日本の水生植物 水生植物図譜
カヤツリグサ科(3) Cyperaceae
(APGV:カヤツリグサ科 Cyperaceae
絶滅危惧種表示:環境省レッドリスト2015準拠
外来生物表示:外来生物法第八次指定
植物分類:APGV分類 併記
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テンツキ属 ノグサ属 ハリイ属 ヒトモトススキ属 ビャッコイ属 ヒンジガヤツリ属
テンツキ属 Fimbristylis
標準和名 アゼテンツキ 学名 Fimbristylis squarrosa Vahl 生活型 一年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 水田の畔などに自生する小型の一年草。テンツキ属他種と似ているが、メアゼテンツキは鱗片の芒が短く反らない。コアゼテンツキは鱗片の先がへこみ、花柱基部に毛がないのが相違点。本種は見た目上、鱗片に外側に反る長芒があるのが最大の特徴。
 関東地方ではやや普遍的であるが関西以西には少ないようだ。前出近似種やテンツキ、ヒラヒメテンツキと生態的距離は感じられないので、元々の分布なのか北方型の植物なのか、何らかの理由があるのだろう。ちなみに京都府では絶滅危惧種カテゴリーが「絶滅寸前種」となっている。

 水田地帯では畔、素掘り水路などに多く発生し水田面への侵入はあまり見られない。また除草剤に弱く、散布のあった水田では広範囲に枯死した姿を見かけることがある。

(P)2009年9月 茨城県
標準和名 テンツキ 学名 Fimbristylis dichotoma (L.) Vahl 生活型 一年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 水田の畦や湿地外縁に自生するカヤツリグサ科一年生草本。草体は50cmほどになり、鱗片が螺旋状に並ぶ。和名由来は小穂が天を突く様を天突(テンツキ)、あるいは尖った小穂を筆に見立て、墨で点を付ける(点付)というニ説あるが、天を突くには草体が小型でやや迫力に欠けるだろう。
 変異が多い植物とされるが、同属他種と見分けるのは草体にある微小な毛の存在、より確実なのは痩果と花柱の形態である。これにより近似種のクグテンツキやナガボテンツキと区別が出来る。また小穂に芒がないことでアゼテンツキやメアゼテンツキと区別される。

 カヤツリグサ科のなかではホタルイ属→テンツキ属→カヤツリグサ属と進化の度合いが大きい、とされる説があるが、花被片の退化や包葉の形状などを証拠とするらしい。生態学的にはこの順序で水から離れる傾向が強いので納得できる説である。

(P)2011年9月 茨城県
2011年9月 茨城県 同左
標準和名 ノテンツキ 学名 Fimbristylis complanata (Retz.) Link. 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:記載なし

 水田よりも湿地に多いテンツキの仲間。テンテキやヒデリコのように叢生せず、まばらに茎を出す。花序は近似種より大型になる。身近な種のように思われるが、休耕田や一般の湿地ではほとんど見ることはなく、アシ刈や野焼きなど手入れが行われる湿地に見られる。このことから大型植物との競合に弱い植物なのではないか、と考えられる。
 草丈は50cm前後、茎の先端部分に短い苞があり、そこから数本の花序枝が出て小穂が一つずつ付く。根茎は短い。

 本種の写真を撮ろうと利根川流域を探し出したが見つからず、やっと出会えたのは九十九里近く、成東・東金食虫植物群落であった。

(P)2010年6月 千葉県
2015年7月 千葉県 同左

2018年6月 千葉県
標準和名 ハタケテンツキ 学名 Fimbristylis stauntonii Deb. et Franch. 生活型 一年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:絶滅危惧TB類(EN)

 湿地周辺に自生する希少なテンツキ。渡良瀬遊水地のみに自生すると言われていたが近年群馬県館林市で大規模な自生地が発見されている。渡良瀬遊水地では工事による撹乱で発芽が見られるが、他種との競合等により短期間で消滅し安定しない。比較的残存が見られるトネテンツ(Fimbristylis stauntonii Deb. et Franch. var. tonensis ( Makino) Ohwi. )とは変種関係にある。
 植物体としての特徴はアゼテンツキやメアゼテンツキに酷似し、種子の形状(前者は丸いがハタケテンツキは長い樽型)で区別される。草丈は20cm前後、根茎はない。

 自生が極端に少なく、絶滅危惧TB類(EN)(レッドリスト)に指定されているが、一般的なテンツキとの差異が微小であり、精査が成されていない可能性もある。館林の自生地発見などはその好例だろう。

(P)2011年10月 栃木県(渡良瀬遊水地)
2011年10月 栃木県 同左
標準和名 ヒデリコ 学名 Fimbristylis miliacea (L.) Vahl 生活型 一年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 水田畦道に普通のカヤツリグサ科植物。類似のテンツキ属他種に比べ花穂がかなり小型であること、球形に近いことで同定は容易。茎や葉は扁平でロゼット状に叢生する。
 水田地帯では最も発生量の多い種の一つである。本種は光合成タイプがC4であり、湛水水田では見られない。飽水状態の土壌でも見られず、水田地帯では畦の高い位置に好んで生えている。カヤツリグサ科の進化を示す種として興味深い。

 和名の由来はヒデリ=日照り、コ=苗の意であり、日照りに負けず育つ草、という意味。種子生産性が高く、発芽率も高い。多くの小穂を付け、直径0.5〜0.6mm程の種子を多数実らせる。種子は倒卵形で、ルーペで見ると三稜が見えるが、画像でも中央付近の種子に稜が見える。

(P)2005年10月 茨城県
2011年9月 茨城県 同左
2011年9月 茨城県 同左
標準和名 メアゼテンツキ 学名 Fimbristylis velata R.Br. 生活型 一年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 水田や畔、湿地など広範に自生する小型のテンツキ属一年草。草丈は20cm前後、葉は細く(幅1mm以下)花序よりも短い。小穂は分岐して多数付き、披針形で長さ5mm前後、茶褐色である。
 この植物には似た仲間が多いが、テンツキ(Fimbristylis dichotoma (L.) Vahl)との相違は小穂に芒があることで、またアゼテンツキ(Fimbristylis squarrosa Vahl.)は熟した小穂の鱗片が長く、外側に湾曲することで、コアゼテンツキ(Fimbristylis aestivalis (Retz.) Vahl.)は小穂が卵形、鱗片の芒が短いことで区別できる。非常に微小な差異であるが、どれも普通の種で同様の環境に自生するため、詳細な観察によって種が特定できる。

 水田では発生量が多く、種子生産量、発芽率ともに高いために最も普遍的な水田雑草である。また発芽時期が長く、晩秋には夏の終わりに発芽したと見られる小型草体が開花している姿を見ることができる。

(P)2009年9月 茨城県
標準和名 ヤマイ 学名 Fimbristylis subbispicata Nees et Mey. 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:記載なし

 和名はヤマイ(山藺)であるが、山岳部の植物ではない。山地の湧水近くに偏在することがありこう呼ばれるようになったらしいが、平野部湿地にも自生する湿地植物であり、むしろ海岸に近い環境を好む植物である。画像は新潟県佐渡の海岸にアイアシと共に群生していたもので、満潮時には潮を被る場所であり、どちらかと言えば塩湿地に育つ耐塩性を持つ海浜植物の印象だ。
 外見的には茎の先端に一つだけ付ける小穂の形状と一枚の苞葉が特徴である。苞葉は小穂の1.5倍〜2倍の長さを持っている。この苞葉がなければハリイ属の植物のようにも見える。自生記録ではヌマハリイと誤認していたものもあった。ハリイ属の植物は、根出葉が発達しない、小穂の基部の苞が目立たない、等により本種と区別できる。

(P)2011年8月 新潟県
2011年8月 新潟県 特徴的な一枚の苞葉が見える 同左 群落を形成
2011年8月 新潟県 小穂は2cm前後となり、目立つ 同左 種子

2015年8月 千葉県
ノグサ属 Schoenus
標準和名 ノグサ 学名 Schoenus apogon Roem. et Schult. 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:記載なし

 やや乾燥した日当たりの良い裸地に自生するカヤツリグサ科の植物。湿地かつ裸地は継続的に撹乱を受ける環境であるが、関東地方では野焼きや草刈りを行う湿地が極めて少なく、見かける機会は少ない。ノグサ(野の草の意)という和名ではあるが、希少な植物となっている。
 生活型は文献により一年草、多年草、一年草または多年草とまちまちであり、自宅で育成している株は見かけ上は多年草のようだ。しかし環境が安定すると消滅してしまう場合が多いという情報もあり、野外で毎年観察するのが困難な状況も考えられ、情報が一定しない原因となっていることも推測される。

 草体は草丈20cm前後と小さく叢生する。まさにどこにでもあるような草姿(野草)だ。小穂や葉鞘とともに赤紫色を帯び、花序は通常2〜3個、1〜5個の小穂が付く。(下画像参照)

(P)2012年5月 茨城県(自宅育成)

2012年5月 茨城県(自宅育成)

同左

2014年8月 果実

同左 種子
ハリイ属 Eleocharis
標準和名 オオハリイ 学名 Eleocharis congesta D. Don f. dolichochaeta (Boecklr.) T.Koyama 生活型 一年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 ハリイに似た大型の草本。生育環境によりハリイも大型化するので同定が難しいが、ハリイが平野部の水田・湿地に自生するのに対し、本種は水源近くの自然度豊かな湿地や棚田などに自生するという生態の違い、草体の大きさに加え、植物体として以下のような特徴を持つ。

(1)小穂基部から不定芽を形成、クローン株をよく作る。ハリイも同様だが形成する数が多い。(下上段右図)
(2)基部に赤褐色の部分が多く見られる。(下下段左図)
(3)小穂の大きさが1cm近くなる。(下下段右図)

 さらに加えるとすれば、大きな小穂や不定芽の重量のためか、全体的に斜上して垂れ下がり、見た目の印象がハリイとは異なる。茨城県南では谷津田奥の湧水によって涵養された水田などで稀に見ることができる。水量の豊富な環境では沈水型となり生育している。

(P)2011年8月 茨城県
2011年8月 茨城県 谷津田で発見 同左 不定芽
2011年8月 茨城県 根 同左 小穂
標準和名 カドハリイ 学名 Eleocharis tetraquetra  var. tsurumachii. 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2017:絶滅危惧IA類(CR)

 マシカクイの変種とされる希少な植物。以前は霞ヶ浦沿岸部の数カ所で自生があったというが、現在では一カ所のみ自生地が確認されている。この湿地でもごく限られた場所にのみ生育し、また野焼きなど保全活動の結果により存続している。名実ともに絶滅危惧IA類(CR)という最も重いランクの絶滅危惧種である。日本のレッドデータ検索システムでは茨城県が環境省レッドデータと同ランク、福岡県で「情報不足」となっているが、福岡では近年確認されていないようだ。

 マシカクイに比べると草体がやや軟かく、鱗片の縁がマシカクイより幅広い。このため穂の表面が滑らかに見えるという特徴がある。

(P)2019年8月 茨城県

2019年8月 茨城県 四角柱状の茎

同左 滑らかな印象の穂

2019年8月 茨城県
標準和名 クログワイ 学名 Eleocharis kuroguwai Ohwi 生活型 多年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 イヌホタルイと似た環境に発生し草姿も似ていることで開花期以外区別し難いが、クログワイの茎基部には膜質の鞘があり、分かり辛いが写真でも表現されている。また引き抜いてイモが付いていればクログワイである。発生の初期であれば根元に黒い種子が付いている方がホタルイ系。クログワイの根茎は食用となる。
 似たような両種であるが不思議な事に混生は見たことが無く、イヌホタルイの水田、クログワイの水田と住み分けがされているような印象で、発生条件に微妙な違いがあるのか、相互に抑制(アレロパシー)しているのか興味深い。

 クログワイの根茎は黒っぽく、食用になることからクワイ(オモダカ栽培種)の黒っぽいもの、という由来。中華料理では地梨という食材でもあるが、これはオオクログワイという別種である。

(P)2005年5月 茨城県
標準和名 コツブヌマハリイ 学名 Eleocharis parvinux Ohwi 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドrスト2015:絶滅危惧II類(VU)

 関東地方平地部の湿地に見られる多年草。 昭和16年に渡良瀬遊水地で発見され新種記載された。自生には偏りがあり、多摩川水系中上流部、利根川水系では渡良瀬遊水地や小貝川氾濫原などに多い。高さは40cm程度、花期は5〜6月。
 小粒という和名が付与されているが、これは果実の大きさを示し、草体の大きさを意味しない。草丈は近似種であるヌマハリイ(オオヌマハリイ)とほぼ同程度である。ヌマハリイは果実の大きさに比例し小穂も大きい。

 本種は湿地依存性が強く、また他種湿地植物との競合に弱い面があり、近場の自生地である小貝川氾濫原では特に湿潤でアシなどの進出がない場所に群落を形成している。こうした場所は数少なく、少ない自生地も遷移によって次々と失われ、本種の有力な減少原因となっている。以前多摩川水系産の株を頂いたが、当地のもの(利根川水系産)と形態的な差異は認められなかった。

(P)2010年6月 茨城県
2010年7月 茨城県 小穂 2010年5月 小貝川河畔
標準和名 シカクイ 学名 Eleocharis wichurae Boeck. 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:記載なし

 関東地方ではやや稀に見られる小型のハリイ属植物。ハリイに似るが茎断面が不明瞭な四角柱状となる。明瞭な四角柱状で稜が張り出すものはマシカクイとして区別される。(他に同定ポイント有)茎が密に付き叢生し、基部に赤褐色の鞘がある。草丈は30〜50cmで全体的な印象はハリイに酷似する。

 自生は水田よりも休耕田や湿地に多く、近隣では水辺公園など整備された地形に多い。関東地方では東京立川の昭和記念公園や千葉県成田市の坂田ケ池総合公園などで見られる。近所の休耕田にも出現するが地形の遷移により比較的短期間で見られなくなるようだ。

(P)2010年6月 茨城県
2014年7月 千葉県 茎にやや目立つ稜が見える 同左 コウホネの根元に群生
標準和名 ヌマハリイ 学名 Eleocharis mamilata var. cyclocarpa 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:記載なし

 湿地に自生するハリイ属の多年草。別名オオヌマハリイ。北方系の植物とされ、西日本には分布が少ないようだ。(まったく分布しないということではなく、九州にも自生報告がある)また関東地方でも平野部の湿地には少なく、山岳部の湖沼付近の湿地に多い。クログワイと似るが、小穂が茎よりも太く、円筒形とならない。また多くの場合より大型(草丈30〜70cm)となる。近似種のコツブヌマハリイは穂先が小さく、背丈もやや低い。茎を縦に裂いてみると隔膜がないことで判定可能。小穂は被針形に近い卵形で、黒褐色を帯びる。葉は茎下部で葉鞘となりほとんど目立たない。地下茎は横走し、群落を形成する。その名の通り沼沢地のような場所に多く、当地では水田への侵入は見られない。

 その他、同定に注意を要する種としてスジヌマハリイ(Eleocharis equisetiformis B. Fedtsch.)があるが、スジヌマハリイはその名の通り茎に稜があり筋状に見え、刺針状花被片は4本(ヌマハリイは5〜6本)であることで区別する。スジヌマハリイの刺針状花被片は結構な確率で見られない(つまり0本)の場合も多い。

(P)2010年9月 茨城県(筑波実験植物園)
2014年5月 茨城県 同左
標準和名 ハリイ 学名 Eleocharis congesta D.Don 生活型 一年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 草姿ではマツバイとの区別がつきにくい。強いて言えばマツバイは地下茎によって増殖するが本種は叢生し根本からの密集度が高い程度。より簡単な同定は引き抜いて見る事で、地下茎で株同士が繋がっていなければハリイである。マツバイは多年草、ハリイは一年草という生活史の違いもある。
 水田地帯ではマツバイと棲み分けすることなく、混生している場所も多い。似たような草姿ながら遺伝的には距離があり交雑による中間的な性質の株は見られない。

 ハリイすなわち針藺であり、事実針のような葉であるがイグサ科ではなくカヤツリグサ科の植物である。マツバ「イ」やホタル「イ」も同様で、他科の科名植物に形容詞的な名詞を付けた面白い和名の植物群である。

(P)2006年10月 茨城県
2014年6月 茨城県 同左 抽水

2019年7月 茨城県 水面上に多くの不定芽を形成している


2019年7月 茨城県 同、アップ。アメンボの大きさとの対比
標準和名 マツバイ 学名 Eleocharis acicularis Roem. et Schult. var. longiseta 生活型 多年草 自生環境 水田
環境省レッドリスト2015:記載なし

 水田地帯に普通の種であるが、同属のハリイとの区別が難しい。マツバイは地下茎(ランナー状)で無性生殖し、引き抜いて見ると株が一定間隔で繋がっており、すぐ分かる。(ハリイは一株ごとに独立)また、生態的にはハリイの株が独立するのに対し、マツバイはマット状に広がる場合が多い。(下画像参照)水田では稲の植栽されていない畔際に多く、画像に見られるようにヒメホタルイやオモダカなどと混生する。
 水田に自生するものは抽水、湿生する生態が一般的であるが、水温の安定した河川等に於いては沈水状態で生育する姿が見られる。この場合、株はかなり矮小化し、水面上から見ると苔類のようにも見える。

 アクアリウムプランツの「ヘアーグラス」は本種と考えられるが、出自は明らかではなく外国産の近似種の可能性もあるので野外への放棄放流は厳に慎みたい。

(P)2010年9月 茨城県
2011年7月 千葉県耕作田 同左
標準和名 ミスミイ 学名 Eleocharis acutangula (Roxb.) Schult. 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:絶滅危惧TB類(EN)

 カンガレイやサンカクイのように三稜形の茎断面を持つハリイ属の植物。分布は愛知県以西の本州(本州では紀伊半島のみとの説もある)、四国、九州、沖縄であるが、分布域が少なく各地で絶滅報告が成されている希少な植物である。地下茎が水辺の泥中を長く這い、所々から茎を出す生活形態は同属で一般種のクログワイに似ている。
 本種がクログワイやハリイに比べて希少で絶滅が危惧されている理由は、本種が水位の安定した水辺にしか生えず、近年のため池や湖沼の管理形態が変化したため、と言われている。水田のパイプライン化などインフラ整備によってため池の利用形態が変化したため、安定した水位が得られなくなったためである。

 本種は分布で分かる通り南方種である。画像の標本は沖縄県石垣島産のサンプルだが、沖縄県でも減少しているようで、県版のRDBにも絶滅危惧II類として記載されている。

(P)2011年12月 標本(沖縄県産)
2011年12月 標本(沖縄県産) 同左
ヒトモトススキ属 Cladium
標準和名 ヒトモトススキ 学名 Cladium chinense Nees 生活型 多年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:記載なし

 我が国のカヤツリグサ科では最大となる大型の多年生草本。草丈は2m前後に及び、株立するために非常に目立つ植物である。本来海岸近くの水辺に自生するが、海跡地形である霞ヶ浦周辺では内陸の湿地にも自生が見られる。群落は非常に密集し、他種湿地植物の進出を阻んでいるように見える。
 ヒトモトススキ属は海外には熱帯域に数種存在するが、我が国では1属1種の植物であり、異彩を放っている。和名由来は、多くの葉が出ているが、元(根元から根生する)は一つ、という意味。もちろんススキの仲間(イネ科)ではなくカヤツリグサ科に分類される植物である。別名シシキリガヤ、硬質かつ鋭利な葉、縁及び中脈の鋸歯状の突起物によって、猪など野生動物も切れそうだ、という意。茎は中空で円柱状、葉は根生する。

 熱帯域に同属植物が多いことから南方系の植物と考えられるが、我が国では中部以西に分布するとされる。関東地方のものは隔離分布だろうか?

(P)2011年8月 茨城県
2011年8月 茨城県 大型になる草体 同左 花穂
2015年6月 東京都 同左
ビャッコイ属 Isolepis
標準和名 ビャッコイ 学名 Isolepis crassiuscula Hook.f. 生活型 多年草 自生環境 湖沼
環境省レッドリスト2015:絶滅危惧TA類(CR)

 日本では唯一、福島県白河市の表郷金山の湧水に自生するカヤツリグサ科の多年草。地元の案内板では「こことスウェーデンに自生」とあるが、実はオーストラリアやインドに分布するカヤツリグサ科植物と極めて近似しているのではないかという説もある。日本水草図鑑では後者を記述している。筆者もクイーンズランド州で極めて似たカヤツリグサ植物を目撃している。
 なぜここだけにあるのか、という点に付いて生育条件を理由にすることは出来ないだろう。似たような気候条件、水温、水質、光の条件などは全国に数限りなくあるだろうし、特産を示唆する条件は現地でも文献でも見当たらない。どちらにしても日本ではただ1箇所の自生であり重要な植物である。生育条件として「水温10度前後、薄暗い環境」とされており、個人で育成するようなものではないし、それ以前に福島県の天然記念物に指定されているので採集その他自生地を荒らす行為は厳禁である。
 自生地を調査した感想として、このような環境でもオランダガラシとホソバミズゼニゴケが同居しており、後者はともかくオランダガラシは明らかにビャッコイを圧迫しているようで、対策が望まれる。ちなみに低水温のためか両者とも沈水化して生育していた。

 一風変わった和名は、明治になってこの植物が発見された際に牧野富太郎に送付した人物が他の採集植物と一緒に産地を会津地方、としてしまったためらしい。ビャッコイすなわち白虎藺であり、戊辰戦争の際の会津藩の戦闘単位名称である。この発見を受けて当時の植物学会から何人もの植物学者が調査のために会津に飛んだがついにビャッコイは発見できなかったそうだ。白河と会津盆地ではかなり距離があるので当然と言えば当然の話だが。

 隔離分布に付いてはあくまで想像の範疇、でインドはともかくオーストラリアにある理由がよく分からない。元々オーストラリアは動植物の特異性があり、この理由が独立した大陸であったから、ということによる。現在でも人為的な努力も成されているが、他地域の植物の自然伝播はあまり見られない。他の植物はいくらでもあるのにこんな希少な植物のみが渡り鳥によって伝播した、という説明も合理性に欠けるだろう。何かと謎めいた植物である。

(P)2009年8月 福島県

2009年8月 福島県 自生地の池、手前がビャッコイ 同左 オランダガラシに侵食されている
2009年8月 福島県 自生地はこんな場所。杉林の中 同左 昼なお暗い山中の池
ヒンジガヤツリ属 Lipocarpha
標準和名 ヒンジガヤツリ 学名 Lipocarpha microcephala (R. Br.) Kunth 生活型 一年草 自生環境 湿地
環境省レッドリスト2015:記載なし

 水田畦際や湿地に自生する非常に小型のカヤツリグサ科一年草。草丈が20cmを超えることは稀である。和名は見ての通り小穂を3個「品」の字形に付けることに拠る。同じ「ヒンジ」を名乗る水生植物にウキクサ科のヒンジモがあるが、ヒンジガヤツリはそれほど希少ではなく水田地帯を探せばかなりの確率でお目にかかれるだろう。
 Webの図鑑や書籍の一部で本種をカヤツリグサ属としているが、多数派意見としては「痩果が2枚の薄膜に包まれる」ことを根拠にヒンジガヤツリ属として独立させており、この立場を取らせていただくことにする。

 畦などで他のカヤツリグサ科植物と混生すると草丈が低いだけに非常に見つけ難い。特に遠目にはタマガヤツリなどと誤認しやすく、自生地が被っていることもあり、いざ写真を撮ろうと思うと意外に手間取る。この画像も散々探した挙句、他の植物がさほど繁茂していない休耕田でやっと撮れたものである。

(P)2009年9月 茨城県
2011年10月 茨城県 同左
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