日本の水生植物 湿地環境論
霞ヶ浦再生 生物濾過編
(C)半夏堂


湖面にアサザ輝く・・

素朴な疑問
 長年に渡って感覚的かつ盲目的に水生植物は水を浄化すると考えていた。色々と調べるうちに沈水植物のみならず湖岸湿地の重要性(*11)やアシ、マコモ帯の浄化機能など、ある意味「植生浄化の信奉者」であって、護岸は良くない、アサザの植栽賛成、と我ながら無邪気なステレオタイプの価値観を持ち続けた点は否定できない。(もちろん実際は色々と調査し、考えてはいますヨ)

 今になって宗旨変え、というわけではなく、植生による水質浄化は認めつつも、その効果は非常に小さく、流入する汚染に比べて蟷螂の斧なのではないかと考えるようになったのだ。
 大きく考えが変わった理由は2つある。一つは高名な霞ヶ浦の湖岸湿地再生実験場所を見たこと、もう一つは目立った負荷の無い水田地帯の湖の惨状を見たことである。見ると聞くとは大違い、と言うが環境に関しては自分で見る情報が間違いない。Webやブログ、写真には匂いがない、全体が見られない、周囲の状況が見られない、要するに恣意的に情報を見せようと思えば可能だからである。たとえば右のアサザの撮影場所(*12)が分かるだろうか?どのようにキャプションを付けても見ている人にはどこで撮影されたものか区別が付かない。

 特に前者、霞ヶ浦の湖岸湿地再生実験は主催者の一人とも言うべき東京大学農学生命科学研究科保全生態学研究室の西廣淳氏が「よみがえる水辺の自然〜土壌シードバンクを活用した湖岸植生の再生〜」として2002年に発表されているが、将来への懸念は示されつつも「その後」に付いては更新されていない。野次馬根性全開の自分としては、更新されないのなら自分で見に行くべし、とレポートさせて頂いたが(公開終了記事「霞ヶ浦プチ今昔物語」)実はアサザをはじめ何も成果が見られなかった。むしろ周辺の水田水路でアサザが元気なのを見て奇異の思いを禁じ得なかった。(後述)

 また農村地帯のど真ん中、目立った環境負荷も見られない湖はアオコとオオマリコケムシ(*13)が元気な「汚れた池」であった。しかしここにもアサザが繁茂しており、アサザと「水質改善」は無理にシンクロさせる必要がないのではないか?と考えるようになったのだ。こう書いてしまうとアサザ基金の活動を否定ないし批判してしまうことになるので補足。(他人が一生懸命行っていることにケチを付けるつもりはない)
 補足は、冒頭書いたようにアサザ以外の水生植物も含めて水質浄化能力はそんなに(人間が期待するほど)高くないのではないか、という「個人的な感想」。もちろんこの問題は純粋に正確な数値をもって判断すべきだが、そんなものはどこにもない(*14)。ない以上「浄化能力が高い」「いや、低い」という議論は無意味である。無意味なことを承知で「個人的な感想」と書いている。しかし一概に無意味と言い切ると大きな誤解が発生することも事実。あえて感覚を文字にしてみればこんな感じか。

(a)水生植物の浄化能力<(b)汚染の発生量<(c)人間の期待する水生植物の浄化能力

 この問題に関してどこにも喧嘩を売りたくない故、非常に回りくどい表現だが、(b)汚染の発生量を軸に、水生植物の浄化能力を(a)と見るか(c)と見るかで結論は異なる。霞ヶ浦全域をアサザで埋め尽くしても(a)であった場合、汚染は進む一方である。アサザの植栽量が一定水準を超えて(c)となった場合、浄化が進むことになる。ただし前述したように、その分岐点が分からない以上、議論は無意味だという意味だ。そして素朴な疑問は「相対的に」植生浄化は効果があるのか?という点だ。よりシンプルに表現すると現状の霞ヶ浦に植生浄化を行って効果があるのかということだ。


(P)アサザ 自宅植栽

湖岸湿地


 霞ヶ浦湖岸湿地再生実験に付いて。現在は立入りが不可能で内部は見られない。評価に付いては前項リンクの西廣先生のテキストや国土交通省から出ている報告書があるのでそちらをご参照頂きたいが、外部から見た限り(2011、2012、2013)水生植物の復活定着はないようだ。
 実はより大規模な湖岸湿地がこの再生実験場の対岸にある。稲敷市の浮島湿原である。湖岸湿地が水質や沈水植物の復活定着にどのような影響を与えるのか、立ち入りも可能なこちらを詳細に観察した方が結論が早いと思う。実験は造成工事など撹乱が発生するのでシードバンクからの一時的な植物の復活もあるだろう。事実報告書には現在霞ヶ浦で見られない植物の復活も報告されている。しかし湖岸湿地による水質浄化の結果による植物の復活と撹乱による発芽はまったくの別物である。安定した湿地がこれらにどのような影響力を持っているのかを評価する方が、湖岸湿地の効果に付いて客観的な解に近いと思われるのだ。


(P)湖岸湿地再生実験場周辺 茨城県潮来市 実験場は右端に見える


 浮島湿原は検索をかけると北海道の同名の湿原ばかりヒットし、情報がなかなか出てこないが別名の「妙岐ノ鼻」で調べると色々出てくる。広さは東京ドーム約10個分、とあるがかなりの広さの湿地で、再生実験場に比べると何十倍かはあるだろう。内陸部には珍しいカモノハシ(*15)の群落などもあり、これらは環境省の特定植物群落として指定されてる。全域を歩くことは出来ないが、周囲に木道が設置されており、今回最も見たい、湿地が霞ヶ浦に接する場所にも出ることが出来る。

 結論から言うとこれだけの大規模な湖岸湿地、植生浄化が活発に行われているであろう水辺には残念ながら沈水植物の姿はなかった。ただし前述したようにこの現象のみで湖岸湿地のバクテリアやら微生物やらの役割、また湿性植物による水質浄化の機能を否定することはできない。この湖岸湿地の水質浄化能力は数値には現すことは出来ないものの膨大なものだと思うが、要は霞ヶ浦の汚染の進行が上回っているのだ。そして沈水植物が再生しない理由は手賀沼と同じ、湖底に堆積したヘドロである。またこの湿地は霞ヶ浦の流入河川の一つ、新利根川の河口に隣接することもあって新利根川流域の面源負荷の影響も考えられる。

 2011年以降、霞ヶ浦では一時見られなくなったアオコの発生(*16)が度々ニュースになっている。原因は東日本大震災によって湖底のヘドロが舞い上がり、アオコが発生しやすい水になってしまったからだ、という。事の真偽はさておき、それだけ霞ヶ浦の湖底にはヘドロが堆積しているということだ。沈水植物の存続条件は水質のみではない。むしろ健全な湖底に棲むベントスから生物環が連鎖することが重要であって、現状では湖岸湿地単独での自然再生は厳しいと言わざるを得ない。一時的な現象に着目し、これを過大評価してしまうと再生の道筋が見えなくなるだろう。この大きな湿地と隣接する水辺の状況を見ていると、霞ヶ浦沿岸全域が湖岸湿地だとしても本質は変わらないように思われる。

 さて、またも誤解のないように書いておかなければならないが前述の通り湖岸湿地の役割は十分認識しており、その上で護岸の必要性も理解している。霞ヶ浦程の湖になると波はかなり激しい。護岸なしには浸水や洪水などの被害が出ることは実際に波を見れば容易に理解できる。また、汽水傾向の強い湖のままで浸水、洪水があれば塩害によって農業に長期間修復不可能な被害をもたらす。これは護岸を推進し常陸川水門を開けない国土交通省の言い分に近いが、過去の経緯を見れば真実に近い。しかし湖岸湿地実験場も浮島湿原も護岸の内側にあり、常陸川水門の問題は別として対立的な概念ではないので、ワケ分からん奴が上から目線で見ているわけではない、無理に対立的な概念に持ち込み択一を迫っているわけでもない、と言いたいがための蛇足。

 湖岸湿地実験場にアサザが定着したのかしていないのか知る由もないが、実験場と堤防を挟んだ陸側の水路には下画像の通りアサザが繁茂している。(ついでにミズヒマワリも繁茂しているが)この水路は霞ヶ浦と直接繋がっており、アサザの繁殖力を考えれば環境次第で霞ヶ浦に出て行く事も十分考えられる。現実は水路の出口にはアサザは無かったが、出て行かない理由に考えるヒントがありそうな気もする。


(P)稲敷市浮島 妙岐ノ鼻


【湖岸湿地再生実験場周辺】茨城県潮来市
皮肉なことに再生実験場で見られないアサザは陸側の農業用水路に繁茂している。そして右手前に見えるようにミズヒマワリも入り込んでいる。 実験場は鬱蒼とした叢となり、立ち入りを拒んでいる。オオマツヨイグサ、セイタカアワダチソウといった外来種も目立つ。


【妙技の鼻周辺】茨城県稲敷市
湿地の木道は霞ヶ浦に突き出るように唐突に終わる。透明度は土浦港や山王川周辺とあまり変わらない。 妙技の鼻の終端。アシ帯から沖にかけて沈水植物の姿は見ることが出来なかった。(左の木道から陸地方向を見る)


面源負荷



 実はアサザという植物、意外に水質悪化に強い。近隣では住宅地の排水路のような場所で花を咲かせているし、小貝川の流路変更で残された河跡湖では農業排水の流入なんのその、水面を埋め尽くす勢いで増殖している。しかし「水質悪化に強い」のと、「水質を浄化する」ことは別物ではないのだろうか。これは素朴な疑問その2だが、仮にアサザが多くの窒素固定を行っているとしても冬場に枯死して湖に戻れば同じではないか?
 この疑問に対し、以前ネット掲示板か何かで「マダラミズメイガなどの昆虫が食害して湖外に持ち出すので浄化になっている」とヒントを頂いたことがあるが、よく考えてみると(特に面源負荷を考えると)まさに文字通り蟷螂の斧であると思う。それは前述霞ヶ浦でも思ったことだが、このアサザの繁茂する池で更に確信した。

 上のアサザが繁茂する水域からほんの10m程離れた場所でヒシが枯死しかけている。原因はおそらく画像にも写っているアオコである。脚注にもあるが、茨城県霞ヶ浦環境科学センターの資料によればレベル4(*17)である。アオコの発生と水質悪化は少なからず因果関係があると考えられるが、簡単に言えばこの池は水が汚い。そして数年間見続けた状況は「アサザは増えるがアオコも増える」という不思議な状況だ。いや、アサザが水質汚染に強いという事実と、水質浄化能力を切り離して考えれば不思議でも何でもない。
 くどいようだが「アサザに水質浄化能力がない」と言っているわけではない。何となく漠然と考えている「植生浄化」は実は想像よりもかなり小さく、そしてこうした池では汚染のスピードが上回っている、ということ。冒頭書いたようにアサザは水質悪化に強い。悪魔的に繁茂するヒシがこの有様の池でこれだけ繁茂できるのだ。水面で多くの花を咲かせ、いかにも「頑張っている」ように見える。
 アサザのこの姿はいかにも水質を浄化しているように思われるが、見た目で判断してはいけない典型だと思う。それは園芸種スイレンに埋め尽くされた池を見て「自然豊か」とのたまう方々と五十歩百歩だろう。

 アサザはともかく、この水田と山林に囲まれ、湖岸湿地だらけのこの池はなぜここまで水質が悪化しているのだろうか。理由は面源負荷という、分かったような分からないような「汚れ」の原因である。面源負荷は非特定汚染源負荷、ノンポイント汚染源とも呼ばれ、汚染源を特定できない状態である。この池の場合、大きな流入河川がないことから、農村の排水路の雨天時越流水、道路の路面水(すぐ傍を国道が通る)、水田や畑の施肥が雨水で流入など複数の汚染源が考えられる。見た目がのどかな農村地帯の池だけにこの水質は奇異な感覚を受ける。
 そして農村地帯の「面源負荷」はアアザの群落では対抗できず、水生植物には滅びかけのものも出てくる、水質悪化の指標生物も出てくる(オオマリコケムシ)、アオコは発生する、見た目もデータ的にも「汚い池」となってしまっている。

 こうした面源負荷に加え、明確な点源負荷も併せ持つ霞ヶ浦(*18)がこの池のように「レベル4のアオコが発生しヒシが絶える」程度で汚染が済まないことは明白であるだろう。ハス田、鯉の養殖、沿岸部の養豚場、下水道未整備の住宅地、霞ヶ浦が汚れ始めた時期から現在に至るまで本質的に変わらない汚染源は多数ある。この池の事例を考えた時、霞ヶ浦再生は物理的濾過、霞ヶ浦導水路はもちろん、湖岸湿地やアサザの植栽のみで何とかなるレベルではないことは直感的に分かるだろう。

 この話(現状では湖岸湿地を含めた植生浄化が機能しない話)を正当化するつもりは全くないし、正解であると断言するつもりもない。ケーススタディを増やせば良いというものでもないが、次項でもう少し検証し結論を述べたいと思う。


【面源負荷のある池】茨城県桜川市
場所により、非常に自然度が高い印象も受ける。一方、観光資源に乏しい地方の農村故か、園芸種スイレンの植栽が進められている場所も見られる。 池の周囲には山林、山、畑が多く明らかな汚染源は見られない。


脚注

(*11) 「湿地再生における外来植物対策:霞ヶ浦の湖岸植生帯再生地における市民参加型管理の試み」西廣 淳・西口 有紀・西廣(安島)美穂・鷲谷 いづみ(東京大学大学院 農学生命科学研究科) 2007 参照
 霞ヶ浦は波浪があるために多くの沿岸部で護岸が成されている。このため波打際から水深の深い場所が多く、浅瀬、時には浜で発芽し繁殖するアサザの減少原因として湖岸湿地の喪失が指摘されている。一方、自分の聞き取り調査では護岸以前からアサザの群落はさほど多くなかったという内水面漁業従事者の証言もあり、真相はよく分からない。どちらにしても多くの希少な植物の生活圏としての湖岸湿地が重要であることは間違いない。

(*12) 最近のデジカメにはGPS(Global Positioning System)機能が付いていて、うっかりONのままで画像をネットにアップすると撮影位置が正確にバレバレになる。個人的には一向に構わないが、(事実このサイトにアップする画像はexif情報を消すなどの小細工はしていない)自宅の位置を特定されたり、希少植物の自生地を特定されたりする恐れもあるので注意が必要。

(*13) オオマリコケムシ(学名Pectinatella magnifica)はコケムシという淡水域に生息する外肛動物の一種で、寒天質を分泌して大きな鞠の如き(オオマリ、の由来)巨大な群体を形成する。一匹は体長1mm にも満たない小さなもので、ナマコ状の物体が一匹の生物ではない。(それは不気味すぎる・・)本文にある通り水質の悪い水域の指標生物となっているが、それは彼らが濾過摂食者であるため、浮遊性の微生物が多い富栄養環境を好むためである。

(*14) 以前土浦市(茨城県、霞ヶ浦沿岸都市)が霞ヶ浦の流入河川にホテイアオイを浮かべ、秋に全量回収し「窒素換算でこれだけ浄化した」趣旨の発表があったが、植物体の水分や光合成生産やモロモロ考慮すべき要素は全部すっとばしていた。新聞記事だし、行動の内容はともかく(諸刃の刃、青い悪魔を使用する点など)動機は霞ヶ浦の浄化なので文句はないが、少なくてもこういうのを「正確なデータ」とは言わないと思う。議論を行う上では正確なデータが欠かせないが、これは最早複雑系に属する事項なので望むべくもない。

(*15) オーストラリアに生息する珍獣(クチバシを持ち卵を生む哺乳類)と同名の湿地植物。イネ科カモノハシ属(当Webサイト、水生植物図譜にも収録)本来、海浜近くの湿地に自生する塩湿地性植物とされるが、霞ヶ浦・利根川水系においてはかなり内陸にも自生が見られる。これは霞ヶ浦が太平洋の入江、次いで汽水湖の時代が長かったためと推察される。現在では常陸川水門の運用により淡水化しているがかなりの場所で残存が見られる。

(*16) 本文リンク参照。茨城県霞ヶ浦環境科学センターではアオコの発生をモニターしており、発生都度レポートをアップしている。発生要因とされるリンの測定結果の公表など、かなり客観的で良質な仕事だと思う。以前の記事でも書いたが、霞ヶ浦関連の有象無象の組織やNPO法人を含め、最もコンセプトと仕事が明確で優れた機関だと思う。

(*17) 注釈16に関連。植物プランクトンの持つ青色の色素であるフィコシアニン濃度による測定結果のレベル。アオコの発生レベルをフィコシアニン濃度とリンクして1〜6で(数字が大きいほど重度)表現している。レベル3は「水の表面全体に広がり、所々パッチ状になっている」、レベル4は「膜状にアオコが湖面を覆う」で、この池の場合部分的にレベル4と思われたため、個人的な判断。もちろんフィコシアニン濃度を測定した上での判断ではない。

(*18) 異論があるのは承知の上で書くが、明確な点源負荷は3つ、本文にある通りハス田(高濃度の肥料施肥)、養豚場(排水)、鯉の養殖(高密度の餌)である。もちろん各業種、法的に何も問題がない。問題があるのは排水処理やインフラに責任を持つ行政である。それは水処理場なしの住宅建設や農業排水の対策を怠った点も同様。それらは今日も面源負荷となり続けている。


【参考文献】

・生態系を蘇らせる 日本放送出版協会 鷲谷いずみ
・環境再生と日本経済 岩波新書 三橋規宏
・新 渡良瀬遊水地  大和田真澄他 随想社
・北千葉導水路ってなあに 国土交通省関東地方整備局
・よみがえれアサザ咲く水辺 鷲谷いづみ/飯島博 文一総合出版
・自然再生 鷲谷いづみ 中央公論新社
・市民型公共事業−霞ヶ浦アサザプロジェクト (財)淡海文化振興財団 飯島博
・自然再生 中央公論 鷲谷いずみ

霞ヶ浦再生 生物濾過編
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