日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
ビャッコイ
(C)半夏堂
Feature Isolepis crassiuscula Hook.f.

カヤツリグサ科ビャッコイ属 ビャッコイ 学名 Isolepis crassiuscula Hook.f.
被子植物APGW分類 : 同分類
環境省レッドリスト2019 絶滅危惧TA類(CR)

撮影 2009年8月 福島県白河市(fig1)


【ビャッコイ】
*本Webサイト、水草雑記帳の記事「推定帰化種の絶滅危惧種」に仮説として書かせて頂いた通り、ビャッコイは絶滅危惧TA類(CR)という、野生絶滅を除けば最も危急度の高いランクにあるが、おそらくは帰化植物である。経緯はまったく不明ながら福島県白河市一カ所に自生があるというのも、植物の性格を考えれば不自然だと思う。茨城県にもカドハリイという「オンリーワン」が霞ヶ浦沿岸部にあるので断定はできないが、本文で考察するように諸般の状況を勘案すればその可能性は高い。
 本種は一属一種、国内に自生するカヤツリグサ科においても特異なポジションにあるが、ビャッコイ属は世界的に見ると北欧を中心に約70種が存在するとされる。 草体はハリイやホタルイに近いが痩果に刺針がないことで区別される。氷河期の残存植物とも言われ、自生地の湧水池が年間を通して水温10〜12℃、杉林に囲まれた半陰半陽であるため、同属の分布状況もあって「スウェーデンにある植物と同種」との説もある。

渡り方向
■渡り鳥伝播説の妥当性

 頭書きにある「スウェーデン同種説」、後から出てくる「オセアニア起源説」、この際カドハリイの存在は置いておくとして、帰化、そして最も妥当性がある渡り鳥伝播を考えた時には自生地案内板にも書かれている「スウェーデン同種説」は消えると考えられる。もっともビャッコイが確実に渡り鳥によって伝播した帰化植物である、という前提自体も仮説なので(隔離分布説も排除しない)、仮説を推論によって証明することの無意味は十分に承知の上、以下、言葉遊びよりは真面目だがしょせんフィクション範疇の文章である。

 ビャッコイを渡り鳥伝播による突発的帰化植物(キタミソウよりも確率の低い)と仮定した場合に、運搬ルート及び方向は南半球に限定される。つまり「オセアニア起源説」が有力となってくるわけだが、それは南半球と我が国を行き来する渡り鳥が意外に多いという「事実」に裏付けられる。


(P)2009年8月 福島県白河市表郷金山字瀬戸原地内のビャッコイ自生地(fig2)


 何を隠そう、自分は鳥に付いては門外漢も良いところ、身近なスズメやカラスなど数種類しか名前が出てこない。先日も庭に見慣れぬ大型の野鳥が飛来し、女房が大騒ぎするので検索したところヤマドリであることが判明。ここでふと気が付いたが、これまでの年月、キジとヤマドリの区別が付いていなかった。その程度の知識量である。

 とは言え、渡り鳥伝播説を検証するのであれば、少なくてもどこからどんな鳥が渡りを行うのか知らないことには話にならない。調べてみたところ、南半球と行き来する渡り鳥にはシギチドリツバメカッコウオオルリなど多くの種類が存在することが分かった。確率として非常に低い渡り鳥伝播説もこれだけの種類の多くの個体数が行き来すれば可能性はまったく皆無ではない、と思われた。
 確率がゼロではないから有り得る、という論法であれば何でもあり、という話になってしまうが、逆に考えてみればたった一か所しか自生が無い環境適応能力が低い植物が残存している可能性の方がさらに低いはずである。ビャッコイの来歴は確率論で云々するわけにはいかないが、自然界は意外とこういう要素がある。


(P)2009年8月 福島県白河市表郷金山字瀬戸原地内のビャッコイ自生地(fig3)


 さて、本文主旨とはまったく関係ないが、上の案内板を読んで「スウェーデン」の件以外に異和感がある部分が一箇所ある。それは所有者が国土交通省になっていることで、環境省ではないのだ。湧水源とは言えここから流れ出し河川となるので管轄は国道交通省で間違いないのだろうが、そうなると植生の保護や外来種の防除などは「管轄外」となり、中央官庁つまり国の支援が見込めなくなるのではないだろうか。
 所在地は両方の省とも霞ヶ関、距離は歩いて数分だが、何か事を成す際の距離は無限大、霞ヶ関名物縦割り行政が今後この小さな自生地に存亡の危機が訪れた際に障壁とならないことを願うばかりだ。たとえばビャッコイの保護のために河川の構造を変更する権限は国土交通省にあるはずだが、そのための設計ノウハウやアセスメント能力は環境省にあるはず。この事業は両者揃わなければうまく行かない。

■キタミソウとの類似性

 上記のようにビャッコイが帰化種である可能性は高いと考えているが、一般論として渡り鳥による種子運搬の確率が非常に低い点は否めない。その上に生育に適したと考えられる、安定した低水温、半陰半陽の湧水池に「着弾」する可能性は更に低いだろう。しかし何千年何万年か分からないが、連綿と続けられてきた渡りの繰り返しの中で、こうした宝くじ以上の確率で起きる「当り」が福島県白河市で起きたと思えば悠久のロマンを感じられるではないか。
 こうした「自然に対する畏敬」がないと野歩きはできない。何も考えなければ藪蚊の多い水溜りのような池に雑草が生えている、以上の感想が生まれてこない。この意味では明治時代に「地元の植物好き少年注1)」が同じ感性を持っていたことは驚きだ。「あまり見ない植物があるぞ、学校に調べてもらおう」という行動も時代を考えると奇跡的だ。

 さて本題のキタミソウとの類似性である。本稿主題ではないがキタミソウも遠くシベリアのツンドラ注2)から渡り鳥によって運搬され、極端に生育条件の限られる場所に着弾した、という類似性がある。現時点で消滅した場所もあるが、キタミソウは複数地点で自生が確認されている。オンリーワンのビャッコイとの違いはキャリアーが夏鳥か冬鳥か、という違いによると思う。
 北から来る冬鳥は出発時点が晩秋ないし初冬であって、植物が結実を終えた時期である上に、長距離の移動を前に体力を付けなければならず食欲も旺盛であるはず。一方の夏鳥は主に繁殖のために飛来するので出発時点では一般的な植物の結実がない、という違いがある。前述のシギやチドリは正確には旅鳥という、一時的に飛来するカテゴリーらしいが植物の伝播という観点で見れば夏鳥に含めてもかまわないだろう。
 つまり、キタミソウとビャッコイは伝播の方法において(ビャッコイを伝播と仮定した場合)類似性はあり、低確率という共通点はありつつも種子のキャリアーである渡り鳥の渡りの目的と時期が異なるために母数はかなり懸隔している、という事が言えるだろう。その結果が自生地の数の違いと言えなくもない。

どこから来たのか問題
Isolepis crassiuscula

 本章の内容は別記事(推定帰化種の絶滅危惧種)にも書いた内容だが、現時点での多少の考察を加えて「ビャッコイの正体」仮説の裏付けとして再録することにする。くどいようだが仮説は文字通り「仮説」であってそれ以上の意味はない。

 渡り鳥の「渡り方向」の問題があったためにビャッコイは飛来したとすれば南半球、という頭が最初からあった。とは言え「南半球」は確認するにしても自転車で気軽に行けるような距離でもなく推測するしかなかったが、たまたま2008年にオーストラリア東海岸に行く機会があり、カヤツリグサ科をはじめとして様々な植物を見る機会があった。
 当時ちょうどこの手のカヤツリグサに興味があったので手に取って調べたが、私の知るハリイやホタルイではなかった。画像のようにランナーが確認できたのでマツバイかなと思ったが草体のイメージが大幅に異なる。この分類の難しいグループの植物だが、数見ているとまさに習うより慣れろ、で何となくイメージが頭に残っている。


(P)2008年8月 オーストラリア東海岸、ケアンズ近郊に自生していたカヤツリグサ科植物(fig4)


 ビャッコイを見たのは写真のクレジットにある通りこの翌年、2009年のことだが、直感的にオーストラリアで見たカヤツリグサ科の植物と最も近いと感じた。もちろん直感は何の根拠にもならない。その後様々な文献を調べたが、ビャッコイのランナー、地下茎に関する記述が見つからず、この画像の植物が和名ビャッコイであるという確証は得られていない。ビャッコイの自生地で株を掘り出して地下茎を確認するような不作法もしていない。それが手っ取り早いのは事実であるが、現在ではそれも法的に無理となった。一方、マツバイの分布はどう調べても北半球であり、南半球には存在しない。(類似の種である可能性はある)動植物が独自の進化を遂げたオーストラリアに存在する「収斂進化注3)」だろうか。

■隔離分布

 その後、しぶとく様々な情報をスクリーニングしていると、オーストラリアにはIsolepis crassiusculaが普通に自生する、という情報が見つかり、自分が見た植物が該当するかどうかは別として、分布は赤道を挟んだ反対側の温帯及び熱帯・亜熱帯(ニューギニアの一部)方向であると確信することができた。この地域は夏鳥の渡り方向とも一致し、推測ながら伝播の可能性が高い、と結論付けることもできるだろう。
 ただし「スウェーデン起源説」を100%否定することも難しい。(証拠がない)この程度の隔離分布は有り得る話で、この場合は自然伝播(人為的ではない、という意味で)ではない。もちろん南半球のIsolepis crassiusculaがビャッコイと同一種であったとしても隔離分布という結論もあり得る。どちらにしてもビャッコイがいつから白河市にあるのか誰も知らないし、帰化したにしても着弾の瞬間は誰も見ていない。

 とは言えIsolepis crassiusculaはオーストラリア、パプアニューギニア、そして日本に分布する、というのが通説で、北欧では確認されていないようだ。まさに文化系人間の弱点、状況証拠の積み上げ全開であるが「ビャッコイはオーストラリア、パプアニューギニアに分布するIsolepis crassiusculaと同種」「伝播または隔離分布」といったところが真、としか言えないようだ。自分で書いておいてナニだが簡単に言えば「何とも言えない」というところ。種の保存法の対象種となった(次項)のを契機に南半球の株と白河の株のゲノム解析でもして欲しいところだ。
 前出リンク記事「推定帰化種の絶滅危惧種」ではキタミソウを絶滅危惧種もしくは帰化植物、と書いたがビャッコイはそれ以上、種の保存法対象植物(次項で詳説)、もしくは帰化植物というさらに極端な状況となってしまう。自分自身はそれほど白黒つけたがる性格ではないが、この、結果によって解釈が180度変わってしまう事象はとても気になっている。

【本稿参考】
Wikipedia Isolepis crassiuscula
PlantNET NEW SOUTH WALES FLORA ONLINE
VicFlora Flora of Victoria

種の保存法
■遅すぎる指定

 国内には希少な野生生物を保護するための「種の保存法注4)」という法律があり、絶滅危惧種の指定とは別次元で「法的に」保護対象となっているが(2020年現在野生動植物種が356種指定されている)2020年の見直しによりビャッコイがカヤツリグサ科としてはじめて指定された。(参考:環境省国内希少野生動植物種一覧

 もともとビャッコイは絶滅危惧TA類(CR)であるし、度々言及しているように国内にはたった一カ所しか自生しない希少な植物である。なぜ今頃になって、という思いもあるし前項で述べたように帰化種の可能性も皆無ではない、という思いもある。なぜなら対象種のリストを注意深く見てみるとヒメイバラモ(イバラモ科、絶滅危惧T類(CR+EN))は指定されているが、指定されて然るべきガシャモク(ヒルムシロ科、絶滅危惧IA類(CR))やムジナモ(モウセンゴケ科、絶滅危惧IA類(CR))も漏れており、同様に僅かな自生地しかないトウサワトラノオ(サクラソウ科、絶滅危惧TB類(EN))も含まれていない。


(P)2009年8月 浅い水域で生育するビャッコイ(fig5)


 ビャッコイの選定は歓迎すべきことだが、それ以前に選定基準がよく分からない。今回の動きは今頃になって、しかも他にも指定すべき種があるのではないか、という疑問がある。本音を言えばやるならまとめてやれ、ってところだ。度々であるが、法律の構成だけが決まっており対象を後でいかようにもできる二段構造には反対である。種の保存法はともかく、同じ構造の外来生物法は必ずどこかで不利益が発生する。法の遵守は国民の義務であるが、法の対象となるものが頻度高く追加され(しかも環境関連では「種の保存法」と「外来生物法」がある)、それを確実に確認しろ、という構造に問題があるとは思わないだろうか。

 種の保存法では生体の捕獲や譲渡等はもちろん、生息地等保護のための規制、保護増殖事業の実施まで多岐にわたる内容を含むがんじがらめの規制が伴う。当然と言えば当然の話だが、今更かい?感もつきまとう。ビャッコイに関しては地元によって自生地が手厚く守られており、植物体の特性からしても採集するような人間はそんなにいないはずだ。(私の同類のような人間が標本作成のために採集する程度か)その意味では現状を追認するに過ぎないと思うが、保護を推進する地元に法的根源が発生した事は良いことだ。また前述のように国土交通省が所有する同じ場所に環境省が主導する法律が食い込んだことも良いことだと思う。

■いつもの問題点

 自生地の最大の問題点はこれ(画像)である。生態系被害防止外来種注5)に指定されているオランダガラシ。こいつの傍若無人ぶりは各地で凄まじいが、個人的に食べるのは好きである。庭の水場に自然発生したオランダガラシは当初見つけ次第引き抜いて燃えるゴミに出していたが最近ではある程度の占有面積は諦めて収穫して食うようにしている。なにしろ単に廃棄するにはもったいない「世界最強の野菜」、しかも無農薬有機栽培のようなものだ。もちろん周囲には自宅敷地外を含めて拡大するような環境はない。

 かの清流中の清流、静岡県の柿田川を見た際にも思った事だが、オランダガラシは定着すると防除するのが難しいのではないだろうか。他種を攻撃するアレロパシーはないと考えられるものの、圧倒的な物量で環境を占有する。ビャッコイ自生地と言いつつ、物量から言えばオランダガラシ自生地になりかねない。私が白河市を訪問した際には、自生地ははっきり色分けされ、オランダガラシが侵入定着したエリアにはビャッコイは入っていけないように見えた。


(P)2009年8月 ビャッコイ自生地のオランダガラシ(緑の濃い部分)(fig6)


 事実はもちろん逆で、もともとビャッコイが生息していたエリアにオランダガラシが入り込み、占有排除したためだろう。現時点でこのように見えるだけで、けっして棲み分けているわけではないはずだ。近隣の手賀沼付近の大群生地(もちろんオランダガラシの)とは異なり、ここでは低水温のためかほとんどの株が沈水化している。ばんばん開花して種を飛ばしまくる、というスタイルではないようだが、このオランダガラシ繁茂エリアにビャッコイが入ってこれていない現状を見れば将来的な勝敗は明らかだ。種の保存法の指定により「生息地等保護のための規制、保護増殖事業の実施」により防除されることが強く期待される。
 オランダガラシは現時点(2020年)では特定外来生物ではなく、生態系被害防止外来種である。一再であるがこのカテゴリーには「何をどうしろ」という強制力はなく、それどころか、詳細には「定着を予防する外来種(定着予防外来種)」、「総合的に対策が必要な外来種(総合対策外来種)」、「適切な管理が必要な産業上重要な外来種」など日本語として解釈するのが難しい文言が並んでいる。誰にどうしろと言っているのか謎であるが、この有様では誰も何もしない、ということになる。

 白河市表郷金山のビャッコイにとって現時点の最大の脅威はオランダガラシであることは間違いない。存続を担保する湧水や半陰半陽を作り出す杉林は無事注6)のようであるし、他にマイナスの環境要因は見当たらない。地元有志はおそらくオランダガラシの防除を行っていると思うが、それで済んでしまえば種の保存法の選定は意味がない。意味を持たせるためには前述のように国土交通省と環境省が連携し、国として具体的な、目に見える支援策を実施することだろう。

■選定もれ

 性格なのか悪い癖なのか、お上のやること、特に環境行政がどうにも気に入らず不備が見えてしまう。本稿前段で触れたように種の保存法の指定から漏れている種がとても気になる。指定種(2020年の見直しで指定された植物種を含む)のうち水生植物(広義注7))の範疇ではこのビャッコイカラフトグワイヒュウガホシクサヒメタツナミソウヒメイバラモシモツケコウホネナガバエビモなどが指定されている。
 指定されたそれぞれの種は妥当だと思うが、前述したガシャモクやムジナモはどうなのだろうか?あくまで「種の保存」なので園芸用途などで一定数の残存があれば保存されていると判断されているのだろうか。だとすれば自然関連の法律としての趣旨から逸脱しているような気がする。なぜなら一定の流通量があると言っても個人でどの程度の育成が成されているのか量的に把握できないではないか。私も聞かれたことはないし、流通側もそうだろう。そもそもこの両種は通販でもしばしば在庫切れを起こしている程で、さほど潤沢に流通しているとは思えない。つまり「種の保存」が量的に担保されているかどうか分からない希少種が対象から外れている。

 さらに言えば「数量的判断」が正としても、指定種のシモツケコウホネは知られているだけで栃木県内に4カ所の自生地がある。全国に2カ所の自生地しかないトウサワトラノオが漏れているのは矛盾しないだろうか。数量的判断、2と4のどちらが多いのか幼稚園生でも分かる。どちらの自生地も実際に見ているが、自生面積、脆弱性ともトウサワトラノオの方が危急度が高い気がする。(もちろん個人の感想)対象種を選定する委員が実際に自生地を見たのか、という疑問も残る。言うまでもなく、本件はデスクワークで結論が出るようなものではない。

 結局のところ、種の保存法にしても外来生物法にしても違和感を感じるのは選定種(あるいは選定されていない種に付いての明確な説明、特にプロセスと理由の説明がない点である。法律の性格からして華々しい国会審議の対象となるような法律ではない、という側面もあるだろうが、唐突に結果だけが出てきた印象は拭えない。積極的に周知が行われている形跡もないが、何も知らずして違反(違法な譲渡、捕獲、輸出入)してしまった場合の罰則は個人の場合「5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金」という非常に重いものである。この点は外来生物法の特定外来生物に付いての罰則に近い。

 2020年、それどころではないCOVID-19注8)騒ぎで、その他のニュースが希薄な状況となっている。穿った見方をすればこの時期、何をどう決定しても影が薄くなり、やがて落ち着いた時に唖然とするような有様になることも考えられる。そもそもビャッコイが認識されたのは1900年前後、義和団事件、4年後の日露戦争に向かい世情が騒然としていた時代だ。その意味では2020年の現代に近いかも知れない。しかしそんな世の中でも地元の植物好き少年が存在したことがすばらしい。我々も流されず、見るべきものは見て、評価すべきものは評価する、そんな姿勢が求められているのかも知れない。

蛇足
■白河のオンリーワンその2

 2009年当時、ビャッコイの探訪記に囲みで書いた「白河市南湖のコウホネ騒動」(現在は公開終了している)。日本におけるコウホネ属研究の第一人者、志賀隆氏によれば、白河市の期待に反し「白河市のコウホネ属植物は形態的特徴から明らかに柱頭盤が赤い浮葉植物(オゼコウホネもしくはベニオグラコウホネ)とコウホネの交雑由来の個体」と結論付けられていたが、ビャッコイの記事を書くことで思い出し、その後どうなったのか気になって調べてみた。するとこのコウホネ、

シラカワコウホネ(仮称)

という表記になっている。結論が出た直後には白河市が発行するガイドブック上では「コウホネ」となっていたが、狭義コウホネとは形質が異なるために見直したようだ。サイジョウコウホネ説もあったが、個人的にはこちらの方が可能性が強いかな?と考えていた。なぜならサイジョウコウホネは通販で売っているからである。(実は私も魅力に負けて買ってしまった)あってはならない事だが、園芸用として通販購入した株が逸出する可能性が最も高い。いわゆる国内移入ってやつだ。
 ところがサイジョウコウホネとも異なるために雑種としてこうしたネーミングになったようだ。雑種でもナガレコウホネのように認知されて記載が行われれば立派な「種」だ。「仮称」となっているのでまだそうした手続きは行われていないようだが、一方でなぜそこまで拘るのかな?という疑問もある。
 千葉県香取市にある「ちょっとだけ変わったコウホネ」は一般的に普通のコウホネとされているが、香取市は「ナガバコウホネ」としてさらりと済ませている。これを見習ったわけではないだろうが、世間一般としてはどうでもよい範疇の話であることは間違いない。水生植物のサイト上でこんな事を書いてしまうのもどうか、と思うが観光資源にでもしようと考えているのだろうか。それなら止めた方が良いと思う。栃木県のトウサワトラノオもシモツケコウホネも見るところ観光資源にはなっていないし、むしろ観光資源になってしまうと保全にマイナスになるような気がする。

 白河市にはこんな「資源」を無理に作らなくてもビャッコイがある。そのビャッコイも行列ができるような「見もの」ではない。もちろん周囲に金も落ない。お互いに(地元も植物も)その方が幸せだし良い結果を生むと思う。単なるよそ者の植物好きだが、その分状況を客観的に見ることができる。余計なお世話ながら(だからこそ「蛇足」)この件はどうしてもそのような感想になる。

脚注

(*1) ビャッコイの最初の採集者は鈴木貞次郎と清水伝吉という、採集当時12〜3歳の「植物好きの少年達」であり、自分たちでは正体が分からなかったため福島師範学校にあった植物教室に照会したという。その教室の先生も正体が分からず、会津の戸の口原という場所で採集した他の植物と一緒に牧野富太郎博士に送付されたようだ。このため命名の段階でビャッコイも会津で採集されたものと勘違いし、会津ゆかりの白虎隊から名前を借りた、というのが真相。明治時代に現代の小学生程度の少年達に「植物好き」が複数いて、きちんとエスカレーションができた、ということが凄い。(採集地や日付などを付けていないのはご愛嬌として)

(*2) ロシア語が起源で「永久凍土」を意味する。ロシアのシベリア地方、アラスカ、カナダにある。実際は永久に凍っているわけではなく、短い夏の期間に表層が溶け湿地帯となるため、地衣類や蘚苔類を中心に植物が生息できる。キタミソウもこのような地形で生息する植物と考えられている。
 ツンドラで懸念されるのは地球温暖化の影響で、永久凍土の融けるスピードが加速されると土壌中にあるメタンが大量に放出される可能性があり、地球温暖化係数という概念ではメタンは同重量で二酸化炭素の21倍の温室化効果をもたらすとされている。温暖化が更なる温暖化を加速させる結果となってしまうのだ。

(*3) 全く系統の異なる生物が、似たような姿形になること。主に環境や取得するエネルギーの種類に拠ると言われるが、生物が独自の進化を遂げたとされるオーストラリアにおいても、不要な機能を切り捨て、必要な機能を強化すれば似たような姿形になることは想像できる。ビャッコイと(学名上は同種とされる)Isolepis crassiusculaは「全く異なる系統」ではなく同じカヤツリグサ科であるが、進化の「根っこ」である元となる生物も同じとは限らない。この可能性まで視野に入れてしまうと、こうして偉そうに長々と書いている割には「何も分かりません」と言っているに等しい事実に気が付き愕然となる。

(*4) 正式には「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」で、その主旨は法律名には珍しく名は体を現す、で簡潔に書いてある通り。1992年(平成4年)6月5日に公布、1993年(平成5年)4月1日施行。たしかに保護対象は時代とともに、環境変化とともに移り変わることは事実だが、二段構造の二段目、対象種が法律本文にない、というのが大きな問題点であると思う。本法で対象となる生物種はどれも極め付きの希少種であり、自生地では法律以前に手厚い保護が成されており、うっかり手を出す人間はいないと思うが、知らずに採集してしまった罰則が重すぎることは外来生物法と同様。

(*5) 何度考えても位置付けがよく分からないカテゴリー。一般的には特定外来生物の予備軍、と解釈すべきだろうが法的な拘束力がなく、自由自在に扱えるわりに「十分な配慮をもって〜」と前置詞が付く不思議な生物群だ。たとえば本文のオランダガラシ、食材としてこれだけ流通量があり生産農家も存在する。今更何をどう注意しろと言うのだろうか。具体的なことは何も書いていないので、注意喚起のつもりであれば意味がない。現実の組織でも「曖昧な指示」は最も忌むべき行為だが、これはそれを地で行く話だと強く思う。(詳細は環境省生態系被害防止外来種リストを参照)

(*6) 本文にあるようにこの自生地は一応所有者が国土交通省となっており、伐採や埋め立てなどの開発リスクはないはずだ。種の保存法の対象となったことにより尚更安全になったはず。しかし茨城県竜ヶ崎市の蛇沼は豊富な水生植物が存在し、周囲の里山も保全されていたが、さらにその周囲の山林が宅地開発されたために湧水が枯渇し干上がっている。白河市表郷は大規模な宅地開発や工業団地が出来るような場所ではないと思うが(失礼!)ちょっとした道路工事程度でも影響があるのが湧水。周囲のちょっとした変化が影響を及ぼしてしまう可能性は十分にある。その意味では北半球での蝶のはばたきは南半球の暴風雨となるのだ。

(*7) 広義の水生植物とは沈水、抽水、湿生、水辺の植物を幅広く含むという意味で使っている。実際問題どこまで該当するか、という問題は答があるようでなく、ある程度「えいやっ」で判断するしかなく、当Webサイトの「水生植物図譜」に掲載された植物種は広義も広義、私の個人的判断の賜物であって異論は排除しない。さらに難しいのは湿地という概念で、土壌の水分含有量やらで判定する目安はあるものの、それは季節によって遷移するのが当たり前、固定された目安ではないのだ。
 近所に造成されたやや規模の大きな住宅地があり、元は湿地であった。客土して固めてあるので普通の乾地に見えるが新築された家の周囲にアシが顔を出していて「これは湿地ではないか」と思ったがこれは余談。

(*7) 沈水、浮葉、浮遊、抽水、湿性植物が含まれるという意味。そもそもヒュウガホシクサは日本では絶滅したと考えられており、湿原の再生によって半世紀以上ぶりに発芽した宮崎県の植物、ヒメタツナミソウは喜界島特産で両者見たことがない。ネット情報により湿地性と推測しただけである。金と時間があればぜひ見に行きたいが、どちらも不足しているのでまだ行けていない。

(*8) この凶悪なウィルスの正規名称は「COVID-19」に決まったはずだがマスコミをはじめ「新型コロナウィルス」がスタンダードになっている。WHOは資金の流れや気の使い方が完全に中国寄りとなっていることが明らかで、徐々に影響力が弱くなっているのがこんな所にも現れている。


【Photo Data】

・Canon PowerShotG10 *2009.8.11(fig1)
・Canon EOS KissX3/SIGMA17-70mm *2009.8.11(fig2,fig3,fig5,fig6)
・Canon EOS40D/SIGMA17-70mm *2008.8.8(fig4)


Feature Isolepis crassiuscula Hook.f.
日本の水生植物 水草雑記帳 Feature
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