日本の水生植物 水草雑記帳 Weed
カモノハシ
(C)半夏堂
Weed Ischaemum aristatum L.var.glaucum (Honda) T. Koyama

イネ科カモノハシ属 カモノハシ 学名 Ischaemum aristatum L.var.glaucum (Honda) T. Koyama
被子植物APGW分類 : 同分類

撮影 2017年9月 茨城県笠間市 湿地

【カモノハシ】
*我が国には生息しない動物の名前が和名として付与された植物であるが、同様の例は「トラ」や「キリン」にも見られ、また極端な例では「リュウ」や「オニ」という想像上の生き物名を冠したものもある程なので、さほど珍しいことではない。しかし、カモノハシという個体数もさほど多くないマイナーな「珍獣」の名前をなぜ?と長年思っていた。正解は「鴨の嘴」で、オーストラリアの珍獣に由来するものではないようだ。
 その名の通り花穂が特徴的で、判別の難しいイネ科にあってはやや分かりやすい部類に属する。霞ヶ浦沿岸部では普通に見られるが、それはこの植物が海岸湿地を好むこと、霞ヶ浦がつい最近まで(常陸川水門の完全閉鎖まで)汽水湖だったことによるものだろう。特に沿岸湿地の浮島湿原では大規模な群落が見られる。

正体

海洋性


 ネットで「カモノハシ」を検索するとオーストラリアの珍獣ばかりがヒットするが、発音上同名のイネ科の「雑草」が我が国には存在する。しぶとく普遍的に存在するイネ科雑草の中にあっても、どこにでもある、というものではないので世間的にはあまり知られていない「雑草」だ。

 のっけから余談で恐縮ながら、「雑草」のカモノハシは茨城県南部にはわりと自生が多く、目にする機会は多い。一方、数多くヒットするオーストラリアの珍獣の方は現地のオプショナルツアー「カモノハシ見物」でも100%見られるわけではない。自分が実際に参加したツアーでは事前にクレームを回避するためか、確率30%と説明を受けた記憶がある。私の日頃の行いが良かったのか、その30%の枠内に見事にはまり、水面をゆったり泳いだり沈んだりする姿を見ることができたが、夜行性の動物のためあたりは夕闇迫る薄暗い池、水面を動く犬か狸のような獣がいるな程度の印象しかなかった。もちろんあまり鮮明な写真も残っていないのが残念。

 雑草カモノハシの方は茨城県南部では内陸に行けば行くほど見かける機会が減少するが、一説、というか定説では「海岸の砂浜や海岸に近い湖畔の砂地に生育」する植物とされているのでこうしたものか、と思っていた。
 しかし「海岸に近い」と簡単に記述されてしまっているが、それは具体的にどの程度の距離を指しているのだろうか。この写真を撮影した地点は最も近い海岸まで50km以上あるが、この距離は「近い」のだろうか、「遠い」のだろうか。指標がないなかで「近い」「遠い」はそもそも抽象的な表現であって具体性を欠く。後述するが本種は砂質土壌や塩分に支配されない面もあるので自生条件を明確に規定できない故の表現なのだろうか。

 距離的問題は別として、こうした分布を見ているとカモノハシは特に塩湿地性注1)限定の植物と言うわけではなさそうだ。ただこの事実のみをもって「海岸の砂浜や海岸に近い湖畔の砂地に生育」を否定するつもりはない。自生地を見れば塩湿地でも淡水の湿地でもどちらでも生育できる植物であるということは分かる。
 一方、海岸線までの距離を問題とすると、霞ヶ浦は古代は入江であって立派な海であった。霞ヶ浦の内陸側の丘陵には貝塚注1)が残っているのがその証左。そこで見られる貝が海洋性のものであることが太古の海岸線を雄弁に物語っている。当時からの残存植物であると考えれば上記説にも妥当性があるだろう。

 霞ヶ浦沿岸部の水田では近年まで塩害があり、かの悪名高い注3)常陸川水門の設置理由の主なものとされている。塩害があるということは霞ケ浦周辺の湿地が塩湿地である、という見方も出来るが、現在では上記水門の設置により淡水化しており、さらにカモノハシが見られるのは霞ヶ浦沿岸部だけには留まらないのだ。どうもカモノハシは一度根を降ろしてしまえば塩分の有無は問わない植物、つまり海洋性、塩湿地性の植物ではないように思える。もちろん塩湿地にもあるので耐性を持っていることは間違いない。耐性を持っていることと、そこにしか生きられないということは全く異なる。
 例えば湿地植物ではないが、小笠原父島に一株のみ自生が残存しているムニンツツジは系統保存を行っている東京大学大学院理学系研究科附属施設(小石川植物園)で自生地の特殊な土壌条件が解明され増殖できるようになったという。人為的努力がなければ父島の1か所の特殊な土壌で「のみ」生きられる、そこにしか生きられない植物の典型である。

 ちなみに同属の近似の植物、ケカモノハシ(後述)もカモノハシ同様に塩湿地性の植物のように紹介されることが多い。しかし塩分の管理をしていない、要するに普通の内陸の土壌にある筑波実験植物園注4)にも移植展示されているが、特に弱ることもなく毎年元気に開花している。上記ムニンツツジのように自生地が限定されたものではないことがこの一事をもっても理解できる。


(P)2010年9月 茨城県取手市 河川敷 雌性期小穂(中央)と熟して開いた小穂(左)


変身

小穂の構造


 カモノハシの和名由来は「鴨の嘴(くちばし、古語ではし注5)」だが、これは小穂の形状に由来する。小穂はこうして見ても(前項画像参照)一本の棒状に見えるが、肉眼で、あるいは手に取ってよく観察してみると内側の偏平な面で合着した二本の小穂から成ることが分かる。なぜ植物和名にありがちなカラスやスズメではなくカモなんだ、という突込みはともかく、この形状をクチバシ(ハシ)に見立てたのである。

 この二本の小穂は一つが雄性、一つが両性で、時期によって見た目の印象が変わる。すなわち「雌性期」には小穂から白い柱頭が突き出て見えるが雄性期には褐色になり、葯が突き出て見える。雌性期と雄性期が切り替わり見た目が「変身」するのだ。なかなか見ていて面白い。と言いつつ過去の画像を調べてみたが、雌性期の写真が残っていなかった。いかに一種ごとに気にして撮影していないか、注意力散漫であるかが分かる。(もちろん自分ではとっくの昔に分かっている)

 こうした穂の特徴もあって、カモノハシは判別が難しいイネ科植物ではわりと分かりやすい種となっている。当地ではよく見かける雑草だが、自分にはどうも「海岸の砂浜や海岸に近い湖畔の砂地に生育」がインプットされていてなかなか脱却できず、パッと見て名前が出てこない事が良くある。ウシノシッペイとかスズメノテッポウなど別な名前が先に出てくる。他の植物でも年々この傾向が強くなるので単なる加齢現象かも知れないが、例えばハマナスが水田の畔に咲いていたらパッと名前が出てこないのと同じことだろう。
 ところでカモノハシもそうだが、ウシノシッペイもスズメノテッポウも和名としては秀逸だと思う。同所的に自生するイヌガラシやヌメリグサなどやっつけ仕事的ネーミングに比べればよく練られた和名だ。カモノハシは古語の香りもゆかしい、まさに和名という感じがする。(どうでも良い話だが)

意外な利用


 カモノハシを何かに利用するという話はあまり聞かない。だからこそ「雑草」なのだろう。しかしごく限られた用途ながら家畜の飼料(牧草)に使用されることがあるという。(筑波実験植物園の記事を参照した)しかしカモノハシを乳牛の飼料にすると牛乳にいやなにおいがつくようだ。草体単体では特に異臭は感じられないので食べた後、何らかの化学変化があるのかも知れない。
 私事ながら祖父の代まで筑波山の麓で牧場(乳牛)を営んでいた家系だが、一般に牧場、牧畜でイメージされるのどかなものとは異なり、物販や物作りビジネス以上に厳しい経営環境で、そもそも費用対効果が稲作と同等かそれ以上にシビアである。特に飼料代の高騰と牛乳価格の据え置きの逆ザヤが恒常的なものとなっている。そのため20年程前に家業をたたみ、現在家を継いでいる代は全員サラリーマンになっている。牧畜の危機を絵にかいたような結末である。
 完全な脱線だが稲作にしても牧畜にしても国の政策はどうなっているのか、と言いたくなる。そしてバターが足りなくなれば緊急輸入を行う、米が凶作になればタイ米が出回る。その場しのぎの対策は目立つが、国内の農家は置き去りだ。国民とその生活を守るという政治の本質から著しく実態が乖離し、ツケを払うのは我々。稲作農家にも牧畜農家にも血が繋がった者として一言。

 現状乳牛飼育を生業として継続されている方々もさほど楽ではないことが容易に想像されるが、こんな状態に品質問題が加われば致命傷となってしまう。この場合、カモノハシは牧草に混入しないように排除すべき対象となるだろう。山の斜面に広がる牧場は湿地植物に無縁と思われるかも知れないが、牛も水を飲むし、多くの場合斜面下に水流があって水飲み場として利用されている。そして水辺があれば当然湿地植物が存在するのである。

 全国的に見ればカモノハシは希少な部類に入るだろう。事実いくつかの都道府県では絶滅危惧種となっている。来歴も興味深いし形状もユニークな、湿地植物として面白い存在であるが、わざわざ植栽して鑑賞するほどのモノでもない。あっても無くても何にも影響しないような地味な存在だが、ある世界では邪魔者に「変身」するという話に刺激されてこの話を紹介してみた。


(P)2010年9月 茨城県取手市 河川敷


仲間

類似種


 カモノハシには母種とされるタイワンカモノハシ(Ischaemum aristatum var. aristatum)という種が存在する。台湾を冠するだけにタイワンヤマイ(カヤツリグサ科)などと同列の帰化定着種かと思いきや、紀伊半島以西に自生する在来種のようだ。(「ようだ」というのは近隣に自生せず見たことがないので伝聞情報故)

 しかしこのタイワンカモノハシ、国内分布が上記の通り南方系の雰囲気があり、北日本にも自生するカモノハシの母種と断定するには疑問も残る。タイワンカモノハシが耐寒性を身に付けたのがカモノハシ、というやや強引な解釈も出来なくはないが、逆に愛知県にはタイワンカモノハシが多くカモノハシがほとんどない注6)という情報もあってよく分からない、というのが実情だ。タイワンカモノハシは現物を見たことがないが、画像を見る限り小穂の形状がカモノハシとやや異なり、細かな相違では苞頴の翼の幅、葉舌の縁の形状などに違いが見られるらしい。「らしい」ばかりで申し訳ないが、現物確認していないのでご容赦願いたい。

 カモノハシと同所的に見られる仲間としてはケカモノハシ(Ischaemum anthephoroides (Steud.) Miq.)という種がある。この植物もカモノハシ同様、海浜性云々言われているが、近在では通常の淡水性の湿地植物に混じる。これまた太古の時代には海浜であった当地域の残存植物なのかも知れない。こうした自生状況であるので、カモノハシ同様に塩分や土壌pHに依存している様子はまったく見られない。
 ケカモノハシはカモノハシに酷似するが、茎がやや太くて固く節に短毛がある点が大きく異なる。また葉鞘には白毛が多い。また非常にミクロな部分となるが、カモノハシは小穂に芒が無く、ケカモノハシは第二小穂の第二小花の護穎に芒がある。そこまで見なくても和名通り毛の有無で判別は可能。あくまで当地の話であるがカモノハシよりはやや分布が薄い印象がある。一方、よく言われるように海岸砂地にも自生するので適応土壌の範囲が広いのだろう。

 この仲間にはもう一種、ハナカモノハシ(Ischaemum aureum (H. et A.) Hack)という種が存在する。この種は基本的に陸生、海浜性で鹿児島県のトカラ列島注7)以南に自生する、とされる。他に北海道から沖縄まで全国に分布する、という情報も見られるが、海に面した関東各県のフロラなどを見る限りこの説は誤りであると思われる。しかし気候的なキャップ条件があるのかというと必ずしもそうではなく、東京の小石川植物園にも植栽され毎年元気に開花している。
 このハナカモノハシに関しては情報レベルでは完全な陸生の植物のようだが、カモノハシ、ケカモノハシに関しても相当乾燥した地形にも自生可能なので便宜上湿地植物に分類しているが、正確には土壌pHや水分含有量に影響されない植物、という表現が相応しいのかも知れない。であれば最強の雑草であるはずだが場所によって絶滅危惧種・・・う〜ん。


(P)2015年6月 茨城県つくば市(筑波実験植物園) ケカモノハシ 小穂の合着の様子が見える


脚注

(*1) 植物側から見れば塩生植物、というカテゴリーとなる。多くの植物は塩分に耐えられず枯死してしまうが、塩湿地性の植物は浸透圧の最適化やナトリウムに対する対応(対になるカリウムの濃度勾配による障害)によってこうした環境でも生育できるようになっている。草本植物ではアツケシソウやアマモなどが代表的存在。余談ながら作物、園芸植物(アクアリウム含む)などのカリ過剰の弊害はこの部分にあって、濃度勾配によって他の必須物質の吸収が阻害され、成長不良や枯死にいたる。

(*2) 茨城県土浦市の上高津貝塚などが好例。現在の地形ではこの貝塚は海岸線から数10km内陸にあり、霞ヶ浦の湖岸線からも数km内陸寄りに存在する。太古の時代の海岸線が現在のJR常磐線か国道6号線あたりであったことが分かる。この貝塚は全般的に公園整備が進んでいないわが県にあって例外的に整備状態が良く、貝塚断面にガラスを貼って観察できる場所、古代住居を復元した場所などがあり、周囲の里山やため池(宍塚大池)もよく保全されている。

(*3) 「悪名高い」のはアサザ基金など閉鎖に反対している立場からの見方であって、国土交通省など推進側、賛成側から見れば霞ヶ浦沿岸部の塩害防止、用水確保などの名分がある。自分はどちらかというと植物マニア的見方でアサザ基金寄りだが、霞ヶ浦周辺に水田を持っているわけではなく、野次馬的立場なので強く主張することもない。こういうのは立場によって様々な見方があるので念のために注釈した。常陸川水門に付いてマスコミ含む世間一般の認識レベルが「悪名高い」状況、国土交通省の孤軍奮闘的実情であるので評価は比率の問題、善悪正邪は論じていない。

(*4) 筑波実験植物園は国立科学博物館(いわゆる科博)の施設で、白金の付属自然教育園とは姉妹施設にあたる。植物を融通しあっているのか共通して見られるものも多い。国立のため入場料も割安で、写真撮影で何度もお世話になっている。その他関東一円の植物園にも職員が結構出没しているらしく、小さな植物園で撮影していると「科博の方ですか?」と聞かれたことが何度かある。もちろん自分は科博の方どころかその辺の馬の骨である。
 ちなみに同植物園の本種に関する記事によればカモノハシは「砂礫地植物(海岸性)」とあるが、これはあくまで園内の植栽エリアを示したものであって自生地を断定したものではない。しかし園内の「砂礫地」に植栽されているというのはチト気になる。

(*5) たとえば枕草子に「せめて見れば、花びらのはしに、をかしきにほひこそ、心もとなうつきためれ」という表現がある。この表現は「端」に近いが、そもそも嘴も口の端であって同意である。植物カモノハシはこの意味そのもの、珍獣カモノハシは嘴の形状そのものの意である。

(*6) 三河の植物観察というWebサイトの記述による。本文にも書いてあるが、タイワンカモノハシが南方型でカモノハシが北方型であると断定されたわけではない。愛知県の状況はともかく、茨城県ではカモノハシ、ケカモノハシが多く、タイワンカモノハシは影も見ない。ちなみに分布に関しては濃淡もあるし遷移もあって断定できない場合が多々ある。従って情報ソースを攻撃しているわけではない。念のため。

(*7) 行政区分は鹿児島県鹿児島郡十島村。交通の便は極めて悪く、週2回のフェリーが島を巡るのみ。おまけに台風銀座エリアにあるので欠航もしばしば。家に「美女とネズミと神々の島」というトカラ列島に付いて書かれたノンフィクションの文庫本があり、読んでみると想像以上に厳しい生活が垣間見える。同書が書かれてから年月が経過しているが、ライフラインが変わっていないので生活は今も似たり寄ったりのはず。悪石島や臥蛇島など厳しさを感じさせる名前の島がある一方、宝島という夢のある名前の島があり(島の形もハート形)、海賊キャプテンキッドが財宝を隠したという言い伝えがある。
 以前は宝を狙って一獲千金のインディ・ジョーンズ的トレジャーハンターが随分探検したらしいが、いまだかつてキャプテンキッドの宝が発見されたという話は聞かない。話としては面白い。


【Photo Data】
・Canon EOS KissX7 + EF-S60mmF2.8Macro *2017.9.9
・Canon EOS 40D + EF-S60mmF2.8Macro *2010.9.29
・Canon PowerShotS120 *2015.6.27
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