日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
ムシクサ
(C)半夏堂
Weed Veronica peregrina  Linn.

ゴマノハグサ科クワガタソウ属 ムシクサ 学名 Veronica peregrina  Linn.
被子植物APGW分類 : オオバコ科 Plantaginaceae クワガタソウ属 Veronica

撮影 2006年5月 茨城県石岡市 湿地
虫えい

ムシクサコバンゾウムシ

 ムシクサは虫(ムシクサコバンゾウムシ、ゾウムシ科)が「虫えい」を作ることからその名が付いた。虫えいとは植物体に生物が寄生することによって植物体が異常な成長をする結果、形成される瘤状の物体のことである。他にも虫えいが形成される植物が多い(*1)なかで、ムシクサは余程身近で印象が強かったのであろう。他の虫えいが形成される草本植物で「ムシクサ」の異名を持つものは知る限りない。ピンポイントで、この水辺の地味な雑草を指している。事実、ムシクサを見るとかなりの確率で虫えいが作られている。また里山付近でも比較的よく見られる雑草でもある。

 水生植物範疇では、ヒシやアサザといった浮葉植物はマダラミズメイガ(ツトガ科、蛾の仲間)やイネネクイハムシ、ジュンサイハムシ(両者ハムシ科、甲虫)などが食草とし、オギノツメ(西日本に分布、キツネノマゴ科)はタテハモドキ(タテハチョウ科、蝶の仲間)、セリはキアゲハが食草としている。
 彼らが数多の植物のなかからどうやって食草を見分けているのか興味深いが、いくつかの説があり、代表的な説は植物が発する固有の匂いを指標にしている、紫外線感覚を利用し反射光に含まれる偏光によって指標にしている、などである。

 食草の見分けは昆虫達にしてみれば種の存続に関わるだけに正確に判別する能力を持っているのだろうが、ムシクサのように地味な植物をきちんと見分ける能力は驚異的だと思う。上記説のうち、パートナーを見分ける能力も同じ仕組みだと仮定すれば、個人的には紫外線感覚説の方が説得力があるような気がするがどうだろうか。
 霞ヶ浦で植栽されるアサザの植生浄化効果について、冬に枯れて栄養分が湖に戻るから同じではないか、という突っ込みに対し、上記昆虫が食べた分を湖外に持ち出すから効果がある、という意見があったが、なるほどそうであればゼロサムではない。ただしイナゴの集団のようにワッと押し寄せてアサザもヒシも絶えるほど食い尽くさなければ「浄化」とは言えないほど気の遠くなる年月がかかるだろう。
 言いたいのはその事ではなく、もし昆虫類が匂いを指標にしていた場合、霞ケ浦周辺のように独特の匂い(水の悪臭、魚の腐臭)がたちこめる場所で、そんなに精度の高い匂いセンサーを持っているのか、ということ。昆虫類は専門外、かつ素人昆虫採集レベルの知識しかなく、私が理解できるレベルの文献を読んでみても確たる解は見当たらなかったので正解は分からない。

 ムシクサはクワガタソウ属の植物だが、同じ属のカワヂシャなどに虫えいは見られない。場所によって両種は同じエリアに自生するが、ムシクサコバンゾウムシはきちんと見分けている。(としか思えない)見分けもさることながらムシクサという植物が幼虫の生育に必要な栄養分を含んでおり、虫えいというシェルターも形成してくれるという衣食住兼ね備えた理想的な居場所をどうやって知ったのか、乏しい頭脳で考えても自然の精緻な仕組みに驚くばかりである。この部分も「自然に神の存在を感じる」ところだ。


(P)2006年5月 茨城県石岡市 湿地

強靭

普遍

 ムシクサは本稿Weedで取り上げるぐらいなので、ごくありふれた普遍的な雑草である。湿地や水田地帯であればほぼ自生を見ることができる。この点、同属ながら絶滅危惧種となっているカワヂシャとは大きく異なる。この問題を考えると、行きつく結論は「種の強さ、強靭さ」しかないが、少なくてもそれは外見上から明確になるようなモノではない。

 細かく紐解けば「種の強さ、強靭さ」を種子生産性、発芽率、耐環境(気温、病虫害)など総合的な「パラメータ」に数値化できるのかも知れないが、それぞれ個別の要素を相対的に数値化すること自体が困難である。分かることはこうしてしぶとく繁茂している植物が強い、という結果論でしかない。
 以前ど根性大根(*2)がニュースになったが、日常空間でも似たような例はよく見られる。アスファルトの隙間にはノジスミレが並び、土ぼこりが溜まったコンクリートの窪みにハコベが根をはる。個人的にはわざわざニュースにするまでもない「現象」だと思う。「ど根性大根」はたまたま種子が散布されただけ、土と水分があり地表に出られる隙間があれば生育する。それが植物の持つ本来の生命力だ。

強さ

 いちいちこの手の話で感動していると、もっと強力な生存手段(「種の強さ、強靭さ」)を持っている植物をどう考えるか、ということになる。これは遠出しなくても自宅で見られる現象だが、ドクダミやヤブガラシなどは除草しても根絶が困難である。その困難な仕組みがどうなっているのかは分かっていて、手で引っ張れば根が途中で切れやすく、地上部を綺麗に除草したつもりでも地下茎から発芽するのでしばらく経てば元に戻る。地下茎を何とかしようと除草剤を散布しても根が地中深いので届かない。完全にやっつけるには土木工事並みに掘り返して根をすべて掘り出す騒ぎとなってしまう。それは現実的ではないし、もはや「ど根性」どころの話ではない。
 ムシクサはそこまで行かないが、そこそこの生命力を持っている。画像は水辺の朽ちた杭の先端から生えているムシクサである。クワガタではあるまいし(*3)、朽木そのものの栄養分で育つのかどうか分からないが、冠水した際の有機物を含んだ泥の堆積や風によって運ばれる泥などによって、植物体を維持できるだけの土壌が形成されているのだろう。逆に言えばそれだけの環境でもこうして生育できる。これは「ど根性」ではなく、ごく普通の出来事。

 こうした植物の強さ、とは本質的に何だろうか。上記のように結果としては強いのが雑草で、弱いのは絶滅危惧種である。しかしそれは結果であって原因ではない。しかも植物学的には(*4)、いわゆる雑草は他の植物との競合を避けて他が進出しないような場所(裸地)に生えるとされる。この現象を整理すると、競合には「弱い」が、様々な土壌への適合においては「強い」ということになる。強いのか弱いのかよく分からない。
 たった一株自生が残ったムニンツツジ(小笠原、父島の固有種)は、増殖の試みの過程で特殊な土壌が絶対条件であると判明したそうだ。この例では「土壌の条件」に弱い、適合する土壌が少ない以上、絶滅危惧種になるのは自明、ということだと思うが、こうした特殊な「事情」が見出されていない希少な植物は山ほど存在する。
 しつこいようだが、カワヂシャはなぜ減っているのか?一般的な理由(*5)としては「ため池や水路の改修・護岸工事や水質汚濁により減少」とあり、それだけ見ると「なるほど」と納得できる。しかしムシクサも同様の環境に自生し、しかも同属のお仲間なのである。これを考えると数値化や特定の能力には帰納できないが、やはり種類毎に何らかの「強さ」「弱さ」を持っているとしか考えられない。そう言えば自生場所は異なりつつも、強害草のオオイヌノフグリも一応「お仲間」だ。


(P)2017年3月 茨城県つくばみらい市 湿地

共生か寄生か

メリット

 そもそもムシクサコバンゾウムシが産卵成長することはムシクサにとってどのような影響があるのだろうか。共生という言葉は「複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象」だそうだが、考えてみてもムシクサにはあまりメリットが見つからない。
 しかし共生には片利共生(へんりきょうせい〜一方のみが利益を得る共生)や片害共生(へんがいきょうせい〜一方のみが害を被る共生)、さらには両者を兼ね合わせた寄生(片方のみが利益を得、相手方が害を被る)もあって判断が難しい。

 ムシクサコバンゾウムシが取付いたムシクサを見ても、メリットは感じられないまでも、その事によって枯れてしまったり、成長が阻害されたりという状況も感じられないので、分類としては「片利共生」なのだろうか。

 食草として特定種に依存する昆虫は宿主をエサとしても枯れない程度に留めるのは江戸時代の農民政策(*6)の如きものか。それこそ食い尽くして絶滅してしまえば自分の身が危ない。江戸時代の武士が「武士でござる」と威張っていられるのも生産者たる農民あってこそ。
 余計な話だが、してみると江戸時代の武士は片利共生、下手すれば寄生か。自分の家も武士の家系と言われているので、自分自身、寄生の子孫かも知れない(汗)。それはともかく、植物が立ち直れず枯れてしまうまで遠慮会釈なく食い尽くすバッタの如きは、食える植物の幅が広いが故の無配慮なのだろう。ある意味、自然界で最強の存在かも知れない。

 ムシクサの方も特に致命的な害もないので積極的にムシクサコバンゾウムシから防衛しようという気配はないようだ。多少やる気があるのかな、と感じられるのはムシクサの変種とされるケムシクサ(*7)Veronica peregrina f. xalapensis.)という存在。しかしこの程度、腺毛レベルの「毛」では虫はもちろん、何者からも身を守ることは難しいと思うが、 これから長い時間をかければやがて進化して棘になり、接近する昆虫類から身を守れるようになるのかも知れない。(逆に無駄だと思って無毛になったのがムシクサかも知れないが)
 しかし全身棘だらけ、人間さえも時には近づけないバラは棘によって病虫害から守られているだろうか?何ら棘に邪魔されることなく葉を切ってゆくバラハキリムシ、新芽に盛大に取り付くアブラムシ、棘には直接関係がないが黒点病、うどん粉病(*8)、バラの栽培を趣味とする自分も悩まされている病虫害は常在する。むしろ強風によって枝同士がこすれあうことで棘はバラ自身に対して牙をむく。防衛どころか自分自身を傷つける凶器となってしまっている。
 棘によって病虫害から草体を防衛しようという「発想」はこうした意味では無力かも知れない。多少食われても生存に影響がないのであれば放置する、雑草範疇の植物はこういう鷹揚さも感じられる。こうして考えてみると「ムシクサ」という名称に自然の摂理というか、余裕というか、本質的なモノも感じられる。むしろ水辺を埋め立て、水を汚し、生息環境そのものを破壊する人間こそが天敵だった、というありがちな落ちで申し訳ないが本稿を締めたいと思う。


(P)2014年5月 茨城県取手市 耕作放棄水田

脚注

(*1) 虫えい、虫瘤で画像検索すると人によっては背筋が寒くなるような画像が多数出てくる。草本植物のみならず、木本植物にも多く発生する現象で、アオナラガシワ、アオキ、アカガシ、イヌシデ、カシワ、クヌギ、クリ、ケヤキ、コナラ、ツツジ・・・ここに書ききれないほどの樹木で見られる。詳しくは日本原色虫えい図鑑(湯川淳一・桝田長/編著 全国農村教育協会)という図鑑が出ているのでご興味があれば。自分は虫えいでこれだけの金は出せない(日本水草図鑑クラスの価格だ)のでご紹介だけに止めることにする。

(*2) 2005年8月に兵庫県相生市のアスファルト舗装の歩道の隙間から大根が育っているのが発見され、全国的なニュースになった。当時はあまりニュースネタが他になかったのだろう。挙句の果てに「大ちゃん」という名前まで付いてしまった。またこの大根をモデルに「がんばれ大ちゃん」という絵本まで出版されている。本文にあるように植物は最低限の生育環境があれば育つことができるので、こんな場所に大根の種が落ちた事自体は珍しいが、それほど騒ぐ事か?と思った。まして「根性」という人間の感情を被せてどうするのか?とも思った。

(*3) クワガタの幼虫は、里山の朽木を食住の場所としているが、オオクワガタのブームのおかげでメカニズムが分かってきた。朽木は単に腐った(朽ちた)木ではダメで、菌類が付着して劣化した木材でなければならないようだ。従って幼虫の人為的な飼育では菌糸ビンやきのこマットといった、菌類が付着した人為的朽木が用いられ成功している。現在、谷津田などに植物撮影に行った際に雑木林も見るが、ほぼ下草刈りや枝打ちなどの手入れが行われておらず、立ち入り自体もできないような場所が多い。朽木に適度な湿気があり菌類が付着するような環境ではなく、しばらく野生のクワガタ達を見ていない。

(*4) 稲垣栄洋著「植物はなぜ動かないのか: 弱くて強い植物のはなし」(ちくまプリマー新書)の記述による。著者は雑草生態学専攻の農学博士(農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て、現在静岡大学大学院教授)なので、植物学的に、と表現しても差し支えないだろう。しかし外来種が侵入初期に裸地に定着するのは、その後の在来種を駆逐する競争力の高さを見ると違う理由であることは明白なので、同じ雑草でも異なるはず。

(*5) 生育環境の破壊が主な理由だと思われるが、オオカワヂシャ(特定外来生物)による圧迫、交雑などの理由も上げられている。しかしオオカワヂシャが進出していない場所でも現象が著しいことを何度も確認しているので、主たる原因ではないような気もする。(将来的なリスクは別として)

(*6) 百姓は生かさぬよう殺さぬよう、という農民政策は徳川家康の言葉だそうだ。証拠として残っているのは「昇平夜話」と「落穂集」という資料で「東照宮(家康のこと)上意に、郷村の百姓共は死なぬ様に、生ぬ様にと合点致し」と出てくる。江戸幕府成立初期には兵農分離が進んでいたはずだが、農民を豊かにしてしまうと社会構造の変革に繋がるという危機感を持っていたのかも知れない。事実、第二次長州征伐や大政奉還後の戊辰戦争では幕府軍は長州の庶民兵である諸隊に敗北している。ここまで洞察したとすれば本物の歴史上の巨人だと思う。(個人的には大嫌いな人物だが)

(*7)  f. xalapensisと表記される場合とvar. xalapensisと表記される場合があるが、日本語では「ムシクサの変種」とされる場合が多いようなので後者が正解かも知れない。無毛のムシクサに対し、茎に短い腺毛がある。どういうワケか、私の行動範囲の湿地ではムシクサしか見られず、現時点では未見である。もっとも湿地に行ってムシクサに注目することはまず無いので見方が悪いのかも知れない。モノの本ではムシクサ同様に全国幅広く分布し、ムシクサとの混生も見られるという。

(*8) どちらもバラ愛好家にとって厄介な植物の病気。黒星病は糸状菌というカビが原因の病気で、葉茎に黒い斑点(黒点)が出る。黒点は徐々に株全体に広がり、落葉したり生育不良を引き起こす。バラに感染した場合、症状が重いと開花もしなくなってしまう。基本的に土壌や風通しの状態によって発生するので、発生しない場所では長年発生しない場合が多い。対策は消毒で、ホームセンターに行けば様々な種類の消毒剤が山ほど売っているので比較的容易に対策出来る。
 うどん粉病も原因はカビ(黒点病と種類は違う)の寄生で、葉や茎がうどん粉をまぶしたように白くなる症状が見られる。これも重篤化すると黒点病と同様の結果となる。うどん粉病も対策は消毒で、黒点病をはじめ、他の病気にも効くミックスされた効果を持つ製品もある。


Photo : Canon EOS30D + SIGMA17-70mm OLYMPUS OM-D E-M10 + SIGMA19mm PENTAX WG-3

Weed Veronica peregrina  Linn.
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