日本の水生植物 湿地環境論
霞ヶ浦再生 物理濾過編
(C)半夏堂


霞ヶ浦の再生は、もはや祈るしかないのか

自己模倣
 意外な事に知る人が少ない北千葉導水路は利根川から取水し、手賀沼を経由して千葉県流山市で坂川を経由、江戸川に至る人工水路である。意外に知られていない理由は地上設備以外は大部分地下を通るからだろう。またこの導水路は関東のごく一部の地域の話、全国的なニュースにもなっていない。国土交通省が発行している一般配布資料によれば、目的は3つ、


(1)手賀川、坂川の洪水防止
(2)江戸川流域の用水(上水)確保
(3)手賀沼の浄化


である。手賀川流域は干拓地である上に洪水が度々発生する地域として有名であり、江戸時代以来何度も干拓が失敗して来たのは洪水によるものである。しかし現代の洪水リスクは手賀排水機場の稼動(*1)によってほぼ解消しているはず。
 また坂川に付いては新坂川と坂川放水路(*2)の開通によって「洪水防止」は対策されているはずである。もちろん気候変動による想定外の豪雨など、洪水リスクは0とは言い切れないので(1)はまったく論外とは言えない。しかしながらすでに税金を投入して対策を行っているものを新たな税金の使途として上げることは詭弁ではないだろうか。念のために書いておくと、洪水に対する2重3重の対策そのものに反対しているわけではない。2900億とも言われる事業の目的として希薄ではないか、という疑義を呈している。もっと言えば「費用対効果」、手賀沼に関しては先にやるべきことがいくらでもある。

 江戸川の渇水(*3)は首都圏の上水供給という重要なインフラの運用に直結する話だが、北千葉導水路の役割に限定して言えば因果関係が明らかに怪しい。江戸川は利根川の支流なのである。利根川から導水して渇水対策を行わなければならない時には利根川も渇水のはず。渇水の水域から導水する、という論理的矛盾がある。ちなみに利根川の渇水は後述する霞ヶ浦導水路の建設理由にもなっているから尚更面妖だ。霞ヶ浦導水事業を考える県民会議によれば利根川の渇水期は那珂川の渇水期と重なっているのである。

 さて(3)手賀沼の浄化、これは文字にすれば成程、と思われるが実は「大した」効果は出ていない。たしかに国土交通省の資料によれば手賀沼のCODは平成5年から14年にかけて、平成7年の25mg/L(年平均)をピークとし、14年には8.2mg/L(年平均)まで改善されている。
 数字上では劇的な改善だが「大した」効果が出ていないと考えているのは、手賀沼の現状に何ら変化が見られないからである。水生植物、水生生物の状況は何も変わっていない。それはCODに関係なく蓄積された汚泥や面源負荷があまり改善されていないからである。COD値の改善はおそらくこのあたりが限界値(*4)だろう。個人的には何の意味もないと考えているが、湖沼類型(*5)で言えば手賀沼はB類型、環境基準値はCOD5mg/L以下、である。基準値も達成されていない。「外見的には何ら変わりませんが、CODは改善されました」に2900億!

 大雑把に括ると国土交通省が掲げた北千葉導水路の目的は、「冷静に考えてみると」上記の通り結構怪しい。しかし因果関係は不明ながら北千葉導水路稼働以降、洪水も発生していないし手賀沼のCODも改善されている。これをもって国土交通省が「成功」と考えているであろうことは想像に難くない。
 綺麗に作られた北千葉導水路のビジターセンター(上写真)や霞ヶ浦導水桜機場(後述)を見ていると、何千億という初期費用のみならず、維持に付いても相当な費用が必要であることは間違いないと思われる。維持費のみならず人間も必要だ。そこに予算と人員というお役所が大好きな要素の使途が発生し、上記「成功」という評価があれば、実際の効果以上に「大成功」だろう。この「大成功」を自己模倣したのが霞ヶ浦導水路ではないだろうか。


(P)北千葉第2機場 手賀沼畔、千葉県柏市


【北千葉導水ビジターセンター(北千葉導水第2機場)周辺】千葉県柏市
利根川から取水され地下水路を通った水はここに出てくる 手賀沼への分水が放出される水路(後ろは手賀沼)


【手賀排水機場】千葉県印西市
手賀排水機場。手賀川の洪水対策はすでに稼働しているはず 手賀川周辺の問題点、ナガエツルノゲイトウ(特定外来生物)


疑問視される効果と遅れる工事、膨らむ費用
 霞ヶ浦導水路とは何か、それは右図の通り茨城県央を流れる(源流は栃木県)那珂川の水を地下水路によって霞ヶ浦に通し(那珂導水路、43km)、排水は利根川に行う(利根導水路、2.6km)、というもの。国土交通省関東地方整備局によれば目的はやはり3つ、


(1)水質浄化
(2)水不足の軽減
(3)新規都市用水の確保


である。水質の浄化は何だかんだ書いてあるが、要するに霞ヶ浦の湖水が年間約2.8回入れ替わることになり、現状の流入河川水量による1.9回を上回ることで 浄化が進む、とある。湖水の滞留時間をここで問題にするなら常陸川水門(*6)を常時開放した方が手っ取り早いのでは?と思うが同じ国土交通省の行うことなので自己否定になってしまう。(自己模倣は平気のようだが)元々「逆水門の開放による湖水の循環と浄化」は常陸川水門の閉鎖に反対するアサザ基金が言い出したことではないのか?それも含めて否定を続けているのは国土交通省。

 水不足の軽減、これはデータから明確に否定されるだろう。霞ヶ浦導水を考える県民会議で詳しく検証しているが、検証を待つまでもなく、利根川流域と那珂川流域の降雨傾向はほぼ同じである。那珂川と利根川で相互に水資源を融通することは現実には行われないのではないだろうか。

 新規都市用水の確保、は仮定の話というか、利根川流域で新規都市用水を必要としている都市があるのだろうか?鳴り物入りで開発が始まった千葉ニュータウン(*7)は今や空き地と閉店した大規模小売店舗の目立つ「荒地」である。(住んでいる方には失礼)また工業用水の主な需要先である鹿島臨海工業地域はすでに拡張が鈍り、今後の大幅な需要増は見込めない。

 客観的に見ると効果の怪しいものばかりで、当初予算1900億!(うち茨城県負担額608億円)よくも計画が通ったものだが、実は2000年度に完成予定だったものが工期は大幅に遅れており、現在も未完である。進捗率は約30%と言われており、すでに投入された費用は1000億超、最終的には3000億にも迫るという予想もある。繰り返すが、効果が怪しいモノに対する投資だ。しかも財政赤字の国家が行う事業である。
 未完というか、正確には地図の下にある水路、利根導水路は1989年に完成している。しかし1995年に試験通水を行ったが、利根川でシジミの大量死が発生、漁協の猛反対もあって現在は通水されていない。効果が怪しいどころか害となっているのである。これはどう見ても中止するのが妥当な判断だと思うし、現に訴訟やら反対運動も起きている。現在何がどうなっているのか情報がなかなか表面化しないが、工事は着々と行われているようだ。



 着々と行われる工事、大部分は地下水路であり、我々が進捗を知る由もないが、地上設備は見れば分かる。これは「見れば分かる」霞ヶ浦導水桜機場。実は霞ヶ浦導水事業の「副次的な」目的として、注意深く読まないと気が付かないように書いてあるのが「桜川の浄化」。桜川とは茨城県水戸市を流れる一級河川だが、汚れも酷いので那珂川からの導水を桜機場で分水し、桜川に流そうというのが「副次的な」目的。桜川は水戸市の偕楽園に隣接する千波湖(*8)と水域が繋がっており、同時に千波湖の浄化も目的としているようだ。
 この目的は前述の大きな目的3つよりもさらに怪しく、疑問が大きい。この桜機場は桜川が那珂川に合流する上流約10kmほどの場所にある。要するに那珂川の中流と桜川の中流を繋げただけ。水は結局那珂川に戻る。意味があるとすれば桜川の最下流約10kmの多少の浄化。(と、千波湖か)

 その程度(しかも効果は検証されていない)の効果でこの立派な建物と設備、安く見積もっても数10億は下らないと思うが、世間が気が付かないうちに着々と税金が使われている、これが霞ヶ浦導水事業の実態だと思う。


(P)霞ヶ浦導水桜機場 茨城県水戸市

カオスの生態系が那珂川に「感染る」か
 霞ヶ浦導水路の反対者が論点としているものに漁業資源減少の懸念と生態系の混乱がある。主に懸念事項は3つ。

(1)導水による那珂川の水量低下によって漁業資源であるアユやサケの漁獲が減少するのではないか
(2)那珂川の取水口からアユやサケの稚魚が吸い込まれ、漁獲が減少するのではないか
(3)霞ヶ浦(利根川)からの送水の場合、多様な外来種が那珂川に入り込み生態系が乱れるのではないか

 那珂川は清流だけあって、意外に多くの漁業従事者が存在する。霞ケ浦導水差止め裁判の原告には那珂川関係漁業協同組合協議会、那珂川漁業協同組合、大涸沼漁業協同組合、那珂川第一漁業協同組合、栃木県那珂川漁業協同組合連合会、緒川漁業協同組合が名を連ねている。漁業関係者にとっては漁獲高は死活問題なので当然の懸念だと思う。

(1)と(2)はもちろん、現実的な「狙い」を考えると有り得ないであろう(3)も被告(国土交通省)は否定できない。関東地方整備局霞ヶ浦導水工事事務所のWebサイトには明確に「霞ヶ浦および利根川下流部をつなぐ地下トンネルを建設し、相互に水をやりとりします」と書いてあるからだ。現実的な狙いは霞ヶ浦の浄化なので利根川水系から渇水対策として那珂川に送水することは有り得ない。また前述したように利根川流域と那珂川流域の降雨傾向はほぼ同じであり、渇水があるとすればほぼ同時に起こるからである。
 さらに、霞ヶ浦の浄化が大目的である以上(これは前後の事情から明らか)、霞ヶ浦の水を那珂川に送水することは自己矛盾というか、清流に汚水を注ぐ結果となってしまう。これは暴挙であっていくら国土交通省でも踏み切れないだろう。万が一利根川水系から那珂川に送水が行われた場合、那珂川(涸沼川、涸沼(*9)も含む)の生態系は霞ヶ浦・利根川水系と同様のものになるはず。特にフィッシュイーターであるアメリカナマズ、ブラックバス、ブルーギルが漁獲の減少に拍車をかけるはずだ。

 北千葉導水ビジターセンターは広い駐車場が車で埋まっているが、ビジターセンターの見学者は少ない。釣り人が圧倒的に多く、特に手賀沼への分水路には両側に多くの釣り人が陣取っている。釣り人の情報ネットワークは優秀で、どこで何が釣れるか、という情報は瞬時に広まるようだ。そんな彼らが手賀沼本体ではなく、送水路に群がっている理由は一つしかない。利根川の魚がそこで釣れるからである。地下水路であっても魚は移動する。これは事実であると考えられる。
 しかし生物の移動は取水側→送水側だけだろう。この北千葉導水第2機場は40立米/秒の導水量である。(第1機場は80立米/秒)目視でも凄まじい噴出量であって逆方向に移動できる生物はおそらくいない。予測に過ぎないが、霞ヶ浦から那珂川への逆導水が行われない限り、少なくても生態系の混乱はミニマム(*10)であると思われる。


(P)霞ヶ浦水系の現在の代表的外来魚、アメリカナマズ(下)


 どちらにしても効果に疑問、懸念事項ばかり目立つ事業が霞ヶ浦導水路、客観的に見れば行うべきではない。民主党政権時代の「仕分け」では八ツ場ダムに注目が集まり、続く自民党政権では経済再生、公共事業に対する厳しい見方がいつの間にか緩和され、また日々発生する大ニュースに紛れて着々と進捗している地味な無駄遣いはここまで来ている。重税に耐えて生活する身、「効果に疑問、懸念事項ばかり目立つ事業」に600億以上拠出した茨城県民として当事業には反対を表明したい。
脚注

(*1) 「昭和31年に完成した排水機場です。降雨時には流域約160km2※1(柏市、印西市、我孫子市、鎌ケ谷市、白井市、流山市及び松戸市)から手賀沼に流入する洪水を手賀川の流末に毎秒40m3※2で利根川へ強制排水することで、受益地1,905haを保全しており、近年では、流域の都市開発や道路等の浸水対策にも効果を発揮し、農地以外の社会共通資本の防災対策上も重要な施設となっています。」千葉県Webサイトより抜粋。
 本設備は手賀川流域干拓地の洪水防止に役立っているが、千葉県では設備の老朽化による機能停止や大型台風時にフル稼働しても一部冠水が発生した、など問題点を上げている。これは北千葉導水路稼働以降の話であって、素直に考えれば導水路の建設以前に手賀排水機場を強化する必要があって、優先順位が違うような気がする。手賀排水機場が強化され、手賀川流域の洪水リスクが無くなれば北千葉導水路の存在理由の一つは無くなる。

(*2) 手賀沼干拓地同様、洪水が頻発する低湿地であった坂川流域は、松戸市横須賀で坂川と新坂川に分離され、松戸市小金で再度分流し坂川放水路を介して江戸川に連結されることによって洪水リスクが軽減された。現在では洪水被害は無く、北千葉導水路の存在理由としては希薄であると言わざるを得ない。「坂川の洪水対策」は北千葉導水路そのものの役割ではなく、松戸排水機場の役割である。江戸川への排水路を共用するだけの話である。

(*3) 平成25年度の取水制限は10%。(7月24日〜9月6日)節水の呼びかけで混乱なくしのげる程度の話。内容はともかくとして、江戸川河川事務所が渇水情報を出した理由は利根川水系の渇水である。

(*4) 手賀沼の水質をモニターし発表している千葉県HP内、水質測定結果速報値を見れば、平成25年度も似たり寄ったり。一度だけ5.9と低い数値が出ているが、あとは概ね7〜10mg/Lである。またpHは8〜9台と汽水並み、水生植物や水生生物の復活はCODよりも重要な要素が多数あり、この意味で大して変わっていないと考えている。重要な要素とはpHもさることながら本文にもあるように、水生植物の復活に直接関係する堆積した汚泥をどうするか、これ以上の水質改善を妨げている面源負荷をどうするか、という点。

(*5) 上水、農業用水、工業用水など、その湖沼が主に利用される用途によりレベル分けされた類型。水域類型の指定は、政令による特定水域に付いては環境大臣、その他は都道府県知事が行う。基本的な考え方は飲料水に使用する水域と工業用水用の水域では水質基準が異なるべき、というもの。
 ちなみに霞ヶ浦はA類型(COD基準値3mg/L以下)、手賀沼はB類型(COD基準値5mg/L以下)である。最も厳しいAA類型(COD基準値1mg/L以下)は琵琶湖などに指定されている。河川に付いても類型があり、基準は湖沼同様に利用形態となっている。

(*6) 茨城県神栖市に設置。霞ヶ浦、北浦、外浪逆浦の利根川への出口である常陸川(常陸利根川)の河口付近に利根川の堰と連続構造で設置されている。運用は逆水門で、海からの逆流による塩害防止が主目的とされる。霞ヶ浦の水位を操作して用水を確保するという目的は、後付けの存在理由。
 1974年に完全閉鎖、これによって霞ヶ浦(広義)の淡水化が急速に進み、同時に汚染物質の滞留による環境悪化、沈水植物を代表とする生態系の激変があり、今日の状況となっている。(これについては多面的な評価があり、以上は個人の感想)

(*7) 千葉県印西市、白井市、船橋市にまたがる大規模ニュータウン。1966年着工、その後オイルショック、バブル崩壊、少子高齢化、その他諸々の事情があり、当初予定の人口34万人は2014年の事業完了時点で約9万人。一帯には未利用地が目立ち、メインの交通手段である北総鉄道は1000億の負債を抱えているためか料金がバカ高い。この程度の町(人口9万)をもって用水確保の理由には上げられないと思う。

(*8) 水戸市の中心部にある湖。埋め立てが進められ、面積はかなり狭くなっている。(332,000平米、周囲3km)日本3名園の偕楽園に隣接、湖畔の公園や美術館など一帯が公園化されており、総面積は、都市公園としてはニューヨークのセントラルパークに次いで世界第2位の広さであるという。
 千波湖、傍らを流れる桜川とも水質は最悪でアオコも目立つ。ジオパークとして如何なものか、という所が取って付けたような霞ヶ浦導水路の迂回路が建設された本当の理由だと考えられる。

(*9) 茨城県中部の汽水湖。鉾田市、茨城町、大洗町にまたがる。流出河川である涸沼川は那珂川の河口付近で合流する。シジミの生産は全国4位、流入河川からの淡水魚、満潮時に海水と共に入り込む海水魚が混在する生物相が豊富な湖。水生植物も豊富であったが沿岸の護岸が進み、いつの間に大幅に減少してしまった。現在では場所によってエビモやカワツルモなどが僅かに見られるのみ。この湖のアシ帯で新種として発見されたのが湖の名を冠するヒヌマイトトンボ。

(*10) もちろん那珂川の生態系が霞ヶ浦に入り込む。しかし現状の霞ヶ浦を考えると今更それが何だろうか?と個人的には思う。その意味で「ミニマム」であると考えている。もちろん生態系の変動はあるだろう。しかし今更それを問題にするなら違法なキャッチ&リリースを行うバス釣りと、釣り目的に次々と新手の外来魚を放流する馬鹿者を先に何とかするべき。いっそのこと霞ヶ浦水系全域を漁業者を除き釣り禁止にするか、法外な入漁料を徴収して環境改善の原資にしてはどうだろうか。


【参考文献】

・生態系を蘇らせる 日本放送出版協会 鷲谷いずみ
・環境再生と日本経済 岩波新書 三橋規宏
・新 渡良瀬遊水地  大和田真澄他 随想社
・北千葉導水路ってなあに 国土交通省関東地方整備局
・よみがえれアサザ咲く水辺 鷲谷いづみ/飯島博 文一総合出版
・自然再生 鷲谷いづみ 中央公論新社
・市民型公共事業−霞ヶ浦アサザプロジェクト (財)淡海文化振興財団 飯島博
・自然再生 中央公論 鷲谷いずみ

霞ヶ浦再生 物理濾過編
(C)半夏堂
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