日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
マルバオモダカ
(C)半夏堂
Feature Caldesia parnassifolia (Bassi. ex L.) Parlat

オモダカ科マルバオモダカ属 マルバオモダカ 学名 Caldesia parnassifolia (Bassi. ex L.) Parlat
被子植物APGV分類 : 同分類
環境省レッドリスト2015 絶滅危惧II類(VU)

撮影 2011年9月 自宅育成
アポミクシス
 どうにもこうにも挙動が読めない植物である。自分で育成している植物体(栃木県産)は数年間の世代交代のうち、開花したのは1回だけである。もちろん育成環境が狭いとか日当たりが悪いなど育成上の悪条件はあるが、そもそもマルバオモダカは一年生植物(*1)であるので開花・結実は文字通り種の存続にあたって死活問題であるはず。ところが毎年花茎に付けるのは花ではなく殖芽であり、開花することなく山ほど子孫を増やすのだ。やっと開花を見たのは育成開始後数年を経た後である。(上画像)

 マルバオモダカは多くの場合、実生よりも越冬芽(殖芽)で世代交代するようだ。植物学的にはこうした挙動をアポミクシス(Apomixis、無融合生殖)と呼ぶ。よりなじみ深い言葉で言えば「無性生殖」である。要するに有性生殖(受精)を伴わずに殖芽や種子などの繁殖体を生産する生殖のことである。アポミクシスは越冬芽以外にもムカゴや不定芽など受精を伴わない無性生殖全般を示す概念だが、最新の研究ではアポミクシス遺伝子という遺伝子によって引き起こされる現象と考えられている。
 本種は虫媒花であるが、自生環境でまったく昆虫がいない状況は考えられず、他に生殖手段を持つ必然性が感じられない。なぜこのような生殖を行うのか考えても決定的な理由が見い出せない。

 一つだけ考えられるのは、上記したように条件が揃わないと開花しにくい植物ではないか、ということ。多年草のヘラオモダカやオモダカは多少条件が悪くても開花するが、マルバオモダカは種としての形質が大幅に異なっており(浮葉を持つ点、主に水中で発芽する点など)同一には考えられない。2011年には開花した株からの殖芽の発生も見られたので、殖芽の形成はリスクヘッジや緊急手段ではなく、本種のごく普通の生殖手段ではないか、という考え方。その意味で文字通り「一年草または多年草」(注釈1参照)なのだろう。この考え方は上記のようにアポミクシス遺伝子によるものであるとすれば妥当性がある。
 同じオモダカ科のアギナシはオモダカ属(Sagittaria)で多年草、マルバオモダカとは類似点よりも共通点の方が少ないが、実生よりも球芽(ムカゴ(*2))で増殖する点は似ている。ムカゴも無性生殖であり、上記の通りアポミクシスであり、アポミクシス遺伝子によるものと考えられる。こうした遺伝子を獲得した背景には想像力をかきたてる興味深いものがある。


(P)2009年5月 自宅育成株が形成した越冬芽(発芽している)


アポミクシス ムカゴニンジンのムカゴ
アポミクシス ヒルムシロの殖芽
絶滅への道筋
 一説によれば我が国に自生が残るマルバオモダカは5,000株前後ではないか、という話がある。この数字はある意味凄い、というか壊滅的、危機的な数字であり、これが事実とすれば残存数は一都道府県あたり100株ちょい、ということになる。植物の株数としては「絶滅危惧」よりも「絶滅寸前」といった表現が相応しい。

 前項で触れたように本種は開花結実しなくてもアポミクシスによって世代交代が可能、しかも殖芽からの発芽率もかなり高いので(自宅で確認している限りでは100%)存続のシステムに問題があって絶滅に向かっている、ということは考えにくい。むしろ自生に適した環境の喪失が主因であると思う。
 本種は水中で発芽、発根し、長楕円形の初期浮葉から 卵心形の浮葉、次いで抽水葉を形成する。このうち「水中で発芽、発根」が出来るかどうかが環境に拠る。水田の乾田化、ため池の放棄など自生環境の変化と個体数の減少は無縁ではないだろう。このあたりの「事情」はミズオオバコやスブタと同様であると考えられる。乾田化は関東地方平野部では基盤整備を伴っており、彼等水田の沈水植物の生育期にも小まめに水田の水の出し入れが可能になっている。もちろんそのオペレーションは稲の生育のためであり、絶滅危惧種と言えども水田雑草のためではない。

 沈水植物のミズオオバコやスブタは別記事に書いた通り、県内をかなり広範に探しているが、見られた場所は湧水を水源とした山間の湿田の一部のみ。こうした環境の減少がこれら植物の減少と密接に関係しているのは明らかだ。ある時期の生活史が沈水植物に近い本種も「構図」としては同様であると考えられる。
 この画像の株を採集した栃木県の休耕田湿田には結構な株数があったが、翌年再訪した際には遷移が進み半ば陸地化していた。当然ながらマルバオモダカの姿はなく、ガマやタデ科植物などが入り込んで、どこにでもあるような休耕田になっていた。こうした「構図」は全国的に見られるものなのだろう。
 似たような環境に自生する水生植物は等しく危機的な状況にある。しかし自生環境が経済環境と直結する(つまり湿田が効率の悪さや減反によって消えゆく運命)以上、自生地での保全は困難と言わざるを得ない。一方、秋田県のジュンサイ田では強力な雑草として本種が残存しているという。ジュンサイと生態が重なるために除草剤も使えず環境の変化も可能性が少ない。本種が残るとすれば最後はこうした場所になると思う。かと言ってあまりポピュラーな食材(*3)とは言えないジュンサイの栽培がいつまで継続するのか、という点も長期的には懸念材料だ。

 本シリーズは絶滅危惧種に関するコンテンツだが、残念ながら世間一般、植物に対する認識はさほどではない。当Webサイト、水生植物図譜のツツイトモの写真とテキストを無断転載した上で、2011年に皇居の濠で突発的に大発生しニュースになったことを取り上げてこんな台詞を付けたブログがあった。このブログはすでに消去されているようなのでリンク、引用表示はしない。

それが舟一杯になるくらい大繁殖しちゃったら、もう「絶滅危惧」とは言えないわけで、そういう場合、「レッドデータブック」から削除されるのだろうか?

 文面から明らかに「植物に対する造詣はさほどない方」だが、皇居の濠に繁茂した一事をもって「大繁殖しちゃったら、もう「絶滅危惧」とは言えないわけで」と言い切ってしまう。しかも公開されたネットの世界で。これはあまりにも、と思ったが上記著作権侵害(たぶん悪意はないだろう)と併せて幼児性が垣間見えるのでとりあえず放置していた。しかし世界に開かれたネットの世界、こんな情報が独り歩きすれば絶滅危惧種に対する変な誤解が一般化してしまう。今更だが植物、動物も含めた環境保全、言い換えれば「自然保護」の最大の敵は世間一般の無関心なわけで、その意味ではこのような認識は合意形成の最大の敵なのだ。
 「ガシャモクは通販で容易に入手でき、自宅でも爆発的に増える」「フサタヌキモは増え過ぎて邪魔なので毎年大量に間引きしている」どちらも我が家の庭の出来ごとだが、だから絶滅危惧種ではないのか?いったい絶滅危惧種の選定にどれだけの人間が関わっており、どれだけ広範な地域を調査していると思っているのだろうか。これも「ゆとり教育」の弊害なのだろうか。


(P)2012年6月 長楕円形の初期浮葉(自宅育成株)

受粉に付いての寝言的考察
 さて、数年の育成の後、めでたくマルバオモダカの開花を見られたが、実は結実や翌年の実生は確認できなかった。この件に付いて推測ながら何となく分かって来た。本種の受粉は虫媒であり、送粉者たる昆虫(ミツバチなど)に頼っている。しかし、自家受粉や隣家受粉の際の結実率は他家受粉に比べ低下すると言われている。(他種にも同様の傾向を持つものがある)この事実を踏まえて、

 理由の一。自宅で植栽している株はスペースの関係で数株、これは元株の殖芽からの発芽体であり遺伝的にはすべてクローンである。しかも2011年に開花したのは一株。そしておそらく自宅から半径50km以内には自生がない。要するに他家受粉の可能性は100%ない。自家受粉のみではまったく実生が見られないほど結実率が低下するのではないか。
 理由の二。自宅は郊外、というよりも田舎にありミツバチはよく見かける。しかしマルバオモダカが開花する時期には自宅庭も周囲も様々な花が咲き乱れるのである。他に「おいしい蜜や花粉」が山ほどあるのに、あえてこんな地味で小さな花に寄って来るか?という所だ。

 科学的根拠が乏しい話だが、実態はそんなところだと思っている。おそらく同じ環境で育成しているアギナシの実生を見たことがないのも同様の理由ではないか、と思う。両種の種子を見たことがないのは残念だが、どちらも殖芽で山ほど増えるので育成上は何ら問題がない。
 ミツバチの件、付記。これまた最近ニュースとなったネタだが、セイヨウミツバチに押されニホンミツバチが減少しているらしい。植物の受粉にセイヨウもニホンも大差がないだろう、と思うがそれは素人の浅はかさのようだ。身近な野菜であるトマトやピーマン(どちらもナス科)は蜜を出さず、受粉の際に振動採粉(*4)を行う。(農業技術の記事だが、この記事が参考になる)これにはミツバチではなくマルハナバチ(*5)が必要らしい。農作物ならではの詳細な研究だが、絶滅危惧種とは言え野草雑草にすぎないアギナシやマルバオモダカにはこの手の情報が少ない。
 他家受粉の必要性、受粉システムがよく分からない点(ミツバチなのかセイヨウミツバチなのかマルハナバチなのか、はたまた他種昆虫なのか)、基本は一年草なのに結実のハードルが意外に高い点、なんと変な植物だろうか。実は色々調べる過程で自分は変な植物が大好きなことにも気が付いた。これも意外な発見。

アポミクシスの話が出たついでにおまけ。
 植物学というか、一般常識としても高等植物に雌性と雄性があることはよく知られている。(もちろん雌雄同株、雌雄同花もあるがその場合も雄蕊と雌蕊がある)雑学のおさらい、のようなものだが本論を語る上で重要な前提となるので少し触れてみたい。

【雌雄異株(dioecy)】
雌花と雄花が別の株に付く植物である。沈水植物ではイバラモやクロモ、マツモ、浮遊植物ではトチカガミ、抽水植物ではタチモなどが代表的存在だろう。雌株と雄株が揃わないと受粉できず、結実しない。(一部の例外を除く)しかし、自分以外の別の遺伝子を子孫に伝えることが出来る優位性がある。

【雌雄異花同株(monoecy)】
同一の株に雌花と雄花が付くタイプである。厳密に分けると雄花+両性花、雌花+両性花、雌花+雄花+両性花などのパターンがあり複雑である。とりあえずそこを外すとオモダカなどが代表的存在だろう。
同じ株に雄花と雌花が付くので受粉、結実する確率は高い。似たような遺伝子を受け継ぐので群落が衰退する要因があったりすると一気に滅ぶ脆さはある。しかしオモダカは逆に除草剤への耐性と恐るべき成長スピードを遺伝子として備えたスーパー雑草化しているグループがあったりする。

【雌雄同花同株(hermaphrodite)】
非常に多くの種類がこのカテゴリーに含まれる。とりあえず花が咲けばほぼ確実に受粉できるので、生き残り優先のライフスタイルではある。閉鎖花でも受粉できるので過酷な環境でも子孫を残せる強さがある。

 上記分類は概ね進化の進度順だとも言われるが、受粉のシステムまで考えると疑問となる部分も多々ある。しかし、それぞれメリット、デメリットはありつつもリーズナブルな理由が見える精緻な仕組だといえるだろう。なぜこんな話をしているのか、と言うとこうして子孫を残し種の存続を図るために受粉のシステムを進化させてきた高等植物であるが、せっかく進化させて来た優れたシステムを世代交代の手段としてメインとしないマルバオモダカなどの水生植物が多々あるのである。
 受粉のための合理的なシステムはあらためて考えてみると、風や虫など外部の事象や生命も取り込んだ驚くべき仕組である。種子を残し子孫を繁栄させる、この大命題のために構築された自然の叡智である。しかし、これを否定、あるいは二次的な機能とする現象が多々見られる。


(P)2010年10月 浮葉と殖芽を付けた花茎(自宅育成株)

脚注

(*1) そもそも一年草と多年草という概念は明確に分かれていない所があるが、定義通り(暦年内に開花、結実、枯死)解釈するとマルバオモダカは一年草である。しかし多年草として取り扱う文献やWebサイトもあり、この場合の根拠は殖芽を草体の一部として解釈したものであると思われる。この状況を勘案した場合「一年草または多年草」という分類が相応しいのかも知れないが、個人的には「よく分かりません」と同義のような気がする。

(*2) 漢字で書けば「零余子」。ムカゴは貯蔵養分を含んだ肥大組織として植物の地上部に形成され、散布体として離脱、そこから発芽するアポミクシスである。種子ではないので形成される植物体は受粉、減数分裂のプロセスを経ない親植物のクローンである。有名なのはヤマノイモやナガイモのもので、一般的に「ムカゴ」というとこれらの芋のもの、食材を示すことが多い。
 水生植物にはムカゴを形成するものが何種類かあり、特に熱帯スイレンなどに見られるが、その名もズバリ、ムカゴニンジン(セリ科)という種もある。本質的にはマルバオモダカの殖芽も同様の性質である。

(*3) ジュンサイはまず北関東一帯のスーパーで販売しているのを見かけたことはないが、食べる地方では流通しているようだ。一般的な食材でないのはその価格。通販サイトを見てみると、納豆パックと同じ大きさにパックされたジュンサイが6個で3000円前後、食材としては超高級食材の価格である。納豆なら3パックで近所最安52円、6個で104円である。納豆の30倍の食材が一般的とはとても言えない。

(*4) 受粉の一形態。ナス科の野菜、トマトやピーマンなどは花はそこそこ目立つが蜜を出すことはなく、振動採粉、読んで字の如く「振動」する第三者によって受粉する。このため蜜を集めるミツバチではなく、花粉を集めるマルハナバチが重要な存在となる。

(*5) ミツバチ科ミツバチ亜科(またはマルハナバチ亜科)に所属するハチの総称。トラマルハナバチ、オオマルハナバチ、クロマルハナバチなど国内には22種が存在する。近年温室トマトの受粉効率向上のためにセイヨウオオマルハナバチが輸入され農業目的に使用されていた。しかし野外に逸出定着し、盗蜜行動(花筒が長い花に穴を開けて蜜を吸う。受粉には貢献しない)により植物に害(種子生産量を低下させる)を与えるために特定外来生物に指定されるにいたった。

 

Photo : PENTAX OptioW90 Canon PowerShotG10/EOS40D/TokinaAT-X M100 pro D RICOH CX5 Nikon E5000

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