日本の水生植物 | 湿地環境論 |
小貝川地勢学 植生俯瞰 |
(C)半夏堂 |
小貝川の植生 〜 多様性の持続 |
(P)小貝川氾濫原のノウルシ群落 |
Chapter1 大湿地帯時代からの残存 |
■氾濫原で見られる植物 前稿で書いたように氾濫原の植生は「氾濫原ならでは」のものはなく、基本的には湿地植物そのものであって、それこそ希少な絶滅危惧種から普遍的な水田雑草まで揃っている。また自然の攪乱環境であるので攪乱環境依存度が高いものまであり、いちいち取り上げて行くと膨大な種類になってしまう。とてもWeb記事として収拾が付かないものになるだろう。従って、本稿では氾濫原を特徴付けるもの、一般的な植物種以外の希少性の高いもの、すなわち絶滅危惧種に絞って話を進めたい。 くどいようだが氾濫原にはアゼナやイヌガラシのように水田地帯でよく見られる雑草もある。また優先種はあくまでもアシであって、全域に希少植物が存在するわけではない。ごく稀に私の記事を読んで現地に行かれる熱心な方もいるので念のために書いておく。 小貝川氾濫原を特徴付ける植物の第一はホソバイヌタデ(準絶滅危惧(NT))だろう。他にも特徴的な植物は多いが、開花期にこれほど目立つものはない。ピンクの花穂は群落になるとなかなか自然界では見られないカラーリングとなる。遠目には少し異様な印象も受ける。 (P)花期にはピンクの群落となるホソバイヌタデ 開花期以外にもマニア的な同定ポイントがあって、葉裏の腺点と托葉鞘の緑毛の特徴である。腺点に関しては同環境で生育する他種イヌタデ属、イヌタデやシロバナサクラタデ、ヤナギタデなどと明瞭に区別できるポイントだ。托葉鞘の緑毛は慣れないとなかなか分かりにくいが、葉裏の腺点だけでほぼ本種と特定できるので分からなくても問題ない。 全国的には絶滅危惧種に指定されるほど希少なこの植物も、小貝川氾濫原ではあちこちで大規模な群落を形成している。他所で同規模の群落が見られるのは知りうる限り渡良瀬遊水地か、やや下流の渡良瀬川河川敷ぐらいだ。また江戸川中流や鬼怒川下流でも随所に小規模な群落は見られるので、本種は攪乱環境依存種というよりは利根川水系に元々分布が集中していた種ではないか、と考えられる。小貝川氾濫原に多い植物種ではあるが、小貝川特有と言うよりも利根川水系特有の植物種と言えるだろう。 ■ヒメタデの探し方 同じタデ科でヒメタデ(絶滅危惧U類(VU))という、より希少性の高い種も氾濫原ではやや容易に見つかる。とは言え、生え方にポントがあるので見るべき場所を見なければ見つからない。この種も渡良瀬遊水地近辺や江戸川左岸高水敷など利根川水系に多く、元々この水系には分布が多かったのではないかと推測できる。 本稿前編で触れたように、現在の利根川流路両岸は以前は広大な湿地帯であったことが分かっており、希少種も一般種も取り交ぜ、およそ平地の湿地に見られる植物はほとんど自生していたのではないか、と考えられる。これらは当時からの残存種であり、広範囲に分布していたものが地形の変化や人間の活動(開発)によって、氾濫原に生活の場を見出したと言えなくもない。このためか、ヒメタデは小貝川周辺でも外堤防の外側、後背湿地や休耕田では見ることがない。利根川東遷以前のこの一帯は想像ながら(想像以外にどうしようもない)攪乱に次ぐ攪乱であったはず。こうした環境を好む植物群の残存であろうことは想像を超えて高い確率で事実であると考えられる。その代表的な植物の一つがこのヒメタデだろう。 (P)特有、と言ってもよいヒメタデ ヒメタデに関してはエドガワヌカボタデ(注1)の一件以降目立つ動きがなく、結局何がどうなったのか分かないが、その後の調査でも小貝川や江戸川で正体不明のタデ科植物は見ておらず、おそらく同種(和名シノニム)の可能性が強いと思う。危急度の高いこの植物も自生のパターンに特徴があり、小貝川ではやや容易に発見することが出来る。自生のパターンとは、小貝川ではホソバイヌタデの群落に随伴することが多い、ということで、広い氾濫原中でも彼らが好む地形が同じである、ということだ。この事は同属植物という共通点以上に深い意味を持っている。 ホソバイヌタデとヒメタデが生える地形は、小貝川では河岸の泥濘状の場所ではなく、やや離れた地下水位のい場所になる。他にこうした地形を好む植物もあって、同所的にはヤガミスゲやヤナギタデなどが見られる。ヒメタデは小型草体である上に、地表を匍匐するような自生形態であり、これらの植物に被覆されるような状況もあってなかなか見つけにくい。見つけ方はすでに書いた(本文下線部)ように、直接探すよりは開花期にホソバイヌタデの群落近くを探すことである。 ■域内で普遍的なミゾコウジュ ミゾコウジュ(準絶滅危惧(NT))も小貝川氾濫原ではごく普通の植物となっている。この植物も無い地域にはさっぱり無いが、利根川水系では多くの場所で普遍的な植物である。ミゾコウジュもこの一帯が大湿地帯であった頃から数多く自生しており、それらが残存しているものではないかと考えられる。 ホソバイヌタデやヒメタデと異なるのは氾濫原内であればほぼどこにでも自生している点で、同じ湿地植物でもさほどタイトな生育条件を要求することはないようだ。氾濫原内には多少隆起した地形もあり、標高の高さに比例して乾燥するがこうした地形を好むノウルシなどと共に群落を形成している。基本的に日照を好む植物なので河畔林の林床や密度の濃いアシ帯など、十分な日照が届かない場所には見られない。 本種は都道府県版RDBではより危急度の高いランクとされているが、利根川水系の状況を見ていると、とても絶滅するような植物には思えない。考えられる減少原因は護岸工事による自生環境の喪失、湿地遷移などで、逆に言えばこうした事がないようにある程度意図的に維持されている小貝川流域や渡良瀬遊水地で普通に見られるのは当然の話だ。 (P)氾濫原では圧倒的な株数をほこるミゾコウジュ ■復活か伝播か 近年この植物について気が付いたことだが、東京都内の水辺公園にも多く残存しており、江戸期以前に現在の東京都が利根川の流域であった事、現在の公園が攪乱環境ではないことを勘案すれば大湿地帯時代からの残存種と考えられるだろう。冬型一年草(注2)(越年草)であることを考えれば、むしろ季節を問わず水分が一定する地形が本来の自生環境と言えるだろう。ちなみにミゾコウジュは種子生産性が高く、これらの研究を見る限りシードバンクも形成する。一度絶えた地域でも公園整備の際に復活し定着した可能性が高いと考えられる。東京都荒川区の都立尾久の原公園はその典型的な例で、水辺公園として整備される以前は工場用地であり、現在見られるタコノアシやミゾコウジュはシードバンクから発芽したものである可能性が高い。現在の利根川流域からの伝播も考えられないではないが、距離的な問題や伝播の役割を担うであろう鳥類の食性を考えると可能性が薄いような気がする。 シソ科は湿地植物のなかでも一大グループを形成するが、アキギリ属(Salvia)は本種だけで、意外な印象を受ける。最新のAPG分類(注3)では、何となく見た目が近いヒメジソやイヌゴマのグループではなく、上位分類ではハッカやシロネが属するハッカ連(Mentheae)に属する。見た目や自生形態が近い種とは、さらにその上位分類であるイヌハッカ亜科(Nepetoideae)でやっと合流するので遺伝的な距離は結構乖離している、ということになる。 ■群生するノウルシ 小貝川を特徴付ける植物をもう一種。4月頃、氾濫原を黄色く埋め尽くすほどの群生を見せるノウルシ(準絶滅危惧(NT))。同時期に氾濫原を見ていると、これも絶滅危惧種とは思えないほどの株数がある。この傾向は小貝川のみならず渡良瀬遊水地や荒川水系沿いの多くの湿地でも同様である。前述の植物同様に大湿地帯時代からの残存種だろう。 小貝川氾濫原では起伏のある地形(標高差が意外にある)、すなわち地下の水分多寡が発生している地形でもお構いなしに群落となっている。またアシの密度が高いエリアでもアシが繁茂する前に開花・結実を行うので問題ないようだ。アシが繁茂する6〜7月には草体も枯死して見えなくなるスプリング・エフェメラル(注4)である。すなわち本種の減少原因は遷移や競合ではなく存続環境(湿地環境)そのものの喪失にリンクしている。ノウルシは基本的には強靭な植物であり、より強力な植物(アシ)との競合は避けているので、安定した湿地地形すなわち氾濫原河川敷では大きな群落となる。 同じ水系でも利根川本流沿いや荒川下流部では見られないが、これは護岸や河川敷利用に関係があると考えられる。これらは見た目以上に河川敷の地下水位に影響している。 (P)春の氾濫原風景、黄色いノウルシ群落 ノウルシは漢字表記すれば「野漆」だが、漆のように工芸品の材料となることはもちろんない。漆のもう一つの特徴である「かぶれ」を持っているが故のネーミングである。かぶれの成分はトウダイグサ属に共通する有毒成分、ジテルペンやユーホルニンに由来する。水田脇でもよく見られるトウダイグサも同じだが、茎を傷付けると白い液体が出てくる。この液体中に有毒成分があるので触らない方が良い。 綺麗ではあるがどことなく不気味な印象もある本種、よく知らない植物はうっかり触らない方がよい、という原則通りの植物だ。この植物は本当に絶滅危惧種らしからぬ強さがあり、サクラソウの自生地で有名なさいたま市の田島が原ではサクラソウの時期に本来の赤や白、ピンクではなくノウルシの黄色が目立つ現状となっている。見学者からは「サクラソウ公園ではなくノウルシ公園だ」という声が聞かれるほど。上記の通り、アシ以外の同時期の植物との競合にも強いのである。 全国的には準絶滅危惧(NT)とランクされているノウウシは日本のレッドデータ検索システムで見ると都道府県レベルではより危急度が高い、という妙な現象になっている。関東地方でも我が茨城県、栃木県のみが準絶滅危惧、群馬県、埼玉県、千葉県は絶滅危惧U類、東京都、神奈川県は野生絶滅である。 現在の多摩川や荒川の河川敷(東京都内の)の状況を見ると野生絶滅のイメージが湧かないが、過去の歴史か元々の分布が薄かったのか、何らかの事情があったのだろう。考えられる理由は上記の通り護岸や河川敷利用による地下水位の低下である。現時点では荒川は河川敷の緑地化が成された場所も多く、また水面とさほどの標高差も見られないので何らかの拍子に復活することも十分考えられる。茨城県でも長らく絶滅となっていたトウダイグサ属の植物、センダイタイゲキ(注5)が草刈りをきっかけに復活した例もある。 漆というと和の印象が強く、本種ノウルシが含まれるトウダイグサ科も日本的な印象が強いが、意外なことに多肉植物にカテゴリーされるユーフォルビア(この名前からしてトウダイグサ科だが)もトウダイグサ科であり、世界の温帯〜熱帯地域に幅広く分布し、むしろこちらの方が圧倒的に種類が多い。そして同様に草体を傷付けると白い樹液が出て触るとかぶれる。これらは収斂進化ではなくルーツが同じであると考えられる。ノウルシは見かけが「草」そのもののイメージだがユーフォルビアにはサボテン風ありコーデックス(塊根植物)あり木本植物あり、非常にバラエティーに富んでいるが、いずれも花がどことなくノウルシに似ている。以上は余談。 【その他大湿地帯時代からの残存種と考えられる植物】
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Chapter2 植生2 疑似焼畑農業的植物 |
■焼跡依存 小貝川氾濫原には冠水以外に別種の攪乱、人為的攪乱(野焼き)が発生する場所があり、こちらは主にアシの枯死体による日照の障害が除去されたり、草木灰による土壌へのカリの補給が成されたり、いくつかの理由はあると思われるが、小型の希少な湿地植物が多く見られる傾向がある。 これらの小型植物も渡良瀬遊水地やその他何ヵ所か、利根川水系でよく見られる植物であり、厳密に言えば「大湿地帯時代からの残存」だろう。しかし現状の自生を見ると、人為的攪乱に依存する部分がより大きくなっていると考えられる。逆に言えば氾濫という自然の攪乱だけでは存続が難しいグループと考えられる。 渡良瀬遊水地でも有名な「野焼き」だが、その意味に付いては様々な解釈があり、そのどれもに一定の根拠がある。しかし個人的には、こと小型の湿地植物に関して言えばつまるところ本質的に焼畑農業(注6)なのではないか、と考えている。 (P)小貝川氾濫原の野焼き跡 4月下旬 ■野焼きと栄養分 氾濫原の優先植物は占有面積から見ても自生株数から見ても間違いなくアシだ。言うまでもなくアシは大型で草体も強靭であり、手入れされないアシ原を見ると当年度伸長した株が昨年度の立ち枯れた株と並んでいたりする。分解がさほど早く進まないのだ。なるほどアシが原料である「ヨシズ(注7)」も劣化は遅い。数年間使用して古くなったものを裏庭に積んであるが、土に還るのは数年単位の相当な時間がかかっている。アシは一応草本植物であり、切り取って数年間保つ草、と考えるとこの耐久性は驚異的だ。 一方、草体の大きさに比して養分吸収は盛んであり、まったく人為的介入のないアシ原は年々土壌が痩せているはず。事実、アシを工業原料とするヨシズ業者は材料を調達するアシ原に刈り取り後の火入れ(ヨシ焼き)を毎年行っている。その意味は土壌の更新である。火入れを行わないと当年度に良質の材料を調達できないのだ。分解が進まない分、立ち枯れたアシは吸収した養分を大部分保持している。 アシ原周辺部に自生する小型湿地植物にとっても事情は同じで、まったく必須養分が不足した土壌で成長、開花、結実までの養分は得られない。もともと河川の運搬する土砂が堆積した土壌で、常に地下水位による養分補給も考慮に入れれば、いわゆる「肥沃」な土壌であることは間違いなく、窒素やリンは考慮に入れる必要はない。リービッヒの最小率やドベネックの桶(注8)はこうしたマクロ的な環境で見ると納得できる。この環境で不足するのはカリである。野焼きによる草木灰はまさに小型の湿地植物にとって理に適った焼畑農業だと言えるだろう。 渡良瀬遊水地の大規模な野焼きを見ていると、植物の根茎や種子も焼けてしまい復活しないのではないか、と思う程の火勢だが、燃料(枯れ草)は地表以上にあり、熱や炎は大部分地表と反対方向に向かうため生き残る。野焼き以前も自然発火(落雷や枯草の摩擦などによる)で草原火災は度々発生していたはずであり、こうした自然のサイクルが同様の効果をもたらしていたものと考えられる。地球温暖化、排出二酸化炭素量の問題で何かと俎上に上がる焼畑農業だが、それ以外に生きる術のない人々にとっては理屈の上でも理に適ったものなのだ。 【野焼後に発芽する湿地植物】(以下2点画像は渡良瀬遊水地)
■小型植物 小貝川の野焼地点で見られる小型の希少な湿地植物はヒキノカサ(キンポウゲ科、絶滅危惧U類(VU))とエキサイゼリ(セリ科、準絶滅危惧(NT))である。渡良瀬遊水地の同様の環境で見られるトネハナヤスリ(ハナヤスリ科、絶滅危惧U類(VU))は自分の調査では見出すことが出来なかった。小貝川ではないが一部で野焼きを実施している菅生沼(茨城県常総市)では見ることができる。 トネハナヤスリは現在、関東地方で茨城県、栃木県、千葉県、隔離分布的に近畿地方で大阪府、京都府(近年発見されたがコヒロハハナヤスリとの雑種との説もある)に分布するが、茨城県取手市利根川河川敷で発見されたので「トネ」の名が冠された、とされている。同地は自分の地元でもあり、かなりの広範囲を綿密に見ているが現在では見ることができない。発見地付近では現在河川敷の野焼きが行われておらず、ゴルフ場や公園整備が進んだ現状を鑑みるに今後も再発見される可能性は極めて低いと思われる。それだけに同水系で地理的にも近い小貝川に期待をかけているが、という所である。 チョウジソウ(キョウチクトウ科、準絶滅危惧(NT))は野焼きの行われている常総市付近の氾濫原や渡良瀬遊水地で見ることができるが、美しい花を咲かせるためか盗掘もあり、どちらも小規模な群落に留まっている。 小型草本は前述のようにアシなどの大型草本による日照や養分収奪の影響をモロに受けやすく、常時消滅の危機に晒されていると言える。幸運にもこれらの植物を見ることができた場所は野焼きに加え、刈取りなど何らかの攪乱が発生した場所であり、こうした攪乱が無くなれば比較的早い段階で姿を消してしまうだろう。 【疑似焼畑農業的な小型植物】
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Chapter3 多様性の持続 |
■存続 上記してきた絶滅危惧種の湿地植物群、14種類は実は同所的に見られる場所がある。平均しても10種類前後は見つかるので、湿地として見た場合に驚異的な多様性に溢れた湿地と言えるだろう。もちろん絶滅危惧種のみではなく普遍的なものから、やや減少傾向にあるもの、RDBには入っていないがほぼ同程度に希少な種まで様々な湿地植物を見ることができる。 これだけの湿地植物が見られる理由は前稿に述べた通りだが、氾濫原の存在理由、すなわち河川の性格が変わらない以上、ある程度の安定性は将来も担保されるはずだと思う。 しかし氾濫原が多様性の宝庫である事実は一般に認識されているとは言い難い。前述の国土交通省河川パトロールも機械的に廃棄物の不法投棄の有無を見回っているだけであって、その他の事象にはあまり関心があるとは思えない。パトロールの何人かの方と会話する機会があったが、残念ながら希少な植物の名前をご存知の方はいなかった。(もともと国土交通省に生物分野の配慮は期待できないが)一方で生物分野管轄の環境省は形跡も見られず、今更ながら縦割行政の壁が感じられた。(財源も税金、同じ国がやることなのだが) (P)他所ではあまり見られなくなったマイヅルテンナンショウ 5月中旬 ■担保 鬼怒川で大規模な水害が発生したことで国土交通省は「鬼怒川緊急対策プロジェクト」という総額580億円の対策を行っているが、内容は生態的な影響という観点で見れば大したものではない。個人的にやや懸念していたのは両河川上流部で大規模な遊水地を造成したり、霞ケ浦導水路の如き地下放水路を建設するという対策である。これらは事業規模が一桁上がってしまうので、流域人口を考慮すれば費用対効果の点で全く話にならないが、考えてみれば霞ケ浦導水路もそこはまったく同じなのである。 この対策事業によって利益を享受できる一定の人口は存在する。しかしその費用たる税金はその「一定の人口」だけで賄えるものではなく、All for oneにはなっているかも知れないが、One for allには確実になっていない。同じパターンが議員の地元への利益誘導だと思うが、これって批判の対象になっているのではなかったか。形を変えればすんなり通る、ってのは甚だしく違和感がある。10人の利益には批判があるが1000人の利益は公益となってしまう、本質は同じではないか。 北千葉導水路も霞ケ浦導水路も、このコンテンツで考えてみた通り、原則は予算ありきで現実的な効果はかなり疑わしい。100年に一度の災害であっても、300年背負う負債の「理由」になってしまう。予算化された時点で費用対効果は重要性を失ってしまうのだ。予算ありきの世界は民間企業の論理ではなく、後世に負担を先送りすることに対する呵責もない。 流域住民(自分もそうだが)にとっては大規模な治水対策によって洪水のリスクが高い確率で将来も軽減されるというのはありがたいことだが、対策工事の結果として水量が変化し氾濫原の存在理由が無くなれば、こうした多様性は確実に失われてしまう。地下水位の低下によって自然消滅する前に、冠水しないと分かればゴルフ場やらグラウンドやら雨後の筍の如く出来て消滅はより早まるだろう。見ればChapter2の氾濫原の地形は「池越え150ヤードショートホール」にそのまま使えそうだ。(芝の代わりにアシはイヤだが) 霞ケ浦、利根川水系をはじめ、過去散々痛めつけてきた「自然」が僅かに残存する茨城県。小貝川氾濫原は期せずして最後に残った手つかずの自然だと思う。上記したように存続は現時点で防災と表裏一体だが、氾濫原が河川水量の調整機能を担う限りは現状のまま存続するはず、身近に多様性の湿地が存在する有難味を感じる地域住民としては、何とか現状のバランスが維持されて欲しいものだと思う。 |
脚注 |
(*1) 2013年3月15日の日本植物分類学会第12回大会に於いて「新種エドガワヌカボタデ」として愛知教育大の芹沢俊介氏他により発表されたイヌタデ属植物。和名由来となった江戸川高水敷や同種植物が存在する小貝川氾濫原ではやや普通に見られる植物ながら、従来の認識ではヒメタデそのものではないか、というのが自分の見立てである。 これをすんなり「新種エドガワヌカボタデ」として認めてしまうと、やっとのことで特定できた「ヒメタデ」は何だったのか、ではヒメタデという植物はどれなのか、という個人的感情もある。ヒメタデ自体に誤解や誤認が多く、混乱の遠因となっている気がするが、新種とするからには既知のイヌタデ属をすべて並べて検証し(もちろんイヌタデやサクラタデ、ミゾソバなどは必要ないが、これに関してはヒメタデとヌカボタデは必要)相違点を明示した上で断言して欲しい。(詳しい現状分析に付いては本Webサイト記事「ヒメタデの正体」参照) (*2) 草本植物の生活型は通常、多年草、一年草、越年草に区分されるが、越年草は「生育期間」を考えれれば一年草である。ただし一年草の定義に「暦年内に発芽、開花、結実」という条件があるために独立した区分となっている。秋に発芽し越冬し翌年に開花・結実して枯れる植物は「越年草」だが、冬型一年草又は二年生植物と呼称する場合もある。個人的にこの手の植物は「冬型一年草」が実態に近いのではないかと思い、最近はこの表現を使う場合が多い。 厄介なのが「一年草または多年草」という区分で、植物生理として相反するものを「または」で結んでいる。実例としてホソバノウナギツカミがあるが、一般に一年草とされる本種は関東地方北部である自宅の育成環境では屋外で越冬している。根茎だけではなく葉も落としていないので常緑越冬と言えるだろう。アゼナも睡蓮鉢の底に植栽すると氷の下で常緑越冬している。東北・北海道ではさすがに越冬は無理だと思うが、地域、より広範囲に考えれば同じ植物でも温帯と亜熱帯では動向が変わるはずであり、一年草や多年草という区分は単に生育地での状態を示したものと考えた方が良さそうだ。 (*3) 植物の分類は従来、新エングラー体系(1953、1964)やクロンキスト体系(1988)といった、花や葉の構造、いわゆる「見た目」で分類されており、現在出回っている植物図鑑も多くはこの分類に従っている。1998年になってAPG(Angiosperm Phyrogeny Group 被子植物系統研究グループ)という植物のDNA塩基配列解析を元にした分類基準が提唱され、徐々に普及している。現在は解析が進みAPGW(2016年)という分類基準が公開されている。 旧分類は直感的、見た目の分類ながらAPG分類でも同分類となる結果も多く、あながち捨てたものでもない。似たようなDNA構造を持っていれば発現(見た目)の結果も似通っているはずであり、当然の結末だと思う。ただしゲノム解析は時間がかかり植物種一つずつ解析しなければならない事もあって、改訂の度に変更が発生している。従ってAPG分類と言いつつ旧分類がかなりの頻度で紛れ込んでおり全ての植物種に付いて解析が終了しているわけではない。以上を考慮し当Webサイトでは旧基準による分類をベースとしている。(水生植物図譜はAPG分類を併記) (*4) Spring ephemeral。春先に花をつけ、初夏までに成長を終了させる生活型を持つ草花の総称。夏に日照が阻害される落葉樹林の林床に自生するカタクリやショウジョウバカマ(ユリ科)、フクジュソウやセツブンソウ(キンポウゲ科)が有名で、この生活型から「他植物との日照確保における競合を避けるため」と解釈されることが多い。 湿地植物にもこうした生活型を持つ植物が多いが、湿地には特殊性があり「日照確保における競合」といった単純な問題ではないように思われる。(植物種や考察に付いては本文参照) Spring ephemeralは基本的には多年草であるが、考えてみれば一年草がこの戦略を採用することは極端な綱渡りとなってしまう。すなわち3月に発芽し5月に結実を終了させる、一年草どころか六分の一年草になってしまう。この間に天候不順などがあれば即終了、種の存続に関わる事態となってしまう。 (*5) Euphorbia sendaica Makino. トウダイグサ科トウダイグサ属 環境省レッドリスト2019準絶滅危惧(NT)。東北地方太平洋岸(岩手、宮城、福島)と栃木、茨城、千葉に分布する。ちなみに茨城県と千葉県はそれぞれ1か所しか自生がなく、各県絶滅危惧T類(栃木はU類)に指定されているが環境省カテゴリーでは準絶滅危惧という不思議な逆転が起きている。茨城県では茨城県阿見町の工業団地の片隅の雑木林、ごく僅かな一角に自生が復活し、2017年に見学することができた。極めてマイナーな植物であり、当然ながらトウダイグサやタカトウダイと雰囲気が似ているので綿密に調査すれば他所にも存在するかも知れない。 (*6) 焼畑農業は熱帯雨林を焼いてその灰を養分として作物を育てる農法。基本的に単年〜2年ほどで養分がなくなり次の森林に移る。熱帯雨林なのですぐに元に戻ると思ったが、養分を使い切ってしまうため、また焼失面積が大きいため、毎年520万ヘクタール(東京都の25倍の面積)の熱帯雨林が消失しているというデータもあり多くの国では現在禁止されている。また十分な防火帯を考慮しないための森林火災の延焼による煙害が度々問題となり、私がはじめてマレーシアに行った際には対岸のインドネシア、スマトラ島の森林火災の煙が押し寄せて滞在中ずっと薄曇りのような有様であった。しかし本文にも書いたが基本的に痩せた土地で生計を立てるにはリーズナブルな方法論であり、禁止するのであれば現実的な代替手段を提示すべきだ。 (*7) 伝統工芸品にして、今やエアコンの消費電力を抑える温暖化対策品として見直されている「和風ブラインド」である。原材料はアシであるが製品は一般にヨシ簾。これはアシが「悪し」に通じ縁起が良くないので「良し」に言い換えたとの説が有力。植物体そのものも「ヨシ」と呼称する場合もある。普通に生活していると誰がどこで作っているのか想像も付かないが、大産地の渡良瀬遊水地周辺では専門業者の工場をよく見かける。竹、紐、ヨシが原材料なので劣化して廃棄する際にもプラスティックゴミの問題がない。最もエコで環境に優しい優れたプロダクトだが弱点は和風過ぎて現代的な小洒落た住宅やマンションには雰囲気が合わない所か。同じ伝統工芸品の畳表の原材料は「イ」だが通称は「イグサ」。これは単に言いにくいための呼称と思われる。 (*8) どちらも植物が成長のために必要な養分比率に付いて現した概念。植物の生長速度や収量は、必須栄養素のうち存在する量の最も少ないものにのみ影響されるとする説である。必ずしもそうではない場合が多いが、原則として押さえれば良い程度の概念だと思う。リービッヒは19世紀のドイツの化学者、ドベネックは同じドイツ、19世紀後半〜20世紀前半の学者だが、リービッヒの最小率を分かりやすく具体化したのがドベネックの桶(または要素樽)である。 この概念で陥りがちなのが園芸(アクアリウム)における無駄かつ有害な施肥で、閉鎖環境(植木鉢や水槽)において定量的な実態を把握することなしに比率のみ考慮する、というもの。弊害は肥料負けによる枯死や徒長などによって分かるが、分かった時点では手遅れである。しかも定量的な実態を把握していないので何が悪かったかも分からない、また同じことを繰り返すという負のスパイラル。園芸でよく言われるのが「水やり5年」という言葉だが、植物に水をやるだけでもタイミングや量を把握するのに5年かかる(3年説もある)という話。肥料はさらにその倍の時間かけて一人前。昨日今日始めた素人が理論だけで施肥を行うわけで失敗しない方が不思議だ、というまとめでいかがだろう。 |
小貝川地勢学 植生俯瞰 |
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