日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ガシャモク
(C)半夏堂
Feature Potamogeton dentatus Hagstr.


ヒルムシロ科ヒルムシロ属 ガシャモク 学名 Potamogeton dentatus Hagstr.
被子植物APGW分類 : 同分類
環境省レッドリスト2019 絶滅危惧IA類(CR)

撮影 2020年6月 千葉県我孫子市 水の館(fig1)

【ガシャモク】
*今や跡形もないが、以前は霞ヶ浦水系で多産し畑の肥料(緑肥)にするために採集していたという昔話が残っている。その刈取り作業の際の「ガシャ」という農機具の音とモク(水草の古語)を合体した和名がガシャモク、という説もある。似たような草姿のササバモは減少したとはいえ、あちこちに残存があるがガシャモクはこの水系ではびた1本残っていない。ただ埋土種子はまだ生きており、手賀沼流出河川の手賀川沿いの工事による撹乱で発芽したことが暫く前にニュースになった。もちろんびっくりして発芽しただけでそのまま定着できるほど水質や環境は甘くない。この時の株を系統保存しているのが上画面のもの。(千葉県我孫子市「水の館」)
 手賀沼が綺麗になった、と国交省や我孫子市が盛んにアピールしているが、それは北千葉導水路の稼動によって手賀沼のCODが多少改善したという数値上の話に過ぎない。手賀沼には水質以外にリンを大量に含んだ底泥や水草を食害するアメリカザリガニ、そして近年ではナガエツルノゲイトウの大繁茂もあって、かつてガシャモクが育った手賀沼ではなくなってしまった。北千葉導水路を評価して欲しいのならガシャモクの自然発芽と定着を盛り込んだスキームも発表してみろ、と強く言いたい。数値(まさに単なる数値)のために巨額の税金を投入するな、と一納税者として思う。

本物の希望
新着情報

 2020年3月に衝撃的なニュースを目にした。新型コロナウイルスの国内蔓延も十分衝撃的ではあるが、何と青森県でガシャモクが発見されたというニュースである。(→ソースはこちら

 従来ガシャモクは福岡県北九州市南部のお糸池で日本で唯一自生がある状況だったが、これで国内2例目、まだ地道に探せば他でも発見できるのではないか、という希望に満ちたニュースだ。
 ガシャモクはアクアリウムプランツとしてそこそこ出回っており「どうせ誰かが捨てたんじゃねぇの」と思ったが、このニュースを読み進むとさらにガシャモクとエゾヒルムシロの雑種「ツガルモク注1)」まで発見された、とある。そうそう短時間に、かつ簡単に交雑種ができない状況を考えれば元から自生していた可能性が高いだろう。ガシャモクの発見も新種の発見もどちらも凄い衝撃で、どちらに力点を入れて感動すべきか、脳がパニックを起こすほどの出来事である。私が水生植物に興味を持って以来最大のニュースであると言える。


2020年6月 自宅育成 屋外栽培は水槽よりも濃く太く育つ(fig2)


 発見したチームにはシモツケコウホネの発見記載者の一人である志賀隆氏の名前があり、ライフワークを仕上げた後にもう一度ライフワークを仕上げるが如き事績は水草の神に愛されているとしか言いようがない。さらに驚いたことがもう1点。ガシャモクの同定においてもツガルモクの両親特定においても当然のようにDNAの塩基配列を調べている。様々なジャンルで技術の簡易化、低コスト化が進み「プロとアマチュアの差が縮まった」と言われる。特に写真の世界では「コンマ何秒を切り取る」ような写真が民生用市販品の機材で可能となり、以前はプロが苦心して撮っていたような写真がアマチュアにも撮れるようになった。しかし植物の世界では研究者と一般の愛好家の差は広がる一方のようだ。仮に私がこの池を発見したら、

(1)まず混乱する ・・・ 間違いなく
(2)気を取り直して図書館で調べる ・・・ 特に「ツガルモク」
(3)分からないので情報とサンプルを研究者に送る ・・・ 無条件降伏

というアナログのスキームが真っ先に思い浮かぶ。アナログのスキーム、とカタカナを使うと多少格好良いが要はあたふたして挙句に専門家に丸投げ、ってのが実態だ。更に後で自分個人では何もできない事実に気が付き愕然とするだろう。

 いずれ近い将来にDNAの塩基配列解析キットのようなモノが安価で販売されるかも知れない(今でも不完全なものは出回っているいるようだ)しかし上記カメラの例も同じだが、ハードウェアには「使い方」というソフトウェアがあって何にしても知識技能は付いてまわる。塩基配列がずらずら表示されてもそれが何を意味するか分からなければ猫に小判、そのあたりの基本スキルは1日2日で身に付くものとは思えず、そこは相変わらずプロとアマの違いとして残るだろう。この発見に触発されて「よし俺も一発」と思うよりは、このプロチームの今回の事績への賞賛と今後の活躍にエールを贈る方が良いと思う。でもアドレナリンが噴出するような思いを味わってみたい・・・

手賀沼の希望

 森島先生が手賀沼の底泥から見出したテガヌマフラスコモ注2)のように、いかに水質が悪化した手賀沼でも埋土種子や胞子はまだ生きている。それがせっかく発芽しても成長できない水質の現状は悲しいが、冒頭書いたように今や問題は水質だけではなくなっており、手賀沼の自然再生は日暮れて道遠しである。しばらく前に手賀沼流出河川注3)の手賀川流域で工事で掘削した池で復活したガシャモクは人為的な環境で維持されているだけになったが、これはある意味当然の話であって、問題なく生育できる環境であれば工事による攪乱がなくてもシードバンクから自然に発芽している。もっともその状況は自然再生が成されている「あるべき姿」であり、現状は足元にも到達していない。

 まだこの可能性が失われていない以上、希望は希望だ。ただしこの希望は期間限定で、有限の寿命があるとされる埋土種子の寿命が尽きればお終い。理論的には50年、60年といわれる寿命もそれこそ「理論値」であって今日明日に寿命が尽きる可能性もゼロではない。それを考えればこの「手賀沼系統」の株は貴重な存在だ。上画像のように自宅でもガシャモクを育成しているが、他人様に頂いたもので出自はよく分からない。以前手賀沼の復活株は里親制度をやっていた記憶があり、そのあたりからの流出ではないかと思われるが確かではない。
 そもそもガシャモクに「系統」があるのか?それこそゲノム解析で相違を見つけなければ何とも言えないと思うが、リンク先記事のゲノム比較では同定のための比較しか表示されておらず、あるのか無いのか分からない。もっともすべて表示されても解説がなければ何が何だか分からない素人の悲しさ。手賀沼で見つかったものは手賀沼由来、とシンプルに考えた方が良さそうだ。

昔日の光景

 この画像は「水の館」に掲示されていた昔の手賀沼の写真を撮影したものである。写真を写真に撮った際の著作権、そして誰が撮影したのか良く分からないのでとりあえず(C)我孫子市水の館、としておくが問題があればご一報頂きたい。

 本題に戻り、この写真で船に積まれているのは水草である。採集している方は農業用の肥料として集めていたわけで、ガシャモクだろうがササバモだろうが何でも良かったのだろうが、この堆く積まれた水草のうちどれほどがガシャモクなのだろう。この左手に持った棒状の器具でこれだけ水草が集められるとは今では想像も付かない豊穣さだ。
 現代では安価な化学肥料が出回っているので、水草があったとしてもこんな手間のかかる事をする人はいないと思うが、現在の手賀沼でも同じ光景は再現できる。ただし相手はガシャモクやササバモではなくナガエツルノゲイトウである。そうしてもらった方がみんな幸せになれるはず、と考えてしまった程インパクトのある写真だ。


2020年6月 水の館に展示されていた「モク採り」の写真。よくこんな写真が残っていたものだ、と思う(fig3)


 こうしてガシャガシャ音をたててモクを集めていた時代が確認できたが、ガシャモクやその他沈水植物はいつ頃手賀沼から姿を消したのだろうか?文献で画像や時代が特定できるものとして「水草の観察と研究」(大滝末男著、ニューサイエンス社)があり、ガシャモクの写真のキャプションには「1971年9月25日手賀沼産」とある。日本の高度経済成長は1954〜1970年と言われているが、ちょうどその翌年である。この時代、子供心にも社会全体が行け行けドンドンで環境保全や自然保護の概念が希薄であったような記憶がある。地方都市在住ではあったが、小学生時代の夏休みの定番だった昆虫採集は学年が進むとともに場所(雑木林)が減少し、小魚を捕っていた池は埋め立てられ、跡地は次々と住宅になって行った。人口が密集する一方で下水道整備は追いつかず(実は現在も追いついていない注4))河川湖沼には未処理の排水がダイレクトに流れ込んでいたはず。

 この高度成長期の間には手賀沼流入河川の大津川流域の人口増加もあったはずで(汚染のデータ=排水量と換算すれば裏付けられる)この状況を考えれば1971年にガシャモクが存在したことはむしろ奇跡的かも知れない。この状況を考慮すればおそらくガシャモクが手賀沼から姿を消したのは1972年プラス2〜3年ぐらいの間だろうか。埋土種子の寿命に関しては植物種毎に異なりよく分かっていない部分も多々あるが、概ね50〜60年とされている。となれば現在はまさにその寿命が尽きる期間であると言えるだろう。今後何年か経過すると埋土種子を採取してもナガエツルノゲイトウとオオフサモ以外見つからない、ってことも十分に考えられる。手賀沼は色々な意味でホットな時期に入っているのかも知れない。
 半世紀も前の事を今更悔やんでも仕方がないが、1970年前後、手賀沼のあたりは何度か通っており、あの頃水草の趣味があれば確認できていたのになぁ、と思う事がある。本当に今更だ。覆水盆に返らず。

植物体
近似種との相違

 このサイトの記事を読んでいる方には説明の必要もないだろうが、一応の嗜みとして植物体の特徴を。今や見つかる可能性は低いが(冒頭の青森県の池のようにまったく無い、とは言えない)ガシャモクの近似種にはササバモと両者の交雑種であるインバモがある。3種の顕著な相違は葉柄と葉形に現れる。

 左の葉柄が極端に短く葉形が丸みを帯びているのがガシャモクである。冒頭の画像(fig1)は屋内水槽で育てているためにやや華奢な印象があるが、野外で出会うとすればこの画像やfig2のような印象であるはず。多少の変異はあるかも知れないが葉柄が極端に短いことでも判別できる。

 右の2本はササバモ(Potamogeton malaianus Miq.)で、それぞれ浮葉と沈水葉である。ササバモはこの他水が引いた湿地で気中葉を形成することがある。この点からガシャモクよりも環境適応能力に優れていると思われ、似たような草姿でありながら残存が多い要因にもなっている。


2009年6月 近似種の葉形比較、左からガシャモク、インバモ、ササバモ(fig4)


 ササバモは野生では浮葉を出す場合と沈水葉のみの場合があり、前者は止水や流れの緩い環境、後者は冷水で流れが速い環境で見られることが多い。育成環境ではほぼ浮葉を出す。また、水域に進出する余地があっても岸辺に陸生型を生じることがあり、水中での生育にこだわっていないかのような印象も受ける。

 中央が両者の種間雑種のインバモ(Potamogeton x inbaensis Kadono)である。インバモには2型注5)があり、それぞれササバモが母種となった場合、ガシャモクが母種となった場合で、葉の形状が異なる。画像のものは形質から見てササバモが母種のM型と考えられるが、ササバモの形質を色濃く受け継いでおり、育成下でも盛んに浮葉を展開する。ガシャモクとササバモの種間雑種である特徴は葉柄にも表現されており、明瞭な葉柄はあるがササバモほど長くない。また交雑種であり基本的には不稔である。
 ガシャモクとインバモの自生が残存している福岡県のお糸池の研究結果が、神戸大の角野康郎先生も参加された論文にまとめられており、(以下引用)「栽培実験では、ガシャモクはササバモに比べて渇水時の生存能が低く、M型のインバモはササバモと同様に渇水時の生存能が高かった。お糸池では、近年、透明度の低下や渇水が起こっており、このような生育環境の悪化により、D型のインバモは選択的に生育できなくなった可能性がある」とあり、ガシャモクが母種となったD型のインバモは浮葉や異形葉によって気中に適応する能力を欠いていることも推測される。この事は遺伝子解析によって明らかになった、とあり遺伝子が異なる2種の交雑種が「インバモ」と一括りで分類できるのか、という素人ながらの疑問もある。

 以上のようにガシャモクと最も似た植物はガシャモクの血をひいたインバモ(特にD型)であったが、前述のように新たにツガルモクが発見され、またぞろ面白くなってきた。とは言えガシャモクどころかヒルムシロ科の植物自体を見ることが難しくなりつつある霞ヶ浦水系の住人としては他力本願で新たな発見を祈ることしかできない。

繁殖

 ガシャモクの繁殖は育成下ではほぼ地下茎からの発芽による無性生殖のみが見られる。前述のように手賀川流域で埋土種子が発芽したぐらいなので全く実生しない、ということではないはずだが、ヒルムシロ科の植物に見られる「法則」があるようにも思われる。その法則とは、

(1)ヒルムシロ(狭義)の種子は3%しか発芽せず、97%がシードバンクになる
(2)エビモはほとんど結実しない

というもの。2種のことなので法則まで行っていないが、どちらも「種子」がキーワードになっている。ヒルムシロとエビモはそれぞれ合理的な理由が見出せるが(これに付いてはそれぞれの種の記事で触れる)、ガシャモクもそれほど発芽率が良くないのではないだろうか。種間雑種(インバモ、ツガルモク)を形成するぐらいなので結実はするはずだし発芽もするはずだ。自生地を見ればある程度明らかになると思うが、それは「無いものねだり」だし。


2014年7月 育成環境下の無性生殖株(fig5)


リスクヘッジ

 上記のように手賀沼近辺ではいまだに多くの埋土種子が見られる注6)はずだし、自生地であるお糸池でも然りだろう。ガシャモクが埋土種子を何のために残すのか、と言えばリスクヘッジであることは確実であると考えられる。環境が悪化したら種子でやり過ごす。草体のように水質悪化の影響を大きく受けることがない。極めて合理的な方法論である。
 一方、通常の越冬は根茎(参考文献「日本の水草」では殖芽と表現、P121)によるが、外見的にはヒルムシロの殖芽のように見え、発芽、成長初期にアルコール発酵注7)を行っているのかどうか不明だが状況証拠はある。育成環境の一つで湿地植物を育成するために5号鉢(直径15cm)を逆さまに置き、その上に同じ5号鉢を置いて腰水状態にしていたが、植え替えのためにどかしてみると下の鉢の内側に立派なガシャモクの芽が出ており成長していた。光はもちろん届かず水の中で長期間密閉された状態に近かったために無酸素状態であったと思われるが、それでも成長していたのである。この育ち方はヒルムシロの無酸素成長を想起させられた。自分の仮説ながらエビモの越夏芽から発芽した茎も透明度の低い水底から光が届く水面近くまで相当距離を成長する。これも無酸素成長でエネルギー源はアルコール発酵だと考えている。

 もしガシャモクが同様の方法論を持っているのであれば、多少の水質悪化による導電率の低下には耐えられるはずだが結果的に霞ヶ浦水系や琵琶湖水系では絶えてしまっている。ササバモの残存を考慮すればガシャモクには水質以外の致命的なウィークポイントがあるのかも知れない。ただし手賀沼では「思い当たるフシ」って奴が多すぎてとても特定はできない。

展示植物体の不思議

 蛇足ながら「植物体」チャプターで書くべき話のような気がして追記しておく。冒頭画像、水の館の展示水槽であるがガシャモクが何本か赤い色のものが混じっている。枯死しているわけではなく画像から見て取れるように成長を続けている。そして成長点近くには緑色になりつつある葉も確認できる。私も以前は水槽で、現在は屋外睡蓮鉢でガシャモクを育成しているが見た記憶がない現象である。
 この色は要するに「緑色の」葉緑素を欠く状態である。つまり光合成をしていない。成長にはエネルギーが必要という大原則に照らし合わせれば光合成生産以外のエネルギーを得ているはずだ。水槽なので光量は十分とは言えないまでも導電率の高い河川湖沼に比べれば随分明るい。環境としては光合成を行なわない理由が見つからない。そこで思い当ったのが前項の話、アルコール発酵だ。しかしこのガシャモクが同じようなプロセスを行っているとすると何点か謎が残る。

(1)この明るい好気的な環境でなぜアルコール発酵を行う必要があるのか?
(2)すべての茎ではなく赤茶けた茎が一部なのはなぜか?
(3)自分の水槽や屋外環境で見られないのはなぜか?

 正直なところ見当も付かないが、何かのスイッチが入った株だけアルコール発酵(もしくは類する手段)によってエネルギーを得ているのだろう。もちろんこれは現象面の評価であって原因ではない。こういう現象を見るとますます多くの自生地の観察の必要性を感じるが仕方がない。この点でも希少種はハードルが高い。

朱鷺化
正体不明

 青森の希望に満ちたニュースの一方、従来の唯一の自生地である福岡県のお糸池でも群落規模が縮小傾向にあるという話を聞く。施設や個人で維持しているとは言え、激甚災害が頻発するご時世、何かの拍子で池に土砂が流れ込んで、という事態も考えられる。

 万が一国内で絶えてしまった場合、トキのように、ガシャモクの分布があるとされる中国注8)に貸してもらうことは可能なのだろうか。手元に上海の空港で購入した中国の湿地植物図鑑(湿地植物 李強他 南方日報出版社)があり、ヒルムシロ科も10種類掲載されている。画像と学名からササバモやエビモ、ヒルムシロ、オヒルムシロ、ヒロハノエビモは特定できたが(中国語の解説が読めない)正体不明の中にpotamogeton lucensという気になる植物があった。葉柄が短い葉脈が目立つガシャモク型のヒルムシロ科植物である。念のためpotamogeton lucensで画像検索すると私の目にはガシャモクそのものに見える画像が多数ヒットする。


2007年10月 自宅育成(fig6)


人為的リスクヘッジ

 学名は世界共通、と認識していたが調べてみるとシノニム注9)でPotamogeton lucens L. subsp. sinicus (Migo) H.Hara var. teganumensis Makinoという学名が見つかり、めでたく中国にもガシャモクが存在することが分かった。この図鑑には自生地に台湾も含まれており、時代によってキナ臭くなる関係の中国よりも親日的な台湾の方がやりとりし易いかも。ちなみに中国名は「光叶眼子菜」であり、また興味深いことに全草可作緑肥、と解説されている。この程度は漢字から何となく雰囲気が分かるが、もしかするとどこかでfig3のような光景が見られるのか?
 起きて欲しくないことはもちろんだが、絶滅という万が一に備えるのがリスクヘッジと考えれば今のうちに中国産、台湾産の複数地点のサンプルを入手し解析をしておいた方が良いのではないか。発表されているデータを信用するとして、中国産と日本産のトキの遺伝子の違いは0.065%であり「個体差レベル」とされている。個体の中には遺伝子が一致したものもあるということなので、大規模な繁殖に成功して日本の空に羽ばたけば、昔の人が見ていたものと同じ光景が見られる、と言ってもよいだろう。

 ガシャモクの場合、すでに一部が解析されており「異端の植物「水草」を科学する」(田中法生著 ベレ出版)に掲載された、「シャノンの遺伝子多様度指数」によれば中国のアルハイ湖という水域に自生するガシャモクは0.16、お糸池のものは0.22、手賀沼で復活した株は0.34という結果が示されており、手賀沼の復活株は多様性が高く様々なリスクに対して対応能力がある、と結論付けられている。たしかに数値だけを見れば手賀沼復活株は中国産の倍以上の多様性を持っている。
 この結果から、可能性は低いが手賀沼の復活株や埋土種子が絶えてしまった場合、お糸池や中国産では代替できない、逆もまた然りという話になる。この解析例では中国産と言っても自生地1箇所のみのサンプルであり、他所には多様性の高い集団が残存している可能性もあるが、霞ヶ浦水系の遺伝的多様性が高いガシャモクと同一のものを見つけることは難しいかも知れない。

 自生が不安定、埋土種子の残存余命も不明な中で、「手賀沼にマシジミとガシャモクを復活させる会注10)」が頑張って手賀沼にガシャモクがワサワサ生えるようになるまで私の寿命が持つかどうか(たぶん無理)という状況のなか、会員からもこんな声が聞こえて来るとなれば、やらなければならい事は次の一手。私は自宅のプランターで育つガシャモクを見て手賀沼だと思うことにする。しかし後世に豊かな自然環境を受け継ぐことは今生きている人間の義務であるはず。手賀沼の現状を見ているとすでに鬼籍に入った若い頃の上司の言葉を思い出す。「何をしたかが重要ではなく、何をしようとしたかが重要だ」何とかしようとする意思を持つ人間がいる限り希望があると信じたい。

脚注

(*1) 新潟大学、弘前大学、北海道大学共同論文日本新産となる水草の雑種「ツガルモク」を発見を参照。和名ツガルモク、学名Potamogeton × angustifolius、研究によれば核DNAからエゾヒルムシロとガシャモクに由来する遺伝型の両方が検出され、母系遺伝する葉緑体DNAからエゾヒルムシロと同一の遺伝子型が検出されたという。これだけ見れば素人の私には新種確定と理解できる。

(*2) Nitella furcata var. fallosa. シャジクモ科フラスコモ属、環境省レッドリスト2019 野生絶滅(EW)。日本固有種の絶滅種であったが、森嶋秀治先生他のチームが手賀沼の底泥から休眠卵胞子を見出し復活させた。近似種にフタマタフラスコモ(Nitella furcata Roxburgh ex Bruzelius C. Agardh var. furcata)があるが、こちらも絶滅危惧T類(CR+EN)に指定されており残存が少ない。植物体の特徴に関してはシャジクモ科に不案内な私より「車軸藻のページ」のテガヌマフラスコモの解説を参照されたい。

(*3) 手賀沼は法的にも(河川法)地形的にも河川なので、手賀川が「手賀沼の流出河川」という表現は相応しくないかも知れない。干拓以前はイメージ的にも「沼」であり広大な面積のウェットランドであったが、現在では大津川他の河川が合流し一時的に川幅が広がり手賀川となって利根川に合流する地形となっている。その「一時的に川幅が広がり」が仇となり汚染物質が滞留してしまったのが環境悪化の原因。この汚染滞留の水域に利根川の水を導水して薄めるのが北千葉導水路であるが、結局は水は手賀川を通って利根川に戻るわけで何だか良く分からない。一方、手賀沼がCOD値以外にさしたる変化がないのは水を注いでも湖底に溜まったリンが排出されないからではないか、と思う。ガシャモクの植栽実験も行われているが意外に事に最大のハードルがアメリカザリガニとなっている。ただこればかりは周囲の水域が連続した水田や水路の状況を見ると根絶は不可能だろう。

(*4) 平成30年度末の下水道普及率は全国平均79.3%であるが都道府県間の格差が激しく、東京都が99.6%であるのに対し、茨城県は62.4%である。(公益社団法人日本下水道協会の統計データより)しかしこれはあくまで「平均値」であって、茨城県の場合、つくばエクスプレスの開通で急速に人口が増加した守谷市やつくば市が高い数値であるのに対し、その他の都市は全国平均をはるかに下回っている。それでも何年か前に我が家も浄化槽生活を脱却したので以前よりは普及率が上がっているはずだ。手賀沼の場合も事情は同様で、急速に人口が増えた柏市や鎌ヶ谷市を流域とする大津川が流入するために汚染が進んだ、という説が有力で、ある試算によれば汚濁の約4割が大津川から流入していたとされる。

(*5) インバモにはガシャモクを母親とするD型とササバモを母親とするM型の2型がある。Dはガシャモクの種小名dentatusの頭文字、Mはササバモの種小名malaianusの頭文字で、それぞれどちらが母親となっているか(つまり種子を形成したのか)を表している。確証はないがM型の方が異形葉を出しやすい気もするが、D型も出すので形状で判断した方が早い。両方育成したことがあるが私でも判断できる程度に違いがある。

(*6) 手賀沼のシードバンクの状況調査に付いては、千葉大学園芸学部と筑波実験植物園が共同研究を行った埋土種子を利用した水辺植生再生のための基礎的研究に詳しい。この調査によるとガシャモクをはじめ多くの水生植物の埋土種子が発見されており、その後の発芽実験でも結果は良好であったようだ。ちなみに筑波実験植物園側は水草に造詣の深い田中法生氏(「異端の植物「水草」を科学する」の著者)が参加されている。解説がないので定かではないが、現在筑波実験植物園のエントランス付近、コシガヤホシクサの展示池に繁茂しているガシャモクはこの時の株、手賀沼系統のものではないだろうか。

(*7) アルコール発酵は、グルコースやフルクトース、ショ糖などの糖を分解しエタノールと二酸化炭素を生成してエネルギーを得る代謝プロセスである。このプロセスは酸素を必要としないのでヒルムシロの殖芽が水底の泥の中という嫌気的環境でも作用する。アルコール発酵によるエネルギー調達は発芽後に光合成、酸素呼吸が不可能でも成長エネルギーを得られるという利点があり、里山の水路や湿地など必ずしも清浄とは言えない環境で生きる水生植物には大きな武器となっているはず。ガシャモクの根茎(殖芽)がアルコール発酵を行うかどうか知らないが、殖芽の形状がヒルムシロに極めて近いことから、同じ能力を持っているのではないかと想像している。

(*8) 日本水草図鑑の記述及び中国の湿地植物図鑑により確認。ガシャモクは日本以外、中国、台湾のみならず北半球の広く分布するとあるが未確認である。中国は一時話題になった色付の川など自然環境に対して滅茶苦茶だが、黒竜江省に旅行したある方のブログではカラフトグワイ(日本では北海道のみ、それも風前の灯)の目撃例が載せられており東北部にはまだ豊かな環境が残っているようだ。機会があれば現地に行ってみたいが昨今のコロナや政治状況もあって難しいかも知れない。以前中国旅行に行った際には北京、上海、西安と、いわゆる「観光コース」だけだったが道中車窓から見た湖沼河川にはそこそこ水生植物が残存しているようにも見えた。ただ「不都合な真実は見せない」国なので本当の所は分からない。

(*9) synonym、同物異名。この例で言えばガシャモクの学名はPotamogeton dentatus Hagstr.であり、シノニムがPotamogeton lucens L. subsp. sinicus (Migo) H.Hara var. teganumensis Makinoである。命名規約の上ではどちらも正しい学名とされる。中国の図鑑がなぜシノニムの方を使用しているのか理由は不明だが、この文献(湿地植物)では他種にもしばしば見られる。どちらも正しい学名なので間違いではないが読んでいると(もちろん中国語以外)しばしば混乱する。

(*10) 目的は会の名称にある通り。現状は市民団体の位置付のようだ。一見2種類の生物名を冠しているだけにシンプルな活動目的に思えるが、本文にあるようにガシャモクだけでも諸問題が山積している上にそれぞれナガエツルノゲイトウ、タイワンシジミという強力な障壁が出現している。この状況は手賀沼だけの問題ではなく霞ヶ浦水系全体に共通する問題だが、導水路や浚渫といった土木工事だけでは解決できるものではなく、出口が見えない状況が続いている。しかし負けても終わりではない、諦めたら終わりだ、と自戒を込めて思いたい。


【参考文献・論文】
・北九州市お糸池における自然雑種インバモの起源と現状 2008年 天野、大野、須田、飯田、角野、小菅
・日本新産となる水草の雑種「ツガルモク」を発見 −希少種ガシャモクと近縁種エゾヒルムシロの雑種− 2020年 新潟大学、弘前大学、北海道大学

・水草の観察と研究 大滝末男著 ニューサイエンス社 2000年 ISBN-13:978-4821600106
・日本の水草 角野康郎 文一総合出版 2014年 ISBN-13:978-4829984017
・日本水草図鑑 角野康郎 文一総合出版 1994年 ISBN-13:978-4829930342
・異端の植物「水草」を科学する 田中法生著 ベレ出版 2012年 ISBN-13:978-4860643287
・湿地植物 李強他 南方日報出版社(中国)

【Photo Data】

・RICOH CX4 *2020.6.20(fig1,fig3) 千葉県我孫子市水の館展示 *2020.6.20(fig2) 自宅育成
・Canon PowerShot G10 *2009.6.6(fig4) 自宅育成
・SONY NEX-6 + SONY E18-55mm *2014.7.6(fig5) 自宅育成
・Canon EOS KissDigital N + Tokina AT-X100ProF2.8 Macro *2007.10.13(fig6) 自宅育成


Feature Potamogeton dentatus Hagstr.
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