日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
タタラカンガレイ
(C)半夏堂
Weed Schoenoplectus mucronatus (L.) Palla var. tataranus (Honda) K.Kohno, Iokawa et Daigobo

カヤツリグサ科フトイ属 タタラカンガレイ
学名 Schoenoplectus mucronatus (L.) Palla var. tataranus (Honda) K.Kohno, Iokawa et Daigobo
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2018年9月 自宅育成株

【タタラカンガレイ】
*基本的にはカンガレイと相似するが、稜が鋭く狭い翼がある点が外見上異なる。また種子に付く刺針状花被片が痩果と同じ長さか、もしくはより長く、種子表面に凹凸(シワ)が入る特徴を持つ。カンガレイが比較的安定した自然湿地に自生するのに対し、本種は攪乱依存種であり里山近くに自生するとされるが、著者居住地付近ではカンガレイそのものも滅多に見られず、本当の所どうなのか分からない。自宅の育成環境という「安定した」湿地では数年間元気に育っているので攪乱がなければどうしてもいかん、ということではないような気がする。

三角に三角が三つ

突拍子もない形状


 本種の特徴は何と言っても茎の断面形状で、同属のカンガレイやサンカクイと同様の三角柱状の断面に、さらに三角形の頂点に逆向きに小さな三角形が三つ付く。文章で表現すると人によりとんでもない形状に想像されてしまうので、右画像を見て頂きたい。

 植物の形状に対して合理的な理由を求めるのは難しい。私的な謎は解明された例がなく、特に今はまっているのは薔薇のトゲ。トゲがあっても基本殺虫剤を使用しない我が家では葉っぱを切って持って行く虫や小さな芋虫やら害虫は大手を振って薔薇を生活圏にしている。トゲはむしろ大風で薔薇自身を傷付けることが多く、役に立つどころか害の方が大きいように見える。「何のためにトゲがあるのか」は自分の残りの人生の間に解が出そうにもない。

 身近な植物からしてこの有様であるので、人間に顧みられることが少ないカヤツリグサ科の、さらにその中でもマイナーな植物がどうしてこのような形状をしているのか分かるはずもない。けっして明晰とは言えない頭脳で想像するに、このような形状は太陽光の受光面積を増加させ、光合成に有利なように表面積を広げたためか、とも思うのだが、そもそもそういう狙い、というか戦略がある植物群であればカヤツリグサ科フトイ属はあのような棒状の形状には進化しないだろう。一度スリムになってやっぱり失敗だった、というのはあるかも知れないが、こういう素人考えはダーウィンにケンカを売るようなもので、それこそ世間的な常識からみれば「突飛」だ。
 さらに構造的に強度を増すための造りか、とも考えてみたが、現実問題台風や強風で折れたり倒れたりする頻度は他のカンガレイ達と大差なく、実質的な効果は見られない。近年の気候は猛暑のみならず観測史上最強が多く、風もまた例外ではないのでタタラカンガレイにとっても「想定外」なのかも知れないが、感覚的にこれが正解とも思えない。もっとも倒れても折れてもごく普通に開花・結実しているので無理に草体を強化する必要がないのかも知れない。

 かくして毎年元気に生えてくるタタラカンガレイを「触診」し、小さな三角形をグリグリして喜んでいるのが関の山、形状の特異性に付いてとても植物学的に妥当性のある解は出そうにもないのである。タタラカンガレイの奇妙な、突拍子もない形状は何のためなのか、この「謎」もまた墓場まで持って行きそうな予感がするのである。もっとも自分の趣味=このWebサイト全般は、素人の遊び範疇を越えておらず、植物学的に云々という話はする気がない、というか出来ないので疑問が残っても積極的に解明するつもりもない。


(P)タタラカンガレイの奇妙な茎の断面形状 2018年9月


種子の形状


 タタラカンガレイの「表面積の謎」はもう一つあって、それは種子の表面に見られる凹凸である。謎と言っても凹凸(しわ)がある理由は全く見当も付かず、最初から考えることを放棄している状態である。
 同定ポイントとしては分かりやすく、刺針状花被片注1)が痩果と同じ長さであることは見て取れるし、これだけ種子表面に凹凸があればタタラカンガレイに違いない。(と言うかタタラカンガレイから取れた種子なので当然)
 この刺針状花被片が平滑で痩果の1/2以下のものはチョビヒゲタタラカンガレイ(Scirpus mucronatus L. var. tataranus (Honda) K. Kohno, Iokawa & Daigobo forma brevisetaceous Horiuchi, f. nov.)という人を喰ったような名前の品種とされる。
 余談ながらこの「チョビヒゲ」という和名は秀逸で、愛嬌があって飄逸だ。ありがちな「〇〇モドキ」や「イヌ〇〇」なんてのより余程シャレている。しかしその由来が「痩果の刺針状花被片の長さ」という一般の人間にとっては皆目見当も付かない所なのは弱点か。新種の命名権は記載者にあると言うが、専門家丸出しなのではなく、より一般的で親しみやすい名前に出来ないものだろうか。
 種子は時期により容易に採れるし、度重なる目の病気に加えて老眼によって視力激悪の自分でも肉眼で精査が可能である。この「刺針状花被片」という全部漢字の読み方も難しい部位さえ分かれば、おそらく誰でも判別可能だろう。判別できる人間が増えれば自生地情報も増えるはず。鑑賞目的に向かない、世間一般ではあまり価値のないこの手の植物は、その状況と裏腹に注目度も低く、情報流通もほぼない。一人二人という単位で判別可能な人間が増えることが重要であるはず。

 このチョビヒゲ、フィールドでタタラカンガレイがあれば必ず種子も精査しようと思いつつ、そのタタラカンガレイ自体がなかなか見つからず、現時点では発見には至っていない。常々植物を探して歩く趣味を持っていても、植物種によって出会う「相性」のようなものがあるようだ。これはけっしてRDBランクの通りには行かず、相性としか言いようがない。
 この手の植物は結構あって、以前はミズマツバに出会えず苦労したものだが、出会うようになると続けざまに出会うようになった。長年の宿願だったミズオオバコは自生地の発見、自宅での維持に成功しているので毎年花を観賞できるが、同じ沈水植物のスブタには自然下でいまだに出会えていない。何かのきっかけで出会えるようになれば見つかると思うが、これも相性なんだろうなぁ。


(P)タタラカンガレイの表面に凹凸が目立つ種子。刺針状花被片の長さから「チョビヒゲ」ではない 2018年9月


地味に希少

彷徨う植物


 タタラカンガレイの和名由来は多々良沼(群馬県館林市、邑楽郡邑楽町)で発見されたことによる(1931 関本注2))。多々良沼と言えばコアな植物好きには有名なタカノホシクサ注3)(現在は絶滅している)が自生していたことでも知られている、ここを見た事のない方にとっては植物の多様性が豊かな沼と思われるかも知れない。
 しかし現状は水質が宜しくない、ブラックバスの釣り人が多い、ありがちな水湿地である。この点では近所の霞ケ浦や北浦と変わりなく、アマチュア植物写真家たる私にとっても魅力のない普通の沼である。とは言えタタラカンガレイは湿地状の地形に自生するので水質の影響はさほどないだろう、ってことで過去何度か探査に行ったことがある。

 結果は何ら得るところなく、過去の数多くの「空振り」に新しい空振りが加わっただけだったが、その後この沼周辺でタタラカンガレイを採集された方がいて、現在我が家にある株はこの株なのである。つまり基準産地、和名由来となった場所の出身なのである。上の植物写真もすべてこの株の末裔である。
 私がうっかり者、大雑把な観察者であることは否定しないが、これでも何度か多々良沼の周囲を時間をかけて綿密に見ているつもりだった。それでも見つからなかったので、すでにこの一帯では絶えていると考えていたのだ。と言うのもこの植物は自生が安定しない、というクセがあるからだ。クセというか、要するに傾向だが、記録を頼りにあちこち探しまわって肩透かしを食らい続けている私には「クセ」という表現がピッタリくる。
 過去の記録(群馬県植物誌、1987)では館林市、邑楽郡に産地があると書かれており、前後の事情からここ多々良沼やその後発見された 茂林寺沼注4)のことを示していると思われる。実は多々良沼での空振りに納得が行かず、茂林寺沼にも出向いて自分なりに綿密に調べたつもりだったが見出すことは出来なかった。

 タタラカンガレイはどうも自生地での永続性に欠ける印象がある。上記以外にも記録があった湿地を何か所も見て回ったが、結果はすべて同じであった。ただ、前述したように単純に「攪乱依存」の植物で攪乱が無くなったから消えた、というものでもないような気がする。それはすでに自宅で数年間維持している株の育成環境を「攪乱」した覚えがないことでも証明できる。
 そもそも「攪乱」という用語自体が曖昧な概念で、野焼きや耕起など人為的なものから、冠水、小規模な土砂崩れなどによる地形変化、時には動物による食害など自然発生的なものまで包括している。仮にタタラカンガレイが「攪乱」を好むとしても、どのような攪乱が壺なのか知りようもない。結果としてある年突然消えてしまう「クセ」が見られるだけだ。

 この、記録にあった自生地から消え去る「クセ」の原因も大きな謎だと思うが、この謎の方が解明できる可能性が高いような気がする。それには数多くの自生地を見る必要があるが、これも「相性」の変化によって将来的に可能かも知れない。ただし、冒頭記したような「カンガレイはこっちでタタラカンガレイはあっち」というようなステレオタイプのものではないことは確かだ。


(P)多々良沼(館林市側から) 2011年9月


種子生産性と発芽率

オーソドックスな増殖


 タタラカンガレイは「消え去るクセ」を持っていたとしてもヒルムシロのような発芽傾向注5 )があるわけではなく、適切な環境、つまり湿地状の土壌であれば盛んに発芽する。また種子生産性も他のカガレイやフトイ属の植物同様である。
 ただ他種カンガレイやホタルイ属の植物に見られる不定芽注6)によって増殖することはない。(少なくても育成環境では数年間見た事がない)何が何でも子孫を残す、という根性には欠けるかも知れないが植物としてはいたってオーソドックスな増殖方法を持っている。
 望まれて種子を分譲させて頂いた方からも発芽報告を頂いており、発芽に特別なキャップ条件があるようには思えない。想像ながら、おそらく自生記録があって消え去ってしまった自生地土壌にも多数の生きている種子が埋土されており、タタラカンガレイにしか分からない「条件」で発芽してくるのだろう。

 タタラカンガレイは多年草だが、そもそも地上部を数年間出さずに地下茎のみが生き延びることが状況としてあるのだろうか?国内に自生する植物でこのような「技」を持っているものがある、とは寡聞にして知らないが、消えたり復活したりという自生地の状況を考えるに、上記のようにシードバンクによるものか、こういう技によるものかうかがい知れないものがある。
 以前、根をビニール袋に詰めたアスパラを買って暫く忘れていた(1年程度)ものを植え付けたら芽が出て驚いたことがあったが、それはパッケージに書いてなくても何らかの「処理」をしたものなのだろう。自然下では同じような現象は見たことも聞いたこともない。
 この事、消えたり出現したりという以外はタタラカンガレイは狭義カンガレイと差異のない種子生産性と発芽率を備えている。何がどう違うのか、それこそゲノム解析でもしてみなければ分からないだろう。素人の守備範囲を超えてしまうが、解析キットがダイソーかセリアで売られるようになったら自分でもやってみようと思う。(何十年後か分からんが)

中間型?


 最後に気になるカンガレイの話を。気になるカンガレイは上画像、茨城県桜川市にあったものだが、カンガレイにしては稜が発達している。しかし稜は逆三角形ではないので当然タタラカンガレイではない。と言ってもすんなりカンガレイ(狭義)とも言えない形状なのである。稜は長方形に近い。また、やや孤立する傾向の強いカンガレイにしては大群生しており、雰囲気が異なる。
 これはタタラカンガレイを探してうろついた過程で訪れた湿地の一つで出会ったものだが、稜の形状のみで見切りを付けてしまい、採集はもちろん種子の精査もしていない。(広義カンガレイであることは確実)この稿を書くにあたって「そう言えば」レベルで思い出したのだが、今更非常に気になるようになってしまった。タタラカンガレイがカンガレイの進化形であると仮定すれば、進化途中のものもあるのではないか、という点である。それが稜の形状に表現されているとすれば、この群落のものがそうではないか、という疑念。というか妄想。

 まったく根拠のない話だが、始めから逆三角形の稜があったとは思えず、カンガレイが何かの理由で稜を発達させたい、と思った時に稜が長方形に盛り上がり、しかる後に外側の面が広がった、と考えると自然なのである。この「カンガレイ」も盛り上がった稜の外側の面を2〜3mm広げればタタラカンガレイと言ってもおかしくない形状になるのである。・・・繰り返すがこれはまったく根拠のない話。
 逆に最初から様々な形状の稜があって、不必要になったために徐々に消滅して狭義カンガレイのような形状になったやも知れず、そこは解明する手段を持たない素人の身では正解が出るはずもない。ゲノム解析、APG分類など専門的な植物解析が出現して以来、どうもこういう牧歌的な植物趣味は「非科学的」なモノになりつつあるような気がする。

 カンガレイ、タタラカンガレイに関してはこのように疑念が多く、どれ一つ取っても確実な解がない。個人的な妄想レベルの解さえない。身近なようで身近ではなく、十分に研究されているようで研究されておらず、新種の発見も断続的に続いている注7)。タタラカンガレイやカンガレイは分かっているようで実は分からない代表的な植物と言えるかも知れない。


(P)形状の怪しいカンガレイ 茨城県桜川市 2010年10月


脚注

(*1) 種子(痩果)に付く紐状の花被片。この物体の長さが種によっては有力な同定ポイントとなる。文中のチョビヒゲタタラカンガレイはカンガレイと異なり、刺針状花被片の表面が平滑(タタラカンガレイはギザギザっぽい)で、長さが痩果の半分程度、とされる。現物を見た事がないのでイメージするしかないが、その他の草体の特徴がタタラカンガレイと同じであるとすれば、種子の精査をしないとチョビヒゲタタラカンガレイを特定できないことになる。まさに「微小な」同定ポイントである。

(*2) 関本平八氏(1889-1969)は栃木県出身の植物学者。タタラカンガレイを1931年に多々良沼で発見している。他にも1927年にクリヤマハハコ(キク科ヤマハハコ属 栃木県、群馬県、埼玉県に分布)を発見するなどの事績がある。日本の植物学の巨人と言えば牧野富太郎(1862-1957)が想起されるが、同時代に地方にもこれだけの学者が存在していたわけだ。関本氏は本業が学校教員であり、この点、教員の傍らヒヌマイトトンボを発見した廣瀬誠先生とイメージがかぶる。

(*3) Eriocaulon cauliferum Makino 多々良沼や周辺に過去自生していたホシクサ科の植物。現在は絶滅しており、環境省RDBの扱いも絶滅(EX)である。1909年に高野貞助氏によって発見され、和名由来となったが、学会で紹介されたために研究者や採集者が訪れて採集しまくったために発見から約50年で絶滅したとされる。採集圧による絶滅、というパターンの典型例。もちろん自生を見たことは無いが、ホシクサ科で唯一の沈水性の一年草という珍しい種だったようだ。

(*4) 群馬県館林市の茂林寺に隣接する沼と周囲の湿地。茂林寺は曹同宗の寺院だが、日本昔話の「分福茶釜」の寺として知られており、参道には石灯籠ではなく22体のタヌキ像が並んでいるユニークな寺である。狸の寺、タヌキ、他抜き、ということで「必勝」がご利益になっている。(語呂合わせ的だが)茂林寺沼湿原はタタラカンガレイがないとしても他にも魅力的な湿生植物が多く、いずれまたゆっくり見て回りたい場所だが、盛夏には気温40℃にもなる日本有数の酷暑地帯であり、イザとなると二の足を踏んでしまう日々が続いている。

(*5) ヒルムシロは盛んに開花し種子を生産するが、自然状態での発芽率は2〜3%と言われている。発芽しない残りの種子も発芽能力は保持しており、大半がシードバンクに貯留されるようだ。なぜそうなるのか諸説あるが、種子による世代交代に頼らなくても殖芽によって種の存続が可能なこと、攪乱環境の水田を主な生息地としていたために、リスクヘッジとしてこのような戦略をとっている、という話もある。タタラカンガレイは発芽の傾向からこの戦略でないことは確実だと思う。

(*6) ある程度芽吹く場所が決まっている植物において、それ以外の場所から芽吹くものを不定芽(ふていが)と呼ぶ。この不定芽が独立した植物体として離脱するかどうか、ということは別の話。(一般にその傾向が強く、身近な所ではコダカラベンケイソウやセイロンベンケイソウの葉から発芽するものが有名)カンガレイの仲間ではハタベカンガレイ(Schoenoplectus gemmifer C.Sato, T.Maeda et Uchino)が不定芽を生じることで知られている。また同じカヤツリグサ科では水田に生えるオオハリイ( Eleocharis congesta D. Don f. dolichochaeta (Boecklr.) T.Koyama)にもよく見られる。

(*7) ハタベカンガレイ(2004年)、ツクシカンガレイ(2004年)など21世紀に入ってから新種記載されたものがある。解説されてみると「なるほど!」と思うが、ではこれまで牧野富太郎博士を筆頭とする錚々たる植物学者の皆さんが見過ごしてきたのか、というと本文に書いてあるように相違点がミクロの世界の(違うものもあるが)カンガレイではあるあるな話。ひょっとすると上記茨城県桜川市の稜が長方形に盛り上がっているカンガレイもよく調べれば新種かも。今自分で調べる元気がないのは残念。誰かやってみますか?



Photo :
PENTAX WG3
Canon EOS7D + EF-S60mmF2.8Macro
Canon EOS KissX3 + Tokina AT-X M100Pro D
Date :
2018.9.17(植物画像3点) / 2011.9.26(多々良沼遠景)/ 2010.10.5(「気になる」カンガレイ)

Weed Schoenoplectus mucronatus (L.) Palla var. tataranus (Honda) K.Kohno, Iokawa et Daigobo
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