日本の水生植物 湿地環境論
霞ケ浦導水路
(C)半夏堂
霞ケ浦導水路 〜 霞ヶ浦再生 物理濾過編続編

(P)霞ケ浦

Chapter1 情報操作?
 風化問題第二弾。本コンテンツ「霞ヶ浦再生 物理濾過編」で述べた、本県で建設が進められていたロクでもないトンネル、いわゆる「霞ケ浦導水路」は当該記事公開後も紆余曲折があり、2010年完成予定の那珂導水路がまだ未完、一時中断していた工事は2014年3月28日の「霞ヶ浦導水事業の検証に係る検討」というニュースネタにもならない小さな会議体で継続が決定されてしまっている。

 一方2015年7月17日には霞ヶ浦導水事業の差し止め訴訟が原告漁民ら敗訴(水戸地裁)で終わり、反対派市民団体のWebサイトが次々に閉鎖されるなど終戦の雰囲気ただよう風化が始まっている印象を受ける。
 個人的にこんなものが何の役に立つのか、という思いは変わっておらず反対のスタンスも不変だが、完成稼働後の影響に付いてのアセスメントが明確でない点に大きな危惧を覚える。もちろん国土交通省は「影響」はポジティブなものしか列記していない。しかしすでに完成部分のテスト稼働でネガティブな影響が出ている。

 霞ヶ浦から利根川にいたる導水路中の「利根導水路」2.6kmは1989年に完成し、1995年に稼働テスト(通水試験)を実施している。この結果(*1)利根川でシジミの大量死が発生し、漁協の猛反対を招いている。現状でも霞ヶ浦の水は常陸川水門(*2)を通じて細々ながら利根川に合流しているので水質の急変や農薬の濃度上昇などの理由は考え難いが、流入量の増大による酸素不足など何らかの因果関係はあったと思われる。(この事は「霞ヶ浦再生 物理濾過編」でも述べた)
 一方、国土交通省は本件に関し、FAQのなかで「平成7年に実施した利根導水路の試験通水時において、シジミの大量死という事実は確認されておりません。また、試験通水時の水質調査の結果、利根川の水質に著しい変化はなかったことを確認しています。」と言い切っている。現在では不思議なことにネット上も含め事実確認ができない。単なる都市伝説にしてはこれだけ多くの非政府系のWebサイトで扱っている問題として納得できないものがある。利根導水路が使用できなくなった場合、長年もめてきた常陸川水門を開けざるを得ず、自縄自縛に陥ることを恐れて「無かったことにする」的な情報操作?と疑いたくなる。何もなくてこれだけの人間が騒いでいる事象を風評とはとても考えられない。好意的に解釈したとしても、国土交通省が「シジミの大量死という事実は確認されておりません」というだけで、実は他の多くの人間は確認している、っている落ち?何だか戦時中の大本営発表のような稚拙な情報選択、操作の香りもしてくる。本当に事実であれば、こう書くべき。そもそも日本語がおかしい。

平成7年に実施した利根導水路の試験通水時において、シジミの大量死という「事実は存在しません」。また、試験通水時の水質調査の結果、利根川の水質に「全く」変化はなかったことを確認しています。測定データはこちらで、確認者は外部機関の○○です。

 無かったことを証明するのは「悪魔の証明」と言われている通り、現実的には不可能。それを言い切るからには、せめて確実なエビデンスは必要である。こうしたプロセスのない「断言」を信じろと言っても今時誰も信じない。この論理の「持って行き方」はそれこそ戦時中の大本営発表と同じだ。
 わずか2.6kmの水路の影響がこの有様では、約43kmの那珂導水路の稼働で何もない、とは言い切れないだろう。それは漁協や原告団が問題視しているような影響ではなく、何か別の思いもよらぬ出来事かも知れない。国は訴訟や批判の内容に一々反論するよりも、真摯な分析とアセスメントを行い、その過程と結果を公表すべきだ。それは県税も突っ込まれた大規模な工事に対する納税者としての当然の要求だと思う。税金の使途を気にしない人間だけではないのだ。


イラスト:国土交通省Webサイトより霞ケ浦導水路の概念図を転載

Chapter2 幻の用水確保
 国土交通省のWebサイトによれば、霞ケ浦導水路の目的は3つある。リンク先(国土交通省)から原文を転載すると、

・水質浄化
那珂川、利根川からの導水により、霞ヶ浦や桜川などをきれいにします。
・水不足の軽減
お互いに水を行き来させることで、那珂川と利根川の水不足による被害を減らします。
・新規都市用水の確保
那珂川と霞ヶ浦において新たに水道用水、工業用水を供給します。

というもの。漁協を中心に「引っ掛かって」いるのはお互いに水を行き来させる(霞ケ浦⇔那珂川)部分で、今や見られない外来魚はいない霞ケ浦のカオスが那珂川に襲いかかってくるのではないか、という恐怖。那珂川の清流ではアユの育成放流を中心に多くの方々が内水面漁業(*3)で生計をたてている。そこにブラックバスなどフィッシュイーターが入ってくれば壊滅的な打撃を受けるのではないか、という懸念。なにしろ霞ケ浦は現状でも十分カオスな湖だが、日々新顔が増えていると言っても過言ではない。(当Webサイト記事霞ケ浦の外来生物参照)
 もう一つは、通常の通水方向が那珂川⇒霞ケ浦であるため、放流した稚魚が取水口に吸い込まれて将来的な漁獲が減少してしまうのではないか、という懸念である。このロスト分は試算も証明もできないが、常識的に考えれば許容範囲と考えられる。しかし稚魚といっても漁業者がコストをかけて放流しているものなので、むろんロストしない方が良いのは間違いない。

 しかし、あくまで個人的見解ながら「水不足の軽減」「新規都市用水の確保」はデタラメとは言わないまでも、取って付けた言訳に思われる。住んでりゃ分かるが、那珂川以南、霞ケ浦・利根川にいたる地域で、利根川上流部のダムの貯水量低下が起きない限りこれらは起こり得ない。一方、利根川も那珂川も源流や上流部流域は気候的には同一の地域であって、お互いを補完するものではない。おそらく起きるとすれば「那珂川と利根川の水不足」はほぼ同時期に起きる。(異なるデータもあり、詳細は次項参照)であるので漁協の懸念は杞憂に終わる可能性が高い。
 さらに怪しいのが「新規都市用水の確保」。知る限り霞ケ浦導水路を利用できる地域に工業地帯の新規開発はないし、人口動態に関しても減少傾向にある。それは県の統計にも数字として現れている。そもそも日本全体が少子高齢化にあって、この地域のみ新規にメガシティが現れるはずもない。
 要するに用水云々は北千葉導水路(*4)同様に「取って付けた」理由であると思われる。本音は「水質浄化」、それも水戸の桜川と千波湖(*5)、霞ケ浦の両方を狙った一石二鳥の事業だ。そう言い切れるのは例えば桜機場(水戸市)の存在。この金のかかった施設には用水確保の機能はない。分水して桜川、千波湖に通す目的の施設である。水不足、新規都市用水の確保という全体66%の「目的」にはまったく適っていない。

 水質浄化は公益目的であって、それ自体非難される理由はない。しかし物事、特に公共事業に付いては常に費用対効果(*6)が求められる。事業を推進する側(国)は自分の金のように使ってるが、元々は税金だ。我々が支払った金である。国(国交省)もそれが分かっているからこそ、水質浄化以外の理由が免罪符として必要になってくる。「用水確保」が突拍子もなく出てくるのはこれが理由としか考えられない。
 客観的に見れば、湖沼の水質浄化、しかも対処療法に数千億の金を費やすことになる。誰がどう考えても費用対効果以前の問題だろう。対処療法であるので根本的な対策にもなっていない。霞ケ浦や手賀沼の汚染原因はわりと明確、住宅排水や農業排水である。霞ケ浦の場合にはこれに常陸川水門による滞留が加わる。これらに対策する数千億なら将来的に効果が持続するはず。それは北千葉導水路が稼働しても水草もシジミも還ってこない手賀沼を見れば分かるではないか。
 穿った見方かも知れないが「予算を消化するために行う事業」「翌年度予算確保のための事業」という官公庁の悪しき伝統が見え隠れするような話だ。もう一度よく考えてみれば、その財源は税金である。我々は所得税、地方税、介護保険料、その他モロモロ天引き税金を支払ったのち、固定資産税を支払い、重量税を支払い、生活のための買い物には8%、移動のためのガソリンや休憩の酒やタバコはほぼ税金、ザックリ括れば五公五民(*7)の如き状態である。それでいてこうした愚挙を見逃すというのはいかにも愚民だ。


(P)霞ケ浦沿岸部の人口希薄地帯。右の隆起は霞ヶ浦本湖に対する堤防

Chapter3 幻の用水確保その2
 右図は茨城県が公表する霞ヶ浦導水事業:那珂川・利根川の渇水対策より転載したものである。図が意味するところは那珂川の水量が減少した際に、利根川から放水することで海水の逆流を防止、以って水戸周辺の上水取水を担保するというもの。そしてエビデンスとして過去の両河川の取水制限が付表としてリンク先サイトに掲載されている。
 しかし、である。直近で大きな水不足となった平成8年のデータを見るとある事に気がつく。那珂川の取水制限がかかったのが4月〜5月、利根川が1月〜3月と8月〜9月である。このデータを「時期がちょうどずれて良かった」と読むのは誤りだ。
 利根川が1月〜3月に渇水、しかし直後の4月に那珂川の水量が増えて海水の逆流を防ぐほどの水量を那珂川に供給できるのか。また那珂川はダムが少なく度々水害(*8)を引き起こしているが、より流量の多い利根川に渇水対策となるほどの水量を供給して、那珂川自体の水量調節が可能なのか、多くの「?」が付いてしまう。
 もちろん年度によって渇水期は異なるだろうが、利根川と那珂川の渇水期が交互に訪れるような都合のよい年度がどの程度あるのだろうか。またあったとしても1か月単位で切り替えするようなトリッキーな運用が可能なのか。それによって出る不都合はどの程度なのか、リスクマネジメントは出来ているのか、一切書かれていない。そして書かれていないのか、ウソなのか、考えていないのかも伺い知れない。本当に大丈夫?という懸念の理由はここである。

 はっきり言えばこういうデータの使い方はダメダメで、この図の補足説明になっていない。このシステムにフィジビリティー(*9)を持たせたければ両河川の年間の流量を月ごとに比較すべきである。その上でダムの調整能力を加味し、相互に調達できる水量を示すべきだ。でなければまさに画餅である。流量の説明をすると矛盾するのであえてこの説明に留めている、というのであれば欺瞞である。この程度の論理性は一般企業であれば新入社員にプレゼンの基本として教える程度のもの、国や県があえて無視しているのは根っこに欺瞞があるのではないか、と思われても仕方がない。
 それとも血で血を洗い明日なき戦いを繰り広げる競争最前線の営業マンに比べて公務員はアホなのか。逆にそれよりも頭が良くて不都合な真実を隠蔽する能力に秀でているのか。



 さらに妙な図が続く。右図も上図同様にリンク先サイトに「霞ケ浦導水路の効果」として掲載されているものだが、導水路によって両河川の水量を調整すればダムの貯水量が確保でき、メデタシメデタシという寸法。
 しかしこれもかなり一方的な説明だと思われる。大きな河川の貯水量を確保できるぐらいの放水を行って、放水した河川の貯水量はどうなるのだろうか。量的な説明がなければこれも画餅ではないのか。図には「取水制限期間41日間⇒34日間」と想定効果が謳われているが、片方の河川が「取水制限期間34日間⇒41日間」では同じではないのか?自分自身が複雑な性格のためか、こうした「分かりやすい」図には疑問点が数多くわいてくる。

 そもそも那珂川に注水するという発想は、霞ケ浦導水路第一の目的である霞ケ浦の浄化に逆行する。そればかりか霞ケ浦の汚れた水を那珂川の清流に混ぜることになるのだが、上水確保を謳っているわりに気にしている形跡がない。ちなみに霞ケ浦はCODによる水質ランキング全国ワースト14位(7.3mg/L)である。水質浄化を謳うわりにこの水を間接的ながら上水目的に使用するというのは本末転倒ではないのか。

 県の説明も上記のようにすんなり理解できるものではない。論理学的に素の状態ではヤバい状態のものをポジティブに持って行く手法がいくつかあるが、この例はそのうちの「情報の取捨選択」だと思われる。簡単に言えば効果のみを強調し、その効果を否定する、矛盾する情報を排除する、というもの。よくある「論理のすり替え」はいわばウソだが、情報の取捨選択は少なくてもウソは付いていない。情報を受け取る側の結論をコントロールするだけである。しかし、ウソが含まれていない分、始末が悪く根底には悪意さえ感じる。
 立場的に国税県税含めすでに1000億以上ブチ込んだ事業に今更「やっぱり効果は得られません」と言えないのは分かるが、事業を継続し完成するためにはさらに2000億以上かかると言われている現在、見直す理由はたっぷりあると思うがいかがだろうか。

Chapter4 政権変われば政策も変わる
 さて、ここまでだけでは「モノの一面しか見ないアホの寝言」である。実はそう言いつつ水資源の枯渇と有効利用の必要性は民主党が政権党になって以来、結構真面目に情報をモニターしている。きっかけは2009年に政権党となった民主党の「事業仕分け」である。

 事業仕分けで真っ先に名前が上がったのが八ツ場ダム(*10)で、民主党の言い分は費用対効果である。しかし前項で私が書いた「費用対効果」と民主党の主張する「費用対効果」はその効果の所在が違う。(ここは強く主張したい)効果の所在は霞ケ浦導水路の場合、水質浄化である。八ツ場ダムは水資源、ライフラインに直結するインフラなのだ。

 水資源は関東地方の場合、大河川の上流ダムの貯水に依存する比率が大きい。渇水のニュースでは必ず干上がったダムの映像が流れる。このことはとりもなおさず霞ケ浦導水路の用水確保が的外れであることを証明している。用水確保にはダムが必要なのである。ライフラインである以上収益性は問題にすべきではないと思う。(もちろん税金の使途として無駄がないように監視は必要だが)

 脱線ながら民主党の思考回路は無茶苦茶である。国の財政を個人の財布と同一に考えている。財政が苦しいので支出を減らす、個人の財布ではそれで良いが、国の財政は税収とリンクしている。経済効果をあげるための公共投資を削減して税収が同じと考えるのは、そもそも立脚点が間違っている。その公共工事の内容にしても「工事のための工事」と「防災、ライフラインのための工事」を同次元でバッサリやっている。それも何だか「マニフェスト」という、従来は産業廃棄物管理票以外の意味を知らなかった粗の多い「お約束」に従って。
 自民党政権に戻り、八ツ場ダムは予算倍増で復活したが(2011年12月に工事再開を決定)、自民党の場合は色々と背景が生臭く(これは自民党自らの責任)素直に「必要だから復活した」と考えているように思えない。客観的に見れば公共投資削減の空白期間がなければ鬼怒川の決壊(2015年)や広島市の土砂災害(2014年)も防止できたか被害が軽減できたか、もっと言えば東日本大震災で防災工事の縮小が被害の拡大を招いたのではないか、とか繰り言のような発想が出てきてしまう。

 話を戻すが、上記事情を考えると霞ケ浦導水路は八ツ場ダムや中国山地の砂防ダムのようなインフラや防災に直結するものではなく、しかも予算規模が桁違いに大きい。一再だが霞ケ浦の汚染対策は沿岸部の農業排水、生活排水、養殖漁業などであり、これらに対策を行う事業は確実に導水路の予算を下回るはずである。またこれなら将来的な効果も期待できる。
 霞ケ浦の現状はこの画像の通りである。これは船溜まりの波がない水域のものだが、水草(僅かに残存するトチカガミ)の切れ端と死魚が吹き寄せられている。透明度もなく、まさに美しくない光景。渡良瀬遊水地の谷中湖では夏場に酸欠でハクレン(*11)の大量死が度々起きるが、霞ケ浦でも沿岸部で大型の魚類、コイ、フナ、ハクレンなどの死骸を見ないことは稀だ。解決策が、この水や死魚の匂いを嗅いだこともなく、透明度の無さを見たこともなく、育ち切れなかった水草が千切れて打ち寄せられているのを見たこともない人々が机上で計画したもの・・・霞ケ浦導水路はそんな存在だ。でなければ政権が変わる度に肯定されたり否定されたりするはずもない。つまり普遍的、かつ万人を納得させる価値がない、ということだ。


(P)霞ケ浦水質の典型

Chapter5 メンタリティー
 霞ケ浦導水路の発想はすでに述べたように北千葉導水路の二番煎じである。国や千葉県が、北千葉導水路が効果的な事業だった、と評価していることは間違いない。根拠として北千葉導水路稼働後の手賀沼のCOD値改善があげられるはず。たしかに数値的には改善している。しかし総事業費約3000億円とされるこの事業で「誰が」恩恵を受けたのだろうか。
 原資は税金なので本来の受益者は納税者であるはず。しかし地域住民を含めて納税者は利益を受けていない。利益があるとすれば「日本一汚い湖のそばに住んでいる」という汚名返上ぐらいか。一方、千葉県や我孫子市、柏市(手賀沼の沿岸自治体)は日本一汚い看板を返上し、環境行政の不手際を追求されるリスクは軽減している。むしろこちらの方が最大利益であるような気がする。

 地域住民、納税者に利益が薄い事業を見習ってもらっても困るが、予算の使い道としては最適である。なにしろ公益目的、効果ありである。予算を使うこと=仕事のメンタリティーの方々には持って来いの話。あくまで一般論だが、あった事の証明は可能だが無かった事の証明は難しいと言う。このロジックで行けば洪水や用水不足が起きなかったのは北千葉導水路の恩恵という主張に根拠をもって反論できない。そこまで考えての目的公開かどうか知らないが、そうであれば言語道断の一言。
 霞ケ浦導水路も浄化目的以外は検証の仕様がない。誰がどう見ても水不足で困った、という状態が起きるとすれば天変地異、非常事態なので責任云々ではなくなるが、近年の動向を見る限り起きる可能性は低い。つまり「無かった事の証明は難しい」状態が続くはず。稼働後に霞ケ浦導水路のおかげで水不足が起きなかった、と主張されても反論の仕様がない。こんなやり方はフェアではない。
 証明できる、と言うか間違いないのは霞ケ浦⇒那珂川に逆流運用が発生した際に、お題目の一つである「桜川・千波湖の浄化」は機能しないという点。しかもこの機場も何十億単位で金がかかっている。茨城県の説明(Chapter3)のように相互に水資源をやりとりするのであれば、霞ケ浦からの導水期間は遊ぶことになる。このように細かく検証すれば矛盾点は多数出てくるのだ。

 さて、渦中の霞ケ浦の東、北浦東岸に鹿嶋市がある。公共交通機関によるアクセスは最悪(*12)で、茨城県民でも行ったことがない、通ったことがない、という人間は多いはず。人口6万7千程度の不便な地方都市がわりと全国区で有名なのは鹿嶋をホームタウンとするアントラーズの2016年の大活躍(J1制覇、クラブワールドカップ準優勝、天皇杯制覇)による所が大きい。しかし実態はアクセスの悪い地方の小都市である。鹿嶋をもって「見たことがない大都会」と表現したのはブラジルのジャングルから出て来たアルシンド(元アントラーズFW)程度。

 一方、鹿嶋を含む鹿行地域(鹿島、行方を中心にした湖岸地域)は救急医療が危機的状況にある。救急指定病院が少なく、場合によっては霞ケ浦対岸の土浦市の病院まで搬送しなければならないケースがあるという。医療機関数は人口対比の面も強いので仕方がない部分もあるが、急性期の搬送がこの様ではそれこそ助かる命も助からない。縦割り行政のなかで金の出所は異なるが、税金(ないし国債)という括りのなかでは同じはず。
 世間一般では記憶の彼方だと思うが、JCO(東海村、株式会社ジェー・シー・オー、住友金属鉱山の子会社)で1999年9月に起きたウランの臨界事故では負傷者の治療が県内では出来ず、東京まで搬送された。東海村には12の原子力関連施設があり、多くは海岸線を通る国道245号線沿いにある。東日本大震災クラスの津波が押し寄せた場合、これらの施設は被災するはず。強力な防潮堤や受入医療機関の整備は不可欠のはず。

 この狭い茨城県だけでも今後整備しなければならないことが多々存在する。いい加減事業ありきのメンタリティーは捨てて、優先順位を明確にすべきだ。たぶん全国都道府県で、国政レベルで似たような話は多いはず。ここの決着がつかない限り霞ケ浦導水路は冒頭の通り「ロクでもないトンネル」だ。


(P)お題目の一つ、浄化が必要な桜川(水戸市内)。ただし逆流運用では効果なし

脚注

(*1) 1995年の利根川シジミ大量死は本文の通り国側の説明では無かったことになっている。一方、多くの方々が事実を指摘しており情報操作の匂いも漂う。あったと仮定しての話で恐縮ながら、大量死と同時期に利根導水路の通水を行っており、客観的に両者の因果関係がないと言う方が不自然である。どちらにしても本格運用が開始されれば(今の流れでは既定路線)はっきりするはず。運用後に同じ事が起きれば国土交通省はウソをついたか、事実が確認できないほど間抜けか、という証明にはなる。以降、国土交通省の発表は信用ならん、ということなるのでそれだけは明記しておく。

(*2) Chapter1、イラスト概念図の左下にある水門。現物は利根川河口堰と連続構造になっている。図で見て理解できるように霞ケ浦、北浦、外浪逆浦(そとなさかうら)などこの水系の唯一の「出口」となっている。沿岸部の水田の塩害防止、水域の淡水化のために締切運用が続いているが、汚染物質が出て行かないために水質の悪化を促進した、という批判がある。
 これだけ聞くと常陸川水門は「悪」であるが、上記水門の目的にも一定の効果があるわけで、そもそも水を汚さなければ良いのだ。そのためには霞ケ浦導水路ではなく、住宅排水、農業排水、ハス田、養殖漁業など対策しなければならない対象があって、それらに対策しても霞ケ浦導水路よりも遥かに安い費用で、しかも永続的な効果が期待できるのではないか、というのが私の意見。

(*3) 河川湖沼など淡水水域における漁業の事。(養殖も含む)霞ケ浦では元々対象が多く、今でも地元スーパーでは霞ケ浦産スジエビやワカサギなどをたまに見かける。養殖でも霞ケ浦は鯉で有名だが、2003年のコイヘルペス(感染した魚の致死率は100%)騒ぎで壊滅的打撃を受けた。

(*4) 利根川から取水し、手賀沼に分水、最終的に江戸川に合流する地下水路。国土交通省が管轄し霞ケ浦導水路同様に、1.手賀川及び坂川の内水排除 2.江戸川の都市用水の確保 3.手賀沼等の水質浄化と3つの目的が公開されているが、手賀沼のCOD値改善には若干の効果があったようだ。他の目的の達成状況に付いてはよく分からない。画期的な効果があれば国交省が勇んで発表しているはずだがそれもない。その程度の「効果」に対し、総工費約3000億である。これが霞ケ浦導水路のモデルとなっているとすれば詳細なアセスメントが成されていないと言わざるを得ない。

(*5) 桜川は水戸市内に源流を持つ全長13.17kmの小さな河川。水戸市中心部で千波湖に合流し、最終的に那珂川に注ぐ。千波湖はこうした性格の湖なので、手賀沼同様に法律上は河川の扱いとなっている。流域は圧倒的に農業地帯が多く、水戸市の中心部に近づくにつれ住宅街となる。このため汚染原因は農業排水と住宅排水に特定される。従って対策は霞ケ浦導水路の分水ではなく、下水道処理のはず。ちなみに霞ケ浦導水路の桜川に分水するための施設は完成済である。

(*6) 読んで字の如く、投下した費用に対し、どの程度効果があるか、という意味。民間企業であれば投資に対する売上利益のシミュレーションによって損益分岐点と利益に転じる時期などは確度高く産出できるが、公共工事の場合売上利益がないため算出できない。例えば北千葉導水路の場合(霞ケ浦導水路は最終的な費用が未確定)総工費3000億が手賀沼のCOD値改善と釣り合うかどうか、公益目的の名の下では判断が難しい。その他の「目的」に付いては本文にある通り、無かったことの証明は難しいため良く分からない。もっと言えば良く分からない事のためにこれだけの費用を、という見方も出来なくはない。

(*7) 江戸時代の年貢収取率(税率)。全収穫量の5割が公(領主)、5割が生産者(農民)の取り分を示した言葉。しかし、である。苛烈な税率と考えるのは早計で、江戸時代には消費税も重量税も固定資産税も介護保険料も、その他モロモロ意識せずに支払っている税金はなく、考えてみれば現代の税制も似たような状況ではないか、と思われる。そうやって支払った税金の使途、さらには爪に火を灯して我々が貯蓄した郵貯をカタに国債を発行してまでかき集めた金の使い道に付いて、もっと厳しく見た方が良いのではないか、と思う。

(*8) 那珂川の水害は近年大規模なものだけでも昭和57年、昭和61年、平成3年に発生しており、このうち昭和61年は浸水家屋3,580戸という大規模な災害であった。もともとは那珂川をはじめ桜川、千波湖など都市防衛の自然の掘割があるような場所に作られたのが水戸であり、都市名からしてその性格を表している。こんな水量コントロールが難しい河川に更に不確定要素を加えよう(霞ケ浦導水路)という発想が不思議だ。もっとも本文にある茨城県の説明では那珂川の治水に関しては触れられていない。そりゃ、那珂川が氾濫するほどの台風や大雨が降れば利根川の水量も半端ないはずなので霞ケ浦導水路は治水には無力だ。

(*9) SI(System Integration)やマーケティング業界で使われる言葉だが、端的に訳せば実行可能性。SIの場合、クライアントに対するシステム全体図の提案が不可欠だが、フィジビリティーの検討がないと既存技術の寄せ集め、果たして運用できるかどうか分からない画に描いた餅になる。例えばデータ処理が瞬時に終わるシステム設計でも「ところで誰がどの程度の時間でデータ入力するか」という点が抜けていたり・・・。受注の欲しい営業が突っ走り、後でSE(システムエンジニア)と揉める有力な原因の一つでもある。どうも国交省や茨城県の霞ケ浦導水路の説明を見ているとそんな香りがしてならない。

(*10) 民主党政権の事業仕分けで有名になった利根川水系吾妻川に建設される多目的ダム。国土交通省の説明によれば「八ッ場ダムは、群馬県吾妻郡長野原町(利根川水系吾妻川)において建設中の洪水調節、流水の正常な機能の維持、水道及び工業用水の新たな確保並びに発電を目的とする多目的ダムです。工期(完成予定年度)は平成31年度、建設に要する費用の概算額は約5,320億円を予定しています。」とある。なにしろ5,320億円なので仕分けしたくなる気持ちは分かるが、政権が自民党に戻り、あまり騒ぎにならないうちにあっさり計画が復活した。

(*11) コイ科の大型魚(最大1.3mオーバー)。もともと中国原産だが霞ケ浦利根川水系で増えている。産卵期には川を遡上する習性があり、霞ケ浦から埼玉県久喜市栗橋、茨城県古河市、五霞町付近にまで産卵遡上する。遡上する際に理由は不明ながら迫力あるジャンプを行う。私の地元でも見られるが、この時期には高価な望遠レンズを付けたカメラマンが河川敷に並ぶ。客観的に見ればこちらの方が珍しい。

(*12) 茨城県の幹線は常磐道及び国道6号線とJR常磐線で、首都圏方面から取手、土浦、水戸、日立などがほぼ直線状にある。鹿嶋は基本的にこの幹線から見ると霞ケ浦、北浦の「向こう側」であり、何か用事があっても非常に行きにくい。ちなみに市内には病院が4、脳神経外科など専門診療科があるのは一つだけで、医療機関が充実しているとは言い難い。


霞ケ浦導水路
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