日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ホソバイヌタデ
(C)半夏堂
Feature Persicaria trigonocarpa  (Makino) Nakai


タデ科イヌタデ属 ホソバイヌタデ 学名 Persicaria trigonocarpa  (Makino) Nakai
被子植物APGV分類 : 同分類
環境省レッドリスト2015 準絶滅危惧(NT)

撮影 2011年10月 茨城県取手市 河川敷氾濫原
氾濫依存型

 ホソバイヌタデは分布の濃淡が極めて甚だしい植物であり、「日本のレッドデータ検索システム」を参照すると東北地方の一部(宮城県、山形県)、関東地方(ただし東京都、神奈川県は絶滅)、愛知県、近畿地方の一部と、いわば飛び飛びの分布となっており、見かけ上は隔離分布(*1)の状況である。ホソバイヌタデは一般湿地や休耕田ではなく、河川敷に多い植物なので開発や自生環境の喪失といった減少の理由は当てはまらず、自生情報が抜けている県にはもともと自生が無かったのではないだろうか。

 当地茨城県は都道府県RDBでは宮城県とともに準絶滅危惧種(NT)となっており、レッドデータのランクを信じるとすれば他地域に比べて分布が濃い。しかし実態は県北〜県央では本種はほぼ見られず(大河川である那珂川、久慈川流域を多少調査しての結論)、利根川水系流域、特に小貝川や鬼怒川流域の一部に集中している。とは言え、様々な手段で(*2)極力河川敷への越流も防いでいる利根川河川敷にはあまり見られない。「あまり」というのは控えめな表現であって、自分の調査では大利根橋(*3)下流では右岸左岸とも見ることが出来なかった。その調査の甘さを考慮しての表現である。

 利根川河川敷が湿地的ではないのかと言うとけっしてそうではなく、探査記録の記事でも触れた通り様々な湿地植物が見られる。しかしホソバイヌタデの当地及び周辺の自生地には共通する特徴があり、それは「越流」というキーワードである。あるいは氾濫原と言い換えても良いだろう。ホソバイヌタデが大規模な群落を形成し、一面ピンクに染まるような場所は渡良瀬遊水地南部にしても小貝川氾濫原にしても、少なくても年に数回は越流が発生し、冠水する。野焼きとは異質の攪乱が発生する地形である。
 越流とは字面から受ける印象の通り、堤防を越えて氾濫する流れである。(もちろん堤防は内堤防のこと。外堤防を越えれば洪水である)流速があり、まず河川敷の堆積した土砂や有象無象を剥ぎ取るように洗い流す。しかる後、やや流量が落ちた際に運搬された土砂が堆積し土壌の更新が行われるのだ。理論的な背景は分からないが、本種はこのような種類の攪乱に依存する植物なのではないか、と考えている。事実越流の発生頻度によって群落の規模が変化(*4)する。また重機による改修工事が行われた跡地に群落が出現する場合もあり、ホソバイヌタデにとって土壌の更新が重要なキーワードであることは間違いないと思われる。
 野焼きによる攪乱の本質は一般に言われるように日照確保云々ではなく(それも多少はあると思うが)、植物の枯死体を焼くことで無機塩類の利用が可能になることだと考えている。この意味で越流による攪乱も土壌の栄養状態に対して同じ結果をもたらすのではないか、と思う。共通する要因は土壌の更新である。


(P)2010年10月 茨城県取手市 特徴的なピンクの花被

冠水したホソバイヌタデ自生地、小貝川河川敷
2011年10月 茨城県取手市
同地点、ホソバイヌタデの群落
2011年10月 茨城県取手市

腺点

 ホソバイヌタデの有力な同定ポイントとして葉裏の腺点(*5)があげられる。しかしこの「腺点」は肉眼では非常に分かり難く、花期であれば花被の色で判断した方が分かりやすい。本種の自生地には同所的にサクラタデ、シロバナサクラタデ、ミゾソバ、サデクサ、ヤノネグサ、ヤナギタデ、イヌタデ、ヒメタデ(*6)など多くのイヌタデ属植物が生える。このうち葉や花穂の形状、草体の印象で紛れがあるとすればイヌタデである。
 イヌタデは畑地や道端にも生えるが湿地にも進出する。(この意味で水生植物図譜には収録してある)また厄介なことに葉形の変異幅が大きく、場合によってホソバイヌタデより細い葉を付けたりするのだ。「ホソバ」イヌタデであるが、葉形でのイヌタデとの判別が困難である以上、花期であれば花被の色、花期以外は葉裏を見て頑張って腺点を確認するしかない。(以下、比較画像を掲載する)

 当地ではホソバイヌタデは通常大きな群落を形成し、花期には見間違えようもない薄いピンクの花畑となるので容易に見つかるが、小規模な群落はヒメタデやヤナギタデ、イヌタデ群落と重なるように自生するので、こうした微細な同定ポイントを抑えておくことも無駄ではない。

 そもそも腺点とは何のために存在するのだろうか。イヌタデにはなくホソバイヌタデにあるのはなぜか、ハルタデには多くサクラタデにないのはなぜか、後者は単に「種による相違」で終わると思うが、前者に付いて分かりやすい解説があった。一般社団法人日本植物生理学会のWebサイトではみんなのひろばというQ&Aのコンテンツがあり、腺点の質問に対して丁寧かつ分かりやすい回答が掲載されている。内容はリンク先にあるのでご確認頂くとして、実に興味深い腺点の機能が示唆されている。
 主な所を引用すると(「」内同サイトより引用)「生理学的な機能については、現在解明が進んでいる」と断定を避けつつ、「植物同士のコミュニケーション」や「動物による食害からの防御」、「物質の貯蔵や排泄の役割」など思いもよらない生理学的機能が回答されている。ホソバイヌタデ同士でコミュニケーションをとったり、忌避物質により食害を防ぐなど、植物の意志が感じられる機能だと思わないだろうか。ホソバイヌタデは単なる雑草だが、葉裏にこのような深い叡智を持っていると考えれば、腺点を単なる同定ポイントとして終わらせるのは不遜な考え方のような気がしてくる。
 当地には幸か不幸か食害の主犯である鹿や猪はいない(*7)ので、腺点から動物の忌避物質(当該サイトではタンニンやアルカロイド、シュウ酸カルシウムなど、としている)が有効に作用しているのかどうか確認できないが、何とも想像力をかきたてる話だと思う。


(P)2011年10月 茨城県取手市 花穂

【イヌタデとの比較 左:ホソバイヌタデ 右:イヌタデ】
花被は薄いピンク 花被は濃いピンク、または深紅色
腺点が確認できる 腺点はなく、のっぺりした印象
托葉鞘付近、イヌタデよりやや短い 同左、この株はやや長いが変異は多い

存続

 夏は相変わらず暑く、冬は寒い。通常に生活する限り気候変動が実感として理解しにくいが、台風でもないのに集中豪雨が発生するなど確実に変化は起きている。2015年9月10日に発生した鬼怒川の決壊と常総市の洪水は多少人災の香り(*8)もするが、過去の台風や大雨でも決壊しなかった鬼怒川が切れるとは多くの人が想像もしなかった出来事だろう。

 茨城県南部で河川決壊による洪水は鬼怒川と同じ利根川支流である小貝川の方が印象として強い。我が家周辺も過去には何度も冠水しているし、流量調節のための大規模な堰が3つも設置されている。今回はこのためか小貝川が決壊することはなかったが、当然氾濫原は冠水している。越流冠水による攪乱がホソバイヌタデの存続条件としつつも、今回の冠水は桁が違っており撹乱を超えた破壊であったと思われる。(脚注(*4)参照)土壌の更新どころか、開花直前であったホソバイヌタデ群落の上に水流によって運ばれたゴミが堆積してしまったのだ。氾濫原の木をなぎ倒し、池を埋めるほどの越流は過去なかったことだが、今回の事態が気候変動によるものであれば今後も度々発生することだろう。

 一方、私が知る本種の大規模な自生地の一つである渡良瀬遊水地最南部の渡良瀬川河川敷も同様の事態であっただろう。推測形なのは実際に観察していないからだが、渡良瀬遊水地のフィールドワーカーである大和田真澄氏のWebサイト「渡良瀬遊水地の植物」には当日の状況が大迫力の写真とともに掲載されている。この状況を見れば下流にあたる河川敷がどうなったか、容易に想像ができるのである。撮影された地点も渡良瀬川沿いの地点もわりと綿密に歩いているからである。従ってその想像は現実と大きく乖離していないことに確信が持てる。おそらく小貝川氾濫原の惨状以上の荒れ方であったに違いない。

 繰り返すが、これだけの規模の越流冠水は撹乱の範囲を超えている。小貝川氾濫原の方は集中豪雨の半月後に歩いてみたが、氾濫原は湿地よりも荒地に近い状況となっていた。土壌の更新ならぬ地形の更新である。ホソバイヌタデをはじめとする湿地植生にも少なからぬダメージがあったことも事実。今まで「不安定の安定」に立脚していた植物の存続が危ぶまれる状況だ。いわば「予測不能な不安定」が現状となっている。現在ホソバイヌタデはわりと容易に見つけることができる。この流域に限っては「準絶滅危惧(NT)」も加重な印象(*9)を受ける。しかし存続条件がやや特殊である点、その特殊な環境が将来的にけっして安泰ではない点を鑑みれば今後の存続は大きく危惧される所であると言えるだろう。


(P)2015年10月 茨城県取手市小貝川河川敷 集中豪雨の爪痕

脚注

(*1) disjunct distribution、または不連続分布。分布が懸隔した地域に渡る状態を指す。特にエリアに付いての規定はないが、国内であれば少なくても隣接しない都道府県単位(青森県と兵庫県に分布、のような)、国単位であれば同様に隣接しない国に分布するような状態である。隔離分布が発生する要因はいくつかあり、元々広い分布のあった生物が、環境変化等の要因によって一部地域にのみ残存した場合、特定の生存環境が必要であり、その環境が点在する場合、また特殊な例として渡り鳥による種子運搬などがある。

(*2) 遊水地や河口堰によって、他河川に比べれば流量調整が図られている、という意味。それでも雨型台風や集中豪雨の際には河川敷に越流する。頻度は支流の小貝川に比べて少ない。(感覚的に1/3程度)利根川には河川敷にゴルフ場や公園が多く、これらも冠水すればもちろん被害を受けるが、小貝川の頻度で冠水すれば維持できないだろうと思われる。

(*3) 国道6号線が利根川を渡る、茨城県取手市と千葉県我孫子市を結ぶ橋。全長約1.2km。この橋から下流は両岸とも緑地公園や運動場などが整備されており川岸に近づくことが容易な場所が多い。初夏には霞ケ浦から産卵のために遡上する巨大なハクレンがジャンプする姿も時折見ることができる。

(*4) 例外もあって、2015年9月10日の集中豪雨(鬼怒川が決壊し茨城県常総市で水害が発生した豪雨)の際の越流は規模が大きく、撹乱と言うよりは破壊に近いものであった。伸びかけた群落を各所で土砂や流木が被覆しており、結果的にこの年は大規模な群落を見ることができなかった。

(*5) または油点。腺点、油点は植物体の物質貯蔵のための点状のもので、本文にある通り動物や昆虫の誘引や忌避、コミュニケーションなど様々な目的をもっていると言われている。(ただし明確に解明はされていない)物質の種類により明るく見えたり暗く見えたりする。肉眼で確認できるものが多いが、本種ホソバイヌタデの腺点は小さいので、加齢的視力障害(簡単に言うと老眼)を持つ私なんぞ余程注意しないと確認できない。

(*6) Persicaria erectominor (Makino) Nakai 当サイトで扱っているヒメタデのこと。諸々異説新説があるのは事実。小貝川氾濫原にはホソバイヌタデ群落に随伴する、やや背丈の低い地味なイヌタデ属植物群落があり、2011年以降様々な経緯があってこの植物を「ヒメタデ」としている。ネットでヒメタデの画像検索をかけると実に様々な植物がヒットする状態は相変わらず。

(*7) 利根川流域も都市部から見れば立派な「田舎」であるが、概ね平野部であり山林が少ない、つまり農村部が多いために鹿や猪はいない。このことは小貝川が多少の雨で増水する、つまり流域に森林などの保水力が乏しい、氾濫原が度々冠水攪乱され貴重な自然が残存する理由にもなっている。西日本の方のWebサイトを拝見すると、希少な植物の自生地で度々食害の例が出てくるが、利根川流域平野部では幸いなことに農産物の被害を含めてあまり聞かない。

(*8) マスコミで報道されているように市役所による避難指示の遅れ、太陽光発電の障害となるために堤防を改修したこと、など(本当にそうかどうかは分からない)今回の水害は人災によって被害が大きくなった点が指摘されている。ただ過去の一帯の水害が数km北の小貝川に集中し、避難指示をする側も避難する住民も「鬼怒川は決壊しない」という安心感のようなものがあったことは否めない。常総市は市長が立派で、これらの批判に対して一切弁明をせず、復興に取り組んでいる。国政の政治家はぜひ見習って欲しい。

(*9) 同じランクであるカワヂシャやミズネコノオに比べれば発見が容易である、という意味。もちろん環境省のレッドデータのランクは全国平均的なものであり、一部地域の状況が必ずしも該当するものではないことは承知。本サイトの随所でレッドデータないしRDBに付いて、調査方法に対する疑義を表明しているが、それはあくまで「疑義」であってランクを変えろと騒いでいるわけではない。

 

Photo :  OLYMPUS OMD E-M10/M Zuiko14-40mm  PENTAX OptioW90 RICOH CX5

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