路)、常陸川水門もそうだ。国の管轄であっても地元自治体の発言権は少なからずあるはずだ。さらに中小の事例を併せれば茨城県は環境行政の面で相当やらかしている。その骨子というか方向性は一貫しており、土木工事優先である。日本全国から急速に姿を消しつつある、あるいは形を変えつつある「みんなで潤う公共工事」がまだ伝統的な形で生きている。それが何より証拠には土木工事を伴わない霞ヶ浦の浄化や外来種の防除にはさほど予算を割り振っているようには思えない。
 本音を言えば、これだけ熱心に自然破壊を推進する体質の県が、たかが「雑草」の分布に熱心に取り組むとは到底思えない。各市町村も口だけは多様性の担保やら何やら言っているが、納税者としては「やる気がない、やるつもりがない事なら最初から言うな!」と言いたい。日本一魅力のない県注9)にはそれなりに理由があるってことにそろそろ気が付いて欲しい。・・・いつの間にか脱線した。

植物体
■名は体を?

 キカシグサ、と名付けられた植物のうち現時点で国内に自生しているのは本家キカシグサ、ヒメキカシグサ、アメリカキカシグサ(外来種)、ホザキキカシグサ(南方種)、そしてこのミズキカシグサである。共通する特徴としては対生の葉(十字対生注10)を含む)、葉腋に花が一つ付くことである。(詳しくは当Webサイト内、ミソハギ科マニアックス第一部Rotala編を参照)キカシグサ属には他にミズスギナとミズマツバがあるが、こちらは輪生葉のグループである。(花の付き方は同じ)
 これらの植物のうち、ミズ=水、を名乗る3種、すなわちミズキカシグサ、ミズスギナ、ミズマツバはその名の通り親水性が高いのか、つまり水草として生育しているのか、というとミズスギナ以外は実態は異なる。和名にケチを付けても始まらないが、ミズキカシグサは水+キカシグサである。ではキカシグサが水と縁のない生活をしているかというとそれは違う。早い話、ミズキカシグサもキカシグサも生活様式としては同じようなものなのだ。


(P)2012年9月 自宅育成(fig4)


 ミズキカシグサがそこにあえて「水」を冠した理由は分からないが、河川湖沼の水中を、沈水化したミズキカシグサの姿を探してもたぶん一生見つからないだろう。キカシグサ属で明らかに水中生活が可能なのは自分が確認した限りではミズスギナとアメリカキカシグサだけである。未確認であるが、ホザキキカシグサ=アクアリウムのロタラ・ロトゥンデフォリア(Rotala rotundifolia)とすればこれも含まれる。ミズマツバはかなり怪しくキカシグサは相当怪しい。
 遠い過去に沈水植物であった歴史があったとしても、水田に生える植物が沈水生活に適した遺伝子を保持しているのだろうか。(退化、用不用説、エネルギー分配説)保持していたとしても普段は必要ないので発現するには相当ハードルが高いはずだ。(エピジェネティクス)というわけで、ミズキカシグサは屋外、屋内とも水中生活に馴化することはなかった。結果的に名は体を表わさなかった。

■特徴

 ミズキカシグサの特徴は一言で表現すれば「ヒメミソハギのような葉を持った全体的に三角錐状の草体の植物」と言える。葉の形状はヒメミソハギ、特に矮性株のものにそっくりで、希少種でありながら既視感があるのはこのためかも知れない。葉は成長点に向かって小ぶりとなり、全体的な印象が三角錐状となる。ただしこの特徴が明瞭になるのは日照条件など優良な生育環境の場合のようだ。自宅で育成した際には条件があまり良くなかったためか緩やかな三角錐状になり、開花前はそれこそヒメミソハギにそっくりな草体であった。このレベルの草体は誤認が発生しても不思議ではない。
 自生地での画像を見るとよく分岐しているが、自宅では分岐は見られなかった。これも生育条件によるものと思われる。分岐枝の成長も草体が全体的に三角錐状に見える要素になっている。

 草体は同条件下ではキカシグサより大型になるとされる。草丈は10〜30cm長、葉の表面には光沢があり披針形で葉柄はなく、大きな葉は長さ2cmを超える。花は前述のように葉腋に単生する。花柄はない。この記事の画像のうち花や実が付いたものをご覧頂きたいが、葉腋には「もれなく」付いており、種子生産性は良好のようだ。結実した果実は大きく、葉とのバランスが不自然で別の植物のように見える。

 前述のように分布情報を100%信じているわけではないが、同ランクのミズオオバコも時間と労力はかかったが地元近辺で何か所か探し出すことが出来た。幻を現実にすべく探し出す努力を続けようと思が、自宅周辺にはすでにアメリカキカシグサが大々的に侵入しており、どう考えても生態的地位注11)が同じミズキカシグサは、あったとしてもすでに危うい状況かも知れない。首尾よく発見出来たら画像とともにこの記事をアップデートしたいと思う。

脚注

(*1) この図鑑に掲載されたミズキカシグサがヒメミソハギであることはあまりにも有名(と言ってもマニアの間での話だが)であるが、それは1982年版の古い図鑑での話。2016年に全面リニューアルに近い改訂が行われ(写真の差し替え、分類のAPGへの変更など)内容が見直されているはずだが、残念なことにいまだに確認出来ていない。現在の行動範囲では1分冊が2万円以上する高級書籍を扱っている本屋や設置してある図書館がなく、確認しようと思いつつも果たしていない。当サイトを含め、様々なサイトで誤認が指摘されており、平凡社の名誉の為にも(と言っても利害関係はないが)早めに確認したいと思う。

(*2) かなり前に宮崎県在住の同好の方から大量の希少植物を頂いたことがあった。何枚かの水田で採集したというミズネコノオ、ミズマツバ、スズメハコベ、マルバノサワトウガラシ、希少種ホシクサなどなど。ほとんど絶滅危惧種クラスで30種類にも及ぶプレゼントであった。その際のやりとりで水田の様子を伺うことができたが、アウトラインは家の近所の水田と変わらず、その豊饒さの理由はいまだに謎のままである。ちなみに水田産ではないが、この時一緒に送って頂いた2cm程の種名不明のイヌタデ属植物(その後の調査でフトボノヌカボタデと判明)の苗は10数年経過した現在、数100倍に増殖し、水草として全国に旅立った他、自宅のタフブネで他種と覇権を争っている。

(*3) もともとは沖正弘というヨガの思想家が20世紀に唱えた概念。ヨガの行法、断行・捨行・離行を応用し「要らないモノは買わない、もらわない(断)、要らないモノを捨てる(捨)、モノに対する執着から離れる(離)」という考え方である。2010年頃にブームとなった考え方で、同年の流行語大賞にもノミネートされている。考え方自体は賛成であるし、長距離の野歩き移動を行う際には少しの荷物の多寡の差が疲労の蓄積や移動範囲に大きな影響を与えることも経験上分かっている。しかしこのブームの何年か前、ケニアのワンガリ・マータイ氏が提唱した「もったいない」がブームになっている。移ろいやすい世の中とは言え、日本人のメンタリティはどうなっているのか、とも思う。

(*4) Material and Method、直訳すれば材料と方法。何らかの科学的発表(水辺雑草の世界も自然科学分野には違いない)を行なう際に、どのような材料と方法を用いて成果を得たのか明らかにするのがマナー。マテリアル&メソッド、略してマテメソと呼称する。ただし不確実性が高く科学的検証が未成熟な分野、例えばアクアリウムの世界では同じマテメソを用いても同一の結果を得られることが稀であり、よく総括に用いられるのは「水槽毎に条件が異なる」という言葉。であれば最初からMaterialもMethodも関係ないような気がするが、どういうわけかこの世界では○○社の△△を使用したらこうなった、という情報が重視される。そして期待した成果が得られなくても、水槽毎の条件の相違とか管理者のスキルなど数値化できない、つまり検証不可能な原因に帰されてしまう。メーカーや販売者の思う壺とはこのことを言うのだろう。

(*5) 発芽条件に光を必要とする植物種子を光発芽種子、または好光性種子、明発芽種子とも呼ぶ。当然ながら覆土してしまうと光が届かず発芽率が極端に落ちる。これに対し、逆に光が発芽抑制要因となってしまう植物種子もあり、これは暗発芽種子と呼ばれる。これは人為的に育成する場合、覆土しないと発芽しない。この性格の分岐点が植物科や属によって決まっていれば話は簡単だがそうはいかない。野菜など栽培植物は種毎に分かっているが(ある意味当然の話)、むしろ発芽しない方がありがたい水田雑草などはあまり情報がない。ただし、不耕起冬季湛水水田では水田雑草の発芽が少ない、という報告もあり個人的には水田雑草の多くは光発芽種子ではないか、と思う。
 自宅での実験時、用土で覆土したものと表面に撒種したものと半々程度であったが適当に行なって記録もしていなかったので発芽した際にどちらなのか分からなくなってしまった。従ってミズキカシグサに付いてはどちらなのか現時点に於いても不明である。

(*6) 埋土種子はどのような環境が必要であるのか正直分からないが、例えば水田の土壌中のような条件だとすれば(酸素量少、水分量多)、少なくても標本状態(酸素量普通、水分量なし)とは真逆の環境であり、そのままの状態で何年も保つとは考えにくい。一方、休眠状態の種子は酸素も水分もほぼ必要ないはず、と思うので復活しても良いような気もするし、この辺は種類によって異なるのだろう。極端な例では2000年前の種子から発芽した大賀ハスがあるが、埋土の状態は元々の湿地帯の泥炭地、種子の形状も固い殻に守られたものであり、ケシツブのように小さなミズキカシグサの種子とは比較にならない。

(*7) 人為的な保管環境、自分もこのミズキカシグサのように標本状態のまま積んであるもの、種類ごとに整理してタッパーに入れたはよいがそれ自体の存在を忘れていたものなど、ある意味「保管」しているが、シードバンクと最も異なるのは「水分」だろう。休眠状態の種子がどの程度水分が必要なのか不必要なのか全く分からないが、自然状態の土壌は雨も降るだろうし湿地であれば冠水もするだろう。
 野菜や園芸植物の種子は紙袋に入れて販売しているが、この手のポピュラーな植物はこの保存方法での「有効期限」が分かっており、ネギ、タマネギ、ニンジン、ミツバなどでは1〜2年と言われている。一方、トマトやナス、スイカなどは6年以上保つとされており、種によって異なる。感覚的には小さな一年生水田雑草はミツバなどに近いかも知れない。(根拠はまったくない)
 この点、本職(農家)に聞くと「高温と湿度がまずい、冷蔵庫に入れるべし」という回答が返ってくるが、発芽条件には温度と水分が含まれるので、エネルギーを消費して劣化が進むという論理の裏付けはできる。しかし埋土種子の場合はそうした条件に常時晒されているわけであり、結論としては全く分からん、というのが妥当なところ。

(*8) ホームセンターやアマゾンでも売っているCX-10(日本カーバイド工業)、シベレリン(協和発酵バイオ他)など発芽促進に使用するものは多々ある。なかでもアクアリストになじみがあるのがメネデール(メネデール社)で、それらしい商品名であるが、考えるに「芽根出る」というオヤジギャグではないかと思う。同じようなタイプの商品でHB101(フローラ社)というものもあるが、使用者によって「どっちが効く」「こっちは効かない」という話がつきまとう。これは「農薬」とか「薬品」というと成分や効能が求められるが、単なる「活性剤」であれば結果は問われない、ということだろうか。要するに自分が信じるものを使えば良いわけで、加持祈祷とレベル的に変わらない話になってしまうが「信じる者は救われる」という言葉もある。

(*9) 「都道府県魅力度ランキング」なる余計なお世話のランキングでは2018年まで我が茨城県は6年連続最下位である(どんなもんだい)。この調査を実施したのはブランド総合研究所という所だが、魅力の要因は(1)世界遺産の有無・数(2)大河ドラマや連続テレビ小説の舞台になっているか(3)スポーツ(4)国際的なイベント、などであるという。ランキング集計はおそらく無作為のアンケートであると思うので、どんな魅力があっても回答者が知らなければ意味がなく、ランキングには反映されない。「連ドラのひよっこは茨城だぞ」とか「鹿島アントラーズがあるぞ」と言っても知らない人は知らない。全国的には鹿島が何県にあるのか知らない方が多いのではないだろうか。
 個人的にも茨城県内では見るべき植物も少なく、最近の野歩きは栃木県や千葉県への遠征が増えているわけで、意外と「魅力のない県」の評価に納得したり。しかし「最も魅力がない」と言われても家を買って住んでいる以上どうしようもない。住んでいる人は「住めば都」でそれなりに楽しく生活しているわけで、その意味では本当に余計なお世話だ。

(*10) 植物の葉の付き方のうち対生の一つ。対生は茎に対し葉が向い合せ(180度)に付くものだが、次の対が90度ずれることで、真上から見ると十字に見えることから十字対生と呼ばれる。上の葉の陰になりにくいので光合成には有利だろう。植物の知恵。葉の付き方としては他に互生、輪生というよく見られる様式の他、偽輪生(元々対生か互生だが間隔が詰まって輪生に見える様式)やコクサギ型(互生だが2対づつ左右に付く様式、コクサギ、サルスベリなどに見られる)など耳慣れない様式もある。十字対生は様式美があって植物体が美しいと思う。

(*11) 何度か解説しているが、元々はダーウィンが「自然の経済における地位」と定義したものを具体化した概念で一言で表現すればニッチである。生態的地位を持っている生物はその環境のリソースを優先して使えるはずだが、弱肉強食の動物であればその通りだが、植物の世界では理屈通り行かない現象が多く、例えば生態的地位どころかよく見ないと区別も難しいアゼナ、アメリカアゼナ、タケトアゼナが仲良く共存していたりする。里山近辺の水生植物には純群落というものが見られないので、他種に対する許容範囲が広い生態的地位なのだろう。


【Photo Data】
・RICOH CX5 *2012.9.15(fig1,fig3,fig4)
・PENTAX OptioW90 *2011.10.18(fig2)

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