日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
カドハリイ
(C)半夏堂
Feature Eleocharis tetraquetra var. tsurumachii.

カヤツリグサ科ハリイ属 カドハリイ 学名 Eleocharis tetraquetra var. tsurumachii.
被子植物APGW分類 : 同分類
環境省レッドリスト2019 絶滅危惧TA類(CR)

撮影 2019年8月 茨城県稲敷市(fig1)

【カドハリイ】
*自然破壊の坩堝、水質汚染の代表的湖沼であるわが県の霞ヶ浦水系は、残存した僅かな自然回復力が最後のあがきとも言うべき現象を見ることがあって、他の場所では見過ごしてしまうような些細な植生でも感動することがある。流れ込みの小河川にササバモやリュウノヒゲモが群生していた際には大きな感動を覚えたし、護岸の隙間に生えていたハンゲショウやジョウロウスゲには神々しさも感じてしまった。こういうのがないと「世界の魚種が釣れる釣り堀、ただし水は相当汚い」霞ヶ浦にはなかなか足が向かないのだ。
 なかでも極め付きはこのカドハリイ。なんと言っても全世界で霞ヶ浦沿岸の浮島湿原の限られた一角にしかない。なんでこんな場所だけに?と思ってしまうほどだ。日本に一箇所、ってのは同じカヤツリグサ科のビャッコイがあるが、諸般の状況を鑑みるに南半球にも同種の植物が存在し、帰化の可能性も無きにしもあらず。しかしカドハリイは「全世界に一箇所」なのである。誇るべきものが少なく、全国都道府県魅力ランキングでは最下位が定位置の我が県、こんな凄いものがあったのである。いかんせん知る人も少なく、紹介や研究などは東大の先生が中心になっているというお粗末。茨城県に任せていてはロストの可能性が強い、と思われているのかも知れない。そのへんの「意識」「認識」ひいては「識見」も地方の魅力だと強く思う、思わせる植物がこのカドハリイなのだ。

霞ヶ浦湖岸湿地
■浮島湿原という場所

 霞ヶ浦は汚れた湖沼である。地元茨城県が長年浄化の有効な手が打てていない、という現状はあるが地政学的に考えると多分に同情の余地はある。私は県民なのでこの言い方はおかしいな。言い直そう、同情の余地があると見て欲しい。
 歴史的に長年の霞ヶ浦の問題点は塩害注1)で、沿岸部の稲作には時として壊滅的な影響をもたらして来た。そりゃ霞ヶ浦は「元」海であるし、しばらくは利根川を介して海と繋がっていたわけで当然の話なのだ。ただ、塩害を何とかしないと農業が立ちいかない、という悲痛な要請の結果、沿岸部は護岸が強化され海水の逆流を防ぐために常陸川水門を設置して閉鎖した。この結果、浄化の役割を担う湖岸湿地が喪失し、流れ込む農業排水を中心とした汚染された水の滞留時間も伸びてしまったのである。人間が食料を確保するために水質が悪化した、まさに因果応報な話だが、怠惰のため、放置したために汚染されたわけではない点が「同情の余地」なのである。


(P)2018年7月 霞ヶ浦浮島湿原(fig2)


■常陸川水門と霞ヶ浦導水路

 同情の余地が皆無なのが外来種を放流して「世界の釣堀」にした馬鹿どもだが、常陸川水門と霞ヶ浦導水路はその上を行く。この両者を攻撃する何とか基金など団体・個人とは解釈が異なるが、常陸川水門に関しては塩害や逆流防止という「国土交通省的」な運用が問題なのである。管轄する省庁なので仕方がないかも知れないが、閉鎖する結果の環境アセスメントまで奴らがする必要はない。それは環境行政を担う環境省と連携しろ、って話。縦割り行政が環境に悪影響を与えた典型的な例ではないか。
 霞ヶ浦導水路はさらに愚策。北千葉導水路の費用対効果を何も分析していない。穿った見方をすれば「公共工事ありき」で、箱物行政の典型である。こんなお役所仕事のお陰でさらに痛めつけられている霞ヶ浦を見ている地元民としては、はっきり「No」を言いたい。霞ヶ浦問題を語るとそれだけで終わってしまいそうなので、この浮島湿原が置かれている背景としてはこの辺にしておこう。

■浮島湿原の存続

 前述のように主に塩害と洪水対策のために霞ヶ浦の沿岸部はほぼ護岸されているが、浮島湿原は護岸されていない。それは護岸が湿原の外側にあるからである。その意味では今後も無意味な土木工事の影響を受けることはないはずだが、湿原内部はこの有様(fig3参照)で、何も手を加えなければカドハリイはもちろん、その他の湿地性の小型草本は生き残ることが困難になってしまう。有名な渡良瀬遊水地には及ぶべくもないが、実はこの湿原と小貝川氾濫原の植生多様地域でも野焼きを行っており、何とか希少な植生が命を繋いでいる。
 ありがたいと言うか情けないというか、浮島湿原も小貝川氾濫原も、野焼きを中心とした保全は東邦大学という東京と千葉にキャンパスを持つ他県の大学が役割を担っている。この浮島湿原から霞ヶ浦沿いを土浦に向かう途中、阿見町注2)に茨城大学農学部があるが、あまり関与していないようだ。東邦大学には保全生態学注3)という学術領域があり、まさに湿原の希少な生物を保全するのにうってつけの学問なのだ。その中で中心的な役割を担っているのが西廣淳氏という東邦大学理学部の准教授だ。プロフィールを見ると大学の研究者というよりは完全なフィールドワーカーであり、だからこそ野焼きによる希少な生態系の維持という発想が出てくるのだろう。
 というわけで浮島湿原は地形としても開発の可能性は低く、人為的にも保全されており、環境破壊の坩堝と化した霞ヶ浦では珍しく環境が保たれている。実はカドハリイの存続はこの背景とセットなのである。


【浮島湿原】

2018年7月 湿原内部の「通路」移動はしんどい(fig3) 同左 護岸堤防上からのランドスケープ(fig4)


カドハリイとは
■オンリーワン

 たった一箇所の自生地、というと同じカヤツリグサ科のビャッコイ(Isolepis crassiuscula Hook.f.)を想起するが、ビャッコイはどうやら南半球に同種の植物が存在するらしいので「日本では一箇所」だが「世界では複数箇所」である。ところがカドハリイは「世界で一箇所」なのである。まさに「世界で一つだけの花」を地で行く植物だが、なぜこんな場所だけにあるのか不思議だ。

 霞ヶ浦だけ、ってのは幻のイサリモというヒルムシロ科の植物があったようだが、これは何らかの交雑種らしく、数多いヒルムシロ科交雑種の地方名の可能性もあって「オンリーワン」とは断言できない。たしかに霞ヶ浦は環境破壊以前であれば汽水の影響があり、周辺の数多い水域と連続した広大な自然だったのでオンリーワンが存在する土壌はあったと思う。古地図(利根川東遷注4)以前)を見ると、この一帯は河川湖沼が入り乱れ、人間が住めるような環境ではなかったことが読み取れる。よくもここまでぶっ壊したな、と逆に感心するほどだ。


(P)2019年8月 茨城県稲敷市(fig5)


■カドハリイのポジション

 カドハリイはマシカクイ(Eleocharis tetraquetra Nees.)の変種とされる。学名上もEleocharis tetraquetra var. tsurumachii.であって、この事実がオーソライズされている。ところがこのマシカクイってのもなかなか難物で、この一帯では見たことがない。従って伝聞でしか比較はできないが、どちらもハリイやマツバイとは草体の印象が全く異なる。要するにゴツく太い。
 かの名著「カヤツリグサ科入門図鑑」(谷城勝弘著 全国農村教育協会 2007)によれば、カドハリイは(以下引用)「マシカクイに似るが茎は柔らかく、中部から基部にかけて強く赤紫色。鱗片の縁がマシカクイより幅広いので小穂の表面が更に滑らかに見える。」とある。色や柔らかさは主観的な部分もあるかも知れないが、鱗片の縁が広い、つまり平滑に近いということはこうして写真を見てもツルツルに見えるので大きな特徴となっている。


*ちなみに「カヤツリグサ科入門図鑑」の150Pに掲載されたカドハリイの果実写真と鱗片写真のクレジットが「茨城県桜川市」となっているが、これはおそらく「茨城県稲敷市」の誤記である。 近くに住んでいる私でも混乱してしまうが、稲敷市は2005年に江戸崎町、新利根町、東町、桜川村が合併して出来た市である。その「桜川」が印象に残っているので私でも「桜川市」というと霞ヶ浦沿岸部の農業地帯を思い出すことがある、桜川市は茨城県西部の、これまた周辺町村が合併してできた別の市である。もちろん霞ヶ浦には接していない。


 ただ、この程度の変異で変種として扱われているのか?とも感じる。というのも県の展示では「茨城県のみ」がやや誇らしく書かれており、実物に出会うまではどんな特徴的な植物かと勝手に期待していたからである。はっきり言うとこの近辺に多いコツブヌマハリイと茎の断面以外は似たような・・・と言ってしまうとハリイ属全般、大同小異になってしまうわけだが。

 さて「実物に出会うまでは」と書いたが、県の展示、この湿地や本種に造詣の深い西廣准教授のWebサイトを含め、自生場所の位置が特定できる情報は一切ない。私にしてもまったくの偶然で見ることができただけである。湿原の場所が明確でそこにあるのが分かっている植物だがこれほど何年もかけてたどり着く事になると思ってもいなかった。
 私も県や先人に習い場所を特定する情報は一切出すつもりはないが、行ってみたい、と思う方に耳寄りの情報を書いておくことにする。まず湿原内部は移動可能な場所が限られる。何本かある通路はfig3のような状況。通路以外に逸脱すると水の溜まった場所がいたる所にある上に、ノイバラがあちこちにあって行く手を阻む。その上にブヨや蚊の絶え間ない攻撃。そんな場所で宜しければぜひ行ってみて欲しい。


(P)2010年9月 茨城県土浦市 茨城県霞ヶ浦環境科学センターのパネル展示(fig6)


■プロファイル仮説

 カドハリイとは結局何者なのだろうか?世界でここだけ、ってことは隔離分布や伝播の可能性も無さそうだし、環境を考えれば他所で絶えたものがここだけ生き残っている、という状況も考えにくい。(どの可能性もゼロではないが)最も可能性が高そうなのが学名に示されているとおり、マシカクイの変種、それも特殊な地域変種の可能性だ。
 前項で書いたとおり、霞ヶ浦は元は入江で海と切り離されて以降も塩分の影響を受けている。現在でも沿岸部では海洋性の貝殻を見ることができ、そもそも土壌のpHが高そうだ。それは浮島湿原を代表する植物であるカモノハシ(イネ科、Ischaemum aristatum L.var.glaucum (Honda) T. Koyama)がそうした地形を好むことでも理解できる。霞ヶ浦一帯が海から切り離されて数百年経過し、常陸川水門の閉鎖もあって淡水化が進んだ現在もカモノハシをはじめとする海浜性の性格が強い植物は存続しており、この状況を表現するとすれば「海浜を好むが絶対条件ではない海浜性の強い植物」と言えるだろう。もちろんカモノハシがそうだからカドハリイも同じ、ということは言えない。しかしマシカクイがこの特殊な環境で生育するうちに環境適合した「形」がカドハリイなのではないだろうか。

存続と環境リスク
■新利根川

 茨城県南部には本家「利根川」以外にも「なんたら利根川」を名乗る河川が多く、常陸利根川、横利根川、新利根川などがあり、必然か偶然か、霞ヶ浦水系の地形を複雑にすることに貢献している。地元民でも地図を俯瞰すると「なるほど」と思うが、実際に車で走ってみると次々に渡る橋がどの河川に架かっているのかすぐに分からなくなってしまう(私だけ?)。
 利根川を中心として千葉県側は「利根水郷ライン」と呼ばれる国道356号線(千葉県我孫子市〜千葉県銚子市)がほぼ利根川と平行しているので分かりやすいが、茨城県側は人口希薄地帯で、外浪逆浦など架橋に莫大な費用がかかりそうな場所も多く、曲がりくねっている。
 新利根川はそんな地域を北相馬郡利根町注5)から利根川とほぼ平行して霞ヶ浦にいたる短い河川だが、人口希薄、短い距離という印象に反し水質があまり宜しくない上にオオフサモとミズヒマワリ(どちらも特定外来生物だ)が繁茂している。


(P)2019年9月 茨城県稲敷市 浮島湿原(妙岐ノ鼻)と新利根川を渡る稲敷大橋(fig7)


■存続要因とリスク要因

 その新利根川は霞ヶ浦に合流する直前にわりと大きな水域(地形的にはこれも霞ヶ浦)に出るが、実質的に浮島湿原(妙岐ノ鼻)は新利根川が運搬した土砂の堆積によって成立しているものだろう。流入河川注6)である新利根川の河口から僅か2kmほど東には流出河川注6)である常陸利根川があり、浮島沖はかなり複雑な水流となっていると思うが、浮島湿原は結果的に侵食されることもなく長年に渡り安定しているところを見ると新利根川は有力な存続要因となっているに違いない。
 一方で、前述のように新利根川は外来種の大繁茂があり、その草体や種子をこの砂州に運んでくる。浮島湿原の新利根川側にはすでに何箇所も両特定外来生物が定着していることを確認している。すぐにどうのこうの、という話ではないと思うが、これは将来的に立派なリスク要因だ。外来種問題でついでに触れておくと、この浮島湿原からほど近い和田岬ではオオフタバムグラとツルノゲイトウが見られた。(本Webサイト記事「秋の遠足 霞ヶ浦編」を参照)
 浮島湿原は前述の如き状況であるので全域の植生を見たわけではないが、すでに入り込んでいると考えても良いと思う。さらに千葉県川で猛威を振るうナガエツルノゲイトウの侵入も時間の問題である。こうして考えると、人頼みの野焼きに加え、次々と押し寄せる外来種、さらに霞ヶ浦で日常化している釣客のゴミ投棄問題、世界で唯一茨城県に!と喜んでいる場合ではない。

 リンク記事でも触れているが、もうひとつのリスクとしてバスボート問題というものがある。やかましい、とか目障りだ、ってのは心理的かつ個人的な問題であるが、見るからに環境に悪影響がありそうな2ストロークエンジン注7)は実際に排気中に未燃焼ガスとオイルが含まれ、水中排気の船外機の場合、水質汚染の有力な原因になっている。湿原だから水質は関係あるまい、と考えるのは早計で、全般的に地下水位が高い湿原の土壌は水質に影響を受けている。仮説ながら、この特殊な環境に適応したマシカクイの地域変種であるカドハリイが土壌の性質の変化によってマイナス方向の影響を受けないとは限らない。自然の万物、風が吹けば桶屋が儲かる式の微妙な相関関係があるのだ。

 2020年の新型コロナ騒ぎでは「県境をまたぐ移動を自粛」という項目があったが、県境をまたいで(バスボートを牽引してやってくるのは圧倒的に他県ナンバーが多い)環境を悪化させに来る行為はウィルスと同程度に悪だ。そんな連中が来なくても茨城県も霞ヶ浦沿岸も何も困らないし、かえって来ると困る。自分の地元でブラックバスと遊んでいなさい、と県民を代表して言っておこう。

ハリイ属のマイナー種判別
■コツブヌマハリイ

 ハリイ属ってのは意外に奥が深く、それぞれの差異も微小なもので素人が手を出すようなモノではない。それこそ谷城先生など専門家に任せて、我々素人はその成果を分かりやすく頂く、というのが正解だ。
 とは言え、常時「カヤツリグサ科入門図鑑」を持ち歩くわけにも行かず、現場で判断しなければならないハリイ属に出会う事もしばしばある。特に小貝川流域では他所では希少とされるコツブヌマハリイ(Eleocharis parvinux Ohwi)やヌマハリイ(Eleocharis mamilata var. cyclocarpa)などが何気に生えており、本音は小粒でも大粒でもどうでもいいやと思いつつ、それでも植物を趣味とする身、最低限の判別は試みるべし、と一応はそれらしく同定を行うのである。かくして何の罪もない何百のコツブヌマハリイは、人並み以上にごつい私の親指と人差し指によりグリグリと触診されている。
 その理由はカドハリイまたはマシカクイにあって、精密に調査されているとは言い難い多様性の湿地、小貝川氾濫原にあるかも知れない、という僅かな期待があるからだ。万が一カドハリイやマシカクイがヌマハリイやコツブヌマハリイの間にあったとしても私の「眼力」だけでは見出すことが不可能だ。見慣れれば可能だが一度しか目にしていないカドハリイ、目にしたことがないマシカクイは見慣れるどころの話ではない。


(P)2010年5月 茨城県取手市 小貝川氾濫原におけるコツブヌマハリイ(fig8)


■オオハリイ

 田んぼによくあるハリイとマツバイの見分け方は水生植物を趣味とし始めた頃に教えて頂き、手っ取り早いのは掘り出して地下茎を見ることだ、という方法を知っている。その後「地下茎だけではなく、それに見合う地上部もあるはず」という単純な事実に気が付き、あえて掘り出さなくても見分けが付くようにはなった。しかしその頃にはこれらのありふれた(その気になれば自宅から30m歩けば見られる)植物の見分けを付けても全く意味がないことにも気が付いてしまった。
 そんな認識を改めたのがオオハリイ(Eleocharis congesta D. Don f. dolichochaeta (Boecklr.) T.Koyama)である。近隣の谷津田最奥の水田でやたらクローンを付けた大きなハリイを発見し、具体的には何も言えないながらハリイとは雰囲気が違うな、と思い件の「カヤツリグサ科入門図鑑」で調べたところオオハリイと特徴が合致した。このサイトの水生植物図譜に掲載する際にあげた特徴は、

(1)小穂基部から不定芽を形成、クローン株をよく作る。ハリイも同様だが形成する数が多い。
(2)基部に赤褐色の部分が多く見られる。
(3)小穂の大きさが1cm近くなる。

とうものである。しかしその後多数のクローン株を形成したハリイ、基部の赤褐色の面積がまちまちなハリイ群落を見たことで、必ずしも確実な同定ポイントではないような気もしている。ただ、小穂が1cmのハリイは見たことがないので唯一これが現時点で確実な同定ポイントだろうか。一時、ミズオオバコに対するオオミズオオバコ注8)の如きものかと考えていたが、オオハリイはきちんと学名も付与されており、種として独立注9)しているようだ。
 おそらくその他、ハリイの仲間は見た事がない種が大半であると思うが、セイタカハリイ、チョウセンハリイ、エゾハリイ、マルホハリイ、クロミノハリイ、クロハリイ、ヤリハリイなどが存在し、調べればそれなりに微小な相違点はありつつも一度や二度テキストを眺めても覚えられるものではなく、このジャンルに余程強い興味がないとモノにはならないと思う。東大王をやっつけたければこれらのハリイの相違点など「うってつけ」だ。おそらくグウの音も出まい。

■太めのハリイグループ

 カドハリイやマシカクイ、コツブヌマハリイはこれらの「細い」、それこそ針のようなハリイ達と違ってカンガレイ並みの太さがある。草体全体の印象も弱々しいものではなくしっかり自立する印象があって見れば分かる。またカンガレイやフトイとは小穂の位置が異なるため、紛れもない。従ってこのグループは前述のように「触診」が第一発目の判別となる。カドハリイは現在自生地が一箇所のみとされているが、以前は霞ヶ浦沿岸部の他所にも存在したという情報もあるので、この一帯で再発見される希望があるかも知れない。なにしろあまり人が顧みない範疇の地味な植物である。
 触診して茎の断面が正方形であればカドハリイかマシカクイである。シカクイという種類もあるが、太さがハリイに近くわりと普通種なのでとりあえず除外できる。茎断面が正方形で、なおかつ小穂がツルツルであればカドハリイの可能性が高く、発見したらすぐに新聞社に通報する。しばらくはヒーローになれるはずだが話がそう簡単に行かないことは数年間の探査で十分に分かっている。

 ヌマハリイやコツブヌマハリイは茎の断面がほぼ円柱形であるし小穂の形状がカドハリイとは全く異なるのですぐに分かるが、小穂が出ていない時期には「グリグリ」するしかない。ただしほぼ円柱形とは言っても不規則な稜状のものがあるように感じる場合もあって、元々指先の感覚が鋭敏ではない私には判断が付かない場合もある。こうなるとせっかく生えているのに申し訳ないが切断して断面を見る必要もある。草体が大きい分判断がしやすい面もあるが、なかなか厄介なグループであることは間違いない。

脚注

(*1) 常陸川水門の運用管理者なので100%の信頼はおけないものの、国土交通省霞ヶ浦河川事務所によれば「霞ヶ浦は、河口から約18キロメートル地点で利根川に合流していますが、海から近いために海面との水位差が極めて少なく、潮の満ちひきの影響を大きく受けます。そのため平常時や渇水時において塩水が遡上し、沿岸に度重なる塩害をもたらしてきました。特に、昭和33年は、利根川流域の降雨が少なく異常渇水となったため、塩害による被害は多大なものとなりました。農作物への被害、魚類の死滅、塩水の混入による上水への被害など、被害額は約3億円に及びました。」とある。この内容がすなわち常陸川水門の閉鎖理由でもある。

(*2) 町村合併、特に「平成の大合併」によって郡部の町村が激減した茨城県にあって、2町1村という今となっては郡らしい稲敷郡に属する茨城県南部の町。他の1町1村は河内町と美浦村である。郡部の町だが人口は4万8千ほどで、以前は日本一人口の多い町であった。(現在は3位か4位かそのあたり)知らない方から見れば内陸の何もなさげな田舎町にしか見えないと思うが、広大な茨城大学農学部や診療報酬請求の不祥事で一躍有名になった東京医科大学茨城療養センターなど施設が充実、国道125号沿いには大規模店舗も多く生活しやすい環境である。町全体が霞ヶ浦を望む台地上にあって景観も良い。難点は鉄道のアクセスがなく首都圏や他の都市圏(県内の土浦市、水戸市など)に出るのに非常な苦労をすること。もっともこの辺の人は移動はほぼ車なので苦労するのは子供の通学ぐらいか。

(*3) 東京農業大学保全生態学研究室の解説によれば「地域の自然を適切に保全・再生することを目的として、生物の生理生態的特性や生活史、生物の進化と集団の維持メカニズム、生物間相互作用、植生の管理手法に関して生態学的な観点から研究を行う。具体的には、地域に生息・生育する動植物の分布パターン、気象・土壌・水などの環境条件、環境に対応した生理生態的特性や生活史特性、遺伝的多様性や地域集団の遺伝的分化について研究する。同時に、地域の風土に育まれた生活・生業に関する伝統的な知恵と技術を実践的に学び、地域における持続可能な産業の発展と生物多様性保全を両立させるための自然再生と植生管理技術を開発する。」(下線は自分で引いた)
 ざっと読んだだけではなかなか難しいが、簡単に言えば自然に関する分野すべてが関わり、持続的に維持するための方法論を導き出す、という学問らしい。実際に何をやっているのか分からないが、研究者の文章や報告を読んでいると机上の学問よりもフィールドワークが多いようだ。この学問分野は個人的に非常に魅力に思えるが、社会に出て活かす、つまり食って行くのは難しいだろうな、と思う。社会的な意義と職業としての価値が一致しない典型的な例のような気がする。

(*4) 江戸時代以前、現在の東京湾に注いでいた利根川を、主に治水を目的に現在の流路に付け替えた土木工事。江戸幕府が開府し、首都を水害から守るために1621年〜1654年に基本的な部分の工事が行われた。重機が存在しない時代背景を考えれば驚異的に短い工期だ。国土交通省利根川下流河川事務所のホームページには1000年前の利根川(想像図)という地図があるが、現在の私の自宅は「香取の海」の海底にある。時折、この頃の時代に行って植物見物をしたいものだと思う程の大湿地帯である。予想される大震災の際にどこまで地盤が耐えられるのか心配だ。

(*5) 町村合併、特に「平成の大合併」によって郡部の町村が激減した茨城県にあって(書き出しが注2と同じだが)モロに影響を受けた町。なにしろ守谷町が市となり藤代町が取手市と合併し、今や北相馬郡唯一の町である。この周辺にありがちな何もない小さな町(人口約15000)であるが、冤罪事件の代名詞となった布川事件の舞台である。柳田國男が少年時代に3年間住んだ、というだけで記念館を作ってしまうほど観光資源に乏しい。人口希薄な農業中心の田舎町というイメージに反し、水田地帯のオオカワヂシャ、利根町に源流がある新利根川のミズヒマワリやオオフサモなど外来種の繁茂が甚だしい。私が知る限りアクアリウムショップもなく趣味人も多いとは思えないが、なぜこんな所に?と常に不思議に思っている。

(*6) 霞ヶ浦の流入河川数56に対し流出河川は実質的に常陸利根川のみである。流入河川はほぼ農業地帯のノンポイント汚染と下水道未整備の都市部を通り、汚染物質を流入させるが出る方は水門で閉鎖、これが汚れる図式だ・・・と言いつつ入るだけで出て行かなければ溢れてしまうのでは?それは水門閉鎖はするが一定量の排水はしているのでご安心を、ということらしい。しかし確実に水の滞留時間は伸びており、汚染の原因となっていることは間違いない。この理屈は分かるとしても真の問題は「農業地帯のノンポイント汚染と下水道未整備の都市部」だろう。対処療法ではなく原因を何としなければならないが、現在にいたるまで有効な手は打てていない。以前土浦市が流入河川の桜川にホテイアオイを浮かべて水質浄化を行った、と新聞記事で読んだがこれは何か違うと思った。

(*7) 1往復(行程換算2回)で1周期となる内燃機関。すなわちピストンが上昇する際に排気及び吸気の圧縮を行い、燃焼により下降する際に後半で排気を行う。このエンジンのメリットは何と言っても構造が単純なことによる小型軽量で、コストも安い。反面、シリンダ内のガス交換が不完全なことから未燃焼ガスの排気が起きる。本文に書いたようにこの構造によって船外機に使用した際に水質を著しく悪化させる。またエンジン音がかん高くやかましい。2輪でやかましく排気ガスが臭いのはこの2ストロークエンジンを載せているタイプだ。今や環境に優しくないローテクの代表的存在であると思う。

(*8) ミズオオバコは水深のある環境では大型化するが、同種とは思えない程大きくなるために「オオミズオオバコ」として別種とする立場があった。これは現在否定する立場が一般的であるが、数年間育成・観察した結果、不思議な現象も確認している。草体が大型化するのは環境適応であると思うが、発芽後に水深のある環境に移植しても大きくならず花芽も水上に伸ばすことはなかった。元々は水深2〜3cmほどの水田で採集した株の末裔だが、その環境が遺伝的に形質に刻まれてしまったためだろうか。(そうなれば立派な「種」だ)水深のある環境で大型化した株も実験してみたいが、自宅周辺ではそんな贅沢が言えないほど減少してしまったために果たせていない。
 オオハリイも本文で書いた通り、小穂も含めて判別点はわりと曖昧、「ハリイが大きいだけじゃん」という気もするが、植物の分類は度々変更もあるのでそのうち変わるかも知れない。ただ少なくてもハリイ、オオハリイは水深というパラメータは関係がなく、自生場所も同じまたは似たようなものなので環境要因は関係がない可能性が高い。

(*9) オオハリイは前出「カヤツリグサ科入門図鑑」によれば特徴として「茎の基部はハリイよりも広範囲に赤紫色を帯びる。茎は垂れて、先端に不定芽を生じることが多い。」とある。(P146)一方、角野康郎先生の「日本の水草」によれば、「穂や果実の長さに関してはハリイとオオハイイの中間型があり」と記述されており(P186)私が見た「オオハリイ」のどっちつかずの印象はこの中間型を見たことによる可能性もある。オオハリイの存在を否定しているわけではない。


【参考文献】

・カヤツリグサ科入門図鑑 谷城勝弘著 全国農村教育協会 2007
・日本の水草 角野康郎著 文一総合出版 2014

【Photo Data】

・Ricoh CX5 *2019.8.20(fig1,fig5) 茨城県稲敷市
・Canon EOS KissX9 + EF-S60mmF2.8Macro *2018.7.14(fig2,fig3,fig4) 茨城県稲敷市
・Pentax OptioW90 *2010.9.30(fig6) 茨城県土浦市
・Canon EOS KissX7 + EF-S24mmF2.8 *2019.9.28(fig7) 茨城県稲敷市
・Canon PowerShotG11 *2010.5.6(fig8) 茨城県取手市


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