日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ミクリ
(C)半夏堂
Feature Sparganium erectum Linn.

ミクリ科ミクリ属 ミクリ 学名 Sparganium erectum Linn.
被子植物APGW分類 : ガマ科 Typhaceae ミクリ属 Sparganium
環境省レッドリスト2019 準絶滅危惧(NT)

撮影 2015年6月 茨城県取手市 農業用水路(fig1)

【ミクリ】
*ミクリは水辺ならどこにでもあるような気もするが今や絶滅危惧種である。イメージ的に普遍に思えるのは開花・結実期以外の草体のイメージが、それこそどこにでもあるガマ(ヒメガマやコガマも含み)に似ているためかも知れない。似ているどころかAPGV分類から「ガマ科ミクリ属」となった程なのでもともと遺伝的に近い植物群であったということだ。
 どこにでもあるガマ(広義)との違いは推測ながら種子の伝播方法の違いによるものかも知れない。タンポポのように綿毛を付けた種子を風に乗せて広範囲に着弾するガマと異なり、ミクリの場合は種子はその場に落ちて、版図を広げるとすれば水流に運ばれる程度。水辺環境の悪化という逆風をモロに受ける立場であって、それが絶滅危惧種となった理由ではないだろうか。まずはそのあたりの「事情」から考えてみたい。

*初出 2017-08-27 改訂 2020-06-13

見えない差
■ガマとの相違

 ミクリ科はAPGV分類以降では転科しガマ科ミクリ属となった。未開花状態の草体はガマに近似するが、花序の付き方、花の形状や果実種子など見た目ではガマ属とは相当な距離も感じられる。もともと「見た目での分類注1)」が旧分類の基準であるのでこれは当然の話だが、ゲノム解析してみれば実はガマ属の植物と非常に近い植物であった、ということだ。

 自生の場所や生態的地位を見てもミクリ属の植物はガマ属の植物と完全に被る。農業用水路で抽水したり、ため池畔に群生したりと自生のパターンがほぼ同一である。ガマ属はこうした環境に加え、休耕田や人為的な工事等によって出現した裸地などでパイロット植物注2)的に蔓延る姿を見ることができる。また冒頭書いたように版図を種子によって容易に広げることができる。ミクリが絶滅危惧種となった理由の一つとして、生態的地位が被ることとガマ属の持つ生命力の強さがミクリ属を追い詰めている可能性もあるのかも知れない。植物の世界、同じガマ科の仲間であっても生存競争には容赦がない。


2015年6月 千葉県松戸市 池の浅水域に自生する(fig2)


■環境適応

 強靭な、しぶとい雑草イメージのガマ属と絶滅危惧種の多いミクリ属、遺伝的な距離が近いとされながら、どこに差があるのだろうか。ガマ属を考えれば種子生産性や種子散布など、子孫を残す能力に於いてミクリ属どころか他の水生植物を含めてもトップクラスであることは容易に想像できるが、版図を拡大する能力以外にも個々の株が前述のように「しぶとい雑草」クラスの生命力を持っていることも実際の水辺を見れば容易に理解できる。ミクリは無い場所の方が多いがガマはその逆である。

 とは言え。ミクリは水田の基盤整備や水路のコンクリート化、除草剤の使用などの人為的な減少要因以外の環境変化には強い。公園の水辺など前述のマイナス要因がない水辺ではすぐに群落となり絶滅危惧種らしからぬ一大勢力となる。また意外と知られていないが、一定環境下では沈水葉となって生活できるのである。一定環境とは湧水起源など水温がある程度安定している河川や(関東地方ではこうした環境ではナガエミクリが多いが)、人為的な水没環境、つまりアクアリウムなどである。ガマ(広義)にはこうした能力はなく、環境適応力という点ではミクリ(広義)の方が優れていると言える。
 ミクリは自然下では時に草丈が2m程にもなる大型の植物だが、アクアリウムでは60cmのレギュラーサイズの水槽注3)(高さ36cm)でも収まる美しいテープ状の水草になる。同じテープ状のバリスネリア(トチカガミ科セキショウモ属)に比べるとやや硬質で光沢があり、個人的な好みから言えば観賞するにはミクリの方が好ましい。アクアリウムプランツとしてはあまり知られていないが、同じような位置付けのカンガレイとともに意外性がある植物である。
 一般に単子葉植物は双子葉植物から進化注4)した、とされるが進化の過程でそれぞれ存続にあたって最適と考えられる能力を身に付けているはず。この点ではガマ属よりも精緻なシステムを持っているはずだが、草体を変化させて生き延びる精緻さではなく、生きる場所を選ばない能力の方が現代の自然には合致していたという結果が「差」に現れていると考えるべきだろう。

 日本植物生理学会では幅広く植物に関する質問を募集し、専門家が良質な回答を付けて公開しているが、単子葉植物と双子葉植物に関する回答では次のような見解を示している。(下記「」内リンクサイトより一部引用)

単子葉植物のなかでも祖先に近いと考えられている植物群(例えば、ショウブやオモダカの仲間)は今でも水の中や湿地で暮らしています。そこでは冬や乾期(熱帯)になると、植物は葉を枯らし、栄養分を貯めた地下茎で休眠します。水の中は、植物の休眠場所としてもっとも安定した穏やかな環境と言えるかも知れません

 この説に従えばガマもミクリも「単子葉植物のなかでも祖先に近い」植物で、水辺に居るのは「安定した穏やかな環境」を求めて、ということだ。逆説的ながらガマがミクリより強いのは、水中を捨てて上陸する過程にあって、陸上で阻害要因となる様々な環境変化に適応しているからではないだろうか。これも目に見えない「差」であると思う。

構造


2020年5月 東京都葛飾区 密度の高い群落の中に多数の花穂が見える(fig3)

■受粉優先

 ミクリは多年草である上に雌雄同株、雌雄異花である。しかも花穂の構造がオモダカに近く、おそらく自家受粉ながら受粉できない、ということはないはずである。このことはミクリが存続を優先し、根茎でも種子でも確実に命を紡ぐことを選んだことを意味する。
 元々多年草であるので環境要因以外に絶えることはないはずだが、確実に結実する構造をしているということはそう考えざるを得ない。上の画像のような密度の高い群落であれば他家受粉もあるはずだが、これは群落の成立要因を考えた場合、そそらく実質的には自家受粉である。元は同じ遺伝子の株か、年月により同じ遺伝子を持つ群落になっているはず。すなわちミクリにとっては最早、多様な遺伝子は必要ない、ということか。たしかに日本植物生理学会のFAQにあるように「植物の休眠場所としてもっとも安定した穏やかな環境」に育ち、そこで根茎と種子で越冬、冠水が続けば沈水葉となって生き延びることができる。これ以上何が必要か、と問われても思い浮かぶことはない。その進化が相対的に早い時点で成されたために「祖先に近い」のではないだろうか。

■完成形

 ミクリがどれだけ「完成形」に近いのか、実体験がある。自宅の水生植物の育成環境はあまり細かい事を気にせず、野外の湿地で採集した植物を運んできた土と一緒に植えてけてしまうが、ある時あまり見たことのないテープ状の水草が複数生えてきた。あまり水中生活が得意そうな雰囲気ではないように思えたが、水中に生えてきたのは事実なので様子を見たところ、翌年気中葉が出てきた。実はこの植物は2種類あって一種類はカンガレイ、もう一つがミクリであった。

 何が言いたいのかというと、おそらく意識せずに持って来たのは種子だと思うが、私の育成環境という、自生地とはまったく異なる環境に移動させられ、しかもそこには水があった。そこで沈水葉として発芽し、体力を蓄えたのち気中葉を展開したのである。この環境適応はまったく見事で、これを生き残り戦略の完成形と言わずして何と呼ぶ?生き残りどころか、本稿を書いている時点ではミクリ、カンガレイとも自宅の複数の育成環境に版図を広げ、同じように「強い」ヌマゼリ注5)と覇を競っている。自宅での生育状況を見る限り、絶滅危惧種もへったくれもないような状態だ。


2020年5月 東京都葛飾区 雄花と雌花(fig4)


■種子

 ミクリの和名の元となった果実(=実栗)は、実を食害する鳥や動物がいるかどうかは別として、また現実に強固な防御力があるかどうかは別として、一応形はディフェンシブなものである。
 食害する鳥や動物がいるかどうか、と言うのは果実はともかく中に入っている種子は硬質の外殻に覆われていて、とても鳥や動物に歯が立つものではないと思われるからである。またこんなものを好んで食べる野生動物がいるとは考えにくい。我が家には時折野生のタヌキが訪れるが、どこで食ってくるのかビワを大量に食した形跡がある。というのは大量に食って胸焼けしたのか、水生植物の育成エリアで水を飲み、ものはついでとちょっとした数の種を吐いて行くのだ。(酔っぱらいのオヤヂのようだ)おかげで庭の隅にはビワの木が出現している。
 何を言いたいのかというと、悪食のタヌキが消化できないビワの種は外殻が比較的柔らかく、ミクリの種に比べれば餌感ありありだが、それでも無理。ましてやミクリは果実、種子とも食べる動物がいるとは思えない、ということである。


2015年8月 ミクリの種子(右)、左はカドハリミクリ(fig5)


 とても餌にはならない、食べる鳥や動物がいそうもない、ということは「実栗」は防御以外の目的を持っているはずで、ここからは推測になるが果実、種子ともに分散を避けているのではないだろうか。いかなる目的を持つのか知る術もないが、ミクリの増殖は群落形成を中心に考えているのではないだろうか。そのように考えてみると果実、種子ともに「引っ掛かり」が多く、障害物に引っ掛かってその場に留まる確率が高くなる。すなわちその場で群落を形成できる、という寸法。
 その理由らしきヒントは前述の日本植物生理学会のFAQに書いてあり、「植物の休眠場所としてもっとも安定した穏やかな環境」というセンテンス。元株が成長し開花・結実したのは繁殖に相応しい環境だからこそ。その環境に散布体をばらまけば同様に成長、開花、結実する可能性が高くなる。合理的な「考え方」である。植物が考えるかい、という意見はごもっとも。しかし「アリ散布体注6)」しかり、沈水植物の流れ藻戦略しかり、生き残り戦略では「考えた」としか思えない精緻なシステムが存在することは事実で、ここは素直に神の領域と思った方が良いと思う。

人間との関わり
■漢方

 先頃公開した当Webサイトの「水生植物の利用 食材編」にも収録したが、ミクリは漢方薬の原料としての用途がある。三稜という、ミクリの茎の形状そのままの漢方名であるが、製品の紹介文には「ミクリ科のミクリなどの根茎を乾燥させたものを刻んだもの」とあり、効果効能はリンク記事を参照して欲しいが、用い方はお湯を通してお茶のように服用するらしい。

 一方、別な商品(商品名は「三稜」で同じ)では原料名に「カヤツリグサ科ウキヤガラ」とあり、ウキヤガラもたしかに茎は三稜するが植物としてはまったく別物なのに同じ効果、効能が得られるのか、と思った。それこそ三稜するものなら同じ、と言うのであればカンガレイでもサンカクイでも、カヤツリグサ科の多くの植物は何でも同じということになる。タタラカンガレイなら三稜が三つ付いており、効果が3倍か?(それはないな)


2005年5月 茨城県取手市 農業用水路で沈水型となって生育(fig6)


 一応認められた漢方なので文句を付けても始まらないが、ミクリとウキヤガラが同じ効能を持っているのであれば、絶滅危惧種であるミクリを原料とするよりもウキヤガラの方が負荷が少ないかも。(一説に「荊三稜」の原料はミクリ、「黒三稜」はウキヤガラが原料、という)もしかするとこの手の(基本形)抽水植物の根茎は同じような効能を持っている可能性もある。どちらにしても漢方薬としては婦人病系の効能なのでオジサンの私には服用する機会は永久にない。

■古典

 自分は柄でもない、つまりこういう世界とは対極の人間であると、自ら読む機会がなかった「源氏物語」にはミクリが出てくるらしい。(という情報を聞いて該当部分のみ拾い読み)昔からある在来種でこれだけ特徴的な果実を持っているので何かの古典に出てくるはず、と思っていたがノーマークの源氏物語とは。

知らずとも尋ねて知らむ三島江に 生ふる三稜の筋は絶えじを(源氏)
数ならぬ三稜や何の筋なれば 憂きにしもかく根をとどめけむ(玉鬘)

 誰かに叱られそうだが歌の内容はどうでもよくて、「三島江」に生える三稜(ミクリ)を調べてみると、三島江は現在の大阪府高槻市三島江で、淀川に沿った場所であり、ミクリが生える可能性は十分にある。地図でみれば淀川河川敷に三島江野草地区という自然園もあり、現在も自生しているのかも知れない。(遠いので確かめていない、というかわざわざ大阪にミクリを見に行かない)しかし源氏物語が成立した時代の三稜は現代のミクリではない、という説もあり、ではそれは何かという解がないために想像するしかないが湿地に生える(三島江)三稜の植物なので、現代のミクリではないという説が正しければ本命ウキヤガラ、対抗サンカクイもしくはカンガレイ、といったところだろうか。漢方名の相違(上記)を見てふとそんな気がした。

判別
■色々なミクリ

 関東地方の平野部でお目にかかれる広義ミクリはほぼ狭義ミクリであるが、狭義ミクリ自体が雑滅危惧種の有様なので注意深く探さないと見つからないかも知れない。見つかっても注意深く見なければならないのは、希にナガエミクリ(Sparganium japonicum Rothert)、極めて希にヤマトミクリ(Sparganium fallax Graebn.)、カドハリミクリ(Sparganium erectum L.subsp. stoloniferum (Hamilt. ex Graebn.) Hara var. coreanum Hara)があり、これらは非常に似ているために判別ポイントを知らないと、せっかく希少な種類を見ているのに気が付かない、ということになりかねない。

 他にもミクリは色々な種類(一覧を下に示す)があるが、私自身も未見の種も多く名称の一覧に留めるが、出会う可能性のある種に付いては特徴を抑えておきたい。別に見逃してもペナルティがあるわけではなく、たいした事ではないがこんな記事を読まれている方々は少なからず湿地植物、植物が好きな方だと思わるのでせっかくの出会いを大切にして頂ければ、と考える次第。


2020年5月 東京都葛飾区 都会の公園でちょっとした群落になっている(fig7)


■色々なミクリ

 ナガエミクリは関東地方では湧水起源の河川でよく見られる。よく、と言ってもミクリ同様に準絶滅危惧(NT)であり、それなりに希少なのでピンポイントで探す必要はある。ナガエミクリはその名の通り雌花(果実)に付く「柄」が主軸に合着せず、柄として目視できる。またミクリと異なり花序が分枝しない。開花期、結実期にはこのように花穂付近がわりと特徴的なのでポイントが頭に入っていれば判別は容易である。

 ヤマトミクリは長い間、関東地方には自生しないものと考えていたが千葉県に一か所自生地があるとの情報を得て奇跡的に出会うことができた。その顛末を当Webサイト探査記録の「Vol.148 ヤマトミクリの隔離分布」で発表したところ、ご覧になった茨城県内の方からヤマトミクリの県内の自生地を2ヶ所確認している、と2017年1月にご指摘を頂いている。残念ながらその自生地は確認していないが、このようにあまり広く知られていない自生がある可能性もある。ヤマトミクリの特徴は花序が分岐せずに同一線状(しばしばジグザク状)に雄性花と雌性花が並ぶことで判別できる。また花序は分岐しない。開花期にはかなり特徴的なビジュアルとなるのですぐに判別できると思う。

 これらを含めて画像や特徴その他、見ることが出来た種に付いては当Webサイト水生植物図譜ミクリ科にまとめてあるのでご参照願いたい。当然の事ながらすべての種を網羅するわけにはいかず、未見の種を含めて下記一覧するので参考にして頂きたい。

【国内自生のミクリ属一覧】*絶滅危惧ランクは環境省レッドデータ2019による

ミクリ Sparganium erectum L. 準絶滅危惧(NT)
ナガエミクリ Sparganium japonicum Rothert 準絶滅危惧(NT)
ヤマトミクリ Sparganium fallax Graebn. 準絶滅危惧(NT)
オオミクリ Sparganium eurycarpum Engelm. subsp. coreanum (Leveille) Cook et Nicholls  絶滅危惧II類(VU)
カドハリミクリ Sparganium erectum L.subsp. stoloniferum (Hamilt. ex Graebn.) Hara var. coreanum Hara
チシマミクリ Sparganium hyperboreum Laest. 絶滅危惧IB類(EN)
ヒナミクリ Sparganium natans
ヒメミクリ Sparganium subglobosum Morong, Bull.  絶滅危惧II類(VU)
ウキミクリ Sparganium gramineum Georgi 絶滅危惧II類(VU)
ホソバウキミクリ Sparganium angustifolium Michx. 絶滅危惧II類(VU)
タマミクリ Sparganium glomeratum Laest. 準絶滅危惧(NT)
エゾミクリ Sparganium emersum Rehmann.

減少
■絶滅カウントダウン

 ミクリ(狭義)は環境省レッドデータで準絶滅危惧(NT)とされている。全国都道府県の状況は国立環境研究所の日本のレッドデータ検索システムで確認することが出来るが、なるほど多くの都道府県で絶滅危惧種となっており、「その他」「指定なし」は僅かに7県である。つまり40都道府県で絶滅危惧の指定があり、うち半数以上が絶滅危惧T類とU類である。このデータを見る限り環境省が準絶滅危惧に留めている理由が不明だが独自の判断基準となるデータを持っているのかも知れない。経験上その可能性が薄いことは承知で書いているが。

 ミクリは私の活動エリアではやや普遍的に見られる植物ではあるが、地域カテゴリーで絶滅危惧種T類となっている所では目にする機会も少ないのだろう。最初のChapterで述べたように、ガマ科に分類注7)され開花期以外はガマにも似ているが、しぶとさという点でガマには大きく及ばない。しかしこれは直接の減少原因ではなく、より明確な理由があるはずである。


2005年5月 茨城県取手市 自生地の一つであった農業用水路。現在はヘラオモダカやミズハコベともども消失(fig8)


 一般的に言われるように、水田の基盤整備や水路のコンクリート化、除草剤の使用などは水生植物減少の納得しやすい「要因」である。しかしこれらは憶測の域を越えず、実際に見られなくなった場所に付いてケーススタディとして考える事によって分かって来る「事実」もあると思う。実は居住地市内にこうした場所があり、事例として考察してみたい。(もちろんここでの考察結果は一つの例であってミクリ減少の全体の傾向として一般化するものではない)

 画像の水路は水田地帯を通る小河川で、一部住宅排水や農業排水も流入しつつ、ある程度の自然度は保たれていた。クロメダカの大きな群れがいくつも泳ぎ回り、ドジョウやクチボソ注8)など水田地帯の魚種も豊富、植生ではミズハコベやヘラオモダカ、そしてミクリも大きな群落を形成していた。地形は谷地のように両側に小高い雑木林が迫る里山である。
 近年この小河川にかかる橋の架け替えと道路の法面強化のような工事が行われ、工事後はこれらの魚と植物の大部分(ミクリも含まれる)が姿を消してしまった。表面上は工事の影響は感じられないが、水路への残土の流入や一部水田が埋め立てられたりした事が影響したのではないか。(これらは目で見て分かる)元々上記のように排水の影響もあって、生物が存続できない限界点というものがあるとすれば、そのギリギリのラインにあったのではないかとも考えられる。因果関係は証明できないが、工事が環境に与えた影響がミニマムである以上、また工事前と工事後に変化が見られた点に於いてそうとでも考えなければ辻褄が合わない。
 湿地帯を貫く道路は私も時々用事で車で通る事もあり、受益者としてこの公共工事に反対するものではない。もちろん水路を埋め立てたり、バイパス水路を通すなど影響の大きな工法も行っていない。この事例から考察できるのは自分の居住地周辺地域ではわりと普遍的なミクリも、ちょっとした変化で絶えてしまう限界点近くで自生しているのではないか、ということ。もう一度繰り返すが、このの考察結果はあくまで一つの例であって、ミクリが減少した全体の原因として一般化するつもりはない。

 とは言え、近隣のミクリの自生地はこの水路と大差がなく、多くの場所で水質や汚泥、生活排水や農業排水の流入といった問題を抱えている。微小な変化は常に起きており、いつ何時消滅するか分からない危機的状況であるとも言える。だからこその絶滅危惧種なのかも知れないが、このままで座して消滅を待つしかないのだろうか。

 ちなみに本稿改訂にあたり、新たな写真を撮ろうと考えたが、近隣で確実な自生地が思い浮かばないという事実に気が付いた。もちろん少し苦労すれば見つかるとは思うが、ミクリの最も近い確実な自生地注9)が皮肉なことに東京都の葛飾区、水元公園であった(本稿に何点か掲載)ことが本種の置かれている絶滅危惧種というポジションを示しているようにも思われる。

脚注

(*1) 具体的には従来分類の新エングラー体系及びクロンキスト体系を指す。どちらもゲノム解析の技術がない時代に確立された分類方法であるため、最後は花の見た目の構造を決め手としている。ちなみにクロンキスト体系の方が新しく、1980年代に提唱されている。(新エングラー体系は1960年代)クロンキスト体系はストロビロイド説という仮説に立脚しており「単純な構造を出発点としていない」とされるが、花被や雄蕊、雌蕊の配列や構造の「見た目」がベースとなっていることは間違いない。

(*2) その名の通り「開拓者」植物という意味で、自然災害や人為的な造成などにより出現した裸地にいち早く出現する植物のこと。休耕田におけるガマの場合、厳密に見ればパイロット植物ではなく、生育期も開花期も早いイネ科雑草が相応しいと思うが、被覆するスピード、占有面積などに於いて圧倒的であるのであえてこの表現を使用させて頂いた。また最近ではこの役割は外来植物にとって変わられる場合も多く、植生遷移の初期の風景が変貌してしまっている場合も多々ある。

(*3) 最も普及しており、かつ製品種類も多いのが、60cm(幅)×36cm(高さ)×30cm(奥行)の「レギュラーサイズ」の水槽で、主なオプション品、照明、フィルター、設置台なども量産効果によって多少はリーズナブルな価格帯となっている。45cm以下では水温や水質の変化が大きく手に負えず、90cm以上では置き場に困る、という日本の家庭の事情による折衷案だろう。使い勝手は良いが植物種によってはかなり手狭となり多くの種類は植栽できない。私は屋内育成に戻ることはないと思うが、水草を将来も楽しみたいと思うのであれば最初から120cm以上をお勧めしたい。最初は小さなものから、は上記の理由でこの世界では通用しない。無駄金に終わる可能性が高い。

(*4) 定説とも言えない説だが、最も原始的な被子植物が双子葉植物なのでそう考えられているようだ。また単子葉植物は双子葉植物と異なる多くの特徴があるが、その特徴は必ずしも双子葉植物に比べて優れているわけではなく(被子植物と裸子植物のように明瞭ではない)想像の域を出ない話だと思う。例えば両者のグループ名称、単子葉と双子葉は子葉の数を示しているが1枚より2枚の方が喪失リスクや光合成においても有利なような気がするし、断定的な判断を行うには現時点でも化石などの判断材料が不足しているようだ。

(*5) Sium suave Walter subsp. nipponicum (Maxim.) Sugimoto 絶滅危惧II類(VU)、またの名をサワゼリはレッドリストも評価通りの希少な植物であり、霞ヶ浦・利根川水系ではいまだに自生を確認できていない。繊細で自生環境を選ぶ植物であると考えていたが、ある時頂いた兵庫県産の株は水中、湿地(湿地植物を育成するために湿地状にした環境)、多少湿った庭、いたるところで芽を出し、しかも驚くべきことにそれぞれ成長して開花・結実する。ミクリはさすがに庭の地面に出てくることはなく、ヌマゼリのレッドデータランクにそぐわないこの繁殖力は何なんだ、と常々不思議に思っている。

(*6) アリによって種子が散布される植物。スミレの仲間が典型で、種子に付属したエライオソームというアリ誘引物質によってアリを利用する。このシステムは仕組としてはよく分かるが、いったいスミレはアリがこの世に存在することをどうやって知ったのか?アリを誘引する物質をどうやって知りどのように生成したのか?多くの「?」に満ち溢れた神秘の世界なのである。本当に無宗教の私であるが、神が存在する、という証拠はここにあるのではないだろうか。そう考えておけば精神的には楽になる。

(*7)  従来分類(新エングラー体系、クロンキスト体系)ではミクリ属はミクリ科という独立した科であったが、最新のAPG分類ではガマ科に含まれた。花序や花、種子はまったく相似しないが、開花結実期以外の草姿はそっくりでゲノム解析によって近似性が認められたものが姿形にも出ている。ただし生命力は段違い、おまけに生態的地位も同じでモロに競合するので、同じガマ科とは言っても仲良しクラブではない。

(*8)  調べてみると「モツゴ」の関東地方の地方名、とある。関西地方ではクチボソはムギツクの地方名で他にも海水魚のある種をクチボソと呼称するようだ。関東地方育ちの自分はクチボソはずっと標準和名だと思っておりモツゴという名は使ったことがなかった。また今になって思えば側線がある魚や多少幅広の魚など複数種を区別せずに「クチボソ」と呼んでおり、タモロコやモツゴなどもひっくるめたいい加減なモノだったことが分かる。

(*9) 直線距離で最も近い場所は霞ヶ浦沿岸部に複数箇所あるし、小貝川の氾濫原で人間が入り込めないような場所(入り込める場所はかなり調査済)にはあると思う。しかし「最も近い」は今や容易な移動手段、移動時間の短さによって規定されるので、その意味では水元公園が最も近い。さらに自然環境では災害による地形の変化、護岸工事など人為的な要因で確実に見られるとは限らない。その点水元公園では湿地植物園の一角に群落があり「ミクリ」と案内板も出ている程なので草刈隊が誤って刈ってしまうこともないはず。さらに自然環境と違うのはマムシやスズメバチなどの危険生物がいないことで、植物の見物程度で怪我をする心配がない。これは大きい。


【Photo Data】

・SONY NEX-6 + SIGMA60mmF2.8DN *2015.6.6(fig1,fig2) 茨城県取手市
・RICOH CX5 *2020.5.25(fig3,fig4,fig7) 東京都葛飾区
・Pentax WG-3 *2015.8.23(fig5)
・Canon EOS KissDigital + EF-S18-55mm *2005.5.22(fig6,fig8) 茨城県取手市


Feature Sparganium erectum Linn.
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